●放課後の探偵たち
「カンニング‥‥か、どこの学校もこういうのは変わらないな」
天風 静流(
ja0373)はため息をもらした。
その手にはHN「腹ぺこCAT」こと綿谷つばさ(jz0022) から預かった校舎見取り図のコピーが広げられている。
学園内SNS「KUON☆ねっと」を通したメッセージを受けて集まった静流を含め8名の撃退士だが、その依頼内容は「高等部で暗躍する『カンニング屋』の摘発」。
「なるほど、そういう裏バイトがあるようですね」
冷静な口調でグラン(
ja1111)がいう。
「まあ中々興味深いのですが、これも仕事です。きっちり取らせて頂きましょう」
今回の依頼は表向きつばさ個人の「頼み事」という形になっているが、真の依頼主は彼女を代理人とした学園側(主に高等部教師たち)ということになる。
つばさ自身は一通りの事情を説明したあと、
『何か必要があれば、またあたしにメッセージちょうだいね♪』
と言い残し、既にその場から立ち去っていた。
「僕でさえ勉強頑張ってるのにズルは良くない! 成敗!」
七海 マナ(
ja3521)は義憤に駆られていた。
「テスト問題を盗撮するなんてダメだよねぇ」
「毎回赤点に苦労してる人もいるってのに、こういうのは許せないね。しっかりと地獄(赤点)に道連れにしてあげないと‥‥」
遊間 蓮(
ja5269)、高峰 彩香(
ja5000)らも同意する。
彼らもまた学園生徒である以上、毎回のテストで苦労していることに変わりないのだ。
もっとも、
「ああ、めんどくせぇ、カンニングだって能力の一つだろ?」
御暁 零斗(
ja0548)のように考える者もいたし、確かにそれにも一理ある。
解答そのものを盗み見したというのならともかく、盗まれたのが問題文のデータなら、カンニング犯といえども問題を解く必要があり、それもひとつの「勉強」といえなくもないからだ。
とはいえ学園には学園なりの「ルール」というものがある。
撃退士養成校であると共に、いずれは社会へと巣立っていく生徒たちを教育する立場にある教師側としては「看過できない」ということなのだろう。
「‥‥まぁ、今回は俺の単位の糧になってもらおうかね」
そういって軽く肩を竦める零斗。
「テストは俺も嫌いだから、気持ちは分からなくもない。だが、金で売買するというのは気に食わないな」
と、普段は無口な久瀬 千景(
ja4715)も己の意見を述べる。
「まァ、俺も勉強苦手だかんなー。気持ちは分からんでもないが‥‥」
英 御郁(
ja0510)はふと遠くを見るような目で考え込み。
「なんつぅの? カンニングした時点で敗北ですよって、どっかの白い髭のおっさんが言ってたし」
問題となるのはおよそ一週間後、高等部2年の某クラスで行われる数学のテスト。
なぜ高等部2年かといえば、カンニング行為が実行されたと思しきテスト結果がその学年に集中しているからだ。
よって、犯人も同じく高等部2年生であろう――と教師側は睨んでいた。
「職員室への侵入と問題用紙の盗撮。捕まった時のことを考えれば、ただ商売として行うにはリスクが大きいように思いますね」
グランが推理を巡らせる。
「だとすれば、カンニングをしている連中の中にカンニング屋も混ざっていると考えるのが妥当でしょうか」
「なるほど、犯人たちにとっては一石二鳥ってわけだね?」
マナがポンと手を打った。
「そんなところでしょうね」
グランはスマホを取り出し、高等部2年生の名簿を検索した。
「この中から理工系のスキルと隠密行動を持ち、かつカンニングをしていると思しき生徒を絞り込めば、容疑者の範囲もより狭まるでしょう」
カンニング容疑者のリストについては「腹ペコCAT」に連絡すれば学園側から入手してくれるだろう。
「でもそれは個人情報だ。くれぐれも慎重に取り扱う必要があるな」
「もちろんです。データは依頼完了の時点で全て消去しますよ」
静流の懸念に、グランは落ち着いた微笑みを浮かべ答える。
「で、依頼成功したら今度のテスト、採点ちょっと良くしてくれたりとか‥‥」
何となく呟いてみる御郁だが、
「‥‥ナイデスヨネー、やっぱり」
●テストまでの一週間
犯人拘束の「本番」となるテスト前夜まではまだ日にちがあるが、その間にも、臨時の学園探偵となった撃退士たちは行動を開始していた。
高等部2年の名簿から犯行可能性の高い「容疑者リスト」を作成したグランは、改めて犯人像のプロファイリングを試みた。
「犯人はよほど情報に敏感な人間‥‥ならば日頃から何食わぬ顔で職員室に出入りして、情報収集にあたっている可能性が高いですね」
そこで日中、自ら高等部の校舎へ赴くと、職員室の出入り口が見える場所に張り込み、そこを訪れる生徒たちの監視にあたった。
高等部2年、というだけでも生徒数は相当な人数になり、従って日中様々な用事で職員室にやって来る生徒は数多い。
その中で、妙にグランの気にかかる生徒が1人いた。
背は低く眼鏡をかけ、高等部の制服を真面目に着こなした、一見優等生風の男子生徒。
(あの生徒、確か容疑者リストの中に‥‥?)
