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マスター:ちまだり
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:11人
リプレイ完成日時:2012/02/06


みんなの思い出



オープニング

 為す術もなく捕らえられた僕たちの前に姿を現わした「奴」は、えらく尊大な口調で、ただ一度だけこう尋ねてきた。

「我に忠誠を誓う者は前に出よ。されば我が使徒として新たな力を授けてやろう」

 僕を含め、誰1人進み出る者はいなかった。
 あたりまえだ。
 人類を、そして僕らの帰りを待つ仲間たちを裏切ることなんてできやしない。
 ――それでもちょっとだけ不安になった僕は、一緒にいるみんなを横目で見やった。
 大学部の佐々木先輩も。僕より年下の女の子も。
 みんな、無言のまま「奴」を睨み付けている。
 その姿に元気づけられた僕は、自分でも勇気を振り絞って「奴」に向かってあかんべをしてやった。
(大丈夫さ。きっと、仲間たちが助けに来てくれる‥‥!)
 そう固く信じながら。

●久遠ヶ原学園〜依頼斡旋所
 その日、斡旋所内は重苦しい空気に包まれていた。

 オペレータを務める大学部生の女生徒が、青ざめた面持ちのまま、息を殺してヘッドセットマイクからもたらされる情報に耳を傾けている。
 彼女の周囲を何名かの生徒会役員や教師たちが取り囲んでいるが、彼らもまた、固く口を閉ざした険しい表情である。

 昨日の朝、撃退庁からとある天使側ゲート周辺地域の偵察依頼があり、8名の学園生徒が派遣された。
 あくまで周辺地域の偵察であり、安全のため「敵占領エリア内へは決して入らないように」との条件つき。
 危険は少ないと思われ、半日もあれば完了する「ごくありふれた依頼の1つ」として終わるはずだった。
 にもかかわらず、昨日の午後に出発した生徒たちのパーティーからは、まる一日が経過した現在に至るも音信がない。
 現地でサーバントに遭遇、交戦状態になった可能性もあるが、それにしても連絡ひとつ寄越さないのはおかしい。
 現在、撃退庁が現地へヘリを飛ばし捜索にあたっているが、あまり敵ゲートに接近すると撃墜される怖れもあり、なかなか詳しい情報は伝わってこなかった。

「おはようございます〜‥‥?」
 斡旋所のドアが開き、高等部1年の伊勢崎那由香(jz0052)が入室した。
 交替時間が近づいたため、受付け係兼オペレータの仕事に入るためであるが、いつもと異なる斡旋所内の雰囲気に感づき、生徒会の先輩生徒に尋ねた。
「何やあったんですのん?」
 事情を聴いて、普段は呑気な那由香もさすがに言葉を失った。

「まさか‥‥敵のエリアに踏み込んだのかな? 佐々木君には、くれぐれも無茶はしないよう念を押したはずだが」
 自らも現役撃退士を務める教師の1人が、ふと呟いた。
「どういう意味ですか!?」
 それまで表向き冷静を保っていたオペレータの女生徒が、血相を変えて叫んだ。
「彼はベテランの撃退士です! パーティーには下級生の初心者もいるのに、そんなことするはずありません!!」
「い、いやすまん。今のは失言だった」
 女生徒の剣幕に気圧されたように、教師が慌てて詫びる。
「佐々木さんて?」
「大学部の撃退士で、今回のパーティーのリーダーだよ。年齢的にも、撃退士としての経験もいちばん長いしね」
 那由香の問いに、先輩が答えた。
「無理もないさ‥‥彼女、佐々木さんの恋人だもんな」
「‥‥」
 どうリアクションしていいかも分からぬまま、ふとオペレータ用のデスクを見やった那由香の目に「手作りチョコスイーツレシピ集」と題された1冊の本が映る。
(今度のバレンタインに贈るつもりだったんやろか?)
 つい場違いなことを思ったとき、女生徒が突然マイクに片手を当てて応答した。
 何か新情報が入ったらしい。
「はいっ! はい‥‥撃退庁のヘリより連絡――生徒8名が見つかったそうです!」
 その言葉に、室内の一同から一斉に安堵の声が洩れる。
 だが次の瞬間、緩みかけた空気を女生徒の声が引き裂いた。
「‥‥え? あの、すみませんもう一度‥‥‥‥何ですって!?」
 彼女は椅子を蹴るように立ち上がるや、頭から引きはがしたマイクを床に叩きつけた。
「いやあああ!! 嘘! 嘘! そんなの絶対信じない!!」
 オペレータとしての任務もかなぐり捨て、床にへたりこみ頭を抱えて泣き叫び始めた女生徒を教師たちが素早く両脇から助け起こし、なだめすかしながら斡旋所の外へと運び出していく。
「伊勢崎君。君、次の担当だったね?」
 生徒会役員の1人が、床に落ちたマイクを拾い上げ、那由香に手渡した。
「悪いけど、このまま後を引き継いでくれ。詳しい状況はヘリに同乗している国家撃退士に聴くといい」

