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マスター:ちまだり
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:50人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/08/06


みんなの思い出



オープニング

●久遠ヶ原商店街〜男の娘カフェ「陽だまり」店内
「‥‥はぁ〜‥‥」
 湊ヒカリ(jz0099)は深い苦悩の中にあった。
 シックなゴスロリ風のミニドレスをまとっているとはいえ、彼は久遠ヶ原学園の中等部男子である。
 というか「男の娘カフェ」だけに、店内で給仕や接客に勤しんでいるウェイトレスたちは全て男子、しかもヒカリと同じ学園生徒のバイトであるが。
 新しいバイトにもそろそろ慣れ、小遣いも増えた。
 前から欲しかった(女装用の)洋服やアクセサリー、メイク道具も色々と買えた。
 だが人生は甘くない。
 ひとつの壁を乗り越えたと思えば、また新たな壁が行く手を塞ぐ。
 それが青春である。
 「男の娘道は一日にして成らず」なのだ。

(今年の夏こそ‥‥着たいなぁ‥‥女の子の水着)

 実はブツは既に購入済みである。
 といっても、ワンピース&パレオという露出度はごく低めの水着。
 ミニスカ姿で街を歩く度胸があれば、別に問題ない気もするが――。
 だが「水着」というだけで、何やら別次元で妙な恥ずかしさがこみ上げ、どうしてもその姿でプールや海へ出る踏ん切りがつかない。
 ヒカリの場合、幼少時から「男子服を受け付けない」という謎の特異体質があるので、これは「今年も海にもプールにも行けない」ということを意味する。
 というわけで、夏が近づくにつれ気が重くなり、こうしてバイトで働いている間も仕事に手が着かない有様である。
(ああ、あの水着を着て海に行きたい‥‥でも恥ずかしい‥‥)
「あのーすみません。オーダーお願いしたいんですけどぉ」
「ごめんなさい! でもボク、やっぱり女物の水着が着たいんですっ!!」
 ――はっと気づくと、店内の空気が凍り付いていた。
 目を丸くしてこちらを凝視するお客。
 同僚のウェイトレスたちも、何事かという表情で呆然とヒカリを見つめていた。


「すいませんすいません! 以後気をつけますっ!」
 店の事務所で、ヒカリは店長に深々と頭を下げ必死に詫びていた。
「まあまあ、反省してるならもういいよ。もちろんお仕事中は集中してくれなくちゃ困るけどね」
 気さくに笑いながらいう店長だが、ふと難しい顔つきになり腕組みした。
「とはいえ‥‥君の悩みは理解できなくもない。同じ女装といっても、普段着と水着じゃハードルの高さが違ってくるからねえ」
「あのう‥‥ひょっとして店長も女装するんですか?」
「いや、僕は鑑賞専門だから。それとも見たい? 僕の女装姿」
「‥‥いえ‥‥」
 長身痩躯に眼鏡をかけ、ちょっとインテリ風の店長は、男性としてはそこそこ整った顔立ちといえる。
 ただし年齢的に既に30代半ばと思しき彼が女装したとしても、それは「男の娘」ではなく単なるオカマとしか見えないだろうが。
「ま、それはともかく‥‥実は、知り合いのある社長さんから、その人が所有してるプライベートビーチを2、3日借してもらえるって話が出ていてね。ちょうどお店の方もオープン以来順調だし‥‥ひとつ頑張ってくれたバイトのみんなで親睦会を兼ねて慰安旅行にでも行こうかと考えていたところなんだが‥‥」
「プライベートビーチ‥‥‥‥す、すると!?」
 店長の言葉の裏にある意図を察し、ヒカリは息を呑んだ。
「そう。察しのとおり関係者以外立ち入り禁止。お客はお店のウェイトレスさんばかりだから、女物の水着だろうが何だろうが着放題だよ」
 うっとりと夢見るような表情で、店長は続ける。
「考えてもみたまえ。抜けるような青い空、太陽にきらめくエメラルド色の海。人気のない砂浜で戯れ合う、可愛い男の娘たちの姿を――」
「素晴らしい! まさに地上の天国ですね!!」
 ‥‥えらくマニアックな天国もあったものだが。
 思わず興奮するヒカリだが、やがてふと気づいた。
「でも‥‥そんな素敵な話、ボクらウェイトレスだけで独占してしまっていいものでしょうか? お店がうまく回ってるのは厨房やバックヤードのスタッフさんたちの力もあるわけですし‥‥何より、熱心に通ってくれるお客さんのおかげでもあると思いますけど」
「なるほどねえ‥‥うん、湊君のいうことも一理あるな」
 僅かに思案する店長だが、やがてポンと手を打った。
「場所柄、ここはバイトさんもお客様も殆ど久遠ヶ原の生徒さん方だし‥‥ではこうしよう。久遠ヶ原学園生徒に限り、プライベートビーチに2泊3日で無料招待! バイトさんへの慰労と、お客さんへの特別サービスというわけだ」


リプレイ本文

●1日目 
 バスから降りると、そこは既に入り江を一望できるビーチへの入り口だった。
 少し沖合には、大きめの岩礁が小島のごとく頭を見せている。
 梅雨明けの空はカラっと晴れ渡り、水平線の彼方には入道雲がわき上がっていた。
「プライベートビーチ‥‥流石、富豪だな」
 リゾートホテルを思わせる宿泊所やビーチカフェ、イベント用ミニステージといった豪華な施設を、鴻池 柊(ja1082)は感心したように見渡した。
 オーナーはどこぞの社長らしい。普段は得意先や政財界VIPの接待などに使用しているのだろうが、たまたまスケジュールが空いているため、これから二泊三日の間は学園生徒たちの貸し切り状態である。
「海は久し振りだから楽しまないとな」
「くぅ〜〜〜っ! 海ってやっぱりいいなぁ♪ キラキラしてるよ!!」
 エメラルド色にきらめく海面を見やり、cicero・outfield(ja6953)(シセロ・キャットフィールド)が嬉しそうに叫ぶ。
 夏といえばやはり海! 胸躍るとはこのことである。
 ともあれ、童心に帰って思い切り楽しむつもりだ。

「‥‥性別迷子どころか性別迷宮‥‥」
 次々とバスから降りてくる後続のメンバーを振り返り、朱鞠内ホリプパ(ja6000)の口から驚きの声が漏れた。
「誰が男で誰が女なのにゃ‥‥一体‥‥」
 それもそのはず。
 元はといえばこのツアー、男の娘カフェ『陽だまり』のバイト店員慰安旅行として持ち上がった企画である。色々あって最終的には「久遠ヶ原学園生徒なら性別年齢不問!」という募集に変更されたが。
 ただ元の企画が企画だけに、参加者の多くは『陽だまり』でバイトのウェイトレスを務める――いわゆる「男の娘」「女装男子」と呼ばれる――生徒たち。
 そのため端から見ると、その男女比率は圧倒的に「女子>男子」なのだが、実際は逆だったりする。
 もっとも今は女装姿といえ、果たしてビーチでも女性用水着を着る男子がどれだけいるかといえば、これはこれでまた別問題であるが。
「まぁ、そこは気にせず海を楽しむにゃー♪」
 ホリプパ自身はれっきとした女性なので、水着の件で悩む必要などない。
 悩みといえばむしろ実年r‥‥おや誰か来たようだ。
(以下十数行、当局の検閲により削除)
 ‥‥ともかく持参の釣り道具を収めたバッグを抱え、目の前に広がる海への期待に胸を膨らませるのだった。

 北条 秀一(ja4438)もまた、男の娘でも何でもないノーマルな男子である。
 彼の目的は、よそのクラブで知り合った気になる友人・神喰 朔桜(ja2099)とこの夏の思い出を作ること。
「秀一君、今回は誘ってくれてありがとうねっ♪」
 すぐ横で、嬉しそうに朔桜が笑っている。
 今のところ彼女にとって秀一は「仲の良い友達」であり、まだ異性として意識するに至ってはいない。
 今回のビーチツアーを通して2人の距離は縮まるか?
 何にせよ、学園生徒たちにとっての夏はまだ始まったばかりだ。

