「俺知ってるぞっ! 自分の事天才っていうやつには、ばーかばーかって言うのが礼儀だってっ!」
「そこはツッコまないお約束なのだ☆」
●初めの一歩!
「廃墟にグールと蝙蝠‥‥ね。ホラーハウスか」
自動車道路は通っているものの、昼間から人気のない鬱蒼とした山奥。
木々に囲まれた旧社員研修所を見上げ、白鷺 瞬(
ja0412)は率直な感想をもらした。
建物自体はシンプルな鉄筋コンクリート2階建て。洋画ホラーに登場する幽霊屋敷というにはほど遠いが、窓ガラスは破れ風雨に晒されてどす黒く汚れたコンクリート壁はそれなりに不気味なムードを醸しだし、地元ではちょっとした「心霊スポット」として有名らしい。
もっとも幽霊などより遙かに危険なディアボロの存在が確認されて以来、一般人の立ち入りは厳重に規制されているが。
「さて、初めてのオシゴトだ、さくっとごりっとやっちまおうぜー」
初の依頼参加とあって張り切る杠 翔輝(
ja9788)が掌に拳を打ち付け「にひ♪」と笑う。
「こう、こんなふうに殴れば、良いものかなと」
肩慣らしとばかり魔具のロッドをブンブン素振りするのは、やはり依頼初参加のエミリ(
jb1065)。
気合いは充分。だが初めての実戦を前に内心の不安も少なくない。
(だ、大丈夫、なんとかなる、なんとか‥‥)
「日本での初陣ですか‥‥無様は晒せませんね」
欧州出身の貴公子セヴォフタルタ・L・アマダイン(
jb1159)は生真面目な表情でじっと建物を見つめた。
「戦いという意味ではかなりのブランクがあったし、どこまで俺の力が通じるか試してみるか‥‥」
口調こそまるで男のようだが、アナスタシア・チェルノボグ(
jb1102)は楚々としたロシア人女性。男言葉は日本語を習う過程で身に付いてしまったものだ。
もっとも彼女自身、見かけによらず男勝りな面もあるので、この口調が似合っているといえなくもないが。
「ハーイ☆ みんな、準備はいーかなー?」
ここまで一同を道案内してきた綿谷つばさ(jz0022)が声を張り上げた。
形の上では生徒会の「新人撃退士研修企画」であり、つばさはその指導員という立場だが、実際には撃退士としての自主性を養うため、作戦計画から実戦まで殆ど全てを参加者達に自力で行ってもらう。
つばさの役目はアドバイザー、及び万が一のサポート役といったところ。
ちなみに今回の参加者のうち最年少のエミリ、同い年の鍋島 鼎(
jb0949)を除いた6名は皆つばさより年上だ。
その様子を見て、
「うーん、やっぱり撃退士って‥‥年齢も見た目も、それだけに限らないのよね」
柊崎 螢(
ja0305)は思わず呟く。
言葉遣いも外見も女性的な螢だが、彼はれっきとした男性である。
「つばさちゃんもうちの子とそう変わらないし、今回一緒に行く人もそれぞれ‥‥頑張らなきゃねぇ」
「見取り図とかあるなら見せてくれなっ!」
さっそく翔輝が質問した。
「建物の見取り図なら、斡旋所で貸与したスマホにデータをDLしてあるよ。GPSとも連動してるから方角もバッチリ分かるのだ☆」
「あと、俺、実はこう見えて初めてなんだ。優しく教えてくれ‥‥」
翔輝は真顔でいってから、
「‥‥撃退士の事とか、今からやり合う敵で注意することとかさ」
にかっと笑った。
「うーにゅ‥‥」
つばさは首を傾げて考え込み、
「じゃあ一番の重要ポイント。みんな阻霊符は持ってきてるかな?」
「これかしら?」
螢が1枚の御札を取り出した。
