「ほ〜ほ〜、此処がキューシューか〜。はよう天使風情を放逐してやらんとのぅ」
ハッド(
jb3000)は地図から顔を上げ、改めて周囲の地形を確かめた。
ここは大分県杵築市北部の山中。
守備隊からの報告によれば、敵はガマガエルを大きくしたような姿のサーバントだという。
(天使どもの基本戦略はゲートの作成と搾取する人間の囲い込みであるのは明らかじゃからの、敵の先鋒が侵攻を開始するならば、天使の支配区域から最も近い所にある人里が有力かの)
故に敵の拠点・杵築城から人類側勢力圏にある里を結んだ線上を主な索敵区域に設定すれば、自ずと敵の動きも読めてくるであろう――というのがハッドの考えだった。
「またキツキ市、か‥‥あのアホな女忍者が出てきそうな気がするな」
かつて同市内で交戦したシュトラッサー「朧月」を思い出し、ラグナ・グラウシード(
ja3538)は苦々しく呟いた。
「女忍者というのは、まったくどいつもこいつも!」
くノ一を彷彿とさせる使徒の記憶に宿敵と付け狙う鬼道忍軍の某女撃退士が被り、ついついヒートアップしてしまう。
同じ依頼に参加した遊佐 篤(
ja0628)も、その時戦場となった中山香駅の方角を見やる。
「あいつアホの子だし今のところはそんなに憎めないけど、邪魔をするなら蹴り飛ばさねーとなあ」
「うむ。場所柄、また現れてもおかしくない」
ラグナは念のため同行する仲間達に朧月の情報を伝えた。
「光学迷彩の他、鬼道忍軍に似たスキルを使いこなす。あと頭のネジが少々緩いようだ」
「忍者の敵が居る地域‥‥ヒルコ(jz0124)と同じような運命の者なのか?」
同じ国東半島から来た別の使徒と交戦経験のある大炊御門 菫(
ja0436)が訝しむ。
ヒルコとは仕える天使が違うようだが、朧月のシュトラッサー化にもあの厄蔵(jz0139)が一枚噛んでいるらしい。
(だとしても‥‥敵対するのであれば戦うしかない)
「忍者の相手ってのは初めてだな‥‥」
獅堂 武(
jb0906)は腕組みして思案を巡らせた。
「結構本格的な忍者か何かなのかな?」
「ガマに忍者ってどこかの漫画みたいだってばよ」
呆れたようにいう佐藤 としお(
ja2489)。
「朧月のことなら知ってるよ。ボクの友達もその依頼に参加してたから話を聞いてる」
桐原 雅(
ja1822)が声を上げた。
「TVに出てくるくノ一そっくりの格好で‥‥でも本人は男の子だったって」
「いずれにせよ、これ以上奴らの好き勝手にさせてたまるか」
憤然としていう夜神 蓮(
jb2602)。
目の前で誰かがやられたわけではない。だが斡旋所でこの土地が天使に侵略されている様子を聞かされては黙っていられなかった。
既に戦う覚悟は充分だ。
「では参ろうか」
ハッドに促され、一行は索敵を開始した。
山中を移動しつつ、怪しい足跡や生物の気配を探る。
またハッドは定期的に手近の大樹を器用によじ登り、周囲を見渡した。
「‥‥むっ?」
何本目かの木に登ったとき、山林の一角から多数の鳥が一斉に飛び立つ光景が視界に入った。
まるで何者かから慌てて逃げているかのようにも見える。
さらに目をこらすと、木々の上に大きな黒い影が一瞬だけ飛び上がり、すぐ下に隠れた。
「何か近づいて来るぞ!」
木の幹を滑り降り、ハッドは仲間達に警告を発した。
敵の詳しい位置を探るべく、としおが仲間達に先行して影の見えた方角を索敵した。
「何処にいても見つけるよ」
なるべく物音を立てないよう慎重に移動するとしおの耳に、
ズンッ‥‥ズンッ‥‥
