●乙女たち、現る
文化会館ホールの幕が上がると、そこには大道具も小道具もなかった。
薄暗いホールの壁に映し出されるのは文化会館周辺の景色。観客席からわっと歓声が上がる。
なにせ、これからアルカナの乙女たちによる戦闘が始まるのだ。下手な大道具や小道具は壊すだけ。景色だけあれば十分。
それだけで、今回の戦闘はまさしく『ここ』――文化会館周辺で行われることがわかるのだから。
アルカナの乙女たちは通常時は普通の少女たちと変わらない。
舞台へと何気なく少女たちが登場してくる。
「和紗さん、甘いものでも食べにいかない?」
「構わないよ。真緋呂の分まで注文すればいいんだね?」
「和紗さん、愛してる」
蓮城 真緋呂(
jb6120)と樒 和紗(
jb6970)の女子大生トークは微妙におかしいような気もするが、甘いものの前ではブラックホールの胃袋を持つ真緋呂にとっては日常である。
純白のメイド服を着用し真緋呂と和紗の会話に耳をそばだてるのは斉凛(
ja6571)だ。
「さあ、彼女たちが飲むのは紅茶かしら、それとも?」
歌劇のように大仰に、麗しく、彼女は一人問う。
「紅茶は心を癒やし、平和を導く象徴。さあ、選ぶのは?」
こちらでは本を貸し借りする少女たち。
「『アルカナの乙女』、最新話、すばらしかったですよ」
雪白 菜穂(
jb6322)がそう言って一冊の本を差し出せば黒羽 風香(
jc1325)が少し眉根を曇らせて本を受け取る。
「でも、あんな派手にやって大丈夫なんでしょうか?」
こそこそと菜穂に言う風香。勿論舞台のことだ。
「まあ、やるからには可能な限り再現しないといけませんよね。安全には配慮が必要ですけど」
「そうですね……だ、大丈夫です、きっと。なんとかなる……と思います」
ぐ、と握りこぶしを作って自分に言い聞かせるように菜穂が言えば、風香も神妙な顔で頷いた。
すっと凛が真緋呂と和紗の前へと進み出る。
「ねえ、これからお茶と言っているけれども……何を飲むの? 紅茶?」
真緋呂と和紗は顔を見合わせた。
「紅茶もいいよね」
「でも抹茶もいいですよ」
「ああ、フレッシュジュースとかも美味しそう。和紗さん、オリジナルカクテル作ってよ」
「ふふ、さすがにお店では作れませんよ」
にこやかに話す二人をじっと見つめる凛。
観客が不穏な空気を感じ取ったまさにそのとき。
リンゴーン……リンゴーン……リンゴーン……
どこからか響く鐘の音。
それは少女たちをアルカナの乙女へと変える戦いの合図!