 とりあえずホテル(宿泊所)でチェックイン、各自の部屋に荷物を置いて着替えも済ませると、いよいよビーチに向けて出発だ。
 時刻は昼少し前。
 生徒たちは早くも海岸に繰り出す者、あるいは早めの昼食をとる者と、各々グループや個人に分かれて自由行動に移った。

「湊さんは水着、どうされるんですか?」
 御堂・玲獅(ja0388)が湊ヒカリ(jz0099) に尋ねた。
「その‥‥女性用のを着ようかと‥‥」
「女性用」というところで極端に声が小さくなるあたり、ヒカリ自身にもまだ躊躇いが残っているのであろう。
「それなら、これを使ってください」
 そういうと、玲獅は持参したレディスAラインワンピを手渡した。
「えっ、いいんですか?」
「よろしければ。もともと体型をカバーする水着ですので、これに加え翡翠色などのパレオを腰に巻けば気づかれずに女性の水着姿で活動できると思います」
「助かります! 持ってきた水着、胸の辺りがぶかついて困ってたんですよ」
 玲獅から譲られたワンピを手に、ヒカリはいそいそと更衣室(男性用)へ向かった。

「暑い時に海‥‥気持ち良さそうなの‥‥」
 根来 夕貴乃(ja8456)はホテルに荷物を置くと、さっそく白地に薄紫のチェックのAラインワンピース付きビキニに着替えて浜辺へと繰り出した。
 カフェで軽く昼食を取った後、日焼け止めクリームをしっかり塗り、大きめの浮き輪を手に海へと入る。
 浮き輪に乗っかり、のんびりと海面をたゆたった。
「太陽がいっぱいなの‥‥」
 ほてった肌に潮風が心地よい。
 ふと見上げた青空を、1羽のカモメが横切っていった。

 逸宮 焔寿(ja2900)はピンクのワンピ水着に白フリルのパレオ姿で浜辺に現れた。
 足首には煌めくアンクレット。
 髪はサイド高めに結い上げ、南国風花飾りで可愛くキメている。
 海のお供に欠かせないサメさんの浮き輪を担いで移動。
 その姿は何処か勇ましい‥‥?
 サメの浮き輪につかまり海に乗り出すと、
「一緒に遊ぶのですよー♪」
 近くにいる生徒たちに男女構わず声をかける。
「でも男の娘じゃないですからね?」

 犬乃 さんぽ(ja1272)は先輩である百瀬 鈴(ja0579)の誕生日が近いことを知り、そのお祝いも兼ねて彼女をこのツアーに誘った。
「誕生日覚えててくれて、ありがと♪」
 鈴も大喜びで快諾。
「プレゼントは一緒に楽しい時間を過ごすことでいいよ‥‥なんてね」
 そんな風に盛り上がるうち「事前にお互いの水着を買いに行こう」という話になった。
 ここでひとつの行き違いが生じた。
 さんぽは自分が「男の娘」だとは思ってないし、今回のツアー主催者が「男の娘カフェ」店長だということも知らない。
 だが鈴はさんぽが以前に同店でウェイトレスとしてバイトしたことを知っていたので、「さんぽが求めているのは女性用水着」と思い込んでいたのだ。
 その結果、ツアー出発前に鈴が見立てた水着は白ビキニ&青のパレオ。
「この色合いなら金髪に映えるでしょ? さんぽちゃんの可愛さを際立たせるのがいいなー、と思って♪」
 一方、さんぽは「これが今年の流行なんだろう」と特に疑問も覚えず着用したのだが――。
 ビーチに出て、初めて自分の水着が女性用と知り耳まで赤くなった。
(な、何でこんなことに‥‥!?)
 赤面してもじもじする後輩の様子に気づいた鈴は、
「え、水着恥ずかしいって? んー‥‥」
 さんぽの頭からつま先までまじまじ眺め。
「大丈夫、自信もっていいよ!」
 にっこり笑ってサムズアップ。
(そういう問題じゃなくて‥‥!)
 そこでふと鈴の姿に気づく。
 上は白い布を交差させて胸に巻き、前面で可愛くリボン状に結んだブラ。
 下は横を紐で結んだ白ビキニ。
 腰に薄い黒レースのパレオ。
 彼女のためにさんぽが選んだ水着だが、改めて見ると結構セクシー系である。
「も、百瀬先輩も‥‥似合ってる」
 わたわたしつつ、別の意味で二度赤面するさんぽであった。

 鬼無里 鴉鳥(ja7179)は黒ビキニの上に白のパーカーを羽織った姿でビーチに出た。
 もっとも彼女の場合、今回はいとこの紅葉 虎葵(ja0059)に引っ張り出されてきた‥‥というのが正しいかもしれないが。
「海だーっ!」
 学園指定のスク水姿ではしゃぐ虎葵に対し、
「では虎葵よ、汝は存分に楽しんで来ると良い。私は適当に‥‥砂遊びにでも興じていよう」
「駄目だよあーちゃん、海に来たんだからせめて水には触れなきゃ」
「私が泳げぬと知っておろう。私は、海と山なら強いて言うなら山。然しそれ以前に家から出たくはないのだ」
「そんなこといってたらヒッキーのニートになっちゃうよ!」
「失敬な。せめてインドア派といえ」
「泳げないんなら浮き輪だってあるし。さ、一緒に遊ぼ。えーい!」
 鴉鳥のグチには耳を貸さず、虎葵はいとこの腕をグイグイ引っ張る。
「‥‥仕方ないのう。浅瀬で構わぬなら‥‥」
 面倒臭そうに海へと歩き出す鴉鳥。
 だがこうして誘ってもらえるのは、まんざら嫌な気分でもなかった。

(なぜ僕はここに居るのだろう?)
 黒・言蕾(ja0353)(ヘイ・ヤンレイ)は己に問いかけた。
 黒いセパレートタイプの女性用水着に同色のパレオ。
 ただし彼は男であるが。
 答えは簡単、
「青い空! 白い雲!! そして水着の男女! うむ、実に夏だね!!」
 真夏の太陽を仰ぎ、晴れやかに叫ぶ神崎・倭子(ja0063)にノせられたからだ。
「おや、言蕾君。今日は何やら随分と可愛らしいね、よく似合っているよ! 世の男達が放っておかない可愛さだね!!」
 かくいう倭子自身は、水色とライトグレー基調のスポーツタイプ水着を着用。
 さらに白のパーカーを羽織り、腕にはなぜか赤い腕章をはめている。
「訳が分からない‥‥が! この場に居るならば全身全霊を賭けて男の娘と成らねば芸人魂? 違う! ああもうなんかアレだ本気で往くぞ!」
 とりあえず言蕾はこれまでの自分を全部捨てる覚悟を決めた。
「身長157cm黒髪ショート眼鏡の一人称私の小悪魔系あざとい男の娘が私ですぅ!」
「さて、何はともあれ、海へ突撃だ!!」
 かくして青春ド真ん中な2人は初日からハイテンションのまま、波打ち際目指して駆け出すのだった。

(思ってた以上にフリーダムだな‥‥この学園)
 久遠ヶ原に来てまだ日も浅い紺屋 雪花(ja9315)は、ビーチで遊ぶ生徒たち――その一部は女性用水着を着た男子だ――を見回して思った。
 かくいう雪花も中性的に整った容姿だが、女装趣味者ではない。
 ただし幼い頃、「美少女マジシャン」という触れ込みで女装してステージに立たされていたいう過去を持っているが。
 今日は普通に男子用水着を着用しているが、ビーチで寂しそうにしている参加者を見かけると、得意のマジックを披露。手から次々と花を出したりして元気づけてあげた。
「折角の海なんだ。楽しまなきゃ損だよ?」
 そのうち、喜んだ男子生徒の1人が自己紹介と共に右手を差し出した。
「あ、こちらこそよろしく」
 やはり右手を出し、握手に応じた瞬間――。
 雪花の中で何かのスイッチが切り替わった。
 過去のステージ体験によりある種の条件反射付けができていた雪花の人格はその瞬間に女性化、
「きゃっ!? こんな格好‥‥恥ずかしい!」
 ダッシュで更衣室に飛び込み、5分後にはロングパレオ付ホットパンツのタンキニ水着、さらに腰まで届くゆるふわウイッグ着用という出で立ちで現れた。
「三つ子の魂百まで」とはよくいったものである。

