撃退士達が現地へ到着した時、問題のマンションは表向き――少なくとも遠目に見る分には――異状はなく、窓には煌々と灯りさえ点いていた。
「悪魔は何を考えてマンションを襲撃したんだ?」
鐘田将太郎(
ja0114)は高台の建物を見上げる。
前後の状況から「先日愛媛の漁村を襲った同じ悪魔らしい」と推測されるものの、それ以上のことは不明だ。
「ともあれ住民救出は警官隊やレスキュー隊に任せ、俺らはヴァニタスと悪魔の嬢ちゃんのお相手だな。邪魔な連中はさっさとご退場願おう」
「また四国かァ。しかし今回もまた派手だなァ」
愛媛での依頼に参加した1人、火之煌 御津羽(
ja9999)も肩をすくめた。
今回は郊外といえ住宅地のど真ん中。敵は次第に大胆になっている。
「まぁまだ住民は生きてるって事だし気をつけていこうぜ?」
「人々の平和な暮らしを脅かす天魔を、ボク絶対に許しておけないもん」
犬乃 さんぽ(
ja1272)がぐっと拳を握りしめる。
「それに、心配してる人達の事考えると、ボク達がやらなくちゃって」
「‥‥仕事に私情挟むってのは趣味じゃないんですけどね‥‥今日はちょっぴりムカッときてます‥‥」
片瀬静子(
jb1775)は不機嫌そうにいう。
悪魔の意図は分からない。しかし奴らが人間のささやかな幸福を踏みにじることなど歯牙にもかけていないのはよく分かる。それが天魔の性だと理解できても、人として許すことなどできはしない。
桜井・L・瑞穂(
ja0027)はマンションの見取り図を広げた。
「どれ程の方が今も生きているかは判りませんけど‥‥此処は貴方達の餌場ではなくてよ」
主犯格の片割れと目される壬図池鏡介の写真を睨み、そのプロフィールを頭に刻み込んだ。
「わたしは‥‥わたしが守りたいと思うものを護るの。その為に頑張ろうって決めたから‥‥」
見取り図を見つめ、若菜 白兎(
ja2109)がこっくり頷いた。
マンションへの突入に先立ち、さんぽは建物周囲の外壁を壁走りで移動しつつ内部の様子を偵察した。
「住民さんの様子も気になるし、それ以上に見えない所に潜んでる天魔もいるかもしれないもん‥‥でも、ニンジャの目にはお見通しなんだよ」
窓から室内を覗き込むと、居間やキッチンに倒れて動かない人影が見えた。息があるかどうかは分からない。いくつかの部屋はもぬけの空となっていた。
部屋の中をスマホで撮影、仲間達にメール送信すると、そのまま一気に屋上へ駆け上った。
「――!」
屋上にいたのは数十匹に及ぶ大バエの群れだった。ブンブン羽を鳴らしながらコンクリート床を這い回り、人間のものらしき白骨をしゃぶっている。
大バエ達に気づかれる前にさんぽは壁を駆け下り、空いている窓から室内に入るとそこから玄関を通ると、中庭に面した共用廊下へ出た。
廊下に人影はない。中庭を見下ろすと、街灯の光の中をうろつく複数の怪しい影があった。
マグロの様な姿の怪物。以前愛媛に出現したディアボロの半魚人だろう。
さんぽの視線は、半魚人に囲まれ所在なげに立つ若い男に留まった。
「あいつがヴァニタス‥‥?」
さんぽから送信された写メを手がかりに、撃退士達は動き出した。
瑞穂と白兎は中庭へ昇る階段の途中に身を伏せ、庭内の様子を窺う。
中央付近にヴァニタスの鏡介、その周囲に半魚人が8体。住人らしき人影はない。
2人がタイミングを合わせコメットを発動すると、天空から中庭めがけ流星のごとき無数の光弾が降り注いだ。
「おわっ!?」
驚きの声を上げる鏡介。
「おーっほっほっほ♪ 挨拶代わりですわ、お気に召しましたかしら?」
