●オータム・フェスタ
笛や太鼓による祭り囃子の音色が響き、地元の若者達が威勢良く御輿を担いで練り歩く。
神社の境内前には賑々しく露天の列が並んでいる。
「なんだか、実家の方の祭思い出すなぁ」
東京の下町で育った点喰 縁(
ja7176)は、故郷の縁日を懐かしく思い浮かべた。
この村では毎年恒例の秋祭り。だが今年はいささか様子が違う。
『村の(ほぼ唯一の)特産品・サツマイモを押しだし村おこしをしよう!』――村長の発案により、普段のお祭りと並行して各種村おこしイベントを実施する運びとなったのだ。
事前にネットや駅のポスターで大々的に宣伝した甲斐もあってか、近隣の街や他県から来た客も数多く訪れ、なかなかの賑わいを見せている。
村長の知人であり、今回のイベントプロデューサーを務める男の娘カフェ「陽だまり」店長を通して久遠ヶ原学園にも協力の依頼が出されていた。
「つかみはOKか。後は芋でどう盛り上げるかだな」
鳳 静矢(
ja3856)が思案する傍らで、彼の妻である鳳 優希(
ja3762)は、
「イベントを盛り上げるのですよー☆」
と早くもテンションが高い。
「なんか祭りって楽しいよな」
「お芋の美味しい季節が来ましたね」
裏方のスタッフとしてイベントをサポートする相馬 カズヤ(
jb0924)、雫(
ja1894)らも祭り囃子を耳にして胸をときめかせている。
「段々と暑さも和らいで来て、涼しく過ごすには良い季節になってきたかな」
客として参加する高虎 寧(
ja0416)は爽やかに晴れ渡った秋空を見上げた。
こうなると昼の転寝も心地よいが、それにも増して世間は「何々の秋」というのがキャッチフレーズで響いてくる今日この頃。
「うちとしては昼寝の秋でも構わないんだけれど、世の中それだけでは勿論廻ってる訳ではないので、適当に賑やかしで参加して寝てる際の気持ち良い夢の種にするのも良いかなと思うのよね」
というわけで遙々この村へとやって来たのだ。
さて今回のイベントの目玉は大きく分けて3つ。すなわちご当地キャラクター「IMOちゃん」お披露目、村の農家全面協力による「芋料理無料サービス」、そしてご当地アイドルグループ「IMO48」ステージデビュー。
そのトップ、IMOちゃんが早くも村の中央広場へと姿を現した。
●IMOちゃん降臨!
「ゆるキャラじゃなくて擬人化なんだ‥‥」
桜木 真里(
ja5827)は珍しいな、と思いつつカメラを構えた。
IMOちゃんのデザインについては当初「サツマイモに顔と手足がついたゆるキャラ」案も出ていた。しかし村の青年団(の一部)から「擬人化=萌えキャラ」案の強い要望が出され、結果的に萌えキャラが採用されたのだという。
『本名:薩摩イモ子、10歳。人々に夢と滋養をもたらすためサツマイモの国からやってきた魔法のプリンセス』
‥‥まあ色々とツッコミ処も多い設定だが、ともあれ宣伝ポスターや村の観光パンフレットを萌えキャラ「IMOちゃん」が飾ることとなった。
ただし本日のイベントに登場するリアルIMOちゃんは着ぐるみである。
サツマイモをイメージした魔法少女風コスチュームに、3等身のドールマスク。
中身はやはり依頼で参加した綿谷つばさ(jz0022)。
(楽なバイトかと思って引き受けたけど‥‥このマスク蒸れるし視界も悪いし、結構キツいよぉ)
コスの方も3等身体型のバランスを取るため薄手の肉襦袢が使われふわもこだが、秋とはいえこれを着て動き回るのはかなり暑苦しい。
それでも事前の打ち合わせ通り一切口は利かず、お客さんへのリアクションは全てボディランゲージで応えた。
「IMOちゃん、可愛いのです〜☆」
