「‥‥なんつーふざけた名前と姿や」
悠然と宙に浮かぶ大型ディアボロの姿を仰ぎ見ながら、撃退士一同の心境を代弁するかのごとく宇田川 千鶴(
ja1613)は呟いた。
現場はいわゆるオフィス街。大通りに沿って並び建つ高層ビルの狭間に、手も足も胴体もない鬼の頭だけがフワフワ浮かんでいる。
頭部からはプロペラ状の羽根が5枚生えているが、今は静止しているので、飛行や移動は魔力で行っているのだろう。
「名前と見た目のギャップが‥‥」
同じく白沢 舞桜(
ja0254)も、呆れ返って空を見上げている。
奴の名は「激おこブンブン丸」。
ソースは匿名電話と実に怪しげだが、「呼称がないと後で報告書を作成するのに不便だから」という斡旋所スタッフの判断により承認されてしまったのだ。
名前だけ聞くと何やら可愛らしいが、その顔は鬼瓦をそのまま生き物にしたような、まさに「悪鬼の形相」である。
「あの敵、顔が怖いんだけど‥‥なんか笑える」
若杉 英斗(
ja4230)が率直な感想を口にした。
幼い頃あれだけ怖ろしかったTVの怪獣や妖怪が、大人になってから改めて見るとむしろユーモラスに思えてしまう、ちょうどそんな感覚。
「あのディアボロ何であんなに怒ってるの? 悪い子だから平和が憎いとかなのかな‥‥」
エローナ・アイドリオン(
jb7176)は手にした操り人形に話しかけ、
「あんな形状なのに名前は扇風鬼じゃないんですね」
ゲルダ グリューニング(
jb7318)は不思議そうに小首を傾げる。
「はっ! これはもしや、親しみ易い名称にする事で人気を獲得するゆるキャラ方式!? 敵の親玉は相当の策略家ですね‥‥」
「‥‥これ作った悪魔はどうしてこの形状に辿り着いたの? 馬鹿なの?」
そう思わざるを得ないシルエットに戦慄しながら、米田 一機(
jb7387)の身体を駆け抜ける嫌な予感と悪寒は敵からのものか、それとも別の何ものか?
「何とコメントしたものか困りますが‥‥俺達は俺達の仕事を完遂するだけです」
同じ依頼に参加した一機の友人、樒 和紗(
jb6970)がため息をつきながらも魔具を召喚する。楚々とした美少女であるが、実家の慣習のため男言葉が身についてしまったのだ。
「‥‥」
仲間達に混じって無言で佇むのははぐれ悪魔のヴォルガ(
jb3968)。
――見た目だけなら彼の方がずっと怖いような気がしないでもないが。
一般的に悪魔がディアボロを送り込むのは、彼らにとって「栄養源」ともいうべき人間の魂を回収するためである(趣味的な破壊や殺戮を目的とするケースもあるが)。
見たところブンブン丸自体には人間を捕らえるための腕や触手らしきものはない。
同時に人型ディアボロのナマハゲが多数出現しているところから、人さらいはそちらが担当し、ブンブン丸は純粋に戦闘目的で生み出されたディアボロと考えてよいだろう。
幸い現地の国家撃退士部隊がいち早く対応し警察や自衛隊とも連携したため、人的被害が出る前に周辺地域の一般人を避難誘導することができたが。
「飛行する敵とは厄介ですね。何とか手の届くところまで落ちてきて貰わないと一方的な戦いになりかねませんし、皆さんの手腕に期待させて頂きますね」
仲間達に注意を促すのは楊 礼信(
