●大分県・豊後高田市東部
西の方角から銃声や攻撃魔法の炸裂音、そして雷鳴のような巨竜の咆吼が聞こえる。
街を守るため、仲間達がシュトラッサー・ヒルコ(jz0124)の操るドラゴン型サーバントと戦っているのだ。
『ブンゴタカダシティなう( ´∀`)』
手持ちのスマホからSNSにツイートを入力した後、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は顔を上げ西を見やり、そして周囲に視線を戻した。
かつては小学校校舎だった廃墟の陰に、彼女を含め15人の撃退士達が息を殺して身を潜めている。
友軍とドラゴンの激しい戦闘音をよそに、そこは張り詰めた沈黙と静寂に包まれた空間。
廃墟からすぐ東に目を転じれば、元は田畑だった荒れ地に大小のサーバント群が集結していた。
事前の予想に比べれば少なかったといえ、その総数は実に百体近い。
主力は硝子のような氷の骨格で形成され手に槍や弓を手にしたアイスボーン。
次いで馬型サーバントに跨がり、やはり全身氷の甲冑に身を包んだアイスナイト。
さらに上空には翼長8mに及ぶ翼竜ワイバーンが飛び交っている。ゲリュオンほどではないにせよ、ドラゴン型サーバントの一種でありその脅威は侮れない。
ここからは直接見えないが、奴らの向こう側にはその主・天使アムビルがおり、ゲート生成のため呪文詠唱を続けているはずだ。
ゲート完成までにあとどれほどの時間がかかるか、正確なところは分からない。
しかし空に浮かび上がる魔方陣を思わせる円形の光、そこからひたひたと迫り来る見えざる「力」の圧迫感が、事態は一刻の猶予も許さないことを撃退士達の直感に訴えていた。
(やはりここにゲートを作ろうとしていたのか‥‥)
大炊御門 菫(
ja0436)は天に現れたゲート生成の兆候を、微動だにせず凝視していた。
過去依頼において、彼女は仲間達と共に偵察部隊として同じこの地へ派遣され、そこでヒルコ=夜見路沙奈と交戦している。
あの時ヒルコは乗竜のゲリュオンと共に「何か」を調べていた。
天魔がゲートを生成する土地を定めるにあたり、地脈の流れなどいくつかの複雑な条件を満たす必要があるという。
今にして思えば、遙か以前からアムビルはこの地に目を付け、配下の使徒やサーバントを使い長い間調査を行っていたのだろう。
(沙奈とゲリュオンは別働隊の皆が抑えてくれている筈だ)
自分達に課せられた使命はゲート生成の阻止。
(それだけはさせない‥‥!)
菫は拳を固く握りしめた。
「斡旋所で聞いた話じゃね、アムビルって天使は元は両子山のすぐ西側にゲートを構えてたんだってさ」
綿谷つばさ(jz0022)が傍らのナナシ(
jb3008)に小声で話しかけた。
「でもって、天魔がゲートを持てるのは原則1個体が1つ。つまり元いたゲートはもう廃棄しちゃったってことだね」
「ここで負ければもう帰る場所もない‥‥まさに背水の陣というわけね」
ナナシは未だ見ぬ敵の天使について思いを巡らす。
彼女自身はアムビルという天使に個人的な遺恨があるわけではない。依頼目的の通りゲート生成を阻止でき、なおかつ相手が逃亡するならそのまま放っておけば良いと考えていた。
とはいえ天使は概してプライドの高い生き物である。つばさの話を信じる限り、ゲート生成を阻まれた場合おとなしく撤退してくれる望みは薄い。
「むしろ破れかぶれになって反撃してくる公算が高いか‥‥いずれにせよ、厳しい戦いになるわね」
そう腹を括ると、はぐれ悪魔の少女は来たるべき決戦に備え属性攻撃のスキルを活性化させた。
サーバントの数や種別、その布陣状況を冷静に観察・分析していた只野黒子(
ja0049)のスマホがポケットの中でバイブした。
通話ボタンを押すと、ドラゴンが暴れる戦場を北から迂回した友軍部隊指揮官からの連絡だった。
『こちらは計画通りの配置についた。これより敵サーバント群に攻撃をかけ、奴らを北におびき寄せる』
「了解。くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
総勢50人と見かけの数こそ大きいものの、そのうち本物の撃退士はたった10人。他は一般人の警官や自衛官の有志が撃退士に偽装した文字通りの囮部隊である。
『囮といっても、我々の戦力で稼げる時間は精々5、6分というところだろう。その隙に何としても敵の本陣を――』
通信内容を黒子から聞くや、撃退士達の両肩にずしりと重圧がのしかかった。
