●JR旭川駅前(北側)・バスロータリー付近
3月も末とはいえ、まだ雪の残る北の大地。
本来なら旭川市の中心街ともいうべき場所だが、既に一般市民は避難したのか人気はなく、ロータリーにはドライバーが乗り捨てたと思しき乗用車が数台放置されている。
到着間もない撃退士たちはチロヌップ隊壊滅の悲報を受け、臨戦態勢を整えていた。
「いよいよ戦場か‥‥血がうずくぜ、早く相手を血祭りにあげてーな」
マキナ(
ja7016)が白い息を吐きながら、筋肉質の逞しい体を武者震いさせた。
「撃退士として久遠ヶ原に来て初めての、大規模な作戦ですわね‥‥なんとしても成功させ、天使の非道を打ち砕いてやりますわ!」
フランシスカ・フランクリン(
ja0163)は青空を見上げ、毅然として呟く。
「‥‥にしても寒いですわ」
足に装着したメタルレガース以外は「己の肉体こそ武器」と考える彼女は服装も動きやすさを優先した薄着のため、北海道の寒さにやや辟易した様子だ。
「この辺りはまだ雪が残っているのだな‥‥綺麗だ」
戦闘を目前にしながら、鬼無里 鴉鳥(
ja7179)がふと場違いな感想を洩らした。
むろん彼女も、これから相見える敵が尋常ならざる相手であることはよく分かっている。だからこそ、普段は何気なく見過ごす雪景色の美しさが目に留まるのかもしれない。
「さて、大々的に宣戦布告もされたことですし、心置きなく仕事をさせてもらいましょう。厳しい相手ですが必ず打ち倒します」
ひときわ長身が目立つ青戸誠士郎(
ja0994)も片手に魔具の打刀を召喚。
旭川市役所を占拠した天使ギメル・ツァダイが、自らTV中継を通し人類側を挑発した件は既に彼らも知っている。
「よし、準備運動終わりっ! さーて、俺達の出番だぜっ!」
寒気の中、それまでストレッチ運動などで体をほぐしていた花菱 彪臥(
ja4610)が召喚したショートソードを元気よくブン! と一振りする。
ギメルの映像は彪臥もスマホで視聴した。
(ふざけやがって‥‥これが済んだら俺も市役所へ乗り込んで、あの坊主頭を踏んづけてやる!)
天使から人類へ公然の「宣戦布告」という異例の事態。
そのエキセントリックなやり口に、佐倉 哲平(
ja0650)は却って疑問を覚えていた。
「‥‥しかし、敵の狙いはなんだろう。どうもこれ自体が陽動じゃないかなんて話も聞くが‥‥」
(‥‥考えても仕方ない事か)
まずは眼前の敵を倒すのが先決と割り切り、雑念を振り払う。
そう、もはや考えている時間はない。
4条通りの交差点でチロヌップ隊を退けた敵のサーバント騎兵隊は、早くも1条通りを横切り、こちらに向けて進撃を続けているのだから。
「あのグロテスクなガイコツ超強そう! 楽しみすぎてキンチョーしてきた!」
道の彼方から姿を見せた敵の骸骨騎兵に、御子柴 天花(
ja7025)が瞳を輝かせる。
ベテランの企業撃退士部隊をあっという間に撃破した強敵であることは先刻承知の上。
だが天花としては強い敵と戦えれば満足であり、その高揚感は早くも最高潮に達している。
「先に来てた人たちは負けちゃったの? でもでも1体減ったのは確かだし、ばーんとあたって砕けよう!」
腰のベルトに上下逆で固定した大太刀の鞘を払い、天然な口調とは裏腹にきりっと青眼の構えを取った。
敵は前衛にデルタ型陣形を組んだ骸骨騎兵3体、その後衛に黒い甲冑姿の重装騎士が1体。
数こそ少ないが、神速の機動力を備えた精鋭騎馬隊である。
「あの黒い奴ね? チロヌップ隊の前衛を一気に突破したっていうのは」
天花と同じく大太刀を構え、橘 和美(
ja2868)が鋭い視線を向けた。
問題は奴――黒騎士の騎槍突撃だ。
