「悪魔とサーカス形式で対決か‥‥」
高さ10mほど、上板は大人10人が楽に立てるくらいの広さをもつ櫓(やぐら)の上からステージを挟んで向かい側に建つ「敵陣」の櫓を見やり、天羽 流司(
ja0366)は憮然とした面持ちで呟いた。
「わざわざ相手のルールに合わせて戦うとは歯がゆいな。自分勝手に暴れられるよりはまだマシだけど」
「よく怖じ気づかずにきたわね〜? とりあえずその度胸だけは褒めたげるわよ♪」
敵陣の櫓の上でマイクを持ったマレカ・ゼブブ(jz0192)の声が、会場内のスピーカーから響き渡った。
彼女の背後にはピエロ衣装に身を包んだ6体の人型ディアボロ「トート・ナル」、そして同じくピエロのコスプレをさせられたヴァニタス・壬図池鏡介の姿も見える。
「な、何で俺までこんな格好を‥‥」
「まったく‥‥私達と戦いたかったんなら、人質なんて使わず、真っ正面から雁首揃えて来なさいよ!! そしたら、こっちも全力で殴り返してあげられるんだから」
向こう側の冥魔どもに向かってナナシ(
jb3008)が毒づく。
「あんなハエのコスプレした変態悪魔の遊びになんて付き合ってられません」
クロエ・キャラハン(
jb1839)も吐き捨てるようにいった。
「‥‥今回は、奴らの遊びに付き合ってやるか」
目を閉じたまま静かに呟くのは翡翠 龍斗(
ja7594)。
「サーカスか。中々面白い事するな、蠅姫マレカ」
男装の麗人・柊 朔哉(
ja2302)は、逆にこの趣向を気に入っていた。
手段こそいつもと違えど、これもまた冥魔との命を賭けた「戦い」に他ならない。
(こんなに高揚を覚えるとは、やはり俺は、戦場に生きる事がすべてなのかもしれん)
「賭け事に乗ってあげるよ、子供達の命の為にね」
一方、革帯 暴食(
ja7850)は丸亀市の決戦以来相まみえるマレカを前に興奮を抑えきれない様子だ。
「ガキも道化も名前の読みがイマイチ分からん兄ちゃんもどうでもいいッ! 我が瞳に映るのは、愛しき姫君唯一人ッ!」
「‥‥ふむ」
赤坂白秋(
ja7030)に至っては、櫓上のマレカをじーっと観察しながら、
「妹にしたい系美少女。可愛い。マレカたん萌え」
そんなことを真顔でいっている。本気か冗談かは不明だが。
彼ら彼女らの言葉が届いたかどうかは定かでないが、再びスピーカからマレカの声が響いた。
「さ〜て、お互い準備も出来たようだし、そろそろ始めましょうか?」
その言葉を合図のように、舞台中央、ちょうど互いの櫓の中間地点にあたる位置に、天井から細いロープにぶら下がった金色の「鍵」がスルスル降りて来た。
「ルールは簡単。互いの櫓に2つずつ備えられた空中ブランコに乗って、アンタ達がその『鍵』を取ればゲームセット。子供達の催眠を解くから連れ帰っていいわよ。ただしこのロープは魔法やV兵器を使っても切れない‥‥っていうか鍵ごと消滅しちゃうから。アンタ達の誰かが直に素手でつかんだ時だけ切れて鍵をゲットできるってワケね」
「当然、その前に妨害してくるってわけか」
影野 恭弥(
ja0018)はフッと苦笑した。
「やれやれ‥‥いずれにせよ、こっちから先に出なけりゃ始まらないな」
一番手を志願したのは流司とクロエ。
2人が前に出ると、天井に吊られた空中ブランコが横並びに2つ、生き物のようにすーっと櫓に近づいてきた。
どうやら魔法で操作されているらしい。
「まさか、途中でブランコを操ったりはしないだろうな?」
「やらないわよ! そのブランコにも魔法はかけてあるけど、それは乗り手が落ちても自動的に櫓の方へ戻るためだから!」
流司の疑惑に、ムキになってマレカが反論する。
「ま、今回はアンタ達に愉快なサーカスを演じて貰うのが目的なんだから。こっちだって妙な小細工抜きでエレガントに勝ちたいしねっ」
(どうやら嘘ではないようだが‥‥僕らにサーカスを「演じさせる」とはどういうことだろう?)
