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マスター:ちまだり
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/12


みんなの思い出



オープニング

●四国〜愛媛県某所
「厄介なことになったねえ‥‥」
 瀬戸内海にほど近い山中の岩に腰掛け、エルウィンは独り言のようにこぼした。
 外見はカジュアルな私服姿の少年。だがその背中からは蝙蝠に似た黒い翼が広がり、さらに前方数mの地面にはズタズタに切り裂かれた異形の怪物が屍を晒していた。
『野良ディアボロでしょうか? 無責任な飼い主もいたものです』
 屍の周囲をうろつく1匹の黒猫が、その臭いを嗅ぎつつ憤然とした口調でいう。
『仮にも悪魔のエルウィン様を襲うとは、無礼にも程がある!』
「彼らを責めても仕方ないよ、エドガー」
 エルウィンは穏やかに苦笑し、己のヴァニタスに声をかけた。
「ディアボロは飼い主から受けた命令に従うだけさ。『戦え』と命じられてそのまま置き去りにされれば、飼い主以外の存在は人間だろうが悪魔だろうが見境なしだからね」
 その口許からふと笑みが消える。
「でもねえ‥‥困ったことに、僕は彼らの『飼い主』に心当たりがあるんだ」
『このディアボロの、ですか?』
 息絶えた怪物は身の丈およそ2m。ちょうどクロマグロに人間の手足が生えたような姿で、見た目だけならむしろユーモラスといってよい。
「おそらくマレカ・ゼブブ‥‥こんな妙なディアボロを好きこのんで使うのは、まあ彼女くらいのものだね」
『お知り合いで?』
「この地球に来る前、対天使の最前線で一緒に戦った仲だけど‥‥もうずいぶん昔のことだよ。向こうは僕のことなんか覚えてるかどうか」
『まだ私がお仕えする前ですな』
 あまり昔の話はピンと来ないのか、黒猫のエドガーはきょとんとした様子で主を見上げている。
「旧支配エリアの戦争騒ぎに巻き込まれるのが嫌で四国に渡って来たけど‥‥どうやらここはここで、色々と騒がしいようだねえ」
『そういえばレディ・ジャム様から何かお触れが出ていたようですが‥‥我々は従わなくてよかったのですか?』
「適当に理由を作って断ったよ。一部の悪魔たちがこの四国で何かことを起こそうとしているようだけど、僕にとっては迷惑だね。せっかくのんびり魂を集めようと思ってたのに、これじゃぶち壊しじゃないか」

 人間から魂を収奪するのが悪魔の習いであるが、その手段は個体によって相違がある。
 自ら「死神」を名乗るエルウィンの場合はいささか風変わりで、魂を回収するにあたり「暴力を用いない」「相手の人間から同意を得る」この2点を信条として活動していた。
 別にディアボロなど使わずとも、この世界には死期を間近にした人間、自ら死を望む人間がいくらでもいる。そんな人間の許へ訪れ交渉し、最後の願いと引き替えに魂を買い上げる――それがこの悪魔、エルウィンの流儀なのだ。
 エネルギー回収の手段としては非効率だが、少なくとも彼自身はこのやり方を気に入っていたし、人間であれ天魔であれ他者に邪魔されるのは面白くない。

『あの、エルウィン様? まさか‥‥』
「ん? ああ、心配しなくてもいいよ。僕だって冥魔連合の一員だ。ことさらに同族の妨害をしたり、人間に寝返るつもりはない。そんなことして粛正されるのも嫌だしね」
 そう答えてから少年は晴れ渡った冬の空を見上げ――。
「とはいえ、マレカ・ゼブブか‥‥厄介な悪魔が来たものだ。戦うことしか頭にない彼女を地球に呼び寄せるなんて‥‥『上』はそんなに屍の山を築きたいのかな?」
 再び視線を目の前の死骸に戻し、憂鬱そうにため息をついた。