高らかに瑞穂が笑う。
突然の範囲攻撃を受けディアボロ群が混乱する隙を衝き、将太郎、静子、水葉さくら(
ja9860)が露払いとして中庭に突入した。
手近の半魚人の顔面を狙い、将太郎が飛燕の衝撃波を飛ばす。
のけ反りつつも水鉄砲で反撃しようとするディアボロめがけ縮地で接近、スライディングキックで転倒させた。
「仲間の邪魔はさせない。親玉を撃退するまで付き合ってもらうぜ」
別の半魚人に向かい距離を詰めた静子は顎を狙いウェイヴリットを一閃。一瞬棒立ちになった相手に破山で追い打ちをかける。
「力任せで恐縮ですが‥‥時間ねーからとっととくたばれ」
悪魔に対する怒りから、つい語気も荒々しくなってしまう。
ブウゥ――ン‥‥
頭上から羽音が響き、猪ほどもある蠅の群れが襲ってきた。
「また現れましたね」
さくらは天翔弓にアウルの矢をつがえ、飛行ディアボロに向けて放った。
大バエは上空から入れ替わり立ち替わり接近するや、執拗に腐食液を吐きつけてくる。
さくらの上半身が液体に濡れ、衣服の下から歳の割に豊かなボディラインがくっきり浮き上がった。
「え? あの、ちょっと?」
あっという間に服が溶ける‥‥わけではないが、このまま放置すると結構危うい。
急降下を繰り替えす大バエに対し静子は金属バットを振り上げ迎撃。さらに空中へ飛び上がりハイキックをお見舞いした。
「ブンブンうっせーんだ‥‥ですよ」
荒っぽい言葉遣いを何気に言い直す。
白兎が2度目のコメットを発動、流星雨が空中の大バエを打ち据えた。
大バエどもを屋上方面に追いやった後、白銀色のアウルのシャワーを降らせて仲間にかかった腐食液を洗い流す。
周囲では依然として蠅の羽音が煩い。
「あっち行っちゃえー」
白兎の周囲を星の輝きが照らすと、この季節に不自然なほど大量の蠅の群れが浮かび上がった。
久井忠志(
ja9301)、御津羽、瑞穂らは半魚人と戦う仲間達が切り開いた血路を突破、中庭中央で鏡介に詰め寄った。
「よっす。俺の事覚えてるだろ? ほら、えっとどこだっけ愛媛のどっかで」
「あぁ‥‥あんたか」
御津羽を見て、鏡介は気まずそうに一歩後ずさった。
「まぁ難しい事はぬきにして、ドンパチやりゃあいいってことだろ」
「いや、それは‥‥」
「時間が勿体ないんでな、悪いがすぐに撤退してもらおうか」
忠志がサングラス越しに眼光鋭く睨み付ける。
「人様の領域を侵犯し、数多の命を奪い去った罪‥‥命で償いなさいな」
「うっ‥‥」
瑞穂の言葉に、鏡介の顔がみるみる青ざめた。
「そういや、もう大勢殺っちまったんだよなぁ‥‥やっぱ死刑か? いやもう死んでんだから関係ねぇか」
独り言のようにブツブツ呟いている。
「‥‥どっちかといえば戸惑ってるって感じですかね‥‥?」
ヴァニタスらしからぬ男の態度に、静子は首を傾げた。それならそれで、下手な自信をつけられる前に鼻っ柱をへし折っておく必要があるが。
「――ええクソっ! 逆らえば俺が姫サンに殺られるじゃねーかっ! だからテメーら全員ぶっ■す!! 文句あるかァァ!?」
いきなり逆上した鏡介の手にチェーンソウそっくりの魔具が出現した。
低い唸りを上げ、刃渡り1.5mに及ぶ鋸歯が猛然と回転する。
「沢山人がいる所をこんな風にして、一体何を企んでるんだ! その悪巧み、見逃すわけにはいかないよ」
背後から突然の声。遁甲の術を解いたさんぽだ。
血走った目で鏡介が振り向く。
チェーンソウの歯からどす黒いオーラが吹き出したかと見るや、突然伸びて数m先にいるさんぽの胴を切断した!
