●大分県杵築市〜JR中山香駅付近
「ここならお土産買えるかね‥‥あ、やっぱ無理?」
荒れ果てた駅前商店街を遠目に眺め、七種 戒(
ja1267)はぽそっと呟いた。
彼女の言葉通り、商店街の街並みは比較的原形を留めているといえ、そこに人影はなく、代わりに陣笠を被り胴鎧を着けたスケルトンが数体、槍を抱えてウロウロしている。
戒の傍らには百瀬 鈴(
ja0579)、白波恭子(
jb0401)も共に控え、息を潜めて商店街跡に陣取ったサーバント群の様子を見守っていた。
(さってと、沙恵ちゃんが心を決めた以上、頑張らないと)
鈴は思った。
次に動くまでに、夜見路沙恵の妹・沙奈――今はシュトラッサー・ヒルコ(jz0124)――についての情報を少しでも多くつかんでおきたい。
同じ国東半島でもヒルコが活動していたエリアからはやや離れているものの、杵築市内を拠点とする天使の今回の動きは、ヒルコの主たる両子山西部の天使に呼応したものであろう――というのが撃退庁の見解であった。
当初10名で現地近くへ到着した撃退士達は、部隊を3班に分け、敵に悟られないよう慎重に別方向から商店街へと接近している。
「敵は足軽姿のスケルトン‥‥事前の情報通りね」
恭子がいった。
単体ではさほど強敵とはいえないスケルトンだが、その場にリーダー役がいれば軍隊のごとく統率された行動を取ってくるため、うかつに手を出すのは危険が大きい。
そのため、撃退士達は3つに分かれた部隊の1班が囮となって敵の主力をおびき出し、伏兵として潜んだ他の2班と合流して3方から一気に包囲殲滅を図る、いわゆる「釣り野伏せ」による奇襲作戦を立案した。
少数精鋭の部隊で数に勝る敵軍を攻略する古典的戦術の1つ。難度も高いが、成功すれば極めて高い効果が望める。
「NINJAですよ! NINJA! アコガレチャウナー」
同じ頃、もう1つの伏兵班に属する丁嵐 桜(
ja6549)は最初に敵部隊と接触した国家撃退士達が撮影した写真のコピーを眺めつつ、小声で囁いていた。
ただしその口調は露骨な棒読み台詞だが。
それもそのはず、そこに写っていたのは忍者といってもTVの娯楽時代劇に登場するセクシー系くノ一そのもの。これでは忍び装束というより単なるコスプレである。
(ったく杵築の天使野郎、何考えてるんだ?)
現代のリアル忍者ともいうべき鬼道忍軍の遊佐 篤(
ja0628)は不愉快だった。
あの骸骨足軽といい、この写真のくノ一といい、こいつらを派遣した天使は日本古来の歴史と文化を舐めてるとしか思えない。
「特にこの女! 見つけたらシノビの何たるかをとっくり教えてやる」
「でも格好はどうあれ、相手はシュトラッサーですからねー。油断は禁物ですよー」
桜や篤と行動を共にする櫟 諏訪(
ja1215)が、頭のあほ毛をレーダーみたいにクルクル回しながらいう。いや「みたい」ではなく、諏訪のあほ毛は本当にレーダー代わりとなって周囲に潜む敵を警戒しているのだ。
「今のところ周囲に伏兵の気配はないですー」
篤はイヤホンでハンズフリーにしたスマホを使い、より敵に近い場所に潜伏している囮班に問い合わせた。
「こちら伏兵A班遊佐。囮班、くノ一野郎はいますか?」
「こちら囮班。いま確認できるのは槍を持ったスケルトンが6体だけだ」
篤に答えたのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。
囮班として行動しているのは彼女の他、獅堂 遥(
ja0190)、犬乃 さんぽ(
ja1272)、ラグナ・グラウシード(
ja3538)の計4名。危険な役割だが、今回の依頼の成否を握る重要なポジションといえる。
