「‥‥なんと言うか、聞いてるだけで頭が痛くなってきますね。その荒石さんと言う人は」
エリス・K・マクミラン(
ja0016)は、改めて依頼内容を読みながらため息をついた。
「雪男って本当にいたんだね〜どんなのか楽しみだよ〜」
「久スポ」記事の内容をすっかり信じ込んでいるフューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)はワクワクしたように顔を輝かせている。
「その記事の写真、雪男じゃありません。行方不明の学園生徒、ゴッド荒石さんです」
すかさず友人にツッコミを入れるエリス。
「あの新聞読んで期待してたのに‥‥正体は思い込みが激しいおっさんかよ!!」
対照的に怒りを隠せないのは神鷹 鹿時(
ja0217)。
「これ以上放って置いたらツチノコとかチュパカブラとか言われそうだな! オカルト好きには迷惑極まりねぇから早くとっ捕まえねぇと!」
トレジャーハンターを自認するだけあり、本人もオカルト関係にはだいぶ詳しそうだ。
「ゴッド荒石さんはディバインナイトか‥‥やっぱりディバインナイトって変わり者が多いのだろうか‥‥」
何か思い当たるフシでもあるのか、自らもディバインナイトの1人である若杉 英斗(
ja4230)は暗澹とした口調でうな垂れていた。
「修行! レナちゃんも憧れるのだ! レナちゃんもいつか山篭りして修行するのだ!」
「シンノカミ、キュウセイシュというのはシャーマンのようなものでしょうか‥‥シロのムラにも居ましたね、とても偉い、きっとゴッドアライシも偉いのでしょう」
レナ(
ja5022)、シロ・コルニス(
ja5727)の両名に至っては、何というかもう、根本的なところで何かを間違えているような気がしないでもないが‥‥。
「神様だろうが何だろうが、他人の弁当を勝手に食べるのは悪いこと。きちんと見つけ出し、女学生たちに謝罪させねば」
正論を述べるのは車椅子に座った御幸浜 霧(
ja0751)。
ちなみに女生徒たちには、後日サバ同を通して正式な謝罪と弁当代の弁償が行われるとか。
「雪男」が目撃された場所は、学園裏山といってもほんの入り口付近の山林。校舎から歩いて10分とかからない。目撃者の女子生徒がお昼休み、気軽にお弁当など広げていたことからも明らかだろう。
山篭りの修行をしていたはずの荒石が、なぜ自らそんな場所へ降りてきたのか?
「いかに木の実や野草を食べて自活できるといっても、大の男がそんな粗食に耐えるのは大変なことです。おそらく神・荒石様の空腹も限界に来ているのではないでしょうか? ‥‥お弁当の匂いに釣られて姿を見せてしまうほどに」
そう推測する霧。
「なら、また食べ物で誘き出すのが手っ取り早いよね。そうだ! 新聞に載った事件現場で、みんなでピクニックのフリしてみるなんてどうかな?」
橘 和美(
ja2868)が嬉しそうに提案した。
かくして次の日曜の昼下がり、裏山入り口の山林に集まった一同は、地面にシートを敷き各自持参したお弁当や飲み物を広げた。
(お弁当奪われた場所ってここなのかー、さっそく出して現れるか試してみるのだ)
レナは辺りを見回してそれらしい人影がないか確認しつつ、
「お弁当タイムなのだー! 頂きますなのだー!」
「うんちょっと見栄えはあれだけど、十分よね」
早朝から結構頑張って作った手作り弁当を一口試食し、満足そうに頷く和美。
綿谷つばさ(jz0022)に車椅子を押してもらいながら山に入った霧も、購買で買ってきた花見弁当を膝に乗せて蓋を開ける。
エリスはランチボックスからサンドイッチを取り出し、普段顔を隠すマスクの口許だけをずらして食べた。
柔らかな初夏の日差しに、頬を撫でるそよ風が心地よい。
つい依頼のことなど忘れてしまいそうだが、野生児のシロは持参の肉を手に持って齧りながらも、常に周囲を怠りなく警戒していた。
「――っと、そうそう。サバ同の人たちにこれ借りてたんだっけ」
ふと思い出した英斗がポケットから一枚の写真を取り出した。
新聞に掲載された不鮮明な写真と違い、こちらは普通に髭も剃った「素顔」のゴッド荒石である。