「自由、無邪気、純粋、天才……」
鐘の音と同時に照明は観客席の天井付近を照らす。
そこにはいつからセッティングしてあったのか、長い木の板が通されており、そこを歩く人影が見える。
「元来在るべき人の姿――それが、私!」
ばっと手を観客席に向けて広げると、皆の期待が高まった。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『愚者』!」
それはアルカナ、0番目のカード。最初に出てくるのは当然と言えよう。草花の冠を載せ、少量の荷物がついた杖が『愚者』っぽい。右側は太腿辺りまで、左側は地に付く程の長さの裾のドレス。アシンメトリーなデザインがまたミステリアスだ。
ダリア・ヴァルバート(
jc1811)はここまでの己の完璧さに内心、ぐっと握りこぶしを作った。そのまま板を歩き続け――
「詰まり人とは……うわぁあっ?!」
あ、板の端から落ちた。
客席に落下するも、撃退士だもん、無傷。ばたばたと恥ずかしそうに舞台袖へ一瞬はけていく。
さて、舞台上。
「紅茶ではない、と貴女たちは言うのですね」
凛はプラチナタロットを取り出すと掲げた。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『女帝』!」
タロットは魔法のティーポットへと変わる。紅茶のアウルが溢れだし、純白のメイド服は紅茶色のメイド服へと変わっていく。くるりと一回転したときには、紅茶色の豪華なドレスとティアラを身にまとい、手にはハートの盾と王錫、そして白き翼をばさりと広げて。
「大神聖紅茶帝国のマジカルエンプレス凛! 神の裁きを受けよ」
豪華絢爛な変身に会場から歓声がわく。
ここは真緋呂と和紗も負けてはいられない。二人は目配せをするとすっとタロットを掲げた。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『太陽』!」
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『月』! 」
真緋呂は雫衣を使用して一瞬、赤系のお姫様ドレスへと変化する。その後どこからか現れるスモークで紅を基調にしたゴスロリミニワンピへ。耳にはゴールドの太陽モチーフのイヤリング。そして太陽を柄の部分にかたどった大剣を両手に持って。
一方の和紗も雫衣で一瞬だけ青系の十二単に変化。スモークで蒼を基調としたゴスロリ・ミドル丈ワンピへ。耳にはシルバーの月モチーフのイヤリング。そして銀の弓を片手に持って。
「祝福された未来を、約束するわ」
「リバースし、未来への希望を紡ぎましょう」
『太陽』と『月』の決めポーズ。
それはいかにも『アルカナの乙女』にありがちなシーンで、会場からは『女帝』と『太陽』『月』の戦いに早くもいけいけコールが始まったのだった。
●乙女たち、次々現る
だが、アルカナの乙女は彼女たち四人だけではない。
「ついに互いのタロットを巡る戦いが始まった――次に鐘が鳴るまで戦いは終わらない!」
舞台袖から煽るようなナレーションが聞こえる。ザジテン・カロナール(
jc0759)の声だ。視覚共有で万が一の事態に備えながらも、今はナレーションとして裏方に徹している。
「さあ、次のアルカナの乙女は誰だ!?」
「よし、ミーに任せるにゃ」
気合の入った声に照明は再び観客席へと移動していく。
(魔法少女とかいいよにゃぁ)
星野 木天蓼(
jc1828)は気合に反して、ちょっと貧血気味。というのも……
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『吊るされた男』!」
変身の声に合わせてレースとペチコートを盛ったふりふりのボーダーセーラー服(ミニだけどスパッツ履いてます)に変わったのはいいが、裏方たちによって逆さまに吊るされてしまったのだ。吊るされた男(正位置)なだけに。
(ぶっちゃけこの体勢辛いにゃ……というか頭が痛くなってきたにゃ……)
木天蓼の運命やいかに。
鐘の音と共に本を貸し借りしていた少女たちにも変化が訪れていた。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『死神』!」
風香はタロットカードをかざすと黒いゴスロリへと変化する。片手には弓。
「貴女もアルカナの乙女よね? さあ、そのタロットカードを渡しなさい」
『死神』のカードに相応しく、仲間のカードを狙おうと菜穂へと迫る風香。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『節制』!」
菜穂は慌てて風香と距離を取ると自分も変身をした。白無垢をアレンジしたドレスだ。純白のドレスの内側に赤い着物が見えるのが雅で上品である。
(場を盛り上げるために、頑張りますね……!)