重い物体を地面に打ち付ける鈍い音が、規則正しく響いてくる。
それも複数。
『ゲコォーッ』
どこかで聞いたような生き物の鳴き声。
茂みに身を伏せたとしおの目の前に、やがて体長1mほどもあるガマガエルが飛び跳ねながら姿を現した。
薄気味悪い大蛙。だが守備隊が目撃した敵サーバントの内では小さな方らしい。
その数6体。
まだこちらには気づいてないようだ。
としおはスマホで背後の味方に連絡した。
「正面からの接敵は避けたいな」
撃退士達はそのまま茂みに身を潜め、ガマの群れが山道を飛び跳ねて行くのをやり過ごした。
6体の後方から、さらに図体のでかいガマが1体跳ねてくる。
「やはり出てきたか‥‥」
大ガマの背にまたがった朧月を見て、ラグナが顔をしかめた。
「忍者に大ガマ‥‥時代を間違えていないか?」
菫も改めて呆れ返る。
「聞いてたとおりの人だな‥‥」
半ば感心したように頷く雅。
一同が息を潜めて見守る中、朧月はふいに片手で大ガマの後頭部を叩いた。
大ガマは跳躍を止め、その場にドシンと着地。
「あはは! おまえ達、それで隠れてるつもりかい?」
高笑いを上げ、撃退士達が隠れた側に手裏剣を打ち込んで来る。
どうやら居場所を感づかれたらしい。
先に通り過ぎた小ガマどもが引き返してくる気配。
これ以上後手に回ってはこちらが包囲されてしまう。
撃退士達も交戦を決意。菫、ラグナ、雅が大ガマに騎乗した朧月に向かい、後の5名は小ガマ迎撃のため移動を開始した。
「またお前か‥‥」
茂みから姿を現し、ラグナは朧月を睨んだ。
「私は女忍者という奴が嫌いなんだ、叩き斬ってやろう!」
「無礼者! 僕は男だ」
「その格好でいわれても説得力がないな」
冷ややかに菫が釘を刺す。
「フン。戦ってみれば嫌でも分かるさ、僕の力が!」
そういって大ガマから飛び降りようとした使徒を。
「ちょっと待って!」
雅が引き留めた。
「何だよ?」
「せっかくだから、そのサーバントに乗ったまま戦ってくれないかな?」
「‥‥何で?」
「鬼道忍軍の友達に聞いたんだけど、大ガマに乗れるのは上忍だけなんでしょ? ウン、どっしり構えて大ガマに指示だけしてる姿が凄く立派かな〜って思うんだ♪」
むろん嘘である。大ガマに騎乗したままの方が、光学迷彩などの忍者スキルを使わない分対処しやすいと思っただけのことだが。
「へえ?」
朧月は見るからに上機嫌な顔でガマの背に座り直した。
「こいつの良さが分かるなんて、おまえなかなか目が肥えてるじゃないか? よーし、リクエストどおりにしてやろう――やれっ!」
ガマの大口がくわっと開かれ、湯気のように吐息が漏れる。
(‥‥?)
菫の視線は、ガマの足元の地面に生えた野草が急速に萎れていく光景に釘付けとなった。
「気をつけろ! こいつ、毒を使うぞ!」
一瞬遅れて、ガマの口から黒い毒ブレスが放射される。
黒煙を避けるべく左右に分かれた撃退士達を、なおもガマの口から伸びた長い舌が追う。本物の蛙であれば捕食に使う舌だが、サーバントの場合は鞭のように振り回し叩きつけてくる。
「見かけによらず手強そうだな‥‥だがここで退くわけにはいかない」
菫はあえて闘気を外部に解放、大ガマの正面に出た。
『ゲコォ!』
朧月の命令を待たず大ガマが舌を伸ばす。
両手で握った槍を体の前に掲げ、菫は相手の舌を受けた。
霞と化したアウルが霧散。
ガマの舌が弾き返される。
「12月の私はさらに機嫌が悪いぞッ‥‥くたばれッ! リア充ッ!!」
その隙に背後に回り込んだラグナがツヴァイハンダーを振りかざして仕掛ける!
