●久遠ヶ原学園〜高等部校舎
「はじめまして。斉藤由美さんですね?」
昼休みの教室。地領院 夢(
jb0762)から声をかけられたその少女は、不思議そうに顔を上げた。
「はい。そうですけど‥‥」
「相談室から来ました、良かったらお話を聞かせて下さい」
そう聞いた途端、由美の顔は耳まで赤くなった。
「えっ!? あ、あの――」
「ご安心下さい。相談内容は秘密厳守ですから」
そういって安心させた後、夢は声を落として彼女の耳元に囁く。
「ここじゃ何ですし‥‥とりあえず放課後あたり、どこかでゆっくりお話できませんか?」
「は、はい」
まずは放課後、学園内の某カフェテリアで落ち合う約束を取り付けると、夢は他の生徒達の目に付かないよう、さりげなく教室を出た。
●放課後〜カフェテリア
綿谷つばさ(jz0022)の呼びかけに応じた撃退士達が集まり、早くも今回の依頼についてあれこれ相談していた。
「我には神が人の仔らに遍く与える愛は身近なれども、人の仔が愛しきただ一人に捧げる愛は未だ解せぬ‥‥」
棚瀬 真貴(
ja4558)は詩人のごとく朗々と語る。
「だが、我が白き光の力が齎す奇跡で、必ずや彼女の想い叶えよう」
何やら難解な言い回しだが、その後小声で、
(僕にも恋愛の何たるかはまだわかりませんが、僕にできる精一杯の応援を致します)
と訳文(?)を付け加えた。
「恋する女の子の可愛さは最強こえて超無敵ですよね。お手伝いができて光栄ですっ!」
宮本明音(
ja5435)にとってはこの「女の子の可愛さ」こそ重要ポイントらしい。
「れんあい、って、すてき?」
自身はまだ恋したことがない少女、エルレーン・バルハザード(
ja0889)は夢見るような目で自問自答した。
「同人誌では、みんなしあわせそうだよね‥‥だから、きっとすてきなんだね!」
彼女がいう同人誌とはいわゆる「女性向けジャンル」なので、この場合ちょっと、いやかなりケースが異なるような。
「恋愛は難しいな。まぁ、上手くいくよう手は尽くすよ」
ボーイッシュな大学部女子学生・地領院 恋(
ja8071)は夢の姉。今回は姉妹揃っての参加である。
「ふむ‥‥折角の恋‥‥まずは実らせてあげたいねぇ☆」
やはり大学部生のジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は、年下の少女の恋愛事情を微笑ましく思いつつ応援してやりたい気分だった。
やがて約束の時間になり、由美が現れた。
「は、はじめまして‥‥」
緊張気味に深々お辞儀した後、一同の顔を見渡し。
「‥‥ところで、どなたがゴッド荒石さんなんですか?」
「本日、荒石様は別件で不在です。でもご安心下さい、斉藤様の恋が叶いますよう、私どもが全力でサポートさせて頂きますから」
穏やかな微笑みを浮かべ、氷雨 静(
ja4221)が答えた。
まあ実際は「下手に首を突っ込まれるとうまくいく話もいかなくなる」という理由から、つばさの監視付きで相談室に軟禁中であるが。
「そうなんですか? じゃ、じゃあ、どうぞよろしくお願いします」
そんな由美に、さっそくアーレイ・バーグ(
ja0276)が話を切り出した。
「まずその服を脱いでですね? ここに用意したラッピング用のリボンで自分をラッピングします」
「え‥‥?」
手にしたリボンを掲げ、真顔で続けるアーレイ。
「そして意中の男性を呼び出して、押し倒してしまえば無問題! ですね♪」
「‥‥!!」
一瞬思考停止に陥ったのか、由美はその場で石像のごとく硬直した。
「‥‥日本ではアメリカンジョークは受けませんか」
「ま、アーレイちゃんのジョークは極論として‥‥恋愛も戦いも、最も良くないのは中途半端な攻撃だ。逃げずに戦うなら、シンプルにわかり易く、全力でいくと良い」
ぐっと拳を握りアドバイスする恋。
「でも、私なんかじゃ‥‥」
「さて、気を取り直しましてっと。ステイツで『容姿には自信がある、金持ちと結婚したい!』という女性にとある大企業のCEOが答えました」
再びアーレイが口を開く。
「『君の美しさは年と共に劣化する一方だ。投資として相応しい対象ではない』」
「ど、どういう意味でしょう?」
