●sideA班
「ほら、飲み物買ってきたぞ。……店はやってねぇから、自販機のだけど」
「向坂さんありがとぅなのですよぉ〜……えへへ、依頼でもこんな素敵なところに来られて嬉しいのですぅ〜♪」
「そうか。それはよかった」
向坂 玲治(
ja6214)と神龍寺 鈴歌(ja9935)が並びあってベンチに座る。周りは芝生と花壇に囲まれ、青い海がよく見えるスポットとして有名な場所だ。ここで愛を語り合うカップルは多いという。
カップルに見えるようにするために、向坂と神龍寺は語り合う必要があった。
向坂は神龍寺の服を見る。夏もののワンピースだ。清楚な白を基調としていて、アクセントにピンクや水色のアクセサリーが散りばめられている。とても、可愛い。
「しん……いや、り、鈴歌、その、服可愛いな」
「ありがとぅなのですぅ♪ 玲治もかっこいいですよぉ♪」
「そ、そうか。サンキュな……」
向坂は落ち着きがなかった。隣に美少女がいて、恋人らしい会話を交わしている。依頼で仕方がなくとは分かっているものの、ドキドキが収まらない。神龍寺が自然体で、纏う空気がぽわぽわして暖かいのも一因だろう。向坂は今回は討伐する側に回っているものの、心情的には馬に同情的である。つまり、彼はリア充を敵視するサイドの男なのだ。それが今回の依頼で恋人の真似事をさせられるのだから、人生何が起こるか分からない。
唐突に、腕が柔らかなものに包まれた。神龍寺が腕を絡んできたのだ。より恋人らしく見えるようにする演技なのは頭で分かっているが、心臓が一瞬止まりそうになった。腕を絡ませながらえへへと笑うのは卑怯だろ! と心の中で絶叫した。向坂の顔は真っ赤になっていたが――
『フラグキター!』
「……」
ハンズフリーの電話から漏れた声で一気に真顔に戻る。
少し距離を離したところの木に寄りかかって、スマホをいじっているベルメイル(jb2438)にジト目で一瞥し、ボソリと呟く。
「……一応、神龍寺は彼氏持ちだからな?」
『……NTR?』
「おいバカやめろ! 冗談でもやめろ!」
「彼ですかー? 彼はですね、素敵な人ですよー?」
どこかズレている神龍寺に救われつつ、無難に恋人同士の会話を演じる向坂と神龍寺。ただ向坂は「今日はいい天気だな」とか「海が青いな」程度しか切り出せず、デート慣れしている神龍寺に助けてもらう結果となった。
●sideB班
一方、A班とは反対側に位置するB班。彼らは左右が花に囲まれている遊歩道を歩いていた。
「……ひと時の恋仲の契りを」
そう言って、十三月 風架(
jb4108)は、雪室 チルル(
ja0220)の頬に軽い口づけをする。
キョトンとした表情を浮かべる雪室。
「すみません……自分とはいやかもですが、少しの間我慢をお願いします」
そう言いつつ薄く笑い、手を握る十三月。一般的な女性だったならば、この場所、この行動に頬を染めるものだが――
「いいよー! 私は気にしないから! あたいに任せて!」
花より団子、恋愛よりも戦闘を選ぶ雪室には通用しなかった。というより今の行動の意味を理解していない節がある。「で、このまま手を繋いでればカップルに見える?」なんて聞いてきた時には思わず十三月は苦笑を浮かべてしまった。その後も唐突に抱きついたり、アイスの自販機を見つけて腕を引っ張りながらダッシュしたりと、十三月は雪室に振り回されていた。
「元気いっぱいでいいんですけれど、今回の依頼ではどう転ぶのでしょうか……カップルというよりは、仲のいい兄妹にしか見えないですね」
と同じように苦笑を浮かべて呟くのはユウ(
jb5639)。彼女は彼らよりも20m程度離れた距離に位置し、歩いていた。周囲を見渡し、ため息を吐く。
「素敵な公園ですね。本来ならカップルが大勢いる素晴らしい場所なのでしょうね」
警戒は怠らず、それでも思わずと言った感じでため息を漏らす。
「……やはり、なんとしても排除しないと」
と、呟いた時だった。
『ユウ君! こちらに来たぞ!』
