●嵐の中に立つ影
転移装置から現場付近に飛ばされ、通常空間に出た途端、激しい風と土砂降りの豪雨が撃退士たちを打った。
緊急依頼だけに殆どの者は雨具を用意する暇さえなかったが、海原 満月(
ja1372)は持参のレインコートを身に纏っていた。
「たまたまカバンに入っていて助かったのです」
頭から爪先までずぶ濡れになりつつ、彼らは堤防からやや離れた場所で待機する陸自の指揮車両へと向かった。
「君らが久遠ヶ原の? ‥‥若いな」
待ちかねたように進み出た中隊長は、初めて会う撃退士たちの顔を見渡し、少し驚いたように呟いた。
撃退士養成校である久遠ヶ原学園のことは、知識としては知っていたのだろう。
しかし撃退士であると同時に「学生」でもある彼ら彼女ら――ことにまだ自分の娘のような年頃の満月やミーナ テルミット(
ja4760)を目にして、中年の陸自将校は複雑な面持ちで眉をひそめる。
「ご心配なく。年齢性別に関係なく、我々は既に撃退士としての訓練は受けている。貴官もそう思えばこそ、撃退庁ではなく学園の方へ依頼を出したのだろう?」
「う、うむ‥‥そうだな」
鷺谷 明(
ja0776)の言葉に、中隊長は我に返ったように頷いた。
「そういう訳で、教えて頂けるかなミスタ?」
やや芝居がかった口調で、ジェーン・ドゥ(
ja1442)が現在の状況を尋ねる。
「あの通りだ‥‥奴ら、堤防が決壊するのをのんびり待ってやがる。我々の部隊など、初めから眼中にないのさ」
中隊長が忌々しげに指さす先――投光器の光輪に照らし出された堤防の上に、人間でいえば小学生くらいの大きさの人影が4つ、影絵のごとく佇んでいた。
「河童、河童、河童ね。おや、おや、おやまあ、何たることで。とても、とても、面白そうだ」
河童――そう、そのサーバントを形容するのに相応しい、一般的な言葉を選べばそうなるだろう。
「河童なんて、そういえばニホンにきてからハジメテミルネ!」
ミーナが動物園のパンダでも見つけたかのように声を弾ませる。
「あれは河童ではない。頭の皿も嘴もないだろう? 似たような水の妖怪に『水虎』というのがいるが、それに近いな。まあどちらも空想の生き物だが」
「って、エ? 実在しない動物だったノ!?」
天風 静流(
ja0373)の説明に、ミーナはちょっとがっかりしたように青い瞳をパチクリさせる。
「天魔どもは、なぜか伝説や神話の幻獣に似せた怪物を生み出すのがお好きなようだ。人間を怖がらせたいのか、それとも逆に奴らの作った怪物が神話の元型となったかは知らないが」
「と、とにかくっ、やっつけるヨーっ!」
そんな会話を交す2人の隣で、
(河童か‥‥伝承の通りなら一度組み技で勝負してみたい相手だが)
北島 瑞鳳(
ja3365)は内心で残念に思っていた。
民話に登場する河童は「怪力で相撲好き」と相場が決まっている。
幼少のみぎりより柔道で体を鍛えてきた瑞鳳にしてみれば、たとえサーバントと判っていても、ぜひこの機会に河童と力を競ってみたかったのだ。
(こんな状況ではそうも言ってられないな。これ以上状況が悪化する前に、さっさと済ませてしまおう)
一方、黒崎 黒太(
ja2220)にとって、敵が何者であるかはさして重要ではなかった。
「とうとう拳銃を手に入れた。夢にまで見た拳銃だ。早く撃ちてー」
先日買ったばかりのリボルバーの感触を楽しみつつ、逸る心を抑える。
(でも本当はショットガンが欲しかった‥‥)
まだ稼ぎの少ない新人撃退士としては、初期レベルの魔具を揃えるのも一苦労だ。
この依頼の報酬が入ったら、ショットガン購入の頭金にしよう――黒太はそう心に決めるのだった。
ともあれ残された時間は短い。
撃退士たちは陸自側との細かい打ち合わせを手早く済ませる。
