●北方に敵影見ゆ
新東名高速沿いに設定された最終防衛ラインで戦闘配置についた撃退士達は、北の方角にそびえる美しくも壮大な山麓に一瞬目を奪われた。
この国の象徴ともいうべき日本一の山、富士山。
だが次の瞬間には、あたかも空爆を受けたかのように荒れ果てた周囲の光景が彼らを現実に引き戻す。
現在、富士山頂に拠点を置く「殺戮の赤い大天使」ことサリエル・レシュが残した暴虐の爪痕である。
そのサリエルの活動もこのところ鳴りを潜めていたが、突如として伊豆方面の大天使ガブリエルと呼応して大軍勢を南下させてきたのだ。
狙うは富士山麓南方の富士市。
「今年こそは無事にクリスマスを迎えられる」と安堵していた富士市民達の希望は呆気なく踏みにじられることとなった。
「クリスマス中止のお知らせか‥‥笑えねえ」
戦場を見渡しながら郷田 英雄(
ja0378)は苦々しく呟いた。
(この防衛戦に成功したとて、失ったものは返ってこない。絶対にツケを払ってもらうぞ天使の傀儡ども、その命でな)
「ここを守るのは私達の使命だ。なら抜かせられないね、不抜の嶺となろう」
決意も新たに、リチャード エドワーズ(
ja0951)はその手に大剣ツヴァイハンダーFEを召喚した。
普段こそ温厚な若者だが、勇猛なハイランダーの血を引く金色の瞳が険しく北を睨む。
天使の姿こそ見当たらないが、敵軍の主力たるサーバント群は既に目視で確認できる程の距離に近づきつつあった。
「『攻者3倍』とはいうけれど、よくもあれだけ数を揃えたものね。京都を奪い返されて、連中も相当焦ってるのかしら?」
敵戦力の数や構成をざっと分析しながら、暮居 凪(
ja0503)は嘆息をもらした。
勇将ダレス・エルサメクの命と共に京都という感情エネルギー収奪の一大拠点を失った天界側は、その名誉挽回も兼ねて富士市を奪い取るつもりなのだろう。
今回の侵攻の立役者はサリエル、ガブリエルの両大天使であるが、彼女らの背後に「神の剣」と呼ばれるあの力天使の意志があることは想像に難くない。
東西に細長く延びた防衛ライン――凪達が配備されたポイントもその一部に過ぎないが、一カ所でも突破されれば無数のサーバント群が富士市になだれ込むことになるのだ。
この防衛ポイントに向かって来るサーバントは顔面に青い十字型の戦化粧を施し額に青い宝玉をはめこんだ白肌の巨人を中心に、黒い襤褸をまとった腐骸兵、小柄な人間の身体に狼の頭を乗せた半獣人の戦士達からなる分隊が2つ。
横並びになった2分隊の、こちら側から見て左側の部隊がやや先行しているようだ。
「今の所、天使やシュトラッサーの姿はありませんね」
双眼鏡で敵情を確認する結城 馨(
ja0037)の胸中には、事前に偵察部隊から報告された「敵軍の中に吉良峰時々(jz0186)らしき使徒を発見」という情報への不安があった。
過去依頼において度々目撃されながら、名前と姿以上の詳細ついては未だに判然としない謎多き使徒。しかし数少ない交戦記録から、シュトラッサーとしては相当の実力者らしいと目されている。
「事前情報を考えると、普段前線に出てこない相手のようですが‥‥何を考えてるのでしょうか。しかも正確な位置すらつかめていない。注意しませんとね」
ハンズフリーにしたスマホを通し、思案顔で仲間達に警戒を促す。
「また、というほどでは無いけれども‥‥実に厄介なところに出てくる使徒ね」
その吉良峰と交戦経験のある数少ない1人である凪も警戒感を強めていた。
大天使といえども配下のサーバント1体ごとにまで細かな指示を出しているわけではない。直轄部隊ならいざ知らず、これだけ大規模な軍団ともなれば各方面ごとに「前線指揮官」を置く必要があろう。
これが上級サーバント程度であれば思考が単純なので対策も立てやすいが、人間と同等かそれ以上の知性を有する天使や使徒となれば話は違ってくる。