名簿のデータによれば、とある理工系クラブに所属する生徒である。
数学や物理の成績は優秀だが、国語など文系科目が苦手。しかしここ数ヶ月で、その文系科目の成績が不自然に急上昇しているためカンニングの疑いをかけられたのだ。
はたから見る限り、とてもカンニングを働くタイプには見えない。
ただ彼が職員室に出入りする瞬間――ほんの一瞬ではあるが――警戒するように周囲を見回す仕草がひっかかり、グランはスマホのカメラで生徒の姿を撮影した。
一方、零斗はいつものごとく「めんどくせぇ」を連発しつつも、独自の活動を始めていた。
つばさに仲介を頼み、高等部の数学教師と密かに接触。最悪でも一週間後のテストでカンニングを防ぐため、囮用の偽問題用紙の作成許可を得る。
その際、犯人に偽物と見破られないよう、その教師から普段問題を作成するにあたっての傾向も聞き出しておく。
幸い零斗自身も高等部2年生なので、同じ学年の職員室に出入りしてもさほど不自然には見えないだろう。
実はこの「偽問題用紙作成」にはもうひとつ利用目的があるのだが、それはまた後日の話になる。
さらにインターネットで「カンニング屋」の情報を探る一方、それらしい裏掲示板を見かけたら、『今度の数学試験ピンチ! お金出してもいいから誰か問題教えて!』と書き込み、カンニング屋を誘い出す工作も併せて行った。
●深夜の職員室
そして一週間後。
問題の数学テストを前夜に控え、撃退士たちは夜になるのを待って、密かに校舎の前に集合した。
「宿直の先生と警備員、それぞれの巡回ルートと時間を調べてきた」
千景が自ら作成したタイムシフト表を仲間たちに配る。
「一時間毎に巡回しているというのであれば、おおよその犯行時間も分かるんじゃないか?」
教師や警備員も夜食や仮眠をとる必要があるため、各々の休憩時間を埋めるように巡回シフトを組んでいるが、深夜の2時前後に誰も職員室付近にいなくなる「穴」が存在することが判明した。
犯人たちが潜入してくるなら、この時間を狙ってくる可能性は大いにある。
静流は校舎見取り図から推測し、犯人が侵入経路や逃走経路に使いそうなルートをチェック済みだった。
「まるで迷路みたいな校舎だが‥‥巡回の目を逃れて校舎に出入りしようとすれば、自ずとルートも限られてくるものだ」
「んじゃ、今夜はいっちょ派手にミッション・コンプリートといこうぜ」
そういう御郁は全身黒一色のボディスーツと足音の立たない黒のスニーカーで身を固め、ちょっとした潜入工作員といった風情だ。
同様に蓮もフード付の黒いトレーナーを着込んでいる。
「うわっ。何だかドキドキしてきたなぁ」
マナはスポーツドリンクと捕縛用ロープを持参。事前にトイレも済ませておくという念の入れ様である。
「気付かれちゃったら全部おじゃんだから、慎重に動かないとね」
つばつき帽子を目深に被った彩香も緊張気味にいう。
彼女の手には、2つのゴムボールを紐で繋いだ手製のボーラが握られていた。
「‥‥悪い。遅くなった」
最後に姿を現わしたのは零斗だった。
彼は出発前、寮の自室PCからネットの裏掲示板に匿名で「予想屋」サイトを開設。偽問題作成のときの経験を踏まえ、「今回はこういう問題が出る!」という予想問題を公開していたのだ。
ある程度出題範囲が限られたクラス内テストの場合、出題者の傾向さえ分かれば、かなりの確率で問題の予想もできる。
いわゆる「ヤマを張る」というやつだが、これは昔からテスト対策の定番として学生たちの間で行われていたことだ。
サイトのトップには『楽な道には嘘があり、信ずれば痛い目を見る。少しは努力する道を選ぶが吉』とのメッセージを掲げておいた。
(まあ今までカンニング屋に頼っていた連中も、あれで少しは目を覚ましてくれりゃいいんだがな‥‥)
全員が揃ったところで、一同は改めて校舎内での各自張り込み位置、互いの連絡は音を立てないようスマホのメールを使用――など行動方針を確認し、目立たぬよう時間をずらしながら校舎内への移動を開始した。
いよいよ「カンニング屋」との対決である。
マナ、彩香、千景、御郁、蓮が職員室内に潜伏。
静流、零斗、グランは室外の廊下や階段などで警備にあたる。
職員室内に入った蓮は、出来るだけ窓側の、教員用デスクの下に身を隠した。
「結構狭いけど、ボクの柔軟性甘くみないでよね〜」
不自然にならない程度に椅子を出し、金庫の場所から姿を見られないよう、持参した黒い布でカモフラージュ。
常に最悪の事態を想定し、他の仲間の隠れ方にもチェックを入れる。
「その隠れ方、ちょっと危ないかも〜?」
マナは細身の体格を活かし清掃用具入れのロッカーに潜む。
「ミミックのように息を潜め隠れ、暴れん坊海賊のように犯行の現場を押さえる――うん、いいねこのフレーズ」
やがて静かに夜は更け、時刻は深夜の2時を回ろうという頃。
職員室近くの階段の上で待機していた静流は、下の方から階段を昇る足音を聞きつけ、身を固くした。
(この時間、先生や警備員の巡回はないはず‥‥!)
