●藍那湊(
jc0170)、来海 みるく(
ja1252)、赭々 燈戴(
jc0703)の撮影
燈戴に渡されたチラシを見た湊は、腕を組んで思案顔をしていた。
(人界に来てからの保護者、燈戴さん……ちょっと苦手な部分もある人だけれど)
「ささやかな祖父孝行――になるよね?」
その言葉に目の前で地に額をこすりつけていた燈戴が、ようやく顔を上げて湊の顔を見上げる。
参加を決めると、湊の行動は素早かった。
燈戴に「ちょっと電話してくる」と言い、話し声が聞こえない程度の距離をとる。
女性に呼びかけているような文面ではあるが、それでも男としては花嫁を連れた姿でありたいし、それが一番の祖父孝行になるだろう。ついでに、びっくりもさせたい。
だからこそこそと、愛すべき人へと電話する。
「――もしもし、みるく? ちょっとお願いがあるんだけど……――」
少年のような顔が災いして、しっくりしているはずなのに似合っていると言い難い、白いスーツをビシッと決めた燈戴は湊に笑みを向けた。
「まさか花嫁役がいると聞いた時には、腰が抜けるかと思ったぜ」
「と――」
「歳のせいじゃなくてな!」
言われる前に釘を刺す燈戴だが、ふと何かに気づいて時計を見ると、「遅いな」と漏らした。
「そろそろ時間だ。先、行ってるぜ?」
「う、うん……」
燈戴を見送る湊の顔は、不安げそのものである。
みるくがまだ来ない――ドレスを前に、湊の表情は全くもって晴れない。
「すみません、新郎さんがもう用意できているようですし、時間も押していますので、もう着ていただけますか?
2人、着替えのお手伝いに回りますので」
「……え?」
普通の姿をした係員と、カマキリの姿をした係員に両肩を叩かれた湊は、嫌な予感しかしないのであった――
「……なぜ、僕はウェディングドレスを着て、バージンロードに立っているのだろうか。
婚期が遅れるとは聞いたことがあるけれど、これじゃお婿にいけない……」
涙は出ないが、色々な事で今にも泣き出しそうな涙目の湊。それはそれは、とても素敵なドレス姿であった。普段なら女装なんて絶対にしないというのに、なぜかだ。
驚いた表情の燈戴が、ぽんと手を打つ。
「あっ、そういう……」
「未来の花嫁を見せるかもって言ったけど、そういう意味じゃ……!」
否定し、説明しようにも、湊自身だってみるくが来ていない理由がわからない間、顎に手を当ててまじまじと湊を見ていた燈戴が口を開いた。
「しかしなんだな、こうして見ると……お前、母親にソックリだな。これで黒髪だったなら……」
ぶわっと燈戴の目から涙があふれ、「うう、綺麗だぜ湊」と言いたかった言葉は言葉にならず、代わりに出たのが滝のような涙と嗚咽であった。
号泣したまま湊を力一杯抱きしめる燈戴――だが急にステンドグラスを見上げ、「な、何だ!?」と動揺を見せた。
遅れて見上げる湊の目に飛び込んでくるのは、ステンドグラスをバックにしたウェディングドレス姿の人影。その手には陽光を浴びて輝く、来海軒と書かれたオカモチが。
「ボクが……ボク達が花嫁ですよ!」
「あ、あれは……いったい? 83年生きてきて、オカモチ抱えた花嫁とか初めてみたわ。幻覚かな?」
目をこする燈戴の横では湊が口をあんぐりと開け、思い出したように「みる……!」とその名を呼ぼうとしたが、垂れ下がっていたアホ毛がピンと立ち上がり、半眼で言葉を言い直す。
「いや、なにやってるのみるく……」
「そのウェディングドレスに、武力介入を開始するのです! とう!」
オカモチ花嫁みるくが、跳んだ。
華麗な着地を見せ、オカモチの正面を燈戴の前に向けて、蓋を開放する。中に入っていたのは――肉じゃが。
「鹿、熊、猪。丁寧に下処理した三種のジビエ肉を使っています。
ダシにはそれぞれの獣の骨からスープを取り、ブレンド。醤油にはほのかに赤ワインを入れ、それぞれの血を少量加えました。
フランスはアルザス地方の郷土料理、ベッコフを参考にした渾身の肉じゃが……食べてみやがるのです!」
「ほう、この舌の肥えた燈戴さんに料理で挑戦ねぇ……おもしろい。見せてもらおう、お嬢ちゃんの戦闘力……いや嫁力とやらを……!」
「何言ってるのみるく、燈戴さん……?」
火花散らす2人へ蚊帳の外から声をかける湊――みるくがやっと、湊の顔を正面から向き合ってくれた。
「湊、遅くなってごめんなさい……熊を狩るのに手間取りまして」
「く、熊……いや、うん。天魔よりは怖くないだろうけどさ……」
顔をひきつらせながらも、とりあえずピンピンしているみるくに湊は安堵の息を吐き出して油断したところへ、みるくが花婿の衣装(下が半ズボン)を手渡してきた。
ひきつる顔から、乾いた笑みがこぼれる湊。みるくは首を傾げた。
「それで、その人が湊の保護者さんです?」
「あ、はい、その赤い髪の人が僕の保護者で……こちらの勇ましいお嬢さんが、僕の好きな人です」
「こ、これは……うーまーいー! 肉質の異なる三種の肉も、煮込む時間をずらすことで柔らかさを統一し――」
複雑な心境で紹介している間に、肉じゃがを食した燈戴が目を見開き、今にも巨大化して東京タワーを倒しそうだったが、そんなこともなく、一気にまくし立てた後、みるくへ向かって親指を立てた。
「気に入ったぜお嬢ちゃん。うちの孫を嫁にもってけ!」
「来てくれて、嬉しいよ……本当に綺麗」