jb3855)。
彼自身は回復担当のアスヴァンなので、敵をこちらの攻撃圏内に引き寄せるためには別働隊を編成する必要があるだろう。
「となれば、私らの出番やね」
自ら進み出たのは鬼道忍軍の千鶴。
他に飛行能力を持つヴォルガ、バハムートテイマーのゲルダも志願し、彼らが各々のスキルを駆使してブンブン丸を地上まで誘導、射的距離までおびき寄せたところで待機する地上班も加わり総攻撃――という段取りとなった。
作戦開始を前に、舞桜は傍らの湊ヒカリ(jz0099)に尋ねた。
「そういえばヒカリさん、射撃武器は持ってきた?」
「ううん‥‥ボクはこれだけ」
入学以来愛用しているショートソードを示すヒカリ。
「銃とか弓って、何か苦手で‥‥」
「ダメだよそれじゃ。ボクもヒカリさんも近接戦ジョブだけど、撃退士ならどんな状況でも戦えるよう装備を整えておかなくちゃ」
「やっぱり、そうかな?」
舞桜は予備の魔具としてヒヒイロカネに収めていたショットガンをヒカリに渡し、ついでに初歩的な対空射撃のコーチもしてやった。
「こんな感じ‥‥かな?」
舞桜に教わったとおりショットガンを構えてみるヒカリに、小走りでゲルダが近づいて来た。
「ヒカリさん、これ着てください!」
「何これ? ‥‥ってええええ!?」
渡された包みを開くと、中から出てきたのは魔法少女風コス一式。
カラフルでキュートな帽子や上着はいいとして、問題は極端に丈の短いヒラヒラのミニスカート。
「いやあの、さすがにこれはちょっと‥‥」
女装自体に抵抗はない。というか現在着ているのが既に学園の女子用儀礼服であるが、少し強い風でも吹けば捲れてしまいそうなミニスカには、さすがのヒカリも躊躇わざるを得ない。
「着てくれなきゃダメです! あの敵を倒すにはこれが必要なんですっ!」
「そ、そこまでいうなら」
真剣に訴えるゲルダの気迫に押され、ヒカリはやむなくそれまで着ていた儀礼服の上着を脱ぐと、舞桜に頼んでカーテン代わりに広げてもらい、その陰でこそこそ着替えた。
「ほな、行くでぇーっ!」
壁走りのスキルを用い、オフィスビルの壁面を千鶴が駆け上がる。
その姿は、まさに断崖絶壁を走る虎の如し。
ビルの屋上すれすれの高さに浮かぶブンブン丸のすぐ側まで接近するや勢いよく壁を蹴り、古刀・八岐大蛇で斬りかかる。
――が、僅かに距離が届かない。
「ちぃ!」
落下を始めた千鶴の身体を、闇の翼で舞い上がったヴォルガが受け止めた。
千鶴は仲間のはぐれ悪魔に抱えられたまま刀を構え直し、次善の策として準備していた雷遁を放った。
『フンガァ――!!』
頭だけの大鬼が怒りの雄叫びを上げる。
ただし麻痺の効果を受けたのか、空中に浮いたまま未だ反撃は仕掛けてこない。
タイミングを合わせ、ゲルダの召喚したヒリュウが敵の上空からチャージラッシュをかました。
見かけは愛くるしい小型の召喚獣だが、その体当たりは凄まじく、自分より遙かに大きなブンブン丸を地上の方へ押し下げていく。
あと僅かで地上班の射程距離に――というところで麻痺が解け、ディアボロの羽根が回り始めた。
どういう作りになっているのか、顔は動かぬまま羽根だけが高速回転し、物理的な暴風と風属性の魔法攻撃の合わせ技が撃退士達を襲う!
