●戦場へ続く道
転送装置から通常空間へ出たとき、そこは街を出てすぐの場所にある街道だった。
天気は快晴。季節は冬だが陽射しが暖かな小春日和である。
両脇には田畑が広がり、一見天魔の襲来などとは無縁ののどかな風景であった。
だがこの平和な光景も、放置しておけばディアボロの群れに踏みにじられ、一転して地獄図に変わるかもしれない――そう思うと、撃退士たちは改めて引き受けた責任の重さを噛みしめざるをえない。
グール出現が報告された森の入り口は、この街道を街の反対方向へ歩いておよそ15分ほどの場所にあるという。
「あの、それじゃあ、今回はよろしくお願いします!」
中等部女子制服に身を包み、ショートスピアを腰に装備した少年・湊ヒカリは依頼を共にする仲間たちに向い、やや緊張気味に頭を下げた。
「私にも新人の頃はありましたし、ヒカリさんにも学園に早く慣れて欲しいですね。何か分からないことがあれば、いつでも相談に乗りますよ?」
レイラ(
ja0365)の言葉に、
「は、ハイ‥‥ありがとうございます」
心なしか頬を染めて頷くヒカリ。
「女性は苦手ですか? できれば、仲良くしたいのですが」
或瀬院 由真(
ja1687)は、ヒカリの緊張を解こうとにっこり笑い、持参のチョコを差し出した。
「よろしければ、いかがです?」
「あ、いただきます‥‥ええと、別に女の人が嫌いってわけじゃなくて‥‥これまで、あんまりお話しする機会がなかったもので」
受け取ったチョコを頬張りながら、ヒカリは以前にいた中学が私立の男子校だったことを明かした。
要するに女嫌いではなく、単に免疫がなかったということらしい。
(まぁ、今時、異性装程度なんて珍しくもないと思うのだけどね‥‥きっと怒った人達は下心ありありの人達だったのでしょうねぇ)
リコリス ゴールド(
ja1419)は内心で思ったが、口には出さず、
「お互い新人同士がんばりましょうね。わたしもこれが初陣だわ」
そういって、ヒカリにほんわり笑いかけた。
「‥‥身勝手な都合で他人を殴り付ける者がいるとは、残念な限りだな。気に入った相手としか組めないなど、撃退士としては枷にしかならないだろうに」
依頼を受けた際、斡旋所の受付け係から聞いた話を思い出し、巌瀬 紘司(
ja0207)は溜息をつく。
撃退士も人間。しかもその多くは同世代の一般人に比べて、より個性の強い若者たちである。
ましてや見知らぬ者同士がパーティーを組んで危険な依頼を受けるのだから、この手のトラブルもそう珍しいことではない。
「いえ、ボクも悪かったんです。こんな紛らわしい格好してたから‥‥」
「ボクだって男装ってわけじゃないけど男の子の服着るし、似合っていれば別にいいと思うんだけどなぁ。誰かに迷惑かけているわけでもないしね」
「この学園、女装している人、珍しくない‥‥。それに、決まってそういう人、自信満々。無駄に‥‥」
「そうなんですか?」
白沢 舞桜(
ja0254)と樋渡・沙耶(
ja0770)の励ましに、ヒカリは驚くと共に少しほっとしたような表情を浮かべた。
これまでは家族やクラスメイトの手前、女装癖を懸命に我慢していた彼にとって、自由奔放な久遠ヶ原の校風はちょっとしたカルチャーショックだろう。
「取り合えず、戦闘に慣れて貰いますか。女装が趣味でも私は構いませんが‥‥引っ込み思案は頂けません。最悪の場合、それが命取りと成り得るかもしれませんし」
「戦場に男も女も、女装も男装も関係ないですからね。油断せずしっかりやりましょう」
戸次 隆道(
ja0550)と佐竹 顕理(
ja0843)がやや厳しく忠告すると、
「はい。それは‥‥分かってます」
ヒカリも顔を引き締め、ショートソードの柄をぐっと握りしめた。
●屍鬼の森
一行が森に到着したとき、周囲にグールの姿は見あたらなかった。
森と行ってもまだほんの入り口なので立木もまばらだ。
奥に行くほど樹木が密生し暗がりとなっているため、そこから先はどうなっているか分からない。
撃退士たちはパーティーを3班に分け、手分けして索敵を行うことにした。
A班 舞桜 レイラ リコリス
B班 隆道 紘司 ヒカリ
C班 沙耶 顕理 由真
敵の数が分からない以上、あまり戦力を分散させるのは得策ではない。
そこで各班は互いにぎりぎり目視できる範囲内まで離れ、なおかつスマフォで密に連絡を取り合いつつ、慎重に行動を開始した。
森の外側寄りを回るコースでローラー式の捜索活動である。
しばらく探索しても敵が見つからない場合は、少しずつ森の深部へと索敵範囲をずらして行く。
「いない‥‥かな?」
沙耶はスマフォに登録したMAPデータと周辺の地形を照合、さらに足跡、藪を掻き分けた痕跡などに目を光らせる。
