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マスター:ちまだり
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:11人
リプレイ完成日時:2012/01/23


みんなの思い出



オープニング

●とある悪魔の占領エリア
『ビアンカ君、すぐ吾輩の研究室に来たまえ』
 内線電話を受けた若い女ヴァニタスは、それまで続けていたデスクワークを切り上げると、憂鬱そうに溜息をついて立ち上がった。
 まだ人間だった頃、彼女には別の本名があった。だが一度死んでヴァニタスとして復活した際、主となった悪魔に「その名前では発音しにくい」という理由から勝手に「ビアンカ」と命名されてしまったのだ。
 現在ではその悪魔の館で、秘書として働いている。
(まあ妙なディアボロに改造されなかっただけマシよね‥‥)
 そう自分を慰めつつ、ビアンカは部屋を出て館の奥へと向かった。

「お待たせしました、博士。何の御用でしょうか?」
「うむ。まあこれを見たまえ」
 研究室に入ったビアンカを待っていたのは、見かけ70代くらいの白衣の老人。
 だがその正体はこの館の主にして、自称「魔界きっての天才造魔師」Dr.デモスである。
 山羊のような顎髭を撫でつつ、デモスが得意げに指さす先には、どこかで見たような服装をまとった5匹のヒト型ディアボロが並んでいた。
「これは‥‥七福神?」
「左様。人間どもはそう呼んどるな」
「でも、数が足りませんよ‥‥福禄寿と寿老人がいませんわね」
 ビアンカのいうとおり、魔法陣の描かれた床の上に立つのはそれぞれ恵比寿・大黒天・弁財天・毘沙門天・布袋を模した魔獣たち。
「たまたま出来損ないのグールが5匹余ってたんで、ちょいと実験台に‥‥ええい、数などどうでもいいではないか! 若いもんが細かいことばかり気にかけとると、将来大物になれんぞ?」
「いえもう死んでますし」
「ともかく人間どもが『福の神』と崇める七福神をディアボロとして送り込み、奴らの正月気分を台無しにしてやろうとな。なかなか気の利いた座興じゃろ?」
「はあ‥‥でも、正月はとうに明けちゃいましたよ?」
「‥‥ビアンカ君。君は昔人間だった頃、正月明けに仕事を始める時どんな気分じゃった?」
「それはまあ‥‥ちょっとブルーでしたわね。何だかモチベが上がらないとか、もう2、3日お休みしていたかったとか、何より上司の顔を見るのが煩わしいとか‥‥あ、いえ! 人間時代の話ですよ? 今はもちろん違いますわ! オホホホ」
 デモスの顔がみるみる不機嫌そうにしかめられたのを察して、ビアンカは慌てて誤魔化した。
「ふん、まあ良い。つまり人間とは元々怠惰に塗れた愚かな生き物。ただでさえ休み明けで気が滅入ってるところにこの七福神で追い打ちをかけ、奴らを更なる絶望に突き落としてやろうというわけじゃ。ウハハハハ!」
「では、さっそく計画の手配をしましょう。‥‥それはそうと、博士ご自身は、このお正月どう過ごされてたんですか?」
「吾輩が、か?」
 デモスは不思議そうに聞き返した。
「お節と雑煮をたらふく食って、TVを視ながら酒を飲み、あとは寝ておったが‥‥それが何か?」
「‥‥いえ、何でも」
 己の主がなぜ悪魔陣営の中でさっぱりうだつが上がらないのか――ビアンカはその理由が何となく分かるような気がした。