風香の弓が風を切る。菜穂はそれをかわし、片手を空へと上げる。
「美し国に育まれた忍耐よ、その痛みを敵に等しく与え給え!」
声と共に現れたのはヒリュウだ。会場はヒリュウの姿にやんやの喝采。
「果たして、それで私を止められるかしら」
風香はいかにも『死神』っぽくにんまりと笑うと万一のことを考え、ヒリュウは狙わず、身を小さくして菜穂へと直接ぶつかった。
「きゃっ……」
小さくごめんなさい、という声を聞けばこれは舞台なんだと菜穂は気力を奮い立たせる。
――その時だった。
「そこまでだ!」
凛とした声が響き渡る。そして一陣の風のように駆けてくる人物――礼野 智美(
ja3600)。
「我はアルカナの王子――我が声に応えよ、『恋人』!」
声と共にそこに現れたのは軍服に軍刀、そして赤いマントを翻した男装の麗人。女子からきゃあという黄色い悲鳴が上がる。
「アルカナの乙女同士が力を奪い合う現状を壊したい」
軍刀を風香につきつけると、片腕で菜穂を庇うようにして立つ。軍刀は忍法「月虹」を使用しているので虹色に輝き、いっそう智美を麗しく見せていた。
三人の視線が交差する。
「そう上手くいくかしら?」
風香は微笑むと距離を取りながらアウルの矢を放つ。それを軍刀で弾いていく智美。
2対1ではどうしたって風香が不利。誰もがはらはらと乙女たちの戦いを見守っていたとき――
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『悪魔』!」
ごおっと風が吹いた。風香の傍に微笑むドレスに部分鎧をつけた男子が――大事なことなので、二度言おう、ドレスを着た男子が、立っていた。
「戦いは娯楽だ。楽しむためならなんでもしよう」
そう言い切るのは逢見仙也(
jc1616)。そう、『悪魔』のアルカナの乙女。彼が手を振ると風香に祝福がかかった。
「『悪魔』と共闘するとはね」
「アルカナの中では相性がいいだろう」
風香と仙也は顔を見合わせ、一斉に智美へと攻撃をしかける。
「くうっ……!」
レベル的には智美でもなんとか凌げるのだが、ここはピンチになるのがお約束。
「『死神』と『節制』の戦いに割り込む『恋人』と『悪魔』! アルカナの乙女的にはお約束な戦闘だ! 果たして生き残るのはどち……ら……」
ザジテンがノリノリでナレーションをしている最中に、舞台の端からとてとてと現れたのはラッコの着ぐるみ。
「キュゥ」
ちょっと可愛い声で鳴くとなにやらゆるい踊りを踊りながら乙女たちを仲裁しようと試みる。
このラッコ、原作ではマスコットキャラとなっているらっこっこと言う。ちなみに中の人は鳳 静矢(
ja3856)だ。
「キュウ〜」
「邪魔だ」
哀れ仙也の鎖によってぐるぐる巻きにされてしまうらっこっこ。その隙に舞台上に阻霊符を使用するのを忘れないのは静矢ならではである。
ふと舞台が暗くなり、観客席にスポットライトが当たった。観客席、木天蓼が吊るされている真下あたりに人影がある。
カンテラを揺らした美貌の持ち主――華宵(
jc2265)だ。
「見せて頂戴、貴女達が紡ぐ未来――」
その台詞は『隠者』のカードの決め台詞。観客席からおおという声が上がる。
頭上で揺れるは木天蓼。
「そろそろおろしてにゃあ」
華宵はこほんと咳払いをして、聞かなかったことにした。もう一度カンテラを揺らす。
「見せて頂戴、貴女達が――」
「おろしてにゃあ」
どうにも決まらない。
ザジテンがどこを煽ろうかとマイク片手に状況を見ていると、ふとヒリュウの視覚が何かを捉えた。同じく今まで裏方として働いていた月乃宮 恋音(
jb1221)も異変を察知していた。
「これは……どうしよう?」
「皆に通達して……これも演出として組み込みましょう……大丈夫ですよぉ……」
恋音は母性溢れる(特に胸のあたり)空気を漂わせて、微笑む。
「数は少なそうです……これだけの人数がいれば……撃退できますよぉ……」
「そうだね! じゃあ、木人は用意しないように手配する!」
「私は……舞台にあがりますねぇ……」
ノリノリの観客には極秘の計画が始まる。
それこそ、久遠ヶ原学園の撃退士でなければできないこと。
●スケルトン、現る
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『世界』!」
スポットライトが舞台の一箇所に当たる。恋音だ。胸元の開いた濃紺のドレスは彼女の魅力を神秘的に見せていた。頭には月桂冠。天使の羽をかたどったストールを肩にふわりとかけ、顔の左半分は鷲の意匠のお面を、指先から二の腕には獅子の意匠の長手袋を、そして足元には牛柄のブーツを合わせている。
それはまさしく『世界』らしい完璧なドレス姿。
そして神出鬼没な『世界』がこの場に現れたことは何か重大なことを意味している。
「アルカナの乙女たち……世界は闇に包まれようとしています……今こそ、争いをやめ、手を取り合う時なのです……」
真剣な恋音の声音に、これから木人が出てくるのではないな、と気づくメンバーたち。
観客席にいた華宵もすかさずそれに合わせる。
「乙女達よ――闇が訪れようとしています。我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『隠者』!」
ふわりと観客席を飛ぶ華宵。同時に衣装が変わる。青紫のスレンダーなロングイブニングドレス。スリットから覗く美脚にはハイヒールを合わせて。同系色のフード付きケープを纏い、仕上げは持っていたカンテラが紫電走る薙刀に変わる!