由真も持参のオペラグラスを取り出し、時折遠方の警戒にあたった。
今回の依頼目的はあくまで「入り口付近にたむろするグールの排除」なので、予定時刻までに1匹も見つからなければ、後は地元の自治体と撃退庁に報告し、そのまま学園へ帰投することになるが――。
索敵を開始し小一時間ほど経過した頃、先頭を行くA班のレイラが、何か異様な気配を感じて歩みを止めた。
(しっ。静かに‥‥)
仲間たちに手振りでそう伝える。
息を殺して周囲を確認するうち、やや離れた木陰から怪しい影がのっそり現れるのを目撃した。
その数、見える範囲で3体。
元は人間の死体だけに外見はヒト型を保っているが、青黒く乾いた肌、鋭く剥き出した牙や爪、そしてガラス玉のごとく生気のない目は、伝説の屍鬼というよりむしろゾンビを彷彿とさせる。
あれでも生前は人間だったかと思うとあまり良い気分ではないが、ともかく奴らが街を襲う前に倒すか、森の奥へと追いやらねばならないだろう。
ただしA班の戦力だけではちょうど3対3。相手が下級ディアボロといえども、ここは万全を期して数の優位を確保しておきたい。
「安全確実にね」
舞桜は音を立てぬよう他の2人にハンドサインを送る。
リコリスはスマフォから他の班にディアボロ発見のメールを送信。
友軍の到着を待つ間、レイラは持参のロープを使い、周囲に即席のトラップを仕掛け始めた。
間もなく、手近にいたB班の撃退士3名が合流。
その頃にはグールたちも人間の気配に気づいたらしく、唸り声を上げて撃退士たちに向い接近を開始していた。
●ディアボロ狩り
舞桜の連絡で駆けつけたB班3名は、ほぼ横並びにA班へ向かうグールたちのうち、左端に位置する1匹とぶつかる形になった。
「私が正面から行きます。巌瀬さんと湊さんは、左右から奴の死角に回りこんでください!」
同班の2人にそう叫ぶと、隆道は鉤爪を構え、立ち木の間を素早く移動しつつグール目指して駆けだした。
紘司はちらっと傍らのヒカリを見やる。
ショートソードを構えてグールを睨みつけるヒカリだが、やはり初めて間近に見るディアボロが怖ろしいのか、スカートからのぞく少年の細い足は微かに震えていた。
「‥‥湊、相手を良く見るんだ」
自らも同じ片手剣の鞘を払い、紘司はグールから目を逸らさずにいった。
「相手の動きが見えていなければ、攻撃は防げない。加えて性質を見抜くことができれば、より効果的に動くこともできる筈だ」
「‥‥は、はい」
そのアドバイスで気を取り直したのか、大きく深呼吸したヒカリは紘司と共に走り出した。
最初にグールと接敵した隆道が、グールの爪の直撃を受けないよう巧みに距離を取りつつ、阿修羅のスピードを活かしたヒット&アウェイで牽制も兼ねた攻撃を加えている。
ヒカリが敵の右側面に回り込むのを横目で確認した後、紘司は左方向から迂回し、隆道との戦闘に気を取られたグールを挟撃する態勢を取った。
相手の腕や上体を狙い、剣で刺突を加え、あるいは上下に払うように斬りつける。
『グアァーッ』
新手の敵に気づいたグールが振り向くや、咆吼を上げて掴みかかってきた。
紘司は咄嗟に剣をかざし、敵の突進を食い止める。
死体から生まれた怪物はショートソードの刀身を握り締め、己の掌が裂けるのも構わず撃退士に食らいつこうと牙を剥いてきた。
紘司は片足を上げ、思いきりグールの腹を蹴って後方へ突き飛ばした。
「湊、今だ!」
ヒカリが慌てて剣を振り上げ、起き上がろうともがくグールめがけて切っ先を突き立てる。
続いて隆道の鉤爪がグールの肩を切り裂くと、怪物は地面に這いつくばって虫の息となった。
「‥‥冒涜された身体を速やかに土に還してやることが、今この者達にしてやれることだ」
最後に紘司がとどめの一撃を加えると、グールは数秒ほどビクビク痙攣していたが、間もなくその動きを止めた。
その間、A班の3名は2匹のグールを迎え撃っていた。
レイラを狙って襲いかかろうとした1匹は、下生えに隠れて張り巡らされたロープに足をひっかけ大きくつんのめった。
『グォ?』
祖霊陣を用い、気を張り巡らせたロープのトラップだが、知能の低いグールは己の透過能力が無効化されたことを理解できず、一瞬不思議そうに足元を覗き込む。
その隙を逃がさず、レイラは大太刀を中段に構え一気に間合いを詰めた。
森の中の戦闘を考慮し、斬撃よりも突きを主体に太刀を浴びせかける。
3匹のうちでは右端にいたグールに対しては、片手に鉤爪を装備、もう片手にショートソードを握った舞桜が立ち向かっていた。
片手剣で刺突をかけてフェイント、敵が怯んだところで懐に飛び込み、鉤爪を振り下ろす。
