●久遠ヶ原商店街〜男の娘カフェ『陽だまり』
「皆さん、本日はお忙しいところわざわざありがとうございます!」
1月のとある日曜日。臨時バイトとして開店前の店内に集まった学園生徒達に向かい、湊ヒカリ(jz0099)が深々とお辞儀した。
「ヒカリちゃんが困ってると聞いて飛んできました♪」
見かけは中学生のようだが実は大学部4年生、ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)は朗らかに応じた。
「とはいえ折角ですし‥‥私も今後の為に色々調査させて貰おうかなぁ♪」
「ええ、店長から取材の許可はとってあります。お店の宣伝にもなりますからね」
「今回はお店で出してるお料理のレシピについて調べたいのです♪」
うきうきした様子で取材用に携帯しているタブレットPCを取り出す。
「部活の先輩‥‥姉さんの恋人? からこのお店の事聞いていたんです」
小等部2年・礼野 明日夢(
jb5590)が物珍しげに店内を見回した。
「本当は先輩が行きたかったそうなんですけど、丁度女装して女子高に出るらしい天魔退治のお仕事受けてまして」
「ええっ? 変わった依頼があるんだなぁ」
‥‥まあ「男の娘カフェの1日店員」も依頼としては相当変わった部類に入るが。
「あと小学生低学年が堂々とアルバイト出来る機会なんて中々ないですので応募させていただきしました」
「男の娘カフェ‥‥? よくわかんないけど女装好きな子が働くとこなのかな〜」
白桃 佐賀野(
jb6761)にとって男の娘カフェのバイトなど初体験だが、はぐれ悪魔だけあり落ち着いたものだ。何しろ人界に来た頃からの習慣で日常生活も女装姿。
「――俺にぴったりだね!」
「おー! 女の子の格好をするのですか!」
堕天の江沢 怕遊(
jb6968)が楽しげな様子でヒカリに挨拶した。
彼も外見上は中‥‥いや小学生で通用しそうなあどけない容姿だが、天使だけに実年齢は不明。学園では高等部3年の所属である。
「ん〜、奥の方から甘い香りがしますね。美味しいスイーツの予感!」
「うちは男の娘だけじゃなく、料理やスイーツの美味しさでも評判ですからね。今年から始めた新メニューもありますし、よかったら休憩時間にでもぜひ試食してください」
その一方で、シリル・ラビットフット(
jb6170)は訝しげな表情を隠せない。
「喫茶店のアルバイトと聞いてきたんですが‥‥」
まさか女装店員とは思わなかった。
「あの、もし抵抗あるようなら着ぐるみ系コスもあるけど‥‥」
「‥‥いえ、大丈夫です、やります」
心配そうに尋ねるヒカリに、少年は答えた。
色々思うところはあるが「何事も経験」と腹を括ったらしい。
シリルとは別の意味で戸惑っているのは白沢 舞桜(
ja0254)。
「うう、ヒカリさんの依頼だったからよく読まずに受けちゃった‥‥」
本物の女の子なのだから、普通に女性服を着て「男の娘のフリ」をすれば問題なし――のはずなのだが、ヒカリと親密な舞桜は「常連客」として以前からこの店にはよく足を運んでいる。つまり別の常連客にでくわし正体を見破られる怖れがある。
「大丈夫だよ舞桜ちゃん。ここの常連さんは殆どがボクらと同じ学園生徒。万一バレても、こっそり事情を話せば口裏を合わせてくれるさ」
「でも一般人のお客さんだって来るんでしょ?」
「えーと、それは――」
「OK、案ずるより産むが易し。何とかカモフラージュしてみるよ」
●ときめき☆女装タイム
とりあえず一行は着替えのため、他に応募してきた生徒達と共にロッカールームへ。
舞桜を始め女性バイトには室内の一角をパーティションで区切った臨時の「女子用着替えスペース」も用意されていた。
「一応お店の制服もあるけど、他のウェイトレス服も色々揃えてるから。デザインやサイズを見てお好きな服を選んでくださいね」
ヒカリに促され、一同は早速着替えやメイクにかかる。
「ふふふ♪ 可愛い制服ですね♪ たまにはこういう服も良いです♪」
ドラグレイはヒカリが着用しているのと同じ「陽だまり」制服のゴスロリ調ミニドレスを選んだ。
ただしイヌミミカチューシャだけは普段通り装着。
「ここは譲れないポリシーなのです♪」
「出来れば制服をお借りしたいですが‥‥サイズありますでしょうか?」
やはり制服希望の明日夢がおずおず尋ねた。
何しろ彼の身長は120cm。普通のSサイズでもブカついてしまうだろう。
念のため、自前のセーラー服を着込んで来てはいるが。
「ええと、礼野君のサイズに合う制服は‥‥」
クローゼットの奥まで首を突っ込み、ヒカリが捜す。
「――あ、ありました!」
(このお店‥‥ボクみたいな子供が働くことまで見越してたんだろうか?)