(あの堕天保護依頼で遭遇した時、奴はまだ撃退士を侮っていた分詰めも甘かった。でも今回はどうかしらね)
少なくとも自らが先頭に立って斬り込んでくるような猛将タイプではない。おそらくは配下サーバントの特性やこちらの戦力を把握した上で、何らかの「搦め手」を仕掛けて来るのだろうが。
「今は姿が見えなくとも、必ずどこかで‥‥しかも私達にとって一番嫌なタイミングで現れると覚悟した方がいいでしょうね。ここで勝てるかは、後の戦場に響くのでしょうけれど‥‥」
「あいつとは国東で会ったけど‥‥とにかく気に食わない奴だった」
つい先頃の依頼を思い出し、不機嫌そうにいう君田 夢野(
ja0561)。
「けっ。近くまで来てるなら堂々とツラを見せろってんだ」
2丁で1対の青いオートマチック拳銃を両手に構え、赤坂白秋(
ja7030)は毒づきながらも周囲を索敵するが。
どうやら使徒の発見よりサーバントとの戦闘が先になりそうだ。
●黒き屍兵と狼頭の戦士
2分隊に分かれて前進してくるサーバント群に合わせ、撃退士達も部隊を2班に分けて迎撃態勢を取った。
ジョブには関係なく、ともかく長射程の魔具やスキルを持つ者がアウトレンジから攻撃を加え敵戦力を暫減するのだ。
分隊長らしき十字巨人の独走なのか、それとも別に意図があるのか、横並びの友軍を追い越すように突進してきた敵の左翼部隊が有効射程圏に入るなり、まず左翼班の撃退士達が攻撃を開始した。
「防衛側だ? 関係ねえ。攻撃は最大の防御だぜ」
双銃をスライドさせ、銀色のアウルを纏った白秋が凶悪な笑みを形作る。
その視線の先に在るものは、長槍を構え左翼サーバント分隊の最前衛を務める狼頭のコボルト戦士達。
「纏めて全員――喰い、千切るッ!」
2つの銃口が立て続けに火を噴き、サーバントどもの出鼻を挫いた。
洋弓レラージュボウにアウルの矢を番えたクリスティーナ アップルトン(
ja9941)はさらに敵を引きつけ、コボルトの後列に立つ黒い腐骸兵を狙った。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!ですわ」
一般的にサーバントとしては最下級クラスといわれる腐骸兵だが、禍々しい大鎌を携えた彼らは何らかの特殊スキルを与えられた「強化タイプ」と見て間違いないだろう。
白兵戦になる前に数を減らしておくのに越したことはない。
「ハッ、返り討ちにしてやるぜ」
マキナ(
ja7016)もまた天翔弓で黒腐骸兵を狙い撃つ。
狼頭戦士に比べるとやや動きの鈍い黒腐骸兵は、撃退士達の矢を相次いで受けて苦しげに立ち止まった。
雷鳴のごとき咆吼が戦場の空気を震わせた。
分隊後列に立つ青十字の巨人が、配下のサーバント達を叱咤するように雄叫びを上げたのだ。
撃退士達の先制攻撃に混乱を来していた黒腐骸兵と狼頭戦士達が、我に返った様に進撃の速度を上げた。
巨人の咆吼は単なる威嚇ではなく、配下の能力を高める特殊スキルをも兼ねているらしい。
「初手は定石通り指揮官を狙うよ。どんな能力なのかも分かればいいんだけどね」
各務 与一(
jb2342)は天翔弓の弦を引き絞り、目前に迫る十字巨人を狙った。
「京都に現れたホワイトジャイアントも再生能力を持っていましたが、たしか頭部が弱点だったとききましたわ」
アップルトンの言葉を受け、狙いをさらに額の宝玉へと定め、矢を放つ。
アウルの実体化した矢が吸い込まれるように巨人の頭部へと飛んだ。
だが巨人は幅1mはあろうかという巨剣を盾のごとく構え、その矢を弾いた。
射線の逸れた矢が巨人の肩辺りに命中するが、その傷はみるみるうちに再生していく。
「わざわざ庇った‥‥ということは、やはりあの宝玉に何かありそうですね」
与一は自らの考えをスマホで仲間達に伝え、さらに二の矢を番えた。
