●久遠ヶ原学園〜高等部校舎の廊下
「どうやら燃え尽き症候群っぽいのです」
綿谷つばさ(jz0022)から事情を聞いた生徒達の一人、Rehni Nam(
ja5283)(レフニー・ナム)が推測した。
「不安を取り除いて、新しい目的を見つけて、自立出来る様にしてあげたいのですよ。そうすればアライシさんから離れるでしょうし」
「神を名乗るか‥‥神を流派の名に刻む身としては、是非手合わせ願いたいところだが‥‥」
代々一子相伝の古武術「中津荒神流」継承者・中津 謳華(
ja4212)としては、自ら「真の神」を名乗る男・ゴッド荒石に興味があるようだ。
「嘘か本気かは知らないが、人でありながら神を僭称する者は捨て置けないな」
カトリックの神父でもある皇 夜空(
ja7624)も、今回の依頼に際して何か思うところがある様子。
「まあまずは穏便に行こう。別にそのゴッドとかいう男が唆したわけでもなさそうだし」
仲間達に冷静さを促すのは大炊御門 菫(
ja0436)。
「またゴッドさんってば。悪い人じゃないのはわかるんだけど‥‥」
以前に別依頼でゴッドと面識のある地領院 夢(
jb0762)は頭を抱えたい気分だ。
確かにゴッド本人に悪意はない。
あるのはただ己が「真の神にして救世主」という強烈な勘違いだけで。
「不安は誰にでもあるよ。でも、その不安は結局彼女だけのもの‥‥口に出したりお話聞いて楽な気持ちになってくれるといいなっ」
「このまま放ってはおけませんね」
アステリア・ヴェルトール(
jb3216)は考え込む。
彼女ははぐれ悪魔であり、ラルセリアとは種族も人間界に来た経緯も異なる。
だがそんな違いとは関係なく、命の危険を冒してまで天界に離反し同じ学園の「仲間」となった堕天の少女には幸せになって欲しかった。
「折角自分の意志で道を決めたのに、これじゃあ何も変わらないよ」
やはりはぐれ悪魔の蒸姫 ギア(
jb4049)が少し怒った面持ちでいう。
だがすぐ照れくさそうに、
「‥‥って、別にギア、あの天使の事心配してやってるわけじゃないんだからなっ」
「何にせよ、本人達とお話してみないと」
「OK。これから2人の居場所に案内するよ」
レフニーの言葉に頷くと、つばさは歩き始めた。
●神を名乗る男
つばさの案内で一同が向かった先は、高等部校舎内のとある一室。
少し前にゴッドが「人生相談クラブ」を立ち上げた際に申請し、部室として割り当てられた部屋だ。
つばさがドアをノックすると、すぐに開いて高等部制服姿の女子生徒が顔を出した。
「あら? あなたは‥‥」
「こんちは! 実はこの人達が、ぜひゴッドの話を聞いてみたいってゆーからさ♪」
「まあ! 歓迎します。さ、どうぞ」
嬉々としたラルセリアに促され、部屋の中へ踏み行ると――。
カーテンを閉め切られた室内は昼なお暗く、代わって燭台の蝋燭が周囲を妖しく照らし出している。
部屋の奥には巨大な曼荼羅の屏風が広げられ、壁際には何処かのリサイクルショップで買い漁ったらしい古今東西の宗教グッズがずらりと飾られていた。
どうやら「神殿」らしい雰囲気を狙ったらしいが、むしろ「お化け屋敷」と形容するのが相応しい。
ラルセリアは床にひざまづき、祈るように手を組んだ。
「荒石様、新たな入信希望者です」
「フ‥‥そうか」
これも中古品らしいシングルソファにふんぞり返った異形の大男が、実に尊大な態度でニヤリと笑った。
その顔を見た瞬間、ギアはとっさに呪符を召喚。
「‥‥ディアボロ! 人界のこんな所でまで騒ぎを‥‥」
「違うよ蒸姫ちゃん。こいつがゴッド荒石」
つばさに止められ、
「ギア、ちゃんと知ってた、知ってたんだからなっ」
赤面してそっぽを向く。
(これは‥‥どちらの目を覚まさせればいい?)