優希が歓声を上げ、デジカメで撮りまくる。
「ちょっと抱きついていいかな?」
虎落 九朗(
jb0008)の要望に、(うん、いーよ♪)と身振り手振りで可愛らしく応じるIMOちゃん。
「このモフモフ感‥‥堪らん! あ、写真、一緒に撮ってもらっていいか!?」
(どーぞ☆)
近くにいた優希に頼み、2ショット撮影してもらう。
それを見た周囲の子供達が「ぼくも!」「あたしも!」と集まってきた。
ちなみにこういう時、しばしば着ぐるみに蹴りを入れようとする悪ガキが現れるものだが、そんなことがないようIMOちゃんの側には雫が控えてガードマンを務めた。
カズヤはIMOちゃんをベースとしてカードゲームを企画した。
グー、チョキ、パーの3種類のカードを制作し来客に配布。カードゲームの要領でそれを使って対決、ルールはじゃんけんと同じ。
勝者は敗者がその時出したカードを貰える。貰ったカードも手札にでき、最終的に規定枚数以上集めたらIMOちゃんグッズをプレゼント、という趣向である。
「ゲームとかなら現役に任せとけ。絶対成功させてやる!」
これは小学生くらいの子供達に好評を博した。
カードを貰った子供達がお祭り会場のあちこちに集まり、夢中になってカードバトルを繰り広げている。
カズヤも自らカードを持ってゲームに参戦した。
「勝っても負けても恨みっこなし!」
●芋料理アラカルト
「あちらの方で色々と料理をだしてるんで、よかったらどうぞー」
そういって縁が案内する先には特設コーナーが開かれ、屋台とは別にサツマイモを食材とした各種料理を無料で振る舞っていた。
この企画には調理や接客スタッフとして、料理の腕に覚えのある撃退士達も多数協力している。
「えと、その、めっ、名物になる様お芋料理、たくさん作ります!」
愛用の包丁持参で参加の久遠寺 渚(
jb0685)は、早朝から現地入りして料理の下準備に余念がなかった。
(お芋料理‥‥何がありましたっけ‥‥)
大学芋、薄切りの揚げ物、ふかし芋、林檎と薩摩芋の甘煮、金平、天ぷら、薩摩芋ご飯。
そしてサツマイモを潰して繋ぎと合わせて練って作った「薩摩芋麺」。
(他には、他には、えーと‥‥)
すっかり自分の中に埋没し、はっと気づいたら心当たりの芋料理を片っ端から作っていた。
急に周りの視線が気になり、思わずてんぱって逃げ出しそうになるが。
周囲では、
「おっいもっさん♪」
柴島 華桜璃(
ja0797)がにこにこと大学芋を頬張り、
「うまい、うまい! 俺の作る飯とはレベルが違う!」
九朗はむしゃむしゃがつがつと薩摩芋ご飯をかき込んでいる。
どうやら評判は悪くなさそうなので、渚もひと安心。
「美味しく食べてもらえれば幸せです」
いっそう気合いを入れて料理作りに精を出す。
「私も貰えるかな?」
缶ビール片手にすっかりご機嫌な雀原 麦子(
ja1553)が芋饅頭をリクエスト。
紙皿に載せた饅頭を受け取ると、
「ありがとね♪」
次なる料理を求めて移動していった。
(名物になって、村興しの一環になれば嬉しいけど‥‥)
渚の夢も広がるが、それはそれでちょっと恥ずかしい‥‥とついもじもじしてしまうのだった。
「おーひっろいなぁ‥‥のんびりして美味いもの食べて秋の幸を満喫だ!」
麦茶を詰めた水筒を提げ、水杜 岳(
ja2713)はうきうきと会場を見回した。
大学芋、さつま芋の味噌汁等、選ぶ時は味のバリエーションとバランスを考えつつ、一通り芋料理を堪能。
「林檎と薩摩芋のケーキなんてある? あれ前に食べた時美味しかったんだよなぁ‥‥」
(野外ですし凝り過ぎなくて美味しい、家に帰っても簡単に作れてしまうレシピを紹介できたら喜んで貰えるでしょうか?)