ありきたりの陣形を取って迎え撃てば、一瞬のうちに前衛を突破され、容易く後衛の部隊を蹂躙されてしまうだろう。
チロヌップ隊の轍を踏まぬため、インフィルトレーターの青空・アルベール(
ja0732)は、後列のさらに5mほど後方に位置取っていた。
遊撃兵として柔軟に動くことで、敵の騎槍突撃を避けようという策である。
(全てを片づけて、無事に戻ろう。みんなで)
胸に秘めた決意と共に、リボルバーの銃口を迫り来るサーバントたちに向ける。
そんな青空の身を案じ、友人である桐生 直哉(
ja3043)は一瞬振り返り視線を送るが、すぐ前方に向き直った。
「‥‥お互いを信じて、目の前に来る敵を全力で倒そう」
ふいに骸骨騎兵たちが左右に分かれた。
その後方から、長大な騎槍を構えた黒騎士が猛然と突進してくる。
チロヌップ隊の陣形を粉砕した、例の戦法だ。
「同じ手が何度も通用するか!」
最初に火を噴いたのは青空のリボルバーだった。
黒騎士の甲冑や乗馬にアウル力の塊である銃弾が命中し火花を散らす。
わずかに突進を鈍らせたところで、前列に立つ撃退士5名、後列の4名は横に跳んで騎槍を避けた。
今回の戦闘において、10対4と数の上では撃退士側が優勢だ。
しかも10人中9人までが阿修羅、ルインズブレイド、ディバインナイトなど近接戦に長けた者たち。
この状況を利用し、撃退士たちは予め黒騎士の騎槍突撃を想定の上で作戦を練っていた。
最初のチャージをかわされた黒騎士が、悔しそうに乗馬の足を止める。
「‥‥お前の相手は俺達だ。付き合ってもらうぞ‥‥!」
哲平は彪臥、和美、鴉鳥らと共に4名で黒騎士を取り囲んだ。
前列の5名は迷わず後から突撃してきた骸骨騎兵3体の前に立ちふさがる。
まずは計画通り指揮官と配下の分断に成功。
しかし、まだ戦いは始まったばかりだ。
●髑髏の騎兵たち
「らんちぇすたーだいにほうそく‥‥であたい達が超有利だよね! 本で読んだ!」
ドヤ顔で叫びつつ、向かって左端にいる骸骨騎兵の1体に低い体勢から突っ込んだ天花が、骸骨馬の脚を薙ぎ払うように大太刀を振るった。
前脚の一本に刃が食い込み、骸骨馬の巨体がグラリと揺れる。
そのまま騎乗したスケルトンが落馬してくれれば、同班の直哉、マキナがフルボッコにするところだったが、敵もそこまで甘くはない。
乗馬を立て直しつつ、すかさず曲刀を振り降ろして反撃してきた。
「駄馬が調子にのってんじゃね」
天花に続き、マキナのハンドアックスが骸骨馬の横腹に食い込んだ。
予め練り込んだ気をメタルレガースに纏わせた直哉は、馬の後ろ肢を狙い薙ぎ払いのローキックを叩き込む。
光纏の黒い霞が微かに漂う中、一瞬金縛りにあったように動きを止めた骸骨騎兵めがけ、3人の撃退士たちは更なる集中攻撃を浴びせた。
一方、フランシスカと誠士郎は2体の骸骨騎士に立ち向かっていた。
一見アンバランスな班分けに思えるが、これも1体の骸骨騎兵を速攻で潰した後、残りを5人で叩くという作戦の為である。
誠士郎はその長身を活かし、あえてサーバントの注意を引きつけるよう動いた。
「前に電信柱なんてあだ名で呼ばれてたが、今はぬりかべとなろう」
口で言うのは簡単だが、総攻撃の態勢が整うまで骸骨騎兵2体を足止めすべく、壁として恐れず退かず倒れず、敵の猛攻に耐え続ける過酷な役目だ。
(英雄めいた活躍は俺には必要ない。絶対に依頼を完遂し、一人の欠けなく終わらせる‥‥ただそれだけです)
嘶きと共に大きく振り上げられた骸骨馬の馬蹄が胸板に食い込む。
「ぐぅ‥‥!」
肋が折れたかと思うほどの衝撃に、誠士郎は顔を歪めた。
だが少しでもダメージを和らげるため、円を描くような体さばきで敵の馬蹄を受け流す。
「後の先なら得意分野だ‥‥退くものか」