●天使占領エリアから5kmほどの地点
 夕暮れが迫る殺風景な荒野を、人類側の街を目指し、9つの人影が進んでいた。
 そのうち8人は久遠ヶ原学園の制服をまとった少年少女たち。
 上は大学部生から下は初等部生までと年齢性別は様々だが、その顔は一様に無表情で、虚ろな視線のまま黙々と歩き続けている。
 問題は、生徒たちの後ろからついてくる9人目の人物だ。
 顔には性別も判らぬほど白粉を塗りたくり、サーカスのピエロを思わせるケバケバしい衣装。
 声は一切立てず、そのくせ陽気に踊りながら歩くピエロの両手から、8本の細く長い糸が伸び、それぞれ8人の生徒たちに繋がっている。

 彼らの姿を、遙か数十mの高みから悠然と見下ろす存在があった。
 外見こそ美貌の青年だが、その背中からは光り輝く純白の翼が広げられている。
『哀れな子羊たちよ‥‥我の言葉に従っていれば、シュトラッサーとして召し抱えてやったものを。まあ汝らが選んだ運命だ。我が聖域を嗅ぎ回った報いとして、精々同胞たちに滅ぼされるがよい』
 人には理解できない言語でそう呟くと、青年――いや天使は薄く冷笑を浮かべ、そのまま自らのゲートを目指し飛び去っていった。

●斡旋所
 間もなく、那由香が装着したヘッドセットマイクに、感情を押し殺したような国家撃退士からの通信が入った。
『現時点を以て、街に向けて移動中の学園生徒8名を‥‥要救助者から要殲滅目標へと変更する』


