その日。レジ子の依頼に応じた8人は、購買事務室に集まった。
「こんにちは、店長さん。今回依頼を受けた者です。よろしくおねがいしますね」
ホストみたいなルックスで紳士的に挨拶したのは、樋口亮(
jb7442)
一瞬ドキッとするレジ子さん29才。まさか、ここから恋愛シナリオに!?
「では早速、依頼に関しての詰めを行いたいので、話を進めましょう」
「あ、はい」
恋愛の『れ』の字もなく、会議が始まった。
「いきなりだが、客に整理券を配って入場制限をかけるのはどうだ? 理由は『混雑時の緩和』とでもしておけばいい」
そう提案したのは、牙撃鉄鳴(
jb5667)だ。
「それだと、お客さんが面倒くさがるのでは……」
あまり乗り気でないレジ子。
「試験的導入として、ためしに数日だけ実施してみては? 商品随時補充としておけば、あとにまわされた客も幾分は納得するでしょう」と、亮が補佐する。
「うぅん……」
「たしかに少しは客が減るかもしれませんが、亜矢さんを放置しておくよりはマシだと思いますよ?」
「まぁねぇ……」
すこし乗り気になるレジ子。実際、亜矢の被害は馬鹿にならないのだ。
そこへ、月乃宮恋音(
jb1221)が口を出した。
「あのぉ……当日は、前もってポスターなどで告知しておけば良いのではないかとぉ……」
「うん、それは必要ね」
「それとぉ……万引き対策の専門サイトを見て、対応マニュアルを作ってきたのですよぉ……。みなさん、どうぞぉ……」
恋音は『万引き対策のしおり』と書かれたパンフを全員に配った。
「これは凄い! さすがですね!」
袋井雅人(
jb1469)が、手放しで賞賛した。
「なるほど。これは役に立ちそうネ」
あごに指を当ててうなずくのは、長田・E・勇太(
jb9116)
彼は子供のころ万引きした経験がある。生きるためではあったが、このマニュアルを当時の自分が持っていればもっとうまくやれただろうなと思うほどだ。
「……あの、監視カメラを設置してあるそうですが、死角はありませんか?」
と、ユウ(
jb5639)が訊ねた。
「死角はあるけど、これ以上カメラを増やす予算はないの。この依頼を出すのも大変だったぐらいなんだから」
「そうですか……。じゃあ私たちで何とかするしかありませんね」
「とりあえず、当日は僕たち全員で交代しながら店内を巡回しましょう。それでカメラの死角もカバーできるはずです」
聖蘭寺壱縷(
jb8938)が言った。
一同はうなずき、役割分担を決めてゆく。
そんな中、ラテン・ロロウス(
jb5646)が切り出した。
「待て。せっかく手を貸すのだ。いままで万引きで損した分を、もうけさせてやろうではないか!」
「え?」
レジ子が目を丸くした。
が、おかまいなしにラテンは続ける。
「ちょうど今はホワイトデーシーズン! 全力でお菓子を売るしかあるまい! ついでに100万久遠の指輪も売るのだ!」
「それはまぁ、まかせるけど……」
不安げな顔になるレジ子であった。
翌日。混雑解消のため整理券による入場制限をかける旨のビラが貼り出された。
それを見つめる、女子中学生ふたり。
「混雑解消とか言ってるけど、これって万引き対策だよね」
「うん、たぶん」
「笑っちゃうよね。こんなことしても無駄なのに」
「そうかな……」
「こんなのチョロいでしょ? いつもどおりやれるよね?」
「た、たぶん……」
「よし。じゃあ明日もやろうね。……あ、わかってるだろうけど、捕まってもアタシのことは言うなよ?」
「は、はい……」
作戦決行当日。
なにも聞いてなかった亜矢は、突然の入場制限を見て大声を上げた。
「なにこれ! 犯人はアタシが捕まえるって言ったでしょ!? ちょっと、そこの変態! 説明しなさいよ!」
いきなり雅人の首を絞める亜矢。
ちなみに雅人は恋人のパンツを顔にかぶり、身につけているのはブリーフ一丁。純粋なる変態だ。
