「北方から大型ディアボロ1体が接近!」
見張りの友軍から通報を受け、学園から到着したばかりの撃退士達は11名のメンバーが揃ったところで街外れの農耕地に移動。既に住民も避難し廃屋同然となった民家に潜み、ディアボロ迎撃のため待機に入った。
「来て早々迎撃か‥‥」
窓から双眼鏡を覗き込み、「目標」の出現を待ち受けながら、リョウ(
ja0563)がぼそっと呟いた。
視界に広がる田んぼはもう少し経てば水が引かれ田植えの始まる季節である。
だが青森を中心に東北の至る所で冥魔軍の攻勢が始まった今、農家も田植えどころではなく、乾いた地面に雑草が生い茂る荒涼たる風景だけがあった。
「敵は一匹だが初見。気は抜けないな」
目撃されたディアボロはコードネーム「デスストーカー」と命名された新型。
外見はサソリに似た姿だという。
「蠍、ね。神話の英雄ですらも殺してしまう毒を持ってるというのだから侮れないわ」
新井司(
ja6034)はいにしえの伝説に思いを馳せていた。
剛勇無双の英雄がちっぽけなサソリ1匹に咬み殺されてしまうという有名な神話はある種の「寓意」とも取れるが、これから迎え撃つ魔獣は身の丈5mにも及ぶという怪物だ。
ならば立場は逆――と思い直し、持参のトマトジュースをぐっと飲み干す。
「――まあ、未だ英雄志願者でしか無いこの身。英雄に効く毒はまだ、回らないわ」
その傍らでは、近頃ネットにはまっているはぐれ悪魔のルーガ・スレイアー(
jb2600) が手にしたスマホを操作しツイートを入力している。
『小さなことからこつこつと、人助けのために頑張るなう( ´∀`)』
やはりはぐれ悪魔の霧谷レイラ(
jb4705)は初対戦となる敵のディアボロに興味を覚えていた。
デスストーカーを含め、今回の冥魔軍戦力にはこれまで姿を知られていない「新顔」が何種類か確認されているらしい。
「町への被害は‥‥ゼロにする‥‥けど‥‥、情報も‥‥集めよう‥‥!」
そのため、武器の他に持参のデジカメもスタンバイ状態にさせてある。
「ワふ、街の皆の負担を減らすため頑張りましょうっ!」
堕天のミリオール=アステローザ(
jb2746)はぐっと拳を握り、戦闘前からやる気充分。
戦闘に備え周辺の地形を一通り確認し終えた灰里(
jb0825)が扉を開け屋内に戻ってきた。
過去のトラウマから炎を嫌悪し、常に防火服を身にまとった彼女はそのまま壁に背を預け、じっと待ち続ける。
「悪魔、冥魔、天使‥‥違いなんて関係ない、敵対する奴らは一つ残らず狩り尽くす」
「ヒカリさんも来てたんだ。がんばろうね」
「うん。舞桜さんも気をつけてくださいね」
白沢 舞桜(
ja0254)に声をかけられ、湊ヒカリ(jz0099)は照れくさそうに赤面しつつもペコリと頭を下げた。
思えばおよそ1年前、まだ入学したてのヒカリをサポートする形で依頼に同行したのが2人の出会い。
(戦闘依頼は久しぶり、というかヒカリさんと初めてあったとき以来かぁ。足を引っ張らないようにしないと)
双眼鏡で監視を続けるリョウの視界に、地面から浮き上がるように出現する黒い影が映った。
透過能力で地面に潜行していたディアボロが、阻霊符の効果範囲に入りやむなく姿を現したのだろう。
「――来るぞ。準備は良いな。ここで食い止める」
囮役、及び正面攻撃を担当する撃退士達が素早く民家を出た。
「サソリに似ている」という事前情報どおり、ディアボロは左右4本ずつの節足に加えて2本の大爪を振り上げ、さらに尻尾の先端には禍々しい毒針が生えている。