西の戦場では同じ学園生徒を含む撃退士部隊がヒルコ、ゲリュオンを相手に激しい戦闘を繰り広げ、今また一般人を含む北方部隊が囮となってサーバントを誘いだそうとしている。
そして作戦の要、ゲート生成阻止を担う「本命の突入部隊」はこの場にいる撃退士15人が受け持っているのだ。
「一般人の囮か。無茶をする‥‥だが、覚悟を持って望んだのであれば止めることもできまい」
静かに呟くインレ(
jb3056)。
「‥‥アウルの力もないのに、それでも戦おうというのか」
自ら囮役を買って出た一般人達の覚悟の程に、ルーガは感嘆の声を洩らした。
「こんな無茶な手段に頼らねぇと、まともに戦争も出来ない‥‥か」
宗方 露姫(
jb3641)が肩を竦めてため息をつく。
「それが作戦なら存分に利用するのが仲間の務めね」
九鬼 紫乃(
jb6923)はそういって軽く頷いた。
自分を送り出した家の人間も似たようなことするから平気――表向きはそんな顔を装っているが。
(でも私はそうしておいて罪悪感の欠片もない一族が嫌だった‥‥)
そして街で対面した撃退署長・神志那麻衣の顔を思い浮かべる。
常識的に考えて、志願兵とはいえ一般人を危険に晒すような作戦を撃退庁が――厳密には対天魔対策指令室九州支部が――許可するはずがない。
おそらく麻衣は撃退署長としての地位もエリート官僚としてのキャリアもなげうつ覚悟で、独断においてこの作戦を立案・実行したのだろう。彼女自身は殆ど感情を表に出さなかったのでその胸の裡は知る由もないが。
ただ麻衣が内心苦痛をもって策を運用するのであれば、紫乃も黙ってそれを手伝おうと思った。
「あの人が、人非人の同類でなければいいけれど」
「誰が?」
「何でもないのですよ」
露姫に問われ、微苦笑してかぶりを振る。
「まあいい、やる事は一緒だ。誰も死なさねぇように戦う、単純明快だな」
言葉こそシニカルだが、むろん露姫も囮部隊をむざむざ見殺しにする気はない。
彼女は黒子を通し、囮部隊指揮官にある提案を伝えた。
「俺達はそちらの部隊がサーバントと接触する直前のタイミングで突入する。その場合、奴らと戦わず全力で離脱してくれ」
『しかしそれでは囮としての役目が‥‥』
「頼むよ、俺達を信じてくれ! 一般人から犠牲者を出したくないんだ。もちろん撃退士からも」
僅かな沈黙。
『‥‥了解した。我々が殿を務め、一般人の志願兵はサーバントと接触前に速やかに後退させよう』
「どうせ俺達がアムビルの本陣へ迫れば、サーバントどもも囮なんか放り出して引き返してくるよ。 それまでの間に、必ずゲートは潰す!」
『その言葉を信じて我々も最善を尽くそう。グッドラック』
それを最後にいったん通信は切られた。
「友が、この地の平和の為に飛竜と戦っている。そして力を持たない筈の40人の勇士が、命懸けで戦っている」
険しい表情でサーバントの群を睨み付ける君田 夢野(
ja0561)。
「だから、俺達は彼らの挺身に応えねばならない。それが俺に出来るケジメだ」
●天使の誤算
通信が切れて間もなく、東側のサーバント群が動きを見せた。
北方から近づく囮部隊の気配を嗅ぎつけたのだろう。
ひときわ凶暴そうな唸り声を上げ、一斉に北へと移動を開始した。
ただしさすがに本陣をがら空きにするわけにもいかないのか、一部のサーバントは留守番役のように残っているが。
ともあれ囮作戦は成功した。
たとえアムビルが南方部隊(本命)の接近に気付いたとしても、自らサーバント群を呼び戻すには呪文詠唱を打ち切る必要がある。
現在判明している情報として、いったん詠唱を止めたら再開は不可能。しかもそれまでゲート生成のため浪費したエネルギーは完全に失われる。
これをRPGにたとえるならHPやMPではなく、長い歳月を費やして蓄えた「経験値」をごっそり削られるようなものだ。
天魔がゲート生成に際し慎重にも慎重を期するのは、主にこれが原因と思われる。首尾良くゲートが完成しある程度時間が経った後ならば、既に「元は取っている」ので破壊されたり自ら廃棄してもさほどの痛手にはならないが。
それでも経験自体が少ない若い天魔なら、1回しくじっても失われるエネルギー量はたかが知れているので、まだやり直しの余地はある。
だが階級こそ最下位の天使といえ、歴戦の戦士(と思われる)アムビルにとってゲート生成の失敗はまさに致命的なリスクとなるだろう。
時を同じくして、黒子のスマホに新たな朗報がもたらされた。
西側で戦っていた友軍からの連絡。
「ゲリュオン殲滅に成功したそうです。これで後顧の憂いはなくなりました」
(よしっ。行ける!)