●西日本・某地方都市
「さあ、今日から仕事始めだ。今年も張り切って行こう!」
 その商店街では、毎年正月明けには恒例行事として餅つき大会が開かれる。
 既に会場の中央には臼と杵も用意され、ついたお餅は雑煮やお汁粉、磯辺焼きなどにして買い物に来たお客さんに無料で食べてもらうのだ。
 そろそろ餅米が炊きあがろうかという時、会場の一角から不意に騒がしい声が上がった。
「何だ、こいつら?」
 いつのまに現れたのか、七福神の扮装をした怪しげな一団がドヤドヤと踏み込んで来る。
「すみません。一般参加の方は、あちらの方でお待ちくださ――」
 一行を制止しようとした商店街のスタッフを、大黒姿の人物が手にした「打出の小槌」でコツンと叩く。強く殴ったようには見えなかったが、小槌に打たれたスタッフはその場で意識を失い、ばったり倒れた。
「貴様っ、傷害の現行犯だ!」
 会場警備の警官が警棒を引き抜き大黒を取り押さえにかかるが、警棒の先はまるで3D映像を殴ったかのように虚しく宙を切った。
 その時になって「奴ら」が何者かを悟った商店街の住民たちは、恐怖の余りその場で立ちすくんだ。

●久遠ヶ原学園
「ふわぁ〜‥‥まだ正月ボケやな。さっぱり調子でんわ〜」
 斡旋所の窓口に座り、受付け担当の伊勢崎那由香(jz0052)はあくびをかみ殺した。
 その時、傍らにある電話のベルが鳴った。
「おっと、さっそく依頼やな?」
 受話器を取ると、電話の主はとある商店街の商工組合長。
「え、餅つき会場に天魔が現れた? そりゃえらいこっちゃ! はい、はい‥‥ほなすぐに撃退士を派遣しますさかい」
 現場の住所、出現した天魔の特徴や現在の被害状況などをメモしながら、一通りの聞き取りを終えて電話を切る。
 那由香は早速PCに向かい、依頼公開の手続き画面を立ち上げた。
「七福神ちゅーことは福の神やな‥‥したらサーバントやろか?」
 再び電話が鳴った。
「はい、久遠ヶ原学園で――」
『ウハハハ! 吾輩は魔界きっての天才造魔師、Dr.デモスじゃ!』
「あけましておめでとうございます。今年もよろしゅーお願い申し上げます〜」
 てっきり学園に出入りする業者の年始挨拶かと思い、脊髄反射的に頭を下げる那由香。
『あ、いや‥‥そうではなくて。吾輩は悪魔だといっとろうが?』
「えっ、そうでっか!? あのあの、うち単なる受付け係やさかい――い、いま先生か生徒会役員の先輩に代わりますっ」
『誰でもいいわ! 愚かな人類よ、吾輩が贈ったささやかな正月祝いは気に入ってもらえたかね?』
「へ?」
『まだ報せが行っとらんのか? 我が忠実なしもべを人間の街に差し向けたじゃろうが』
「ああ、あの七福神の」
『いかにも!』
「あれディアボロやったんですか? うちてっきりサーバントかと‥‥それと、何で5人だけなん? あれじゃ五福神やわ」
『えーい若いもんがいちいち細かいことに拘るな! それと吾輩の芸術作品を天使どもの使い走りと一緒にするとは言語道断! 勉強が足りんぞ! 貴様、それでも久遠ヶ原の生徒かッ!?』
「え、えろうすんません! ‥‥ハイ、ハイ‥‥以後、気をつけますよって」
 ペコペコ頭を下げて懸命に詫びてから受話器を置き、那由香は胸をなで下ろした。
「驚いたわぁ‥‥まさかホンマもんの悪魔から電話が来るなんて。でもこれで敵がディアボロやと分かったな。よかったわ〜、依頼文の内容を間違えずに済んで」
 再びPC画面に向かった那由香は、そこでふと気づき呟いた。
「‥‥何でうちが悪魔に謝らなあかんねん?」