リプレイ本文

●落日の彼方より
 現地へ到着した撃退士たちの目の前に、夕焼けが赤く照らし出す荒涼とした風景が広がっていた。
 道路を舗装したアスファルトのあちこちにヒビが走り、割れ目から雑草が頭を出している。
 その道の向こうから、傾いた夕陽を背景に、8つの人影が近づいて来る。
「気にくわねえな。まるで『迎撃してください』といわんばかりだ」
 カルム・カーセス(ja0429)は吐き捨てるようにいった。
「敵」が迂回路をとり街を奇襲する可能性も考えられたが、彼らは愚直にも街への最短コースを選び進んできたのだ。
 その頃には、街の防衛のため派遣された撃退士たちにも概ね見当はついていた。
 天使の目的は街への侵攻などではない。
 自らのゲート周辺で捕らえた撃退士パーティー、すなわち8人の久遠ヶ原学園生徒たちの感情を抜き取り、「操り人形(ドール)」として同じ学園生徒の撃退士に処分させようという「見せしめ」なのだということを。
「サーバント化するでもなく、人として街を襲わせる‥‥悪趣味にも程があるだろう‥‥」
 普段は寡黙な谷屋 逸治(ja0330)も、怒りを隠せぬ様子でぼそっと呟いた。
 敵の正体が音信不通となった学園生徒たちであることは、既に撃退庁や学園側も把握している。
 今回派遣された撃退士たちも、その事実を覚悟の上で参加を決めた者たちだった。
「‥‥ふざけるなよ‥‥? 何が天使だ‥‥人の死体をもてあそんでいいわけねぇだろうが‥‥」
 明郷 玄哉(ja1261)は肩を震わせ拳を握りしめた。
「あぁ‥‥あれが感情を完全に搾取された者の末路、そのひとつなわけですね」
 フレデリカ・エーベルヴァイン(ja2356)が夕陽の眩しさに目を細めながらいう。
 幼い頃天使の襲撃を受け、その際に感情の一部を奪われた彼女にとって、8人のドールたちはいわば自らの鏡像だ。
「私も一歩間違えばああなっていたのですね。恐ろしいものです」
 そういいながらも、彼女の声音は普段と変わりない。
 仲間たちが覚えているであろう悲愴も義憤も湧いてこないのだ。感情の一部を喪失しているが故に。
「本当に残念ですね。ちゃんと元気なうちにお会いしたかった」
 フレデリカとはややケースが異なるが、鳳月 威織(ja0339)もまた、特に動揺を見せることはなかった。
 これは威織自身も自覚していることだが、彼の価値観は他人に比べどこか歪んでいる。ドールたちの運命には同情すべきなのだろうが、そうした「一般的な感情」が彼には理解できないのだ。
「感情を奪われたドールねぇ‥‥ま、ああなった以上は敵だよ」
 割り切ったようにきっぱりいうと、神喰 茜(ja0200)はその手に打刀を召喚した。
 極論、あれは死体を改造したディアボロのグールと何の変わりもない。
 だから斬る――茜にとってはそれで充分だった。
「天界の理に囚われた仲間たちを救い出し、彼らの運命を取り戻しましょう‥‥たとえそれが『死』と家族の悲しみであったとしても」
 ネコノミロクン(ja0229)が瞑目し、静かに呟いた。
 いかに不条理に見えても、それもまたひとつの「運命」であることを、占い師でもある彼は知っている。
(無様と言わざるを得ないわね‥‥最後まで抗ったのはいいけど、結局操り人形にされたら意味ないでしょうに)
 珠真 緑(ja2428)は深くため息をついたが、他の仲間たちへの配慮から、あえて口には出さなかった。
 本国で所属するある組織の「記録者」として学園生になった彼女にとっては、この1件もまた記録すべき事件のひとつに過ぎない。
 そして緑は「感情を奪われる」というのがどういうことか考えてみた。
 既に両親を亡くした彼女は、唯一残った肉親である弟を溺愛している。仮に自分が感情を奪われれば、そうした弟への思慕さえ失ってしまうのだろう。
(もうそれは私じゃない‥‥仲間に始末してもらった方がマシだわ)
 戦いが避けられないなら、あとはそれを楽しめるかどうかの問題だ。
 そう思いながら、手元にスクロールを具現化させた。

 ドールたちは、既にその姿をはっきり視認できる距離まで迫っていた。
 初等部から大学部まで、年齢も性別も様々な「元」学園生徒たち。
 中にはどこかで見たような顔もある。
 あれは確か入学式だったか?
 それとも文化祭のお祭り騒ぎの中だったか?
 だがそんな感傷に浸る間もなく、撃退士たちは各々が臨戦態勢に入っていた。

