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6人の撃退士はホームから降り、トンネルの前へと立つ。ここから先は一寸も見えない闇であり、迂闊な行動はできない。笹鳴 十一(
ja0101)は苦い顔を浮かばせる。
「真っ暗なトンネルに鼠の鳴き声かじる音……まるで怪談だね、こりゃ」
その声に反応したのは九条 静真(
jb7992)だ。言葉が話せない彼は手に持ったメモに走り書きをして笹鳴に見せる。
『鉄鼠は もともと 坊さんと怨霊の話』
「へぇ、そうなんだぁ……」
感嘆の声を漏らす笹鳴に眉を潜めるのは雅楽 灰鈴(
jb2185)だ。
「先輩方、暢気におしゃべりしてる暇はあらへんと思うんやねんけど」
「悪い悪い。んで、準備は出来てるのか?」
「もちろんや。ばっちしナイトビジョンは付けてるで」
「木暮、稲葉もかな?」
「もっちろんだ……すよ」
「えぇ、大丈夫よ」
すでに調整を終え、ナイトビジョンを装着しているのは他に木暮 純(
ja6601)と稲葉 奈津(
jb5860)だ。雅楽を加え、この3人は比較的自由にトンネルの中で行動できる撃退士である。
一方、
「えと〜、私はLED懐中電灯は持ってるですけど〜」
おっとり口調かつ困ったような調子で言うのは嶌谷 ルミ(
jb1565)だ。
「分かってるって。光源は九条が担当するもんな。俺さんがエスコートするよ」
「ありがとです」
ぽわわんとした笑みを浮かべ、嶌谷はお礼を言う。
「はぁ〜、それにしてももっと強力な光源があればよかったのですよ」
「まぁ、しょうがないでしょ。その代わりペンライトバラマくのは任せたぜい」
「先輩方の準備はよろしいので?」
「あぁ、大丈夫」
「はいなのですよ」
「ほんだ行こか?」
互いに装備の確認を終えたところで、一行はそのままトンネルの中へと侵入する。すぐには罠を張らず、しばらくは様子を伺うために暗闇の中を歩いていく。
先行するのは笹鳴、その後ろに嶌谷、九条の暗闇で見えない組だ。九条が後ろから懐中電灯で照らし、ナイトビジョンを持つ三人は適度に分散して敵の動向を伺う。
探索の結果はすぐに出た。
「……何も、動きがないねぇ。俺さんたちなんかまるっきり無視ってかい」
トンネル内部はギチギチと金属が貪られる音が響くのみだ。九条が明かりをトンネル奥まで照らしているにも関わらず、一向に変化がない様子から明かりを嫌ったわけではないことが分かった。
九条は明かりを手元に移し、くいくい、と手で合図する。メモに文字を走らせ、それをみんなに見せる。
『罠 はる』
「了解や。んじゃぱっぱぱと周辺に罠散りばめるさかい、ちょっと待ってや」
「作戦通り、雅楽ちゃんの呪縛陣の後に私が封砲を放つわね」
「よし、適宜散回。これより鉄鼠を迎え討つ。相手は前情報通り、可哀想な子どもたちだ。だから、というわけではないが、せめて身体だけでも弔ってやろう」
みんなが力強く頷いたところで、陣形は変わった。
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『――次のニュースです。現在撃退士が鉄鼠と名付けられたディアボロを討伐するために現場へ侵入したとの情報が――』
「と、そろそろですか」
黒いロングコートを着た男はコーヒーに砂糖を入れようとするところだった。カフェテリアに備え付けられたテレビから流れる映像を見てそう呟く。都内にあるカフェテリアのカウンター席からは撃退士たちの容貌がよく分かる。映し出された撃退士たちの姿を見て、にやりと笑った。