『‥‥うわぁ‥‥』
一同の間から、何とも形容し難い声が上がった。
髭を剃ったら意外とイケメンだった――
なんてわきゃない。
そこに写っていたのは、ガタイはやたらにいいものの、顔は鬼瓦をそのまま面長にしたような異形の怪人物。
「やっぱり人間じゃないよ〜、雪男だよ〜」
フューリが嬉々としていう。
「これでは‥‥普通に素顔で現れてもやっぱり逃げ出していたでしょうね‥‥目撃者の女学生さんたち」
呆れ果てたように霧は呟いた。
「つばささんはどう思いますか? 荒石さんの事を」
エリスは傍らのつばさに尋ねてみた。
「ん〜、あたしも会ったことないけど、斡旋所じゃ結構有名人だよ? 何でも初依頼で村に1匹だけ迷い込んだ腐骸兵討伐に行ったとき『神である俺様の前に敵はない!』って飛び出した挙句ボコボコにされて‥‥それ以来、誰も荒石とは組もうとしないんだって」
「救いようがないですね‥‥」
本当に頭痛を覚え、思わず額を押さえるエリス。
とはいえ依頼として受けた以上、連れ帰らないわけにもいくまい。
囮のピクニックを始めて30分ほど過ぎたが、なかなか自称「神」は姿を現さなかった。
このまま日が暮れてしまっては元も子もない。
「うわぁ、この肉団子おいしーい!」
ちょっとあからさまに和美が叫び、
「あーーー!! こんな所に美味そうな弁当がー!!」
鹿時は自分の花見弁当を少し離れた場所に置いて誘ってみた。
そのとき、山林の奥の方でガサっと物音がした。
同時に、人影らしきものが動く気配。
――ついに「神」降臨か!?
だが撃退士たちが集まる気配に感づいたか、人影は踵を返して逃げ出した。
光纏をまとった霧が車椅子から立ち上がる。
事前の打ち合わせどおり、一行は9人のメンバーを3班に分けて追跡を開始した。
A班:エリス、フューリ、シロ
B班:鹿時、英斗、レナ
C班:つばさ、和美、霧
いかに弱かろうが、荒石とて撃退士。一般人に比べれば超人的な体力で山奥に逃げ込まれては捜索も厄介である。
後を追う撃退士たちも、逃げる荒石の進路を予測、3方から包囲する形で山中を走った。
ちなみに裏山の地図は、不完全ながらもサバ同が自主製作したものを英斗が借り出し、全員にコピーを渡してある。
「人工とはいってもやっぱり山はいいよね〜道無き道でもいけそうだよ〜」
拳法着の裾を翻し、フューリが山中を駆け抜ける。
山中に人の足跡、生活の跡がないか注意を払いつつ、倒木や岩山もものともせず飛ぶように進んでいった。
共に行動するシロも、故郷の大自然で鍛えた鋭い聴覚や嗅覚で人の痕跡を探る。
一方、B班では。
「ゴッド荒石ーー!! お前の力が必要な時が来たぞー!! 修行してる間も多くの人がお前を待ってるんだぞー!!」
鹿時が大声を出して荒石を呼ばわる。
同班のレナはジャパニーズニンジャよろしく木から木へ飛び移りながら捜索するが、手にした枝がボキっと折れて地面へ転落。
「うえ〜ん」
泣いたりしちゃってる。
だが近くに人工的に再現された大滝を見つけ、すぐ機嫌を直した。
「修行なのだー!」
と滝に打たれに行くが、そこには既に先客がいた。
空手か何かの道着(真っ黒に汚れてボロボロだが)を着込んだ髭もじゃの大男が岩の上に座禅を組んで滝に打たれている。
「荒石‥‥さん?」
レナを追いかけてきた英斗が、呆気に取られながらも声をかけてみる。
「ふっ‥‥こんな山奥まで、この俺様に救いを求めに来るとは‥‥」
(髭に隠されてよく判らないが)ニヤリと笑いらしき表情を浮かべ、身の丈2m近い男がぬうっと立ち上がった。
「ゴッド! 伝説のゴッド荒石さんー、弟子にして欲しいのだー!」
岩伝いに近づいたレナがいきなりの弟子入り志願。
「神の前に神はなく、神の後に神はなし。故に俺様は弟子など取らぬ!」
険しい口調できっぱり断る荒石だが。
「‥‥といいたいところだが、その志に免じて特別にこれをやろう」
そういって懐からパウチ加工されたカードを取り出し、レナに手渡した。
『新世紀救世主・ゴッド荒石公認ファンクラブ会員証』
何で山篭りの最中にそんなもの持ち歩いてる?