ヒリュウは上空高く吹き飛ばされ、千鶴を抱えたヴォルガもビルの陰へ緊急退避した。
空中班がブンブン丸と激闘を繰り広げるさなか、地上で待機していた撃退士達も新手の敵から襲撃を受けていた。
国家撃退士部隊との戦闘を擦り抜けてきた人型ディアボロ。
藁蓑をまとったその姿は東北地方のお祭りで有名なナマハゲそのものだが、お面ではなく本物の赤鬼が出刃包丁を振りかざして襲いかかってくる。
「頼みますね、米田」
ブンブン丸迎撃のため和弓・隼を空に向けながら和紗が一機に合図した。
相棒を狙い向かって来るナマハゲの前に立ちはだかる一機。
「悪い子がいねぇが? それを裁くのは俺のV兵器だ」
敵が出刃包丁の間合いに入るのを許さず、裁きのロザリオから生成された光の矢で次々とナマハゲの頭部を撃ち抜く。
「邪魔しないでください!」
エローナも射撃の手を休め、サンダーブレードで地上の敵を迎え撃った。
ブンブン丸の羽根が止まり、今度は地上を見下ろすような角度で大きく息を吸い込んだ。
地上でナマハゲと戦う撃退士達を狙って炎ブレスを発射するつもりだろう。
「させるかーっ!」
いったんビルの屋上に降りてタイミングを計っていた千鶴が猛然とダッシュ、大きくジャンプしてディアボロの頭上から兜割の斬撃を放った。
八岐大蛇の切っ先が頭部に食い込んだ瞬間、ブンブン丸の巨体がグラリと揺れる。
意識が朦朧としたのか、フラフラと地上に降下し始めた。
「よっしゃ、みんな頼んだで!」
敵の頭を蹴って再び跳躍、ビルの壁面を駆け下りながら千鶴が叫ぶ。
地上班は一部の者がナマハゲを牽制、他の者達は各々遠距離攻撃用の魔具を構えてブンブン丸に砲火を浴びせた。
「米田、大丈夫ですか?」
ナマハゲと戦う相棒を案じながらも、和紗は隼の矢に胡蝶を乗せて敵の巨体に射かける。
麻痺やスタン系のスキルを有する者が絶えずバステを与え続け、敵の攻撃手段である大旋風を封じこめようという作戦である。
「さっきのお返しです!」
ゲルダが再度召喚したヒリュウがブンブン丸の背中(というか後頭部)に食らいつき、頭突きやブレスで追い打ちをかけた。
「こら、激おこぶんぶん丸! そんなに怒ってばかりだと血管が切れるぞ!」
頭上1mくらいの高度まで降りて来たブンブン丸に向かって大声で怒鳴りながら、英斗はタウントを発動した。
一度地上に引きずり降ろした敵が再び浮き上がらないように、自ら囮となって注意を惹きつけるためだ。
バステの解けたブンブン丸が咆吼し、英斗めがけ突進してくる。
「そんなに羽を回したら、アタマが涼しくなるぞー」
挑発しながら雷帝霊符の雷で攻撃する英斗。
ただしあくまで注意を惹くためなので、相手が近づいてくれば逃げ、つかず離れずの距離を保ち続ける。
鼻息も荒く額に血管を浮き上がらせ、他の撃退士はアウトオブ眼中でひたすら英斗を追うブンブン丸。
いや顔は怒り狂っているのだが、その両眼にハート型の光が浮かんでいるように見えるのは気のせいであろうか?
(どうせなら可愛い女の子に追いかけられたかったなあ‥‥)
作戦は成功したものの、英斗の胸に一陣のすきま風が吹き抜ける。
‥‥まあ刃物を構えたヤンデレ美少女に追っかけられるのも、それはそれで怖いが。
英斗1人に注意を奪われたブンブン丸を包囲し、撃退士達は攻撃のラッシュに入った。
ヒカリと並んでショットガンを撃ち続けていた舞桜は、武器をバタフライアクスに持ち替えると薙ぎ払いで敵の足止めを図った。
スタン状態のブンブン丸に容赦なく戦斧を振り下ろし、スタンが解けて動きだせば
「鬼さんこちら〜ってね」
と挑発しつつ素早く離れる。
ようやく我に返ったブンブン丸が頭部の羽根を回転させ大旋風を巻き起こした。
風属性の魔法攻撃と共に暴風が荒れ狂い、運悪く前衛にいたヒカリのスカートがヒラリと捲れ上がった。
「わわわっ!?」
慌てて前を押さえるヒカリ。
舞桜も急いで目を逸らしたが、チラリと見えてしまった。
(ピンクのフリル付きショーツ‥‥やだブランド物?)