「この話を逆に解釈すれば若い由美さんは女性としての価値が一番高い時期にあるということですね。男性を射止めるためにはより自らの価値を上げる努力をなさるべきでしょう」
「努力‥‥ですか」
「他の用件を勘案しないのであれば、美人と普通の子なら普通の男性は美人を選ぶことでしょう。美人に近づく努力をするべきだということです」
「美人だなんて‥‥私なんか、全然」
すっかり自信をなくしたようにしょげ返る由美。
「まずは化粧でしょうか? 芸能人のすっぴん写真なんか見れば解りますが、化粧はきちんとすれば化けますよ? まずはこんな感じで‥‥」
アーレイは持参のメイクセットを取り出し、即興で由美に華美にならない程度の簡単なメイクを施した。
「わぁ‥‥!」
本格的なお化粧は初体験なのだろう。数分の後、見違えるように変わった自分の顔を鏡で見るなり、由美の口から驚きの声がもれた。
「他には‥‥胸がおっきいと色々注目されますが‥‥急場では増やせませんか。アクセサリとかどうでしょう?」
やはり持参のアクセサリ数種をテーブルに広げ、由美に勧めてみる。
値段はごく安いものだが、それでも由美にとっては普段縁遠い派手な装飾に見えるようだ。
おずおず手に取り、
「こ、こんなの私に似合うかな‥‥?」
しきりに首を傾げている。
ある程度由美の緊張が解けたタイミングを見計らい、夢は彼女の好きな色や得意な料理、また憧れてるファッションなどを聞き出した。
(いつもと違う服装って抵抗かもだけれど、好きな色とか憧れてるものが入っていれば受け入れやすいもんね)
「告白っていっても、実際はどこでどうやったらいいのか‥‥見当もつかないんです」
「それは安心して。私達で、きちんとお膳立てするから」
にっこり笑い、夢が請け負った。
●翌日の昼休み
「浜口努様のクラスはこちらでしょうか?」
教室の出入り口に立って静が尋ねた。
由美は事前の申し合わせ通り素知らぬ振りをしている。
「俺のことかな?」
1人の男子生徒が席を立ち、怪訝そうにやって来た。
「浜口様はサッカーが得意と伺いました。今度依頼で必要なので詳しく教えて頂けませんか?」
「へえ?」
少年は顔を綻ばせた。大好きなサッカーの話ができるのが嬉しかったらしく、静に問われるまま、上機嫌でサッカーに関する蘊蓄を披露する。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「お安いご用さ。サッカーについて何か知りたきゃ、いつでも聞きにきてくれよ」
「お礼といっては何ですが‥‥実は今度私どもで催すパーティーにご招待したいと思いまして」
そういって、静はハロウィンパーティーへの招待状を差し出した。
ちなみに招待状は恋の手作りで、紺地にハロウィンモチーフを散りばめた本格派である。
「パーティーかぁ‥‥確かにこの日は空いてるけど‥‥」
初対面の静からの急な申し出に、やや戸惑う努。
「浜口様のクラスメイトも何名か参加されますよ」
「あ、そうなんだ?」
それを聞いて安心したのか、努は紹介状を受け取り席に戻った。
●とある日曜日
パーティー当日。撃退士達は空いてる教室を借り、朝から会場の準備を始めていた。
真貴はゴッドとつばさを伴い、商店街へ食材やパーティーグッズの買い出しに。
ゴッドに対しては荷物持ち、及び資金提供の希望をさりげなく出してみる。
「汝は真の神なのであろう。我にその慈愛と奇跡を見せてくれ。(訳:お願いできませんか?)」
「フ‥‥任せておけ。神である俺様に不可能はない」
「あれ? おまえ、万年金欠じゃなかったのか?」
不思議そうにつばさが尋ねた。
「うむ。近頃は専ら工事現場でバイトしていてな。これが意外といい稼ぎになるのだ」
その言葉通りレジではゴッドが惜しげも無く代金を支払う。奇跡かどうかはさておき、なかなかのお大尽ぶりだ。
学園に戻った買い出し組は、料理班が待機する家庭科の調理実習室へと食材を届けた。
「ふふ、こういう所こそ私の出番っ!」
明音が張り切ってエプロンを身につける。
ただしメインの料理人は由美。「彼女の手料理」といえるように、明音は専らサポート役だ。力仕事、調理用具の後片付け、包丁を使う下ごしらえなど。
大事な告白前に、万一にも由美にケガなどさせてはならない。
(結局、私たちができるのはお膳立てまでですからとにかく頑張らないとっ!)
