「金を要求するわけでもなく女子用下着を要求する変態ヴァニタス、か。世も末だな」
警官隊が遠巻きに見張る子供服店の前に到着し、エルザ・キルステン(
jb3790)はうんざりしたようにため息をもらした。
彼女自身は冥魔陣営から離反した身であるが、こんな事で全ての悪魔が変態の同類と思われては堪らない。
もっとも同じ悪魔でもハッド(
jb3000)は対照的に、
「ふ〜むテンパったヘンタイか〜。流石はジャパンのジンルイ、面白いの〜」
と実に楽しそうだが。
「ヴァニタスは欲望に忠実な存在と聞きます‥‥つまり『幼い少女のパンツを強盗してでも手に入れたい』というのが欲望のヴァニタス、ですか。天魔という以上に女性の敵ですね」
久遠 冴弥(
jb0754)は冷徹に状況を分析する。
「とはいえ、今は店員さんの救出を最優先としましょう。例え変態でも、強敵ですから」
――哀れ、戦う前から早くも変態の烙印を押された壬図池鏡介。
「かわいそうに‥‥非モテをこじらせすぎて頭がおかしくなってしまったのね」
非モテ達の秘密組織【しっと団】総帥・天道 花梨(
ja4264)は既に動機まで推定している。敵のヴァニタスといえども、非モテである以上は救ってやらねばならぬ――と妙な使命感に燃えていた。
「下着泥棒‥‥マレカさんへのプレゼント、でしょうか‥‥。下着を、プレゼント‥‥???」
同じ夜に鏡介及びその主、マレカ・ゼブブと戦ったばかりの水葉さくら(
ja9860)は小首を傾げる。
「きっとご主人様のために頑張ってるの。確かに悪い人だけど、だからって不当な変態さん扱いは可哀想なの」
鏡介=変態説がもはや確定しつつある中、やはり本人と交戦経験のある若菜 白兎(
ja2109)は独り健気に擁護する。
「待ちたまえ!」
店の建物に向かおうとする撃退士達を、警官隊の指揮官が慌てて呼び止めた。
「犯人は幼女の下着に異常な執着を示す真性の変質者。たとえ撃退士でも、君らの様に年端もいかぬ少女が近づくのは危険すぎる!」
「大丈夫よ〜。こう見えても私達、日頃から変質者なんかより遙かに危険な天魔相手に戦ってるんだから♪」
朗らかに言うのは雀原 麦子(
ja1553)。
「奴は生粋のパンツァー。ですが恐れることはありません」
花梨が決然と告げた。ちなみのこの場合のパンツァーとは「パンツ愛好家」の意味であり別に戦車とは関係ない。
「いざとなれば私が今履いてる、このパンツを脱げば済む事」
うおぉぉ〜‥‥と、周囲の警官達から感嘆のどよめきが上がった。
「何という覚悟だ――まさに撃退士の鑑ッ!」
感極まったように指揮官が叫ぶ。
ああ、この鋼鉄の如き幼女の決意を、一体誰が押しとどめられるというのか?