何とも複雑な心境である。
それとは別に、幼馴染みで好きな女の子のことが明日夢の脳裏を過ぎった。
(こーゆー可愛い制服は、彼女の方が似合うんだろうけどなぁ‥‥)
「衣装はうわぁ‥‥! いっぱいあるね〜、どれにしようか迷っちゃうよ」
あれこれ目移りしていた佐賀野だが、とりあえず午前中の勤務はオーソドックスなミニスカメイド服を選択した。
「ニーソからの絶対領域が良いって聞いたし、フリルとリボンいっぱいで可愛いよ〜」
ミニスカからすらりと長く伸びる足をのぞかせ、フフっと笑う。
シリルは少し悩んだ末、黒基調のゴシック系ウェイトレス服を希望した。
スカートは膝丈くらい、さらに黒のレギンスを履く。
「生足は勘弁してください、普通に寒いですし」
常に着用してる兎の足のお守りをポケットに入れ、準備OK!
‥‥と思いきやまだメイクが残っていた。
「うーん、とりあえず何からつけたらいいんだろう?」
「ふむ? 手伝ってあげましょうか?」
弱ったシリルの様子に気付き、いち早く着替えを終えたドラグレイがフォローに入った。
「あ、どうもすみません」
「私、人に可愛い服着せたりメイクしてあげるのも大好きです♪」
「化粧って意外に面倒ですね。‥‥世間の女性の大変さが少しだけわかりました」
●出動! お助けバイト部隊
AM9:00。いよいよ開店時間になると、まだ冬休み中の学園生徒や仕事が休みの一般人客が朝食をとろうとぼちぼち店内にやってきた。
「いらっしゃいませ」
朝イチからのシフトを希望した舞桜は、口紅やアイラインを使いいつもより大人っぽい雰囲気のメイクを施していた。長い髪も降ろして首の後ろ辺りでリボンでまとめている。
「あれ、君、新しい子?」
そう尋ねて来たのは、舞桜もよく知っている常連客の学園生徒。
「『黒沢マキ』と申します。どうぞよろしくお願いします」
「へえ、可愛いね。とても男には見えないよ」
「ありがとうございます」
メイクに加えて口調なども変えているため、普段の彼女を知ってる人間でもなかなか気付かないようだ。
(これなら行けるかな?)