「さてさて、今回も楽しませてくれると嬉しいのですが。……撃退士のメンバーは全員人間ですか。それは重畳。大抵の人間は子ども好きですからね。それも撃退士みたいな正義漢で未熟な人間は特に」
含み笑いを浮かべ、手にした砂糖をコーヒーに入れる。
溶けきらず、カップから溢れるくらいに。
グルグルとかき回し、粘度が高まったコーヒーを一口含む。
「……ん〜。素晴らしい。コーヒーの風味が台無しだ。この店の売りである風味豊かなコーヒーを注文したのに、その風味を味わわない。最高に矛盾な行為だ。しかもこれは私が砂糖を持ち込んだわけではなく、店に備え付けているもので出来ているのが肝心だな。――おぉ、店主の睨みが怖い。しかし、それでもこの店では砂糖を瓶で置いている。コーヒーの風味を楽しませたいのならば、砂糖なんて始めから置かなければいいのに。あぁ、これだから人間界は飽きない」
独り言を呟きながら、上機嫌で、ドロドロのコーヒーをその男は飲んでいく。
「――さて、苦労して調整した『仕掛け』、喜んでくれるでしょうかね? 子どもが大好きであろう、撃退士のみなさん」
クツクツクツ、と悪魔は笑う。
「いつ見ても興奮しますねぇ……人間が人間のために人間を殺す。まさに素晴らしく最高の矛盾行為だ。さぁ、今回はどうなるかな?」
ニヤニヤとテレビを見ながら、泥のようなコーヒーを啜った。
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準備は滞りなく済んだ。
まずは光源確保のために、嶌谷がペンライト6本を作戦領域に均等にバラマいた。「明かりをイヤがってるわけじゃないのなら遠慮なくバラマくですよ」と言いながら。LEDの懐中電灯も灯し、周囲を照らして地形を覚えこんでいく。
暗闇がある程度晴れたところで、罠を仕掛ける。
雅楽がワイヤーと網を、九条が大きな網を逃走経路になるであろう自分たちの後方へと仕掛ける。敵の数は多いため、討ち漏らすかもしれないが、これならば足止めできるだろうと確信する。
そして一旦集合。九条が抱えられるほどの大きさで形が歪な鉄塊を置き、合金パイプを持って準備は完了。あとはパイプで鉄塊を叩けば鉄鼠は寄ってくるだろう。
作戦を再度確認する。九条が音を出した後、雅楽が鉄塊に群がってきた鉄鼠をまとめて『呪縛陣』によって攻撃。足が鈍ったところを稲葉が『封砲』で範囲攻撃を行い、あとは適宜味方をカバーしながら殲滅する。
作戦前に笹鳴と稲葉が各々強化スキルを使用し、阻霊符も使い、準備は万端だ。暗闇はまだ深いため、ナイトビジョンを装着している者は着けたまま作戦に参加する。
九条が周囲を見渡し、5人は頷く。
九条が鉄パイプを掲げ、勢いよく叩きつけた。
甲高い音がトンネル内に響く。
動きは、すぐにあった。
「来たで!」
ザザザと奥からいくつもの赤い双眸がこちらに向かう。
全員、鉄塊から退き、武器を出し、スキルの準備を始める。
鉄鼠たちは撃退士に構うことなく、目の前の餌に群がるように食いついた。
「今や、呪縛陣!」
鉄塊を中心に陣が構成され、光が溢れる。
攻撃をまともに食らった様子で、明らかに動きが鈍っている。
そこに、アウルの黒い輝きを伴った衝撃波が走る。
呪縛陣により、まともに動けない鉄鼠たちはことごとく封砲を食らい、半数は動かなくなった。残りもコロコロと転がり、悲鳴を上げるだけで動く様子がない。