菫も言葉を失って立ち尽くした。
ゴッドが1人で相談室を運営していた頃は机と椅子だけの殺風景な部屋だったというから、今の状況はラルセリアのコーディネートだろう。彼女自身は信者として全力を以て尽くし(たつもり)、当のゴッドは煽てられてすっかり生き神様気取り。
まさに負の連鎖。このまま放置しておけば2人してますます「向こう側」の世界にのめりこみ、いずれ学園で生活していくことすら難しくなってしまうだろう。
「お二人共、ちょっと宜しいです?」
まずはレフニーがゴッドの前に進み出ると、スキル「異界認識」を発動。
「レフニー・アイ!」
当然ながらゴッドの気配は人間。
「彼は天魔ではないのです」
ラルセリアに振り返り、レフニーは告げた。
「つまり、人間! こんなに人間に見えない外見でも、実は人間だったんだよー!」
\な、何だってー!?/ΩΩΩ
「当然でしょう? このお方は神なのですから」
「いいえ。本当に神様だったら見分けられないのですよ?」
「ええと‥‥」
一瞬言葉に詰まるラルセリアだが。
「神は全能です! きっと自らの気配を封印して人間を装っているのです!」
(こ、これは思いの外難物なのです‥‥!)
レフニーはいったん仲間達の元へ引き返しひそひそ密談、次なる行動へと移った。
代わって夢がゴッドの前に立つ。
「私の事覚えてますか? あの時は有難う御座いましたっ」
「貴様はいつぞやの‥‥健勝そうで何よりだな」
「神? はっ、神如きが図に乗るなよ。俺を誰だと思ってやがる」
あまりに偉そうなゴッドの態度が癇に障ったか、赤坂白秋(
ja7030)もずいっと前に出た。
「何者だ?」
「赤坂白秋。久遠ヶ原学園一の――イケメンだ」
\イッケメーン!/
「きさ‥‥あなたが救世についてどう考えているか少々話をしたい。いいかな?」
続いて菫が口を開く。
「ほう? よかろう」
その間、レフニーがつんつんラルセリアの袖を引く。
「入信する前に、まずは会員目線でゴッドさんのお話を聞きたいのです」
「え? でも私は‥‥」
「ほら、信者の行動を見守る心の広さを見せないとっ」
夢からこそっと耳打ちされ、ゴッドも「うむ」と応じた。
「行ってやれ」
「はあ‥‥」
ゴッドとラルセリアを引き離し、個別に説得しようという計画である。
ラルセリア説得班が彼女を廊下へと連れ出し、他のメンバーはゴッドを取り巻くようにして残った。
「問う、何をもってお前は神を示す」
問答の口火を切ったのは夜空。
「俺様は神だ。これぞ真理!」
「人間は自分を悪だと認識している。だがその悪性を指摘されたくない。自分は悪で無いと認めたくは無いからだ。故に、人は人を罰するために『神』を生み出したのだ」
「んん〜?」
「神々は人間を救わない。人々の理想によって性格を得た神は、人間の望み通り人間を悪として扱う。神は人間への究極の罰だ。これがカトリックとして全ての宗教と戦った俺の結論だ。完全な神は『存在してはいけない』のだ」
「フ‥‥分かっておらぬな」
余裕の笑みを浮かべるゴッド。まあBAKAだけに夜空の言葉の何%まで理解できたか定かでないが。
「‥‥少し、荒療治が必要だな。神を名乗る男の実力を見極めさせて貰おうか?」
「待て、熱くなりすぎるな」
闘志満々で進み出た謳華を、菫が目で制する。
「やめといた方がいいぞ〜」
横からつばさも忠告した。
「こいつすっごく弱いから。こないだなんか、初等部の新入生にボコられてあたしンところへ泣きついてきたんだぞ?」
「そんなに弱かったのか‥‥」
呆れ果てた謳華はそれきりゴッドへの興味を無くし、ラルセリア説得に加わるべく廊下に去った。
何となく間の抜けた沈黙が室内に漂う。