やはり調理担当の牧野 穂鳥(
ja2029)は、村から提供されたサツマイモの山を前に思案した。
「スイーツはもちろん、お酒に合うおつまみも」
サツマイモを切ってゆでたものに牛乳やマヨネーズ、スイートチリソース&塩胡椒で味付けし、混ぜ合わせてチーズと短く切ったディルをあえたサラダ。
あるいはサツマイモ、砂糖、生クリーム、卵黄で簡単にできるスイートポテトetc.
お客に出す際には「この村の芋を使用したこと」をさりげなくアピール。
また興味のありそうな客には予め刷っておいた小さなレシピのカードも渡した。
「あら意外に簡単なのね。家に帰ったら作ってみようかしら?」
子供連れの主婦や若い女性達が、感心しながらレシピを読みふける。
IMOちゃん警備を終えて戻って来た雫は、芋羊羹、スイートポテト、大学芋等専ら甘味系の芋料理を作り来場客に振る舞った。
「さつまいもってお菓子に合うよね」
客として訪れた真里が爪楊枝で芋羊羹の一片を刺して口へ運ぶ。
そこに麦子がひょいと顔を出した。
「雫ちゃんのスイートポテト食べたいな〜」
「はい。少々お待ち下さい」
スイートポテトを味わった麦子は、引き続きビールのおつまみに合う芋料理を求めて食べ歩きを再開。
ちょうど広場では焚き火が焚かれ、焼き芋作りの体験会が実施されていたので寄ってみた。
焚き火の側には落ち葉集めから手伝った岳や寧もいた。
一足先に焼き上がった芋をぱっくり割り、
「焼き芋が美味しいのは間違いないしね」
ほくほく顔で食べている。
「自分でお芋を焼くなんて久しぶりよねえ」
麦子もスタッフに渡されたサツマイモをアルミホイルにくるんで焚き火に突っ込み、ビールを飲み飲み焼き芋作りに挑戦。
「お、上手に焼けたかな〜♪」
火加減に注意しながら火箸でつついていると、会場を視察中の村長が声をかけてきた。
「久遠ヶ原からいらした方ですね? 如何でしょう、今回の催しは」
「料理は美味しいわよ♪ あと芋焼酎とか名産にしてみたらいいんじゃない?」
麦子は答えた。
「私的には芋ビールが超お勧めなんだけど♪」
「ビールですか‥‥そういえば九州にサツマイモで発泡酒を作るメーカーがありましたなあ」
次なる村おこしの企画で頭が一杯なのか、村長は何やらブツブツ呟きながら歩き去っていった。
静矢も調理スタッフの1人として腕を振るっていた。
油を煮立てた大鍋でサツマイモの天ぷらなどの王道を作る一方、紫芋をふかし潰しタネにして作った紫芋タルトや、同様にサツマイモを潰した物をバニラクリームと混ぜ詰めたサツマイモシューなど素材の味や色等を生かした変り種の料理も提供。
「名産品‥‥生かせるだけ生かそう」
多彩な料理を提供する静矢のコーナーに興味を持ったか、村長自ら顔を出して今後の村おこしについて意見を求めてきた。
「好評であれば中央広場に店を作り、今回の料理を常時振舞って継続して村の売りにしてはどうかな?」
静矢は自らの意見を述べた。
「村興しは常に効果が続く物でなければ‥‥」
「ふむふむ、なるほど」
村長は何度も頷き、手にした大学ノートに細々とメモをとるのだった。
中国を母国とするドニー・レイド(
ja0470)のコーナーでは、サツマイモを中華風にあしらったメニューが特徴的だ。
芋料理としては芋煮鍋の他、サツマイモのチップスや中華ポテト、芋のペーストを練りこんだ惣菜パン等を用意。
衛生管理やお客への提供に不手際がないよう、事前にしっかりとエプロンや調理器具、材料もチェック済み。
また人手が足りなければ副次的に接客も行った。
落ち着いた笑顔を湛え、同世代の若者や小さな子供達にも丁寧な態度は崩さない。
「ごちそうさま。美味しかったですよ」
料理を平らげた華桜璃が席を立つ。
「満足して頂けたなら良かったですよ、頑張って作った甲斐がある」
