「ドッジボールはイギリス発祥と言う説もある競技です」
グラウンドにくっきりと白線で引かれたライン。内野を示す長方形の中央を2分しただけのシンプルなドッジのコートに向かいながら、エリス・K・マクミラン(
ja0016)は紅組の帽子を被った。
「魔女の末裔である私が、自らを魔女と称するアリス先生の紅組につくのは道理です」
本大会主催者(の片割れ)、年齢不詳・天真爛漫・傍若無人なすちゃらかお祭り教師アリス・ペンデルトン(jz0035)の姿をふと脳裏に浮かべ、
「‥‥とは言え教師としてならともかく魔女としてアリス先生を尊敬しているかどうかは別ですが」
うわっ身も蓋もない!
「それから‥‥同じく魔女を称しながら白組についた『彼女』も魔女として尊敬できませんね」
覆面から覗く視線の先には、学園の指定体育服を着用、白組の帽子を被った‥‥あれ? 何で女性教師が試合に参加してるの?
‥‥違う。
大学部3年のインニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)さんでした。てへっ。
「白は何にも染まってない色。まさに私そのものよねぇ?」
年齢的にやや違和感を覚えなくもない体育服の胸に手を当て、余裕の微笑を浮かべるインニェラは、白組コート内からちらっとエリスを見やった。
「‥‥にしても、マクミランさんは随分と魔女にこだわるようね。劣等感とかあるのかしらねぇ?」
バチバチバチ!!
試合開始を前に、早くも両者の間に見えない火花が激しく散る。
「ドッジボール‥‥なあに、とにかくボールを受けて、相手に当てればいいんだろう? 楽勝だ!」
白組所属、ラグナ・グラウシード(
ja3538)は自信満々に呟くが、あいにく欧州貴族の出身である彼は日本の小学生なら大抵体育の授業で習っているこの競技を体験したことがない。
試合前、審判役の綿谷つばさ(jz0022)の元へ行き、こっそりドッジの基本的なルールを教わるのであった。
「なるほど。一度アウトになっても、外野からボールを当てれば復活できるのか‥‥」
「えっ‥‥顔面セーフじゃ‥‥ない‥‥?」
紅組所属、ポラリス(
ja8467)は「久遠ヶ原特別ルール」の説明を聞いて青ざめていた。
夏の紫外線はお肌の大敵。
『今年は絶対焼かない!』を目標に、屋外の日差しにはことのほか気を遣っている。
今日も念入りに日焼け止めクリームを顔に塗っての参加である。
なのになのに。
「ひどーい! 乙女の顔にキズがついたらどうするのよ!?」
同じ紅組の御守 陸(
ja6074)は、
「先輩たちの足を引っ張らないように頑張らないと・・・」
真面目に緊張しているが。
中には緊張と無縁の者たちもいた。
「事情は良く分からないっすけど、とりあえず面白そうなので来たっすよ♪」
白組に参加の大谷 知夏(
ja0041)は、ワクワクしたように試合開始を待っている。
「知夏達が勝ったら、冷たいモノを奢って貰うっすよ!」
などと紅組の生徒達に声をかけるが、本気なのか挑発なのかは謎。
「ボール遊び久々だナ♪ 懐かしいナ♪」
やはり白組所属のフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)も嬉しそうだ。
試合というからには当然チームの勝利に貢献したいが、同時にこのイベントを思い切り楽しまねば損というもの。
「やるからには勝ちを狙うョ! がんばるっちょ!」
その頃、紅組の生徒たちは「あれ?」と戸惑っていた。
同チームに参加するはずだった御手洗 紘人(
ja2549)の姿が見えない。
「ついさっきまでそこにいたのに」
‥‥実はいた。
女子体育服に着替えた紘人の(自称)別人格「チェリー」として。
「ドッジボールなんてチェリーこわーい☆」
両の拳を胸に当てなよなよと怯えているが、腹の底では
(うふふ☆ ハンティング楽しみだわ〜☆)
とドス黒い悦びを隠して‥‥って隠してない!