「な、なぜ私の姿が!? ハイド&シークを使ってるのに……!」
「そんな格好してれば目立つに決まってるでしょ! どういうことなの、これは!」
「これはですね。ええと……」
しどろもどろになる雅人。
亜矢の性格は重々承知している。理屈が通じる相手ではない。
「ここは私が説明しましょう」
イケメンらしくポーズを決めながら、亮が出てきた。
「なによ、あんた」
「はじめまして、亜矢さん。私は樋口亮と申します。このたび、店長さんから依頼を受けましてね。……ところで亜矢さん、来客全員を犯人扱いしているそうですが、万引きというのは商品を外に持ち出したときに初めて成立することを御存知ですか?」
「え……?」
「ご存知なかったようですね。……ともあれ。そこで、です」
ピッと人差し指を立てながら、亮は顔を近付けた。
「優秀な撃退士と評判の亜矢さんに、是非おねがいしたいことがあるのですよ。あなたの実力を見込んでのおねがいです。聞いてくれますか?」
「ま、まぁ、聞くだけなら」
「ありがとうございます。おねがいというのはですね。犯人を捕まえる役をやってほしいのですよ。具体的に言うと、こちらの合図があるまで店の外で待機してほしいんです。これは、ヘタをすると犯人の反撃を受けることもありえる、実際コワイ役目。しかし、そこはスゴイ級撃退士である亜矢さんだからこそ、おまかせしたいのです」
「いやぁ、そこまで凄くはないけどさぁ」
「ご謙遜を。たぐいまれなる美貌と実力をそなえた、学園最強クノイチとして有名ではありませんか。そんな亜矢さんにしか、この役目は務まらないのです。とても重要で危険な役目ですが……おねがいできますか?」
「そこまで頼られちゃ仕方ないわね。いいわよ。やってあげようじゃない」
「さすが、たよりになります!」
口先八丁でラクラクと亜矢を静かにさせた亮。
実際、万引き犯より厄介な障害なので、これはグッジョブだった。
「本当に、聞いたとおりでしたね」
亜矢が出ていくのを見て、亮は恋音に話しかけた。
「いえ、樋口先輩の実力ですよぉ……」
「なにやら、鉄人Z8号を動かすような気分でしたよ」
そう言って、亮はフッと笑った。
障害物が消えたところで、作戦開始!
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございましたー」
整理券を受け取りながら、ユウは笑顔で頭を下げていた。
入場制限をしてもなお、ランチタイムの購買は戦場だ。休むヒマなどない。
出て行く客の様子は、しっかりチェック。愛想の良い接客態度を保ちながらも、不審な客は見逃さない。
(万引きなんて、絶対にいけません)
強く思いながら、壱縷はテディベアを抱いて店内を巡回していた。万引きGメンだとバレないよう、小学生っぽく変装しているのだ。
この購買はかなりのスペースがあるため、壱縷ひとりで全てをカバーすることはできない。何人かで場所を分担しつつ、見回りしている。
怪しい客を見逃すまいと、彼女は一生懸命だ。多少の失敗があっても絶対に犯人を捕まえようと、意気込んでいる。
そう、万引きなど絶対に許さない。
(いまのところ異常はナシネ)
勇太は、監視カメラの死角を中心に客をチェックしていた。
幼い頃に犯した悪事の経験をもとに、不審な人物を探しだす。
とはいえ、ここは久遠ヶ原学園。見た目の怪しい学生はゴロゴロいる。
(いやいや、外見で判断してはいけないネ)
あくまでも、行動で判断しなくてはいけない。
ちょっとだけ他人より優れた感知力を生かしながら、勇太は見回りを続ける。
「ホワイトデーキャンペーン実施中! 久遠々原購買の特製クッキー! 買うなら今!」
ラテンはレジ係を担当しつつ、ホワイトデーに乗じてお菓子を売っていた。
ふだん自爆してばかりの彼だが、今日は真面目だ。バイト時代に鍛えた能力で、レジも接客も完璧! だといいな!