●宵闇の人形劇
「情報によれば、あと1匹サーバントがいるはずだ」
 逸治は持参した阻霊陣を地面に置いた。
 彼自身のアウル力が地面を介して広がり、天魔の透過能力を無効化する。
 やがてドールたちの後方から、ケバケバしい衣装をまとったピエロが飛び出した。
 白地に赤く笑顔のメークなど施しているが、その顔はドールたちと同じく、死人のような無表情だ。
 サーバントは透過能力を破られたことに驚いた様子も見せず、撃退士たちの方を見やると、三角帽を取ってわざとらしいほど恭しくお辞儀する。
 それを合図のように、前衛5人のドールたちが一斉に片手剣を振りかざした。

 撃退士側の前衛として前に出たのは茜、威織の2人。
 数の上では不利である。ただしドール側の生徒たちはリーダーの佐々木を除けば、殆どが今年入学したばかりの駆け出し撃退士だという。
 つまり身体能力に関してはこちらとほぼ互角。「サーバントに操られている」という点を加味すれば、反応速度などがやや鈍くなっている可能性もある。
「あとは操者のお手並み拝見ってところかなぁ」
 殺意を濃縮した闇と血の紅が入り交じったような黒い光纏をまとった茜は、高等部生と思しき少年と対峙した。
 打刀の一閃が相手の肩口を切り裂き、鮮血が吹き出すも、少年は顔色ひとつ変えず反撃してくる。
「思った通り無痛覚状態か‥‥これは急所狙いでいくしかないね!」
 痛みは生物としての防衛本能であり、それを失ったということは、それだけ回避や防御に悪影響を及ぼしているだろう。とはいえ「痛みを感じない敵」というのはそれなりに厄介な存在ではあるが。
 中等部の制服をまとった少女を相手にした威織も、敵の行動力を封じるべく四肢を狙って打刀で斬り込んだ。
 少女の右腕が、握った剣ごと血飛沫を引いて宙に舞う。
 だが少女は動じない。
 残った左手に新たな剣を召喚すると、何事もなかったかのように切り結んできた。
(なるべく傷つけない方がいいのでしょうけどね)
 無表情のまま斬りかかって来る少女の刃を打刀で受け止めながら、威織はふと思う。
 サーバントに改造された犠牲者と違い、ドールたちは少なくとも「人間のまま」遺体を収容できる。後で遺族に引き渡すことを思えば、やはり肉体の損傷が少ないに越したことはないだろう。
 もっともそれは「他のみんながそう望むから」であって、威織自身は相変わらず「そうしなければならない理由」を理解できないままでいたが。
 彼にとって死はただの終わり。終わってしまった以上、遺体は単なる物体であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 前衛が交戦状態に入るのと同時に、ドールたちの後衛3人は短弓を構え、次々と矢を放ってきた。
 撃退士側も、逸治はリボルバーで、緑はスクロールにより後方からの援護射撃を開始。
 逸治はリボルバーの長射程を活かし、アウトレンジから弓使いのドールを狙撃した。
 なるべく手足を狙い、敵の戦闘力と移動力の封じ込めを狙うが、今の段階では目標の動きが激しく、ピンポイントの命中はなかなか難しい状況だ。
 一方、緑は前衛近くまで近づき、主に剣士のドールを狙いスクロールの光弾を放った。
「あはっ! 遊ぼ遊ぼ! もっと遊ぼ!」
 唯一のアストラルヴァンガードとして回復役を担当するネコノミロクンはブロンズシールドで敵の矢をふせぎつつ前進、前衛の仲間を回復スクロールで援護できる位置から弓兵を狙う。
 彼我の距離が徐々に詰まり乱戦と化していくさなか、玄哉、フレデリカ、そしてカルムの3人は、敵の指揮官であるサーバントを叩くべく左右両翼からの迂回を図っていた。