本物のサソリとの違いは、下側から2本の角を生やしくわっと顎を開いた人とも獣ともつかぬおぞましい頭部、そして巨大な体躯。
見かけによらず動きが速い。8本の節足をワラワラ動かし、たちまち数百mの距離を詰めて撃退士達に迫ってきた。
「わぁ〜。でっけぇサソリだぉ」
幽樂 來鬼(
ja7445)が素直に驚きの声を上げた。
彼女の言葉どおり、改めて間近で見るとやはりでかい。
4千ccクラスのランドクルーザー並みの大きさはあろうか。
一直線へ街へと向かうデスストーカーの進路を阻む形で、撃退士達は半円を描くように展開した。
「これ以上は進ませられないな‥‥此処で食い止めるぞッ!」
志堂 龍実(
ja9408)は敵が射程圏に入ったところで氷晶霊符を放った。
氷を意味する呪言の書かれた霊符は龍実の手を離れた瞬間から氷の刃と化し、吸い込まれるようにディアボロの巨体へと命中。
タイミングを合わせ、リョウも黒雷槍を発動。
己のアウルの具現化たる黒い槍が実体化するなり、デスストーカーめがけて投擲した。
黒い雷をまとったアウルの槍がディアボロの硬そうな甲殻を穿ち貫く。
怒ったような咆吼と共にハサミ状の大爪を振り上げた魔獣は、そこでピタリと動きを止めた。
黒雷槍の付与効果により体が麻痺したようだ。
その機を逃さず、撃退士達はさらに距離を詰める。
まずは龍実、そしてレイラの2名が囮班として正面から肉迫。
魔具を愛用の双剣ホワイトナイト・ツインエッジに持ち替え、龍実はディアボロの頭部を狙い斬りつけた。
「ほら、自分はこっちだ!」
闇の翼で舞い上がったレイラは片手のデジカメで怪物を撮影しつつ、もう片手から炸裂符を放つ。
双剣の斬撃、霊符の爆発と立て続けの攻撃がディアボロの巨体が揺らす。
ようやく麻痺が解けた大サソリは囮班にハサミを向けて襲いかかった。
計画通り、奴の進路を街から逸らすことに成功したのだ。
すかさずリョウ、舞桜、來鬼、そしてヒカリが正面に回り込み、囮班と連携しつつ敵の足止めを図った。
巨大なハサミが左右から振り下ろされ、さらには毒針の尻尾が長く伸びて撃退士達を狙う。
「図体の割には手数が多い。みんな油断するな」
リョウは真っ先に「蒙昧」の魔法を行使した。
攻撃と同時に大サソリの頭部をアウルの霞が包み込み、敵の狙いを鈍らせる。
「ここから先は行かせないよ〜!」
間一髪でハサミの下をかいくぐった舞桜が敵の節足を狙いメタルレガースの蹴撃を加えた。
「足止めしてそのまま倒れてくれれば楽なのになぁ」
呑気にぼやきつつも、來鬼は慎重に間合いを取り、カレンデュラの杖からアウルのナイフを撃ち込む。
「わぁっ!?」
運悪く毒針の攻撃を受けたヒカリが、短く悲鳴を上げた。
「‥‥この腐れサソリがぁ!」
目の前で仲間を傷つけられた來鬼の表情が一変、鬼の様な形相でディアボロを睨む。
「まずは動きを鈍らせろ。逃がさず倒すぞ」
リョウは冷静に敵の動きを読みながら、片側の節足を集中的に攻撃するよう仲間達に指示した。
正面班・囮班はデスストーカーの注意を引きつけつつ、最初隠れていた民家の方向へと敵を誘導していった。
「‥‥来ましたね」
麻倉 弥生(
jb4836)を始め、残り5名の撃退士達は息を殺しつつ、民家の陰でじっと機会を窺っていた。
ディアボロの隙をつき、側面から接近して奇襲攻撃をかけるのが彼らの役目だ。
『久々まじめなう(`・ω・´)シャキーン』
ルーガがスマホにツイートを打ち込む。
見れば、大サソリは正面の撃退士達への攻撃にすっかり気を取られ、側面への警戒は明らかに散漫となっている。