顔に入った影と全身から発するドSオーラでバレバレだよ!
ともあれ紅白両軍の選手たちは各々のポジションについた。
審判席のつばさはその様子を確認し――。
「では試合開始なのだ♪」
戦いの幕開けを告げるホイッスルが校庭に鳴り響いた。
開始の合図とほぼ同時に、両軍選手のうち防御の高い者たちが前へ飛び出し壁のごとく前衛を形成、境界ラインを挟んでお互い対峙する。
その光景はさながらアメフトかラグビーの様だ。
ドッジボールのルールを一言でいえば「敵内野の選手にボールを当ててアウトにする」だが、そのためにはまずボールをキャッチし自軍のものとしなければならない。
言うだけなら簡単だが、すぐ目と鼻の先から相手選手(しかも超人的な身体能力を誇る撃退士)が思い切り投げつけてくるボールをキャッチするのだ。取り損ねれば当然アウト。
スポーツとしてのドッジは存外ハードな球技といえる。
コイントスの結果、先攻ボールは紅組から。
ボールを構えた陸はスキル精密狙撃を発動、白組前衛の隙間から後衛の選手を狙う。
その瞬間。
「先手必勝っす! 覚えたてのコメットを喰らえっすよ!」
知夏が叫ぶなり、紅組コート内にアウルの流星雨が降り注いだ!
だが反則ではない。
特別ルールにより行われるこの試合、ぶっちゃけ「ボール以外の武器の使用」「相手コート内に入っての攻撃」「内野から外野を攻撃」の3点を除けば殆ど何でもアリ。むろんボールを当てなければアウトにはできないが、遠距離魔法(スキル)による相手選手の牽制・妨害はOKなのだ。
「さぁ! 綺麗な花火を打ち上げるよ〜☆」
お返しとばかり、チェリーが白組コートにファイヤーブレイクを撃ち込む。
さらには「闇呪符」使用で敵チーム選手を束縛。
他の選手達も思い思いに遠距離魔法やスキルを発動、コート内はたちまち修羅場と化した。
まあお互い撃退士、それにV兵器未使用なので見た目が派手な割にダメージはさほど大きくないが。
そんな中、陸のボールを取り損ねたフェルルッチョが最初のアウトとなった。
「うう‥‥受け止めきれなかったョ‥‥」
泣く泣く外野に移動すると、今度はそこからスキル「咆吼」を発動、
「きゃーお!」
奇声を上げて紅組内野を牽制する。
光纏した撃退士たちは辛うじて耐えるが、観客席にいた一般人の教職員たちが耳を押さえて逃げ出した。
続いてフェルルッチョはフェイントとハッタリを効かせまくり、外野から紅組内野の攪乱を図る。
「消える魔球!」
だが消えない。高々とパスされたボールは紅組内野の頭上を飛び越し、白組内野に控えるラグナの手に渡った。
ラグナが大きく振りかぶったボールがまばゆい輝きを放つ。
スキル『リア充獄殺剣』の発動だ!
「逃がさんぞッ! リア充ッ!」
「うわ待てっ! 俺は彼女いない歴16年――」
みなまでいわせず、「リア充を必ず屠る!」という非モテの執念が込められた豪球が不運な紅組男子の1人を吹き飛ばした。
リア充だから敵なのか?
敵だからリア充なのか?
いまや血涙流す鬼神と化した非モテ騎士にその是非を問うことは無意味である。
目の前に立ちふさがる者あらば、これ全てリア充として蹴散らし屠るのみ。
‥‥ただしその攻撃目標はあくまで男子生徒に限られたが。
さらには防御の高さを利して前衛に位置取り、銀の盾を発動して敵ボールを尽くキャッチ。
「ふん、私の鉄壁の守りを崩せるはずもなしッ!」
‥‥ただしその守護対象はあくまで女子生徒に限られたが。
「やだこわーい、私すみっこにいるー」
専ら後衛で回避に専念していたポラリスの手に、地面をバウンドしたボールがポンと飛び込んだ。
その瞬間彼女の表情が一変、境界線近くまで走り寄るや、
「どぉおりゃああっ!!」
女子らしくもない掛け声と共にストライクショットの鋭い一撃を放つ!
