「誘拐犯のせいで、面倒な事やな‥‥」
ゲートを放棄した天使の迷惑な置き土産。未だ野良サーバントが出没するという廃墟の入り口付近に立ち、宇田川 千鶴(
ja1613)はやれやれといった面持ちでため息をもらした。
「あっは、まっぬけー! いい歳して人攫いなんてするからこうなるのよ、あははっ♪」
とんだ茶番劇に、珠真 緑(
ja2428)は腹を抱えて笑う。
むろん依頼として受けた以上、助けるつもりではあるが。
「誘拐なんざケチなことしてッからこうなるんだ」
「欲を出すとこう言う事になるって言うのは良くある話よねぇ」
リュカ・アンティゼリ(
ja6460)、鈴原 水香(
ja4694)も同意見だ。
「因果応報とはいえ、捨ておけんな。人質の子供が一緒なら尚更だ」
袈裟をまとった或瀬院 涅槃(
ja0828)が神妙に合掌して呟く。
そう、心配なのはさらわれたタカシ少年の安否だ。
今のところ無事が確認されているとはいえ、廃墟の中をうろつくサーバントの脅威はいうまでもなく、行動を共にする誘拐犯が精神的に追い詰められてパニック状態に陥れば、少年を見捨てたり危害を及ぼしたり――という可能性も否めない。
「ふん、素直というか、ブザマというか‥‥何にせよ、少年は救わねばならん!」
ラグナ・グラウシード(
ja3538)は決意を込めた眼差しで、召喚したツーハンデッドソードの刃を見つめた。
「い、色々と、思うところはありますが‥‥これもお仕事、なんですよね‥‥」
鈴木 紗矢子(
ja6949)がちょっとおどおどしながらもいう。
誘拐の罪を裁くのは警官や検事、裁判官の仕事。
撃退士である以上、犯罪者といえども一般人なら天魔からの保護対象だ。
「お二人を、助けられるように、頑張ります‥‥っ」
その一方で、今回が初依頼となる如月 統真(
ja7484)は緊張に身を固くしていた。
「今回が僕の初依頼‥‥先輩達の足を引っ張らないように、一生懸命頑張らなきゃ」
しかも、自分より年下の子供が命の危険に晒されている。
(絶対助けてあげないと――!)
大きく深呼吸して、心を落ち着かせた。
「自業自得とはいえ子供がいる以上助けないわけにはいかないしね。誘拐犯は保護したらしっかりとお説教してから引渡しかな」
苦笑いしつつ、猫野・宮子(
ja0024)がコートを脱ぎ捨てる。
その下はネコミミ&尻尾装備の魔法少女風コス。
「ともかく、魔法少女・マジカル♪みゃーこ出陣にゃ♪」
「では参りましょうか。事態は一刻を争いますからね」
御幸浜 霧(
ja0751)は光纏をまとい、日常使用している車いすから立ち上がった。
誘拐犯と少年を救出するため、撃退士たちはパーティーを2班に分けた。
囮・陽動班:宮子、霧、千鶴、水香、緑、紗矢子、涅槃
保護班:統真、ラグナ、リュカ
まずはリュカがスマホで犯人の携帯に電話をかけた。
『――誰だ?』
2回目のコールを待たず、うわずった若い男の声が応えた。
「撃退士だよ。お望み通り来てやったぞ」
『は、早く助けてくれ! 子供もまだ無事だ!』
その言葉を証明するように、電話の声に幼い少年の啜り泣きが混じる。
犯人にしてみれば、少年がまだ「大切な人質」であることに変わりない。
ただ引き換え条件が身代金から「自分の命」に変っただけで。
リュカは男の居場所を尋ねた。
『それは‥‥』
戸惑うような沈黙。
別に隠しているわけでなく、無我夢中に逃げ込んだ建物なので、本人も自分たちがどこにいるか分からないのだろう。
「何か目印になるものがあるだろう? 逃げ込んだ建物の名前とか、近くに目立つビルがあるとか」
(‥‥ったく、トロい野郎だ)