「皆の心を救う為に行動するのはいいが‥‥こういう方法は感心しない」
菫が再び話しかけた。
「私達が授けられた力を振るうのは皆を守る為だ。こんな所で燻らせておくのは勿体無い」
話しながら、さりげなくスキルを発動。
対象の心の奥底に眠る「誰かを助けたい」という気持ちを揺さぶり、呼び起こす。
「ふむ。言われてみれば‥‥最近、人生相談の方をしばらく休んでいたな」
顎に手を当て、ゴッドが首を捻った。
正気に返った――かどうかはともかく、ラルセリアに煽てられ舞い上がっていた気分は抜けつつあるようだ。
(いったいどちらが洗脳されてたのやら‥‥)
軽い頭痛を覚え、菫はこめかみを押さえた。
●迷える天使に贈る言葉
廊下の外では、早速謳華がラルセリアを論破にかかっていた。
「会話できるディアボロが神? つまらん! そんな論法があるならば、俺は過去の依頼で神を二柱同時に相手にし、屠っている」
「そ、そうなんですか?」
「確かに殆どのディアボロは人語など喋らん。だがそれは奴らを創り出す悪魔の都合であって、例外も存在するということだ」
「でもレフニーさんによれば荒石様は天魔でないと‥‥ええっ? ではあの方は本当に人間!?」
自身の三段論法を呆気なく破られ、困惑するラルセリア。
「そして何より気に食わんのは、ようやく手にした自由を再び誰かに明け渡そうとするその姿勢だ。それでは天界で上の言葉に従って生きていた頃と変わらんのではないか?」
「それは‥‥」
「ところで顔色が悪いのですよ。食事はとってますか?」
堕天の少女を気遣うように、レフニーが問いかけた。
「悩みは本当に解決してますか? 人に悩みを預けても心が軽くなった気がするだけ。心労が顔に出ているのです」
「そんなこと‥‥ないです」
「いいえ、嘘です! 貴女の笑顔は眼が笑っていません! それは悩みが解決していない証拠!」
ラルセリアはビクっと身を竦めた。
「貴女の悩みを告げなさい。心の内を全て晒しなさい‥‥そして弱さを受け入れなさい。貴女はまだ何者でもない。迷惑を掛けて良いのです。貢献はまだなくても良いのです」
「でも私は‥‥」
「さっき名乗ったが、俺は赤坂白秋。大学部の四年だ。あんたの名前は?」
「ラ、ラルセリアです」
「神様がいたら何をお願いしたい? 俺はな、戦争を止めてくれって言いたい。撃退士として天魔と戦うさなか、人が死ぬところを何度も見て来た。もう見たくねえんだよ、死なせたくねえんだよ」
「私もそう思います! もう誰かを殺すのも殺されるのも嫌で、天界を――」
「今まさに天魔に殺されようという瞬間、神様に祈らなかった奴が、一人もいなかったと思うか? 生きたいと、助けて下さいと彼らは願った筈なんだ」
「‥‥」
「別にな、ゴッドが神様ならそれで良いんだ。でもあのザマで世界を救えるのか? 世界を救うのは神様なのか? 神様が救えなかったら、誰が救ってくれる? この世界を、この学園を、あんたのクラスメイトを」
「そ、それは」
「あんたが救えば良い」
「!?」
「でも天魔は強い。一人じゃ勝てねえ。仲間が、友達が必要だ」
「‥‥仲間‥‥」
「その時は俺も助ける。同じ学園の仲間だからな‥‥だから、なあ、ラルセリア」
すっと歩み寄り、肩に手を置くと。
「お友達になりましょう」
ナンパモードに入った白秋を他のメンバーがさりげなく引き離す間に。
「はじめまして。私はアステリア・ヴェルトールと申します。よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
「単刀直入ですが、他に神を求めるのは止めた方が良いかと思います。まず第一に、人の世の神は人を救いません。何故ならそれは、人が生み出した存在であるからです」