「GJです湊さん!」
それは爽やかな笑顔でゲルダがサムズアップ。
「『扇風機はスカートを捲る為にある』と母が言っていました♪」
「‥‥どういうお母さんなの‥‥orz」
大旋風の攻撃範囲内にいた和紗を庇うべく、一機は咄嗟に飛びつき横へダイブした。
間一髪で攻撃を回避したものの、2人は抱き合ったまま路上へ倒れ、一機の顔は和紗の豊かな胸(Dカップ)にガボっと埋もれる形に。
「米田‥‥ちょ、ちょっと」
「ち、ちが、ご、ごめん! 他意はないんです、本当です!」
我が身を盾にして和紗を護ろうとしたが故のラキスケ――もとい不幸な事故である。
「じ、事故なら‥‥仕方ありませんね」
頬を赤く染めつつ、少女は微妙に目を逸らした。
地上班と合流した千鶴は傍らの建物の壁を利用し縦横無尽の立体機動で引き続き斬撃を加えた。
間合いに入れば兜割、距離が離れれば雷遁、影縛とスキルを使い分け、ひたすらバステを与え続ける。
上空を飛ぶヴォルガが仲間達の攻撃の合間を縫い、闇の力をまとわせた大剣アイトヴァラスで斬りつける。
エローナは予測回避で炎ブレスを避けつつ、死角から胡蝶を乗せた銃撃を行う。さらには大胆にもブンブン丸の真下を駆け抜け様にサンダーブレードをお見舞いした。
戦闘が長引くにつれ、敵の旋風や炎ブレスで負傷する者が続出する。
「‥‥少しくらいの怪我ならば僕が直します! ですから皆さんは安心して戦って下さい」
礼信は傷ついた仲間に回復スキルを施して戦線を維持しつつ、自らもアサルトライフルでディアボロを狙撃。射程距離に入れば審判の鎖を使用し敵が上空に逃れるのを阻止。
ふと振り返ると、道路の向こうから新手のナマハゲが接近してくる。
「仲間達の邪魔はさせません!」
武器を自らの身長より長大なフレイムクレイモアに持ち替えるや、「攻撃は最大の防御」とばかり果敢に斬り込んでいった。
対するブンブン丸もさすがにダメージが蓄積してきたか、目に見えて動きが鈍くなってきた。
撃退士からの攻撃により5枚の大羽根を1枚また1枚と失う度、大旋風の威力も弱まっていく。
苦しげな咆吼と共に、ブンブン丸の全身(頭だけだが)が炎に包まれた。
最期の抵抗とばかり、巨大な火の玉と化したディアボロがむやみやたらの体当たり攻撃を開始する。
「激おこだけに‥‥カム着火インフェルノ?」
柳風のオーラで超高熱の体当たりを凌ぎつつ、片手にスネークバイトを召喚した英斗は反撃に移った。
「喰らえ!!」
手甲の2本爪が一際眩しく白銀の輝きを放ち、ディアボロの眉間に食い込んだ。
「往生せいやー!!」
英斗の攻撃に合わせ、敵の背後から跳躍した千鶴が八岐大蛇を深々とその脳天に突き立てる。
ブンブン丸のまとった炎が徐々に弱まり、ブスブス燻りつつなおも撃退士達に牙を剥く。
そんなディアボロの前にすっくと和紗が立ち、隼の弓に番えた矢にアウルの力を注ぎ込んで光り輝かせた。
「激おこスティックファイナリアリティぶんぶんドリーム!」
至近距離からの一矢を受け、ついに力尽きた大鬼の首が地響きを立て地面に落下した。
「特に意味はないですが‥‥言わなければならない気がしたのです」
「大丈夫? 怪我とか無い?」
「う、うん‥‥かすり傷だよ」
戦闘後、心配そうに尋ねる舞桜に、ヒカリが力なく笑いながら答えた。
戦いの負傷より、ある意味精神的ダメージの方が深刻そうだ。
「‥‥でも良かった。見られたのが舞桜ちゃんにだけで」
なぜだか舞桜は耳まで赤くなった。
「で‥‥結局何が激おこさんを怒らせてたんだろ」
操り人形に問いかけ、こっくり首を傾げるエローナ。
そのすぐ近くで、千鶴は国家撃退士達に協力し、周囲に散らばる瓦礫や何やらの撤去作業を手伝っている。
「しかし激おこって‥‥数年後報告書見た人に通じるんかいな」
一方、ヴォルガは残敵の警戒も兼ねて討ち取ったナマハゲ達の死体回収にあたっていた。
ディアボロの死骸を一カ所に集めた後は、ご丁寧にも首を切断してずらりと歩道に並べ数を確認。
「死んだフリは勘弁して欲しいのでな」
(その鬼の首、街の人達が戻って来る前に片付けなきゃなあ)
ついそう思ってしまうヒカリであった。
<了>