●Round−1
地元警察により一般人の立ち入りが厳重に規制された市民公園内。
時刻は19時を回り、周囲は既に夜の帳が降りている。
ディアボロ出現の噂は既に市民にも知れ渡り、わざわざ警察が規制するまでもなく、園内に近づこうとする者はいなかった。
公園の中央広場に設置された街灯の明りが、ただ久遠ヶ原学園から派遣されてきた撃退士たちの姿だけを照らし出す。
彼らは既に戦闘準備を整え、あとは通称「ねこレスラー」と呼ばれる相手の出現を待つばかりだった。
「なんでこんな無駄にファイティングスピリッツに溢れたディアボロなんだろう‥‥」
ストレッチで体をほぐしつつ、黒瓜 ソラ(
ja4311)は不可解そうに首を傾げた。
先に派遣され返り討ちに遭った撃退士グループの報告書によれば、敵ディアボロの戦闘パターンはまさにTVで見たプロレスラーそのものであったという。
「ねこ頭なのが気になるけど‥‥ともかく、倒さないとね‥‥っと!」
「ふふ、レスラー相手の依頼なんて、燃えてきますわね。わたくしもプロレスを嗜む者として、負けていられませんわ!」
フランシスカ・フランクリン(
ja0163)は、逆に敵の情報を知ってから大いに闘志を燃やしていた。
人型の天魔出現記録は少なくないが、本当に人間の挌闘技だけを武器とする個体など、さすがに前例を捜すのは難しいだろう。
「まぁ、良く分からない相手ではありますが正面から来るというのは好感が持てます」
阿修羅らしく近接戦を好む戸次 隆道(
ja0550)も、フランシスカと同意見だった。
「こちらも正面から当たり、叩き潰しましょう。それが礼儀です」
「一人の戦士として、猫人間と戦って勝利したいですの」
やや緊張気味にいう宅間 谷姫(
ja1407)は、女性ながら筋肉質のアスリーター体型だ。
「今回がわらわの初めての依頼。不慣れな所もあるかもしれないけど、全力を尽くして頑張りたいですの」
「ねこレスラー? なんとおかしな相手だ!!! しかもプロレスの技を使うらしい。こんな愉快な連中を大勢で倒すなんてもったいない! 日頃の鍛錬の成果を計るべく、一対一で勝負だ!」
得物の打刀をブンとひと振りし、沖田 隼人(
ja2215)が不敵に笑う。
「接近戦は好きじゃないけど、俺、熱い戦いは結構好きなんだよね」
氷姫宮 紫苑(
ja4360)はこれから始まるであろう戦いに血湧き肉躍る気分だった。
「ちょうどいい機会だから、接近戦をメインとした相手との戦い方を覚えておこうかな?」
ただひとつ、猫好きの紫苑としては相手が「ねこレスラー」というのが少々面白くなかったが。
「とりあえず、奴さんが現れる前にプロレスのことを教えてくれんかの?」
大太刀を携えた六角 結次(
ja2382)が、フランシスカに尋ねる。
名前くらいは知っているが、彼は今までプロレス番組など視たことがなかったのだ。
「そうですわね‥‥参考までに、皆様にもプロレスのルールを簡単にご説明しておきますわ」
フランシスカのレクチャーに、しばし一同が耳を傾ける。
「ん‥‥? ん、おう‥‥わかった!」
とりあえずニュアンス程度は理解した――そんな面持ちで結次が頷く。
「待てよ? 例のディアボロは相手のギブアップを無視したって聞きますよ? それに自分たちは武器持ってるし」
「ええ、ですからこれはプロレスといっても事実上の異種格闘戦。しかもどちらかが倒れるまで戦うデスマッチということになりますわね」
紫苑の疑問にフランシスカが答えた。
「魔具の装備は仕方ないでしょう。これがなければ俺たちは天魔にダメージを与えられませんから」
己の片手にはめた鉤爪を差し上げ、隆道がいう。