「ひゃははは! どうだっ、まずは一人目――」
真っ二つになって地面に倒れたさんぽの体がポンと煙に包まれ、着物を着てマイクを持ったマメ芝のぬいぐるみに変わった。
「何じゃこりゃー!?」
「わたくし達、急いでますの。早々に無に還りなさいな」
瑞穂の足元に魔方陣が出現。鏡介のチェーンソウから伸びるオーラが消失した。
愕然としたヴァニタスめがけ、御津羽のフランベルジェから衝撃波が放たれる。
続いて突進した忠志が翠の光を宿すトライデントで突きかかった。
空蝉でチェーンソウの攻撃をかわしたさんぽが闇をまとう。
「ニンジャタイム、クロック☆アップ!」
スキルで加速させた身のこなしで素早い連撃!
鏡介は悲鳴を上げてたじろいだ。
戦闘のさなか、三善 千種(
jb0872)は明鏡止水で気配を消し、中庭に面した玄関からマンション内へ潜入していた。
手近の部屋に入ると、さんぽの報告通り住人が倒れている。
息はあるものの、声をかけてゆすった程度では起きなかった。
魔法で眠らされているらしい。
そして周囲からは蠅の羽音。
「こんな季節に‥‥まさかこいつらもディアボロ?」
とりあえず攻撃してくる様子はないので、千種はギンバエも含め室内の様子を使い捨てカメラで撮影した。
いくつかの部屋を調べながら移動、共用部分の階段を昇った時、廊下の向こうにちらっと人影が見えた。
やけに小柄なその影は、すぐマンションの壁に沈む様にして消えた。
消える瞬間、最後に見えたのは黒い翼の先端。
「悪魔‥‥!?」
護衛の半魚人が4体まで減った後も、鏡介はチェーンソウを振り回してしぶとく抵抗を続けていた。
ヴァニタスだけあって防御が固く、その攻撃力も侮れない。しかし周囲を囲まれ、撃退士達から絶え間ない連携攻撃を浴びて徐々に体力を削られているようだ。
このまま一気に畳みかけようと、前衛の忠志、御津羽が一歩踏み出した時。
銃声が轟き、地面に着弾の土煙が上がった。
後方から援護射撃にあたっていた九条 朔(
ja8694)は反射的にマンションの方へスナイパーライフルの銃口を向けた。
「狙撃、か‥‥いつもなら、私が狙う側なんですけどね」
どうやら建物の中に「同業者」が潜んでいるらしい。
白兎が発煙筒を投擲、中庭を煙幕が覆い隠す。
次の瞬間、派手な連射音と共に猛烈な弾幕が襲ってきた。
「ひぃっ!?」
鏡介が頭を抱えて逃げ惑う。敵味方お構いなしの無差別攻撃だ。
「この連射は、アサルトライフル‥‥フルオートで狙撃とは、なめられてますね」
朔が呟く。
狙撃手にあるまじき弾の無駄遣いである。悪魔側にそうした常識が通用するかは不明だが。
銃声が止み、マンション中層の廊下を何者かが素早く移動する気配。間もなく別の位置から再び弾幕が浴びせられた。
「やれやれ、厄介な依頼引き受けちまった」
着弾のダメージに耐えながら将太郎がぼやく。
「‥‥だが引き受けたからには腹を括らないとな」
「手の出せない位置から狙撃‥‥同じです、私と」
朔の言葉通り、高層棟に身を隠してのアウトレンジ射撃。その凄まじい火力に中庭にいた撃退士達は圧倒されかける。
しかし敵の弾幕攻撃は朔にとってある意味で好機。ばら撒かれる弾丸の一つ一つの射線から発射元を逆算すると、彼女はライフルのボルトを引いた。
「ひどい力技ですね‥‥狙撃というのは、こうやるんです」
アウルの銃弾がそびえ立つマンションの一角に吸い込まれる。
