●久遠ヶ原学園・文化祭会場
「まさか、コレが初依頼たァなァ」
今回の依頼主であるオカルト同好会(オカ同)出店の前で逞しい腕を組み、島津・陸刀(
ja0031)は野性的な笑い声を上げた。
端から見ても生粋の武闘派撃退士と知れる彼が、たまたま受けた最初の依頼がこのオカ同への新入部員勧誘の手伝いというのもいささか意外だが、だからといって手を抜くつもりなど毛頭ない。
「受けたからには全力で勧誘しなくちゃなァ!」
その隣で、
(オカルトっすか? 正直眉唾っす)
陸刀の友人、羽生 沙希(
ja3918)は小首を傾げて考える。
「でも、信じるかどうかは問題じゃないっすよね。楽しめるかどうか、それが重要っす!」
「正直文化祭ってひたすら暇で暇で暇で暇で暇で、ほんと暇過ぎて暇死しそうだったんだよねー」
元気一杯にいうボーイッシュな少女は別天地みずたま(
ja0679)。
しかし「暇死」とはいったいどういう死に方であろうか?
「よっしゃっ〜! ステキな暇潰しっつー事でゴリゴリ頑張っちゃうもんね!」
「えっと、初めまして、櫟 諏訪(
ja1215)といいます。読みはイチイ スワですよー」
共に参加した仲間たちに学生証を見せて自己紹介する諏訪。
読み方が難しい苗字なので、予め名乗っておくのだ。
「はテさテ、巧くいきますかネェ? あたくし個人的には応援しているんですヨ? オカルト同好会、えエ、応援していますとモ」
ヒッヒッヒ‥‥と怪しげに笑う四十万 臣杜(
ja2080)。
「んー‥‥僕って、オカルトはよくわからないんだけど、いっぱい人が居たほうが楽しいよね!」
楽しげにいうNicolas huit(
ja2921)(ニコラ・ユィット)はちょっと考え込み、
「怪我が治ったり元気になるお呪いとか、あったら後で教えてもらおー!」
「お呪いかあ‥‥いいかもしれないわね」
手品のごとく何処からか取り出した缶ビールを片手に、ほろ酔い加減の雀原 麦子(
ja1553)が何か閃いたように呟く。
「今時の若い子に『オカルト』っていってもピンと来ないかもしれないけど、『恋がかなうお呪い教えます!』とか宣伝すれば食いついてくるわよ、きっと」
「それじゃあ皆さん、今回はどうぞよろしくお願いします」
ここまで一同を案内してきたオカ同副部長・向井啓一がペコリと頭を下げた。
「神秘学同好会の部員勧誘ですか。部長様も困っていらっしゃるようですし、一生懸命お手伝いさせていただきますね」
車椅子に座った美少女、御幸浜 霧(
ja0751)が上品に微笑んで頷く。
「え? あの、うちはオカルト同好‥‥」
「『神秘学』同好会の部員勧誘ですよね?」
穏やかな微笑を崩さぬまま、丁寧に、しかし断固とした口調で繰り返す霧。
カタカナ言葉を極力使わないのが彼女のポリシーなのだ。
「はあ‥‥ま、まあ、どちらでも構いませんけど」
「あら、もう皆さんお揃いね?」
ちょうどその時、校舎の方から歩いて来たオカ同部長の荻窪綾子が声をかけた。
「本日は突然の依頼に集まって下さいまして、誠にありがとうございます」
一同に向い深々お辞儀すると、
「皆様からご申請頂いた衣装や食材等については、私から生徒会や知り合いのクラブにお願いして全て揃えました。文化祭も残すところあと1日ですが、ぜひ勧誘頑張って下さいね」
「ハイハイ! 私、せっかくだから入部するっす!」
沙希が手を挙げ、さっそく申請する。
「まあ、それは助かります。ときに羽生先輩、あなたはオカルトを信じますか? それとも否定派?」
「どちらかっていえば信じてない方っすけど‥‥やっぱりダメっすか?」
「いえ大歓迎ですよ? 否定派や懐疑派の方とじっくり議論を戦わせるのも、オカルトを嗜む者にとって醍醐味のひとつですから。ウフ‥‥ウフフフ‥‥」
(さすがオカ同部長‥‥ぱねぇっす!)