しかも会員番号「00001」だし。
英斗はスマホから他の仲間たちにゴッド発見を伝えると、川から上がってきた荒石に持参の食料を差し出した。
「おにぎりどうですか?」
「むう? 俺様は修行中の身。下界の穢れは体に入れないようにしてるのだが」
ついこの間、女生徒の弁当盗み食いしたくせに。
「まあそういわずに。カップラーメンはどうですか? こういうのしばらく食べてないでしょ?」
英斗がカップの蓋を開けポットの熱湯を注ぐと、辺りに醤油の香りがぷ〜んと漂う。
「‥‥ぬうう〜‥‥」
1分ほどの間必死で堪えていた荒石だが、ついに空腹に耐え切れなくなったか。
「ひゃっはーーーっ!!」
奇声を上げてカップに飛びつくや、まだ生煮えの麺とスープを一気に喉へ流し込む。
ついでにおにぎりも丸ごと口に入れ、もぐもぐ頬張り始めた。
その間、他の撃退士たちも滝の前に到着。
「ゴッド荒石さんは、ココで修行してるんですよね、すごいなぁ」
「‥‥むぐ?」
「自分も『きらきら☆非モテ道』という道を極めんと修行中です。まだやっと二合目あたりといったところです」
「そうか。俺様がもう2万年くらい前に通過した場所だな。今後も益々精進するがよい」
「ゴッド! マジすごいのだ! 修行カッコいいのだ! レナちゃんも教えてほしいのだ」
「あなたが伝説のゴッド荒石! 是非お会いしたかったのですっ」
レナや和美もここぞとばかりに持ち上げる。
「ふはははっ、そう本当のことをいうな。ではまた会おう」
クルリと背中を見せて立ち去ろうとする荒石の目前に、さりげなく回り込んだ霧がにこやかに立ちはだかり退路を断つ。
すかさず和美が飛びつき腕ひしぎ逆十字固めを極め、男の巨体を地面に引きずり倒した。
「ゴッドの噂はかねがね‥‥お話をさせてください、どうしたら貴方のようにな れ る の か とぉぉっ!」
ギギギ‥‥腕をへし折る1ミリ手前まで締め上げた。
「わ”、わ”がっだ‥‥ばなす、ばなすがらぁ‥‥!」
「星の先導者(アスヴァン)であるわたくしにはわかるのです。この神・荒石様こそ、本当の神」
和美のサブミッションから解放され、腕を押さえて立ち上がった荒石に、霧が切々と語りかける。
「あなた様がこのように人里離れた山にいることは世界にとって損失。是非山を降りて、そのご尊顔を学園の皆様にお見せ下さい」
(‥‥我ながらよくもまぁ、心にもないことをすらすらと)
内心で呆れつつも、よどみなく説得の口上を続ける霧。
「キュウセイシュはひつようです、シロにも、ガクエンのひとたちにも」
(ところでキュウセイシュとは結局どういう意味なんでしょう?)