そのボールを知夏ががっしり受け止めた。
「向こうから、巨大スイカ型天魔が出現したっすよ!」
「何ぃ! ど、どこだ!?」
動揺した紅組選手がまた1人アウトとなる。
「手応えアリ」と感じた知夏は、さっそくフェイク野次第2弾を叫んだ。
「あっちで、暑さの為にアリス先生が服を脱いでるっす!」
‥‥シーン‥‥。
「無反応っすか!?」
「アリス先生じゃなぁ‥‥」
紅組男子の1人がボソっと呟いた。
「俺、ロリ趣味ないし‥‥」
「いやむしろ大年増? あの先生、うちのばーちゃんより年上って噂だし」
ああ、まさに神をも怖れぬ暴言。おまえらホントに紅組か?
この正直すぎる‥‥もとい不敬な生徒たちは、試合終了後謎の失踪を遂げたといわれる。
いやあくまで噂だけど。
試合も中盤を過ぎると、紅白両軍の内野手は当初の半分以下に減っていた。
頃合いとみたエリスは練気法陣を使用。
充分練気を練った直後にキャッチしたボールを、ファイヤバースト併用の必殺シュートとして投げつけた。
「‥‥黒炎に包まれしボール‥‥。さしずめファイアボールとでも名づけましょうか」
目標は白組後衛で適当に動き回りつつ味方選手をアシストしていたインニェラ。
黒炎まとうファイアボールを紙一重でかわした白組の魔女は、妖しい笑みを浮かべた。
「ここ最近本気だしてなかったけど‥‥その気なら手加減はなし、ね」
「セルフエンチャント」と「Unterirdisch antik blitz」を上乗せしたシュートでエリスに反撃。
雷をまとった魔球を受け止め損ね、エリスはアウトを取られた。
「っ‥‥!?」
「これが本当の魔法というものよ?」
「‥‥流石に今のは対処しきれないですね‥‥」
インニェラを睨みつつも大人しく外野に向かうエリスだが、勝負はまだまだこれからだ。
知夏の放った「審判の鎖」がポラリスの足を縛った。
「きゃあああ、顔はやめてえぇ!」
思わず両手で顔面をガードするポラリスの頭に、白組からのボールがポコっと当たりアウトになった。
「もう! やんなっちゃう!」
ぷんぷん怒りながらコートを出るが、外野にいればとりあえず攻撃は受けないので、ちょっぴりホッとしていたりもする。
チェリーは専ら魔法による敵チームの攪乱を行いながら、自らは回避に専念していた。
「奥義! モブシールド!!」
説明しよう! モブシールドとはその他大勢を盾として身代わりにする技である。
盾にする味方選手がアウトで減ると、いよいよ自らスキルを発動。
「秘技! 畳返し!」
「アーススピア」使用で眼前の地面を隆起させボールを弾く!
『こんなのもうドッジじゃねーよ!』そんなツッコミが何処からか入りそうだが、細かいこたぁ気にするな!
「さぁ、チェリーと一緒に踊りましょう☆」
龍虹笛の生み出す七色の音色が刃と化して白組コートを襲い、選手達に死のダンスを踊らせる。
まさにやりたい放題だったが、その時頭上から高笑いが響いた。
「ふははははっ! 避けられるか!? 私の渾身の一撃ッ!」
小天使の羽で飛翔したラグナが上空から放つ鋭角のボールがチェリーにヒット!
「いった〜い! 女の子にぶつけるなんて、あんたそれでも騎士?」
「知らぬ! 見た目がどうだろうが男は男!」
「今、男って言った?」
にこやかに笑いつつも、チェリーのこめかみがピクピク引きつる。
外野についた後、味方からパスを受けるなり。
「いっくよ!! これがチェリーのとっておき☆」
電磁銃で帯電状態にしたボールを、さらに炸裂掌を用いて敵陣に向かって撃ち貫く!