「すみません‥‥臨時アルバイトとして働きたいんですが」
 チェックインと着替えを済ませた柊が最初に足を運んだのは、施設内のビーチカフェ。
 働く部署はホールでもキッチンでも構わなかったが、将来自らが店を持つ時の参考として、可能なら調理場を覗いておきたかった。
 店側も急に大人数の団体客を迎えることになったため、人手が足りなかったらしい。
 すぐに話はまとまり、臨時スタッフとして採用された柊はキッチンへと案内された。
 その途中、ホールスタッフとして働く神楽坂 紫苑(ja0526)と出くわした。
 彼もまた、日中はこの店でバイトするべく頼み込んでいたのだ。
「海だが、急に焼けると痛いんだよな〜せっかくの夏なのに、自分、真面目だよな」
 と言いつつも、紫苑は慣れた様子でてきぱきと接客をこなすのだった。

 ちょうど昼時とあって、カフェ店内は結構な賑わいを見せていた。
 もっともお客もみんな学園生徒なので、何となく学食にいるような錯覚を感じないでもないが‥‥。
 柊 朔哉(ja2302)は恋人の柊 夜鈴(ja1014)と2人がけのテーブルを挟み、向かい合って特製大盛りフルーツパフェを食べていた。
「よ、夜鈴‥‥あーん‥‥?」
 頬を真っ赤に染め、朔哉はぎこちない仕草でアイスをすくったスプーンを恋人の口へと差し出す。
 ちょっと躊躇いつつも、スプーンをぱくっとくわえる夜鈴。
 次は夜鈴が朔哉に食べさせてあげる番だ。

 同じ店内で、ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)は犬耳カチューシャにゴスロリドレスといういつもの服装で今回のツアー取材に励んでいた。
 食事中の客に店の印象や旅行の感想などをインタビューしていたが、そのうち客席でコーヒーを飲む『陽だまり』店長を発見。
 ‥‥というか、店員でもないのにきっちりタキシードに蝶ネクタイ姿なので一目で判った。
(暑くないんでしょうかね?)
 不思議に思いつつも、ドラグレイはさっそく突撃インタビューを敢行した。
「旅行開いてみた感想とか教えてくれますか?」
「実に感無量ですねぇ。プライベートビーチを貸してくれた社長さんに感謝ですよ」
 男の娘カフェ店長は鷹揚に笑った。
「今回のツアーにはいわゆる『男の娘』以外に普通の男子や女子生徒も多数参加してますが、その点については如何でしょう?」
「良いことだと思います。『男の娘』が決して閉鎖的なクラスタではなく、既にポップカルチャーの一部として受容されつつある証拠ですね」
 キラっと眼鏡を光らせ、
「水着姿の男の娘が、一般の男女に交じり違和感なく存在する‥‥いずれはそんな光景が、全国のプールや海水浴場で見られることでしょう」
「ありがとうございました」
 店長への取材を終えたドラグレイは、続いて2日目に予定されている『異性装コンテスト・水着ver!』の宣伝に移った。
「明日水着コンテストを開くので皆さん見に来てくれると嬉しいです♪ 参加者も募集中です♪」

 柊や紫苑の他にも、店内では臨時バイトとして働く学園生徒が何人か見受けられた。
 大抵は『陽だまり』でのバイト経験を活かして‥‥という者が多かったが、ヴィーヴィル V アイゼンブルク(ja1097)の場合は女性でありながら、あえて男の娘たちに混じってのウェイトレスを志望した。
 彼女には試してみたいことがあったのだ。
『男の娘たちに混じって、自分が女の子と見破られるかどうか?』
 知人の某男の娘を見てると最近何だか自信が持てなくなりつつあるとか。
『お姉さま』に見せるために気合いを入れて買った高級水着のテストとか。
 動機は色々あるが――。
 ともあれ、店の(男の娘)店員たちが好んで着ている同じ白ワンピを着用。
「いらっしゃいませ♪」
 来店した客ににっこり笑いかけ、お冷やとメニューを運ぶ。
「あれっ? 君――」
 高等部と思しき男子生徒が、ヴィーヴィルの顔を見るなり口を開いた。
(‥‥!)
「可愛いね〜。すっごく可愛い! とても男には見えないよ!」
「‥‥‥‥」
 ヴィーヴィルの笑顔が微妙に強ばる。
 その背後では、
「さぁ、どどーんと持ってこーい☆ なのですっ」
 ビーチから引き上げてきた焔寿が、旺盛な食欲といくら食べても太らない体質を利してカフェのスイーツお勧めメニュー制覇に挑む真っ最中であった。

 ビーチ内では浮き輪からヨットに至るまで、海遊び関連の各種アイテムが無料でレンタルできる。
 影野 恭弥(ja0018)は水上バイクを借り、沖へと繰り出した。
「こいつはなかなかご機嫌だな」
 そのうち依頼などで乗ることもあろうかと、その練習も兼ねての試乗だ。
 ウォータージェットの水飛沫を上げてしばらく海上を走り回った後、すっかり満足して引き上げる。
 水上バイクを返した後はカフェに向かい冷えたジュースで喉を潤しつつ、夏の休日をのんびり満喫するのだった。

「折角のプライベートビーチ、思う存分サーフィンを楽しむぞ!」
 佐藤 としお(ja2489)は前夜にワックスがけした愛用のボードを抱え、勇躍海岸へと向かった。
 リーシュもしっかり膝下に装着済み。
「さぁ、いきますか!」
 波の状態を見ながら効率的なルートを選んで沖のポイントまで移動。
 ポイントに着いたらボードに俯せになったまま波が来るのを待つ。
 こうして待ってる時間も楽しいものだ。
 徐々に波が来たので、としおは周囲に気をつけながら両手で水を掻きパドリングを始める。
 やがて沖合の海面がうねりながら盛り上がったかと見るや、一際高い大波が押し寄せてきた。
「よし来た、これだ!」
 興奮を抑えつつ、としおはバランスを取って一気にテイクオフ。
 ビッグウェーブに乗りながらボードの先端に両足を揃えてハングテンを決める。
「イェ〜イ! 最っ高〜!!」
 華麗なノーズライディングに、海岸からも喝采が上がった。

「うーみーがーすーきー♪ というわけで早速泳ぐのだ♪」
 焔・楓(ja7214)の水着はシンプルなスク水。
 胸のゼッケンには油性マジックで『5ねん9くみ かえで』としっかり書かれている。
「‥‥の、前に準備運動♪」
 一通り体がほぐれたところで、
「よし、思いっきり行くのだ♪」
 波打ち際からばしゃーん!
 海へと飛び込み、カッパのごとくスイスイ泳ぎだした。

「この学園の男の娘って、何でこんなにレベルが高いヤツばっかりなんだ?」
 周囲の海や浜辺で遊ぶ女装男子たちをオペラグラスで鑑賞しつつ、テト・シュタイナー(ja9202)は呟いた。
 水着はライトブルーのビキニ。
 腰に同色のパレオを巻いている。
 大きな浮き輪に乗っかり、ぷかぷかと海面に浮いていた。
「まぁ、いいか。可愛いは正義って事で」
 ひとしきり男の娘ウォッチを堪能すると、サングラスをかけ直し、今度は防水ケースに入れたスマホを操作して読書にいそしむのだった。