「……アルカナの力を示しなさい!」
華宵が薙刀で示した先――観客席の扉が開く。
そこには10体のスケルトンが現れていた。
骨の騎士たちはガシャンガシャンと錆びた剣を持って中へと入ってくる。
けれども観客席の人間は気づかない――そのスケルトンがまさか本物だとは。
皆「さすが久遠ヶ原学園、凝ってるなあ」という感嘆でかえって盛り上がる始末。もちろん、逆にパニックになったら避難誘導が大変になる。今の状況を利用するのが得策と言えた。
(あのスケルトン達は、演出では無いですよね?)
雫(
ja1894)は気づくと漆黒のドレスを翻し、舞台裏からスケルトンたちの背後へと走った。観客席に阻霊符を設置するとすい、と息を吸い込む。
「さあ、私の骨の騎士たちよ、アルカナの乙女たちを撃破しておしまい!」
そう、咄嗟の判断で雫は『アルカナの乙女と敵対する魔法少女』の役どころに変わったのだ。
スケルトンたちが「え」って顔をするが、雫は容赦なく剣をつきつける。
「私の言うことが聞けないの? まったく動きが悪いですね」
スケルトンの頭上を舞うのは黒い布で覆われたヒリュウだ。いかにも悪のヒリュウっぽい。これは詠代 涼介(
jb5343)の発案だ。そのまま涼介はスケルトンのほうへ走る。雫と視線を交わすとスケルトンへと威嚇を使用し、スケルトンを舞台上へと導いていく。
実は裏方の篝さつき(jz0220)もバハムートテイマーだ。これなら自分もできる、と悪のヒリュウをもう一体作ると威嚇でスケルトンを引っ張っていく。と、涼介はさつきにひそひそと耳打ちした。
「篝、それっぽい台詞をヒリュウが喋ってるようにしろ」
「えっ」
「悪の魔法少女に操られているヒリュウ、みたいな展開がいいだろう。ほら」
マイクを押し付けられ、さつきは迷ってから勢いよく喋る。
「あっちに美味しそうな乙女がいます、ご主人様!」
「ええ、早くあちらに向かいなさい。本当に愚図ですわね、斬りますよ」
雫がうまく合わせてくれる。ついでに斬りますよって言って本当に斬った。さつきは嬉しそうに雫と涼介に手を振り、何かのためにスケルトンの周囲に待機することになった。
あらかたのスケルトンはこうして舞台上へと追いつめられていく。
だが、反発するものは必ずいるものだ。
一体のスケルトンが三人の包囲をかいくぐり、観客へ向かって剣を振り上げたのだ。
観客はこれもひとつの見せ場と思っているが――
「お待ちなさい」
凛とした声が響き、照明が吊るされている木天蓼を通り越し……
「にゃああああ」
客席の壁際、梁の部分にシルエットがひとつ。
観客が指差すのは十字架に祈るかのような少女の姿。だが、シルエットのままだ。
「力を貸してください。――我はアルカナの乙女、我が声に応えよ、『星』!」
少女が飛び降りる。光が煙に隠れ、少女の姿を隠す。現れたときには銀髪にアルビレオの瞳、そして十字架アクセを身につけた、改造巫女服姿(袴じゃなくてミニスカート)姿の夜桜 奏音(
jc0588)がスケルトンの近くにいた。
おおっとどよめく観客。奏音は十字架を持ち手にしたリボン(巧妙にカモフラージュされた鞭)を翻すといっきにスケルトンを打ち付ける!