「貴様らの気持ちはよく分かるが、俺様もまだ修行中の身‥‥」
「いま京都で大事件が起きてるんだぜ! 京都の人達を救うにはどうしてもゴッド荒石の力が必要なんだぜ!」
「むう?」
鹿時の言葉に首を傾げる。
あれだけ世間を騒がせた大規模作戦の件を、本当に何も知らないようだ。
「いま京都に天使の大軍団が攻めてきています」
「天使? 俺様を差し置いて神の名を騙る化物どもだな」
英斗の話を聞き、ギラリと三白眼を光らせる荒石。
外見だけならこいつの方が限りなく化物だが。
「この危機を救えるのはゴッド荒石さんしかいません!」
「ゴッド」の部分を力強く発音し、英斗がさらに懇願する。
「‥‥くっくっく」
男の体から、ゴゴゴ‥‥と渦を巻いて荒々しいオーラが立ち上った。
同時に半年間風呂に入ってない体臭まで立ち上り、エリスはマスクの下で顔をしかめた。
「うひゃはははぁ!! ついに時代が俺様の力を必要としたかぁーっ!!」
ちなみに京都での戦闘はとうに終結しているが。
「では山を降りてくれますね?」
「うむ。この半年間修行した俺様の『ゴッド流無敵真拳』の奥義で天使どもを蹴散らし――」
みなまでいわせず、荒石に歩み寄ったシロがその巨体をひょいと担ぎあげる。
「じかんがありません。いそぎましょう」
「ひいっ!?」
じたばた暴れる荒石には構わず、一行はそのまま裏山を降りた。
とりあえずサバ同からの依頼目的は果たしたものの、まだオカ同からの依頼が残っている。
男性撃退士たちが寮の共同浴場へと荒石を運び込み、有無をいわせず体を洗い着替えの下着と学園制服を着せ、ついでにシェーバーで髭も剃る。
その足でオカ同の部室へと向かった。
「あら? あなたは‥‥」
『歓迎! 雪男さま☆』の横断幕が張られ、テーブルには手作りケーキやカメラが用意された部室で、オカ同部長の荻窪綾子は霧の顔を見て声を上げた。
「お久しぶりです。部員勧誘の際にお会いしましたが憶えておられますか?」
「ええ、その節はお世話になりました」
礼儀正しくお辞儀する綾子の横では、
「UFO、ネッシー、雪男‥‥うわ〜、みんな本当にいるんだね〜」
壁に張り出された展示写真を眺めながら、頻りとフューリが感心している。
「それ、有名だけど全部トリック写真です」
またもや冷静に突っ込むエリス。
やがて綾子は荒石の姿に気づいた。
「誰です? このブサ‥‥いえ顔の残念な殿方は」
「部長、実は‥‥」
事前に報告を受けた副部長の向井啓一が、ひそひそと綾子に耳打ち。
「そ、そんな‥‥」
「残念ながら、雪男ではありませんでした」
「カレはヒトですよ、ニンゲンのにおいがしましたから」
英斗やシロも、有りのままの事実を告げる。
「ひどい‥‥ガセネタだったのね!」
へなへなと椅子に座り込み、綾子が泣き始めた。
そんな彼女の肩に手を置き、
「今回は残念でしたが、世界の何処かにはきっと本物の雪男が存在しますよ。いつか一緒に捜してみませんか?」
「御幸浜さん‥‥」
綾子を慰めるための言葉だったが、霧は少しだけ、本物の雪男がどこかにいるような気がした。
「ユキオトコというのは強いらしい、シロもいつか仕留めてみたいものです」
「‥‥貴方も大変ですね。あんな部長さんの元で‥‥」
「いえ、慣れましたから」
エリスの労いに、啓一は何やら悟った目でかぶりを振った。
「それじゃあ俺が保護してる雪男を見せてやるぜ!」
その場にいた全員の視線が、鹿時に集まった。
まさか――とみんなが思う。
ただ綾子だけはキリっと眼鏡を掛けなおすと、
「非常に興味深いですね。ぜひ拝見させてもらえますか?」
さて、綾子は雪男に会えたのだろうか?
残念ながら撃退士からの報告書はここで終わっている。
確かなのは、久遠ヶ原の生徒たちに伝えられる「学園七不思議」――実際はとても七つでは収まらないが――に新たな「不思議」が加えられた、ということであろう。
<了>