「よかよか! 要はルール付きん喧嘩のようなもんじゃろ」
「そんなところですわね。元より相手はルール無用のディアボロですし、今のはあくまで参考知識と考えて頂いて構いませんわ」
闇の奥から抜け出すように、黒い人影が近づいてくる。
撃退士たちの間に一瞬緊張が走るも、それが忍装束に身を包んだ三瀬 無銘(
ja1969)と気づき、ほっと溜息を洩らす。
「待たせてすまない。ちょっと準備していた‥‥」
「準備?」
「奴らが出てきやすいようにな」
忍装束から覗く赤い瞳が、フランシスカを横目に見た。
「俺はプロレスなど、知らんからな‥‥熱い戦いは、期待するな」
「結構ですわ。要は、各々が好みのスタイルで戦うまでのことですから」
そういう彼女自身は、装着したメタルレガースだけを頼りに、あくまでプロレス・スタイルで戦う決意を固めている。
●Round−2
時刻は19時半を過ぎたが、まだ敵は現れない。
「遅いなあ‥‥これじゃせっかくウォーミングアップした体が冷えちゃいますよ」
「猫は気まぐれですからねえ」
不満を洩らすソラに、紫苑がいう。
「ではおびき出してやろう」
無銘はそういうなり、しゃがみ込んで足元にある導火線にライターで火を点けた。
地面の上をシュシュシュ――と音を上げて小さな炎が走る。
数秒後、立て続けに派手な破裂音が響き、辺り一面を五色の煙が包み込んだ。
「な、何だ!?」
「コンビニで買ったスモーク花火だ」
無銘はやはりコンビニで買った小型スピーカにスマートフォンを繋ぎ、即席のオーディオでBGMを流す。
曲はその昔「燃える闘魂」の二つ名で一世を風靡した某有名レスラーのテーマ曲。
「詳しくは知らんが――人から聞いた話によれば、選手入場の時はこんなイメージだろう? これでテンションが上がるといいな」
「良いですわね。わたくしもいよいよ熱くなってまいりましたわ」
フランシスカの言葉が終わるか終わらないかのうち。
『ニャオォーーーーン!!』
焚き込められたスモークの奥より、妙に可愛らしい雄叫びと共に、片手の拳を高々振り上げながら3つの大柄な人影が現れた。
(まさか、本当に出てくるとは‥‥)
撃退士一同は半ば驚き、半ば呆れたようにディアボロたちを見つめた。
「なんじゃあれは、まこっに人のびんたに猫がつっついとうわ!」
街灯の照明で露わになったねこレスラーたちの姿を見るなり、結次が豪快に笑い飛ばした。
その言葉通り、敵は筋骨隆々としたレスラーの肩の上に、ちんまりと虎縞子猫の頭が乗っかっているのだ。
収まらないのは、猫好きの紫苑である。
「その体格と格好で猫の顔とか、冒涜にもほどがある! 猫に謝れ! 今すぐに!!」
怒鳴ったところでねこレスラーは聞く耳持たない。聞いたところで、紫苑の言葉を理解するだけの知能があるかも疑わしいが。
撃退士たちの方に近づきながらも、すぐには襲いかからず、時折いもしない観客に向けてマッスルポーズでアピールしていたりする。
過去の報告では出会い頭の不意打ちが多いねこレスラーだが、どうやら無銘の仕掛けた演出により、肉体に残ったプロレスラーの本能が多少は目覚めたらしい。
その分厚い胸板には、刺青のように1、2、3とナンバーが振られている。
撃退士側も、予め打ち合わせた班別に素早く布陣した。
・対1号:隆道、谷姫、紫苑
・対2号:フランシスカ、ソラ
・対3号:隼人、結次
・フリー:無銘
1対2〜3のハンディキャップ・マッチだが、基本は1対1で、試合権を持たない者は声援や、他の敵が乱入した際の制止役。
また無銘は特に目標を定めず、味方の要請があったときの援護、もしくはねこレスラー側が逃亡を図った際に退路を断つ役目を担当していた。
