●久遠ヶ原学園〜カフェテリア
「初めまして、ボク、12組の犬乃 さんぽ(
ja1272)。ネットだと『お散歩ワンワン』って名乗ってるよ、よろしくね」
オフでは初対面となるHN「腹ペコCAT」こと綿谷つばさ(jz0022)に向かい、さんぽはにっこり笑って挨拶した。
「わぁ〜、同学年だね♪ こちらこそヨロシクッ」
「『腹ぺこCAT』さんですね? お会いできて嬉しいです」
逸宮 焔寿(
ja2900)も瞳を輝かせる。
「あたしも嬉しいな〜。ネットの呼びかけでみんなが集まってくれて」
頭のネコミミカチューシャを揺らしてつばさも喜んだ。
「事件としては小さい出来事かもしれないけど、問題の根っこは意外に深そうだね」
と、君田 夢野(
ja0561)。
「何より難しいのは人間関係ってことだなぁ」
御影 蓮也(
ja0709)も難しい顔で首を捻る。
「色々とあやしーところはあるけど、順番に解決しないとね〜」
フューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)が、持ち前の明るさで陽気にいった。
「佐藤さん‥‥ですか。悪い人ではない‥‥というか、むしろ正義感の強い方なんでしょうけど。状況証拠だけで飯田さんを犯人と決めつけるのは、ちょっといただけませんね」
フューリの友人、エリス・K・マクミラン(
ja0016)は、依頼の子細を知ってから、明美の言動に引っ掛かるものを感じていた。
(過度の正義心は余計な事を起こすだけであると言うのに‥‥だから私は正義が嫌いなんです)
それでいてこの依頼を受けるのだから、自分も物好きですね――と内心で苦笑するエリス。
一同はしばし相談の後、外部から事件を調査する者たち、「入部希望者」の名目で手芸部に潜入する者たちの2班に分かれ行動する方針を決めた。
「じゃあ、あたしは一足先に部長さんに伝えてクラブ見学のお膳立てしとくよ」
そう言い残すと、つばさはその場から立ち去った。
●空白の3分
「‥‥とりあえず事件当日の状況、特に飯田の行動を洗い直してみる必要があるな。それにより、彼女の無実を証明できるかもしれない‥‥」
同じ外部調査班に加わる蓮也とプルネリア・ロマージュ(
ja0079)に対して、佐倉 哲平(
ja0650)がいった。
「異存はない。ただし手芸部の名誉にも関わるから、他に何か適当な名目を作っておいた方がいいな」
「‥‥ああ。とりあえず『近頃、クラブ棟にディアボロ出没の噂が流れているので実態を調査中』とでもしておこう‥‥」
蓮也の懸念にそう答えると、哲平はスマホでつばさに連絡を取り、部長の敦子を通し関係者である幸と明美、2人の同行を要請した。
果たして20分ほどの後、クラブ棟の入り口前で待つ哲平たちの前に、幸と明美が連れだってやってきた。
「‥‥いきなり呼び出してすまない。つい最近、手芸部の部室で何か騒ぎがあった、って噂を聞いたものでね‥‥」
「あの件、もう噂にまでなってるんですか?」
明美は不機嫌そうな顔で哲平に質した。
「まあ部長の頼みだからご協力しますけど。あの事件に関しては‥‥私、犯人は人間じゃないかって思うんですよね」
といいながら明美に横目で睨まれ、幸はビクっと身を竦める。
「おっと、決して飯田を疑ってるわけじゃないぞ? 夜のクラブ棟で何か怪しいものでも見なかったか、そこらへんを確かめたいんだ」
蓮也はさりげなく2人の間に割って入りフォローした。
手芸部の部員2名を伴い、一行はクラブ棟の警備室受付けへと向かった。
「‥‥あの晩、鍵を借りて部室に入ったのは間違いないんだな‥‥?」
「は、はい‥‥でも、私何にもしてません! 部室に入ったのも、ただ裁縫道具を取りに行っただけですし」
道中、哲平の質問に対し、おどおどしながらも幸は答えた。
(飯田さんがウソついてるようには見えないんだよー)
手にしたクマのヌイグルミ「ザルハ君」の顔を引っ張りつつ、プルネリアは思った。
(やっぱり犯人は天魔かなー? だったら面白いのに。またいっぱい遊べるんだよー)
予めつばさが根回ししたのか、応対に出た警備員はすぐに手芸部部室の鍵貸出者名簿を見せてくれた。
事件当日のページを開くと――。
