傷ついた守備隊へのフォローは別動の救助班に任せ、サーバント迎撃を任務とする撃退士10名は公民館と西屋敷駅のほぼ中間に位置する場所へ布陣し天使軍と対峙した。
50mほどの距離を置いて相対する敵軍の中から、おもむろに黒い馬型サーバントに跨がった鎧武者が進み出た。
背中の白い翼が無ければ、その姿は戦国武将そのままだ。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは大天使ベテルギウスが家臣、杵築城主ハイデル!」
大音声で名乗りを上げてから、隻眼の男はニヤリと笑う。
「‥‥とまあ、形どおりに挨拶させてもらったがの。正直、おぬしらがわしと剣を交える器かどうかまだ分からん。まずは我が配下と戦ってもらおうか――杵築城が八将神、歳破(さいは)・歳殺(さいせつ)じゃ」
そういうなり、天使の武将は素早く後方に下がった。
変わって進み出たのは2体の人型サーバント。
道士服をまとい、鴉天狗の様な相貌の「歳破」。
中華風の鎧に身を固め、長大な三つ叉槍を携えた鬼人「歳殺」。
さらに槍や弓で武装した骸骨足軽達もわらわらと後に続く。
「守備隊の半数があの二体に‥‥生半可な覚悟ではこちらがやられそうだね‥‥」
足軽達を従えゆっくり近づいてくる異形の怪人を、鳳 覚羅(
ja0562)は鋭く睨み付けた。
「20名の守備隊を追い込んだ敵をを10名程度のわたくし達で対処するか、骨が折れそうだな」
蘇芳 更紗(
ja8374)が三日月槍をぐっと握りしめる。
「‥‥しかしやるしかないか」
「ま‥‥抑えられるのが一番なのですけど」
機嶋 結(
ja0725)が冷静に呟く。
今回の任務は西屋敷の防衛であるが、戦況次第では先の戦闘で傷ついた守備隊を連れての撤退戦に切り替える必要がある。この判断1つを誤れば、友軍諸共全滅の憂き目に遭う危険すらあり得るのだ。
(絶望的な状況‥‥住民の方に同情はしますが、私は報酬の為に剣を振るうだけ。天魔を掃除する暴力装置‥‥それが撃退士のあり方でしょうから)
「さて、前門のサーバントと後門の一般人、ついでに天使か。二兎を追って三兎を得る、だな」
郷田 英雄(
ja0378)は不敵に言い放った。あくまで本気である。
ただでさえ不利なこの戦い。だからこそ敵の大将首を獲るほどの気概なくして、どうして勝利を得られようか?
「どんな奴が出てきたって、国東の平和は絶対ボクが護るもん!」
ぐっと拳を握る犬乃 さんぽ(
ja1272)。
「もしあの偽くのいちが出てきたら、ボク絶対決着付けてやるんだ!」
「‥‥強者との闘い、断る理由無し」
中津 謳華(
ja4212)はそれだけいうと、静かに呼吸を整えつつ光纏。
龍にも似た黒焔が彼の周囲で渦巻いた。
(‥‥上級サーバント‥‥叩き潰す‥‥不不‥‥)
普段は冷静な表情を崩さない日谷 月彦(
ja5877)だが、ハイデルの言葉を聞いた頃からどこか嬉しげにオッドアイを細めていた。
「避難民の人たちや、傷ついた撃退士の人たちを守るためには‥‥お前たちをとっとと倒せばいいんだろうッ! やってやるさ!」
射程範囲に入ったサーバント群を狙い、レグルス・グラウシード(
ja8064)が先制攻撃のコメットを放った。
「僕の力よ‥‥天魔を砕く、流星群になれッ!」
ひとたび乱戦となれば範囲魔法は味方への誤爆の危険があるため、立て続けの3連続使用。
「卑劣な天使共め! お前たちの目論みは私たちがつぶします!」
敵の注意を救助班から逸らす意図も含め、クロエ・キャラハン(
jb1839)は声高に叫びながら黒い大鎌から三日月状の刃を、続いて色鮮やかな炎の攻撃を仕掛けた。
撃退士達が範囲魔法を放つその寸前、歳破が高く両手を上げた。衣の両袖から大量の呪符が飛び出し、紙吹雪のごとく戦場の空を覆う。