リプレイ本文

●まだ春浅い街角
「やれやれ、新年早々神様の模造品と戦いか」
 商店街に到着した一同の心境を代弁するかのように、麻生 遊夜(ja1838)は溜息をついた。
 その模造品、七福神のうち五神を模したディアボロたちがどうしているかといえば――。
 近くの店から盗んできたと思しき酒や食料を広場の中央に積み上げ、獣のような叫びを上げつつ、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎ。
「神様型のディアボロを生み出した悪魔って、何を考えてるのでしょう?」
 雫(ja1894)も呆れたように呟く。
 学園に電話してきた悪魔は自ら「Dr.デモス」と名乗ったらしいが、生徒会のデータベースにもそんな名前は見あたらなかった。つい最近地球に来たのか、さもなければ記録に残すほどのこともない小者といったところだろう。
「へー。悪魔の人って電話使うんだ。ちょっとビックリ」
 並木坂・マオ(ja0317)はそちらの方に注目して感心していたりする。
「やっぱりケータイも持ってて、スマートフォンが流行ってたりするのかな?」
 このように天魔が人類側の機械を使用するのは、実はそう珍しいことではない。
 単純な好奇心からか、それとも彼らの魔法が(人間が想像するほど)万能でない証拠なのか、それは定かでないが。
「要は斬ってもいいのか悪いのか‥‥それだけ判ればどーでもいい」
 人呼んで「紅華の刀姫」神喰 茜(ja0200)は、鞘から半ば抜いた打刀の刃をじっと見つめていった。
 彼女の受け持つ敵は、鎧と宝刀で身を固めた、いかにも豪傑風のディアボロだ。
「毘沙門天ねぇ、ニセモノとはいえ軍神を斬れるなんて楽しみだなぁ♪」
「みなさん、お待たせしました」
 御堂・玲獅(ja0388)が、大会スタッフや警備員に頼んで借りてきた市街地図、人数分のインカムなどを抱えて戻ってきた。
 とりあえず戦闘中の通信用として、仲間たちにインカムを配る。
「さて、一番厄介なのは弁財天の催眠音波かな」
 桂木 桜(ja0479)は考え込むように小首を傾げた。
 目撃者の証言によれば、七福神のうち弁財天の持つ琵琶の音には人間の動きを麻痺させる効果があるらしい。
 そのため桜を始め撃退士たちは、対策として持参した耳栓をはめていた。
 むろん市販の耳栓だけで全ての音声をシャットアウトできるわけではないし、逆にそれでは仲間同士の通信にも差し支える。
「それでも、聞こえる音が小さくなれば抵抗しやすくなるかも知れねぇからな」
「ええと‥‥こことここ、あとこの路地から広場に進入すれば‥‥建物や街の設備になるべく被害を出さないポイントから攻撃できそうですぅ」
 玲獅から渡された地図と実際の街並みを見比べながら、三神 美佳(ja1395)がおどおどした口調で告げた。
 あいにく現場は遮蔽物の殆どないイベント用スペースのため完全な奇襲は難しいだろうが、できるだけ効果的な位置から襲撃できれば、それに越したことはない。
 美佳自身は、専らディアボロたちが装備している悪魔側の魔具に興味津々だった。
(どんな仕組みになってるのかな? できたら戦闘後に回収してみたいですぅ)
 一方、九十市 鉄宇(ja3050)の顔はやや血の気が引いて青ざめていた。
(落ち着け、僕‥‥大丈夫、大丈夫‥‥きっと、今度こそ、うまくやれる‥‥)
 心の裡で何度も自分に言い聞かせる。
 相手が下級ディアボロらしいと分かっていても、生来の引っ込み思案である彼としては、実戦を前にして緊張を隠しきれないのだ。
 それでも仲間たちに気取られて心配させないよう、大きく深呼吸して手にしたロッドを握りしめるのだった。

 短い相談の後、やがて襲撃ポイントとそこまでの移動ルートも決まった。
 撃退士たちは各々のジョブ特性に基づき、遠距離攻撃班と近接攻撃班を編制。
 作戦の骨子は、まず遠距離攻撃組がアウトレンジから弁財天狙いで敵を強襲し、ディアボロたちを誘い出す。その後遠距離班は徐々に後退し、近接班の潜む奇襲ポイントまで誘導、本格的な戦闘に入るというプランだ。
 相手が奇襲をかけ辛い広場に陣取っているなら、奇襲ができる場所まで誘い出せばよい。
 また弁財天の奏でる催眠音波の脅威を速やかに排除することが、作戦の成否を握る鍵といえる。
 とりあえず広場の入り口近くまで移動した撃退士たちは、まだ正月飾りの残る店舗の陰から弁財天の位置を確認。
 すぐに分かった。
 この距離からは催眠効果こそ及ばないものの、相手が鉤爪の生えた手に撥を持ち、ベンベンとデタラメに弾く琵琶の音色があまりにひどく、何だか気分がイライラしてくる。
「デモスだか肥後もっこすだか知らないけど嫌なオジーチャンだね。皆がお正月を楽しんでるっていうのに邪魔するなんて」
 改めて憤りを覚え、マオがバシッと拳を掌に打ち付ける。
「許さないんだから!」
「手早く終わらせるとしよう、屍人のためにも」
 遊夜は敵ディアボロがどうやらグールの亜種であることに感づいていた。
 グールならまだしも、あんなふざけたディアボロに改造されては、素体となった死者も浮かばれないというものだ。