打刀を以て馬の腹(この場合肋骨そのものだが)へ斬りつけると、今度は骸骨馬が悲鳴を上げ、騎手のスケルトンが慌てたように手綱を引いた。
もう1体の抑えに回ったフランシスカが腰を屈めると同時に、メタルレガースを構成していたヒヒイロカネが薄く広がり体全体を覆う。
そのまま全身のバネを利かせてジャンプ、渾身のボディアタックを骸骨馬に見舞った。
「ここから先へは、一歩も進ませませんことよ!」
反撃のため高々と曲刀を振り上げたスケルトンの体が、銃弾を受け大きく仰け反る。
黒騎士を迂回して前に出た青空の援護射撃だ。
「私は後方援護という名の盾だ――前衛がめいっぱい戦えるよう最善を尽くす!」
チャージの的にならぬよう常に黒騎士との間に骸骨騎兵を置く形で立ち回りつつ、青空は骸骨騎兵の攻撃をフランシスカと誠士郎から逸らすべくトリガーを引き続けた。
「おまえばかりと遊んでられないんだ!」
直哉は再び薙ぎ払いのキックで骸骨馬の脚を蹴り飛ばした。
「うりゃあーっ!」
一瞬棒立ちになった骸骨馬めがけ天花が突進。大太刀が銀色の軌跡を描き、直哉の蹴りでヒビが入った脚を叩き斬る。
地響きを立て、サーバントの馬が横倒しになった。
切断された馬の脚に骨片が集まり再生しかけていることに気づいた直哉は、足を高く振り上げ、踵落しでとどめを刺した。
騎手のスケルトンがのっそり立ち上がり、曲刀を振り回してなおも抵抗する。
青い炎のような光纏がマキナを包み、アウルの力がその手からハンドアックスへと注ぎ込まれた。
「骸骨がてこずらせんじゃねーよ」
アウル力で加速された手斧が一閃!
ついに力尽きたスケルトンが元の骨に還り大地に崩れ落ちる。
骸骨騎兵1体を倒した3人は、残り2体を足止めする仲間たちに加勢すべく駆け寄った。
●黒騎士の暴威
同じ頃、黒騎士を相手にした撃退士4人は苦戦を強いられていた。
とりあえず四方を囲んだものの、下手に近づきすぎると馬型サーバントの馬蹄に蹂躙されるのは目に見えている。
やむなく間合いを取り、ヒット&アウェイの波状攻撃を繰り返すも、そこにはリーチの長い騎槍による反撃が待っていた。
「‥‥将を断たんと欲すればまず馬を斬れ、だ!」
フランベルジェの波打つ刀身にアウル力を集中し、哲平が黒騎士の乗馬へ斬りつけた。
そのまま連打を叩き込み馬から仕留めようとするも、黒騎士が横殴りに叩きつける騎槍に弾き飛ばされてしまう。
「足元から崩させてもらうわよっ、悪く思わないでねっ!」
続いて和美が斬り込んでいくが、今度は馬にたどり着く前にカウンターで騎槍が繰り出され、咄嗟に大太刀で受け止める。
「つばぜり合いに負けるわけには行かないわよっ!」
サーバントの怪力に正面から挑み、少女の全身の骨が軋む。
『哀レナ子羊タチヨ‥‥』
(え? ‥‥喋った!?)
驚いた瞬間の隙を衝かれ、明美は後方へ突き倒された。
『我ハ奉仕者‥‥天使ギメル様ニ仕エシ者』
全員が呆気に取られた。
シュトラッサーならいざ知らず、自我も感情もないはずのサーバントが、カタコトとはいえ人語を発したのだ。
「‥‥こいつ、並みのサーバントとは違うようだな」
哲平がごくりと生唾を飲む。
「それでも、ここで退くわけにはいかない」
鴉鳥が素早く駆け寄るなり打刀を抜いた。
目にも留まらぬ抜刀術だが、これも黒騎士の盾に弾かれてしまった。
黒騎士が動く。
螺旋を描くように馬を走らせ、周囲の撃退士たち1人1人にすれ違い様、騎槍の一撃を見舞い始めたのだ。
路上の名残雪が血飛沫に染まる。
攻守は逆転し、4人の撃退士はみるみる生命を削られていった。
「くそっ‥‥このまま全滅かよ」
傷口を押さえ悔しげに呟く彪臥の目に、ふいに動きを止め、力を溜めるように馬の腰を沈める黒騎士の姿が映った。
(チャージか!?)