「すきな人がいるって、‥‥どんなかんじ?」
やはり料理を手伝いながら、エルレーンが由美に尋ねた。
「えと‥‥努君のこと考えただけで胸がキュンとなって‥‥頭から他のことが全部飛んでっゃう‥‥みたいな感じ? あ、でも、私がそう思ってるだけで彼は――」
「きっと、気持ちをまっすぐにぶつけたら、‥‥浜口君もわかってくれるよ」
とはいえ、エルレーン自身もまだ同人誌の中の「架空の恋愛」しか知らない身。由美を励ましてあげたくても上手い言葉がなかなか見つからない。
けれど、恋愛に憧れるその気持ちだけは、同じはずだ。
その傍らでは、恋がオードブルのカナッペやフォーチュンクッキーを作っていた。
クッキーに仕込むおみくじには「身近に恋のチャンスあり!」「勇気を出して踏み出せ!」などポジティブなメッセージを。
「応援はしたいけど、口で言うのは得意じゃないし‥‥」
由美と努にとって良い結果が出るよう祈りながら、恋は黙々とクッキーの生地を練った。
●万聖節の宴
料理の準備が一通り整うと、いよいよパーティーの支度だ。会場の設営は済んでいるので、主に参加者の仮装やメイク。
今回の主役である由美に対し、真貴は持参のプリンセスドレスを提供した。
「す、すみません‥‥こんな高そうな服」
「なに、我には必要ないからな。汝にこそ相応しかろう」
そういう真貴は自称「堕天使」らしく天使のコスプレで着飾っている。
ドレスの寸法が由美の体に合うよう魔女コスの静がその場で仕立て直しを行い、ついでに(由美から聞き出した)努の好みに合うよう華やかにアレンジ。
さらにアーレイが薄めの化粧を由美に施す。
「わぁ、素敵ー!」
着替えとメイクを済また由美の姿に、夢が賛辞を送った。
「自信を持って下さいませ」
努の来る時刻が近づいてくるにつれ、緊張のあまり次第に言葉少なになっていく由美の肩を、静は軽く叩いて元気づける。
「ちょ、っと、あついけど‥‥」
エルレーンの仮装は狼。口の部分から顔だけ覗かせ、あとは全身着ぐるみだが‥‥確かに暑そうだ。
ジェラルドはドラキュラ。すらりとした長身に吸血鬼の黒マント姿がよく似合っている。
地領院姉妹はお揃いの黒魔女風ロングドレスだ。
「え‥‥これ、スカート‥‥!」
恋にしてみれば普段着慣れない女っぽい服装だが、可愛い妹の見立てとあっては断れない。
(不安なのは斉藤ちゃんも同じか)
と腹を括る。
そして問題のゴッドには、エルレーンの発案でフランケンシュタイン(の怪物)を演じてもらうことになった。
「顔が怖いから、メイクなくていいよね!」
「フラン‥‥よく分からんが、これを着ればよいのだな?」
ホラー映画には疎いのか、言われるままに黒シャツと古着のジャケットを着込むゴッド。
ちょうどその時、努が教室に現れた。
「ハッピー・ハロウィン! ‥‥うわっ!?」
ゴッドの姿を見るなり腰を抜かす。さもありなん。
「すげぇ特殊メイクだ! あんた特撮同好会の人?」
「いや俺様は何も――はうっ!?」
さりげなく背後に近寄った静が碧痺刃を放ちゴッドを黙らせる。
「‥‥あれ、クラスの連中は?」