●道化師は踊る
 両手の先から延びる光の糸を手繰りつつドールたちを操っていたピエロは、撃退士たちの接近を悟るや、剣士2人、弓兵1人をこちらに呼び寄せた。
 さらに自らも懐から数本の短剣を取り出すや、器用にジャグリングしつつ、時折投擲による攻撃を加えてくる。
「やはり彼らは能力を十全に使いこなせていません。付け入る隙は十分にありますね」
 敵の矢を回避しつつ、フレデリカはサーバントへの接近を阻む剣士たちを魔法の光弾で狙い撃った。
「エーベルヴァインには指一本触れさせねえ!」
 迂回攻撃班の前衛を務める玄哉が、剣士2人を相手取ってファルシオンを振るう。
 闇色の光纏をまとったその姿は、さながら黒い鎧に身を固めた騎士だ。
 指揮官のサーバントを直接攻撃することで奴の意識をこちらに逸らせば、その分前衛で戦っている仲間たちの負担も減るはずだろう。
「悪いが、壊させてもらう。アンタらのためにもな」
 振り下ろされたドールの剣を、曲刀の峰でガシッと受け止める。
 二十歳前後と思しき外見年齢から、相手はおそらく大学部生の佐々木だろう。
 操られながらも、剣の技量は他のドールに比べ突出しているが――。
「俺だって‥‥死ぬわけにはいかねえんだよ‥‥!」
佐々木とつばぜり合いを演じる玄哉を短剣で狙おうとしたサーバントの体が、大きく揺れた。
 反対側から迂回してきたカルムが、スクロールの光弾を奴に叩き込んだのだ。
「こいつらには帰りを待ってる友人も家族も、恋人もいるんだ。とっとと解放してやらねえとな!」
 サーバントの指示を受け、剣士1人がカルムへと向かう。
「ドールからやらせてもらうしかねえ、か‥‥」
 光弾に傷つくのも構わず突進してくる中等部生の少年を、カルムはやむなくアウルの力を込めたケーンで打ち据えた。
 後方からドールの矢とサーバントの短剣も飛んでくるが、カルム自身は既に腹を括っている。
(多少怪我したってスクロールさえ握れてりゃ攻撃は出来る。この体が動かなくなるまで撃ち続けてみせるぜ!)

●八つの棺
 宵闇が一段と濃さを増し、発電所の協力により電力を供給された街灯が戦場を照らし出した。
 両足の腱を斬られて地面に倒れ伏したドールの少年が、それでもしぶとく薙ぎ払ってくる剣を、茜は後ろに跳んでかわした。
「せめて首刎ねは許してあげるよ!」
 再び跳躍すると、逆手に持ち替えた打刀をドールの背中から突き立てる。
 血飛沫が茜の顔にまで飛び散った。
 串刺し状態で地面に縫いつけられた少年は、数秒間ビクビク痙攣した後、その動きを止めた。
 迂回班の活躍により敵の前衛が減ったこともあり、茜はそのまま前進して弓使いのドールを目指す。
 初等部の幼い少女が短弓を構えるが、後方から緑の魔法攻撃を受け、どちらの目標を優先すべきか迷ったように動きを止める。
 その隙を見逃さず、黒焔のオーラに包まれ人斬りと化した茜は躊躇うことなく斬りかかていった。