案の定、階段から廊下に昇ってきたのは、黒いジャンパーと黒ズボンに身を包み、ついでに黒い毛糸の目出し帽をすっぽり被った怪しげな2つの人影だった。
静流は息を殺し、あえて誰何はしない。
(行く場所は一つだからな、泳がせておいた方が良いだろう。それに「実は囮でした」じゃシャレにならん)
2人の侵入者が通り過ぎるのを待ち、スマホで他の仲間たちへメール送信。
数分後、怪しい2人組は5人の撃退士が潜む職員室の扉を開いていた。
撃退士たちも思わず息を呑むが、相手の動向を見極めるため、引き続き気配を殺して身を潜める。
2人組の片割れ――がっしり大柄な体格の、おそらく男子――は見張りを務めるかのように入り口に立ち、もう1人の小柄な人物は暗闇の中、慣れた足取りで真っ直ぐに金庫の方へと向かう。
やがて金庫の前に着くと、抱えていたスポーツバッグから何やら機械の様な物を取り出し、ゴソゴソと操作していたが――。
およそ一分後、ロックの解除された金庫の扉が開いた。
中から分厚いテスト用紙の束(ただし最初の1組はが零斗が差し替えた偽物である)を取り出し、包みを開いてデジタル赤外線カメラを構える。
ジーッ、カシャ。
微かなシャッター音が響いた、次の瞬間。
室内に目映いフラッシュが閃いた。
机の下に隠れていた千景が、スマホのカメラで「犯人」を撮影したのだ。
フラッシュを合図に、電灯のスイッチ近くに潜んでいた御郁が職員室の電灯を点ける。
マナ、蓮、彩香もほぼ同時に飛び出した。
突然明るくなった室内に戸惑いながらも、「犯人」は荷物を捨てて窓の方へと駆け出した。職員室は3階だが、撃退士の体力で強引に窓を破り飛び降りるつもりだろう。
「逃げてもムダだよ! 証拠の写真は撮っちゃったからね!」
そう叫びながら、彩香は素早くボーラーを投げつけた。
予めつばつき帽を被っていたのは、照明で目が眩まないための用心である。
紐つきのボールは回転しながら犯人の足に絡みつき、もつれて転んだ所へ、マナと蓮、御郁が飛びかかった。
「君達の犯行は全てみさせてもらったよ!」
「さァ、今宵のお勉強は『楽して美味い汁吸える程、世間様は甘くねェ』だ!」
御郁と蓮が押え付けた犯人を、マナが手早くロープで縛り上げる。
見張り役に立っていた片割れは、室内の仲間を助けるか、自分1人で逃げ出すか一瞬迷っていたが――。
背後に人の気配を感じ、振り返ったすぐそこには静流が立っていた。
「てめぇらっ!」
ついに逆ギレしたか、魔具のナックルダスターを召喚して殴りかかってくる。
静流は慌てることなく、手にした布袋を相手の顔面に叩きつけた。
「ぶはぁ!?」
袋が破け、中身の胡椒を浴びた男子生徒が悲鳴を上げる。
「‥‥少し大人しくしてもらおうか」
召喚したショートスピアの石突きで当て身を入れ、ついでに足払いをかけて黙らせた。
「カンニングにこれだけの労力と情熱を捧げるのでしたら、その分勉強すればいいでしょうに」
後から駆けつけたグランは冷ややかに苦笑するのだった。
かくして「カンニング屋」の2人を確保。
直接金庫を破ったのは、グランが目をつけたあの眼鏡の生徒だった。
最初はふて腐れたように押し黙っていた2人だが、
「先生には軽い罰で済むようにボクからもお願いするから。反省してるって所を見せたら、きっと先生も甘くなると思うよ〜」
蓮のソフトな説得が功を奏し、やがてポツポツと自供を始めた。
彼らはクラスメイトで、大のミステリー好きという趣味の一致から友人となり、そのうち眼鏡の生徒の理工系スキルを悪用した「カンニング屋」に手を染めることとなったらしい。
他のメンバーの名前まで聞き出したところで、一同は犯人2人を引き立て、宿直の教師に身柄を引き渡した。
次回のテストからカンニング屋が暗躍することもないだろう。
翌日、千景はつばさ宛に匿名の手紙を書いた。
『彼らの行為は確かに悪い行いではあるが、青春時代の過ちというものだろう。できれば穏便な処置で済ませてやって欲しい』
その希望が学園側まで届いたかは分からない。
しかしカンニング屋たちの氏名は公表されず、そのペナルティも退学ではなく「3ヵ月間、学園内でボランティア活動を行うこと」だったという。
<了>