●久遠ヶ原学園〜斡旋所
「四国での冥魔事件の増加‥‥やっぱりうちの思い過ごしやなかったなあ」
 教師・太珀(jz0028)の依頼によりまとめられた調査報告書のコピーに目を通しながら、生徒会ヒラ委員の伊勢崎那由香(jz0052)は納得したように頷いた。
 彼女自身が担当した愛媛と香川における事案も含め、最近になって頻々と発生する四国の冥魔事件。当初、個々の悪魔が好き勝手に起こしたものと思われていたが、今回学園生徒達が主体になって行われた情報分析により、これらの背後に『大きな何か』が隠されている可能性が浮かび上がった。
 そしてその『大きな何か』は現在も進行形であり、このまま放置して人類にとって取り返しのつかぬ大きな事態へと発展することを危惧した学園側から、そもそもの発端となった四国各地域における現地調査の要望が出されたのである。
 那由香が割り当てられたのは、そのうち愛媛県の調査。
「さて、どうしたもんやろか‥‥?」
 愛媛の漁村を襲った悪魔マレカ・ゼブブは既に香川への移動が確認されている。
 彼女と行動を共にするヴァニタス・壬図池鏡介については人間時代のプロフィールなどある程度の情報が得られているものの、肝心のマレカ自身についてはまだ未知数の部分が多すぎる。
「最初に事件が起きたA村跡を再調査するべきやろか? それとも‥‥」
 思案にくれる那由香の視界の端っこで、卓上のFAXがカタカタと用紙を吐き出し始めた。
「新しい依頼? あれ、これも愛媛やん?」
 用紙を取って内容を確かめると、愛媛でディアボロらしき怪物が複数目撃されたらしい。
 場所は以前に襲われたA村からやや内陸寄りの山中である。
「マグロに手足が生えたような‥‥って、これA村に現れた半魚人!?」
 あの時出現したディアボロのうち飛行能力を持つ大バエはマレカ達と共に移動したと思われるが、半魚人の一部が取り残されたまま野良化しても不思議はない。
 さらに読み進むと、仕事や観光のため山中に入っていた一般人は大半が避難したものの、その際に目撃された「中学生くらいの少年」の安否が未だ確認されていないという。
「人の命が関わっている以上、こちらを優先するべきやろなぁ‥‥」
 そう判断した那由香は、PCモニターに向かい合い、愛媛におけるディアボロ掃討の依頼を出す準備に取りかかった。


リプレイ本文

 ぽっかり開いたディアボロの口から吐き出される水鉄砲を避けつつ、古島 忠人(ja0071)は腹の辺りに縛り付けた不思議植物図鑑から木の葉や種子型のアウルを発射した。
「ホンマけったいな奴やのぉ。何を思ってこんなもん作ったんや」
 クロマグロから人の手足が生えたような姿の半魚人を睨み、改めて呆れ返る。
「なんだか、四国に来ると、いつも見かけるディアボロ‥‥ですね」
 水葉さくら(ja9860)はシールドを展開しつつ接近、間合いに入ったところで手にした両刃剣が白く輝き、パールクラッシュの強烈な斬撃を繰り出す。
「下がってください!」
 やや後方でアウルの気を練っていたエリス・K・マクミラン(ja0016)が飛び出す。
 半魚人に拳を叩き込むと同時に、練り上げた気が黒炎の熱衝撃となって敵の胴体を貫通、文字通り焼き魚に変えてとどめを刺した。
「これで3匹目、か‥‥」
 ラグナ・グラウシード(ja3538)は油断無く周囲を見回した。
 四国・愛媛県山中。
 地元警察から「複数のディアボロ出現」の報告を受けた撃退士達は、その日朝から山中に分け入り、足を棒にして索敵を続けていた。
 それに加えて、避難途中の民間人が山中で目撃した「中学生くらいの少年」1名の安否が未だに不明であり、その捜索・保護も任務として課せられている。
「無事だといいんですけど‥‥」
 心配そうに呟く久遠寺 渚(jb0685)。
「誰か居ませんかー!? って声をかけながら探した方が、少年を見つけやすいでしょうか‥‥?」
「いや、それは却ってディアボロを呼び寄せかねない」
 ラグナが反対する。彼自身敵にこちらの気配を悟られないよう、危険を承知で阻霊符の使用まで控えているほどだ。
 ちなみに本日、遠足や授業でこの山中に入った学校はどこもないという。
(休日でもないのに、そんな年頃の子供が1人で何を? 少し妙ですね‥‥)
 エリスは何か引っかかるものを感じたが、今は気にしても仕方ないと思い直した。