『氏名/飯田幸 貸出/20:05 返却/20:08』
「‥‥これを記入したのは確かにあんたか‥‥?」
哲平の質問に幸が頷いた。
「‥‥貸出と返却の時刻、それとここから部室への移動時間を考えると‥‥」
夜なら早足や小走りにもなるだろう。
手芸部の部室から警備員室受付けまで、普通に歩けば約5分。撃退士が走れば1分もかからないはずだ。
「それでも教室に居られたのは1分足らず‥‥犯行は無理だよな」
「こんなの、警備員の目を盗んでいくらでも誤魔化せるわ!」
幸の犯行を否定した蓮也に、明美が噛み付いた。
「当日、夜勤に当っていた警備員さんに直接お話しを伺いたいんですが‥‥」
蓮也の頼みに対し、
「それはいいけど、当日の担当者が来るまであと20分くらいあるよ。ここで待つかい?」
という答が返ってきた。
「あのぉ‥‥私たち、もう部室に戻っていいですか?」
「今日は、入部希望者の方たちの見学会があるんです」
明美と幸がいう。
皮肉なことに「この場に長居したくない」という気持ちについて、両者は一致しているようだ。
結局2人を部室に返し、蓮也たち3人は受付け前で件の夜勤担当者を待つことにした。
●クラブ棟〜手芸部部室
「ちょっと手芸部の見学をしてみたいけれど、いいかな?」
「ええ、お話しは綿谷さんから伺ってます。どうぞ中へお入りください」
夢野の挨拶に対し、部長の敦子は快く一行を迎え入れた。
「格闘技は得意だけど針仕事が苦手だから教えて欲しいんだ。よろしく!」
「どういう道具を用意すれば良いのか、と言うのが気になりまして。見学させていただけませんか?」
「手芸の体験させてくれるって聞いて来ましたー」
フューリ、エリス、さんぽが各々挨拶しながら入室。
最後に焔寿が
「よろしくお願いしますっ」
と礼儀正しくペコリとお辞儀した。
外部調査班に呼び出されていた明美と幸が戻ってきた頃には、潜入班の一行はすっかり手芸部の部員たちとうち解け、和気藹々と裁縫や他愛ない雑談に花を咲かせていた。
(俺も裁縫やってみたかったけど‥‥)
依頼のためだけでなく、自分の楽しみも兼ねて積極的に針仕事に挑む夢野だが、現実はそう甘くない。
うっかり縫い針で自分の指を刺し、
「痛!」「刺さった!」「に゛ゃー!」
むろん撃退士の体はその程度で傷つくものではないが、わざと大袈裟に騒いで部員たちの笑いを誘った。
一方、エリスは他の部員に裁縫道具の名前や使い方を聞いたりしながら巧みに溶け込んでいく。
「ええと、飯田先輩でしたっけ? ちょっと教えてもらえますか?」
さんぽが幸に声をかけると、彼女も優しく微笑み、
「はい、喜んで。何でも聞いてくださいね」
つばさからの説明では「臆病で引っ込み思案な性格」と聞いていたが、下級生が相手だとそうでもないようだ。
(みんながみんな飯田先輩を犯人って思ってるわけじゃなくて、慕ってても今の雰囲気だと上手く接せ無い子もいるはずなんだ)
何としても幸の無実を明かし、明美とも仲直りさせよう――そう決意するさんぽ。
「何か少し雰囲気が重いけど‥‥何かあったの?」
頃合いを見計らい、夢野がさりげなく尋ねると、それまで愛想良く手芸や裁縫について指導していた部員たちは一斉に押し黙った。
「いいんじゃないの? 例の件、もう校内の噂になってるそうよ」
そんな中、明美だけは険しく声を張り上げる。
その発言を切っ掛けに、部員たちも「実は‥‥」と先日の部室荒らしの一件について打ち明け始めた。
既に部室は綺麗に片付けられ、荒された痕跡もない。だが何人かの部員は「証拠写真」として、当時の部室の惨状をスマホのカメラで撮影していた。
潜入班の撃退士たちはスマホの写真と現在の部室の状況を見比べた。
何か鋭い刃物で切り刻まれたヌイグルミや手芸作品は、現在外から見えないようダンボール箱に仕舞ってあるという。
「その日、部室にあった作品は全部壊されたんですか?」
「いえ‥‥半分くらいは無事だったから、あそこの棚にまとめて置いてありますけど」
エリスの疑問に部員が答え、部室の一角を指さした。
壁際の棚の上に、被害を免れたヌイグルミや手芸作品が並べられている。
(「犯人」が狙った品物には何か特別な理由があったのか? それともただ手当たり次第に凶刃を振るったか‥‥?)