テーブルの食器を片付けながら、今日作った料理が余ったら少しお土産に包んで帰ろうと思うドニーであった。
「ちぃさんぽならぬ、くにさんぽ‥‥語呂が悪いなぁ〜」
一通り屋台や試食コーナーを巡った華桜璃が改めて会場を見回すと、その一角にどう見ても場違いな露天を発見した。
大テントの下に長テーブルとパイプ椅子が並んだ様子は、一見この手のお祭りにつきものの無料休憩所のようだが、それにしては妙に派手目のドレスやメイド服をまとった美少女(?)達が甲斐甲斐しく給仕している。
テントの前に設置された立て看板の文字は――。
「男の娘カフェ『陽だまり』××村出張店」
●秋とお芋と男の娘
村おこしイベントに協賛し、本店を臨時休業してまで出張してきた「陽だまり」の面々だが、あいにく当日になって都合が悪くなり欠勤するバイト学生が多く、現地に着いて開店してからも人手不足で困っていた。
そこに通りかかったのは若杉 英斗(
ja4230)。何か裏方の手伝いでも‥‥と思い参加した彼だったが、
「ウェイトレス足りないみたいだな。よし、ココはやるしかない!」
と決意し助っ人を申し出た。
「うわあ、助かります! ボクらだけじゃとてもさばききれなくて」
メイド服姿で接客にあたっていた湊ヒカリ(jz0099)が大喜びで迎え入れた。
近くの商店を借りた臨時更衣室に入るとセミロングのウィッグを被り、露出の少ないフリル系の服で女装。ちょっとメイクもしたりする。
着替えを済ませ改めて「店内」を見渡した。
「思った以上に人手が足りない気がするんだが‥‥じゃなかった、気がするわ」
だが、やるしかない。
「引き受けたからには立派に任務完遂してみせる!」 以前同店で働いた経験を活かして、さっそくてきぱきと接客を始めた。
「いらっしゃいませ〜♪」
こんな田舎で「男の娘カフェ」という存在自体珍しいのか、老若男女を問わず予想外の人数が来客し、英斗やヒカリ、あと数名のバイト店員は大忙しだ。
「猫の手ならぬ、ゴッド荒石の手も借りたいぐらいだわ‥‥」
‥‥いやそれは明らかに猫の方がマシかと。
だがそんな「陽だまり」出張店に新たな助っ人が現れた。
「あー、ひょっとして、人手が足りないのか? ‥‥俺みたいなんで良ければ、手伝うか?」
九朗である。
実はここが「男の娘カフェ」だとは知らなかった。九朗の目には英斗やヒカリ他のウェイトレス達が皆本物の女の子と映り、「女性が困っているところを見過ごしては男がすたる!」という侠気からの申し出だったのだが‥‥。
「ええっ女装!?」
事情を聞かされ愕然とする九朗。だがここは乗りかかった船、旅の恥はかき捨てとばかり更衣室に向かった。
女装初体験の骨太系男子だが、英斗の指導で体の線が出にくい長袖のロングドレスをまとい、メイクを施すと、意外なことに男とは判らないほどの変身ぶり。
「こ、これが俺‥‥?」
鏡を覗いて呆気にとられる九朗。
かくしてまた1人の男子が新しい世界に目覚めた‥‥かどうかは定かでない。
「おまつり、おまつり♪」
立ち並ぶ屋台を端から端まで制覇する心意気で、エルレーン・バルハザード(
ja0889)が会場を征く。
「‥‥はうッ?!」
しかし「陽だまり」出張店を見るなり息を呑んだ。
エルレーンの目に映ったのは若杉 英斗。しかも見た目も可愛い女の子にしか見えない男の娘。
エルレーンとの違いは‥‥胸くらいしかなさそうなくらいの可愛さ。
しかして彼女の胸は極厚パッドで底上げの偽装物件‥‥。
「く、く、くやしくなぁいもん、ッ」
(売上貢献しろ‥‥売上貢献しろ)
店内から懸命に念を送る英斗の願いも虚しく、ぷいっと出店から目をそらすエルレーン。
別の露天で芋料理をしこたま買い込むと、
(わ、私の方がかぁいいんだからっ、私の方がかぁいいもん‥‥お、男の子よりは‥‥きっと!)