●激闘! 春一番
 広場の各所に設置されたスピーカから、突如として大音量の音楽が流れ出した。
 弁財天の催眠音波の効果を軽減するため、玲獅が「何でもいいですから、フルボリュームで音楽を流してください」と大会スタッフに要請したものだ。
 曲は「いかにも正月!」といわんばかりの雅楽である。
「おめでたいですね‥‥何だかこちらの調子まで狂ってしまいます」
 ポソっと呟く雫に、
「餅つき大会のBGMですから。これしかなかったのでしょう」
 苦笑しながら玲獅が説明した。
 一方七福神たちはといえば、いきなり大音量で流れ始めた雅楽に驚き、何事かと周囲を見回している。
「指示確認、行動開始」
 遊夜の言葉を合図に、撃退士たちは各自の担当に従い行動に移った。
 路地から広場へと飛び出したのは、遠距離攻撃班の美佳、遊夜、鉄宇の3名。
 狙うは弁財天が持つ琵琶。
 最も射程の長い遊夜のピストルが最初に火を吐いた。
 僅かに遅れ、美佳、鉄宇がスクロールを広げ、魔法の光弾を打ち込む。
 これに対し、七福神の中では最も攻撃範囲が広いと思われる恵比寿が釣り竿を振り回し、布袋も団扇を仰ぎ風属性の魔法攻撃で応戦を始めた。
「‥‥!」
 釣り糸の先端に付いた分銅がすぐ目前に迫り、鉄宇は咄嗟に背後へ飛び退く。
 彼のスクロールと、敵の釣り糸の射程はほぼ互角らしい。
「こいつは俺に任せろ!」
 恵比寿の攻撃範囲のやや外に位置取り、遊夜が立て続けにトリガーを引く。
 その間、美佳と鉄宇は恵比寿を迂回する形で敵陣に接近、布袋の放つ魔風を警戒しつつも、執拗に弁財天目がけて光弾を放ち続けた。
 その弁財天はスピーカから流れる大音響に負けじと撥を振るって琵琶を奏でていたが、やがて2人のダアトが連発する光弾の1発が琵琶に命中。
 ブチッと音を立てて琵琶の弦が切れた。
 それに気づかぬまま演奏を続けていた弁財天だが、己の魔具が破壊されたことを悟るや、
『キシャアァアアッ!』
 琵琶と撥を地面に叩きつけ、怒りの形相も凄まじく撃退士たちに向かって走り出した。
 いくら弁財天といっても、その実態は「女神のコスプレをしたグール」以外の何物でもないので、見苦しいことこの上ない。
 弁財天の突撃に引きずられるようにして、他の七福神たちも動き出した。
「予定通り、所定位置まで後退」
 遠距離班の3名は敵の突撃に圧倒される風を装いつつ、徐々にディアボロたちを広場の一角へと誘い出す。
 奴らが大きめの土産物屋の立つ側を通り過ぎようとした、そのとき。
『近距離攻撃班、攻撃開始してください!』
 後方から戦況をモニターしつつ指揮管制役を務める玲獅の声が、全員のインカムを通して響いた。
「待ってました! さあー、あたしらが相手だよ!」
 土産物屋の中に潜んでいた、マオ、茜、桜、雫が敵群の横を衝く形で奇襲を敢行。
『グエ!?』
 さして知能の高くなさそうな七福神は、事態をよく理解できぬまま、てんでバラバラに応戦する。