(待ち伏せなんて英雄に相応しい戦法じゃないけど、相手が相手だけにやむを得ないわね)
チャンスと見た司は脚部にアウルを集中、天をも踏破する爆発的なダッシュで一気に間合いを詰めた。
「蠍を模しているのなら‥‥!」
移動時の余勢を駆って腹部裏側、一般的なサソリが書肺を持つ部位を狙い、絶氷の一撃を繰り出す。
デスストーカーがモデルのサソリと同じ位置に肺を持っているかは不明だが、命中した1点から全身に広がる衝撃により、ディアボロの巨体は凍り付いたように動きを止めた。
(始まった‥‥悟られる前に、一気に駆け抜ける‥‥)
司が駆け出すのとほぼ同時に、灰里はハイドアンドシークで気配を消し、デスストーカーの後方、尻尾を狙える位置へと回り込んでいた。
敵の最大の武器と思われる尻尾の毒針は、瞬間的に伸びてくるだけに正面からの破壊は難しい。
だが灰里はナイトウォーカーの本領を発揮して忍び寄ると、司の絶氷でスタン状態に陥ったディアボロの尻尾の付け根付近を狙い、戦斧エクスキューショナーを振り下ろした。
「ザクッ」という確かな手応え。
魔獣が再び動き出す前に、すかさず後退して距離を取る。
その間、ルーガは闇の翼で浮上しディアボロの上空に位置取っていた。
滅光で己のカオスレートをプラスに転じ、同じく上空に飛翔したミリオールに射線から退避するよう合図を送り。
「そーれ、どーんとなー!」
眼下の大サソリめがけ封砲の一撃をお見舞いした。
スタン状態が解けて動き始めたデスストーカーが、出鼻を挫かれたように苦しげな唸りを上げる。
「このチャンス、見逃しませんワっ!」
ミリオールが高度を下げた。
彼女の掌から黒く煌めく触手――「変星の第一腕」が伸び、甲羅の継ぎ目付近を差し貫いた。
「石化」の効果を受け、ディアボロの巨体がまたもや固まる。
地上では敵側面に近づいた弥生が暁天珠を掲げた。
「サソリなだけあって脚が多いですね‥‥」
数珠に似た法具から茜色の刃が長く伸びるや、正面班の攻撃でダメージを受けた片側の節足を薙ぎ払うように斬る。
デスストーカーの口から甲高い咆吼が響いた。
石化の呪縛から解き放たれた怪物が再び動き出す。
正面の撃退士へは大爪を、側面や上空の撃退士に対しては尻尾を振り回し盛んに反撃してくる。
これだけの攻撃を受けながら未だ余力を残しているとはとんだ化け物であるが、出現時に比べるとその歩みはぎこちなく、また尻尾の動きも見るからに鈍っていた。
「これだけデカいのなら死角も多い筈だ。交替で回り込んで撹乱するぞ!」
リョウの言葉を受け、近接戦を得意とする撃退士たちが入れ替わり立ち替わりの波状攻撃を開始した。
手負いとはいえ取り逃せば必ずや一般人に害を及ぼす。
ここで一気に殲滅するのだ。
「いい加減に‥‥止まれぇ!!」
魔具をバタフライアクスに持ち替えた舞桜が、アウルの燃焼で加速した一撃を関節部に叩き込む。
「‥‥ッ! やらせるかッ!」
力ずくで包囲網の突破を図るディアボロを阻むため、龍実は白銀の双剣を振るった。
司は敵の大爪や尻尾の挙動を注視し、危険とみた仲間に警告を発する。
「下がって! 来るわよ!」
仲間の退避が間に合わないようなら、自ら飛燕の衝撃波を飛ばしハサミや毒針を弾いて狙いを逸らした。
ディアボロの突進に気付いた來鬼はいったん後退、
「さっさと潰れろよ♪」
鋭く敵を睨みつつアクアリウムをかざす。
魔法書から飛び出した魚型の光が宙を泳ぎ、大サソリの頭部に突き刺さる。
上空に留まったルーガは、尻尾や大爪などデスストーカー特有の動きを観察しつつ、特徴的なパターンに気付けばスマホで地上の仲間達にも通報した。