「実はクラスメイトの方々が何名か急にキャンセルされまして‥‥あ、でも斉藤様がいらっしゃっておりますよ」
「え? どこに」
室内を見回し、プリンセスドレスの少女に目を留めた。
「まさか‥‥斉藤由美さん?」
「わ、私の格好、変かな?」
「いやそんなこと‥‥でも驚いたぜ、すっかり美人になっちゃって」
努は少し顔を赤らめ、そわそわと視線を逸らした。
役者が揃ったところでいよいよパーティーの始まり。
一同はさりげなく談笑しつつも由美と努が互いに近づくよう誘導した。
可愛い女の子大好きな明音は、その間も役得とばかり他の女性陣といちゃついたりしてるが。
「お料理の味は如何ですか? 実はこれほとんど斉藤様がお作りになられたのですよ?」
静の言葉に、
「ほんと?」
「‥‥うん」
「そうかぁ、料理上手いんだな」
パーティー中、慣れた手つきでノンアルコールの各種カクテルを作っていたジェラルドは、頃合いと見てとっておきの一品を振る舞った。
シェイカーにグレナデンシロップとレモン果汁、アロマチックビターズを入れてシェイク。大き目のグラスに注ぎ、炭酸で満たす。
透明感のある美しい赤の炭酸飲料。甘みはあるがジュースっぽさは少ない、少々大人味のカクテル。
「こちら、よければどうぞ♪」
「あ‥‥どうも」
「カクテルの名前は『赤い糸』。仲睦まじいお二人にピッタリのカクテルですね」
「え!? 俺達、そんなんじゃ」
「おや、失礼☆もうお付き合いされているものとばかり」
「そんな風に‥‥見えるかな?」
グラスに口をつけながら、努は由美の方をちらっと見やる。
「縁とは不思議な物です‥‥その時その時‥‥相手をしっかりと見つめる事をお勧めしますよ☆」
「あとは、勇気を出して、ね?」
明音が由美にそっと囁き、撃退士達は1人、また1人とこっそり部屋から出て行く。
「ほらゴッドもぉ」
「何故だ? 俺様は神として最後まで見届け‥‥」
「じゃましちゃめっ、なのぉ」
「え”ひゃい!?」
エルレーンから影縛の術で束縛、さらに雷遁・腐女子蹴をかまされたゴッドは白目を剥いて立ったまま気絶。撃退士達にそのまま運び出された。
廊下に出た一同の耳に、部屋に残された由美と努の会話が微かに聞こえる。
由美が小声で何かを囁き、「えっ!?」と驚く努の声。
短いやりとりの後、やや緊張に上擦った努の言葉が聞こえた。
「こ、今度プロサッカーの試合観に行く予定なんだけど‥‥よかったら、斉藤さんも一緒にどう?」
後で由美が明かしたところによれば、「とりあえずお互いのことをもっと知ろう」という努の提案で交際する運びになったとか。
「じゃぁ、これからは二人次第だね、楽しみ」
夢は屈託なく笑い、
「汝らの行く末に祝福あれ(訳:頑張って下さいね)」
真貴が祝いの言葉を贈った。
かくして最初の相談を無事解決したゴッドの「人生相談室」だが‥‥。
なぜか突然閉鎖され、ゴッドは何処ともなく姿を消した。
●とある工事現場
「うーむ‥‥調子に乗って今月の生活費まで払ってしまった」
そこに、食い扶持を稼ぐためせっせと働くゴッドの姿があったという。
<了>