よろめいたスケルトンが剣を奏音へと振り下ろすが、奏音はそれをひらりと回避。同時に仕込んでいた花びらを春一番で吹かせた。
その隙に武器を小太刀二刀・桜月に持ち替えた奏音は鮮やかにスケルトンを斬る。
「アルカナの乙女に敵対しようなど……まだ早いのですよ……」
すっと桜月を鞘にしまうと同時にスケルトンは骨となって崩れ落ちた。観客からその戦闘の圧倒的迫力に拍手が上がる。
スケルトンはあと9体。
さて。
(わぁ……会場の雰囲気はライブイベントみたいだね。で、中高生が多い……と)
クリス・クリス(
ja2083)は舞台袖でわくわくして観客席を見渡していた。
ととと、と舞台上に出ると両手をぶんぶんと振る。
「お兄ちゃん達、よろしくねっ〜♪」
可愛い妹キャラでの売り出し。そりゃあ、男子はメロメロだ。
そんなクリスのほうへとスケルトンが追いつめられてやってくる。
(お。敵役はスケルトンかぁ。えらく気合入った仕込みだねー。本物みたいだよ)
クリスちゃん、気づいてません。
「よし。いっくよー! 我はアルカナの乙女――我に応えよ、『正義』!」
スモークの中でフリルのたくさんついたワンピース姿に変身。髪の色に合わせた淡い色のワンピースの胸元には正義の象徴たる剣と、天秤に見立てた二連の八分音符ブローチを燦然と輝かせる。
「汝らの性は邪悪……『正義』の名を以って此処に断罪すっ!」
格好いい決め台詞をびしりと決めて、クリスはスケルトンを指差した。
「さあ皆。やっちゃってー」
「「「えっ」」」
舞台上にいた全員がおもわず突っ込む。
「うん、ボク戦闘は駄目なの」
かくて『正義』は退場。クリスの殿を引き受けたのはらっこっここと静矢だ。
もがいていたラッコが突如跳躍、クリスを守るように立ちふさがる様はラッコなのに格好いい。
「私は諍いを収め調停するアルカナの王子……我が声に応えよ、『教皇』!」
そう、らっこっこは仮の姿――彼の本当の姿はアルカナの王子!
スモークの中、ラッコの着ぐるみを脱ぐと大正風学生服に真紅のマントを翻し、ひゅん、と天狼牙突で風を斬る。
「不埒な者共、かかってくるが良い!」
言いながら、静矢は目配せをする。
(そうねェ、やっぱり悪役の方が楽しそうよねェ♪)
事前に打ち合わせをしてあった黒百合(
ja0422)が観客席のほうからよろよろと現れた。
黒いセーラー服姿の彼女は魔法少女に助けられる一般人の役どころだ。
「助けて……ください……」
黒髪に真っ白な肌の黒百合は静矢の腕をさりげなく引っ張る。
「大丈夫だ。私の後ろに隠れていろ」
「ありがとう……ございます……」
言いながらさりげなくスケルトンと静矢の射線に立つ黒百合。
「危ない!」
黒百合が振り向いたときに静矢はスケルトンを斬りつけていた。黒百合はこうやって乙女や王子を引き立たせる役を買って出たのだ――と見せかけて、ちょっと戦闘の邪魔をしてみたりする。
静矢にはこのくらいのハンデがあってちょうどいいだろう。
次に舞台に飛び出してきたのは雪室 チルル(
ja0220)だ。
(さいきょーのあたいに相応しいアルカナよ!)