「お疲れ様ですお巡りさん♪ コレ差し入れです♪」
頃合いと見た紫園路 一輝(
ja3602)が、キャリーに乗せて運んできた熱いブラックコーヒーを警官達に振る舞う。自分用には別にカフェオレを用意してあるが。
店舗の外壁を不気味に這い回る数匹の大バエを指さし、
「まー大丈夫ですよ中の事は皆に任せて下さい、僕はあの虫の監視してるんで」
そう言い残し、駐車場の方へと歩き出す。
大バエは玄関からの侵入者を見張っているらしいが、今の所自分達から攻撃する素振りは見せていない。とはいえ万一の事もあるので、今回一輝は店の外からディアボロの監視役を担当していた。
「了解しました。ではあなた方を信じてお任せしましょう」
指揮官も頷く。
「店側からは『この際商品はいくらでも提供するから店員の救出を最優先にして欲しい』との要望です」
「‥‥行ってきます!」
意気揚々と歩き出す花梨に続き、変態征伐‥‥もとい店員救出のため撃退士達は警官隊一同の敬礼に見送られ出発するのだった。
店の関係者によれば、下着服売り場は2階フロア。
裏口から店に入った撃退士達がバックヤードの階段を上り非常用扉を僅かに開くと、照明が煌々と灯った広い売り場の一部が覗いた。
「犯人と店員さんはどこにいるのでしょう?」
まずは店内の様子を探るため、冴弥がヒリュウの「ニニギ」を召喚。目立たないよう商品棚の陰を移動させつつ、視覚共有で偵察する。
間もなく2つの人影が見えた。
パンク風ファッションの若い男、そして店員の制服を着た若い女性がフロア中央付近に設置されたガラスケースの前に立っている。
ケースの上には女児用パンツが山の如く積み上げられていた。
「これなど如何でしょう? この春の新製品ですが」
「‥‥ちょっと派手すぎやしねぇか? ガキのパンツだろ?」
「今はこれくらい普通ですよ?『心のおしゃれはまずインナーから』が当店のモットーですから」
「あーもう何だっていい! 適当に見繕ってダンボール箱に詰めろ!」
「いけません! 大切な妹さんの下着選びじゃないですか!?」
(あなた人質に取られてるんじゃないんですか‥‥?)
冴弥は思わず目眩を覚えた。
「何が見えたの?」
彼女のただならぬ様子に麦子が尋ねる。
「まさか店員さんの身に危険が――」
「直ちに突入して制圧するか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
ダンタリオン写本を召喚しフロアに踏み込もうとするエルザを制止し、事情を説明する冴弥。
「天晴れなプロ意識ね。あの店員さんも手練れのパンツァーに違いないわ」
「あんまり怖いから現実逃避してるだけと思うの‥‥」
腕組みして頷く花梨に、白兎がツッコンだ。
「‥‥とにかくこのままじゃラチが開かないわ」
麦子が決断を下し、非常扉を開く。
侵入者に気づいた鏡介は、ぎょっとしたようにチェーンソウを振りかざした。
「何だテメーラぁーっ!?」
「落ち着いてお話をしましょ。そちらに要求があるなら交渉の準備があるわ」
両手を上げて交戦の意志がないことを示しつつ、相手を刺激しないようゆっくり歩み寄る。
他の撃退士も麦子に習った。
鏡介と面識のある――というか数時間前に戦ったばかりの――白兎は念のため髪型と服装を変え、さらに眼鏡をかけてカモフラージュしている。
だがしかし。
「お、落ち着いてください‥‥です。そ、そんなに、女の子の下着売り場で興奮してはいけませんっ」
おずおずと声をかけたさくらの顔を見た瞬間、鏡介の顔が名状しがたい表情に強ばった。
あえて表記すればこんな感じ→(゜д゜;)
なぜならさくらもまた、ついさっき集合マンションで鏡介と戦った1人であったのだから。
「‥‥ッ!!」
何を思ったかケース上のパンツを一枚ひっつかみ、ガバっと顔に被った。
ちょうど両足を通す穴から両目が覗く格好に。
「おっ俺は行きずりの強盗だ! 壬図池なんて奴ぁ知らねーし悪魔とも関係ねーからなッ!!」
その場にいたほぼ全員が絶句した。
だがここでクスリとでも笑えば店員さんの命はジ・エンドだ!
(く、苦しい‥‥これはなまじの拷問より厳しいわ!)
顔を真っ赤にして必死に耐える麦子。
ただ1人、張本人のさくらだけは何も気づいてない。
「えと‥‥お茶でも、飲みますか‥‥?」
持参の急須から湯飲みに熱い日本茶を注ぎ、のんびり鏡介に勧めた。
「‥‥お、おう‥‥気が利くじゃねーか」
怒鳴りすぎて喉が渇いていたか、湯飲みを受取りぐっと一口飲む鏡介。
しかしパンツを被った状態で飲めるはずもなく――。
「ぶふぉあ!?」
悲鳴を上げて湯飲みとパンツを放り出した。
腹の底から湧き上がる笑いの衝動が再び撃退士達を襲う!
(マレカ・ゼブブ‥‥いったい何を考えてこんな馬鹿をヴァニタスに選んだ?)