レグルスが召喚した流星群、クロエの放った刃や炎の1つ1つが呪符とぶつかるなり消滅する。緒戦に使用された範囲魔法の何割かは歳破の呪符に相殺されてしまった。
「しまった‥‥!」
悔しげに唇を噛むレグルス。
そのとき、既に間合いに接近した弓足軽達が一斉に矢を放ってきた。
再び歳破の両袖から無数の呪符が飛び出す。
それは撃退士達の頭上で炎の塊と化して降り注いだ。
歳殺は三つ叉槍を構え、槍足軽を率いて突撃してくる。
両軍が入り乱れる白兵戦が始まった。
「さて、では手合わせ願いましょう」
イアン・J・アルビス(
ja0084)はブラストクレイモアを召喚し、先陣切って突っ込んで来た歳殺へと向かった。
「中華の騎士風、ですか。あなたに騎士の心得はあるのでしょうか?」
『‥‥』
返答の代わりに繰り出されたのは強烈な槍の刺突。
「やれやれ、見た目からして話の通じる相手ではないですね。ともあれ早めに倒させて頂きます」
大剣を振りかざし返礼の斬撃をお見舞いするイアン。
だが歳殺はイアンから離れたかと思うや、傍らに立つ英雄に槍を向けていた。
イアンが後方を見やると、馬上のハイデルが手にした軍配を振り、何らかの指示を下しているようだ。
(こちらの攻め方に応じて臨機応変の対応ですか‥‥厄介な相手です)
「ぐぅっ!?」
三つ叉槍の刺突を腹に受けた英雄の顔が歪む。
だがすぐににやっと笑い、
「はッ、良い攻撃だ。サーバントである事が悔やまれるな!」
雷神の名を冠した大剣で槍を弾き、同時に吶喊。
槍使いであれば懐に飛び込んだ方が有利、との判断であったが――。
歳殺はその巨体と重そうな鎧からは想像もつかぬ身軽な動きでヒラリと躱したと見るや、強烈な跳び蹴りを英雄に打ち込んだ。
体勢を崩しかけた英雄を、足軽達の槍が狙う。
「雑魚は引っ込んでろ!」
敵の雑兵をシュガールで薙ぎ払う英雄だが。
ぐっと腰を落とした歳殺が、力を矯めて槍を構え直す。
「危ない!」
間一髪、結のクロセルブレイドから放たれたフォースが英雄を強引に弾き、繰り出された三つ叉槍から救った。
渾身の一撃を外された歳殺がギロっと結を睨む。
あたかも京劇の役者の様に宙を舞い、槍の穂先を突き出してきた。
「‥‥!」
シールド併用の防御をも貫き、全身の骨が軋むような衝撃。
少女の小柄な体が後方に吹っ飛び大地に叩きつけられた。
「こんな、所で‥‥死ねますか‥‥!」
結はリジェネレーションを発動、傷の回復とこの後の戦いに備える。
当初黄昏珠による魔法攻撃で敵を迎え撃っていた覚羅は、歳破が突入してきた段階で武器をクロセルブレイドに持ち替えた。
英雄たちを援護するため歳殺へ向かうも、その前に槍を構えた足軽達が立ちはだかる。
「どけっ!」
覚羅の振るう刃が足軽の骨を砕く。
が、風もないのに飛んできた一枚の呪符が張り付いたかと見るや、みるみるうちに回復していく。
後方の歳破が回復用の呪符を飛ばして歳殺や足軽たちを支援しているのだ。
槍衾のごとく突き出される足軽の槍を躱しつつ、覚羅は歳殺めがけチャクラムを飛ばし、カーマインにより足止めを図った。
サーバントの鎧に戦輪が激突し一部を削り取るが、続いて腕に絡みついた鋼糸を歳殺は力任せに振り千切った。
「あれ? あいつがいない‥‥」
専ら足軽を狙い戦っていたさんぽは、以前に交戦した使徒・朧月がいないことに不審を覚えていた。
「また、隠れて悪巧みでもしてるのかな? 注意しなくちゃ」
遁甲の術を使って隠れつつ回り込み、足軽が密集している場所まで巧みに接近。
「鋼鉄流星ヨーヨー☆シャワー&大地爆裂ヨーヨー☆ストライク!」
影手裏剣・烈と土遁の合わせ技が、一瞬身動きを封じられた足軽どもをまとめて吹き飛ばす!