そう、勿論、彼女のアルカナは。
「我はアルカナの乙女――我に応えよ、『力』!」
くるりと一回転すると両手にガントレットをつけた甲冑姿に。……魔法少女デスヨ?
「そーれっ!」
スケルトンの中に飛び込むとガントレットと大剣の連続攻撃――それはアルカナの乙女の必殺技『オーバードパワー』!金の粒子が舞い踊る魔法(物理)攻撃!
(まさにすべてを吹き飛ばす圧倒的な力!)
ちょっと小並感だけど、それはそれ。力こそパワー! パワーこそ魔法(物理)!
どーんとスケルトンをなぎ倒してチルルは胸を張る。
「さいきょーの力、思い知ったか!」
まさにパワーだけはアルカナの乙女一なのだった。
「我はアルカナの乙女――我に応えよ、『女教皇』!」
女教皇の逆位置のアルカナを選んだのはユリア・スズノミヤ(
ja9826)。
柘榴の花モチーフが特徴的なレース素材の、裾が波打つ黒ドレスを変身して着ると彼女の白銀の髪が鮮やかに映える。
(逆位置って未来に対しての不安がいっぱいとか良くない印象あるけど、そんなことは私が許さない)
ユリアらしい持論で楽しそうに微笑んだ。
(自分の有している愛情を忘れずに、皆で楽しめればそれでハッピーだよねん☆)
ふわりとドレスの裾を波立たせ、ユリアはスケルトンへと首を傾げる。
「さて、今日は何を教えよっか☆」
ぱたんと開くは『女教皇』らしい教典。中に挟まれているのはロザリオ。それをスケルトンへと掲げる。
「我、学びに宿いし氷蓮なる刃を解放せよ」
きらめく氷の錐がスケルトンたちへと襲いかかる。
その美しさに誰もが息を飲んだとき――ユリアはユリもんへと変身していた。片目は星型、月柄のカボチャパンツを履いたパンダの気ぐるみだ。
一瞬、舞台上も観客もスケルトンさえも時が止まる。
「みんな、ハヴァナイスデー☆」
しかもユリもんの姿でコサックダンスで退場していく。
あ、うん……みたいな感じで、観客はそっとユリもんへと手を振ったのだった。
川澄文歌(
jb7507)はアイドルだ。
ユリアと同じ『女教皇』のアルカナだが、こちらは正位置。宗教的な偶像という意味合いでのアルカナの選択だ。
「我はアルカナの乙女――我に応えよ、『女教皇』!」
変身すれば紫の修道服をひらひらなアイドル衣装にアレンジした衣装を身に纏う。修道服をミニスカにしてペチコートやフリルで飾り付ければかなりの萌え衣装になるのだ。是非妄想してもらいたい。
マイク型の魔具で繰り出す攻撃は歌唱力(物理)。
「スケルトンは倒さんと欲すのです!」
威厳を保つために台詞を頑張っているが、どうも文歌の台詞は可愛いになってしまう。アイドルだから仕方ない。
青い羽を持つ鳳凰型式神のピィちゃんを召喚し、清らかな歌声でスケルトンにダメージを与えていく。
「みなさん、頑張ってくださいっ。戦いの後に、皆さんに料理を用意するのことです!」
……原作の『アルカナの乙女』に出てくる『女教皇』キャラは壊滅的に料理が下手な設定だ。それを逆手にとった発言に、会場中から大笑いが漏れた。
同じくアイドルの九鬼 龍磨(
jb8028)。
「我はアルカナの王子――我が声に応えよ、『戦車』!」
アメコミヒーローにもうちょっと鎧を足した感じ+レースのついた真紅のマントをばっさーと翻す。マントはベルベットで出来ており、アルカナの乙女役よりもドレッシーに仕上がっている。
ふと隣を見ると咲魔 聡一(
jb9491)が変化の術で可愛い森ガール風の女の子になっていた。
「え!?」
「魔法少女モノなのに王子が多すぎるだろう」
「でも咲魔さん」
「咲魔さとり、だ」
聡一もといさとりちゃんはアルトというには厳しい、テノールの声で言う。超頑張ってる。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『魔術師』!」
さとりちゃんは魔法使いのとんがり帽がポイントの緑のケープ風ドレスに変身。超可愛い。
ちょっとだけさとりちゃんに見惚れちゃった龍磨だったが、影獅子を慌てて構えてスケルトンへと突っ込んでいった。
「どんなファランクスをも突き通るこの拳、受けるがいい!」
影獅子でスケルトンをどつきまわす。大丈夫、打撃がヒットするたびにひまわりの花びらが舞えば、それはもう魔法(物理)だよ!