「浮いてると落ち着くよねー‥‥水の上って楽しいよね」
 スカート付きのワンピース型スク水を身につけたレイ(ja6868)も、やはり大きな浮き輪をボート替わりに浮かべ、のんびり波間に揺られていた。
 青い空、紺碧の海。
 目をつぶれば聞こえるのは潮騒とカモメたちの鳴き声だけ。
 気ぜわしい現実とは別世界のような安らぎの一時。
 そう、このまま何処か遠くに流されても気にならないほどに‥‥。
 ――ふと気づくと、周囲は見渡す限りの海原。
 海岸が、というか陸地じたい水平線の彼方に消えている。
「いやいや! 危ない! 危ないよ! ヘルプ! ヘルプミー!!」
 入り江の外まで流されてしまったレイが、沖合を巡回するビーチ専属の警備艇に救出されたのは、その日の夕方だったという。

「‥‥男の娘は遠くから愛でるもの、なの」
 学園指定女子水着にパーカーを羽織ったアトリアーナ(ja1403)は、単独参加なので専ら『陽だまり』バイト店員のグループと行動を共にした。
 傍から見ているだけでも充分眼福だが、こんなチャンスを逃す手はない。
 持参したスマホをデジカメ代わりに、行きのバス内から記念写真の撮影を申し出ていた。
「‥‥初、着用ということで記念に一枚。‥‥どう?」
 こういわれると、大抵の者は照れながらも撮影に同意してくれるものだ。
 ビーチに到着後は、パラソルの陰でくつろぎながらみんなの様子をウォッチ。
(‥‥んー‥‥来てよかったの。‥‥男の娘は素晴らしい)

 白い花柄のキュロパン水着に釣り道具一式を抱えたホリプパは入り江の片隅にある岩場へと向かった。
 人気のない穴場を見つけると、岩に腰を下ろし、釣り針に餌を付け海面に糸を垂らす。
「泳ぐだけが海じゃないにゃーよー」
 待つのも楽しみとばかり、のんびりと太公望を決め込む。
「‥‥そういえば、ここの魚にもヌシみたいな大物がいるのかにゃー?」

 ヌシはいた。
 正確にいえば「この入り江にヌシがいるらしい」という噂が施設スタッフの間に語り継がれ、なかば伝説となっていたのだ。
 虎葵と鴉鳥が海岸の一角に行くと、そこで水泳前の準備運動に励む清清 清(ja3434)と与那覇 アリサ(ja0057)の姿を見つけた。
「あれー? 清くん、僕が選んであげた水着は? あのフリフリ付いた可愛いやつ」
「ボクは男の娘じゃない‥‥!」
 不満そうに答える清の服装は、男性用水着に星柄のTシャツ。
 一方、競泳用ビキニに身を包んだアリサは、
「さあ、素潜りでヌシ探しさー!」
 と張り切っている。
 カフェ店員からヌシについての噂を聞いた彼女は、恋人の清を誘ってこれからヌシ探しにチャレンジしようというところだった。
 もっとも本当の目的は清に海の神秘や素晴らしさを知ってもらうことであり、「ヌシ探し」はその口実に過ぎなかったが。
 入念な準備運動を終えると、清はTシャツを脱ぎ、アリサと共に海へ入った。
 少し沖まで泳ぐと、大きく深呼吸を繰り返した後、一気に潜水。
 素潜りでも2分くらいは潜る自信がある。
(綺麗だなあ‥‥)
 美しい海底の光景に心奪われながらも、ハンドサインでアリサと連絡をとりつつ捜索を始める。
 2分おきに海面に顔を出し息継ぎ、再び潜水してヌシの姿を求めていたが――。
 海面から降り注ぐ陽光をふいに遮り、大きな影がぬっと現れた。
 体長3m近いカジキマグロ。
 何でこんな回遊魚が沿岸にいるのか謎だが、とにかくいるんだから仕方がない。
 ディアボロやサーバント程ではないといえ、生身の人間が相手にするには少々手強い獲物だ。
 それでも2人は臨戦態勢に入った。
 清が前衛となり、囮を演じつつ海面近くへ引きつける。
 後方で待機していたアリサは、清が息継ぎのため海面に浮き上がったその瞬間、縮地使用で一気に接近。鬼神一閃のドロップキックでカジキマグロを空中に蹴り上げた!
「頑張れー!」
 その光景を眺めつつ、波打ち際で鴉鳥に泳ぎを教える虎葵が手を振って応援する。
 ヌシとはいっても所詮はただの魚。
 撃退士2人の攻撃を立て続けに浴び、あっさりお陀仏となった。
「どうしようか、これ?」
「ビーチのレストランに寄付するさー! 今夜のおかずにちょうどいいぞ!」
 2人は体重百kg超の大魚を担いで浜に上がると、その場で清が持参した手作り弁当を広げ遅い昼食をとった。
「水は体力を奪うから休憩はしっかり取らないとな!」
 上機嫌でお握りを頬張るアリサの顔を、清は黙って見つめていたが。
 やがて何気なく顔を寄せると――。
「一緒にいてくれて、ありがとうなのだよっ♪」
 そういって恋人の頬に口づけするのだった。

 水屋 優多(ja7279)は急用で休んだ知人のピンチヒッターとして『陽だまり』でバイトした経験があり、それが縁となって今回のツアーに参加した。
 同じ【剣術部】の仲間たちにその話をしたところ、たまたまスケジュールの空いていた礼野 智美(ja3600)と音羽 千速(ja9066)が同行を希望したのだ。
 ちなみに3人は同郷の出身で、故郷は海に囲まれた島である。
「千速、久しぶりに海で訓練するか? する気なら保護者役で付いていくぞ」
 という智美の提案に、
(遊びたいけど強くもなりたいし‥‥)
 と思った千速は
「少しは遊べる?」
「時と場合によるな」
「じゃあやっぱり行く!」
 ――というやりとりがあり、3人揃っての参加となったわけだが。
 ビーチに揃った剣術部3名のうち、智美は学園指定の女子水着、優多は女性用ワンピースにパレオ、上半身にパーカーを羽織っている。そして一番年下の千速は普通に男子用水着だ。
「じゃあ準備体操した後で。砂浜10往復してからあの岩礁まで往復3回」
 さっそく智美が切り出した。
「腹筋と腕立て伏せを百回ずつ3セット。組み合わせは自分で決めてみろ。それが終わったら少し休憩して砂浜で打ち込み稽古な」
 撃退士の体力をもってしても、なかなかハードなメニューである。
 海水浴というより体育会系の合宿訓練に近い。
 準備運動によるウォーミングアップが済めば、まだ自分の刀を持たない千速に智美が忍刀を貸してやり、実戦さながらの猛訓練の開始。
 今日はこれをお昼と15時頃に1時間休んで19時まで続けるのだ。
 上級者の智美が千速に稽古を付ける形になるが、稽古とはいえ激しい打ち合いにダアトの優多はちょっとついて行けず早々にリタイア。
「なら休憩時間に集合できるよう、居場所は決めておいてくれ」
 と智美にいわれ、また財布の久遠が少々ピンチだったこともあり、小遣い稼ぎも兼ねてビーチレストランで臨時バイトとして働くことにした。

 海中で清とアリサがヌシとの戦闘を繰り広げている間も、剣術部の面々が稽古で汗を流している最中も、ビーチではまったりと時間が流れていた。

「お疲れ様。よろしければ、どうぞ」
 玲獅は持参のクーラーボックスに冷えたドリンク類を詰め、ビーチで遊びやバイトに励む仲間たちに配って回った。
 熱中症対策として水分補給は重要なのだ。
 また私物として持ち込んだビーチボール、ウォーターガンなどの海遊びグッズも、頼まれれば快く貸し出す。

「何だか小さな頃を思い出すな」
 パラソルの下でビーチチェアに寝転がり、シセロは大きく背伸びした。
 のんびり昼寝したあとは起き上がって海岸へ。
 童心に帰った気分で、1人砂浜にしゃがみ込み黙々と砂の城を築いていく。
 夢中になって作っているうち、高さ1.5mほど、何やら妙にリアルで本格的なお城が出来上がっていった。
 ふと隣を見ると、少し離れた場所でブルーのボーダー柄水着の上に白のパーカーを羽織った井沢 美雁(ja1243)が、やはり精巧な砂の城を作っている。
 2人の築く砂の城が目立ったのか、周囲にはいつしかギャラリーの人の輪ができ、そのうち「なら私も!」「俺も!」とばかり砂のアートに挑戦する者が続出。
 浜辺の一角はいつの間にか雪祭りならぬ砂祭りのごとく、砂で固めた様々なオブジェが林立することになった。