投光器による視界の確保。スコップなど工具類の貸与、等々。
やがて準備を整えた一同は、各々光纏を身にまとい、横殴りの雨の中堤防へと移動を開始した。
「しかし、しかし、冷たい雨だ。あの映画の主題歌でも歌えば雰囲気がでるかな」
本当に歌うかのようにいうと、ジェーンはコートのポケットから棒付き飴を取り出し、口にくわえた。
●戦闘開始
自衛官の証言によれば、「水虎」は大の男も投げ飛ばす怪力の他、高圧水流と思しき「水鉄砲」を口から吐き付けてくるという。
遮蔽物が一切存在しない現場の状況を考えると、敵の飛び道具は厄介な存在だ。
「まずは水鉄砲の射程と威力を把握する必要があるな」
静流の言葉に従い、堤防の斜面の下あたりまで慎重に接近したパーティーのうち、もっとも射程の長いリボルバーを持つ黒太が、堤防の上に立つ水虎たちへ射撃を試みた。
たちまち堤防の上から反撃の水鉄砲が撃ち込まれてくる。
咄嗟にミーナが構えたブロンズシールドに水流の先端がぶつかり、激しく水飛沫を散らした。
満月は運悪く直撃を食らってしまった。
通常兵器でいうならライフル弾並みの威力。一般人なら即死だろうが、幸い生身でも超人的な耐久力を有する撃退士ならば何とか耐えられる。
「むう‥‥今更少しくらい濡れても変わらないのですっ」
少女は仲間たちに「へっちゃら!」と伝えるため大きく手を振った。
「ある程度距離を取れば、問題なさそうだな」
明も片手を上げ「GO!」のハンドサインを送る。
泥濘に足を滑らせないよう注意しつつ、撃退士たちはさらに前進を開始した。
黒太のリボルバーが立て続けに火を噴き、時折命中を示すかのように水虎の体がグラリと揺れた。
敵のいる場所まであと6メートルほどの距離まで迫ったとき、ジェーンは水虎に向けて苦無による攻撃を開始した。
昔の忍者が愛用したものと同名の手裏剣であるが、撃退士の扱う苦無はアウル力を実体化させた、いわばエネルギー兵器だ。
1回投擲した後、ジェーンの掌中に魔法の力で新たな苦無が生成される。
「そんな場所に居ちゃ届かないぞ」
瑞鳳もスクロールから魔力の光弾を投射。
5、6メートルの間合いを挟み、しばし射撃の応酬が続いた。
リボルバーや苦無、魔力弾による攻撃は確実にサーバントへダメージを与えているようだが、同じく水鉄砲による敵の攻撃も撃退士たちの生命を徐々に削り始めていた。
近づけば近づくほど、敵の高圧水流は威力を増すらしい。
典型的な消耗戦である。
味方のダメージに関しては満月とミーナが回復役を務めるので余裕があるといえ、戦闘が長引き堤防が決壊してしまえば敵の思うつぼだ。
撃退士たちの内心に一抹の焦りが生じる。
「心構えは柔道の試合と同じだ! 落ち着け、血気に逸るな、冷静に戦場を見渡して自分の為すべきことを為せ!」
降り注ぐ雨の中、瑞鳳が堤防を睨み上げ、自らに言い聞かせるように怒鳴った。
結局、先に痺れを切らせたのは敵の方だった。
4体の水虎が獣のような咆吼を上げ、堤防の斜面を駆け下り突っ込んできたのだ。
「かかったな!」
静流、満月、明、ミーナを前衛に、他の者を後衛に配した布陣で、撃退士たちはサーバントの群を迎え撃った。
●白兵戦
「助かったよ。川の中のお仲間から援護射撃なんて、願い下げだからな!」
静流はショートスピアを構え直すと、先陣切って突入してくる水虎の1体を狙い、祖父仕込みの槍術を以て近接戦に移った。
鉤爪を生やした両腕を振り回す敵の動きを見切ると、その間合いの外から的確に鋭い刺突を繰り返す。
攻撃が単調にならないよう、時には打撃も織り交ぜ、石突のある方で足払いも試みる。
ふいに水虎が動きを止め、水鉄砲発射の挙動を示した。
「――させるか!」
スライディングの要領で敵の懐に飛び込むや、喉元を狙い渾身の一撃!