 威織の打刀が閃き、少女の左腕が落ちた。
 両手を失い剣を持てなくなったドールは、なおも蹴りを連発して威織に挑んでくる。
「まだ続けるんですか‥‥?」
 やや呆れたように呟き、今度こそ急所を狙い刀を構え直す威織だが、その必要はなかった。
(届け、弾丸! ――彼らを、忌まわしき運命から解き放つために‥‥)
 ネコノミロクンが祈りを込めてトリガーを引く。
 銃声と共にドールの胸に風穴が開き、少女は一瞬天を仰ぐようにして白目を剥いたかと見るや、口から血を吐きながら前のめりに倒れた。
 敵の前衛に残された戦力は剣士1人、弓兵2人。
 茜と緑が弓兵を、威織とネコノミロクンが残る剣士を引き受ける形となり、前衛での戦力差は完全に逆転していた。
「‥‥こちらはもう充分だな」
 後方からの支援射撃を続けていた逸治は、そう判断するとサーバントと戦う迂回班を援護すべく前進する。
 その間後衛では、玄哉とフレデリカがドール側の佐々木と弓兵を、カルムが剣士を苦戦の末倒し、いよいよ直衛を失ったサーバントへの攻撃を始めていた。
 サーバントは短剣を投げつけ激しく応戦するが、単体での防御は意外に脆いのか、みるみるその動きが鈍ってくる。
「てめえだけは絶対に逃がさねえ!」
「くたばれ、このピエロ野郎!」
 玄哉が怒りを込めてファルシオンの斬撃を浴びせ、カルムはケーンを振り上げ全力で殴りつける。
 ふいにサーバントが地面に膝を突いた。
 それでも最後の抵抗を示すように短剣を握る両手を高く上げるが――。
 その頭部が銃声と共にガクっと横に折れ、力尽きてくずおれた。
「幕引きだ‥‥道化師‥‥!」
 逸治の放ったリボルバーの銃弾だった。
 その瞬間、生き残りのドールも全て絶命し、文字通り糸の切れた人形のごとく動きを止めた。

 撃退庁のマークを付けた輸送ヘリが着陸し、国家撃退士に護衛された医官が手早く検死を済ませた後、今は再び学園生徒に戻った遺体を搬送していく。
 カルムは自分が倒した少年の側にしゃがみ込むと、
「‥‥お帰り。お疲れさん」
 そう言って、そっと瞼を閉じてやった。
「ん、記録完了」
 それだけいうと、緑はスクロールをヒヒイロカネに戻す。
「ああ、ダメですね。やはり今以上の感情は湧きませんか」
 地面に横たわった生徒たちの亡骸を見渡し、フレデリカがポツリと呟く。
 心が動かない。彼らの死を嘆いてやりたくとも、自分にはもはやそのための感情がないのだ。
 彼女にはそれが寂しかった。

●エピローグ〜久遠ヶ原学園
 斡旋所で錯乱状態に陥り、安定剤を投与されていたオペレータの女生徒は、保健室のベッドで目を覚ました。
「私‥‥?」
「あ、まだ無理せん方がいいですよ」
 ベッドの傍らに座っていた伊勢崎那由香(jz0052) が、慌てて引き留める。
「もう全部終わりましたよって‥‥あとこれ、依頼に参加した撃退士さんから」
 そういって那由香が差し出したのは、ネコノミロクンから出発前に託されたタロットカード「法王」と一通の手紙だった。

『これは信頼を象徴するカード。彼らが間違った選択をしていないと信じる心。俺たちが彼らを必ず連れ戻すと信じてくれる心。その心が僕らに力を与えてくれる』

 全てを読み終えた女生徒の頬に新たな涙が伝った。
 だがそれは、恋人を喪った悲しみの涙ではない。
 己の感情から取り乱し、オペレータとしての任務を全うできなかった後悔と、そしてこれからも撃退士として、逝ってしまった「彼」の分まで生き抜こうという誓い。

 今はただ祈ろうと思った。

 たとえどんな姿になろうと、間もなく学園へと還ってくる彼らに「オカエリナサイ」を言うために――。

<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
くず鉄ブレイカー・
ネコノミロクン(ja0229)

大学部4年6組 男 アストラルヴァンガード
寡黙なる狙撃手・
谷屋 逸治(ja0330)

大学部4年8組 男 インフィルトレイター
死神と踊る剣士・
鳳月 威織(ja0339)

大学部4年273組 男 ルインズブレイド
My Sweetie・
カルム・カーセス(ja0429)

大学部7年273組 男 ダアト
ダークナイト・
明郷 玄哉(ja1261)

大学部5年29組 男 ルインズブレイド
紅き瞳のフロイライン・
フレデリカ・エーベルヴァイン(ja2356)

高等部2年2組 女 ダアト
水神の加護・
珠真 緑(ja2428)

大学部6年40組 女 ダアト