歓声を上げるわけにはいかないが、島津・陸刀(
ja0031)は勝利の確信と共に力強く握った拳を差し上げ、すぐ隣にいた御幸浜 霧(
ja0751)と視線を交わした。
「いよいよわたくしたちの出番ですね」
恋人である陸刀と共に参加する依頼。しかも故郷は国東と同じ大分県内。
彼女にとっても負けられない条件のそろった一戦だ。
光纏してそれまで移動に使っていた車椅子から立ち上がると、霧はそっと陸刀に口づけした。
「ご無事で‥‥」
「ああ、お互いな」
撃退士達は移動を開始した。
「囮部隊の人たちを助けるためにも、慎重に、でも素早くゲート生成を止めるのですよー‥‥!」
櫟 諏訪(
ja1215)が仲間達に注意を促した。
突入ポイントに到達するまで、サーバントに気配を悟られないに越したことはない。
さりとて囮部隊の被害を抑えるためには一刻も早く突入し決着をつける必要がある。
校舎跡地を離れた後も、点在する廃屋や廃ビルを隠れ蓑にして、数人ずつのグループに分かれて隠密に、かつ風の如く走り抜けて行った。
「暴れ甲斐がありそうね。いいわ、思いっきり遊んであげる」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)はショットガンを召喚し不敵に笑うと、セレス・ダリエ(
ja0189)をちらっと見やった。
「気をつけてよねセレス? あなたダアトで防御が薄いんだから」
「ご心配なく。ケイさんこそ突出しすぎないでくださいね。もちろん私がバックアップしますけど」
雷霆の書を携えた色白の少女が、淡々とした口調で年上の友人に答える。
「フフン、いってくれるじゃない。なら頼りにしてるわよ?」
ちょうどその時、頭上から甲高い咆吼が轟いた。
周辺を哨戒していたワイバーンの1体が、南方から接近する撃退士達の存在に気付いたのだ。
東に控える同族達に報せるようにもう1度吼えた後、急降下して炎ブレスを浴びせてきた。
「早速おいでなすったか」
予測していた敵の襲来に対し、叶 心理(
ja0625)は天翔弓にアウルの矢を番えて高々と天に向けた。
炎を吐き終わり、再び上昇しようとした翼竜を狙ってブーストショットを乗せた一矢を放つ。
翼の付け根あたりにダメージを受けたワイバーンが悲鳴を上げバランスを崩した。
「さて、空の敵はここで射ち落とさせてもらいますよー?」
高度10m付近で動きを鈍らせた翼竜めがけ、イカロスバレットを発動させた諏訪のアサルトライフルが火を噴く。
見えない巨人の腕に引きずりおろされるかのごとく、ワイバーンが地響きを立て地面に落下した。
「こういう時は巨体が逆に弱点になりますよねー?」
慌てて飛び立とうと翼をばたつかせるサーバントの全身を、バレットストームの弾幕が包み込んだ。
「誰かのために命を賭ける決意をした人を止める言葉を私は持たないわ」
なおも翼を振り回し、炎を吐いて抵抗するワイバーンに歩み寄ったナナシの手に、実体を持たぬ炎の剣が出現する。
「――けど、私は貴方達の事も救えるはずだと信じてる」
失われた彼女の記憶から掘り起こされた魔法のひとつ、煌めく剣の炎が一直線に伸びるや、ワイバーンの頭部を焼き切りとどめを刺した。
「ワイバーン対応班、警戒してください! 東上空から3体が高速接近中!」
敵陣営の動向を窺っていた黒子が警告を発した。
最初の1体の鳴き声を聞きつけたのだろう。
本陣上空を旋回していた残りのワイバーン3体が、翼を翻してこちらに向かって来た。
一方地上を守るアイスナイト2体とアイスボーン十数体は依然として動かない。
彼らはいわば「近衛兵」。最後まで本陣の守りにつくようアムビルに命令されているのだろう。
天使や使徒のような上位者が不在の場合、サーバントは最後に受けた命令を律儀に守り通すロボットのようなもの。臨機応変に状況を判断し、ワイバーンと連携して打って出るほどの知能を持ち合わせていないことは撃退士側にとって幸運だった。
新手のワイバーンを空中で迎え撃つべく、はぐれ悪魔達が飛翔する。
(お前たちの信念‥‥確かに受け取った!)