短槍の穂先を喉に受け悲鳴を上げる水虎めがけ、
「ボクからキツイお年玉をあげるのです」
満月がケーンを振り下ろす。
見かけこそ細身の杖だが、アウルの魔法力が付加された一撃は怪物の片腕を砕くのに充分な威力を備えていた。
明は片手に鉤爪、もう片手に防水ケース入り使い捨てカメラを構えて別の水虎と対峙していた。
今回の依頼の目的は「堤防の決壊阻止」だが、彼個人としては「サーバントの生態記録」が最重要目的と考えている。
むろんパーティーとして立てた作戦には従うつもりだが、そこは彼なりに譲れない拘りというものがあるのだ。
「どうせ武器は片手持ちだ。問題はない!」
至近距離でカメラのフラッシュを閃かせ、一瞬気を取られた水虎へ鉤爪で袈裟がけに斬りつける。
水虎の肩口から迸る血飛沫を、激しい雨がたちどころに洗い流した。
くわっとあぎとを開き、反撃に放った水鉄砲を、ミーナが掲げたブロンズシールドが遮る。
「ここから先は行かせないヨーっ!」
少女はショートソードを振るい、相手の隙を狙って果敢に斬りかかった。
前衛が2体の水虎を足止めしている間、そこを擦り抜けた残りの2体に、後衛の撃退士たちが立ち向かっていた。
「さてさて。サーバントの体はどれだけ頑丈なのかな?」
ジェーンは陸自から拝借したスコップを振り上げ、水虎に殴りかかった。
グァン! と鈍い音が響き、鋼鉄製のスコップが大きく歪む。
水虎は驚いたように後方へ飛び退くが、それ以上のダメージを与えた様には見えなかった。
光纏状態の撃退士が攻撃したので透過能力は通じない。ただしV兵器ではないため、せいぜい相手を弾き飛ばす程度の効果しかないということなのだろう。
「実験」を終えて満足したジェーンは、スコップを投げ捨て片手に苦無、もう片手はサバイバルナイフに素早く持ち替えた。
これからが本番だ。
「さあ、さあ、それでは楽しく遊びましょう!」
再び肉迫してきた水虎の爪を紙一重でかわし、踊るように、軽やかにナイフで斬りつける。
「しかし、しかし、人型なのはやりやすい。いつも通りで良いのだから」
本当は首をかっ切ってやりたいところだが、それにはまだ敵が元気すぎるようだ。
「どけっ、ジェーン!」
黒太の声にすかさず身を伏せると、射線上に身を晒した水虎めがけてリボルバーの銃弾、そして瑞鳳の魔法弾が殺到した。
●水際の攻防
雨の中、戦いは数分に及んだが、数の優位もあり撃退士たちが徐々にサーバント側を圧倒していった。
まず前衛で集中攻撃を受けていた2匹が力尽きて倒れる。
残り2匹は形勢不利と見たか、その足元から音もなく地面に沈みこんでいく。
「おっと。そうはさせない」
明がすかさず祖霊陣を展開。
透過能力で地中に逃れようと図ったサーバントは、アウル力の結界に阻まれ弾き飛ばされるように地上へ浮き上がった。
何が起きたか理解できず、困惑したように足元を見やる水虎たちは、やがて踵を返し川の方へと走り出した。
「逃がすか!」
瑞鳳がスクロールから放つ光弾が水虎の足元に命中、泥と雨水が爆発したように飛び散る。
それでも命からがら堤防へ逃れる水虎たちを追い、撃退士たちも堤防への斜面を駆け上った。
堤防の上は幅4メートルほどの平地となっていた。
川の水は益々水位を増し、今や堤防から溢れださんばかりの濁流となっている。
そのまま川に飛び込むかと見えた水虎は、ぎりぎりで踏みとどまり、クルリと向き直った。
どうやら堤防決壊までの時間稼ぎが彼らの役目らしい。
斜面を登り切り堤防の上に出た撃退士たちは、暗い濁流の合間に浮き沈みする水虎たちの頭部を発見した。