未だ見ぬ敵の悪魔を心底恨めしく思うエルザ。
だがこれはまたとない好機でもあった。
火傷した口を押さえて鏡介が咳き込んでいる間、気配を消して接近したハッドが店員を抱え上げ、闇の翼を広げて素早く離脱。
「‥‥ありゃ?」
我に返って顔を上げた時、既に鏡介はずらりと撃退士達に囲まれていた。
「壬図池鏡介、恥を知りなさい!」
ずいっと一歩踏み出した花梨が一喝する。
「パンツァーならば魂の篭らぬ未使用パンツで妥協せずに至高の一品を追い求めなさい!」
「‥‥はぁ?」
鏡介に反論の暇を与えず、すかさず己のパンツを脱いで突きつけた。
「このロリっ子パンツで、気の済むまでクンカクンカしてスーハーしてペロペロして頂戴!」
「するかーっ! そ、それじゃまるで俺が変態みてーじゃねえか!?」
「幼女のパンツ目当てに深夜店を襲う貴様が変態でなくて何だというのだ?」
容赦なくエルザがツッコむ。
「い、いや‥‥これには色々と事情が‥‥」
「あの‥‥ひょっとして、マレカさんのパンツ‥‥お捜しなんですか?」
「‥‥そうだよ。いくら悪魔でも、人前でマッパっつーわけにゃいかねーだろ?」
もはや隠し通せないと諦めたか、さくらの質問に渋々答える鏡介。
「全裸のロリっ子にパンツを履かせようというの!?」
何やら違う方向に感銘を受けた花梨が男の両手をグッと握った。
「あなたを誤解していた‥‥間違いなくカテゴリーA以上の高レベルパンツァーだわ!」
「ちげーよ! っていうかおまえ早くパンツ履け! はしたねーだろっ!」
「少女に自分で選んだ下着を履かせて楽しむのが趣味なのですか?」
氷のような冴弥の言葉が鏡介の胸にグサリと突き刺さる。
「だ、だから、マレカ様は元々服を着ない悪魔で――」
「少女が全裸だからせめて何かを着せてあげよう、と‥‥なるほど、全裸の少女を思わず誘拐してしまったわけですね。何という極めつけの変態でしょうか」
「うわぁぁー!!」
両手で頭を抱え絶叫、鏡介は床に跪いた。
「そりゃ昔から散々悪い事もしたさ! ヴァニタスになってからは人も殺したよ! でも、でもなぁ‥‥俺は小さな女の子をどうこうしようなんて趣味だけはねーんだ! 信じてくれよぉー!!」
深夜の子供服売り場に男の号泣が響く。
歩み寄った花梨が優しく肩を叩いた。
「変態は罪じゃないのだわ」
‥‥いやそれ全然慰めになってないって。
「お兄さんは変態じゃない‥‥わたしはちゃんと知ってるの」
変装を解いた白兎が仲間達に訴えた。
「お兄さんは悪魔で幼女のご主人様のために頑張ったの。ただ幼女のご主人様が大好きで大好きで‥‥」
熱く弁護するのはいいけど何か方向性が――
「えーとえーと、つまり幼女に心から穢れない愛情を捧げる紳士なの!」
「‥‥」
鏡介は床に蹲ったまま動かない。ただのしかばねのようだ。
「ま、色々ワケありみたいだけど‥‥要するにマレカって悪魔のパンツさえ手に入れば、この場は大人しく退散するわけよね?」
にっこり笑いながら麦子が訊いた。
相手は腐ってもヴァニタス。あまり追い詰めて暴れ出されては始末が悪い。
「そういうことなら協力するわよ。あなたのパンツ選びに」
「マジでか!?」
地獄で仏に会ったように鏡介が叫んだ。
「ありがてえ! ガキのパンツだけでまさかこんなに種類があるなんて‥‥俺にゃさっぱり分からねえ」
「壬図池さんは外見は人と変わらないのですから‥‥昼間に、普通に購入しに来れば良いのでは‥‥?」
「そりゃ別の意味で恥ずかしいだろが」
さくらに言われて顔をしかめる鏡介。まあ彼がもう少し歳を食ってれば「娘の下着」という言い訳が通用したかもしれないが。
「わたしは、小学生ぱんつの専門家。素材からデザインまで、なんでも相談に乗るの」