次なる目標は、ナパームショットの射程に踏み込んだ黒腐骸兵。
放たれた矢が爆弾のごとく炸裂し、屍兵どもをまとめてなぎ倒す。
「攻撃は最大の防御、とはよく言ったものです。この作戦が防衛戦だって誰が信じてくれますかね?」
苦笑をもらしつつ、鈴代 征治(
ja1305)が長槍ルーメンスピアから衝撃波を放つ。
標的を黒腐骸兵に切り替えた白秋は、トリガーを引くごとに移動を繰り返しながらバレットストームの弾幕を浴びせる。
「美少女になって出直して来い」
畳みかけるような集中攻撃を受け、2体の黒腐骸兵が相次いで倒れた。
生き残りの1体を狙い英雄が飛び出す。
腐骸兵の黒装束と大鎌を振りかざす姿は彼にかつて「死神」を名乗ったある悪魔を想起させるものだったが、今目前にいる敵は同じ死神でも悪趣味なカリカチュアでしかない。
「なりは似ているが‥‥この速度では、話にならん!」
黒く塗られたアサシンダガーの刃が一閃し、敵左翼では最後の黒腐骸兵にとどめを刺した。
その頃には前衛の狼頭戦士達が長槍の間合いに到達し、いよいよ敵味方が入り乱れる白兵戦が開始されていた。
コボルトウォリアー達の戦法はある意味独特のものだった。
槍の穂先に白い焔を宿し、低く構えた態勢から薙ぎ払うような動作で素早く攻撃してくる。
敵を突いて直接ダメージを与えるというよりは、むしろ足払いで転倒を狙うような動き。
その理由はすぐに分かった。
一瞬の隙を衝かれて転倒した英雄を目がけ、地響きを上げ突進してきた十字巨人が己の身の丈とほぼ同じ、刃渡り5mに及ぶ巨剣を振り下ろしてきたのだ。
「――っ!」
とっさに横に転がり避ける英雄。
幸い事なきを得たが、まともに受けていれば一撃で大ダメージを免れなかったろう。
「なるほど‥‥生意気に連携攻撃ってわけか」
コボルトと腐骸兵によってこちらの動きを止め、巨人がとどめの一撃を繰り出す――分隊が一丸となって戦うよう、予め本能にすり込まれているらしい。
「やはりあのゾンビを先に叩いておいて正解でしたね」
アウルの活性化で動きを加速させ狼頭戦士達と渡り合いながら、征治が呟いた。
「そんぐらい想定済みだ!」
魔具をポリュフェモスに換装したマキナが突進し、敵サーバント前衛の隊列を食い破らんばかりの勢いで戦斧を振り回す。
「星屑の海に沈みなさい! スターダスト・イリュージョン!!」
同じく魔具をフラッシュエッジに持ち替えたアップルトンは、その刃から流星群の如く煌めく衝撃波を放ち周囲の狼頭戦士を斬り伏せた。
撃退士達の猛攻の前にさしものコボルトウォリアーも2体が倒れ、残り2体がしぶとく長槍による足払いを繰り返す。
「吠え方がぬるいぜ、犬ッコロ」
狼頭戦士が横薙ぎに払った槍を持ち直す瞬間を狙い、白秋の双銃が炎を吐く。
「この『猛銃』の牙、とくと味わいな――!!」
コンビネーションを壊された巨人が苛立つように雄叫びを上げ、両手に握った巨剣を嵐の如く振り回し始めた。
黒腐骸兵を早期に排除したおかげで緒戦の被害を最小限に抑えることに成功したものの、この巨人1体を倒すだけでも容易なことではないだろう。
●蒼炎の槍、再び
一方、右翼班の撃退士達は正面のサーバント分隊と睨み合いを続けていた。
可能なら白兵戦を繰り広げる左翼班の仲間達を援護しに行きたいが、やや距離を置いて動きを止めた敵の右翼部隊を放置するわけにも行かない。
「あいつら、何で味方を助けに行かないのかしら?」
ドラグニールF87を構えつつ、凪の口から疑問の声が漏れた。
荒れ狂う左翼の巨人とは対照的に、周囲を黒腐骸兵とコボルト戦士で固めた右翼の巨人は、むっつりした表情で時を待つかのようにじっと佇んでいる。
(息を殺せ。心を殺せ。‥‥敵を殺せ)
来たるべき戦闘を前に目を閉じて精神を集中していた御守 陸(
ja6074)が瞼を開くと、あどけなさを残す少年の顔からは仮面の如く感情が消え去っていた。