思案しながら棚を見渡す夢野の目が、ふとその中にある黒い大きなクマのヌイグルミに止まった。
(ずいぶん大きなヌイグルミだな。これなら目立って真っ先に狙われてもおかしくないのに?)
「あれ? 無事なクマさんいるけど‥‥これ、誰のヌイグルミ?」
同様の疑問を抱いたさんぽが思わず声に出すと、部員たちはきょとんと顔を見合わせた。
「いわれて見れば‥‥このクマ、いつから部室にあったのかしら?」
「さあ? 気づかなかったわ。あんな騒ぎの後だし‥‥」
困惑したように話し合う。
「妙ですね。この学園にも七不思議ってあるのでしょうか?」
焔寿はポケットから取り出した虫眼鏡を手に、小首を傾げた。
「気になりますっ!」
●真犯人判明!
その後出勤してきた夜勤担当の警備員は、幸が当日記入した鍵の貸出しと返却の時刻に間違いないことを証言した。
「‥‥飯田が部室を荒らした可能性は低そうだが‥‥なら真犯人は誰だろう」
礼を述べて警備室から離れ、手芸部に向かう道すがら、哲平が考え込む。
「やっぱり天魔のしわざだー! いますぐ部室にGO! なんだよー」
妙に嬉しげなプルネリアに促されるようにして、手芸部の部室へと急いだ。
部屋の前まで来たとき、虫眼鏡を覗きながら部屋を出てきた焔寿と、その後から現れた夢野に出くわした。
「‥‥君田? 手芸やってたのか‥‥」
「あれ? 佐倉じゃないか。結構面白いぞ、ちょっと来ないか?」
これは予め打ち合わせておいた芝居。2人が同級生であることを利用し、ごく自然に調査班メンバーと合流するための演出だ。
哲平ら3人が部室に入ると、室内では例の「黒いクマ」を囲み、部員たちがしきりに不思議がっていた。
「この持ち主の判らないヌイグルミはなんだ‥‥?」
夢野から一部始終を聞いた哲平が、裁縫箱から一番長い針を取り出し、試しにクマの足に突き刺そうと手を伸ばす。
ふいにヌイグルミが消えた。
いや、哲平が刺そうとした針を避けて空中へ浮き上がったのだ。
『グルルル‥‥』
ビー玉と思われた黒い両目が赤く輝き、丸っこい両手の先から鋭い針のような爪が伸びる。
「ディアボロか‥‥!?」
部室内は騒然となった。
手芸部員たちも全員撃退士であるが、突然の事態にどうしてよいのか分からずおろおろしている。
その間にも8人の撃退士は各々の魔具を召喚し、ディアボロとの交戦に突入していた。
まず哲平が後方に飛び退くや、すかさず教室内に阻霊陣を展開。
「こんなところにまで入ってくるなんて、鉄拳制裁っ!! 逃さないんだからね〜」
ずいっと前に出たフューリが、壁を抜けようと図り阻霊陣に弾き返されたクマにハイキックとパンチのコンボを叩き込む。
「被害が大きくなる前に終わらせます」
友人と連携する形で、一気に距離を詰めたエリスが鉤爪で斬りつけた。
「お前が不協和音を撒き散らすなら‥‥俺はお前を斬る!」
滑るように宙を移動するディアボロに対し、夢野はカットラスを突きつけ宣告。
「ぬいぐるみさんはオトモダチでいなきゃダメなんだよー」
プルネリアはそう叫びながら、軽くジャンプしてハンドアックスを振り下ろした。