半ばやけ気味にがつがつとむさぼり食った。
そんなに食べるとお肉がつくぞ‥‥胸じゃなく、腹に。
●めざせご当地アイドル!IMO48爆誕!
縁は来場客へイベントや出店の案内を行いつつ、スタッフ側の人手の過不足を確認。少ない補助で済むなら自分が手伝い、手の周りが悪そうなら同じく裏方のメンバーに呼びかけを行うなど、主にマネジメント的な役割をこなしていた。
そんな彼がちらっと時計を見やり、
「お、そろそろだな」
と呟いた。
ご当地アイドルとして企画・結成されたグループ「IMO48」の開演時間が近づいているのだ。
「さぁさ、アイドルグループ『IMO48』本日ステージデビューだよ! 御用とお急ぎでない方はこちらへどうぞー!」
広場中央に築かれた仮設ステージの方へ景気良くお客を呼び込みながら、ふと縁は思った。
(そういえば先輩も参加してるんだっけ‥‥手が空きそうならちょっと見にいってみようかねぇ?)
その頃、舞台の方でも裏方スタッフによる開演準備が急ピッチで進められていた。
「ステージ成功させるよーっ」
艾原 小夜(
ja8944)が他の撃退士達に元気よく声を掛ける。
照明係を任された彼女はIMO48のゲネプロ(リハーサル)を見てピンでライトアップ出来るポイントをリストアップ。照明器具の配置や操作法を下調べし、舞台状況を見渡せる位置で全ての照明器具を遠隔操作出来る様にスタンバイしていた。
事前に村役場に相談しレンタルして貰ったフォグマシンも準備OKだ。
村の集会場を借りた「控え室」では、IMO48メンバー達も着替えやメイクを済ませ開演を待つばかり。
その数は総勢8名‥‥えっ40人足りない?
細かいこたぁ気にするな!
「仕事でアイドルなんて、なんて役得なのかしら。レイヤーの本気、見せてあげるわ!」
現役コスプレイヤーとしても活動中の権現堂 桜弥(
ja4461)が自信たっぷりにいう。
本日の彼女のコスは茶色の布地をベースに水玉のジャケット。いや一見水玉のようだが実は芋である。
自分の着用分はもちろん、特に衣装を決めていなかったメンバーにもお揃いのコスを提供していた。
桜弥がネットにアップした告知動画はうなぎ上りで再生回数が伸びている。今回の来場者に若者層が多いのは彼女の貢献が大きいといえよう。
「歌って踊るんだよね? メガネっ娘も大丈夫?」
一色 万里(
ja0052)は学園制服で舞台に立つ予定だが、その際にバラバラのコスでもメンバーに統一感が出るよう、全員が揃いのリストバンドを着けることを提案していた。
緑のバンドに、飾りは紫のポンポン。
「うん、いもの蔦とお芋のイメージだよ♪」
「アイドル‥‥アイドル!? アイドル=乙女? これはうちにも春が来るかもしれん!」
水城 秋桜(
ja7979)は姿見の前で自らに気合いを入れていた。
「頑張る! うち、頑張るけぇ!」
パンッと両手で己の頬を叩き。
「大丈夫、秋桜なら出来るけぇ」
犬乃 さんぽ(
ja1272)は緋伝 瀬兎(
ja0009)とコンビを組み、紫と黄色のサツマイモカラーをモチーフにした微妙にせくしー系ニンジャコスで衣装合わせしていた。
「やろう緋伝ちゃん、ボク達のニンジャ力で、キラキラアイドルだよ!」
「さんぽ君、一緒にニンジャアイドルになろう!」
早くも盛り上がるメンバー一同を、由緒正しいヴィクトリアンメイド服を着用した氷雨 静(
ja4221)が静かに見守る。
「メイドは本来目立たないものですが‥‥これも村おこしの為、出来る限りのことを致しましょう」
いよいよ開演時間が迫り、メンバー達は集会場からステージまでブルーシートで目隠しされた専用通路を通り舞台へと移動した。
既に広場の仮設ステージ前には多くの観客が集まっていた。
「皆、頑張ってねーっ」
小夜が合図すると同時に、舞台上をモワーっとスモークが包み込む。
大きな拍手の中、ピンスポットを浴びて最初に登場したのは亀山 淳紅(
ja2261)。