「目出度い神様の姿を騙り、皆が楽しみにしている行事を台無しにするその行為!  八百万の神が許しても、この桂木桜が許さねぇ!! 」
 愛用のトンファーを両手に構えた桜が、布袋の前に立ちはだかって啖呵を切る。
(‥‥今のフレーズいいな。決め台詞にしようかな)
 新手の撃退士を前に、布袋は大きく団扇を振り上げた。
「うぉっと、危ねぇ!」
 一直線に飛んでくる魔風を間一髪でかわし、的を絞らせないようジグザグコースを取りつつ布袋へと肉迫する桜。
「ハブられた福禄寿と寿老人に謝れ!! トンファーキック!」
 両手のトンファーでバランスを取りつつ、敵が団扇を振るう手を狙って強力なキックを叩き込む。
 これはダメージを与えるというより、相手の体勢を崩すのが目的だ。
 慌てて団扇を取り直す布袋の懐に飛び込むや、
「食らえっ! トンファーアッパー!」
 その名の通り下からアッパー気味に繰り出されたトンファーの連打が、布袋の顎を打ち砕いていた。

「さて。パチモンとはいえ軍神を名乗るあんたの実力、いかほどのものかな?」
 毘沙門天と対峙した茜の全身を、血の色を思わせる赤黒い光纏が包む。
 日頃は無意識の裡に押し込めた人斬りの本性を露わにして、少女の打刀が毘沙門天に襲いかかった。
 アウル力の刃が悪魔の鎧に食い込み、赤い火花を散らす。
「さすがに固いね。これは楽しめそうだ!」
 敵が豪快に振り回す宝刀をひらりとかわし、茜は小回りを活かして長期持久戦に持ち込んだ。
 他のディアボロたちが倒れ、最後に残るのはおそらくこいつだろう。
 それまでの間、しばし時間を稼ぐのだ。

『マオさんは弁財天を、雫さんは大黒天をお願いします!』
 インカムを遠し、矢継ぎ早に玲獅の声が飛ぶ。
 今回、あえて攻撃用の魔具を装備していない玲獅はブロンズシールドで敵の攻撃を防ぎつつ、必要とあらば回復スクロールで味方の負傷を癒やしながら、常に変化する戦況を判断し的確な指示を伝え続けていた。
「ありゃ? あんたの琵琶もう壊されちゃったの?」
 爪と牙を剥いて肉弾戦を挑んでくる弁財天に向い、マオはちょっと肩すかしを受けたように呟くが、すぐにニヤリと笑い。
「――なら話は早い。一気にケリつけさせてもらうよぉ!」
 疾風のごとく間合いを詰めたマオは、がら空きになったディアボロの胴を狙い、鋭いミドルキックを叩き込んだ。

「貴方だけは‥‥見逃すわけにいきません」
 雫はショートスピアを構え、大黒天に挑んでいた。
 奴が持つ打出の小槌には人間2人から奪った生命エネルギーが溜まっている。
 何としても大黒天を倒し、仮死状態の2人を助ける必要があった。
 魔具の射程はほぼ互角だが、雫は阿修羅の俊敏さを利して振り下ろされた小槌を石突きで払い、素早く敵の死角に回り込むや、突いて、突いて、突きまくる!
 さらに遊夜の援護射撃も加わり、大黒天の動きはみるみる鈍ってきた。

「おやすみなさい、安らかに」
 至近距離から遊夜の銃弾で頭部を吹き飛ばされた大黒天が、小槌を取り落としてばったり地面に倒れ伏す。
 やがてマオの蹴撃と鉄宇の光弾を浴び続けた弁財天も、力尽きてガクリと倒れた。