「女忍者、ねえ‥‥はっ、私は相性が悪いんだ、女忍者とやらとは!」
吐き捨てるようにラグナがいう。
どうやら「女忍者」という存在自体に彼を苛立たせる要因があるらしい。
一方、さんぽはといえば、
「相手もニンジャ、油断は禁物だもん」
未だ姿を見せぬ「くノ一」の奇襲に備え、班の先頭に立って周囲の警戒にあたっている。
スケルトンにあれだけ目立つ格好をさせているのも却って気がかりだ。
おそらく敵側も、廃屋となった商店が立ち並ぶ地の利を活かして待ち伏せを目論んでいるのだろう。
そんな中、三つ編みの長い髪を切って今回の依頼に参加した遙は、言葉少なに商店街の方向を見つめていた。
(我が身は省みない、そして全力で力を振るう、砕けてしまえばいい、敵も私も)
失われた恋が彼女の心を締め付け苛む。
その苦しみは自己の喪失を願うほどまでに。
(弱い私はいらない、だから壊れろ私)
謎のくノ一は未だ現れず、現状で確認できる敵は骸骨足軽の群れのみ。
ならば依頼の最優先目標である「サーバント撃退」を実行するまでだ。
スマホの連絡で伏兵班が各々の配置についたことを確認後、囮班は商店街に向けて移動を開始した。
撃退士達の姿に気づいた骸骨足軽が、槍を構えて隊列を組んだ。
下級サーバントにしては統制のとれたその動きは、近くに「リーダー」が潜んでいる明らかな証拠ともいえる。
囮班4名のうち、いち早く飛び出したのは遥だった。
「吹雪き舞い散れ、私の櫻っ!!」
光纏に伴い発生した大量の桜吹雪を身にまとい、召喚した大剣リジルを構えて敵陣へ吶喊していく。
「ためらわず撃て、穿て、切り裂いて!!」
流浪風桜打の一閃が襲い来る槍足軽どもを横薙ぎに斬ると、大剣の切っ先を追うように舞い散る幻影の桜華が儚げに消えていく。
他の3名も後に続き、サーバントに対し波状攻撃を開始。
その直後、商店の中から和弓を構えた新手の骸骨足軽が現れ、さかんに矢を放ってきた。
路地の奥からは馬型サーバントに跨がった骸骨武者も出現。
やはり敵側も槍足軽を囮役に、待ち伏せの陣を張っていたのだ。
しばしの交戦後、囮班は事前の計画通り、サーバント達に押される風を装いじりじり後退を開始した。
骸骨武者は手綱を握り、ここぞとばかり足軽どもを率い追撃に移る。
フィオナやラグナがタウントでサーバント達の注意を引きつける一方、さんぽは遁甲で身を隠しつつ未だに姿を現さないシュトラッサーの気配を探った。
「攪乱して、分断なんてさせないもん」
撃退士達が撤退したのは商店街の大通りから引っ込んだ一角、幅2m余りの路地。
骸骨武者が先陣切って飛び込み、足軽どもが後に続くも、道幅が狭いため縦一列になって進まざるを得ない。
(かかった!)
路地の両側にある建物に隠れて待機していた伏兵班2隊が、挟み撃ちの形で攻撃を開始した。
真っ先に飛び出した鈴が縮地により骸骨武者へ肉迫、その乗馬の足めがけカーマインでの薙ぎ払いをかけた。
「よし、そこから動くな! 影縛りっ!」
同じく敵の乗馬を狙い、篤がスキルを発動。忍法書から放たれた攻撃に足元の影を縫い取られた馬型サーバントが金縛りとなり、馬上の骸骨武者は慌てて手綱にしがみつく。
「一気に削らさせてもらいますよー!」
シルバーマグで乗馬に狙いを定めた諏訪がダークショットの一弾をお見舞いした。
「将を射んと欲すれば、てヤツかね」
建物の陰に身を隠した戒も、篤や諏訪とタイミングを合わせる形でアサルトライフルのトリガーを引く。
「とりあえずアレからかね、っと」
ダークショット、精密狙撃などのスキルを駆使し、やはり馬型サーバントをメインに狙う。