焼き芋をイメージした黄色のワイシャツにキュロット、淡紫のひざ下丈・燕尾服タイプのジャケットという出で立ちである。
「ほんなら自分らの歌、聴いてってくれると嬉しいなーっやでっ!」
客席の子供達が歓声を上げ、一斉に立ち上がった。
淳紅は事前準備として小冊子にした歌詞カード――小さな子供にも分かりやすいようIMOちゃんのキャラを使い振り付けからお芋の豆知識まで解説したものを子供達に配っていたのだ。
『まるまる♪ ほりほり♪ ほいっそこでまーるかいてー皆でじゃんぷっ!』
テンポの良い親しみやすいメロディに合わせ、芋掘りをモチーフにした愉快な振り付けで淳紅が歌い踊れば、客席の子供達もそれに合わせて大はしゃぎで踊る。
「自分もうかんぺきやー言うお友達! 手ーあーげてー♪!」
『ハーイ!』
子供達が手を上げると、淳紅はアンコールに応えもう一回歌う。
「向こうで芋堀体験とかもやってるから、よろしゅうねっ」
二番手のアーレイ・バーグ(
ja0276)が舞台の前に出るなり、会場の雰囲気はガラリと変わった。
彼女のコスチュームは黄色で統一した某アニメ美少女戦士風‥‥なまじの下着より布地面積の狭いそれをコスと呼んでいいのか判断に迷うところであるが。
「IMO48おっぱい担当のあーれいです! よろしくお願いしますね〜♪」
たゆんぷるんふにょん♪
主に若い男性客がゴクリと唾を飲み、席を立って舞台下に詰めかける。
はいそこ、アイドルさんに触れないように。
「サツマイモを食べると成長するんですよー? あーれいみたいな身体になりたい女の子はいっぱいさつまいもを食べましょうね☆ミ」
お前アメリカでサツマイモ食ってたのか? というツッコミは禁止である。
「早速歌っちゃいますね〜『サツマイモでOHANASI(魔法)』いっきまーす!」
IMOちゃんのキャラを主人公にしたご当地アニメ。普段は普通の小学生、サツマイモを食べると変身して魔法少女になったIMOちゃんがOHANASI(魔法攻撃300ぐらい)を繰り返して平和を取り戻すというストーリーで、地上波ではローカル放送だがネットの動画サイトを通して全国的に隠れファンがいるとかいないとか。
続いて前に出たのは、アーレイに劣らぬきょぬーを誇る金髪ロングヘアの美少女‥‥えっ誰? こんな子いたっけ?
何を隠そう、変化の術で【胸の大きな】女の子に化けた秋桜である。
完璧に覚えた振り付けを爽やかにこなす。
「今日は楽しんでいってねっ☆」
頑張って口調も直した甲斐があり(主に男性客の)熱い視線を独り占めだ!
セクシー系アイドルが2人続いた後、一転してシックなメイドスタイルの静がセンターに立った。
「盛り上がって参りましたね! では次の曲聴いて下さいませ『あなたにスイートポテト』」
『そう 私はあなただけのメイド 食べて 食べて 恋のように 甘い 甘い スイートポテト』
元々歌唱力が高いのに加え、多少あざといくらいの振り付けも歌にマッチしている。
いささかアダルト路線に傾いたステージを正統派アイドル路線に引き戻す、計算された構成だ。
次いでスポットの当てられた万里はメガネ系制服アイドルとして自作の歌を披露した。
『連れて行って この手とって 早く
何してるの? 迷ってるの ダメね
心歌う 甘い匂い 君に届け
心つなぐ 優しい味 君に届け
待ってる 待ってる 待ってるよ♪』
左右の袖から、忍者らしくバク転しながらさんぽと瀬兎が登場、舞台中央でビシっとポーズを決めた。
「みんなー! お芋食べてるかーい!?」
マイクに見立てたサツマイモで瀬兎が呼びかければ、さんぽは「英雄燦然ニンジャ☆アイドル!」を発動し観客の注目を集める。
桜吹雪ならぬお芋の花吹雪が舞い散り2人を包んだ。
暗転からスポットライトで照らされ、さんぽと瀬兎は高らかに名乗りを上げる。
『♪IMO、紫の衣から黄色い魅惑の甘い囁き。いつだって、熱いこの身はキミの側‥‥』
光るローラー、流れるボーカル。
さんぽの一挙手一投足に、歌って踊る姿が重なる。
観客を魅了してやまないこの華やかさはアウルの見せる幻か?