 さくらの言葉どおり、この魚人型ディアボロは最近になって四国に度々出現している。
 愛媛県の漁村を襲った悪魔マレカ・ゼブブの配下と思われるが、マレカ自身はその後香川県への移動が確認されているので、おそらく彼女に取り残された個体が野良化したものだろう。
「厄介な置き土産を残してくれたものだが‥‥」
 天羽 流司(ja0366)はぼやきながらも、息絶えたディアボロの死骸を観察する。
「しかし、これで悪魔どもの動きについて何か手がかりが見つかれば良いんだがな」
 今回の依頼は表向きディアボロ討伐ではあるが、同時に最近四国において頻発している冥魔事件の背景を洗う調査の意味合いも兼ねていた。
「悪魔達‥‥四国に集まっていったい何を企んでいるのでしょう?」
 その双眸に冥い光を宿し、機嶋 結(ja0725)がポツリともらす。
 ディアボロなど所詮は傀儡に過ぎない。彼女の憎悪の対象は、あくまでその創造主である悪魔どもだ。
「‥‥」
 そんな結の様子をはぐれ悪魔の夜姫(jb2550)はちらっと横目でみやったが、あえて言葉はかけなかった。
 彼女自身は冥魔陣営を離反し撃退士となった身であるが、今日は同行者である結に気を遣い、悪魔本来の飛行能力や透過能力を自ら封印し、表向きは人間と変わらぬ姿で行動している。

 川面から突然現れた半魚人が、撃退士達を狙い水鉄砲を放ってきた。
「危ない!」
 咄嗟に渚が展開した乾坤網が被弾した仲間のダメージを和らげる。
 撃退士達の反撃が始まった。
 囮となる覚悟で肉迫した夜姫は白銀鉄扇による薙ぎ払いで攻撃。
 動きを止めたディアボロに対し、結は飛燕翔扇を投げ、物理、魔法交互に攻撃を試みた。
 同じ威力の武器なら、魔法攻撃の方がやや効き目が高いようだ。
(‥‥この戦闘データが、今後に生きる事もあるでしょう)
 ふいに地上から浮き上がった半魚人が、そのままロケットのごとく突進してくる。
 瞬間非モテダークサイドを発動したラグナが身を挺して攻撃を受け止める。
「くたばれリア充ッ!」
 カウンターで繰り出したリア充獄殺剣が怪物の頭部にザクリと食い込み、横合いから斬りかかった結のエメラルドスラッシュがとどめを刺した。

「おい、みんなちょっと来てくれ!」
 後方で警戒に当たっていた流司の声に、一同が振り返る。
 そこにはズタズタに切り裂かれた半魚人の死骸が横たわっていた。
「何やこれ? ワイらが仕留めたヤツやないのぉ」
 忠人が首を傾げた。
「今日、この山中に私達以外の撃退士は‥‥来てませんよね?」
 夜姫の言葉に全員が頷く。
 その時、木々の間から口笛の音が流れてきた。
 思わず聞き惚れてしまいそうに美しいメロディだ。
(この曲は‥‥?)
 エリスはその旋律に聞き覚えがあった。
 とある天才ピアニストが死の間際に演奏した即興曲。だがCDなどの記録には残されていないため、知っているのはその場に居合わせたごく限られた人物だけのはずだが。
 口笛の音に誘われるように移動する撃退士達。