苛立ちながらも返答を待つリュカ。
やがて男の声が、今いる場所が雑居ビルの元バーらしき店の跡であること、及びその店名を伝えてきた。
「ありました!」
警察から提供された市街地図(天使による侵攻を受ける以前のものだが)を確認し、廃墟の中央あたりに位置する一角を指さす統真。
中央といっても廃墟自体そう広くはない。撃退士の足ならば10分もかけずに到着できる距離だ。
邪魔者がいなければ、の話だが。
「サメって何体いるのかしら? 少なくとも3体は確実みたいだけど」
緑が首を傾げる。
3体というのはあくまで誘拐犯が目撃した数だ。場合によっては、それ以上の数を警戒しなくてはなるまい。
とりあえず、保護班が近づくまで一般人の2人は下手に動かさないほうが無難だろう。
「面倒臭ェが行ってやるから大人しく隠れてろ。また連絡する」
ぶっきらぼうにいうと、リュカは通話を切った。
誘拐犯たちの安全、そして保護班のルート確保のため、陽動班は自らが囮となってサーバントを引きつけるべく風上のルートを取って廃墟の街へと踏み込んだ。
「これで釣られてくれればよいのですけど‥‥」
霧がカバンから取り出したパックを開く。
それは血の滴るような生の牛肉であった。
怪物を誘き出す「餌」として、陽動班メンバーが行き掛けに精肉店で各自1パックづつ購入してきたものだ。
生臭い肉の匂いが辺りに立ちこめ、それは風に運ばれて廃ビルの間を漂っていく。
「ホラ出てこーい! 新鮮なお肉があるにゃー! 人間もいるにゃ!」
普段のおとなしい態度とは一転、光纏をまといハイになった宮子が、片手にピストルを構えつつ、大声で叫んだ。
「血の臭いに誘われるか、僕達の声に誘われるかわからないけど‥‥ともかく全部がこっちにくるといいんだけどにゃー」
「肉ー肉はいらんかえー」
生肉の一片を片手にぶら下げ、緑も声を張り上げる。
一方、涅槃は持参したリールから伸ばした釣り糸の端を楔に結び、アスファルト路面の割れ目に打ち込んだ。
阻霊陣を発動、リールを持って仲間たちと移動を開始。
「糸を用いての伝達は前例がある。上手くいくといいが」
「戦うお仕事は、今回が、初めてではないのですが‥‥まだ、怖さはあります」
道すがら、紗矢子は仲間たちに話しかけた。
「でも‥‥それでも、私が頑張れるのは、家族がいるからなんです。お母さんや、妹たちの為に、頑張らなきゃ‥‥って、思えるから。タカシくんのご家族も、きっと、そうなんだと思います」
保護班が向かっているであろう雑居ビルの方角を見上げ、
「あの‥‥誘拐犯さんには、そういう、大切な人は、いないんでしょうか‥‥?」
仲間たちから少し先行し単独で歩く千鶴の目に、ビルとビルの間を素早く過ぎる黒い影が映った。
「さっそくのお出ましやな」
間もなく地上から4mほどの高さを泳ぐように進むサメ型サーバント2体が出現。
千鶴がそちらの方に生肉を投げつけると高度を下げながら接近、そこで彼女の存在に気づいたか、生肉を無視してさらにスピードを上げ近づいてきた。
「人間の方が好物か? 贅沢なやっちゃやで‥‥」
次は生肉ならぬ苦無を投擲、敵の出鼻を挫く。
それ以上の戦闘は避け、千鶴は魔魚どもをできるだけ保護班から引き離すべく、踵を返し陽動班本隊の方へと駆け出した。
「サーバント2体を確認! こっちに来るぞ!」
ほぼ時を同じくして、陽動班の後列で阻霊陣を展開しつつ周囲を警戒していた涅槃のオペラグラスにも、接近してくる魔魚たちの姿が映っていた。
「先手のマジカル♪シュートにゃ!」
宮子はピストルを空に向け、敵が射程に入ると同時に対空射撃を開始。
「掛かりましたね‥‥っ」