思った以上に効果的で、今がチャンスとばかりに嶌谷、九条、笹鳴が走る。光源が確保されているためにどこに鉄鼠がいるのか丸分かりである。たとえ暗がりに逃げ込もうとしても、ナイトビジョンを持つ優秀な仲間がいるし、罠も仕掛けてある。ここで出来るだけ数を減らした方が有効的だと判断しての行動だ。
各々武器を掲げた、その時だ。
『イタイ……ヨ……』
「「「「「「!?」」」」」」
思わず、動きを止めてしまった。
まるで金属と金属を擦り合わせたような音だった。しかし、それでも、その音には理解できる意味が籠もっており、そして、それは最も聞きたくない声であった。
『イタイ……イタイ……』
『オナカスイタ……』
『ドウシテ? オナカスイタ ドウシテ イタイ イタイ』
『ドウシテ?』
『ドウシテ? ヒドイ ドウシテ』
「ち、違う。そんなつもりじゃ……」稲葉が顔を真っ青にして呟く。
「聞くな! 全員、聞いちゃダメだ!」笹鳴は叫んだ。
『イタイ オナカスイタ イツモ イツモ』
「いつも……孤児院にいた時、この子たちは……」木暮の銃を持つ手が震えている。
「違う! 今は鉄鼠だ! 俺たちが倒さなくちゃならないディアボロだ!」
「せや、鉄を食うなんて、悪趣味やろ。こんなん、生きてるとは言わんやろ? なぁ?」
それでも、撃退士たちの顔色は一様に悪い。
まさか、声を発するなんて思わなかった。自分たちはこの子たちのためにも一刻も早く討伐して、供養してあげたいと思っていた。
しかし、ある疑念が生まれる。――もしかして、このディアボロは始めから意識を持っていたのではないか? 意識を持ち、ただ飢えを満たそうと行動していただけではないのか?
自分たちは、ただ鉄を食べるしかできない子どもたちをいたぶっただけではないのか?
いや、あり得ない。ディアボロは意識を持たないのだから……。
しかし、「もしかしたら」という疑念が抜けない。
考えてみれば、鉄鼠たちはこちらに見向きもせず、ただ餌である金属にしか目を向けていなかった。自分たちは、子どもたちの飢えを利用して、罠を張った。子どもたちはただ、お腹いっぱいに食べたいだけなのに……これでは、まるで、自分たちが……。
撃退士たちが動揺している中、鉄鼠は――目を赤く輝かせた。
『オナカスイタヨ……オニイチャン、オネエチャン』
それは完全なる不意打ちだった。
その赤い双眸から放たれた光は人々を狂気に陥れた元凶であり、そして今は――
「あぁ……俺さんが……いま、あげるからな……」
「たーんと、食べるといいのですよ……」
「…………」
笹鳴、嶌谷は抑揚のない声で言う。九条も含め、彼らは慈しみの籠もった――それでいて感情を感じさせない――笑みをたたえ、家族を暖かく迎える時のように、武器をおろして、柔らかに両手を広げる。
その姿は献身的だ。彼らの動きから読みとれるのはたった一つ――己の身を鉄鼠に捧げるつもりなのだ。
彼らの体の提供に、動けなかったはずの鉄鼠たちは歓喜の声を上げながら、猛然と三人へと襲いかかった。
――阻むは炸裂。
――響くは銃声。
――飛ぶは斬撃。
投げられた札が鉄鼠の進路を阻害し、アウルの籠もった弾丸が一番近い鉄鼠を撃ち抜き、黒い衝撃波がすべての鉄鼠を蹴散らした。
「クソったれ……」
雅楽は苦く呟き、
「ぐすっ……」
木暮は涙を浮かべ、
「許せない……」
稲葉は静かに怒りを燃やした。
なぜ、赤い輝きを見たにも関わらず、この3人は催眠状態にならなかったのか。
その答えは、3人の共通項――すなわち、ナイトビジョンにあった。
ナイトビジョンの暗闇を可視化し強い光を抑える光線加工機能が、赤い輝きを無効化したのだ。故に、万が一鉄鼠が暗闇に逃げ込んでも攻撃を加えられるようにと準備していた3人は、鉄鼠の催眠攻撃を受けずに済んだ。