「甘いお菓子はカロリーが心配? なぁに、大丈夫! カロリー計算などしなくても、ティータイムなら誤差である!」
よくわからないことを言いながら、『マインドケア』を使いつつ客に取り入ろうとするラテン。
わりと売れているのは不思議だが、ときにはこういう強引な商売が功を奏することもある。
「む……」
出入口で整理券を受け取る係を務めていた鉄鳴は、そのとき何かの気配を感じた。
しかし、『感じた』だけだ。根拠はない。ただ、彼は犯人が『蜃気楼』を使う可能性を考えていた。それで、気配を察することが出来たのかもしれない。
鉄鳴は、直感に任せてラテンに目配せした。
それを受けたラテンが、『生命探知』を使う。
ビンゴ!
鉄鳴の勘どおり、姿を消している者がいた。
「蜃気楼で隠れている客がいる。全員、要注意だ」
意思疎通でメンバーたちに情報を伝えるラテン。
にわかに緊張が高まる。
犯行は一瞬だった。
カメラの死角をついて、素早く持ち去られるカレーパン。
犯人は姿を消したまま、なにくわぬ顔で(顔は見えないが)購買を出て行こうとした。
その瞬間を、ラテンがユウと鉄鳴に伝える。
「待ってください!」
ユウが呼び止めた。
その直後。動揺したせいか、効果時間が切れたせいか、ひとりの中学生が姿を現した。
一瞬振り返り、走りだす少女。
「逃げられると思うのか」
鉄鳴の右腕が素早く動き、リボルバ銃を抜き放った。
銃声とともに、アウルの弾丸が撃ち込まれる。
「あ……っ!?」
背中に弾丸を受けながらも、少女は足を止めなかった。
が、すでに彼女は詰んでいる。くらったのは『マーキング』だ。どこへ逃げても居場所は筒抜け。蜃気楼も通じない。
「よし、行け」
鉄鳴の命令に、亜矢が「あたしの出番ね!」と応じた。
凄まじい加速力で、猛然とダッシュする亜矢。
「亜矢さん、まずは私が仕掛けて隙を作ります。タイミングをあわせて仕留めてください」
ユウが闇の翼で舞い上がり、縮地を発動した。
購買前の廊下は、学生でいっぱいだ。人混みの中、うまく走れない少女の頭上を飛び越して、ユウは立ちはだかるように着地した。
「逃がしません!」
銀色の槍が一閃して、少女は倒れた。
と同時に亜矢の影縛りが──発動するまでもなく、ユウが少女を取り押さえていた。
「え……? あたしの出番は!?」
抗議する亜矢だが、そんなものは最初からなかった。
薙ぎ払い最強!