影縛りで動きを封じられた骸骨武者は十字砲火に晒され、配下の足軽達も一列のまま身動き出来ぬ状態に陥った。
そこへ駆け寄った恭子が大太刀を召喚、大将への行く手を阻む槍足軽を斬り伏せた。
「雑魚は下がっていろ!」
予め四股を踏んで練気を練っていた桜も、ウォーハンマーを振るって足軽どもを蹴散らしていく。
「そちらに誰かいますよー!」
乱戦のさなか、あほ毛レーダーで周囲の監視にあたる諏訪が警告を発した。
ブラストクレイモアを振るって足軽どもの槍を弾くフィオナのすぐ背後に、いつの間にかもう1人のフィオナがいる。
容姿も装備も、まるで鏡に映したように瓜二つだ。
他の撃退士達、そしてフィオナ自身もすぐ異変に気づいた。
こんなこともあろうかと、さんぽは事前に用意してあった「合い言葉」を発する。
「ナイスミドルといえば?」
前のフィオナが答えた。
「学園長!」
後ろのフィオナが答えた。
「お館様!」
‥‥バレバレじゃん。
「貴様はしばらく私が相手してやる!」
(敵が忍者なら、おそらく大将役のフィオナを背後から狙ってくるだろう)と予想していたラグナが両者の間に飛び込み、後ろの偽者に対しリア充獄殺剣を浴びせた。
ぼわんと煙が上がったかと見るや、その中からあの「くノ一」が飛び出す。
「ふっ、僕の変幻術を見破るとは――少しはやるな、撃退士ども!」
(いやそういう問題じゃないだろ?)
色々とツッコミたい気持ちを抑えつつ、ラグナは激しく二の太刀、三の太刀を打ち込んだ。
「暗殺者風情が‥‥我の首を簡単に取れると思うでない」
向き直ったフィオナも、ついに現れた敵シュトラッサーめがけ大型剣を振り下ろす。
だが敵もさる者、それらの攻撃を尽くかわす身のこなしは撃退士の阿修羅をも凌ぐほどだ。
ふいにくノ一の姿が周囲の風景に溶け込むように消えた。
衣服を含む体色を周囲に同化させる特殊スキル、いわゆる光学迷彩。
一見何もない空間から次々と投げられる手裏剣が撃退士達を襲う!
その命中と威力は弓足軽の比ではない。
「下僕とはいえ一隊を預かりながら姿を見せぬ臆病者は、我の侮蔑を免れぬものと知れ」
声高に罵るフィオナの挑発に対し、
『ぬかせ。影に潜み、影より敵を討つは忍の本領』
どこからともなく声が答えた。
「馬鹿野郎! ニンジャ同士なら名乗り合うのが普通だ!」
篤が一喝した。
『えっ?』
「自己紹介はコミュニケーションの基本だろ! お前はそれでもシノビの手のものか!」
『‥‥そ、そうだっけ?』
戸惑うような呟きと共に、アーケードの上に再びくノ一が姿を現した。
(テキトー言ってみただけなのに‥‥まさか本当に乗ってくるとは)
想像以上に残念な相手の性格に呆れつつも、乗りかけた船とばかり篤は名乗りを上げた。
「俺‥‥じゃねえ、拙者は久遠ヶ原学園、学園長の雇われ忍軍だ!」
「我が名は朧月。杵築城が主、天使ハイデル様に仕えし使徒」
両手で印を結び、目を閉じて厳かに名乗るくノ一、いや朧月。
心なしか嬉しそう‥‥というか、既に己の台詞に酔っている。
「国東にヒルコってかわいこちゃんがいるんだが‥‥」
ライフルの銃口を下ろした戒がなにげに話しかけた。
「同じ使徒でも、だいぶ違うんじゃなー?」
「ヒルコ?」
朧月は訝しげに聞き返した。
「名前は厄蔵から聞いてるけど、まだ会ったことないなぁ」
「君、厄蔵知ってるの? やっぱりあいつに勧誘されたクチ?」
鈴が口を挟む。
「まあね」
「ねえねえ、ヒルコが契約した天使ってどんな奴?」
「はぁ? 何でおまえらにそんなこと――」
「ふぅん、同じシュトラッサーのヒルコはあんなに強かったのに、君はその程度? やっぱり主の差なのかな?」
「無礼者!」
朧月はムキになって言い返した。