携帯から、ベルメイルの声を響き、顔つきを変える。すぐさま雪室と十三月に出現を伝え、現場へと急行する。
●遭遇戦
馬蹄が叩く音は唐突であった。
「! こっちか!」
「来たですぅ!」
すぐさま立ち上がり戦闘態勢に入る。ベルメイルはすでに他班への連絡を入れたようだ。馬蹄の叩く音が近づいてくる……。
「――いた!」
馬は淀んだ目にだらしなく舌を出しながら一心不乱に走ってきた。速度はかなりものだ。馬は真正面から向かってくる。焦点の合わなかったが目が合わさり、一気に加速した。
「オラ来いよ、馬刺しにして食っちまうぜ」
『タウント』の使用。向坂は指で手招きをして挑発する。馬はカップルの片割れとして狙っていた向坂に完全に狙いをつける。ぐんぐん加速する。敷き詰められた通路の石が馬蹄を叩きつける度に砕かれていく。
……あの加速が乗った蹴りをアソコに食らうのはヤバい……と、内心冷や汗を流しながらも、覚悟を決める。
そして――馬は跳躍した。唐突に姿を消したのだ。
次の瞬間には、馬は後ろ向きで、目の前に転移してきた。攻撃の事前動作である前足が石畳を踏み砕き、後ろ足をグッと引く……。
動揺した向坂がとっさに動けたのは奇跡に近かった。
自分が狙われていることが事前に分かっていたのと、敵の攻撃してくる部位が限定的であることが予め分かっていたことに救われた。
内股になり、シールドを股間部分に覆う。次の瞬間には、まるでダンプカーに追突されたかのような衝撃が襲った。
「ぐぉおおおお!!」
向坂は吹き飛ぶ。ギリギリ太股にシールドが食い込んで、大事な部分は守られたが、衝撃はそうもいかなかった。深く、深く浸透した。
ベルメイルはこの時、痛そうな顔で内股になりながらも疑問を浮かべていた。
(なぜ、あの馬は向坂くんに渾身の一撃を繰り出したのか……)
事前情報では追い抜きざまに一撃である。しかしその攻撃は少なくとも事前動作で石畳を踏み砕くほどのものではなかったし、転移跳躍を絡めた初見殺し気味のものでもなかった。まさに一撃必殺と呼ぶべき恐ろしい攻撃だ。
(――本気だ。本気で、馬は向坂くんに攻撃をしたんだ)
そして、なぜ本気であったのか。それは、数々の美少女ゲームをこなし、どの行動にどんなフラグを立てられるのかを知り尽くした堕天であるからこそ、導けた。
(馬は、怒り、恨んでいるのだ。自分と同じ、非リア側の人間である向坂くんが、美少女である神龍寺くんと、周囲が思わず赤面になるくらいに甘くイチャついていたことを!)
なぜ、お前が――俺と同じであるお前が――! という心情なのだろう。同じリア充を憎んでいた同類(向坂)が美少女と仲睦まじくしゃべっていることが許せなかった。故に、一撃で確実に潰そうとしたのだ。幸いなのが、向坂が熟練のディバインナイトであったことだ。膝を震わせながら、それでも立ち上がれる程度に済んでいるのだから。
だが、向坂が恨みを買われたことは無駄ではない。
最大の狙いである、隙。それを存分に引き出せたのだから。
「お馬さん、愛を語り合う者たちのお邪魔をするとそれ相応の報いが待っているですよぉ〜?」
という言葉と共に、神龍寺は背後から『薙ぎ払い』を繰り出した。全力攻撃で隙だらけだった馬はその一撃をまともに食らって、その場に倒れた。
すとっ、と着地した神龍寺は真っ先に向坂の方に顔を向けた。
「向坂さん、大丈夫ですかぁ〜?」
「あぁ……心配すんな。ちょっと染み渡ってるだけだ……」
足をガクガクと震わせながらも、向坂は笑った。彼の言葉は事実であり、痛みはないものの力が出せないというだけであった。
「それはよかったですぅ〜」
にっこりと笑う神龍寺。ベルメイルも駆けつけ、一言。
「無茶しやがって」
「うるせぇ」
「ともあれ、これで馬は……あ!」
馬は立ち上がろうとしていた。勝てないと分かり、逃げだそうとしているのだ。
「マーキング!」
ベルメイルが即座に撃ち込んだことにより、馬は逃走しても追跡できるようになった。そして、スマホを取り出し馬に見せつける。