紗矢子が強弓を引くと、そこに光を放ってアウル力の矢が具現化する。
「鮫は鼻先が弱点、と聞きましたけど‥‥」
狙いを定め、攻撃力を高めたストライクショットを放つ。
「私たちは鮫とお遊びでもしましょうか♪」
のんびりした口調とは裏腹に、水香はロングボウを構えるや、素早く敵の未来位置を予測し矢を放つ。エスティメイトストレイフィングによる偏差射撃である。
撃退士たちの放った矢弾が吸い込まれるように空中のサメに命中。
サーバントたちは苦しげに巨体をくねらせるが、それでも勢いを落すことなく、こちらに向けて突進して来た。
「突っ込んでくるぞ! みんな退避しろ!」
涅槃が気を流し込んだ釣り糸を絡めたビルの陰に、撃退士たちが急いで身を隠す。
2体のサメがミサイルのごとくビルに激突した。
透過能力により建物を通り抜けるつもりだったようだが、その攻撃は阻霊陣の効果により阻まれた。
地響きと共にビル壁が崩れ、その重みで釣り糸がプツリと切れる。
「ちっ」
涅槃は舌打ちした。
阻霊陣は確かに天魔の透過能力を無効化するが、バリケードや檻の目的で使うのは難しい。通常の建物程度では、力ずくで突破されてしまうからだ。
代わって千鶴が阻霊陣を地面に押し当て発動。
涅槃はリボルバーを召喚し、土埃の中からヌッと現れた2体のサメに向け立て続けにトリガーを引く。
回避射撃の銃弾がサーバントを足止めしている間、他の撃退士たちは一気に間合いを詰め攻撃を開始した。
ケーンに魔法の雷をまとわせた霧が、サメの鼻先めがけて思いきり殴りつける。
「タマ貰い受けます!」
普段は楚々としたお嬢様だが、こんな時はつい実家の業界用語(?)が出てしまう。
鼻先を潰されたサメが、怒ったようにクワっと大顎を開き噛み付いてきた。
小柄な少女の上半身を丸呑みにして噛み砕くつもりだ。
だが霧はとっさにシールドを発動、防具に変えたケーンを突き出した。
ちょうどつっかえ棒のような形で敵の両顎を食い止めると、手を離してピストルを召喚。
(ああ、もったいない‥‥)
横に回り、ぎょろりと剥いた魔魚の目を狙って銃弾を撃ち込む。
だがシールドの効果が切れると同時に、サメの顎を透過したケーンはポロリと路面に落ちた。
やはり噛み付きを狙ってきた敵のあぎとを、水香は飛び退いてかわした。
「大きな歯ねぇ。あんなに大きいと歯磨きも大変なんじゃない?」
カウンターでストライクショットの一矢を食らわせてやる。
緑は魔法書を掲げ、鼻歌まじりでサーバントの1体に魔法攻撃を浴びせた。
実に楽しそうである。
血が見たい。戦いたくてたまらない。
その一方で冷静な判断力も失わず、大きく薙ぎ払ってきた尻尾をヒラリとかわすや、魔法書から放つ雷球の一閃を叩き込んだ。
撃退士7名の集中攻撃によりそろそろ怪物たちが弱ってきた頃、宮子の目に、保護班の方へと向かう新たなサメが映った。
「ん、向こうにも敵がいったみたいにゃね。僕は向こうのフォローへ回るにゃ!」
スキル迅雷を発動、アウルの力で脚力を爆発的に上げた宮子は、3体目の魔魚を追って猛然と駆け出した。
時間はわずかに遡る。
陽動班が2体のサーバントを相手に死闘を繰り広げている間、保護班は風下方向から誘拐犯たちの立てこもる雑居ビルへと急いでいた。
ビルへ近づいたところで、統真がスマホから犯人へ電話をかけ、建物から出て風下に設定した保護地点へ移動するように指示。
当初、犯人は建物から出ることを露骨に渋った。
「そっちの正確な場所が判らないと、助けられないんだ‥‥!!」
という統真の切実な訴えに、
『わ、分かったよ』
ようやく同意する。
「予定地点は‥‥あっちです!」