今まさにサーバント群と交戦寸前にある囮部隊の面々に心中で呼びかけながら、ルーガは闇の翼を広げて天空に舞い上がった。
「全力を賭けて、天使の企み潰してくれようッ(`・ω・)!」
同じく飛翔した露姫の姿が空中でふっと溶けるように消えた。
ハイドアンドシークで潜行状態に入ったのだ。
(できればあの骸骨兵どもも巻き込みたかったけど‥‥)
そのまま上昇し、編隊を組んで接近するワイバーン3体の真上に忍び寄る。
花火のごとく色とりどりの閃光が炸裂し、ファイアワークスの範囲攻撃が頭上からワイバーンの群を襲った。
予期せぬ方向からの奇襲にあわてふためく翼竜達に、さらなる追い打ちがかけられた。
「ルーガちゃんのドーン★といってみよう( ´∀`)!」
ワイバーン同士の体が重なり合うような角度に位置取り、ルーガが大鎌を振り抜く。
鎌の刃から放たれた封砲の衝撃波が飛行サーバント達を田楽刺しに貫いた。
立て続けの魔法攻撃で痛手を負ったワイバーンをあるいは心理の天翔弓が射貫き、あるいは諏訪のイカロスバレットが地上に叩き落とし、あるいはナナシの「剣の炎」が切り裂いていった。
北の方角から銃声が響いて来る。
遠距離攻撃手段を持つ国家撃退士は全てドラゴン迎撃部隊へ回されてしまったため、囮部隊に参加する(本物の)撃退士達はルインズブレイドや阿修羅のような近接戦ジョブの者ばかり。
そのため、撃退士を装った一般人の志願兵が自動小銃や拳銃で遠方からサーバントを狙撃しているのだ。もちろん通常兵器の銃弾は全て敵の体を透過して全く効果はないが。
だがサーバントにとって「一般人かアウル能力者か」などという区別は意味を持たない。
銃声に気を引かれ、ただ「ゲート定着に必要な獲物」を求めてゾロゾロと群が北上する。
『間もなく敵が交戦距離に入る。一般人志願兵の退避が完了するまで、我々は踏みとどまって戦う!』
囮部隊指揮官からの悲壮な通信が、学園撃退士達の焦燥をかき立てた。
残り2体まで減ったワイバーンは対空戦担当の者に任せ、他の撃退士達は一路アムビルの本陣を目指して突き進む。
敵陣まで遮る物のない平地に出た時、サーバント達の背後に奇妙な光景――直径100mほど、無数の雪の結晶が煌めきながら円柱のごとく回転し、その中に白い翼を広げた女性らしき人影が垣間見えた。
あれはいわば立体の「魔方陣」。おそらくあの中心で、天使アムビルはゲート生成のため呪文を詠唱しているのであろう。
ほぼ同時に、それまで身じろぎもしなかったアイスナイトが馬の手綱を取り、アイスボーンは各々槍や弓を構えて前進を開始した。
彼らサーバントに「仲間の仇を討つ」などという感情はない。仲間のワイバーンが次々と撃墜されている間は黙って見守っていたが、主の籠もる魔方陣の側に「敵」が接近したことで本能的に迎撃態勢を取ったのだろう。
早くもアイスボーンの弓兵が放つ氷の矢が飛んで来た。
「こいつらの相手をしてる暇なんかないわ。出し惜しみは無しよ」
ケイが相棒のセレスに目配せすると、彼女も心得たとばかりに魔法書をかざした。
突撃してきた骸骨槍兵の頭上に巨大な火球が膨らみ炎の雨が降り注ぐ。
骨格の一部を高熱で溶かされながらも、槍兵達はなおも進撃を止めない。
「まずは敵集団の足を止める」
紫乃の掌に出現した炎陣球が炎の弾丸となって走り、射線上の槍兵達をまとめて灼いた。
立て続けの魔法攻撃にもめげず肉迫してきたアイスボーンの前に夢野が立ちふさがった。
「さて、この炎が紛い物か真の熱か、試してみようか‥‥焔奏開始ッ!」
闘奏本能が編み出す焔が手にした太刀「紅月」に宿り、灼熱の紅が刀身を輝かせる。