魔法の闇弾を放ちつつ抵抗を続ける黒クマだが、撃退士たちの集中攻撃を浴びてみるみる生命を削られていく。
「一気に畳み掛ける」
ヨタヨタと床へ降りる黒クマに肉迫した蓮也は、打刀の斬り上げからレガースでの蹴り、さらに吹き飛んだところへ突きの連撃。
しぶとく起き上がった黒クマが、なおも闇弾を撃つ体勢を取るが――。
「見切った!」
後の先を取った夢野が踏み込み斬り。
これがとどめとなり、ディアボロはボトっと床に落ちると、そのまま動きを止めた。
「私が悪かったわよ‥‥」
拳を握りしめ、悔し涙を浮かべながら明美が呟いた。
「悪いとか正しいとかの問題じゃなく‥‥先入観だけで物事を決めつけてはいけない。そうでしょう?」
手芸部員たちから負傷の手当を受けながら、エリスはそれだけ告げた。
「ただ、筋は通さないといけないだろうな‥‥」
少なくとも、明美には幸に冤罪を詫びる必要がある――哲平はそう仄めかす。
「気持ちをつたえるためにことばは大事なんだよー。ありがとーもごめんなさいも。なんだってね」
明美の足元にとてとて駆け寄ったプルネリアがあどけなくいうが、それでも明美はなかなか踏ん切りがつかないようだ。
戦闘で散らかった部室の片付けを手伝いつつ、蓮也は幸の方へ話しかけた。
「嫌われるのは怖いよね。でも言う時は言わないと。勇気を出してさ。後輩とかの面倒は見れるんだ、大丈夫。言わないで後悔するのはもっと辛いよ。頑張れ」
「‥‥」
幸は無言で頷き、意を決したように明美に近づいた。
「佐藤さん‥‥私、あなたのこと恨んでないよ? 私も悪かったの。あの晩部室に行ってたこと、自分から正直に言い出せなくって」
「‥‥飯田さん‥‥」
明美の瞳からポロポロ涙が零れ落ちた。
「ご、ごめんなさい‥‥ごめんなさい!」
「同じ部にいるからには、ちゃんと仲良くやらないとね〜。2人ともちゃんといいところはあるんだし、悪い所はお互いに支えあっていけばいいと思うんだよ〜」
フューリが両手を腰に当て、あっけらかんとした口調で諭す。
子供の様に泣きじゃくる明美と、やはり涙を流しながら彼女を抱き締める幸の前に、焔寿が進み出た。
「お二人とも、手芸が好きで‥‥同じ部になったのですよね。これも大切なご縁です」
持参したヌイグルミをおずおず差し出し、
「あの‥‥このウサギさんを直して欲しいんです。お願いできませんか?」
「一緒に直してあげようよ‥‥ね?」
幸の言葉に、泣きながら頷く明美。
「みんなも一緒にやろうよ!」
にっこり笑ってさんぽがいうと、他の部員たちもホッとした様に集まってきた。
「仲間と共に上手くやるっていうのは音楽と同じで、誰かが突出しても誰かが遅れても全てが崩れる」
幸と明美の肩をポンと叩き、夢野が助言。
「お互いにリズムを合わせて足並みを揃えてこそ、素晴らしいものが出来上がるんだ」
改めて部員たちの絆が固まったところで、調査班の撃退士たちも加わり、ダンボール箱から取り出した作品の修理が始まる。
「ウボアーっ!」
またまた針で指を刺してしまう夢野であった。
<了>