 帝神 緋色(ja0640)は桜井・L・瑞穂(ja0027)を誘って浜辺に出ると、空いた一角にビーチパラソルとマットを広げた。
 緋色の水着は鮮やかな橙色のビキニ、腰には同色のパレオ。
 瑞穂の方は白地に青で縁取られたワンピース。ただしいわゆるスリングショットと呼ばれるタイプで下はローライズ気味、肌の露出も多くやや過激である。
 端から見ると「仲のいい女友達」としか見えないが、緋色は男。『陽だまり』のバイト店員(ウェイトレス)でもある。
「お店ではいつも贔屓にしてもらってるし、一杯サービスしてあげなきゃね♪」
「ほほほ、当然でしょ! では、さっそくサンオイルでも塗って貰おうかしら?」
 例によってワガママをいいつつ、悠然とマットに俯せになる瑞穂。
「お望みとあらば‥‥」
 やけに嬉しげに両手をわきわきする緋色の様子に、瑞穂の第六感が危険を報せる。
「ちょ、そ、その手付きは、何ですのぉ!」
 慌てて止めようとしたが、時既に遅く、緋色の指先は彼女の背中に触れていた。
「ああっ‥‥!?」
 サンオイルを塗りながらの全身マッサージが始まった。
 その腕前はプロはだし。
 心地よさを通り越し、何やら体の芯が熱くなるような快感すら覚える。
 瑞穂は衆人環視のビーチであることも忘れ顔を真っ赤にして身をよじり、時にはあえぎ声まで立てながら、緋色のマッサージに身を委ねるのだった。

「わはあ、海だー! 海で泳ぐぞー!」
 川はともかく、海で泳ぐのは初体験となる緋野 慎(ja8541)は大はしゃぎだった。
 水がしょっぱいのに驚いたり、川にはいない魚や貝殻を見つけて大喜び。
 最初の興奮が収まり、改めて周囲を見回したとき、ふと妙なことに気づいた。
 まだ子供なので異性に興味はないが、ずっと爺ちゃんと二人暮らしだったため男性と女性の体付きの違いに違和感を覚えたのだ。
 大人の男女であれば、さすがに一目で判る。
 だが十代くらいの生徒の中に、女性用の水着を身につけながら、男か女かいまいちよく判らない者たちがいる。
(何だろう、あの人たち?)
「男の娘」なる存在を知らない慎は首を傾げた。
 そのうち、ビーチカフェの方からずーん‥‥とやたら暗い表情のヴィーヴィルがふらふら歩いてくる姿が目にとまった。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
 ヴィーヴィルの歩みがピタリと止まり、まじまじと慎の顔を見た。
「君‥‥私が女の子に見える?」
「うん。すっごく綺麗なお姉ちゃん‥‥じゃないの?」
「うわあああん! ありがとう! ありがとう!」
 年下の少年をぎゅっと抱きしめ、ヴィーヴィルがはらはら落涙する。
 事情を知らない慎は目を白黒させるばかりだ。

「‥‥おっと、そろそろ時間だな」
 体質的な理由から日焼けを避け、専らビーチカフェやレストランで甘物や夏の定番メニューを賞味していた七水 散華(ja9239)は、時計を見て立ち上がった。
 彼が発起人となって企画した自主イベント『スイカ割り大会』の開催時刻が近づいたからだ。
 砂浜に出ると、事前に申請した通りビニールシートの上に山と積み上げられた大玉スイカ、そして人数分の木の棒、アイマスクなどが準備されていた。
「よーし、楽しもうぜー!」
 イベント参加のため集まった生徒たちに開催を告げると、散華自身はビーチパラソルの下で用意された椅子に座った。
「日焼けは火傷、ってな」
 ハーフパンツ型の黒い水着を履き、上半身は白のパーカー。
 念入りに日焼け止めローションを塗って紫外線対策を施す。

「スイカ割り面白そうなのだ♪ あたしも頑張るー♪」
 一番に志願した楓はまずアイマスクを被り、手にした木の棒を軸に、他の生徒たちの手で十回くらいグルグル回された。
 その後、散華はじめ周囲のギャラリーから「右だ、左ー!」という声に従い、少し離れた場所に置かれたスイカを目指すのだが‥‥。
「目が回って‥‥うー、こっち? それともこっち? ええい、きっと此処なのだ♪」
 見当違いの場所に棒が振り下ろされ、虚しく砂だけが飛び散る。
 それでも5分くらいかけて何とか割った。
 他の選手たちも同様で、
「スイカは‥‥どこだ?」
 フラフラになりつつも、周囲の声を頼りに棒を構えてスイカに向かうシセロ。
「いくら回そうと狙った獲物は逃がさない」
 平山 尚幸(ja8488)はマイ木刀持参で意気込み充分だ。
 白ビキニ姿の朔桜はスイカに向かう途中、足を滑らせ転倒しようになった。
「きゃあっ!?」
「危ない!」
 思わず飛び出した秀一の胸の中に倒れ込み、その勢いでお互いもつれあって砂浜に転がる。
「え‥‥?」
 目隠しを取った朔桜は秀一と見つめ合い、2人して赤面。
 秀一の方も内心ドキドキものだ。
 まあこういう美味しい(?)ハプニングも醍醐味のひとつ。
 選手の中には、剣術部の稽古が休憩で抜けてきた千速の姿もあった。
(今は基本は拳だけど、苦無とか忍刀とか買いたいなー)
 そんなことを思いつつ、棒を振り下ろしてスイカを一刀両断する。
 大会終了後は、アシスタント役の夕貴乃が食べやすく切り分けたスイカを参加者一同に配った。
「応援で乾いた喉に、みずみずしいスイカは美味しいの‥‥」

 やがて時刻は夕方の5時を回り、海や浜辺で遊んでいた生徒たちもぼちぼちと引き上げ、更衣室でシャワーと着替えを済ませるとホテルへと戻っていく。
 2日目も自主イベントが盛りだくさんなので、今日のところは早めに帰って英気を養おうという者も多い。
「あ〜疲れた。お風呂でも入ろっと♪」
 ホテルの個室にもバスはあったが、朔桜はせっかくだからと大浴場に向かった。
 脱衣所で裸になったあと浴室に入るが、途中「混浴」と書かれた看板をうっかり見過ごしていた。
 人気のない広い浴場でのんびり湯に浸かり、さて髪でも洗おうかと立ち上がった時。
「おー空いてる。貸し切り状態だな」
 ガラっとガラス戸が開き、秀一が入ってきた。
 もちろん裸である。
「「‥‥」」
 両者、愕然と見つめあうこと数秒。
「いやぁ〜〜!!」
 悲鳴と共に朔桜の雷槍が炸裂!
「???」
 訳の分からぬままその場に昏倒する秀一。
 一方の朔桜は耳まで赤くなり、驚きと恥ずかしさと、でも相手が秀一だったことにちょっぴり安堵(?)しつつ、そのままブクブクとお湯の中に沈んで身を隠した。

●2日目
 ホテルで朝食を済ませた恭弥は、さっそく水着に着替えると再び海に出た。
 今日は水上バイクではなく、素潜りによる海中遊泳に挑戦するつもりだ。
「前に潜った時は25mくらいまでいけたよな」
 ある程度沖合まで泳いだところで、一気にダイブして海底を目指す。
 プライベートビーチだけあり、観光地の海に比べると水も綺麗で海底のゴミも殆ど見当たらない。
 美しい海底の眺めを楽しみながらしばらく泳いでいると、岩の上にちょこんと乗っかった真新しいビーチサンダルを発見した。
(何でこんな所に‥‥?)
 前のゲストが落としたものだろうか?
 それにしても、一足キチンと揃えて置かれているのが奇妙だが。
 不思議に思いつつも、とりあえず「記念品」として持ち帰る恭弥であった。