「OK! これは殆どの戦闘依頼で必要になるから、忘れず装備してね。でないとザコ天魔相手でも壁やら地面やら擦り抜けられて大苦戦することになるのだ」
透過能力は最下級のサーバント、ディアボロから上位存在である天使、悪魔までを含む「天魔」が共通して有する最も特徴的な特殊能力だ。地面でもコンクリート壁でも自在に擦り抜けられるし、自らの意志で制御できるから「地面に沈み込んだまま浮き上がれない」などということもない。
また棍棒からミサイルまで、人類が保有する既存のあらゆる武器は天魔に対して全く効果がない。彼らにダメージを与えられるのは、光纏した撃退士(アウル能力者)が使用する魔具(V兵器)のみ。
攻撃力としてはバハムートテイマーの召喚獣も有効だが、実体化していられる時間に限りがあるため、召喚者が自身を守るための魔具は必要だろう。
「まずは阻霊符と魔具、この2つは天魔と戦う時に必ず装備しておくこと。それ以外の細かいことは、実戦経験を積めばおいおい身についていくよ」
そこまで説明すると、つばさは入り口を指さしてにこっと笑った。
「それじゃ、みんな頑張ってね♪ あたしはディアボロが外に逃げ出さないか、建物の周りを警戒してるから。もし何か困った時はスマホで連絡するのだ☆」
「習うより慣れろ! ですよね。ぜひ、慣れたい所存です」
エミリが元気よく返事をする。
「千里の道も一歩から――とはよく言ったものです。何にせよ、まずは力をつける所から始めましょうか」
鼎が仲間達を促し、一同はいよいよ建物の中に踏み込んだ――。
●魔獣が巣くう館
地上2階、地下1階の建物内を探索するにあたり、8名の撃退士達は1団となり、1階→地下→2階というルートで回る手はずとなっていた。
これは暗所という環境から最も苦戦が予想される地下を、体力的に余裕がある早い時期にクリアしておきたいという理由からである。
「こ、ここ、怖くない怖くない」
慣れない戦場となる廃ビル内でややビビリ気味のエミリだが、大きく深呼吸して己に気合いを入れ直す。
「念の為に使っておきましょうか」
螢が装備した阻霊符を発動させた。
これで半径五百m程度の範囲に存在する天魔の透過能力を無効化できるので、集団行動中は1人が発動させていれば充分だろう。
窓から差し込む陽光で視界は確保されているといえ、廃墟の建物内は昼なお薄暗く、黴臭く淀んだ空気が鼻を突く。
自らスカウト役を買って出た翔輝が先行し、通路の角では鉤爪を構えて敵の気配を警戒。
間もなく一行は1階の内では最も広いと思われるホールに出た。
薄闇の中で、ゆらりと動く影。
『グルルル‥‥』
二本足で歩く姿こそ人間のようだが、鋭い犬歯を剥いて威嚇する獰猛そうな面構えと鋭く尖った爪は、まさに伝説の食屍鬼だ。
早くも現れたディアボロのグール。その数は2体。
「さっそくおいでなすったな!」
最初にグールを発見した翔輝はホールのテーブルに飛び乗るや高々とジャンプ、先制攻撃とばかり斬りつける。
鉤爪の刃が1体のグールの右腕を切り飛ばした。
『ウゴォッ』
グールの体が大きく傾く。
だが足元に落ちた自らの片腕を拾い上げ傷口に合わせると、ぐにゃっと腐肉が溶け合い見る間にくっついた。
「わっキモイ! 何だこいつら」
敵の再生能力を目の当たりにして驚く翔輝。
「あの程ほどに溶けた感じの皮膚、時代を感じる人骨の色、かわいいなぁ」
初めて目にするグールを前にはしゃぐエミリ。この辺り、ちょっと「可愛い」の基準が世間とずれているような‥‥。