「大丈夫、当てます」
(キラミネが襲ってくるなら‥‥こうゆーとこじゃないかなっ☆)
右翼班の中でも一番右側に位置取った新崎 ふゆみ(
ja8965)は、使徒による奇襲を警戒し周囲を索敵していた。
できれば響鳴鼠を使いたかったが、あいにく人間と天魔以外の動物はこの戦場からとうに逃げ去り猫の子一匹見当たらない。
それでも目をこらして周囲を見回していたふゆみは、一瞬違和感を覚えた。
視界の隅で、何かの影が動いたような――。
とっさにスナイパーライフルを構え、一見何もない空間を狙撃する。
その銃弾を避けるかのような動きで地面に土埃が上がり、間もなく長身痩躯の青年が姿を現した。
「みんなー! あのキモいのがキラミネだよー!」
ふゆみの警告を聞き、右翼班一同の間に緊張が走った。
「‥‥前に見た顔もあるな」
居場所を悟られたことを悪びれる様子もなく、吉良峰時々は気怠げに紫の髪をかき上げた。
「お久しぶり。間抜けな堕天ハンターさん」
「ああ、そんなこともあったっけ」
凪の皮肉にもただ面倒そうに肩を竦めるのみ。
「九州じゃガキの使いみたいな役目でうんざりだったが、今日の俺はすこぶる機嫌がいい。『主』がようやくまともな仕事を回してくれたからな」
「お前がサーバントの指揮官じゃないのか?」
鋭く問い詰める夢野に対し、
「フッ。それだけならあの巨人で充分さ。ただあいにく連中には飛び道具がない。そこでこの吉良峰さんの出番――」
そういいながら手にしたジャベリンを無造作に放り上げる。
次の瞬間、空中で2つに分かれた短槍が目にも止まらぬ速さで宙を走り、後方で身構えていた馨と陸を直撃した。
「あぁっ!?」
「うっ‥‥!」
苦痛の呻きを上げて跪く2人の撃退士。
「遠距離攻撃の得意な奴から潰させてもらう。後は残りのサーバントどもでそっちの防衛線を突破するだけ‥‥堕天狩りならぬ撃退士狩りってわけさ」
時々の口の端がつり上がり、冷酷な薄笑いに変貌した。
「貴様っ‥‥!」
これ以上の攻撃を防ぐため、夢野、凪、ふゆみが前に出て時々を包囲する。
「何だ、先に殺して欲しいのか?」
「気に食わなかったんだよ、見栄の為にアムビルとヒルコ(jz0124)を捨て石にしたお前達が」
夢野が険しく時々を睨み付けた。
「仲間の生命を容易く切り捨てるなんて、天使様の名誉はよほど大事なのかね」
「知ったこっちゃない」
「なに?」
「野心だの復讐だの、そんなつまらないモノに拘って死に急ぐなんてアホらしい。俺達シュトラッサーはな、主の天使から無能と思われない程度にそこそこ働いて、契約どおりエネルギーを貰ってりゃそれで充分だと思うがね」
コキコキ首を鳴らしながら、
「むしろ俺の方から尋ねたいよ。何で赤の他人――というか敵方の天使や使徒のためにそこまで怒れる? そもそも撃退士の依頼なんざ失敗したって報酬は貰えるんだろ? なのにそこまでガムシャラになる理由が分からない」
「分からないのはあなたがバカだからよ。人間風情に全力を尽くすなど、とでも言うのかしら? 世間知らずね」
凪の挑発。さすがにむっとしたのか使徒の青年は僅かに眉をひそめた。
「‥‥まあいい。撃退士の半分は囮の分隊が引きつけてる。後はおまえらを始末して、こっちの分隊を連れて富士市に攻め込むだけのことだ」
時々の手に新たなジャベリンが出現し、青白い炎にも似たオーラをまとう。
「させるかっ!」
夢野をはじめ3人の撃退士は攻撃態勢を取るが、一瞬早く動いた時々の刺突を受けてしまった。
一見短槍に見えるが、彼の操るジャベリンは魔力の塊。
撃退士でさえ視認できない程の速さで立て続けに3発を投擲したのだ。
単純に「刺された」のとは全く異質な痛みを覚え、夢野達はその場で吐血する。
身体に刺さった「槍」の先端が体内で魔力エネルギーに還元され炸裂――通常兵器にたとえるならホローポイント弾。一般人ならその時点で内蔵が破壊され即死していただろう。