頼もしく請け合う白兎。
(ああ‥‥可哀想な奴なんだな。あらゆる意味で)
憐憫とも脱力ともつかぬ気分で鏡介を眺めていたエルザだが、ふと思いつき資料として渡されていたマレカの写真を取り出し――。
変化の術でマレカに変身した。
「わあっ!?」
いきなり出現した主の姿に腰を抜かす鏡介。
「驚く奴があるか? 本人に代わってサイズ選びに協力してやろうというのに」
「あ、なるほど」
「で、結局貴様は私にどんなのを穿いてほしいんだ?」
「いや俺に訊かれても‥‥」
「何でも良いなどとほざいたら潰すぞ」
「頼むからその姿でガン飛ばさねーでくれ‥‥心臓に悪いから」
表に連れ出した店員を警官隊に保護してもらったハッドが戻って来たとき、フロアでは時ならぬパンツ選びが始まっていた。
「そうね〜。デザインは好みがあるでしょうから‥‥素材だとコットンがお勧めかな? ナイロンやポリは肌の相性が悪いとカブレるし、シルクも肌触りを考えるといいわね」
フロアに並んだインナーを見て回りながら、ウキウキした様子で麦子が選ぶ。
「履き心地を考えるとコットンでいいかも。紐で結ぶタイプはサイズ調整しやすいけど、小学生なら手間のかからない通常タイプの方がいいかな?」
「面倒なんだな。俺なんかいつもコンビニのトランクスで済ませてんのに‥‥」
「可愛い女の子を着飾るのに妥協は許さないわ♪ マレカさんの好みの色やデザインは判る?」
「さあ‥‥蠅とかマグロとか‥‥色は黒、かな?」
「蠅のバックプリント付き‥‥とか、無いでしょうか」
鏡介の言葉を受け、さくらは店内を回る。もちろん無い。
「あう‥‥かわいいクマさんの柄があったんですが、私のサイズはありませんでした‥‥」
いつの間にか本来の目的を忘れていたりする。
「お前も苦労するの〜」
手持ちぶさたのハッドは表で買ってきた缶コーヒーを鏡介に手渡した。
「マレカ・ゼブブ? むむむ〜同郷かもしれんの〜」
「あれ、あんたも悪魔?」
「我輩はバアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世。王である!」
「へえ〜王様?」
よほど権力に弱い性格なのか、鏡介の態度がみるみる軟化する。
「しかしお前、どうしてヴァニタスなんぞに?」
「どうもこうも。夜中に飲み歩いてたらいきなりバケモノに襲われて‥‥気づいたらあの姫サンの家来にされてたのさ」
(人間なら誰でもよかったのかの〜?)
「どうでも良いがゼブブって『うん○山』じゃぞ〜」
「さあ? 俺、英語苦手だし」
「英語ではないぞよ」
という具合に友誼を深め、果てには互いのメアドまで交換。
(情報として学園に提供すれば後で役に立つかも知れんからの〜)
小一時間ほど後、撃退士一同の協力により選び抜かれた女児用インナーや各種洋服がダンボール箱に詰められ、店の屋上に運び出された。
移動してきた大バエが輸送機の様に箱をつかむ。
「とにかく世話ンなった。礼をいうぜ」
そういって自らも大バエに乗ろうとした鏡介をエルザが呼び止めた。
「そうだ、手伝ってやった礼として少し血を吸わせろ」
「げっ!?」
「心配するな。ちょっと味見するだけだ」
「ま、まあそれくらいなら」
袖をまくって差し出した男の腕に軽く噛み付くエルザだが。
すぐ顔を離し、不味そうにぺっぺと吐き出す。
「何だこの味は!? アルコールとヤニが混じったような‥‥」
「へっへ〜、ヴァニタスになっても酒と煙草は止められねーからなぁ」
大バエに跨がり、夜明けの空に飛び去る鏡介の姿を見送りながら、1つの事件を解決した撃退士達の胸中にとある想いが去来した。
――バ●は死んでも治らない。
<了>