「戦車が通りて花が咲く、轢かれたくなきゃぶっとびなッ!」
勢いよく突っ込んでいく龍磨の横、聡一は少し考える。
(才能、機会という意味があるとこから自身の芸術的才能が認められる機会を求めて戦う感じか)
ふるり、と一度首を振るとすぐさまさとりちゃんモードに早変わり。
「新たな命の芽吹き、『創造』のタロット! マジカルエスメラルダ!」
不思議植物図鑑でぱこーん!とスケルトンを叩く。
「私は私の作品がいつか認められる事を信じてる! こんな下らない戦いで、台無しにさせはしないよ!」
そしてさとりちゃんは相棒たる植物との共存共栄を求め、必殺技を叫ぶ。
「食虫植物の祭典(カーニバラスカーニバル)!」
食中植物がいただきます、と口を開ける。
「咲けよ大輪、徒花にあらずッ!」
龍磨も日輪草螺旋撃を繰り出せば、花と植物を使った戦いは圧倒的な勝利を収めたのだった。
●そして、新たな戦い現る
序盤で睨み合っていた凛と真緋呂と和紗だったが、こうなれば敵はひとつだ。
「女帝の鉄槌・紅茶の呪いギルティ」
ふわりと空を飛びながら凛が錫から紅茶のアウルで女帝の神罰をスケルトンに与える。
「紅茶に代わってジャッジメント♪」
歌謡いで華麗に歌えば、絶対に紅茶なんて飲まないスケルトンに勝ち目はない。
和紗は演出のためにわざとピンチになる器用さを発揮。
「ごめんなさい、俺は……」
「弱気になっちゃダメ。二人で力を合わせれば大丈夫」
真緋呂の励ましに頷き合う二人。
「サンシャイン……」
「ムーンシャイン……」
「「ジャッジメント……!」」
そして繰り出されるは合体必殺技! 力を合わせて戦えばどんな敵でも倒せる――それは『アルカナの乙女』の根底に描かれているテーマだ。観客はその美しさに見惚れ、惜しみなく喝采を送る。
そして真打ちは最後に現れる。
(魔法少女とかボクのためにあるようなものじゃないか……)
御剣 正宗(
jc1380)。いわゆる男の娘だが、女の子よりかわいい。舞台にあがれば、観客には女の子にしか見えないだろう。
「我はアルカナの乙女――我が声に応えよ、『審判』!」
変身した姿は黒白の長い萌え袖のミニスカゴスロリにニーソックス。超かわいい。
「これがボクの最後の審判だ……お前達は有罪(ギルティ)だ……」
決め台詞を言うとふらふらのスケルトンに向け、黒い光の衝撃波を放つ。スケルトンが砕け散ったとき、舞台袖から何か大きなものがごろごろ動いてくる音がした。
「魔法のタン娘、ラファルさまた〜俺の事だぜ」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)だ。なんと姿は最近流行りのMMOゲーム『タンこれ』に出てくるカールグスタフ列車砲。すでにタンクじゃないとか言っちゃ駄目。
そう、義体特待生のラファルは学園からの無茶振りに逆らえないのだった。不憫。
アルカナは『戦車』だけど、もう見ればわかるので魔法の呪文も省略だ。
「いや、それ……どうなのかな……」
正宗が突っ込むも、ラファルはそーれとばかりに大砲をぶっ放す。
「観客も巻き込むよ……!?」
「大丈夫、大丈夫……あれ」
出てきたのは紙吹雪。