「目標はあの岩礁まで遠泳よ!」
 入り江の沖合に小島のごとく突きだした岩礁をビシっと指さして声を張り上げるのはヨナ(ja8847)。
 今回のツアーで『水泳教室』を企画した彼は、自らコーチ役も買って出ていた。
 光纏なしでもオリンピック金メダリスト級の運動能力を誇る撃退士に水泳教室が必要か? という疑問もあるだろう。
 だが撃退士も人間、人により得手不得手というものがある。他のスポーツは万能なのになぜかカナヅチ――という生徒は案外いるものだ。
 御手洗 紘人(ja2549)もそんな1人だった。
 そもそも彼は海で泳ぐこと自体が初体験。また水泳教室の企画もあると聞き、出発前夜まで楽しみにしていたのだが‥‥。
 到着後、更衣室でカバンを開けてみると、入っていたのはなぜか女性物。
 花柄のボレロ付きワンピース水着。
「やっぱり‥‥こんな予感がしていたのです‥‥」
 実に不可解な出来事であるが、紘人には「犯人」の心当たりがあるらしい。
「うぅ‥‥もう時間がないのです‥‥着たくないのに‥‥」
 とはいえ他に替えの水着もない。
 というわけで、花柄ワンピースを膝丈まである長いパーカーで隠し、モジモジしながら水泳教室に参加している。
「海とプールって全然違うって言うし、練習したいんだよね」
 レグルス・グラウシード(ja8064)もまた、カナヅチ克服のため参加した1人。
 夏となれば、彼女と海でデートすることもあるだろう。
 そんな時はやはりかっこよく泳ぎ男としていいところを見せたい。
 そう思って参加したのだが――。
「‥‥」
 周りにあふれる男の娘たち(しかも結構可愛い)を見回し、ちょっと動揺してしまう。
(い‥‥いけないいけない! 僕には彼女がいるんだから)
 ブンブン頭を振って気を取り直す。
(ごめんね、僕にとっては君が一番かわいい人だから!)
 つい男の娘に見とれてしまった自分を戒め、心の中で彼女(同い年の学園生)に詫びた。
 もちろんこのツアーに参加したことは、彼女には内緒だ。

「まず水に浮くことから。大丈夫、海水は浮きやすいのよ」
 集まった生徒たちを相手に、さっそくヨナのコーチが始まる。
 浮くのに慣れたら、生徒の手を取った状態で足の練習。
 その後は手、息継ぎと順を追って教える。基本的には体育の授業と同じだ。
 いよいよ本番、岩礁への遠泳である。
「自信がなければビーチ板使ってもいいわよ。ロープで繋いで私が引っ張ってもいいし。レッツ遠泳♪」
(なんか、物凄くハードな要求をされているのです!)
 内心でびびりまくる紘人。
 全員撃退士だけあり、体力的にはそう無茶な訓練というわけでもない。問題はカナヅチ特有の「水に対する恐怖心」を克服できるかどうかということになるが。
 ともあれ、他の生徒達に混じって怖々泳ぎだした。
 出発して百mほど泳いだところで‥‥。
「はわわ!?」
 突然足がつり、その場で溺れてしまった。
 もがけばもがくほど鼻や口に海水が入り、水底へと沈んでいく。
 薄れ行く意識の中で、なぜか見渡すばかりのお花畑と大河が見える。その向こう岸からどこか見覚えのある人々が笑顔で手招きしていた。
(さよなら僕の人生‥‥でも花柄ワンピのまま死ぬなんて嫌なのです)
 突然誰かに強く腕を引かれ、紘人は我に返った。
 浜辺から溺れる彼を目撃した玲獅がとっさに海に飛び込み救助に向かったのだ。
 紘人を浮き輪につかまらせると、その背に回り、浜まで引っ張っていく。
 たまたまバイトの休憩時間でその場に居合わせた紫苑も協力して応急手当を施し、紘人は九死に一生を得たのであった。

 海岸で一騒動起こっているその頃、緋色は瑞穂を誘いビーチカフェにいた。
 2人席を選ぶが、その際椅子を移動して互いが横に並ぶよう座る。
 瑞穂はのんびり‥‥できるわけもなく、隣で密着して来たり何だりする緋色に翻弄されてしまう。
 オーダーはトロピカルジュース。
 1つのグラスに2本のストローを差し、恋人同士が一緒に呑むタイプだ。
「‥‥ね、一緒に飲もう?」
 瞳をうるうるさせた緋色の上目遣いに瑞穂はパニクった。
「そんな眼をしても‥‥! わ、わたくしは‥‥」
 立ち上がろうとしても甘えるような彼の視線に硬直。
 その一方で周囲の視線が集中するのを感じ――。
「きゅぅっ」
 羞恥心が限界に達した瑞穂は、ついに昏倒してしまった。

「‥‥海‥‥」
 青パーカーに白膝丈ズボン、サンダル履きという出で立ちで、朔哉は眩しげに目を細めた。
 日頃は素肌の露出を嫌う彼女だが、今日は服の下に伝説の白スクを着ている。
 もっとも水着姿を披露するつもりはない。
 友人たちが遊ぶ姿を見守りながら、自身は波打ち際で適当に楽しんでいたが‥‥。
「う、うぅ〜‥‥」
 ‥‥熱中症で倒れてしまい、結局その日は木陰で休むことに。

「鬱陶しい陽射しですね‥‥」
 女性用のスクール水着(猫尻尾付き)を着用した高野 晃司(ja2733)は額の汗を拭った。
 ビーチパラソルの陰に戻ると、猫耳型ヘッドフォンでのんびり音楽を聴く。
 ふと目を上げると、砂浜の向こうからワンピ&パレオ姿のヒカリが浮かない顔で歩いてくる。
「どうかしましたか?」
「今日、例の水着コンテストがあるじゃないですか?」
「ああ、そういえば」
「実はボクも出ようかと思ってたんですが‥‥直前になったら、何だか急に自信がなくなっちゃいまして‥‥」
「もったいない。ヒカリさんなら大丈夫なのに」
「そ、そうでしょうか?」
「よければ、記念に一枚どうです?」
 晃司はスマホのカメラでヒカリの水着姿をパチリ。

 さて、ここはビーチ内の野外ステージ。
 普段はミニコンサートなどのイベントに使われる施設だが、本日はRehni Nam(ja5283)(レフニー・ナム)企画の『異性装コンテスト・水着ver!』開催の時刻が迫っていた。
「さぁ! もうすぐこのステージで水着コンテストが開催されるわぁ!」
 白のローライズビキニ(フリル付き)姿で舞台に現れた雨宮アカリ(ja4010)が、客席に詰めかけた生徒たちに向かって元気よく声をかける。
「なんだそれは。水着を着て血で血を洗う近接格闘でもやるのか?」
 隣でボケるのは双子の妹、リリィ・マーティン(ja5014)。こちらはTシャツにスパッツという出で立ちだ。
「やらないわよぉ‥‥よりお客さんや審査員を魅了した方が優勝って感じかしらぁ?」
「なるほど、知略戦か。で、どんな強者達が集まっているんだ?」
「主に女装された男性の方々ねぇ♪ 私たち女性が出ても勝つ見込みは無いほど皆カワイイわよぉ」
「HAHAHA☆ 何を言う! お前の所属と違って我々海兵隊は海岸への上陸作戦こそを最も得意とする! そうそう負ける訳がない!」
 ちなみにアカリの所属とは、かつて非正規で参加していた某国の外人落下傘部隊。
「そうと決まれば準備に入る! Semper Fi!!」
「ちょっ、待ちなさい! 何の準備よぉ! 嫌な予感が‥‥。皆さんはコンテストよろしくねぇ♪」
 笑いと拍手の中、逃げるリリィをアカリが追うようにして2人が退場した直後、ステージ上をぼぼーん! とスモークが包み込んだ。
 音響担当、亀山 淳紅(ja2261)の合図と共に、スピーカからファンファーレの音楽が響く。
 煙が晴れると、舞台上には椅子に腰掛けた主催者にして司会役のレフニーが登場。
 その膝の上には、なぜか唐沢 完子(ja8347)‥‥いや今は自称妖精の「アリス」が腕組みし格好良く立ちポーズを決めている。
「はおん。絶好の好天、今日は水着日和だね!」
 登場パフォーマンスを終えて満足したアリスが大人しく座り直すのを待ち、レフニーが挨拶した。
「可愛い女の子(年上)は皆僕の嫁。黒姫(偽)こと、レフメル・ナムディスロウだよ」
 この口調、知る人ぞ知る某機関ボスの物まねだとか。
「男の娘の皆、可愛い水着姿を見せてね。女の子の参加も歓迎だよ!」
「はーい♪ 前回優勝のドラちゃんです♪ 今回は解説役を担当させて貰うのですよ♪」
 舞台袖の解説者席から、ドラグレイもにこやかに手を振る。
 いや突発企画だから前回も何もないのだが、そこはご愛敬。
 ポップなBGMと満場の拍手に包まれ、まずはエントリーナンバー1番の滅炎 雷(ja4615)が花道から登場した。
 水着は青のツーピース、腰には白のパレオ。
 頭には白いリボン付きの麦わら帽子。
(出るからには当然、優勝目指して頑張るつもりだよ!)
 意気込みも充分に、女性らしい仕草を意識しつつ舞台上でアピールする。
「えええええ、可愛いすぎるんですがこれどうすれば? や、ちょ、まじ可愛い」
 審査員の1人として参加の美雁は顔を上気させて喜んだ。