「‥‥こいつらとまた戦うときに役立ちそうなんだぞー」
そして自らも2発目の封砲を発射。
「これぞ必殺びびびーむ!」
上空からの砲撃にたじろぐ大サソリの背後に、再度灰里が忍び寄った。
「‥‥断つ」
やはり尻尾の付け根付近を狙ったエクスキューショナーの斬撃。
ヘルゴートで威力を増した一撃に、3分の1くらいまで断ち切られた長大な尻尾がグラリと揺れた。
ここぞとばかりに撃退士たちが尻尾の付け根へ攻撃を集中する一方、レイラは上空からデスストーカーの頭部や目など各所を攻撃し、脆弱そうな部位を探る。
「これはどうかな」
どうやら大爪の付け根付近が脆そうだ。
「弱点発見♪」
デジカメでズームイン撮影の後、武器をフォトンアックスに持ち替えると高度を下げて肉迫攻撃を敢行する。
尻尾、そして左右の大爪の根元にダメージが蓄積してきたらしく、デスストーカーの攻撃も見るからに弱々しいものとなっていた。
敵の機動力を充分削いだと判断した弥生は、目標を尻尾へと変更した。
「毒針さえどうにか出来ればあとは‥‥」
「変星の第一腕」を使い切ったミリオールはスキルを「百尾彗星」に切り替えた。
彼女の手にした剣が青白い光をまとい、彗星を思わせる残光を引いてなおも尻尾の付け根に食い込む。
巨大な尻尾がついに断ち切られ、鈍い音を立てて大地に落ちた。
「――その鋏、貰い受ける!」
敵の注意を引きつけるべく専ら頭部を攻撃していたリョウも、勝機と見てミリオールが発見した弱点、大爪の付け根を狙いセイクリッドスピアの重当でピンポイント攻撃を仕掛けた。
(潰れろ。砕けろ。そのまま、狩られろ‥‥!)
「反省しなくていいですよ? 生まれ変わってやりなおしなさい」
灰里や弥生、他の撃退士達もリョウと同じ場所へ攻撃を集中した。
左右の大爪が、相次いでボトリと地面に落ちる。
全ての武器を失うと同時に、デスストーカー自体もまた力尽きたように動きを止め、ズンッ‥‥と大地に這いつくばって息絶えた。
戦闘終了後、撃退士達は二手に分かれ、一方は周囲の警戒、もう一方はデスストーカーの死骸の調査にあたった。
「こんなのが大量に居るなんて、青森も難儀なことになりそうね‥‥」
負傷した仲間に応急手当を施しながら、司がため息をつく。
「‥‥一匹でこれだからな。群で襲ってきたらと思うとぞっとする」
リョウも憮然とした顔で同意した。
単体では弱点も多い敵といえ、奴の大群と戦う場面を想像すれば、その脅威は決して侮れない。
「本来ならば集団での運用を想定したディアボロ‥‥人類の兵器でいえば突撃砲といったところか」
(ここでの作戦は始まったばかり‥‥だから、蠍だけで満足なんてするものか。冥魔共め、こいつと同じように潰してやる‥‥)
灰里は無言のまま、険しい表情でディアボロの亡骸を睨んでいた。
「とにかく、みんな無事でよかったよね♪ ‥‥あいたた」
來鬼は笑いながらも両手で頭を押さえている。
戦闘によるダメージではなく、アウル覚醒時の「後遺症」らしき激しい頭痛が彼女を悩ませているのだ。
「大丈夫? 他に痛いところない?」
舞桜はヒカリのケガに包帯を巻いてやりながら話かけていた。
「うん、もう平気。久しぶりの戦闘依頼でちょっと無理しちゃったかな? あはは」
既に毒のダメージも回復したヒカリが苦笑い。
「一体でこの強さは、やっかいだね」
「そうだね。‥‥でもきっと大丈夫だよ。ボクらだって1人じゃないんだから」
ヒカリの言葉に、舞桜はにっこり笑って頷いた。
<了>