直後、時々の合図を受けたサーバント右翼分隊が前進を始めた。
「吉良峰出現」の報せはスマホを通じ左翼で戦う撃退士達にも伝えられていた。
「野郎、ついに現れやがったか。しかも一番嫌らしいタイミングで」
白秋が舌打ちする。
こちらの方は何とか黒腐骸兵とコボルト戦士まで片付けたものの、まだ肝心の十字巨人が残っている。
とはいえ既に右翼班の撃退士達はかなりのダメージを負い、しかも使徒に加えてまだ無傷のサーバント分隊からも攻撃を受けているという。
「援護に行くべきだろうな」
英雄が仲間達を見回した。
だがその場合、残りの者だけであの巨人を押さえ込まなくてはならないが。
「行けよ。あんな図体だけのノロマ、俺ひとりで充分すぎるくらいさ」
サーバントの返り血と己の血で朱に塗れたマキナが不敵に笑う。
「ご心配なく。この場は私達に任せて、皆さんは使徒を!」
巨人に向かいツヴァイハンダーを構えながらエドワーズも頷く。
「申し訳ありません。お言葉に甘えます」
与一は一礼すると、英雄、白秋らと共に戦線を離脱、右翼班の方へと向かった。
時々は肩の辺りに衝撃を覚え、訝しげに顔を上げた。
見ればいつの間にか立ち上がった陸が、無表情のままスナイパーライフルを構えている。
今の陸は自己暗示で身も心もキリングマシーンと化している。任務遂行のためなら内蔵を抉られた痛みさえ消し去れるほどに。
「‥‥さっきの一発で潰したつもりだったんだがな」
「今のはマーキング弾です。あなたの潜伏スキルはもう通用しませんよ」
「この程度の攻撃で私達を潰す? やっぱりあなた世間知らずね」
よろよろ立ち上がった凪は、口許の血を拭って笑った。
「傍観者気取りで命を賭けて戦う者達を嘲って、自分は裏方の使い走りばかりやってるうちに時代から取り残される――典型的な負け犬のパターンよ」
「そんな挑発で俺を怒らせて、隙でも作ろうってか?」
「怒ってるのはこっちなんだよ!」
やはり態勢を立て直した夢野が憤然として叫んだ。
「‥‥二人が天上でどう想うとて、俺は誰にも省みられなかったその遺志を背負う。かつて俺達が討った敵だろうが何だろうが、勝手に背負わせて貰う。さあ始めようぜ、吉良峰――この闘奏は、彼女らの為の葬送曲だ!」
「なら望みどおりおまえらも天上へ送ってやる」
凪と夢野を再び凶悪な投げ槍、いや魔力のホローポイント弾が襲う。
さらに追い打ちをかけようとした使徒を、横合いからプロスボレーシールドをかざしたふゆみが体当たりし、その態勢を崩した。
「ちょっとカッコイーかもだけど、だーりんにはオトるんだよっ(・3・)」
「貴様――ッ」
新たなジャベリンを召喚しふゆみに投擲の態勢をとった時々を、背後から凪のディバインランスが貫いた。
「ぐっ‥‥」
時々が呼び寄せた右翼サーバント群の足音が迫る。
「For God’s sake,Sir Justice,think of me,for I have none to help me save God」
馨の呪文詠唱が戦場に流れ、直後、サーバント群の頭上に出現した大火球から焼夷弾のごとく炎の雨が降り注いだ。
陸は十字巨人の額の宝玉を狙いアシッドショットを撃ち込むが、これは巨剣の峯で防がれてしまう。それ以上巨人には拘らず、標的を黒腐骸兵に変えてスキルの出し惜しみなく狙撃を続けた。
魔法と銃撃の十字砲火を浴びた黒腐骸兵達がバタバタと倒れていく。
「確かに今の私達ではきみを倒すことはできないかもしれません。でもきみ1人だけで富士市を占領するなんてできっこない。そうでしょう?」
そういいながら馨の行使する遠距離魔法攻撃が、黒腐骸兵を中心にサーバントを次々と吹き飛ばしていった。
時々の顔に初めて焦りの色が浮かんだ。