「ハイデル様はとっても渋くてイケてるんだぞ? アムビルみたいなヒス女と一緒にするな!」
「(ヒルコの主はアムビル。女天使か‥‥)ところで厄蔵って何者なの? 他の天使のためにわざわざ使徒候補を勧誘する使徒なんて、変わってるよね」
「あいつは特別なんだ。この国東半島を仕切る大天使の――」
と、そこまでいいかけ朧月は口をつぐんだ。
さすがに己が喋り過ぎたことに気づいたのだろう。
これ以上の情報は引き出せそうにない――そう判断したさんぽが前に進み出てバトルヨーヨーをビシッ! と突きつける。
「ボクがニンジャの正義を教えてあげるよ!」
「できるものならやってみろ!」
「ちっ、しょうがねえ。影縛り!」
篤がスキルを乗せた攻撃を放つが、その瞬間既に朧月の姿はアーケード上から消えていた。
背中の忍刀を抜いて跳躍、さんぽに斬りかかっていたのだ。
さんぽも咄嗟に蛍丸で受け、つばぜり合いから取っ組み合いへ。
「この国の平和はボクのニンポーで護るもん!」
戦いのさなか、両者の腕が偶然互いの胸に触れた。
「「おっ、男☆?」」
さんぽと朧月の叫びがハモり、2人は慌てて後方へ飛び退いた。
「ず、ずるいぞ‥‥」
なぜか朧月が目をそらし、ぽっと頬を染める。
「そんなカッコで色仕掛けしようなんて‥‥」
「違うもん! って、何で男と分かったら赤くなるんだよ!?」
妙な気恥ずかしさを覚えつつも、さんぽは朧月に向けヨーヨーを放った。
仲間達が朧月を足止めしている間、骸骨武者と足軽達を攻撃するメンバーの戦いも佳境を迎えていた。
進むも退くもままならず敵前に身を晒す形となった骸骨武者めがけ、遙は果敢にリジルの刃を振るう。
敵の矢を肩に受け、馬の蹄に蹴られて路上に叩きつけられても、再び起き上がり攻撃の手を緩めなかった。
これしきの痛み、今の心の苦しさに比べれば何ほどのこともない。
戦う前から心は泣き叫んでいた。だがそれは決して表に見せず。
泣き叫ぶ前に武者震いで我が身を震わせ、悲しみに呑み込まれる前に痛みで全身を潤し涙の代わりに血を流そうと。
(皆には愛しく思ってくれる待つ人がいる、でも私にはいない‥‥だから傷つくのは私ひとりでいい)
「――だから道化の様に舞え、私」
傷だらけで戦う遙を援護すべく、諏訪は骸骨武者をストライクショットで牽制。
「その攻撃、やらせませんよー?」
遙が腰を落とす。
低い態勢からなぎ払われた大剣が、サーバント馬の右前肢を断ち切った。
大きくバランスを崩した骸骨武者に恭子が飛びつき、強引に地面へ引きずり下ろす。
そこへ駆け寄った桜ががっしと組み付き。
「うおおおっ!」
小柄な体からは想像もつかぬ怪力で大きく抱え上げた。
「土俵では戦場のごとく、戦場では土俵のごとく‥‥どっせーーい!!」
そのまま力一杯地面へ叩きつける。
スキル「今生投げ」が決まった瞬間、鈍い音を立てて鎧兜の下の骸骨が砕け散った。
骸骨武者が倒されたことに気づき、朧月が舌打ちした。
残る足軽も既に4体。
「今日はこの辺で勘弁してやるよ!」
どう考えても負け惜しみの捨て台詞と共に、使徒の少年は光学迷彩で姿を消す。
「朧月‥‥その名、忘れないから!」
魔具を収めたさんぽがぐっと拳を握りしめた。
殿を命じられたらしい足軽達が槍や弓で最後の抵抗を試みるも、撃退士達の猛攻の前に全滅するのは時間の問題だった。
「しかし豊後高田に続いて杵築でも‥‥か。この地も先が思いやられるな」
帰路、人類側の市街でお土産に購入した梨を囓りつつ、戒が呟く。
まさに風雲急を告げる国東半島。
だがその国東から「巨大ドラゴンに騎乗したヒルコが何処かへ出撃した」との情報を撃退士達が知るのは、彼らが久遠ヶ原へ帰還した後のことであった。