ザシュッ! 屍鬼の体に爪の数だけ裂け目が走り、どす黒い裂傷がパックリ開く。だが赤い血は流れず、よくよく見れば切ったそばから傷口が塞がっていくではないか。
「こいつら再生能力があるんだ。ほんと、厄介よね」
後衛に位置するリコリスが、すかさずスクロールから魔法の光弾を叩き込んだ。
左翼のグールを倒したB班が合流、A班と併せて6名の集中攻撃により、残り2匹のグールもやがて倒れた。
だが一息つく暇もなく、森の奥から新たに3匹のグールが姿を現わす。
「待たせたな!」
ほぼ同時に、後列にいたC班3名も到着していた。
(無茶は禁物ですが‥‥敵の動きは鈍いし、ひとつ試してみますか)
ちょうどグールの側面をとった顕理は、打刀を構えて袈裟懸けに斬りかかった。
直後、地面を蹴って跳躍するや、自らを軸として独楽のごとく横回転し、遠心力を乗せたより強烈な斬撃を叩き込む。
『グガァ!?』
脇腹を深々と抉られたグールが苦痛の叫びを上げ、傷口を自己再生すべく一歩背後に退いた。
乱戦の中、別のグールがこちらに向かって突進してくるのを見た由真は、両手に装着したトンファーを構え、同班の沙耶に声をかけた。
「正面は私に任せて!」
力任せに振り回してくるグールの爪をトンファーで受け流しつつ、足払いで敵の体勢を崩す。
脇腹にトンファーの一撃を食らったグールが怒ったようにカッと口を開き、由真を狙って噛み付いてきた。
「そんな汚い口で噛まれるのはごめんです!」
素早くサイドステップで回避、『ガチッ!』と宙を噛んだ怪物の牙を顎ごと叩き割る勢いでトンファーの打撃を繰り出した。
その間、左脇に回り込んだ沙耶は、敵の死角から接近しショートソードで攻撃を加える。
「街には‥‥行かせ、ない」
激戦の末、1匹のグールが力尽きて倒れる。
残り2匹となったグールは、さすがに敵わぬと見たか、踵を返して森の方へ逃げ始めた。
「‥‥逃がさん」
追撃した紘司が敵の背中にひと太刀を浴びせる。
これで1匹のグールを仕留めるが、その間に最後の1匹は森の奥へと逃げ去っていった。
「1匹取り逃がしたか‥‥」
撃退士たちは悔しげにディアボロが遁走した方角を見やるが、その先は密生した樹木に覆われた奥深い闇となっており、この人数で踏み込んでいくのはどう考えても無謀だ。
本格的に攻めるのならば、さらに多くの戦力と数日間の野営が必要となるだろう。
だがそれは、後日撃退庁から派遣される国家撃退士部隊の仕事だ。
残りの数時間、一行はグールが仲間を引き連れて逆襲してきた場合に備えて引き続き周辺の警戒にあたったが、その様子もなさそうなので、日暮れ時には任務完了として引き揚げることとなった。
●エピローグ
「どうです? 戦闘には慣れましたか?」
「は‥‥はい。おかげさまで‥‥」
顕理に声をかけられたヒカリが、ハァハァと肩で息をしながらも返答した。
少年の制服はあちこち破れ、いくつか傷痕も出来ていたが、幸い大した負傷ではない。
「‥‥無理するな」
とりあえず紘司が応急治療を施してやる。
「うん、出来るじゃないですかっ」
少年の肩を叩き、由真はにぱっと笑った。
「貴方も、立派な撃退士なんです。これからも、一緒に頑張りましょう!」
「服装のことは‥‥まぁ、趣味だから、人に言われても、気にしない方が、いいと思う。格好じゃなく、心を強くすれば、いいんじゃないかな」
沙耶もまた、訥々とした口調でヒカリにエールを送る。
「はい! 今後ともよろしくお願いします!」
実戦を通して少しは自信がついたのか、嬉しげな声でヒカリはお辞儀した。
「でも‥‥あーあ、せっかく買った制服が‥‥」
ボロボロになったスカートをちょっと捲り上げ、溜息をもらす。
どうやら負傷よりも、新品の女子制服が台無しになったことが残念な様子だ。
「なら、学園に帰ったら新しい服を新調しない? 良ければボクが付き合うよ」
舞桜の申し出に、
「ええっ? いいんですか?」
ヒカリは戸惑うように赤面するが、やがてコクンと頷き、
「ハイ。ご迷惑でなければ、ぜひ‥‥」
「決まり! じゃ、アドレス交換しておこうね」
さっそくポケットから携帯を取り出す舞桜。
「いいなあ‥‥私もご一緒して、いい?」
「あ、もちろんリコリスちゃ‥‥いえリコリス先輩もどうぞ」
見た目は自分より遙か年下、ただし学年は遙か上の少女のおねだりに、ヒカリはやや口ごもりながらも快諾する。
(ナニはなくとも男の娘、ナニがなければ女の子☆ 男の娘も女装男子も大好物なのよ。まぁ、わたしの外見年齢なら気後れもしないだろうし、ね。ふふ、楽しみだわ)
そんなことを思いながら、リコリスはあどけない顔に悪戯っぽい微笑を浮かべるのだった。
<了>