●Round−3
一番手の隆道が鉤爪を構えて一歩踏み出すと、ねこレスラー1号はキックボクサー風の構えを取り、牽制するように鋭いミドルキックを放ってきた。
(報告書どおり、この1号はプロレスというより総合格闘家に近いスタイルですね‥‥)
敵のキックをかわすと、隆道もまた牽制のパンチを繰り出しつつ接近。
「さあ、両者早くも打撃の応酬! おーっと! 戸次選手、敵のタックルを膝蹴りでガードだ!」
とりあえず順番待ちの紫苑が、玩具のマイクを片手に熱い実況を開始した。
タックルを阻まれた1号は再びキックを繰り出す。
隆道はあえてこれを受け、ダメージに耐えつつ敵の足と体をつかむや、そのまま大きく仰け反って後方へ投げ捨てた。
地面に叩きつけられた1号めがけバックブロー気味に鉤爪を振り下ろすが、これは惜しくも避けられる。
「ははっ、強い‥‥だからこそ、負けられない!」
隆道はにやっと笑い後退すると、背後で待つ谷姫にタッチした。
再びファイティングポーズに戻る1号に対し、谷姫は全体重を乗せて突進しショートスピアの刺突を加える。
一度はぐらつく1号だが、「まだまだ!」と言いたげにマッスルポーズを決めてくる。
「おー、宅間選手もマッスルポーズだ! 互いに肉体美を競っている! これは面白い展開になってきたーッ!」
「この『ランペイジ・プリンセス』と勝負ですわ!」
フランシスカは自らレスラーとしてのキャッチコピーを名乗って2号を挑発。
『ニャニャ?』
2号は不思議そうに首を傾げるが、すぐに逞しい両腕を広げ、力比べを挑むかのように迫ってきた。
「望むところですわ!」
フランシスカも同様に両腕を広げ、ガシッと両者が左右の掌を組み合い、互いに押し合いを始める。
ギリギリギリ‥‥。
「緒戦からのパワー合戦、両者一歩も譲らないぞ! おっとフランクリン選手、いきなり身を退いた! 体勢を崩した2号に至近距離からドロップキックのお見舞いだーッ!!」
堪らず後方へ吹っ飛んだ2号が頭を振って立ち上がる間に、素早くソラへとタッチするフランシスカ。
「お任せ下さい! ‥‥いくぞ!」
ソラの武器はピストル。従って、直接は組まず銃撃による攻撃が主体となる。
(クール&ファイア――敵が熱血ならあえて冷静に、そう氷の如く)
力任せに両腕を振り回す2号の攻撃をサイドステップ、バックステップでかわしつつ、立て続けにトリガーを引く。
射撃手相手に手を焼いた2号が諦めて他の撃退士に向かおうとした時は、
「おーにさーんこーちらっ♪」
手を叩いて挑発すると、すぐ引き返してきた。
的がでかいだけに当てやすいが、子猫の顔だけはさすがに撃つに忍びなかった。
「あ”ーー! 狙いづらい!」
後方数メートルから大きくジャンプしてきた3号に対し、打刀を構えた隼人が一番手として飛び出す。
「最初に闘うのは俺だ!」
叫ぶなり、着地寸前の2号の足を打刀で払う。
仰向けに転倒する2号だが、背筋のバネを利かせて瞬時に立ち上がる。
さらに踏み込んで二の太刀、三の太刀を浴びせる隼人。
このまま一気に勝負を着けるつもりだったが、敵もさる者、やがて左右へ巧みにジャンプして隼人の刀をよけ始めた。
不意に後方へ飛んで間合いを取り、フライング・クロスチョップを仕掛けてくる敵の肉弾攻撃を、隼人は咄嗟に上げたブロンズシールドで防ぐ。
「ちぃっ、飛んだり跳ねたりすばしこい奴め!」
スタミナ温存のため、隼人はやむなく結次にタッチを繋いだ。
「おうし来い、おいが相手じゃ」
ずいっと結次が前に出る。
地面を蹴って飛んでくる敵のローリング・ソバットを、構わず両手持ちの大太刀で叩き落とした。