鉄鼠が殲滅されたことにより、笹鳴、嶌谷、九条は正気に戻る。
「あ……」
「ふぇ……」
「…………」
周囲を見渡し、何が起こったのかを瞬時に理解する。
「その……ごめんなさい、です」
「いいや、気にすることない。相手のディアボロが卑怯だった、それだけの話や」
「……キッツいなぁ。心理的動揺の後に、精神、いや催眠攻撃、か。ありがとな、雅楽、木暮、稲葉」
「さっきも言うたけど、気にしなや」
「い、いや……お礼なんていいしっ……ですし……ぐす」
「仲間を助けるのは当たり前ですもの。……それよりも、許せないわ。今回の事件を引き起こした悪魔、絶対に許さない!」
ガン! と稲葉は強く鉄塊を蹴る。それは思わずやってしまったことで、その後小さく「ごめんなさい」と呟いた。
ピーッとホイッスルが鳴る。
ペンライトで光を当て、九条はメモを見せる。
『救助 感謝 他にいないか 確認』
「そうだな。他に逃げた鉄鼠がいるか、封鎖している撃退士の人に聞いて確認しよう。とりあえず、出口に向かうとしましょっか」
笹鳴の提案に、みんなは力なく頷いた。
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封鎖している撃退士の話では、逃げだそうとした鉄鼠は一匹も確認されておらず、鉄鼠は完全に討伐できたと判断した。
トンネル前、6人の撃退士は各々冥福を祈る。
笹鳴、嶌谷、稲葉は手を合わせ、祈りは捧げた。
木暮はただ静かにボトルの水を傾けた。
雅楽はトンネルをジッと見て、「今度はもっと……ちゃんと生きれたら、えぇな……」と静かに呟いた。
九条はフルーツの盛り合わせを供え、手を合わした。
6人の撃退士がそれぞれ祈りを捧げる。その光景は美しく、神々しかった。遠くからカメラマンがその姿を映し、日本中を感動の渦に巻き込む。
その映像を違う目線で見る者が一人。
「クククク……いやぁ、非常に興奮しますねぇ。素晴らしいですねぇ。美しい光景だ。そしてオゾマシい光景だ。子どもたちを殺した張本人たちが子どもたちの冥福を祈る。なんという矛盾。これはなかなか……そそりますねぇ」
カフェテリアでミートソーススパゲッティに砂糖をぶっかけ、ショートケーキにタバスコ――スパゲッティのセットでついてきた――をぶっかけながら男は笑う。
彼にとっての、ささやかな祝いである。そこに赤ワインと白ワインが届く。ウェイターは顔を歪ませながら、そそくさと逃げるように離れていった。
男はその視線に身を震わせながらも、独り言を紡ぐ。
「今回は大成功ですねぇ。苦労して調整したかいがありました。飢餓感だけ残すの、結構大変だったんですよ。いやはや、しかし、おかげでイイモノが見れましたし、撃退士たちのイイ表情(カオ)も見れました。今回参加した撃退士に最大級の感謝を」
赤と白のワインを混ぜ合わしたものを掲げ、悪魔は上機嫌に笑い、そして――口をすぼめた。
「『イタイヨ ヒドイヨ オナカスイタヨ』……ぷっくくくく……あの時の撃退士たちの表情(かお)といったら。ディアボロに意識なんて持ってるわけないでしょうに。悪魔はディアボロを通じて声を出せる。私がやったのはちょっと『それらしく』聞こえるように加工しただけ。少し考えればすぐ分かったでしょうに彼らは……クククク、これだから人間は素晴らしい。矛盾多き人間と撃退士、そしてその尊い犠牲者たちに、乾杯!」
久遠ヶ原学園へと帰っていく様子の撃退士たちを見ながら、悪魔は食事を始めるのであった。