怪物の後ろ足にダメージを与えるが、朧月も体を捻ってすかさず手裏剣で反撃した。
(あんまり触りたくないなあ‥‥)
大ガマの舌や毒ブレスの攻撃をかわしつつ、雅は思った。
さっきは作戦のため無理やり褒めたものの、正直ぬらぬらしたのは苦手だ。
(ましてやあの舌で舐められたら失神しちゃうかも‥‥)
極力正面には立たず、常に側面や後方へ回りこむよう動きながら、チタンワイヤーによる斬撃をかける。
撃退士達の槍や剣、ワイヤーで傷つけられると、大ガマは怒ったように飛びはね押しつぶし攻撃をかけてきた。
顔を上げた菫の目と鼻の先に、サーバントの腹が大きく広がる。
「――させるかっ」
菫は己の槍を地面に突き立て、敵の巨体が振ってくる寸前に転がって回避した。
穂先が腹に刺さり悲鳴を上げる大ガマ。
朧月が舌打ちしてガマの背から跳ぶ。
使徒の姿が溶けるように空中で消えた。
「燃え盛れ! 火遁!!」
篤の召喚したアウルの炎が、小ガマの群れに向かい一直線に伸びる。
炎に包まれる寸前、ガマ達は奇妙な行動を取った。
仲間の背に次々飛び乗り、まるでトーテムポールのごとく合体したのだ。
「こいつら、何の真似だ?」
側面に回り込んだ蓮がヴァッサーシュヴェルで切りつけるが、見かけによらず彼らのボディは硬かった。
撃退士達の攻撃が途切れると、小ガマ達は何事もなかったかのようにバラバラと別れた。
しばらく戦っているうちに撃退士達も気づいた。彼らは合体している間、単体よりも防御力が上がるらしい。つまりはこちらの範囲攻撃に対抗するための能力なのだと。
「厄介な連中よの」
ハッドは闇の翼で上空に舞い上がり、舌攻撃の射程外から雷霆の書による魔法攻撃を放った。
としおも戦域が見通せる後方に位置取り、援護射撃と共に敵の動きを分析する。
小ガマ達は一斉に毒の息を吐き、撃退士達がひるんだところで長い舌を伸ばして攻撃してきた。
「くっ!」
舌の一撃を食らった蓮が地面に膝を突く。
その瞳にルーン文字を思わせる模様が浮かんだ。
「おまえたちの好きにはさせない!」
跳躍して襲いかかってきた小ガマに、カウンターの大剣で切りつけた。
武は巫鳥翔扇を構え、伸びてくる敵の舌をさばいていた。
「――隙ありっ!」
チャンスとみればすかさず扇を投げつける。
黄色いアウルをまとった扇は一直線に飛んで小ガマを打つと、ブーメランのごとく武の手許に戻った。「やつら集合してる。また合体するつもりだ!」
後方からとしおが警告する。
篤は手近にいた小ガマの1匹に組み付き、抱え上げたまま大きく飛び上がった。
「おまえはこっちで寝てろよ!」
『ゲコォ!?』
大地に頭から叩きつけられた小ガマは雷に打たれたように硬直し、しばらく動けなくなった。
「その手は使わせねぇ!」
武が掌中に生み出した炸裂符を投げつける。
爆発が木々を揺さぶり、合体寸前の小ガマ達を吹き飛ばした。
としおのアサルトライフルが火を噴き、ハッドの魔法書から雷の剣が飛び出す。
絶え間ない遠距離攻撃の切れ目に蓮が突撃、振れば玉散るアウルの大剣で小ガマの胴を切り裂く!