炎の太刀を一振りするや、襲いかかってきた氷骨兵をその槍ごと斬り伏せた。
(数で押してくる敵を一々相手にしていては、時間を浪費するばかり‥‥)
黒子は敵の密度と種別ごとの配置を観察し、味方の範囲攻撃スキルを最大限活用しての早期撃破を図った。
「ここです!」
最も効果が上がりそうなアイスボーンの密集地点にペンライトを放り投げ、仲間達へ合図を送る。
「響き渡れ、灼熱の音刃ッ!」
夢野の紅月から放たれた音の刃、ティロ・カンタビレが並み居る敵の槍兵を吹き飛ばす。
「風よ、切り裂け!」
紫乃のかざした忍術書から生じた烈風がカマイタチのごとくサーバントの骨を断つ。
ワイバーンを仕留めたルーガや露姫も加わり、上空から弓兵の隊列を封砲でなぎ倒した。
配下のアイスボーンでは支えきれないと判断したか、2騎のアイスナイトが速度を上げて前進してきた。
氷骨兵を相手に白銀の聖槍を振るっていた菫が直ちに反応する。
「天使の傀儡ごときが騎士を気取るとは片腹痛い!」
サーバントの騎槍突撃を紙一重でかわし、馬を止めて切り返そうとする相手に捨て身の刺突を仕掛けた。
アイスボーンの指揮官役も務めると思しき上級サーバントは優先して倒さねばならない敵だ。
黒子の合図に応じ、撃退士達の銃撃や弓、遠距離魔法がアイスナイトに殺到する。
「悪いけどここで潰すわよ!」
ケイはセレスの援護を受けつつ前進、零距離射撃もいとわずスキルを乗せてカオスレートを変動させたショットガンの銃火をお見舞いした。
仲間達の集中砲火に立ち往生したナイトの1体に陸刀が駆け寄る。
馬型サーバントがいななき、突進してきた阿修羅を迎え撃つように前足の蹄を振り上げた。
「そうはいくか!」
ギリギリの間合いで踏みとどまった陸刀はそこで踏みとどまり、ギガントフィストの拳撃を繰り出す。
別命「ロケットパンチ」ともいわれる魔具から打ち出されたアウルの拳が宙を飛んでサーバントの馬に命中。
一瞬バランスを崩すも態勢を立て直したナイトが陸刀に騎槍を向けて突撃してくる。
が、その寸前、陸刀の背後に控えていた霧が飛び出し、グラニートの盾で敵の槍を食い止めた。
「すまん、霧!」
再び陸刀の鉄拳が唸り、馬の脚を打ち砕く。
大きくバランスを崩した馬上から、氷騎士が地面へ投げだされた。
●氷結の戦天使
『畜生っ、奴ら感づいたようだ! サーバントどもが反転してそちらに向かってる。突入班、急いでくれ!』
囮部隊指揮官から緊急通信が飛び込んだのは、撃退士達が2体目のアイスナイトを倒した直後だった。
本陣を守っていたサーバントはまだアイスボーン数体を残しているが、既に組織的な戦闘力を失い殆ど障害とはいえなくなっている。
霧が癒しの風を送り負傷者の回復に努める中、撃退士達は素早く2つの部隊に分かれた。
すなわちアムビルに対して直接攻撃を仕掛ける突入班(A班)と、残存サーバントの妨害からA班を守る援護班(B班)。
「むしろここからが本番、ゲート展開は阻止させてもらいますよー!」
A班メンバーの1人、諏訪がアサルトライフルを構え直す。
「ラストワンショット、こいつで道をこじ開ける!」
夢野は最後の1発となったティロ・カンタビレをアムビルの魔方陣めがけ打ち込んだ。
灼熱の音刃が円柱状に回転する吹雪を突き抜け、中にいた女の体が僅かに揺れた。
魔方陣そのものに防御効果はないらしい。天使といえども呪文詠唱中は全くの無防備なのだ。
ふいに吹雪が止み、その向こうから白いローブ状の衣服をまとった女天使が姿を現した。
金髪碧眼、人間の男なら一瞬見とれてしまうような妙齢の美女。