「何をしておる!? 敵方の忍びがそこにおるぞっ!」
遠くからハイデルの怒声が響き、踵を返した歳殺が槍を構えて猛然と突進してきた。
三つ叉槍の刺突がよける間もなくさんぽの胸を貫く!
が、血飛沫を上げ倒れたはずのさんぽの姿は一瞬にしてマメシバのぬいぐるみに変わった。
「九十一式エクソダス☆シャドー! ‥‥残念、はずれだよ」
歳殺は驚きも怒りもしない。そういう感情自体存在しないのだろう。
瞬時に反転し、さんぽめがけて再度の突撃を仕掛ける。
さんぽはやむなく2度目の空蝉でこれを回避。
が、次の瞬間激しい衝撃を受けて倒れ込んだ。
歳殺の槍が青白く輝き、半径数mを巻き込む衝撃波を発生させていたのだ。
(まさか‥‥1回で空蝉の術が見切られた!?)
おそらく背後から戦闘を見守っていたハイデルの指示であろう。
一歩踏み出した歳破の袖から新たに黄色い呪符が飛び出す。
それは上空で炸裂するや、稲妻となって歳殺の周辺に、あるいはその後方にいた撃退士達までを打ちのめした。
『いま救助作業を進めとる! もう少しだけ踏ん張ってや!』
スマホを通し救助班リーダー・伊勢崎那美香の声が叫んだ。
見れば蒼鴉や腐骸兵といった下級サーバントの群が公民館の方へ向かっているが、これは救助班の撃退士達が何とか食い止めているようだ。
中にはまだ体力を残した守備隊の撃退士が、英雄の提案で運び込んだスクールシールドで身を守りつつ重傷者や避難民の退避を手伝っている姿も見えた。
武器をスナイパーライフルCT−3に替えたクロエはアウトレンジ射撃により弓足軽を優先して狙うも、歳破の呪符で回復されてしまうため思ったような効果が得られない。
「やっぱり、あの道士モドキを倒さなきゃダメだよ‥‥!」
特に歳殺の抑えに回る前衛班は、歳破の呪符、弓足軽の矢と二重三重の攻撃を受けているため、みるみる体力を削られていくのが遠目にも分かった。
こちらもレグルスが懸命に回復役を務めているのだが――。
「僕の力が、あなたを癒す光になるならッ!」
自ら前線に飛び込みヒールを、時には傷ついた仲間を呼び集め、癒やしの風を施す。
しかし歳破・歳殺のコンビネーションと足軽達の数の力に押され気味なのは否めない。
「何処まで意味があるか判らんが、無いよりましだろう」
更紗は後衛で待機していた仲間達に堅実防御を付与し、共に歳破を目標として前進した。
こちらに向かって来る足軽がいれば、三日月槍の横撃で弾き飛ばし。
更紗とコンビを組む形で進む月彦は敵の背後を取ろうと回り込むが、道士姿のサーバントは歳殺に劣らず素早く、容易には隙を見せない。
ならばと謳華は黄昏珠から黒焔を放ち攻撃。
「肉薄するだけが能ではないのでな‥‥!」
体勢を崩した歳破めがけ、月彦の鬼神一閃が、謳華の『牙』瞬華終討の剛撃が相次いで殺到!
サーバントの嘴が、初めて苦痛にあえぐかのように大きく開かれた。
次の瞬間、歳破の着物の袖、襟、裾など各所からわらわらと無数の呪符が飛び出し、撃退士達の体にまとわりついたかと見るや一斉に炸裂した。
全身に散弾を撃ち込まれたような衝撃に倒れる撃退士達。
守備隊の撃退士達もこんな攻撃に晒されて壊滅していったのか――絶望にも似た想いが一瞬、全員の脳裏を過ぎる。
しかし。
「‥‥不不不‥‥これぞ戦い‥‥」
全身を朱に染めながらも、月彦はなおも薄笑いを浮かべ立ち上がった。
「互の力をぶつけ合うことのできる場‥‥この戦場は僕として生きた証だ‥‥」
「生憎丈夫なのが取り柄でな‥‥そう簡単には沈まんぞ‥‥!」
謳華もまた起き上がり半身の構えを取った。
新たな呪符を放つつもりか、歳破が両袖を前方に向ける。
だが月彦はその隙を与えず、練り上げたアウルの気を込めて斧槍の薙ぎ払いを仕掛けた。
サーバントの体が雷に打たれた様に硬直する。
「中津荒神流神技――禍津龍帝ノ舞須佐之男ノ型」
秘められた力が解放され、謳華の肘膝が龍の爪牙のごとくサーバントを穿ち薙ぐ!