「お前が狙うべき相手はここにもいるぞ!」タップし、音声が流れる。『ベルメイル君……風が気持ちいいね♪』恋愛系ソーシャルゲームのゲーム場面だ。
馬は気にする素振りも見せずに駆けだした。
「だよなぁ……」
「何遊んでんだ! 追うぞ!」
「待つですぅ〜!」
しかし、馬はグングン速度を上げる。このままでは逃げられてしまうだろう。
「クソッ! 力が入れば!」
逃げようとした瞬間、向坂は即座に飛びつこうとしたのだが、現在全身に力が入らない状態なのでうまく飛び出せなかったのだ。それが一瞬の隙となり、逃走を許す形になってしまった。現在も追いかけてはいるが、いつもよりもかなり遅い。というより、ほとんど走る体を成していない。苛立ちと焦燥を感じていると、ベルメイルから声をかけられた。
「心配しなくとも大丈夫だよ。この方向なら彼らがいる――ほら、見えた」
「氷砲『ブリザードキャノン』!」
勢いよく駆けていた馬に冷気を纏った封砲が直撃し、吹き飛ばした。
B班との合流である。
●決戦
『マーキング』の情報をベルメイルから伝えられ、こちらに向かってくると分かった瞬間の雪室の行動は早かった。
大剣を抜いて真正面から『氷砲ブリザードキャノン』を撃ち込んだのだ。末恐ろしいのはそれで勢いの乗った馬を吹き飛ばしたことだろう。ともかく、馬の逃走を阻止し、そして味方と挟撃の形で戦闘に入ることができた。それは逃走する心配をする必要をせずに、馬と全力でバトれることを意味する。
「戦 闘 だ ー !」
故に雪室のテンションはウナギ登りである。
「撃つことに全く躊躇いがありませんでしたね……」
「演技の時より輝いてますね……」
ユウと十三月は思わず苦笑。鬱憤を晴らすがごとく、雪室は大剣で馬に斬りかかっていく。
馬は即座に体勢を立て直し、雪室の大剣を後ろ足の蹴りで弾き返した。思わぬ反撃にますます雪室の口角がつり上がる。
「じょーとーじゃない!」
「先走りはよくありませんよ!」
隙が生じた瞬間を見計らって十三月は自ら血を流し、円錐状に固める。『血針』の使用。側面から血のワイヤーが後ろ足を刺し貫き、貫通した分だけ絡ませ動きを封じようと試みる。しかし、馬はタフで膂力は凄まじく、動きを封じることはできそうもない。十三月の体ごと持っていかれそうになるが、できるだけ耐えた。それでよかった。一瞬でも後ろ足が封じられ、結果攻撃を撃ち込む隙となるからだ。
「餓狼!」
ユウがエクレールを持ち、撃ち込んだ。『血針』で攻撃されなかった方の足を狙ったことで、馬は大きく体勢を崩した。絶妙のタイミングで雪室が跳躍し、体勢を崩した馬を押しつぶすように大きく大剣を振り降ろす。両後ろ足を封じられた馬は頭から大剣を食らい、ドゥッと鈍い音を響かせながら横に倒れた。
もがく馬。少しでも早く立ち上がろうと足をばたつかせる。しかし、大技を準備していた二人が、来た。
『雷打蹴』の前段階として宙返りをする十三月、そして『薙ぎ払い』から『破山』にスキル交換した神龍寺。同じA班の向坂は全身に力が入らず、ベルメイルが向坂のサポートに回っているため単独で飛び出してきたのだ。二人に促された結果でもある。
「はふむ、人の恋路を邪魔する馬は馬竜に蹴られて死んじまえ! ですかね」
「愛を語り合う者のお邪魔をするなら……愛には愛の制裁を〜なのですぅ……これ以上大切な人と過ごす時間の邪魔するのは許さないのですよぉ〜」
そして、腹と背を挟み込むようにして、二人の大技は叩き込まれた。
人の恋路を邪魔する馬が最期に漏らしたのは、悲しげな響きが籠もった、微かな嘶きであった……。
十三月の「ところでこの馬、同性カップルに対してはどんな反応をしたんでしょう?」という疑問から、他の撃退士が他愛のない雑談に移りゆく中。
嘶きを聞いた向坂だけは遠い目をして、呟く。
「こんな形でなければ、お前とは分かり合えただろうに……」
悲哀の籠もった非リアの呟きは、カップルの聖地に虚しく響く。
かくして愛が語り合われる場所は、再び平和を取り戻した。