だがその表情は般若のごとく怒りに歪み、肩の傷を押さえて小刻みに震えている。
「貴様ら‥‥原住民の分際で‥‥ッ!」
その一言で撃退士達は理解した。
アムビルはやむなく呪文詠唱を打ち切ったのだ。
この時点で「ゲート生成阻止」という目的は達成された。
だがそれは、怒れる虎の尾を踏む結果ともなったが。
「殺してやる‥‥1匹残らず地上から消え去れ!!」
一瞬で肩の傷を回復させた女天使の片手に氷の槍が召喚される。
と同時に、撃退士達は身を切られるような冷気と衝撃を受けた。
アムビルを中心とした広範囲に、突如としてブリザードが巻き起こったのだ。
吹き付ける氷雪の一粒一粒はカミソリのごとく鋭利な氷の刃。
物理的な攻撃と温度障害を同時に与える範囲魔法だ。
「くっ‥‥エネルギーを失って、なおこれだけの力がっ!?」
アウルの霞を身にまといで攻撃に耐えつつ、菫は唇を噛む。
だが撃退士達も一歩も退かない。
霧が咄嗟に展開した紫電の縄張りも、初撃のダメージを和らげるのに役立った。
ブリザードが止むのを待って、A班メンバーは直ちにアムビルを半包囲する形で展開した。
対サーバント戦の間は主に後衛から攻撃の管制役を務めていた黒子がにわかに前へ出る。
「ゲート生成に失敗した以上、もう貴方が戦う理由もないはず。これ以上無益な争いは止めませんか?」
「小娘、それは命乞いのつもりか?」
女天使の美貌が残忍な冷笑に歪む。
むろん黒子も彼女を説得できるなどとは思っていない。
間合いに入るなり自らの身の丈よりも大きな戦槌バテン・カイトスを召喚、滅影を乗せた渾身の一撃を叩き込む。
「小賢しいわ!」
半身でかわしたアムビルは槍を横に薙ぎ払い、小柄な少女の体を弾き飛ばした。
しかし一瞬とはいえ黒子に注意をとられたことが、周囲にいた他の撃退士達に隙を見せる結果となった。
黒子のちょうど真後ろに位置取っていたナナシが――彼女の体格は黒子と同じくらい小さい――剣の炎でアムビルを貫く。
後衛からアシッドショットで諏訪が狙撃する。
「──鏖殺するぞ」
側面に周り込んだインレはかつて己に与えられた2つ名を呟きつつ、黒鋼の刃による薙ぎ払いを叩き込む。
「祈りが、想いが、尊きモノが此処にある――故に悪いがやらせはしないぞ」
慌てて空に逃れようとした女天使を、ハイドアンドシークの潜行状態で待ち伏せていた露姫が魔法攻撃で迎え撃った。
「ごふっ!?」
至近距離から闇色の逆十字を叩き付けられたアムビルは真っ逆さまに墜落した。
並みのサーバントなら一瞬で五体が砕けるほどの攻撃を受けながら、なおもアムビルは槍を支えにしてよろよろ立ち上がる。
「――ヒルコ! ゲリュオン! 戻って来い! 私を援護しろーっ!!」
「あのドラゴンはもう死んだ。ついさっき仲間達が殲滅したよ」
「なっ‥‥!?」
菫の言葉に、女天使は信じられないというように絶句した。
「一人で大丈夫と慢心したか? その結果がコレか。こんな下らない奴が沙奈の主か‥‥貴様に沙奈を任せられない!」
聖槍から放たれた衝撃波がアムビルを後方へ吹き飛ばした。
その間、北から引き返してきた新手のサーバント群を相手にルーガを始めB班メンバーが奮戦していた。
「まだだぞー、まだ倒れないんだぞー‥‥( ´∀`)」
身に受けたダメージを剣魂で回復しつつ、ひたすら鶺鴒の矢を放つ。
アムビルと戦う仲間達に雑兵どもを寄せ付けぬために。
「一撃で倒れて死んでしまう、普通の人間がその身を賭したのだ。力をなくしたとしても‥‥悪魔の私が、砕けるものかよおッ!!」