本来ならダアトやインフィルトレーターを叩くための奇襲だったはずが、今では夢野、凪、ふゆみに囲まれ絶え間なく攻撃を受けて馨達に手が出せない。
「おまえらと遊ぶのは後回しだ」
縮地に似たスキルで夢野達の包囲を突破、再び後衛の撃退士を狙う使徒の前に、ちょうど左翼班から駆けつけた撃退士達が立ちはだかった。
「はッ、雑兵だらけか。手前はどうなんだ!」
「よう、どっちがイケメンか勝負しようぜー?」
英雄と白秋が挑発の言葉を浴びせ、与一は眼鏡を外して本来の赤い瞳で時々と対峙した。
「貴方がこの戦場の要とお見受けします。俺は弓使いの各務 与一。貴方の名は?」
「‥‥吉良峰時々」
そう答える青年の顔はほぼ無表情だが、金色の双眸は己の任務を邪魔する者達への明確な怒りと殺意を宿していた。
「与一の名と俺の誇り、そして成すべき事の為に。全てを賭けて貴方に挑みます」
「そうかい? なら俺は根っこからへし折ってやるよ。おまえさん方の『全て』とやらをな」
時を同じくして、ダメージを負いながらも前進してきたサーバント群が乱入する。
この機を利用し、時々は配下サーバントの間を素早く移動しつつ撃退士への槍撃を開始した。
僅かに遅れて到着した十字巨人も両手の巨剣を振り回し、その場はいよいよ乱戦の様相を呈してきた。
●青き十字の巨人
吉良峰の押さえに当たっていた面々も突入してきたサーバント迎撃を余儀なくされた。
乱戦の中で使徒の姿を見失った夢野はひとまず標的をサーバントに切り替えた。
刃渡り2mの大剣を振るい、時々から受けた負傷を押して自ら「攻める壁役」を務める覚悟だ。
「三重奏、聞き惚れな!」
剣から放たれた音の刃が3つに分かたれ、群がる黒腐骸兵や狼頭戦士どもを切り裂いていく。
「だーりん! 愛のパワーでふゆみを守ってっ☆」
上下に槍を備えた攻守両用の盾をかざし、近寄るサーバントを牽制するふゆみ。
凪の騎槍が閃き、一瞬にして3体のサーバントを刺し貫く。
十字巨人の接近に気付いた夢野は前衛で戦う仲間達に合図し、自らは側面へ回り込んだ。
彼の「死者への想い」が形を変えてアウルの力となり、魔具もろとも歪んだ重低音の音空間に包み込まれた。
レクイエムにも似た音空間をまとい、巨人の脇腹へと果敢に斬りつける。
「コイツは、お前達が蜥蜴の尻尾のように扱ってきたアムビルの分ッ!」
ダメージを受けた巨人はなお荒ぶるも、足元の夢野に気を取られたその隙に、弱点と思しき額の宝玉めがけ馨の遠距離魔法と陸の銃撃が集中した。
同じ頃、左翼部隊で唯一生き残った十字巨人と撃退士の死闘も佳境を迎えていた。
『ウガァァァッ!!』
長さ5mに及ぶ巨剣が唸る度、攻撃範囲にあった廃墟のビルが砂の城のごとく粉砕される。
なまじの範囲魔法などより凶暴で危険な物理攻撃だ。
ましてや生身の撃退士が受けるダメージは計り知れないが、それでも前衛に立つマキナ、リチャード、征治、クリスティーナは怯まない。
「一人ではなく、戦場で戦っているんだ。なら、自分の受け持ちを守るのは当然だ」
タウントで巨人の足止めを図りつつ、リチャードが中世の騎士そのままに正面から突撃する。
「ここまでです。富士市には行かせません」
得物を菱の薙刀に替えた征治は、大振りの横薙ぎでフェイントをかけ、直後敵の足を狙い渾身の斬撃をお見舞いする。
「遠慮せず喰らいな!」
さらに肉迫し巨人の懐に飛び込んだマキナが敵の太腿あたりをめがけ戦斧の重い一撃を叩き込んだ。
「散りゆく貴方のために、奏でましょう。ムーンライトレクイエム!」
自らも深手を負いながら、残るアウルの力を剣に注ぎ込んだクリスティーナは乾坤一擲の斬り込みで勝負をかけた。
両足に集中したダメージに再生能力が追いつかないのか、巨人は唸りを上げて地面に片膝をついた。
下がった頭部を狙い、さらに撃退士達の攻撃が殺到する。
額の青い宝玉が幾度かの直撃を受けた末に音を立てて砕け散った。