眼鏡を光らせ不敵に笑う綾子を前に、沙希を始め撃退士一同は舌を巻くが、同時に懸念していた問題がひとつクリアされたことに安堵する。
部長の綾子が「来る者拒まず」というなら、新入部員の勧誘もぐっと敷居が下がるというものだ。
「文化祭は明日が最終日。今日は荷物の搬入やブースの飾り付け、チラシの印刷なんかをやるとして‥‥勝負は明日1日か」
段取りを確認するように呟くと、諏訪は改めて仲間たちを見回し、
「それでは新入部員勧誘作戦開始ですよー! 張り切っていきましょー!」
拳を突き上げ気勢を上げた。
●チラシ配りで大宣伝!
翌日。文化祭も最終日とあって、他クラブの新人勧誘も一段と熱を帯びていた。
撃退士たちがオカ同の助っ人として考えた演し物の目玉はブースを利用した模擬店「オカルト喫茶」だが、その前にお客を集めないことには始まらない。
「僕さぁ、体を動かすのは得意だけど、接客とか超苦手でさぁ。ビラ配りなら通常の三倍は頑張るから任せてよ!」
みずたまは前日印刷した宣伝チラシの分厚い束を解くと、学園内での宣伝を担当する他のメンバーにも配った。
「新入部員募集!」のロゴがでかでか踊るチラシには、オカ同ブースの場所を示す略地図も印刷され、さらには「このチラシを持って来た方はドリンク一杯半額!」と模擬店のクーポン券の役割も果たしている。
もちろん内容は綾子にもチェックしてもらい承認済みだ。
「さあさあ、キャッチ&バインドで頑張るわよ〜♪」
麦子のかけ声と共に、前日用意した衣装に着替えた宣伝班は張り切って校舎や校庭へと散らばっていった。
(こういうのはノリと勢いと、何よりスマイル!)
どの出店に入ろうか――と迷うように左右を見回しながらぼんやり歩く新入生を発見したみずたまは、すかさず駆け寄り「はいっ!」とチラシを差し出す。
「――えっ? ど、どうも‥‥」
こうして不意打ちで渡されると、つい反射的に受け取ってしまうものだ。
そんな調子で数枚配ると、河岸を変えるべく素早く移動するみずたま。
(一ヶ所で配るより、常に歩き回るのがコツなんだよね)
見込みのありそうな生徒がいれば、チラシを隠して積極的に勧誘も試みる。
「ねぇキミ、オカルト同好会の店の場所知らない?」
「いえ、知りませんけど‥‥」
「知らないかー、うん、ありがと。そうだ、これも何かの縁だし名前教えてよ」
「え? 中等部1年の○○○といいますが」
「へぇカッコイイね、どんな字書くの? ここに書いてみてよ」
「そ、そうですか?」
先輩の女生徒に親しげに話しかけられた男子生徒は、ちょっと照れながら渡された紙にボールペンで名前を書こうとするが――。
その手が途中でピタリと止まる。
「‥‥『入部届け』?」
「あっゴメーン! 間違えちゃった。まったねー!」
(てへへっ。失敗、失敗)
みずたまは入部届けの用紙を回収するや、慌ててその場から走り去った。
「ねーねー、次はどの出店行こうか?」
「そうねえ‥‥」
ベンチに腰掛けそんな会話を交す女生徒たちの前に、「ヒッヒッヒ‥‥」と笑いつつ物陰に潜んでいた臣杜の長身がぬっと現れた。
こんもり着込んだ服装にぶかぶか帽子、といういつもの出で立ちに加え、チェシャ猫をイメージしたネコミミと尻尾で仮装している。
「わっ!? な、何の御用ですか?」
「行く場所にお悩みなら、こんな出店はいかがでショ?」
「なにこれ?『オカルト喫茶』? へえ〜」
「‥‥面白い体験ができるかモしれませんヨ?」
意味深な言葉と共に女生徒たちにチラシを手渡すと、臣杜は現れたとき同様、何処かへ姿を消した。
まさに神出鬼没である。
「天使の聖歌隊」をイメージした衣装に身を包み、ニコラは爽やかな笑顔を振りまきながらチラシを配っていた。
「オカルト同好会の出店『オカルト喫茶』ですよー。よろしければどうぞー!」
美形の彼の周囲には、自ずと新入生の女生徒たちが目をハート型にして集まって来る。
「入部も募集してますので!」
しっかり宣伝しつつ、求められれば記念撮影にも応じるというサービスぶりだ。
そのさなか、ポケットに入れたスマートフォンのコールが鳴った。
『こちらオカ同ブース! こっちの方がそろそろ混んで来たっす。宣伝班も手の空いた人は戻って手伝ってほしいっすー!』
模擬店で接客を担当する沙希からだった。
●オカルト喫茶にいらっしゃい!