その数、少なくとも10体以上。
透過能力を用い、激流の中立ち泳ぎの状態を保っていられるのだろう。
撃退士たちの姿を見るなり、水中の水虎たちは一斉に顔を上げ、水鉄砲を発射してきた。
距離があるためダメージこそないものの、一瞬視界を奪われたところに、2体の水虎が最後の力を振り絞って反撃を加えてくる。
(多少のダメージは気にしていられない状況だ)
瑞鳳は水鉄砲の一斉攻撃が途切れた瞬間を狙い、堤防の水虎に向けて低い体勢からタックルを見舞った。
地面に倒れた水虎を狙い、静流のショートスピアが、満月のケーンが次々と振り下ろされる。
「そろそろ終わりにしよう‥‥さよならだ」
必死に抵抗を続けていた水虎も、静流の槍の一閃を胸に受け、ついにその動きを止めた。
最後の1体に対しても、明の鉤爪、ミーナのショートソード、さらに黒太の銃弾が集中攻撃を浴びせる。
「女王様が言いました。『その首を刎ねておしまい!』ってね」
ダンスのステップを踏むように接近したジェーンが、水虎の首元めがけサバイバルナイフを振るう。
胴から斬り飛ばされた獣の首が放物線を描き、黒い濁流の中へと落下した。
4体の水虎が殲滅されると、水中にいたサーバントたちの群れは、間もなく激流に逆らいつつ川上へと撤退を開始した。
「やけに諦めがいい‥‥というか、下級サーバントにしては統率がとれているのが気にくわないな」
堤防の上からその光景を眺めながら、静流が不審そうに呟く。
「あるいは水中にもう少し知恵のある『指揮官』がいたのかもな‥‥まあ今となっては推測に過ぎないが」
残ったフィルムで撤退していく敵を撮影しつつ、明がいった。
戦闘終了の報告を受けた陸自部隊が、さっそく土嚢をかついで堤防へと向かって来る姿が見えた。
撃退士たちの任務もこれにて終了である。
これから後は各自の自由行動だ。
「遊びたりないけれど仕方がない。体を冷やす前に休ませて貰うよ僕は」
そういってさっさと引きあげるジェーンのような者もいれば、
「力だけはある‥‥手伝わせてくれ」
瑞鳳のように自らボランティアとして自衛隊に作業への協力を申し出る者もいた。
明、ミーナ、満月も瑞鳳と共に護岸作業へ参加、自衛官の見よう見まねで土嚢を運ぶ。
静流は敵の逆襲を警戒し、堤防の上から見張り役を務めた。
その後一時間ほどの作業により、すんでのところで堤防の決壊は回避された。
作業の終了後、その場に残った撃退士たちには、陸自の炊事班から熱いお汁粉が振る舞われた。
「ふみゅう、お仕事あとのお汁粉は美味し‥‥いの‥‥で‥‥zzz」
お汁粉を飲み終えると一気に疲れが出たのか、満月は隣に座る瑞鳳の大柄な体に寄りかかるようにして眠り込むのだった。
●エピローグ
学園に帰還後、明は写真部の暗室を借り、さっそく敵サーバントを撮影したフィルムの現像に取りかかった。
が、その結果は‥‥。
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ!(神よ、神よ、何故に我を見捨てたまうか!)」
なにぶん、激しく動き回る戦闘中の撮影である。
現像された写真はどれもブレブレで、何やら分からない影や手足の先端が写っているに過ぎなかった。
「いや‥‥これは必ずや後世に利を齎すであろう研究の一部なのだよ、と言い訳してみる」
気を取り直した明は乾かした写真をファイリングし、「サーバント/水虎」と印字されたラベルを貼って己の研究資料に加えるのだった。
<了>