統真は先輩撃退士たちに、風下にあたる地点を指さした。
保護地点に赴いた撃退士たちの目に、髪を赤く染めパンクルックに身を包んだ若い男と、10歳くらいの少年が映った。
少年は写真で見た松本タカシだ。子供服は汚れ多少やつれているが、幸いケガをした様子はない。
おそらくは初めて見る撃退士たちを前に、やや怯えたような視線を投げかけるタカシ。
「もう大丈夫だよ。お兄ちゃんたちが来たから‥‥お母さんたちが待ってるよ」
自分と歳が近い統真の言葉に安堵したのか、おどおどと歩み寄ってきた。
「よく、がんばったな‥‥もう大丈夫だ、君は安全だ」
ラグナも優しく声をかけ、少年の頭を撫でてやる。
「お、おい! 約束だぞ、お、俺のこともちゃんと‥‥」
守ってくれ、といいたいのだろう。犯人は片手にナイフを構え、歯の根も合わないほどガタガタ身震いしていた。
「てめェは馬鹿か? 天魔相手にそんなオモチャが通用するかよ」
リュカはやんわりと犯人のナイフを取り上げ、遠くに投げ捨てた。
「貴様なぞ救う義理などなかったわけだが、まあ‥‥寛大な我々に土下座して感謝の意でも示すことだな!」
犯人を睨みつけ、ラグナが吐き捨てるようにいった。
「罪は罪。別に見捨てても良かったんだ」
遙か年下の統真にも冷たい視線でいわれ、シュンと俯く犯人。
ともあれ保護対象の確保には成功した。
あとは陽動班と合流、一刻も早くこの廃墟から脱出することだが――。
『気を付けて! そっちに1体向かってるにゃ!』
スマホから宮子の警告。
ほぼ同時に、保護班メンバーもこちらに向けて降下してくるサーバントの姿を視認していた。
リュカはタカシと犯人を近くの路地に下がらせ、自らは阻霊陣を発動し透過による襲撃を防ぐ。
ラグナがスキル防壁陣を発動、アウルの光に包まれた大剣をそのまま盾と化し、舞い降りたサメの突進を食い止めた。
「血が足らないか、喰い足りないか!? ‥‥だが、私はそう簡単には喰われてはやらんッ!」
ラグナは大剣を高々振りかざした。
「くたばれ! リア充ッッ!」
おどろおどろしい怨念の赤いオーラが刀身を覆い、若者は血の涙を流しつつ渾身の斬撃を見舞う。
これぞ必殺『リア充瞬殺剣』!
‥‥サーバントがリア充かどうかはともかく、効果はあったようで苦しげな咆吼と共にもんどりうった。
リュカは2人のガードと阻霊陣を統真に任せ、ラグナの援護に向かった。
「アァ、殺りたかったところだ」
嬉しげにサイドステップを踏み、苦無でサメに斬り込みつつ敵の側面へ回り込む。
がら空きの横腹目がけ、ハイキックの痛打!
雷に打たれたように動きを止めたサーバントに、再びラグナが斬りつける。
ちょうど駆けつけた宮子、続いて2体の敵を仕留めた誘導班の面々も到着、抵抗する魔魚を沈めるのにそう時間はかからなかった。
「ふぅ〜‥‥先輩、お疲れ様でした!」
無事に廃墟を脱出した後、統真が他の仲間たちにお辞儀した。
「もう二度とこういう事はしちゃダメよ。めっ」
水香に叱られながら、犯人は警官に手錠を掛けられすごすご連行されていく。
「飴ちゃんやろうか」
リュカが持参のキャンデーを取り出すと、お腹が空いてたのか、タカシは嬉しそうに手を差し出した。
「コラ、知らねェ奴が物くれるっつったらまず怪しめ」
と釘を刺しながらも、キャンデーを手渡してやるリュカ。
その少年も、やがて迎えに来た両親の姿を見るなり「パパ! ママー!」と叫びながら駆け寄っていった。
「まぁ、誘拐犯もこれで懲りたやろ」
パトカーに乗せられる犯人の背中を見送りながら、千鶴が呟く。
かくして1つの事件は無事解決し、任務を果たした撃退士たちは学園への帰路へとつくのであった。
<了>