歳破の嘴から甲高い悲鳴が上がった。
「我が身体は鋼‥‥我が心は刃‥‥我、天を断ち魔を斬る剣也‥‥」
同じ頃、全身傷だらけとなった覚羅もまた最後の力を振り絞り、歳殺と相対していた。
「天使の奉仕者よ。おまえ達が如何な強敵であろうとも‥‥僕は‥‥決して折れない‥‥砕けはしない!」
残る力の全てを込めた刃が輝き、漆黒の衝撃波となって迸る。
射線上にいた足軽どもを打ち砕き歳殺に命中。分厚い鎧に鈍い音を立てヒビが走った。
「剣を交える器かだと? 上等だ! その目で確かめやがれ!」
鬼神の如き雄叫びを上げ英雄が吶喊、ヒビの部分に切っ先を突き立てる。
「お前達の好きにはさせないもん‥‥幻光雷鳴レッド☆ライトニング!」
さんぽの指先から走った真紅の稲妻が、やはり足軽どもをなぎ倒して歳殺を撃つ。
低い咆吼を上げ地面に片膝を突く歳殺。
だが槍に縋ってしぶとく立ち上がった。
その時、
『うちらの作戦は完了や! 負傷者と避難民は安全地帯まで逃がしたで!』
那美香の声が全員のスマホから届いた。
その声が聞こえたわけでもなかろうが――。
「‥‥」
馬上から無言で戦況を眺めていたハイデルが、突然馬を進めて軍配を高く差し上げた。
「――そこまでっ! 者ども退けい!」
者どもといわれても、骸骨足軽はほぼ全滅。歳破・歳殺も既に全身ボロボロだ。
しかし撃退士側の被害も小さくない。
10名中、英雄、覚羅、さんぽ、月彦は重体。残りのメンバーも立っているだけでやっとという状態である。
このままハイデルと交戦すれば全滅は免れないだろう。
「‥‥時間を稼ぐ。お前達は先にいけ」
比較的余力を残した謳華が、殿を務める覚悟で進み出た。
「それには及ばん。おぬしらの戦い、確かに見届けた――奉仕種族といえ八将神の2体を相手にここまでやりおるとはな。我が使徒・朧月が敗れたのも道理じゃわい」
「今日は、あの偽くのいちはどうしたんだっ!」
朧月の名を聞いたさんぽが、重体の痛みも忘れて声を上げた。
「使徒には使徒の勤めがある。あやつに何か用かの?」
「‥‥ボクが、あいつに正しいニンジャを教えてあげるんだもん」
「ワハハ! それは頼もしいことよ」
恰幅のよい体を揺らしてハイデルが笑う。
だがすぐ真顔に戻り。
「さて。おぬしらの天晴れな戦いぶりに免じて、この場は刃を収めてもよいぞ。武士の情けじゃ、公民館にいた人間どもとおぬしらは撤退を許そう」
要するに停戦の申し出らしい。
このまま西屋敷を占領する代わり、撃退士と一部住民の避難は見逃す――ある意味屈辱的な条件ではあるが。
「‥‥残った町の人達は?」
結が問いかけた。
「我が領民となった者に非道はせぬ。むろん年貢は収めてもらうがな」
年貢とは感情エネルギーのことだろう。
「やむを得ません‥‥これ以上の戦いは無意味です」
イアンが仲間達に呼びかけ、撃退士達は天使軍を警戒しつつ撤収に移った。
「‥‥納得いかんな‥‥」
悔しげに呟きつつも、更紗の肩を借り足を引きずって戦場を後にする月彦。
守備隊20名、避難民45名の救出に成功。
だが西屋敷はハイデル軍の占領下に入り、以後豊後高田市に南から脅威を与え続けることとなった。
<了>