「アジな真似してくれるじゃないの」
あどけない声と共に、建物から空中へと人影が飛び出した。
黒い翼を広げた幼い少女。
小さな身体に不釣り合いな長銃身のライフルを抱えたその悪魔が、鏡介やディアボロ達の「主」らしい。
建物内で悪魔の出現に気づいた千種は、別の階の廊下から空中で静止した「彼女」にカメラを向けてシャッターを切った。
「まっ」
瑞穂が絶句した。相手は悪魔と分かっていても、素裸の上から軽甲冑をまとっただけの少女の姿はかなり際どい。
「は、は、破廉恥ですわ! 其れにわたくしより目立つだなんて! 名乗りなさいな!」
「前回は聞きそびれましたけれど『姫さん』、ですね‥‥」
2度目の遭遇となるさくらが声をかけた。
「はぁ? 誰よ、それ?」
頭上からにべもない口調が答える。
「え?『姫』がお名前、ではないんですか‥‥?」
「違う違う」
鏡介が手を振って口を挟んだ。
「『姫サン』は俺が勝手にそう呼んでるだけだ。この子の名前はマ‥‥マ‥‥何てったっけ?」
「マレカ・ゼブブ。主の名前くらいいい加減覚えなさい」
初めて名乗った悪魔の周囲に、空中の大バエ達が羽を唸らせ集まって来た。
「蝿さんが、マレカさんのお友達、なんですね‥‥」
感心したさくらが思わず口に出す。
特に悪意はない。天然の発言である。
「はぁ?」
悪魔はきょとんとし、次いで笑い出した。
「アンタ何言ってんの? 蠅っていえば幸運の虫じゃない。そんな事も知らないなんて遅れてるわね〜この星の原住民は!」
「幸運の‥‥?」
初耳である。まあ悪魔の価値観だからよく分からないが。
「そんな所にいないで降りてきたらどうだ」
三つ叉槍を構えて忠志が挑発。
「それとも俺達が怖いか?」
「ウフフ。アンタたちを皆殺しにするのはワケないけどねー。ま、今夜は手下の初陣だから彼に任せるわ」
「ええっ!? 加勢に来てくれたんじゃないんですか?」
狼狽気味に鏡介が叫ぶ。
「ちゃんと援護射撃してやったじゃない? さあ続きよ。さっさとこいつらブッ■しておしまい!」
「そうはいきませんわよ!」
鏡介に反撃の暇を与えず瑞穂が審判の鎖を召喚、彼の動きを封じた。
「げっ!?」
その隙を逃さず、銀色の焔に包まれた忠志の槍が神速の一撃!
わずかにタイミングをずらし、御津羽がスピンブレイドの流れるような動きで斬りかかった。
「炎の様に揺らめくっていうのが俺の戦い方でね。まぁ‥‥業火も兼ね備えてるけどなァ」
その一方で、将太郎と静子は生き残りの半魚人に猛攻をかけ追い込んでいく。
さくらの天翔弓、白兎のアルス・ノトリアが対空攻撃を打ち上げ大バエを牽制する。
「やっぱ無理だ! 姫サンわりい、お先!」
鏡介は大慌てで1匹の大バエを呼び寄せるや、その足につかまり一目散に逃走。
「あっコラ、逃げるな!」
怒鳴りつけるマレカだが、鏡介の姿が夜空に消えると肩を竦めて自らも上昇した。
「‥‥ま、いいわ。アンタ達の戦力は概ね把握できたから。この次はアタシが相手してやるわね♪」
主の後を追う様に屋上の大バエ群も一斉に飛び立った。
戦闘終了後、撃退士達はマンション敷地内を一通り探索した。安全が確認された後、警官隊とレスキュー隊が建物内に踏み込み救護活動を開始。
対応が早かったこと幸いし、住民の人的被害は最小限に留まった。
手下達を率いて逃走した悪魔マレカ・ゼブブの行方は杳として知れない。
<了>