「でも異臭が残念かなぁ」
今度は1人でしょげている。どこまでもマイペースだ。
「やかましい死人め」
続いて皇 夜空(
ja7624)が前に出た。
「この俺の眼前で死体が歩き、不死者が軍団を成し戦列を組み前進する。唯一の理法を外れ、外道の法理もってして通過を企てるモノを我々が、我等撃退士が、この俺が許しておけるものか」
指先から長く伸びた鋼糸の先にアウルによる細鏃が生まれ、グールの左足に巻き付くや一気に切断。
『グォォ!?』
「貴様らは震えながらではなく、藁のように死ぬのだ」
「再生する前に叩け! 集中攻撃だ!」
アナスタシアが素早く横に回り込む。
「俺のこの炎を避けられるか?」
2体の敵を直線上に捉える角度から炎の球を放ち、グールどもをまとめて焼いた。
再びくっつけようと持ち上げられたグールの片足は、灰になってボロリと崩れる。
「燃やされてしまっては再生しようもないですね」
鼎の掌中に炸裂符が生じる。立ち上がろうともがくグールに投げつけると小爆発を起こしさらなるダメージを与えた。
続いて肉迫した瞬は、床に倒れたグールの頭部に召炎霊符を挟み込むようにして掌で押さえつけた。
「死体は灰に戻っておけ‥‥燃え散れ!」
零距離からの魔法攻撃を受け、グールの上半身が炎に包まれる。
ついに力尽きたか、それ以上再生することもなく、ディアボロは焼死体となって床に倒れ込んだ。
残る1体に対して、アウルの輝きを刃に変えた剣「星煌」を構えたセヴォフタルタが突入、串刺しにしてダメージを与える。
再び夜空の鋼糸がグールを切り刻み、2体目にとどめを刺した。
まずは2体のグールを殲滅した撃退士達は1階の他の部屋も探索したが、他のディアボロは見当たらなかった。
初の戦闘で負傷した仲間達に、 螢が救急箱で応急手当を施す。
「‥‥はい、これでよし。続きも頑張りましょうね」
●地下室の死闘
次はいよいよ問題の地下階だ。
配電盤そのものが壊れているため、地下のボイラー室は全くの闇といってよい。
地下室へ通じる扉を開けると同時に螢が星の輝きを発動。彼を中心に輝くアウルの光が室内を照らし出す。
その明かりの中に、グール2体、デーモンバット4体の姿が浮き上がった。
すかさずエミリが高速召喚術でヒリュウを召喚。
「一緒にがんばろうね!」
一声かけてから、幼い竜をバット迎撃へ向かわせた。
敵のディアボロ達も、人間の存在に気づくなり襲いかかってきた。
地下フロアはそのまま乱戦に突入した。
星の輝きの効果時間は1回でおよそ50秒。1人で連続して使用しても9分と保たないだろう。
セヴォフタルタと螢が交互にスキルを発動、無駄のないよう光源の維持を図る。
その間、翔輝は趣味のパルクールで鍛えた体術をフルに活かし、地下室狭しと暴れ回った。
壁を蹴って三段跳び、グールの頭上をベリーロールで飛び越えたりとトリッキーな動きで翻弄しつつ鉤爪の攻撃を繰り出す。
「肉弾戦上等だ!」
噛み付いてくる敵には負傷も辞さずカウンターで口中に鉤爪を突き立てた。
「再生能力があっても‥‥貫かれたらどうなる?」
瞬はローキックでグールの体勢を崩し、破山のスキルを乗せた貫き手でその胴体を貫く。
グールの腹が破け、腐臭をまきちらして内臓が飛び出した。
それでもなお平然と反撃してくる相手のしぶとさも相当のものだ。
しかし手強いのはむしろデーモンバット。
グールに比べれば体の小さい吸血コウモリだが、その分小回りが利いて狙いを定めにくく、おまけに噛みつくと牙から毒を分泌するので厄介である。