間もなく小ガマ6匹を全滅させた撃退士達は、残る大ガマ、そして朧月と戦う仲間達の元へ引き返した。
小ガマとの戦闘を終えたメンバーが再び合流した時、撃退士達は光学迷彩で姿を消した朧月に苦戦の最中だった。
光学迷彩といえども完全な透明人間になるわけではない。身動きすれば足音やその他の気配で居場所を晒すことになるが、朧月はカモフラージュのため大ガマを適当に暴れ回らせ、自らは絶えず移動を続けながら時折手裏剣を浴びせてきた。
「よっ朧月、また会ったな!」
現場に到着した篤は、朧月がいそうな方角に向かって声をかけた。
「おーい。いま忍者の間で流行の泥団子合戦しよーぜー!」
『‥‥おまえ、僕のこと馬鹿だと思ってるだろ?』
どこからともなく不機嫌そうな声が答える。
(さすがに引っかからないか‥‥)
「お前、なんでシュトラッサーになったんだ?」
篤はそれとなく話題を変えた。
『見れば分かるだろ? 忍者になりたかったからだよ。最初は撃退士の鬼道忍軍になろうかと思ったけど、適性試験に落ちて‥‥そしたら、あの厄蔵が声をかけてきたんだ』
(おい、忍者なら何でもよかったのか?)
身も蓋もない動機を聞いて篤も返答に困る。
「こないだ中山香で鬼道忍軍の子と戦ったよね?」
雅も話しかけてみた。話すことで使徒の注意を逸らせるし、うまくいけば隙を見せて居場所を晒すかもしれない。
「彼、ボクの友達だよ」
『あいつか。まぁセンスは悪くないな。でも同じ忍者として負けるわけにはいかないね。今度会ったら決着をつけてやる!」
朧月の声は複数の方角から響いてくる。居場所を悟られないよう、常に移動しながら話しているらしい。
そのとき、黙って会話を聞いていたとしおが。
「朧月、お前が好きだっー!」
『!!?』
がさっばたっ! 山道の落ち葉がぼこっと凹み、何者かが派手に転ぶ気配。
「‥‥てのは ウ ソ」
としおはすかさずライフルの銃口を凹みに向けトリガーを引いた。
『うわっ!?』
短い悲鳴。
数秒後、周囲を警戒する菫のすぐ隣に、容姿も服装も装備まで瓜二つな「もう1人の菫」が出現した。
「下らない技を‥‥!」
「こっちの台詞だ、この使徒め!」
にらみ合う2人の菫。鏡あわせのような奇妙な光景。
「俺たちは?」
こんなこともあろうかと予め決めておいた合言葉を、篤が口にした。
「「撃退士!」」
2人の菫がほぼ同時に答えた。厳密にいえば一方は声を出さず口だけ動かしているようだが、どちらがそうなのかとっさには判別できない。
だが。
「偽物はおまえだ!」
右側の菫を狙い、としおが躊躇なく銃弾を浴びせた。
「えっ!?」
変幻術を解いた朧月が信じられないといった顔で飛び退く。
「な、何でだよ? 今の演技は完璧だったはず!」
「気づかなかったか? さっきの銃撃でマーキングしたのさ」
「なっ――」
本物の菫が霞をまとっとかと見るや、その体や魔具からバチバチと静電気の火花が飛び散った。
手にした槍の穂先にアウルの刃が形成され、朧月に刺突をかけると同時に雷鳴のような轟音が木霊した。
「そんな子供だましで私の心は折れたりはしない。そして折れている暇も無い」
「‥‥やはりアホだな、貴様」
憐れみの視線で使徒を見やりつつ、ラグナがリア充獄殺剣を放つ。
立て続けの攻撃にダメージを受けた朧月が口笛を吹くと、大ガマが猛牛のごとく突進してきた。
「――跳べっ!」
慌ててサーバントの背に飛び乗り跳躍を命じる。
「覚えてろよ! この次はっ‥‥」
ちょっと涙目の朧月を乗せ、大ガマは南へ撤退した。
杵築市北部を荒らし回ったハイデル軍は、結局それ以上北上することはなく立石付近に留まった。
豊後高田市を守る人類軍は東と南、2正面で天使軍と対峙した状況で年を越すこととなった。
<了>