「ライジング‥‥バスタァァァァァァー!!!!」
文字通り稲妻のごとくコート上を切り裂いた一球が、非モテ騎士の防御を破りアウトを取った。
「ひゃんっ?!(゜Д゜)」
驚きのあまり変な声を上げるラグナ20歳。
「く‥‥わ、私がやられるなんて!?」
無念そうに呟きつつも、コートを出て外野へと移動する。
もはやカオスと化した試合の中で、陸は黙々と真面目に自軍のサポートに徹していた。
ボールを当てられた味方選手をリカバリすべく務め、また自らが狙われた場合は積極的にボールを取りに行く。
キャッチしたボールはなるべく外野にいる攻撃力の高い選手にパスした。
「先輩、御願いします!」
ボールを受け取ったエリスは再びファイアボールを放ち、インニェラにヒットを決める。
「‥‥これでおあいこですね」
「さあ、どうかしらねぇ?」
そして終盤戦。
ついに内野コートに立つ選手は紅組は陸、白組は知夏の1人ずつとなった。
他にも外野でアウトを取った選手が時折戻っては来るのだが、すっかり人数の増えた外野から集中攻撃を受け、たちまち外野送りになってしまう。
中にはこれ以上の負傷を怖れ、アウトを取ってもあえて外野に留まる生徒までいる。
それにしても知夏のガードの堅さは抜きん出てていた。
総勢11名にのぼる紅組外野から総攻撃を受けながら、そのボールを尽く平然とキャッチしてしまうのだから。
「へいへい! そんなヘナチョコ球、寝てても当たらないっす!」
「何てヤツだ、バケモノか!?」
「っていうか‥‥うちの中等部にあんな女の子いたっけ?」
普段着ぐるみやかぶり物を好んで着用するため、素の体育服だと本人と認識してもらえないようだ。
(ううっ、これはこれで寂しいっす‥‥)
うるうる落涙しながらも、外野のフェルルッチョにパス。
「よーし、るっちょも本気出すョ☆」
石火を併用した直球シュートを繰り出す。
「ピッチ・ノルマーレ!!」
いや和訳すると「普通の投球」なのだが、イタリア語でいうと何となく必殺技ぽいぞ!
タイミングを合わせ、インニェラが陸の足元に魔法攻撃。
「――わっ!?」
体勢を崩した少年の腕がボールを取りこぼし。
「やったネ♪ ありぃべでるち♪」
ピ――ッ!!
試合終了を告げるつばさのホイッスルが鳴り渡った。
ドッジボール結果:白組勝利。太珀軍が16ポイント獲得。
「ふむ‥‥ボールを当てる競技、と聞いたからどんなものかと思ったが、案外おもしろかったな」
「楽しかったね! またやろうね!!」
試合中は激しい攻防を繰り広げたラグナやチェリーも、今は和気藹々と互いの健闘を称える。
「だが‥‥。私としては、もっと手加減なしでも‥‥もっと痛くされても構わんのだぞ?」
ぽっと頬を赤らめるラグナ。実はドMでしたか。
「な〜んだ、始めに言ってくれればよかったのにぃ☆」
「いや男から攻められるのは勘弁」
「‥‥また男って言ったわね?」
「まあまあ、みんな仲良くするっす!」
「今度またドッジやろうョ☆」
知夏とフェルルッチョが間に割って入り、ポラリスは持参した冷たい飲み物を両軍の選手たちに配って労う。
「案外楽しかったわね。またやりましょう? マクミランさん?」
「機会があれば‥‥ですね」
インニェラの言葉に頷いたエリスは、
(‥‥そういえば荒石さんも居たようでしたが、あの後どうしたんでしょうか?)
そう思い校庭を見回すと。
「この俺様が自ら神のパワーを込めた勝利の御守、本日は特価5千久遠で――」
「だからドサクサ紛れに怪しい商売するなーっ!!」
ゴッド荒石は再びつばさにどつき回されている最中であった。
<了>