その槍が狙う先は、彼ら4人の誰でもない。
――前衛で骸骨騎兵と戦う仲間たち。
配下の骸骨騎兵もろとも粉砕するつもりなのか?
「させるかよっ!」
咄嗟に飛び出した彪臥はスキル「タウント」を発動、黒騎士の注意を引きつけた。
「危ない!」
馬首を翻し、彪臥めがけて突撃する黒騎士の横から和美が体当たり。
わずかに速度が鈍った騎槍突撃を、彪臥がブロンズシールドで辛うじて食い止める。
突然、けたたましくクラクションの音が響き渡った。
いつのまに動き出したのか、一台の乗用車がフルスピードで突っ込んで来る。
『‥‥?』
訝しげに振り返った黒騎士に体当たりし、サーバントを乗馬ごとはね飛ばした。
車体の方も衝撃で半ば潰れかけるが、その寸前に運転席から青空が転がり出る。
「待たせた!」
駅前に乗り捨てられた車のうち、たまたまキーが差しっぱなしだった1台に阻霊陣を発動させてぶつけたのだ。
むろんそれでダメージを与えられるわけではない。
だがはねられた黒騎士が再び体勢を立て直したとき、その周囲は骸骨騎兵を葬った前衛チームも含む10人の撃退士にズラリと囲まれていた。
「‥‥負け戦で終わらせるものか、とことん戦ってやる!」
哲平が再びアウル力を込めたフランベルジェで斬り込んだ。
「――推して参る」
鴉鳥の手にした打刀がふっと消え、代わって小柄な彼女の体には不釣り合いな大太刀が出現する。
しかし鴉鳥は長大な刀を軽々と一閃させ、馬の足へ斬撃を加えた。
撃退士10人による凄まじい波状攻撃。
再び防戦一方に回った黒騎士の鎧に、鈍い音を立ててヒビが走った。
チロヌップ隊との戦いから間を置かぬ連戦で、黒騎士にも相応のダメージが蓄積されていたのだろう。
「騎士野郎がさっさと斃れやがれ」
石火発動で青く燃えるマキナの斧を受け、まず乗馬が力尽きて倒れた。
それでも騎槍と盾を構え、よろよろと立ち上がる黒騎士。
勝機と見た和美は大太刀を上段に振りかぶった。
「空の清い光よ舞い落ちろっ!」
頭上の太陽から光が降り注ぎ、刀身に白いアウルの輝きが漲る。
「とどめ行かせてもらうわよっ! 天狼斬!」
その名のごとく天狼星の輝きを宿したような大太刀が、漆黒の鎧に深々と食い込んだ。
『我‥‥ギメル様ノ名ノ下ニ‥‥殉教セリ』
サーバントの巨体が力なくくずおれ、鎧も武器も煙を上げて消滅していった。
『こちらエサマン隊。同僚の仇を討ってくれたことに感謝する』
撃退士たちのスマホに、周辺地域で阻霊陣を展開していた企業撃退士からの連絡が入った。
『そちらには回復役がいないのか? 少し待っていてくれ。我が隊のアストラルヴァンガードを向かわせよう』
「それは有り難いですね」
持参したおにぎりを頬張りながら、誠士郎が笑った。
「にしても、まだゲートも結界もなく。後詰めが待っているのか、それとも、この作戦自体が陽動なのですかしら‥‥?」
ギメルの意図をはかりかね、フランシスカは腕組みして思案する。
「そんなこと、あのオヤジ天使に直接聞けばいいのよ」
和美が元気よく拳を突き上げた。
「さあみんなっ、傷の手当てが済んだら総合庁舎へ行くわよっ!」
しかし彼らはまだ知らない。
この戦いが後に人類と天使の間に勃発する一大決戦の、ほんの幕開けに過ぎないということを――。
<了>