昨日まではオカルト関係の写真や雑誌の切り抜きが漫然と展示されるだけだった陰気なオカ同ブースは、撃退士たちの手により一夜にして生まれ変わっていた。
紙やセロハンを用いてUFO風にデコレーションされた照明。
学園支給品のテーブルクロスにミステリーサークル、壁にはデフォルメ化したUMAのイラストetc.
教室ほどの広さを持つ店内は、模擬店をメインにレジ、入部受付け、オカルト相談コーナーとベニヤ板のパーティションで区切られている。さらに店内各所はオカルト系の面白グッズで飾り付けられていた。
内装についてはみんなで出し合ったアイデアだが、わずか半日でこれだけの改装が出来たのは、力自慢の陸刀の活躍によるところが大きい。
その陸刀も、今は犬耳尻尾・牙装備と狼男の扮装を身に纏い、厨房で調理に奮闘中であった。
狼男のイメージに合わせ癖のある長髪を解き、レザーの首輪・ジャケット・ロングパンツとワイルドな着こなしで料理の腕を振るう。
「千客万来だなァ! さあ、どんどん来い!」
メニューもオカルト系らしく、
・ミステリーサークルホットケーキ
・未確認飛行ヤキソバ
・黒焦げダークマター(ガトーショコラ)
・ウンディーネの涙(ノンアルスパークリングカクテル)
・魔女の秘薬(プチシュークリーム)
・天使の口どけ(白チョコケーキ)
・雪男シャーベット(白桃シャーベット)
・百鬼夜行クッキー(コミカルアレンジした様々な妖怪型のクッキー)
と実にバラエティー豊か。
出来上がった料理は、霧が車椅子の膝に乗せて客席へと運ぶ。
「百鬼夜行クッキーにウンディーネの涙のお客様、大変お待たせ致しました」
テーブルの上に料理を並べると、にっこり笑ってパンフレットを渡す。
「よろしければ、ご覧になってください」
パンフレットの内容は、霧が自ら図書館で調べた力の宝石(パワーストーン)や力の集まる場所(パワースポット)といったものに関する豆知識。
(これで、皆様が神秘学に少しでも興味を持っていただけたら良いのですが)
そう願いつつテーブルを離れた霧は、次に食事を終えた客席に向い、丁寧に断りを入れて皿やコップを下げた。
「そこのおにいさん、ちょっとよってかな〜い?」
出店の入り口前では、妖艶な魔女のコスチュームを纏った麦子が客の呼び込みに励む。
スカートのスリットからチラっと覗く足に思わず見とれた男子生徒がいればすかさず近づき、
「世界の秘密、教えてあ・げ・る♪」
これにて一名様、ご案内。
麦子が呼び込んだお客が店内に入ると、
「いらっしゃいませー! オカルト喫茶へようこそですよー!」
髪の毛に黄色い球を付け、全身銀色宇宙人風コスプレの諏訪がレジ前で朗らかに挨拶。
基本はレジ係の諏訪だが、手が空けば接客にもあたる。
「ご注文のミステリーサークルホットケーキになりますー! メニューのオカルトについて紹介させて頂きますねー」
諏訪もまた、料理の元ネタとなったオカルト現象について解説した自作パンフレットをお客に配っていた。
また店内の壁には、やはり諏訪が製作した新聞風レイアウトのポスターが貼られている。
テーマは願いが叶う系、占い、恋愛、七不思議などに関するオカルト特集。記事の下には大きく宣伝コピーも。