「どーゆーことだ、これは、あ〜ん!?」
ごろごろと退場していくラファルの後を追って、正宗も舞台から去ろうとし……ふと振り返る。
もう残るスケルトンはほとんどいない。
「お前達は有罪(ギルティ)だ……」
もう一度キリッと決め台詞をきめると、観客席からかわいいー!の声が上がった。
最後の止めは舞台の袖からダリアが弓でぱしぱし。
ザジテンは「僕、まだ変身してないよ!」と舞台袖から駆け出してきた。
「僕はアルカナの王子――僕の声に応えて、『運命の輪』!」
若草色の華ロリ+白短パン姿は初々しい王子らしい。一本三つ編みに蔓草を絡ませ、腕輪、マイクも同じ物を絡ませれば、森の王子様のようだ。
菜穂は風香に今よ、と目配せをする。
「今こそ、逆位置に――『死神』!」
黒色だった風香のゴスロリが白ゴスロリに早変わり。そう、風香の奥の手は二段変身!
ザジテンはヒリュウのクラウディルを操り
「ぐるぐる、きゅーん♪」
魔法の前に指を回して、スケルトンを狙い撃ち。
風香は矢に光を込めて止めを刺す。
「かくて、スケルトンはすべて退治されたのでした! 盛大な拍手をー!」
アルカナの王子の格好のままナレーションをするザジテンの声に合わせて、観客は惜しみない拍手を送ったのだった。
けれども――まだ話は終わらない。
涼介はヒリュウをしまうとすかさずさつきを呼んだ。
「篝。まだ塔のアルカナが残ってる」
「はい?」
「実はヒリュウの正体はアルカナの乙女で、操られ姿を変えられており今回の戦いで元に戻ったという設定だ」
涼介はにんまりと笑った。
「篝、出番だぞ。さっきの声と同じ奴じゃないと不自然だろ?」
真っ赤になって口をぱくぱくさせるさつき。
「詠代さん、覚えておいてくださいね……!」
言いながらさつきは舞台へと駆け上がった。
「私は『塔』のアルカナの乙女。悪しきモノに姿を変えられてました。助けてくださってありがとうございます!」
メイド服をつまんでお辞儀をするさつきはどこか嬉しそうだ。涼介は苦笑いを浮かべる。
「さて、裏方として後片付けでもするか」
そして、静矢にまとわりついていた黒百合は、いきなり静矢に奇襲を仕掛けた。
「なっ……!?」
「あらぁ……アルカナの王子が安心されて。私こそが本当の悪の魔法少女!」
「待ちなさい!」
そこへ現れる雫。
「悪の魔法少女は私です。私と勝負なさい!」
悪の魔法少女同士がにらみ合い――そして激突する。それは半ば本気のアウルを使った力比べ。
観客たちがどよめく中、響くのは……
リンゴーン……リンゴーン……リンゴーン……
アルカナの乙女たちが普通の少女へと戻る鐘の音だった。
「こうして乙女たちは終わらない戦いへ身を投じていくのでした――『アルカナの乙女』ご覧いただきありがとうございました!」
ザジテンの声に合わせて、参加した25人が舞台に並び頭を下げる。
観客たちはこの舞台はきっと忘れないと思いながら、文化会館への思い出と共に惜しみない拍手を送り続けたのだった――
あれ、篝さつきも含めて25人?
「そろそろおろしてにゃあ」
すっかり顔面蒼白になった木天蓼が天井からゆらゆら揺れている。
誰か気づいてあげてね。
執筆:さとう綾子