「‥‥どうして、私も参加することになってるのかしら」
 当初は舞台裏で出場者のメイク補助を担当していた土方 勇(ja3751)は、気づいたら自分もエントリーに名を連ねていた。
 どうしてこうなった。だが出場するからには、半ばヤケになっての全力投球あるのみ。
 腹をくくってステージに向かう勇の水着は赤のボーダー柄グレコタイプ。
 髪は下ろし、ヘアバンド装着。
 水着の上に黒のH型ワークエプロンを付けている。
「皆やほ♪ 見ての通り『海の家』の店員スタイル。応援してくれたら後で焼きそば作ってあげる〜」
「うん、みんな可愛いから全員優勝じゃだめなのかなっ! ‥‥だめですか‥‥」
 悩みつつも、審査員席で採点シートに記入する美雁。
 その隣では、
「ふむ、これはこれは‥‥」
 やはり審査員の夜鈴も熱心に採点している。
 後日、恋人の朔哉に対し「僕は男が好きなわけじゃないぜ? 本当だぜ?」と弁解したとか、しなかったとか。
 こうして自慢の水着に身を包んだ男の娘たちが次々とステージに昇るが、中にはうっかりスネ毛の処理などを忘れている者もいた。
 そんな時はアリスが手許のリモコンスイッチをポチッ。
 ビヨヨ〜ン!
「ひえぇーっ!?」
 舞台に仕掛けられた巨大バネ仕掛けのトラップが作動、退場者は海の方へと放り上げられる。
「この大会に下品な男の娘は不要なのです☆」

 専ら裏方として動いていた淳紅も自らエントリーしていた。
 腰にミニスカがついたワンピ水着。色は桃と黄色でまとめている。後髪は二つ結び。
 ただし腕の傷痕を隠すため大きめのジャージを羽織っているが。
 舞台上でマイクを握ると、夏の花火をテーマにしたラブソングを歌い始めた。
 音程の上下が難しい曲を女性の高音域まで完璧に再現、かつ動作まで気を使い審査員とギャラリーにアピールする。
 サクラのつもりでの参加であったが、歌っているうちにテンションが上がり、しまいにはジャージも脱ぎ捨てての熱唱となった。
「ほら、ちょっとその、歌に酔ってて‥‥見苦しいもん見してすんませんんんん!!」
 歌い終えたあと深々頭を下げる淳紅に、客席から大きな喝采とアンコールの歓声が応えた。

「ごめんね‥‥僕、女物の水着を着ちゃいます‥‥」
 舞台裏の控え室で「彼女」に詫びた権現堂 幸桜(ja3264)は、姉から譲り受けた女性用水着を身につけステージに向かった。
 露出度低めの緑系タンキニ水着。その上に白いパーカー。
 舞台に上がり、マイクを渡されると、
「えっと‥‥僕の推薦で大会に参加してほしい子がいます」
 そういうなり、舞台から飛び降り客席に座るヒカリの元へ駆け寄った。
「――えっ!?」
「ヒカリちゃん、おいで♪」
 戸惑うヒカリの手を引き舞台へ戻る。
「僕も一緒だから大丈夫だよ」
 再びステージに上がり、笑顔でアピールする2人を、改めて大きな拍手が包み込んだ。

 審査の結果、優勝者は僅差でヒカリに決まった。
「嘘っ! ボ、ボクが‥‥?」
「おめでとう、ヒカリちゃん♪」
 信じられないといった表情の少年の手を、幸桜が笑顔で握る。
「優勝賞品だよ。大切にしてね!」
 レフニーから賞品のドロワーズを授与され、ヒカリの目が潤む。
「ありがとうございます! これからも、立派な男の娘になれるよう頑張ります!」

 コンテスト終了後。
「やっぱり露出度が難点だよね‥‥」
「あ、ボクもそう思います」
 幸桜と女装談義を交わしつつ会場から出てきたヒカリの前に、レイが走り寄ってきた。
「ヒカリさん! チューしよう! チュー!」
 初日はうっかり漂流してしまったため、まだ今回はヒカリとチューしてなかったのだ。
「しかし今回は理由もない‥‥あっそうだ! コンテスト優勝記念ってことで!」
「そ、そう?」
 まだ大会の余韻で頭がボーっとしている。
 すっかり「女の子モード」のヒカリは、なにげにレイを抱き寄せると軽くくちづけした。
「――きゃっ!」
 小さな悲鳴に振り返ると、そこに赤いビキニ姿の白沢 舞桜(ja0254)が立ちすくんでいる。
「白沢さん!?」
 舞桜は両手で口を押さえ、踵を返して走り去った。

「すみません、店長。じゃあ、ひと泳ぎしてきます」
 エプロンを外しながら、バイトを終えた柊はカフェ店長に声をかけた。
「ああ、お疲れ様。君らが手伝ってくれたおかげで助かったよ」
 そういうと、店長は柊を始め今回店で働いた生徒達にバイト代を手渡した。
 外へ出ると、既に陽は西に傾き、海を茜色に染めている。
「すっかり遅くなっちまったけど‥‥まあ夕暮れの海も風情があっていいもんだな」
 ストレッチで体をほぐした柊は、龍がプリントされた黒のサーフパンツ姿で海に入ると、沖の岩礁目指して泳ぎだした。

「昼の間は海で遊んで、夕方は夕日に向かって思いのたけを叫ぶ! これぞ青春だね!」
 波打ち際に立ち、相変わらずハイテンションの倭子が傍らの言蕾に叫んだ。
「さて、言蕾君。景気付けにいってみようか!」
「よーし! 言っちゃうぞ☆」
 言蕾の目がキラーンと光る。

『倭 子 さ ー ん!!! やーん恥ずかしい〜☆』

「ボクの名前を叫んでも無駄だよ!」
「即答かよ!?」
「キミにはよりこの場で名前を呼ぶに相応しい絆があるとボクには分かる!!」
「悪魔か貴様‥‥」
 言蕾の頬を濡らす涙も茜色。
 実に青春である。