相手のスタイルに合わせる必要など無い。飛んで来ようが跳ねて来ようが、真っ向から受けて力任せに斬り殴るだけのことだ。
「ぞぞ強かみたいじゃけ、精々おいを楽しましてくれな?」
●Round−4
夜の公園で果てしない死闘が続いていた。
敵側にもかなりのダメージを与えているはずだが、撃退士たちのダメージも徐々に蓄積していく。
だがその頃になると、撃退士たちも敵の戦闘行動をほぼ把握していた。
ねこレスラーたちは確かに強かった。だが知能が低い哀しさか、戦闘が長引けばどうしてもその行動がパターン化してしまうのだ。
1号と対峙する紫苑の魔具はスクロール。アウトレンジ攻撃も可能だったが、彼はあえて敵の間合いに入り、接近戦で相手の蹴りやパンチを受け流しつつ、時に零距離から、時に一歩飛び退き間合いをとって魔法弾を打ち込んだ。
なかなか組みに来ない紫苑を挑発するかのように、1号がマッスルポーズを決める。
男子高等部生としては小柄な紫苑は、むしろ敵に身長を自慢されているような気がしてカチンと来た。
「羨ましいとか思ってないんだからなーっ!」
叫びと共に、1号めがけ渾身の魔法弾を叩き込むのだった。
紫苑と交替し再び戦闘に入った隆道は、フットワークを織り混ぜ、これまでの戦いで見抜いた敵の攻撃パターンから当たらないギリギリの間合いで回避。
「その癖は見切りました‥‥せやぁ!」
敵のストレートパンチを空いた方の手で弾くと、体勢が崩れたところを狙い鉤爪の一撃。
「(頃合いだな‥‥)宅間、やるぞ!」
「はい!」
背後に控えていた谷姫が進み出てショートスピアを構える。
「いやぁーーっ!!」
「とうっ!!」
気合一閃。
谷姫の刺突にタイミングを合わせ、ラリアート気味に斬りつけた鉤爪の合体攻撃が1号に大ダメージを与えた!
ねこレスラー側で最も消耗の早かったのは3号だった。
離れた間合いから届く空中殺法も、所詮は己の肉体を武器にした肉弾攻撃だけに、どうしてもカウンターの反撃を免れないからだ。
「ちぇすとぉーーっ!!」
結次の斬撃をもろに浴び、肩口から血飛沫を上げて3号の動きが止まる。
「これで‥‥とどめだ!」
ショートソードを構え駆け寄った隼人の切っ先が、次の瞬間敵の胸板を貫いていた。
3号が、次いで1号が力尽きて大地に倒れ伏す。
(終りだな‥‥)
やや離れた地点で戦場を見渡し、味方チームがピンチになった時のみ助っ人に徹していた無銘が、静かに打刀を鞘に収めた。
(そろそろですわね‥‥)
フランシスカもまた、相手の生命が限界に近づいていることを悟っていた。
「交替ですっ、先輩!」
自らも傷つきながら銃撃を続けていたソラが、タッチを求める。
2号が最後の力を振り絞り、ガシっと組み付いてきた。
フランシスカの体をボディスラムで地面に叩きつけ、さらにエルボードロップを浴びせて来る。
これは横に転がってよけると、「ランペイジ・プリンセス」は右足に装着したメタルレガースを膝までずり上げた。
「力と力、技と技、なにより魂と魂のぶつかり合い! 思い切り堪能させて頂きましたわ」
今度は自ら2号に組み付き、その巨体を高々抱え上げるや、地面に左膝を突き、敵の背中を思いきり右膝へ叩きつける!
大技ペンデュラム・バックブリーカー。
「‥‥楽しかったですわよ?」
鈍い音と共にねこレスラーの背骨が折れ、ガクリとその動きを止めた。
「恐ろしい? 敵でした‥‥もう現れない事を祈るばかりですっ!」
広場に倒れたディアボロたちの亡骸を見つめ、ソラが胸の前で両手を組んで呟く。
激闘を制した撃退士たちは、やや遅れたクリスマスを楽しむべく久遠ヶ原へと帰還するのだった。
<了>