 間もなく山林の中――日当たりの良い空き地となった場所の大岩に1人の少年が腰掛け、日なたぼっこでもするようにのんびり口笛を吹いていた。
 少年のすぐ足元には1匹の黒猫が座っている。
「やあ」
 人間の姿に気づくなり、少年の方から声をかけてきた。
「君たちもハイキングかい?」
 撃退士達の間に緊張が走る。
 彼らのうち何人かは「彼」が何者かを知っていた。
「中学生位の少年‥‥なるほど、貴方でしたか。お久しぶりです、エルウィン」
「こんにちは。君とはあのホール以来かな?」
 両者の会話を聞いた結は冥魔認識を試みた。
 少年自身からは何の反応もないが、側にいる黒猫は間違いなく冥魔の者だ。
 結を始め、咄嗟に臨戦態勢に入った仲間達を、エリスが制止した。
「待ってください皆さん。まだ彼が今回の討伐対象と決まったわけではありません」
『討伐だと? ふざけるな!』
 黒猫が瞬時に人間の男に姿を変え、敵意も露わに手の甲から伸びた鉤爪を構える。
「よしなよエドガー。こんな天気の良い日に殺し合いなんて野暮だろ?」
 言葉こそ穏やかだが反論を許さぬ主の口調に、ヴァニタスは鉤爪を下ろし渋々ながら後ろに下がった。
「ここで会うとはな‥‥」
 表情を硬くするラグナ。だがエリスの忠告に従い攻撃はしない。
 他の撃退士も警戒は保ちつつも、各々武器を収容し適度に距離を取る形でエルウィンと相対した。
「とりあえず何か飲むか? 色々持ってきてっけど」
 忠人がカバンから持参の各種ドリンクを取り出す。
 彼自身は悪魔であれ天使であれ敵意のない相手と戦うつもりはないので、エルウィンに対しても同世代の少年に対するように気軽に話しかけた。
「ありがとう。ちょうど喉が渇いてたんだ」
 微笑してミネラルウォーターを受け取るエルウィン。
「阿住さんとチェス、指してますか‥‥?」
 おずおずと渚が尋ねた。
 個人的に聞きたかったことも確かだが、このまま戦わないというなら、何とか会話の糸口を作って悪魔側の情報を引き出したい。
「ああ。まあ最近はチェス仲間が何かと忙しくて、専ら1人チェスだけどね」
 チェス仲間、というのは同じ悪魔だろう。もっともエルウィンの交友関係など人間には知る由もないが。
「以前のアズミ製薬での一件から、貴様が気まぐれで人を殺すような悪魔ではないことは分かっている‥‥」
 続いてラグナが口を開く。
「ここに、貴様の狙う者がいるのか?」
「いや、少なくとも今の所はいないよ。四国へはつい最近来たばかりでね、今は土地柄を知るためにあちこちうろついてるところさ」
「ここに居たディアボロは貴方が作ったのでしょうか?」
 表向きは平静を装いつつ、結が尋ねた。
「魚に、手足‥‥貴様のセンスは、図り知れんな」
 ラグナが呆れ口調にカマをかけてみる。
「いや僕じゃないよ」
 苦笑混じりで答えるエルウィン。
「ついさっき出会い頭に襲われたから、可哀想だけど処分させてもらった」
「ディアボロが悪魔を?」
「人間の世界だってよくあるじゃないか? 他人の飼い犬に噛まれるなんて事故は」
「ほう? では、どなたの飼い犬なのだろうな?」
「‥‥マレカ・ゼブブ。同じ悪魔の僕から見ても、彼女のセンスは確かにユニークだね」
「マレカさんはもうここにはいませんけれど‥‥マレカさんの、お友達でしょうか‥‥?」
 本人の悪魔、そしてそのヴァニタスと交戦経験のあるさくらが訊いた。
「旧い戦友ってところかな? ‥‥もっとも昔の話だ。もう長いこと会ってないよ」
 エルウィンが肩を竦める。
「たまたまこのディアボロを見て思い出したけど、彼女が地球に来てたとは僕も知らなかったね」
 昔を懐かしむような、それでいて何か苦いものを噛むような複雑な面持ちで、悪魔の少年は空を見上げた。
「こことは違う世界の戦場で、僕とマレカは同じ部隊に所属して天使軍と戦っていた。当時は僕も血気盛んだったから‥‥随分と暴れたね。しまいには天使側から『死神小隊』なんて呼ばれてたよ」
 聖槍という強力な武器を得たといえ、人類にとって今以て天使は大敵だ。そんな天使と毎日しのぎを削って戦い続ける並行宇宙の戦場など、人間には想像もつかない。
「その後、僕はいつ終わるかも分からない戦争に嫌気がさして地球に来たけど‥‥マレカは逆に最前線に留まることを選んだ」
「なぜでしょう?」
「彼女は生粋の兵士だ。心から戦闘を楽しんでいた。いわば戦闘狂だけど、決して戦闘バカじゃない。勝つためなら手段は選ばず、負ける戦いは徹底して避ける――そういう悪魔なのさ、マレカは」
「でも、この地球じゃ悪魔と天使って‥‥あまり戦わないですよね? この前の神器争奪みたいなことでもない限り‥‥なら、マレカさんは‥‥何のために地球に来たのでしょうか?」
「それは上からの命令だろう。おそらくこの四国で――」
 そこまで言いかけ、ふとエルウィンは口をつぐんだ。
 その先を人間に話して良いものかどうか思案しているようだ。
 無理に問い詰めても、彼はそのまま立ち去ってしまうだけだろう――そう思ったエリスは、話題を再び個人的な質問に切り替えた。
「ホールでの一件から気になっている事がありました。それは何故あなたが魂を得るのと引き換えに願いを叶えさせるのかという事です」
「最初は半分お遊び、半分は好奇心‥‥のはずだった。でも最近はちょっと心境が変わってきてね。天魔に比べて遙かに寿命の短い人間にとって自らの命は何物にも代えがたいはず‥‥にもかかわらず、その命を引き替えにしても叶えたいという人間達の強い想い‥‥それがひどく愛しい、尊ささえ覚えるものに思えてきた」
 エルウィンは僅かに考え、
「‥‥僕は人間に憧れてるのかもなぁ」
「その信条に対し崇高さを感じ尊敬の念すら抱いていたかもしれません‥‥あなたが悪魔でなければの話ですが。動機はどうあれ、あなたの行為が結果として人間社会に害をなしているのも事実なのですから」
「それは残念だ」
「君の個人的信条については解った」
 流司が口を挟む。
「しかしこうして四国に来ている以上、君もマレカも他の悪魔達と一緒に何かを企んでいるわけだな? これは周りと歩調を合わせるために信条を捨てた、と受け取っていいのか?」
「無礼な! エルウィン様は――」
「黙っていてくれエドガー。彼らは僕と話してるんだ」
 憤る従者を窘め、エルウィンが岩から立ち上がる。
「僕がこの地に来たのは、旧支配エリアで起きたゴタゴタに巻き込まれたくなかったからさ。ところが今度は、上層部から四国で行うとある『計画』への参加を打診された‥‥もちろん断ったけどね」
「計画?」
「君ら人間が『香川県』と呼んでる土地の何処で、近々複数の悪魔が集まって何か行動を起こす‥‥僕が知ってるのはそこまでだ。詳しい計画を聞く前に降りたから」
「何かって‥‥まさかゲート開放?」
 エルウィンは否定も肯定もせず、ただ穏やかに微笑んだ。
「黒幕は誰や?」
 忠人の質問には、
「黒幕‥‥というか計画の責任者はレディ・ジャム。ただし現場で動いてるのは別の悪魔達だけどね」
「美人さんかの?」
「まあ期待していいと思うよ」
「もう少し詳しい話を伺えませんか?」
 夜姫がもう一歩踏み込もうとする。
「計画に参加する悪魔達の具体的な人数、名前とか」
「残念ながら僕もこれ以上は知らない。そもそも今四国で活動しているらしい同族のうち、面識があるのはさっき話したマレカぐらいだし」
「タダで教える気はありません。いま天使陣営内で穏健派と過激派の確執が起きているのはご存じですか?」
 温存していたカードをちらつかせ、さらなる情報引き出しを図る結。
 だがその内心は歯がゆかった。
(話したくもない相手。私の過去を奪った者と同じ存在‥‥)
 ただこの交渉が他の悪魔殲滅に繋がる――そう思えばこそ、湧き上がる憎悪と殺意を辛うじて抑制していられるのだ。
「いや結構。今の僕は天使連中との争いに興味はないんだ」
「そうですか‥‥」
「じゃあ、僕らはこのへんで退散するよ。仕事の邪魔をして悪かったね」
 エルウィンが踵を返そうとした、その時。
「お話、ありがとうございました。‥‥憎むべき敵の悪魔さん」
 結の両手にクレイモアが実体化した。
 ありったけの憎しみを込めて大剣にアウルを注ぎ込む。
「――させるか!」
 エドガーが地を蹴って飛び出す。