つかまった少女は、そのまま購買の事務室に連行された。
「万引きはいけませんよ。あなたは……なぜ万引きなどしたのですか?」
壱縷が問いかけた。
しかし、少女は黙ったきりだ。だれが何を言っても、押し黙ったまま。なにひとつ答えない。
「これは、軍隊式の拷問がいいかもしれないネ」
軽い口調で、勇太が言った。
少女がビクッと体をすくませる。
「拷問など、なまぬるい」
冷然とした表情で拳銃を抜いたのは、鉄鳴だ。光纏すると同時に燃えさかる黒い炎のようなアウルが彼の全身を包み、巨大な烏に似た翼が背中に広がる。まるきり、凶悪な天魔と対峙するときのような気迫だ。
「知っているか? 万引きした奴は殺されても文句は言えないんだ」
黒光りする銃身が、ぬめりつくような光沢を放った。
まさか本気で殺す気かと、一同の間に緊張が張りつめる。
「ご、ごめんなさい! もうしませんから……!」
少女が必死で頭を下げた。
「そんな言いわけが通じると思うか?」
鉄鳴は少女の髪をつかむと、口の中へ銃口を突っ込んだ。
ガチッと音を立てて、撃鉄が引き起こされる。
「無様だな。万引きなどしなければ、もうすこしマシな死にかたが出来たものを……」
「ぁうううう……」
銃身を噛みしめる少女の歯が、ガチガチ鳴った。
おびえきった表情は、いまにも失禁しそうなほどだ。
「……まぁまぁ、そのあたりで」
レジ子が止めた。
そして、少女に問いかける。
「ひとつ訊くけど、警備を厳重にしてるのはわかってたよね? なんで危険を冒してまで万引きしたの? しかもカレーパンなんて」
「そうよ! なんで、よりによってカレーパンなの!」
どうでもいい部分を亜矢がつっこんだ。
「カレーパンが好きなので……」
本気なのか冗談なのかわからない答えを返す少女。
それを見て、恋音が前に出た。
「あのぉ……ちょっと失礼して、シンパシーを使わせてもらいますよぉ……?」
ある意味反則技のスキルを、当然のように使う恋音。
少女は慌てて逃げようとしたが、「逃げたら撃つ」という鉄鳴の一言で足をすくませた。
なす術もなくなった少女の頭に、恋音の手が触れる。
──そして、真相が明らかにされた。
「……なるほど。つまり、上級生に強要されて万引きしていたわけですね?」
恋音の説明を聞いて、壱縷はうなずいた。
「ならば、真の犯人はその子ですネ」と、勇太。
「むしろ、この子はイジメの被害者と言って良いでしょう。かわいそうに」
イケメンスマイルで優しく微笑みかける亮。
「では、その上級生とやらに、しかるべき罰を与えてやろう」
鉄鳴が拳銃を手にして、「ふっ」と笑った。
「いいね! 今度こそ、あたしの出番!」
亜矢も負けじと刀を抜く。
そんな物騒な二人をおさえるように、雅人が立ち上がった。
「いえ、この場は私に任せてください。こう見えても私は、拷問の鬼。下級生に万引きを強要させる痴れ者に、相応の処罰を与えましょう。しかるのち、風紀委員に引き渡します」
ブリーフ一丁で恋人のパンツを顔面にかぶっている男以上の痴れ者など滅多にいるものではないが、ともかくそういう方向で話は落ち着いた。……落ち着いた?
その日の放課後。
風紀指導という名目のもと、ひとりの女子中学生が拉致……もとい呼び出された。
ここは指導のための拷問部屋……じゃなくて、おしおき部屋。
「ちょ、ちょっと!? なんなのこれ! だれよ、あんた!」
氷の夜想曲で眠らされていた少女は、目をさますや否や大声で騒ぎだした。
「WELCOME(ようこそ)!」
パンツ一丁……ではなくパンツ二丁でM字開脚ポーズを作り、股間に集中線を集める雅人。
彼こそ、正義と愛の変態紳士・ラブコメ仮面!
「いやああああ〜〜っ! 変態! 変態ぃぃぃっ!」
全力で逃げようとする少女だが、あいにく寝ている間に全身亀甲縛り済み。逃げるどころの騒ぎではなかった。あと、真性の変態に向かって『変態』などと罵倒しても何ら意味がない。
「万引きは犯罪だっ! 二度と万引きをしないと誓うまで、このラブコメ仮面が全力でお仕置きするっ!」
雅人の手には、鞭や蝋燭、首輪に鎖と、SMグッズがズラリ。
背後には三角木馬や鉄の処女めいた拷問器具(っていうか処刑器具?)みたいなものが並び、どういうわけか巨大なイカの触手みたいなものまでウネウネしている。
「ひぃぃいいいいいっ!!」
このあと、少女がどのような運命をたどったか。
それを記すのに、この余白は狭すぎる。
以後、この購買で万引きした者は恐ろしい拷問にかけられるという噂が流れるようになり、万引き被害はピタリと止まったという。