 ヒカリは走り去った舞桜の後を追った。
 女性相手には超奥手なヒカリだが、彼女は特別だ。
 かつて撃退士としての初依頼でサポートしてもらって以来、女物の服を買う時など同行を頼んでアドバイスしてもらうなど友達付き合いが続いていた。
 ようやく海岸で舞桜を見つけ、今は2人並んで何となく夕暮れの海を眺めている。
「優勝おめでとう。水着、似合ってるよ〜」
「あ、ありがと‥‥」
「さっきは驚かしちゃってごめんね。ヒカリさん、ひょっとしてあの男の子と――」
「ち、違うよ! あれは、その、いつもの挨拶みたいなモノで‥‥」
「そうなんだ? わぁ、よかった〜」
「よかった?」
 舞桜はついっとヒカリの前に立つと、大きく深呼吸。
 意を決したように――。
「依頼で会った時からずっと気になってて‥‥気が付いたら好きになってた。男の子としてね」
「!!!」
「いきなり言われても困るよね。返事はいつでもいいよ」
 それだけいうと、舞桜は小走りでホテルの方へ去っていく。
 後には、当惑したまま立ち尽くすヒカリだけが残された。

 夕食後。
 2日目の最後を飾るのは、シセロの提案による花火大会だった。
「夏の夜といえば、やっぱりこれだよな!」
 各種花火と防火用のバケツを抱えたシセロが夜の海岸に出ると、早くも参加者たちが集まり始めていた。
「皆さんで一緒にやる花火は楽しいのです!」
 浮き浮きとローソクに火を灯す紘人。
「春は桜だったし、じゃあ夏はー‥‥ 花火はどうっ?」
 鈴は外国生まれのさんぽにより多くの日本文化に触れて貰うべく、張り切って誘いをかけた。
 とりあえずスタンダードな手持ち花火から。
「キャーッ♪」
 昼間は真面目な水泳コーチを務めたヨナも、今は両手持ちの花火を振って子供のようにはしゃいでいる。
 徐々に盛り上がったところで、
「さーって。ここらでいっちょ、ド派手なヤツいくぜ?」
 大型の打ち上げ花火を海岸に並べ、テトが次々と点火。
 ドーン! パーン!
 ロケット弾のごとく連続して打ち上げられた花火が、夜空に大輪の花を咲かせる。
「はっはー! 爆発は芸術だ!」
 負けじとばかり、尚幸も新たな打ち上げ花火に点火した。
「銃も打ち上げ花火も同じさ。タマヤー」
 地上では中華風の爆竹がパンパンと派手に破裂し、ネズミ花火がシュルシュルと炎の輪を描いて踊り回った。
「何でネズミ花火がこっちにくるのです!?」
 半べそをかいて紘人が逃げ惑う。
 艶やかな黒い浴衣姿で花火を見物していた紫苑は男女問わず何人かの生徒にナンパされたが、
「フフ、アフター(暇な時間)に、オレを見つける事できたら、相手してあげましょう」
 と微笑んで軽くいなした。
「明日、帰る前に一緒にお土産買おうか?」
「そうだね‥‥」
 秀一と朔桜は寄り添い合って夜空を彩る花火を見上げていた。
 色々ハプニングはあったものの、今回の旅行は2人にとってよき思い出になっただろうか?
 ひとしきり大型花火や仕掛け花火が続くと、やがて生徒たちは幾つかのグループに分かれてしんみりと線香花火を始めた。
 散華も普段付けている目隠し(薄い布なので視界はある)を外し、しゃがみこんで己の手にした線香花火が弾ける様を見つめた。
「花火って綺麗だなぁ‥‥」
 打ち上げ花火の火が途絶えても、夜空には降るような星々が輝き、銀河の一部が天の川となって横たわる。
 恭弥はごろりと砂浜に寝転がり、のんびり夜空を見上げた。
「いい眺めだ。都会じゃ天の川なんて殆ど拝めないからな」

「今日はありがと‥‥♪」
 最後の線香花火を見つめつつ、鈴がさんぽに微笑んだ。
「百瀬先輩こそ、改めてお誕生日おめでとう‥‥」
 にこっと笑うさんぽは、ふと思い出したように先日国東で買ってきた開運ひよこのストラップを取り出し、鈴に贈った。
「まだまだ大変だと思うから、これお守りに」
 九州だけではない。
 こうしている間にも、日本の各地で天魔との戦いは続いている。
 彼らもまた久遠ヶ原に帰れば、撃退士として新たな戦いの日々に戻るのだろう。
 それでもこうして夏の海で仲間たちと過ごした日々は、思い出の1頁として彼らの胸に残る。

 ふっと燃え尽きて砂の上に落ちた線香花火を見つめながら――。
「またこんな風に遊べると良いの‥‥」
 みんなの気持ちを代弁するかのように、夕貴乃が呟いた。

<了>



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:26人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
野生の爪牙・
与那覇 アリサ(ja0057)

大学部4年277組 女 阿修羅
堅刃の真榊・
紅葉 虎葵(ja0059)

卒業 女 ディバインナイト
図書室のちょっとした探偵・
神崎・倭子(ja0063)

卒業 女 ディバインナイト
黒沢マキ(偽名)・
白沢 舞桜(ja0254)

大学部1年94組 女 阿修羅
撃退士・
黒・言蕾(ja0353)

大学部1年304組 男 ダアト
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
命繋ぐ者・
神楽坂 紫苑(ja0526)

大学部9年41組 男 アストラルヴァンガード
思い出は夏の夜の花火・
百瀬 鈴(ja0579)

大学部5年41組 女 阿修羅
魅惑の囁き・
帝神 緋色(ja0640)

卒業 男 ダアト
知りて記して日々軒昂・
ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)

大学部8年24組 男 鬼道忍軍
幻の星と花に舞う・
柊 夜鈴(ja1014)

大学部5年270組 男 阿修羅
幼馴染の保護者・
鴻池 柊(ja1082)

大学部8年199組 男 バハムートテイマー
撃退士・
ヴィーヴィル V アイゼンブルク(ja1097)

大学部1年158組 女 ダアト
蒼き薔薇の騎士・
井沢 美雁(ja1243)

大学部6年182組 女 ディバインナイト
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
愛すべからざる光・
神喰 朔桜(ja2099)

卒業 女 ダアト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
茨の野を歩む者・
柊 朔哉(ja2302)

大学部5年228組 女 アストラルヴァンガード
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
雄っぱいマイスター・
御手洗 紘人(ja2549)

大学部3年109組 男 ダアト
覚悟せし者・
高野 晃司(ja2733)

大学部3年125組 男 阿修羅
W☆らびっと・
逸宮 焔寿(ja2900)

高等部2年24組 女 アストラルヴァンガード
愛を配るエンジェル・
権現堂 幸桜(ja3264)

大学部4年180組 男 アストラルヴァンガード
十六夜の夢・
清清 清(ja3434)

大学部4年5組 男 アストラルヴァンガード
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
縁の下の力持ち・
土方 勇(ja3751)

大学部4年5組 男 インフィルトレイター
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
かわいい絵を描くと噂の・
北条 秀一(ja4438)

大学部5年320組 男 ディバインナイト
泥んこ☆ばれりぃな・
滅炎 雷(ja4615)

大学部4年7組 男 ダアト
鬼教官・
リリィ・マーティン(ja5014)

大学部1年13組 女 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
実年齢は嫁に行きました・
朱鞠内ホリプパ(ja6000)

大学部9年275組 女 鬼道忍軍
ごはんがかり・
レイ(ja6868)

高等部1年28組 男 ディバインナイト
クオングレープ・
cicero・catfield(ja6953)

大学部4年229組 男 インフィルトレイター
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
パンツ売りの少女・
焔・楓(ja7214)

中等部1年2組 女 ルインズブレイド
希望の守り人・
水屋 優多(ja7279)

大学部2年5組 男 ダアト
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
コートの煌き・
根来 夕貴乃(ja8456)

大学部4年41組 女 アストラルヴァンガード
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター
駆けし風・
緋野 慎(ja8541)

高等部2年12組 男 鬼道忍軍
光を喰らう者・
ヨナ(ja8847)

大学部8年66組 男 ルインズブレイド
リコのトモダチ・
音羽 千速(ja9066)

高等部1年18組 男 鬼道忍軍
爆発は芸術だ!・
テト・シュタイナー(ja9202)

大学部5年18組 女 ダアト
告解聴者・
七水 散華(ja9239)

大学部2年116組 男 阿修羅
美貌の奇術師・
紺屋 雪花(ja9315)

卒業 男 鬼道忍軍