 手の空いた撃退士たちは執拗に抵抗を続ける恵比寿、布袋へ攻撃を集中し、一気に敵の生命を削っていく。
(そろそろ頃合いかな?)
 玲獅からの通信で戦況を把握した茜は、それまでの回避中心の戦いから一転して、斬撃のラッシュに移った。
「紅華の刀姫」の矜持に賭け、こいつは自らの手で葬ってやりたかったのだ。
 突き薙ぎ払いを使い分け、変幻自在の攻撃で毘沙門天を翻弄する。
 魔装の鎧をボロボロにされた毘沙門天が、ふいに動きを止めガクっと前に跪く。
「首もーらい♪」
 とどめの一太刀! 胴から離れた敵の首がゴロンと地面に落ちた。
「皆遅かったねぇ。もう倒しちゃったよ♪」
 恵比寿と布袋を倒し、茜を援護するため集まってきた仲間たちに向い、少女は打刀を鞘に収めながら薄い笑みを浮かべた。
「そういえば福禄寿と寿老人の二役がいませんでしたね‥‥影の薄い神様だから忘れられたのかな?」

 ふと倒れた七福神たちを見やると、彼らの遺骸はそのままだが、不思議なことに魔具だけは煙のごとく消えている。
「天魔の魔具って、持ち主が死ぬと消えちゃうんですね‥‥」
 ちょっと残念そうに、美佳が呟いた。

●みんなでお餅を
 大黒天が倒され打出の小槌が消滅するとほぼ同時に、意識不明だったスタッフと警官も無事に目を覚ました。
 幸い商店街への被害も最小限に済み、天魔の遺骸を(後で撃退庁に引き渡すため)ブルーシートで包むと、街の人々は気を取り直したように餅つき大会の準備を再開した。
 再びセイロで炊き直した餅米が臼に放り込まれるや、杵を持った男たちが、かけ声も勇ましくペッタンペッタンと突き始める。
 あいの手を入れて餅をこねるのは雫だ。
 突き上げたお餅が食卓用のテーブルに並べられると、子ども達が歓声を上げて走り寄るが、その中にはゲストとして招待された撃退士たちの姿もあった。
「せっかくだからね。突き立てのお餅を、美味しくいただいちゃおー」
 つい先刻までは冷酷な人斬りとして戦っていた茜も、今はごく普通の女の子に戻り、紙皿に載せた熱々のお餅に舌鼓を打っている。
「お醤油塗って海苔巻きとか。あ、でもきな粉も捨て難いなぁ」
 テーブルに並べられた食材の数々に、思わず目移りしてしまうマオ。
「おっと涎が! やばいやばい」
 桜は和装の袖をたくし上げ、炊き出しや調理を担当する住民たちの手伝いに回っていた。
「これでも料理は得意だしな」
 同じく美佳もお手伝い役を志願。時にお餅を頬張りながらも、食材や食器の運搬や片付けに精を出す。
「感心だねぇ、お嬢ちゃん。どこの幼稚園?」
「これでも4年生ですぅ!」
 街の人に勘違いされ、ついぷーっと頬を膨らませる。
 遊夜は熱い雑煮のお椀から箸で伸ばした餅を一口食べ、ほっとした顔つきで晴れ渡った冬の空を見上げた。
「ん、やっぱ正月明けはこうじゃないとな」
 一通り手伝いを終えた雫は、自らネギ味噌や大根をおろして作ったおろしポン酢につけた餅を味わいながら、周囲で楽しげに餅料理を食べる親子連れを、どこか羨ましげな表情で見守る。
 そんな仲間たちを横目で眺めつつ、
(みんな、凄いなあ‥‥僕も、もっと強くならないと‥‥)
 鉄宇は自分の手にした皿に視線を落す。
 餅を貰ったのはいいが、戦闘の緊張がまだ残っているのか、いまひとつ食欲が湧かないのだ。
(いつかは、僕だって‥‥そうだよ、うん)

 それぞれの思いを抱きつつも、今は一時の安息を楽しむ。
 撃退士たちにとって、2012年の戦いはまだ始まったばかりだ。

<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
海産物の守護者・
桂木 桜(ja0479)

大学部4年107組 女 阿修羅
名参謀・
三神 美佳(ja1395)

高等部1年23組 女 ダアト
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
撃退士・
九十市 鉄宇(ja3050)

大学部6年142組 男 ダアト