『オカルトに興味を持ったアナタ! 入部して一緒にオカルトを追求しませんか!』
1人で持ちきれないような団体さんのオーダーが入れば、そこは陸刀の出番だ。
「おらおら、未確認飛行ヤキソバ大盛り5人前、焼きたてのアツアツだーッ!」
ホカホカ湯気を立てる大皿5枚を器用に抱え、厨房からテーブルまで一直線。手早く配膳したと思えば、すぐ厨房に戻ると大忙し。
沙希のコスプレは純白ワンピ、水色ショール、髪や額飾り、尖がり付け耳などで瑞々しくコーディネートされたウンディーネ風。
以前に本物の喫茶店でのバイト経験もある彼女は、本職はだしの馴れた動きで甲斐甲斐しく接客をこなしていた。
目の合った客にはにこやかに店内のオカルトグッズなど紹介しつつ、オカ同への勧誘も忘れない。
同じく接客担当の啓一が危なげな手つきで恐る恐る料理の皿を運ぶ姿を見かね、すかさずフォローに入った。
「ここは私に任せるっす!」
「す、すみません」
沙希に皿を渡し、背後に回った啓一は、なぜかギョっとしたように立ちすくんだ。
「羽生先輩!? そのスカートの下、ま、まさかノ、ノーパ‥‥」
「履いてない? それは気のせいっす! それともオカルト現象っすかね?」
屈託なく笑う沙希。ワンピとショールを通して何やら透けて見えるのも‥‥多分オカルトであろう。
その傍らで、先刻の天使から一転、黒を基調に露出度の高いサキュバス風コスに着替えたニコラも接客にあたるが、相変わらず女生徒たちの熱い視線を一身に浴びていた。
「うわぁ、あの子可愛ーい! ‥‥あ、ごちそうさま」
「お粗末さマ〜」
「ひぃ!?」
ニコラに見とれながら食事を終えた女生徒の皿を、テーブルの下からぬっと現れた臣杜が回収し、何事もなかったかのように厨房へ戻っていった。
「おい、オカルト喫茶に本物の幽霊が出るらしいぜ!」
「え? あたしは色っぽいサキュバスの男の娘がいるって聞いたけど」
「俺が聞いた話じゃ、ウンディーネのウェイトレスがどうやらノーパ(ry」
噂が噂を呼び、ランチタイムを迎える頃になるとオカルト喫茶は長蛇の列が並ぶ大盛況と化していた。
●戦い済んで日が暮れて
午後6時。文化祭もそろそろ後夜祭へと移る頃、オカルト喫茶も営業を終え、オカ同ブースは店じまいと後片付けに入っていた。
「大成功よ! 今日だけで新入部員7人、あと体験入部の希望者が10人も来たわ!」
入部届けの束を掲げ、綾子が弾んだ声で結果を告げた。
「本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、何とかうちのクラブも続けていけそうです」
啓一も深々と頭を下げる。
「いいえ。こちらこそ、本日は楽しい時間をありがとうございました」
一同を代表するように、霧がにっこり微笑む。
「いや〜、いい暇潰しになったよ!」
「また何かあったら、呼んでくれると嬉しいっす!」
みずたまや沙希も口々に感想を述べた。
「じゃあ、最後にみんなで、どう?」
終盤は座敷童コスに着替えていたニコラが、使い捨てカメラを取り出す。
綾子と啓一を交えた全員で記念写真を撮り、撃退士たちは無事オカ同新人勧誘の依頼を終えたのだった。
<了>