直後、不死身かとも思えた巨人の再生が止まり、白肌の巨体がみるみる流血で赤く染められていく。
十字巨人と撃退士――互いに命を削る様な消耗戦は、間もなく巨人が力尽きて大地に倒れ伏すことで幕を下ろした。
「頂くぞ、手前の命を!」
英雄は敵の生命を食いちぎり自らのものとする貧狼の刃をもって狼頭戦士達の隊列に斬り込んでいった。その姿は、むしろ彼自身が狼に変じたごとく。
執拗に足払いを狙う狼頭戦士の槍をかわし、与一は弓の弧に取り付けた刃での斬撃で応じた。
「目指すは弓聖の域。だけど、この距離が弱点だと思わない事だね」
致命傷を受けて倒れるサーバントの向こうにゆらりと現れる青年の姿。
「吉良峰‥‥!」
すかさず二の矢を番えるが、投げ槍による容赦ない攻撃を受けてしまう。
だが与一は微動だにせず、激痛に耐えて矢を放った。
カウンターで放たれた矢を肩に受け、時々の顔が歪む。
馨にマーキングされたことにより潜伏スキルが相殺され、使徒の居場所に気付いた他の撃退士達も駆けつけてくる。
「はっはー踊れ踊れ! 手の内を全部晒してもらうぜ」
白秋の双銃が絶え間なく火を吐き、サーバント相手にスキルを使い果たした英雄がなおも大剣を携え肉迫する。
むろん時々の反撃により一撃ごとに少なからぬダメージを喰らうが、手数の優位が徐々に使徒の体力を削っていった。
サーバントの数が減るのに従い、撃退士達の攻撃は自ずと時々、そして右翼の十字巨人に集中していく。
「ちっ。こんなはずでは――」
周囲の戦況を見渡し時々は舌打ちした。
先行させた分隊は元より囮。彼らが撃退士の半数を引きつけている間、自らはもう1つの分隊と共に残りの撃退士達を蹴散らし敵の防衛線を突破する。
――そのはずだった。
だが現実には囮分隊は充分役目を果たす前に全滅、本隊も既に自分と十字巨人を残して倒れている。
(まずいな。これじゃ防衛ラインを突破しても後が続かない)
一瞬の躊躇が隙を生み、アウルの衝撃波を受け時々はよろめいた。
鎮魂の音空間をまとった夢野がティロ・カンタビレを放ちつつ吶喊、巨人に対しても使ったCR変動の斬撃を見舞ったのだ。
「そしてコイツはヒルコの分――見放され、打ち棄てられ、救われる事の無かった命の報いを受けろッ!」
脇腹に受けた傷を庇いつつ、時々は縮地を使いその場から離脱した。
こちらもかなりのダメージを負った巨人の肩に駆け上り、新たな命令を下す。
「撤退だ! 後方の友軍と合流しろ」
肉体的なダメージより、むしろ最後に斬り込んできた夢野の殺気が、彼にこれ以上の戦いを思いとどまらせた。
(奴ら、どういうつもりだ? こんな局地戦で敵と差し違えても構わないってのか?)
――理解できない。
使徒となって以来久しく忘れていた「恐怖」という感情が胸中に湧き上がる。
巨人の肩につかまったままほうほうの体で逃げ出す時々の耳に、背後から白秋の声が届いた。
「次はあんたの番かもな」
ギリッ――恐怖すら覆い隠す「怒り」の感情がこみ上げ、使徒の青年は歯ぎしりした。
「そいつはどうかな? 次に会った時は‥‥もう遊びじゃ済ませないぜ」
だが今はまだその時ではない。
「主」の顔を立てるために派遣されたようなこの戦場で命を捨てるのは、犬死に以外の何ものでもないのだから。
吉良峰隊の撃退に成功して間もなく、撃退士達の元に後方司令部から連絡があった。
『新たな撃退士部隊を派遣したので、その到着を待って防衛任務を引き継ぎ帰還せよ』と。
どうやら北方の天界軍からも、吉良峰隊と入れ替わりのように新手のサーバント群が南下しているらしい。
味方が被った損害も大きいが、ともあれこの戦域において天界軍の侵攻を食い止めることはできた。
東西に長く延びる富士戦線における小さな「勝利」――だがこの地点に人類軍が踏みとどまったことが、後に全体の戦局に少なからぬ影響を及ぼすことになる。
<了>