悪魔達の真意を図りかねつつも、流司はブランコの棒を片手でつかみ、クロエとややタイミングをずらせて空中に躍り出した。
敵方の櫓からはトート・ナル2体が同様に並んで飛び出してくる。
風が頬を切り、ブランコにつかまった撃退士達の体は大きく弧を描いて鍵の方へと放り出されていった。
ブランコが鍵のぶら下がった位置まで最接近した瞬間、思い切り片手を伸ばせば何とか取れそうな距離。
だがその寸前、やはり向かい側からブランコにつかまったトート・ナル2体が接近し、ナイフを投擲して妨害してきた。
クロエは飛んで来たナイフを足を振るう反動で体を捻りかわすと、剣でフェイントをかけつつゴーストバレットの銃撃を浴びせる。
「剣をかわしただけで安心するのは早いですよ?」
さらに流司のライトニングを受けたトート・ナル1体がブランコから手を放し、遙か下のステージへと落下した。
ちなみに人間のサーカスならば当然用意される安全ネットなど存在しない。
床に激突したディアボロはムクリと起き上がり、のそのそ自陣の櫓へと引き返していく。
互いに攻撃を終えた頃には、既にブランコは揺れ戻しが来て鍵から離れていった。
「なるほどな‥‥」
流司とクロエ、そして櫓の上から見守っていた他の撃退士達も概ね状況が呑み込めた。
一見「中央」にあると思える「鍵」も、よくよく見ればやや悪魔陣営寄りに吊られている。
つまり悪魔チームは撃退士チームがブランコに乗るタイミングを見計らって「出撃」し、鍵に手が届く一瞬手前で妨害できる仕組みになっているのだ。
スキルや魔法に頼らず鍵を奪取する――撃退士側もいくつかの「策」を用意していたが、とりあえず最初の数回はあえて普通にブランコを片手で掴んで飛び、様子見に徹した。
撃退士達は事前に打ち合わせたローテーション通り、対するマレカ側は主にディアボロを入れ替わりでブランコに乗せてきた。
左右の櫓からブランコが振り下ろされる度、互いに接近した処で刃を交えて帰還する。
端から見ればやや単調な――だが演じる者達にとっては命がけの「空中ブランコ」は淡々と繰り返された。
鍵の奪取はとりあえず後回しとし、撃退士達はブランコに掴まり飛んでくるトート・ナルへ攻撃を集中した。
配下の数を減らすことで、マレカや鏡介を引っ張り出そうという作戦だ。
ディアボロのピエロ達もまた、撃退士を攻撃というより「鍵を取らせること」の妨害を最優先にナイフを振るい、自らが攻撃されれば躊躇なくブランコから飛び降りた。
「V兵器の攻撃を受けるよりは普通に転落した方がダメージも少ない」という判断だろうが、いったん落ちると櫓の上に戻るまでのタイムラグが発生する。
櫓上の配下がみるみる減っていくのに気付いたマレカが傍らの鏡介に命じた。
「アンタ、そろそろ出なさいよ」
「え? いや〜俺、高い所は苦手で‥‥」
「つべこべ言わず行ってこーい!!」
主に尻を蹴飛ばされた鏡介は渋々前方に出ると、トート・ナル1体と並びブランコの棒をつかんだ。
いよいよヴァニタスが出ると見た撃退士側は、朔哉とナナシが出撃。
「偶には、命を懸けた宴に興ずるのも悪くは無いな」
「さすがに面倒ね、自分のスタイルで戦えないのは」
ゲームに対する印象は両者異なるが、内密に用意していた「秘策」は既に仕込んである。
「お、オメー先に行け!」
配下のディアボロを先行させ、続いてビビリ気味の鏡介が片手にチェーンソウを構え飛び出してくる。
例によって空中戦が始まるかと思いきや、撃退士2人の体が中央に近づく途中でピタリと静止した。