それでも勘の良い客はいるもので、人によっては「あれ? ひょっとして白沢さん?」と驚いた顔で尋ねて来る。
そんな時も慌てず騒がず、
「ああ、私に似たお客様がいるという話は聞いてます。まだお会いしていませんが」
そういってさらりと躱す舞桜。
店の奥に引っ込んでから
「ふう‥‥危なかったぁ」
と胸をなで下ろすのだった。
「‥‥し、シリルと言います。こういうの、初めてなのであの、よろしくお願いしますね?」
元来着飾って人前に出るのが苦手な性質。しかも初の女装とあり、シリルは真面目ながらもおどおどと接客にあたった。
だがそれが却って「あの小動物っぽさが可愛い!」と好評を博し、しまいには「あの新人さんお願いします」とご指名まで入る始末。
(僕‥‥新年から一体なにをやってるんだろう)
とはいえこれも久遠ヶ原ならではのカラー。
(それにまあ、楽しいかどうかはともあれ刺激的ではありますし‥‥あ、タイツが伝線してる)
相変わらず真面目に服装の乱れを気にするシリルであった。
「いらっしゃ‥‥あ、お帰りなさいませ〜。ご主人様?」
入り口付近に立ち、何やらメイド喫茶のノリでお客に挨拶する佐賀野。
「3人だけど、席空いてる?」
「はい。禁煙席でよろしいですか?」
客の人数や希望を確認した上で、適当な空席に案内するのもウェイトレスの仕事だ。
もっとも生来の方向音痴が災いし、時々案内の席を間違ってしまうのはご愛敬だが。
オーダーされたメニューを運ぶ最中に名前を呼ばれたら、ニコニコ笑いながら
「は〜い! 俺のご主人様〜♪」
オムライスにはケチャップでハートを描いたりするパフォーマンスも行うなど、なかなかのサービス精神である。
怕遊が選んだ服装は甘ロリ系のアレンジを加えたメイド服。
地の性格が幼いこと、声も子どもっぽい事も相まって完全にロリ少女である。
怕遊本人は普段やらない女装に、ややテンション高め。
ウェイトレスの仕事は始めてだが、それでもやる気満々で店内を元気に駆け回る。
「まだ小さいのに偉いねぇ。君も撃退士なの?」
彼が堕天であることを知らない一般人の客が尋ねてきた。
「ハイ! アウル能力者ですよー」
証拠を見せるようにテーブルに置かれたスプーンを磁力掌で引き寄せてみたりする。
このパフォーマンスに、店内から一斉に拍手が上がった。
午前中から正午にかけては比較的暇だった。
平日ならばこの界隈の会社員がランチのため集まって来る一番のかき入れ時だが、今日は日曜なので普段よりは空いている。
店員達もシフトの合間にそれぞれ食事休憩をとり始めた。
「陽だまり」の場合、調理担当スタッフは厨房で余った食材から作る「まかない飯」で済ますが、それ以外のスタッフは原則持ち込みか仕出し弁当。
事前にその事を確かめていた明日夢は、休憩室で持参の弁当を広げた。
「ふわぁ! 美味しそうですねー」
たまたま休み時間の重なった怕遊が弁当箱を覗いて感心する。
「誰が作ったのですか?」
「お姉ちゃんが作ってくれたんです。お姉さんはあんまり作りませんよ姉さんやお姉ちゃんが『包丁や火を使ってる時に貧血おこしたり油で寄ったりしたら大変だから』って」
「???」
明日夢は3人の姉と同居している。
上から順に「お姉さん」「姉さん」「お姉ちゃん」と呼び分けているのだ。
休憩時間、ドラグレイは厨房を訪れて取材に余念がなかった。
普段は猫の手も借りたいほど忙しい厨房スタッフだが、今日は客足が落ち着いているので親切に応じてくれた。
「‥‥あ、ところでこの料理どうやって作ってるのです? 教えてくれると嬉しいなぁ♪」
調理担当のスタッフから聞いた目玉レシピをタブレットに打ち込んでいくドラグレイ。
表向きは校内新聞に掲載する記事の資料としてだが、実は「彼女に作ってあげたい」というプライベートな動機もあったりする。
●商店街の日が暮れて
無事にランチタイムが終わり、午後3時頃になると早番のスタッフ達がぼちぼち帰り支度を始めた。