それともさんぽ自身のアイドル力か?
そしてトリを務めるのは桜弥。
(電波系腐女子レイヤーの私の実力を発揮しちゃうぜ!)
「さぁ! 男の娘も女の子もみんな楽しもうぜ!」
既にテンションMAX暴走モードの桜弥が芋型マイクでシャウトするや、客席も総立ちに。
IMO48メンバー全員と共に、新曲「フライング・ポテト」(作詞:権現堂桜弥、作曲:鳳 静矢)を歌い始めた。
テンポはノリノリ、効果音には芋を揚げる音。
小夜が操作するカラーライトとフットライトが光り、舞台をキラッキラにライトアップ!
曲に合わせて歌って踊る桜弥!
見えそで見えない絶対領域!
「I、M、O。IMO! 48! らぶ!」
客席ではオリジナル「IMO48」ウチワとペンライトを手にした優希がここぞとばかりにコール。
「行け行けっ、IMOっ☆」
「ふぉーーっ!!」
「陽だまり」出張店から駆けつけた九朗も目をきゅぴーん! とさせて合いの手を入れた。
華桜璃は顔見知りのさんぽとアーレイに声援を送る。
「皆、楽しそうだな」
そういう真里自身も楽しげに笑って観ている。
「ありがとうございました! IMO48とこの村をこれからもよろしくお願い致します!」
最後に静がしっかりアピール。
かくして大盛況のうち、IMO48初ステージは無事に幕を下ろしたのであった。
●天高く‥‥
「今日はすっごい上手に出来たっ! これでアイドルにスカウト? 男子から告白!?うわーー!」
妄想が暴走し、耳まで赤くした顔を両手で覆った秋桜が会場を出ると‥‥。
「あ、水城先輩、お疲れ様でした」
顔見知りの縁が声をかけてきた。
(えええ? まままさかいきなり!?)
だが縁はふと周囲を見回し。
「あの子、出て来ませんね‥‥二番目に胸の大きかった」
「‥‥‥‥」
※変化の術の使い過ぎは貴方の人生を残念にする恐れがあります。使い過ぎにご注意ください。
ステージを降りた万里はその足で落ち葉焚きの方へ向かうと、焼き芋を取り出し、周囲の撃退士や一般客にも配ってみんなで食べた。
「スイートポテトとか、色々食べ方があるから、お芋って面白いよね。うん、ボクは焼芋派」
「落ち葉で焼き芋って初めてだよ。こういうのって何だか良いな」
万里から受け取った焼き芋を真里がふうふう吹きながら一口囓り。
「あ、思ってたよりずっと甘くて美味しい」
「美味しいのですよ、美味しいのですよ」
露天を回ってひたすら芋料理を食べた優希は、挙げ句の果てに食べ過ぎでばったり倒れた。
「く‥‥苦しいのです。SOSなのです」
「困ったやつだな」
苦笑しつつも愛妻を介抱してやる静矢。
近くのベンチでは、芋料理を堪能しすっかり気持ちの解れた寧がすやすやと寝息を立てている。
戦いも学業も一時忘れ、村祭りの一日を心ゆくまで楽しむ撃退士達。
彼らの頭上に広がる秋の空はどこまでも高く青く――。
その頂にはサツマイモが並んだようないわし雲がのんびりと浮かぶのだった。
<了>