よく見れば彼女らの腰の辺りに細い金属製ワイヤーが結ばれ、櫓の上でそれぞれ流司とクロエがもう一方の端を引っ張りブレーキをかけたのだ。
トート・ナルのナイフは虚しく宙を切り、そのまま後方へ戻っていく。
「‥‥へ?」
状況の呑み込めない鏡介も、呆気に取られたまま接近してくるが――。
「しまった!」
悪魔陣営の櫓の上、撃退士チームの作戦に気付いたマレカの顔が強ばる。
次の瞬間、彼女のとった行動は常軌を逸していた。
傍らにいたトート・ナル1体を両手で持ち上げたかと思うや。
「どぉりゃあああ!!」
小さな体のどこから――と思えるほどの怪力で、味方の鏡介めがけて投げつけたのだ。
「うぎゃっ!?」
ディアボロ激突の反動により彼の体は鍵の方向へ揺れ戻り、そこで止まった。
「命令よ、アンタそこに留まって鍵を守りなさい! 下に落ちたらタダじゃ済まさないわよ!」
「ええっ!? そ、そんな〜」
無茶な命令であるが、マレカにとっては苦し紛れの策なのだろう。
「あんなのアリ?」
「鬼だな‥‥」
クロエと流司は舌打ちしつつワイヤーを手放し、朔哉とナナシはそのままヴァニタスの方へと向かった。
とにかく鏡介さえ落としてしまえば、後続の撃退士が確実に鍵をゲットできる。
「うぎゃー!」
静止した鏡介が逆ギレ状態でチェーンソウを振り回す。
ナナシの魔法書から放たれた霧が鏡介の視界を奪い、朔哉が戦斧を振り上げレイジングアタックで勝負を賭けた。
「すまんな。未来を背負う小さな命を、無下にする訳には行かないんだ」
度重なる攻撃に悲鳴を上げながらも、鏡介は驚異的なしぶとさで耐えブランコの棒を放さなかった。
主の命令ということもあるだろうが、なまじ人間時代の感覚が残っているだけに転落への恐怖心が強いのだろう。
さすがに不味いと悟ったか、ついにマレカ自ら戻って来たブランコを握った。
「待ってましたぁ! ケラケラケラッ!」
満面に凶悪な笑みを浮かべた暴食と、対照的にポーカーフェイスの恭弥が前に出た。
「そういやぁ、この前は自己紹介してなかったなぁッ。改めましてぇ、蝿王ベルゼブブが司りし大罪暴食、大罪名乗り罪名暴食革帯暴食よぉん、宜しくねぇッ?」
それまでは両手をベルトで縛ったままブランコに乗り、専ら足技で戦っていた暴食は、おもむろにベルトを外すと口でブランコの棒を噛みしめ、嬉々として櫓を蹴り宙に舞った。
「何だか親しみが湧く名前ね♪ キチンと墓石に刻んでやるわよっ!」
マレカもまた鋭い犬歯を剥き、片手に鈍く光るサバイバルナイフを握りしめブランコで急接近してくる。
闇雲にチェーンソウを振り回す鏡介など目もくれず、ステージを挟んで振り子のように揺れて来たマレカが間合いに入るなり、革帯は躊躇いなく口を離し、ブランコの勢いそのままに幼女の姿をとった悪魔へ飛びついていった。
「なっ!?」
愕然とするマレカの小さな体を空中で掴むや、その腹に容赦なく膝蹴りを叩き込み、同時に首筋へと噛みついた。
まさに大罪暴食に相応しい攻撃。
突き立てる牙、それすなわち愛といわんばかりに。
「ぐはっ!? ‥‥こ、このデカ女ぁ!」
一瞬苦悶の表情を浮かべるマレカだが、すぐ気を取り直し、逆に革帯にしがみつくようにして彼女の体にナイフの刃を突き立てた。
取っ組み合ったまま転落し、舞台の床に激突する2人。
だがすぐにマレカは飛び退くと、
「っと。こんなコトしてる場合じゃないわ!」
踵を返して自陣の櫓の方へと駆け去って行った。
一方舞台上空では、鏡介の鋸を回避射撃で弾いた恭弥が櫓の方へと戻りかけたが、その途中で体を捻り、