 全ては一瞬の出来事だった。

「――!?」
 フォースを発動する寸前、虚空から現れた無数の手が結の体を拘束。
 術を放ったのは流司だった。
「気持ちは分かるし、理屈で止められるとも思わない――だがここで仲間を犬死にさせるわけにはいかないんだ」
 忠人は結を庇うべく一歩踏み出し、渚が乾坤網を展開して結を守る。
 逆に、さくらは庇護の翼を広げエルウィン達を守っていた。
「悪魔だろうが‥‥親の敵だろうが‥‥平和な交渉に応じてくれた相手を裏切るなんて‥‥反対です」
 結の心臓を狙って繰り出されたエドガーの爪は、エルウィンが召喚した大鎌に食い止められていた。
「‥‥へえ、意外だね。てっきり全員で襲いかかってくるかと思ったよ」
「勘違いするなよ。あくまでこれは私たちのためなのだから」
 双方の間に飛び込み、いざとなれば両者の攻撃を受け止める覚悟だったラグナがエルウィンを睨む。
 少年の手から大鎌が消え、結を見やった。
「そんなに悪魔が憎いかい?」
「次に会えば殺します‥‥必ず」
 エルウィンは微苦笑した。
「僕の首にはもう何人か予約が入っててね‥‥君まで順番が回る保証はできないよ?」
「あ、あの‥‥」
 そのまま立ち去ろうとしたエルウィンを、渚が呼び止める。
「もし貴方が久遠ヶ原に来る事があれば、私に、チェス、教えてくれませんか?」
「‥‥その機会があればね」
 それだけ言い残すと、再び黒猫の姿に戻ったエドガーを伴い、少年の後ろ姿は山林の奥へと消えていった。

<了>


依頼結果