「‥‥」
「そしてそれに救いを求めるのは、思考の放棄と同義です。だって、自分の信仰するそれが自分を救ってくれると思っているのですから」
「で、でも、今のままじゃ私は――」
「迷っていても良いではありませんか。それは悪い事ではありません。他に自分を委ねるよりも、自分の意志で見出した方が、貴女の価値になる筈です」
アステリアは優しく微笑んだ。
「それでも、もし迷うと言うのであれば――ラルセリアさん。私と友達になりましょう」
「友達に? 私と?」
はぐれ悪魔の少女は堕天の手を取り、こっくり頷いた。
「貴女が信じるべきと思う物が。そして貴女の迷いが晴れるよう、一緒に探してあげます」
「ギアも学園に来てまだ二ヶ月位だから、気持ち分かる事もあるかと思って‥‥人界にはもっと長く居るけど」
「私なんか、人界のことはまだ何にも‥‥」
ラルセリアの表情を見て、ギアには見当がついた。
彼女の悩みの源は人界の事を知らない不安、新たな人生を歩み始める事への不安なのだと。
「ギアも未だに人界の事は良くわからない‥‥でも、夢とか色んな人が教えてくれるし、知らない事が分かるのは面白いって思う、そう考えてみるのはどうかな?」
「そう‥‥ですね」
「ラルセリアが今してる事、上の言う事に従ってた天界の頃と結局何も変わってない、本当にそれでいいの? 離反の決断が出来たんだ、もう誰かに依存しなくてもやっていけるよ」
「1人で‥‥できるでしょうか?」
「もしこれからも、分かんない事や不安あったら、ここに連絡くれたら、ギアも力になるから」
にこっと笑い、携帯の番号を教えるギア。
「‥‥べっ、別に変な意味じゃないんだからなっ」
慌ててそっぽを向くギアの姿に、ラルセリアもクスリと笑う。
「貴女はこれから学ぶ。全てはそれから‥‥少しは悩み、晴れたです?」
レフニーが再び尋ねる。
「はい‥‥私、ちょっと焦りすぎてたようです」
涙ぐみながらも、ラルセリアはにっこり笑った。
「そういうわけで、短い間ですが、お世話になりました」
「そうか‥‥ならば止めはすまい。貴様の幸いを祈ろう」
ラルセリアに別れの挨拶をされ、ゴッドも鷹揚に頷いた。
「さすがゴッドさん! 寛大ですねー」
夢に煽てられ、ゴッドは上機嫌で天井を仰ぐ。
「フッ。また1人、迷える子羊を救ったか‥‥」
「おまえは何にもしてないだろーっ!?」
つばさに椅子ごと蹴倒され、男は「ぐきゅう」と唸って気絶した。
「要するに新しい世界への不安感、信じる物の無さを不安としているのか? なら、恐れることはない」
とりあえずゴッドのことはスルー、夜空がラルセリアに語りかける。
「常に道なら開かれている。俺は道は、時間だと考えている」
「時間‥‥ですか?」
「時間はどんな行動をしても無情に過ぎてゆく。その『時間』を、君はどう飾り立てるかだ。その道を信じる事に何ひとつ恐れるな、君はもう救われている」
(神を否定しながら神父として道を説く‥‥か)
己の矛盾に内心苦笑しつつも、夜空は言葉を続ける。
「それでもまた不安になったら俺のところにおいで。君の道は君の物だ、俺が指し示すことはできない。でも、懐中電灯で足元を照らす事ぐらいなら出来るから」
「はい! その時は、よろしくお願いしますね」
ペコリと頭を下げるラルセリア。
「不安は自分を変えるいい切っ掛けだ。学校はしたい事を見つける場でもある。そして交友を広げる場でもある」
そういって、菫はラルセリアの肩を気さくに叩いた。
「気の合う仲間と共に何でもするといい。この学園にはそういう事が好きな者が集まってる」
もちろん菫自身もその1人。
彼女にとって、ラルセリアは既に「友達」なのだから。