「味方に当たってくれるなよ」
後方へ向けて3発連続で44リボルバーマグナムを発射。
その反動で、彼の体はまた鍵の方へと揺り返した。
「させるかぁ〜!」
鍵の手前にぶら下がったままの鏡介が、チェーンソウからドス黒い魔力の刃を伸ばし振り回す。
「腐ってもヴァニタスか‥‥」
拳銃を素早くヒヒイロカネに収納して片手を伸ばす恭弥だが、予想外にしぶとい鏡介の反撃を前に鍵の奪取を諦め櫓の方へ戻って行った。
マレカが櫓の上に戻ったとき、既に配下のトート・ナルは半分に減り、次々襲いかかる撃退士達を前に鏡介が孤軍奮闘していた。
彼が落ちれば、もはや鍵を奪われるのは時間の問題だ。
「どけっ! アタシが出る!」
ディアボロを押しのけたマレカは、ナイフを口にくわえ再びブランコを掴む。
それを見た白秋、続いて龍斗が櫓から飛び出した。
先に出た龍斗の目の前に、チェーンソウを振りかざす鏡介が立ちはだかる。
「無駄に鍛錬を積んでいるわけではない。堕ちろ」
呼吸を整えた古武術家の若者は、ヴァニタスが掴むブランコを狙い発勁を打ち込んだ。
「うおぉ!?」
衝撃で揺れるブランコから振り落とされまいと、鏡介は慌てて魔具を消して両手でしがみついた。
その一発のみで龍斗の体は櫓の方へ戻っていく。
入れ替わりに接近した白秋は中央でマレカとぶつかる形になった。
「‥‥マレカ嬢に萌えるために此処まで来たわけじゃねえんだよ」
「やかましい! 死にたいヤツはかかってきな!」
至近距離からのナイフと銃撃の応酬。
握り棒から手を放した白秋が落ちる。
「はっ! 口ほどにもな――え?」
勝ち誇って後方に戻るマレカの目に意外な光景が映った。
「久遠ヶ原一座がショウ、とくとお楽しみあれ、ってな――!」
転落したと見えた白秋が龍斗の足に掴まっている。
白秋の手にはいつしかアレスティングチェーンが握られていた。
両端に手錠の付いた鉄鎖の一方は龍斗のブランコに、もう一方は鏡介のブランコに掛けられている。
先刻、龍斗が一瞬の隙をついて取り付けたのだ。
互いに結ばれた2つのブランコは吊り橋の様に繋がれていた。
「さぁ、一緒に翔んで貰おうか」
疾風の如く鎖の上を駆けた龍斗が鏡介に烈風突きを見舞い、共に落下していく。
直後、鎖を伝って器用に悪魔側のブランコに乗り移った白秋は、子供達の命を握る鍵へと手を伸ばした。
「チェックメイトだ」
「‥‥くっ」
櫓へ戻るブランコの下で、マレカは悔しげに唇を噛んだ。
「寂しいねぇ、まだ帰んないでよぉマレカちゃぁんッ。まだうちと遊ぼうぜぇッ?」
「‥‥悪いけど気分じゃないの。また今度ね」
約束通り子供達を解放した後、なおも「誘い」をかける革帯に対し、マレカは長い髪をかき上げながら不機嫌そうに答えた。
自分で勝手に決めたルールで負けたのが業腹らしいが、ここで見苦しく暴れるのも悪魔のプライドが許さないのだろう。
「ほらアンタも、いつまで寝てんの? 帰るわよっ!」
舞台上で大の字にへばっている鏡介を乱暴に蹴飛ばし引き起こす。
「ウ〜ン‥‥あれ、終わったんスか?」
「ったく呑気ねぇ。‥‥ん?」
呆けた様に起き上がる鏡介のすぐ側に落ちた一枚の紙に、マレカは目を留めた。
『がだらずおこ』
紙にはただそれだけ書かれていた。
「何よコレ? あいつらが置いてったの?」
「みたいっスねぇ。暗号‥‥じゃないですか?」
「どういう意味よ?」
「‥‥さあ?」
悪魔の少女とそのヴァニタスは、きょとんとして顔を見合わせた。