「遅くまでいたら保護者のお姉さん達が心配するのです」
明日夢は他のスタッフに挨拶すると、ロッカールームで帰宅ため私服に着替えた。
‥‥まあ私服もセーラー服なので相変わらず「男の娘」であるが。
入れ替わりの形で遅番のスタッフが出勤してくる。
「男の娘カフェねぇ‥‥学園祭で女装カフェ手伝った経験が役に立ちそうかな」
早めに来て控え室から店の様子を眺めていたジェンティアン・砂原(
jb7192)は、校内行事での模擬店体験を思い返しながら己の考えをヒカリに話した。
「要領って言うかさ、やっぱり学園祭の出店とは違うだろうしね。男の娘目当てな中にもお客さんが求めてるものってありそうじゃない?」
「ええ、まあ」
「そういうのを満足してもらえるようにと思うわけ」
そんな彼が選んだコスチュームは矢絣模様の着物に袴、ブーツと大正女学生風コス。
「フリルエプロン加えるとミルクホールの女給さんぽくなるけど、どっちがいいかな?」
「もちろん、エプロンも付けた方がぐっと雰囲気が出ると思いますよ」
ヒカリはエプロン用クローゼットを指さした。
「僕、あまりこういったバイトは経験無いので‥‥」
やはり遅番を希望した永連 璃遠(
ja2142)は、事前に貰った店の接客マニュアルを熱心に読み込んでいた。
見た目「少女」と間違われてもおかしくない程整った顔立ちの少年だが、さすがに本物のコスプレ喫茶で働くのは初体験なのでちょっと緊張気味だ。
「今日はボクも1日お店にいます。何か分からないことがあったら、遠慮無く聞いて下さいね」
にっこり笑って頷くヒカリ。
「それじゃ‥‥僕は、メイド服のようなもので」
文化祭の模擬店でよく見かけた「メイド喫茶」を漠然とイメージしつつ、璃遠はリクエストした。
「メイド服ならこっちに色々あるよ。好きなのを選んでね」
「はい。‥‥やっぱり動きやすい感じのが良いかな?」
と考えながらチョイスしていくうち、自ずとメイド服でもミニスカタイプを選ぶ流れに。
「うわ、これ。太もも丸見え」
改めて己の姿を姿見で確認し、思わず赤面してしまう。
「大丈夫かな‥‥変じゃないと良いけど」
それでも服装に乱れがないかなど、真面目にチェックする璃遠であった。
終日勤務の佐賀野は、45分の食事休憩を利用してお色直し。
「折角だから色んなの着たいし。お正月? に因んでミニ丈の袴にしようかな」
調色の袴を選び、髪型はポニーテールに変更。
やがて着替えを済ませた佐賀野が再び店内に姿を現した。
「どうどう? 俺似合います〜?」
お客から写真撮影を頼まれると快く応じ、コスプレイヤーよろしくポーズも決めてみたりする。
「(笑顔‥‥笑顔‥‥)‥‥いらっしゃいませっ。御案内致します」
ややぎこちない微笑を浮かべ、璃遠も接客を開始する。
「うん、最初は(格好が)凄く恥ずかしかったけど‥‥慣れると少し楽しくなってくるかも。どうせ今日一日だもの、精一杯頑張るよ」
「いらっしゃいませ、ようこそ」 砂原が柔らかく微笑んでお出迎え。
長身ゆえ、出来るだけ可愛く見せるため小首を傾げるなど細かい演出にも余念が無い。
「こちらのお席へどうぞ」 さっと空席把握して、お客さんを待たせないようスムーズに誘導する。
ラテアートやケチャップお絵かきなど要望にはできるだけ応じた。
「僕、下手ですけど宜しいですか?」
和装ハイカラ娘にじっと見つめられると、女性客はきゃあきゃあ喜び、男性客は赤面してしどろもどろに。
自動ドアが開き、3時に上がったはずの舞桜が入って来た。
ただし今度はいつもの服装に着替え「お客」としての来店だが。
「いらっしゃいま‥‥あれ? 舞桜ちゃん」
「ふふっ、アリバイ作りよ」
驚くヒカリに悪戯っぽくウィンクすると、そのまま席に着きいつも通りディナーを注文する。
とにもかくにも、臨時バイトの生徒達は無事に1日を乗り切ったのだった。