グラニートの盾を掲げた霧がアムビルに体当たりするように肉迫する。
「何のつもりだ? 愚かな――」
槍を構え直した天使が盾ごと霧を貫こうと力を矯めた、その時。
「悪いな。これが原住民の戦い方ってやつだ!」
霧の陰に潜んでいた陸刀が跳躍し、渾身の拳撃をアムビルに見舞った。
口から血を吐いてよろめくアムビル。
その体をインレの手から伸びたカーマインの鋼糸が絡め取る。
身動きの取れなくなった女天使に対しなおも撃退士の集中攻撃が浴びせられ――。
やがてアムビルの手から槍が落ち、続いて彼女の体も大地へくずおれた。
「終わった‥‥のか?」
かっと目を見開いたまま動きを止めた女天使を見やり、心理が呟く。
交戦時間、僅か数分――しかし撃退士達にとっては数時間にも思える長い戦いだった。
地上や空から迫ってきたサーバントの群が、突如目標を見失ったかのようにてんでばらばらに動き始めた。
「守れ」と命じた主の気配が消えてしまったからだろう。
何処からともなく拍手の音が響き、ミュージシャンの様な風体の若い男が姿を現した。
「お見事。彼女もそれなりに名の知れた武闘派天使だったんだがな‥‥あんた方のほうが一枚上手だったようだ」
――シュトラッサーの吉良峰時々(jz0186)。
撃退士達の間に再び緊張が走る。
「おっと待った。今やりあう気はない。俺の任務は戦況の報告と‥‥アムビルが戦死した場合の遺体回収だからな。彼女は両子山に連れ帰って埋葬する――文句はあるか?」
「構わないわよ」
ナナシが答えた。
「私たちは目的を果たした。それに敵とはいえ亡骸を冒涜する気もないし」
他の仲間達も異論を唱える者はいない。
重体や戦闘不能者はいないものの、既にスキルは使い果たし、全員立っているのがやっとという状態。いま新手のシュトラッサーと戦うのは自殺行為に他ならない。
「そいつはよかった」
倒れたアムビルの側へ歩み寄ると、軽々肩へ担ぎ上げた。
「ちょっと待て」
呼び止めたのは菫。
「何だ?」
「両子山のベテルギウスは‥‥なぜ援軍を出さなかった? 奴はアムビルの上司だろう」
「こっちでも色々あってな。あの大天使サマは豊後高田市攻略を中止したんだよ」
平然として時々が答える。
「とはいえあっさり兵を退いたんじゃ他の天使連中に示しがつかない。配下の天使とドラゴンの凄絶な戦死――これでベテルギウスの面目も立ったってわけさ。まあアムビルがそこまで理解してたかどうかは知らないが」
それだけいって引き上げようとする時々が、ふと立ち止まり、もう一度振り返った。
「そうそう、街の撃退署にも報告してやったらどうだ? 連中もさぞ喜ぶことだろうよ」
言葉とは裏腹に、どこか底意地の悪い薄笑いを浮かべる。
にわかに不安を覚えた黒子はスマホを取り出し、急いで豊後高田市の撃退署にかけた。
電話口に出たのはなぜか署長の麻衣ではなく、別の男性署員。
黒子がゲート生成阻止の成功を伝えると、
『そうですか‥‥ありがとうございます。これで街は救われました』
だがその声はどこか暗く沈んでいる。
「どうかしたのですか? まさか別の天使が――」
『いえ。街の南に進出していたハイデルの軍勢も後退を始めました。今すぐ攻め込む意志はないようです。ただ‥‥』
「ただ?」
『街の撃退署が‥‥厄蔵(jz0139)の襲撃を受けました』
「‥‥!」
『撃退士は全て出撃し、署内にいたのは一般人ばかり。我々は抵抗することも出来ず‥‥みすみす神志那署長を拉致されてしまいました』
撃退士達が顔を上げると、既に時々の姿もアムビルの遺体も幻だったかのように消え去っていた。
<了>