「チョロチョロ飛び回ってんじゃねぇ!」
瞬がジャブを放って牽制するが、バットどもはしつこくまとわりついてくる。
数名の撃退士が毒に冒され、戦闘のさなか徐々に肉体を蝕まれていく。
専らグール相手に立ち回りを演じる翔輝も、掌中にアウルの力で生み出した影手裏剣を目障りなコウモリめがけ投げつけた。
セヴォフタルタは円盾アスピスを構えたまま敵を引き付け、味方の遠距離攻撃がバットを攻撃する隙を作るべく動く。
床に落ちたバットを剣で刺突するが、時にボイラーの配管を足ががりに飛び上がると、自ら円盾で空中の敵を叩き落とすという大胆な攻撃も行った。
夜空の指先から伸びる鋼糸が王冠のごとき軌道を描きつつ彼の周囲をたゆたい、群がるコウモリに裂傷を与える。
ヒリュウが床に追いやった1体のバットを、エミリは相棒の召喚獣と共にロッドでタコ殴りにした。
「ロッドは打撃武器と聞いたので!!」
星の輝きを放つ合間、螢はマグナムの対空射撃でバット撃墜を優先、また負傷した仲間をライトヒールにより回復。
「私には吸魂符があります。回復は他へ回しても大丈夫です、数の優位を崩さないようにしましょう」
アスヴァンの仲間に声をかけると、鼎は吸魂符を投げつけ自らの回復も兼ねてグールの生命を吸収した。
「く‥‥」
バットの毒を受け体力を消耗したアナスタシアの瞳が蒼白に変わる。
「お前の生命力を俺の命の糧にしてやる‥‥いでよ、月光の槍」
彼女の頭上に蒼白く輝く光の槍が出現、目前のグールを貫くと、アナスタシアは自らの体に活力が蘇るのを感じた。
「俺は後ろへ回り込む! 援護を頼む!」
その言葉に応え、鼎が炸裂符でグール達を牽制。
「‥‥よし、今だ!」
鼎が放った御札が爆発するタイミングに合わせ、銀髪の美女は2度目の炎陣球を使用。
陰陽師2人の連携が1体のグールにとどめを刺す。
相前後してデーモンバットを全滅させたセヴォフタルタは目標を残るグールに変更、渾身の斬撃を叩き込んだ。
「ゾンビ野郎はおうちでも土でも還りやがれっ!」
しぶとく抵抗するグールの爪を片手の甲で食い止めた翔輝が、がら空きのボディーに鉤爪を突き立てこれでもかとばかりに抉る。
さらに背後から瞬の抜き手で貫かれた食屍鬼は、ついに力尽きて倒れた。
「これで事前の情報にあった数の敵は倒したけど、念には念を入れて‥‥ね」
星の輝きを解除し、1階に戻った螢がいう。
撃退士達は毒の効果から立ち直った者、負傷の程度が軽い者が先に立つ形で2階を探索。
全ての宿泊室を注意深く調べたが、結局他のディアボロは発見されず、階段を降りて建物の外へと出た。
●戦い済んで‥‥
「みんなお疲れさま!」
玄関の外でつばさが出迎えた。
一同が屋内を探索している最中は建物の周囲を見回っていた彼女だが、窓からディアボロが逃げた姿は見なかったという。
「ケガした人はゆっくり休んで回復してね♪ みんなもこれから経験を積んでいけば、今回程度のディアボロは1人でも倒せるようになるよ。それでも初心忘るべからず、なのだ☆」
「‥‥終わっ、た」
緊張から解放されたエミリが安堵の息を吐く。
アナスタシアは雪だるまのアクセサリーを手に、今は亡き弟に心の中で語りかけた。
(お姉ちゃん‥‥がんばったよ‥‥)
決して楽な戦いではなかったが、今回の依頼もこれから先天魔達と戦っていく長い日々の、ほんの始まりにすぎない。
撃退士達は様々な思いを胸に、久遠ヶ原学園への帰途についた。
<了>