衣装的にも何か陰謀を感じていた湊だったが、花嫁衣装のみるくを前にして、今は些細なことだろうと流してみるくの両肩をつかむ。
「君は僕に将来を……夢を見ることを教えてくれた唯一の人。これからも君とともにこの生を歩んでいきたい。必ず、本当に君を花嫁にするから」
「え? なんですか?」
この距離で聞こえていないはずはないのだが、それでもみるくは不思議そうな顔でよく聞こえるように自分の耳に手を添える。
「だから――」
「なんですか?」
「つまり――」
「なんですか?」
何度かそんなことを繰り返していると、しびれを切らした湊が「君と結婚するって言ってるの!」と、式場の隅々まで聞こえるような大声を張り上げた。
ニヤリと笑うみるくが、録音中のボイスレコーダーを取り出して湊に見せつける。
あんぐりと口を開けた湊をよそに、みるくと燈戴が「いえーい」とハイタッチ。かははと笑っていた燈戴が湊の顔をのぞき込んだ。
「おう、湊。言質とったぜ? 男としてそう決めたなら、やり遂げてみせな」
燈戴が湊の頭をくしゃりとなで、カマキリカメラマンにシャッターを押させてくれと、頼みに向かうのだった。二度目の陰謀を感じていた湊だが、燈戴の背中を目で追い、そしてみるくへと戻す。
「ボクには育ての親はいても、両親はいません。なので、父の日と言ってもしっくりきませんが……でも、湊とボクの間に子供が産まれて、ボク達が父母となれば、今日という日がわかるようになるかもしれません」
みるくの言葉を口の中で繰り返し、「お父さん……僕が……」と漏らした湊。
やがて、力強く頷いた。
「うん。きっと」
「俺は娘の……お前の母親のこういう姿は見られなかった。
だからお前が見せてくれ、本当の結婚しきってやつを、な」
ファインダーをのぞき込む燈戴へも、湊は力強く頷いて見せた――すると、燈戴が悪戯っぽくウィンクひとつ。
「あと、ひ孫の姿もネ☆」
その一言で顔を赤くする湊とみるくだが、燈戴が「撮るぞ」と一声かけると、2人は顔を見合わせ、顔を作ってカメラへと向き直った。
(今まで何度も銃の引き金を引いてきたこの指だが……これが、幸せな瞬間を撮るための指になる)
「……最高のプレゼントだぜ」
そして未来を奪ってきた指は、今、未来への希望を撮るために動くのであった――
●鳳 静矢(
ja3856)、香奈沢 風禰(
jb2286)、私市 琥珀(
jb5268)の撮影
「ようこそなの、シズ兄!」
「ようこそ!」
白カマキリをモチーフとしたドレスに、鎌をモチーフにした被り物を被っている風禰と、カマキリ姿に白いスーツを着た琥珀が、静矢を出迎えた。
「ふむ……なにやら変わった催しがあると、呼ばれてはみたが……?」
思案顔で2人を交互に見比べていると、静矢の腕に風禰がしがみつき、琥珀はブライズメイドよろしく、風禰のドレスの裾を持つ。この時になって、静矢は催しというのがどういうものなのか、漠然とだが理解したのである。
「カマキリ尽くしのカマふぃらしい装いだねぇ。
きさカマも、いつもカマふぃと一緒に……大変だねぇ」
嬉しいのか見せびらかす為なのか、頭を振る風禰。琥珀は大変なんかじゃないと言わんばかりに、腕を上下に動かしていた。
そして風禰に腕を引かれるがまま、静矢はバージンロードを歩き始める。
歩き出すと同時に流れるのは、激しいギターと重厚感あふれるベース、ハイスピードなドラム――前奏が流れているうちに、タイトル『嫁的カマキリの門出』と、作詞作曲がカマふぃである事が告げられ、シャウトを効かせた刺激的な風禰のボイスが流れてきた。
「カマキリらしいバージンロード……これぞバーカマロード!」
「略してバカマ!」
2匹のカマキリはノリノリである。
2人が楽しそうであれば、静矢は言うことはない――ただ、ひとつだけ疑問が。
(……しかし、なぜロック……)
その疑問が解決されないまま祭壇前に到着すると、カサカサと風禰がカンペを目の前に広げ、静矢と向き合った。
「いつも鳳家を支えてもらって感謝なの! 鳳家の象徴を鳳凰ではなくカマキリにしてもらって、大感謝なの!」
(鳳家の象徴って、いつからカマキリになっただろうか……家長の妻に聞いてみるか)
「カマキリの家は家の中じゃないけれど、外でだって夏だからバカンスできるから、頑張れる!」
(それって、夏どころか一年中バカンスでは……)
「これからも、よろしくお願いしたいなの!」
風禰が並べ立てた感謝の言葉に、静矢は何度か首を傾げそうな箇所もあったが、感謝の気持ちだけはしっかりと受け止めた。
「うむ……とりあえずこれからも元気いっぱい、さきカマと仲良く2人で頑張っていくのだよ。ありがとうな、カマふぃ」
それとと付け足し、琥珀へと顔を向ける。
「……まぁ……いつもカマふぃが世話になってるが、これからもこんな調子でよろしく頼むよ」
恋人なのだろうか――そんな疑問が静矢の顔にでたのか、風禰は首を横に振った。
「恋人じゃなくて、さきカマは相方なの! ぐっじょぶなの! カマキリの輪をこれからも広めていくなの! どぞよろしくなの!」
「きさカマはずっとカマふぃの相方! これからもカマキリらしく頑張っていこう!
学園でどう頑張っていくか悩んでいた僕に、カマキリへのすばらしい道を教えてくれたカマふぃは、心の恩人なんだよ、ありがとうカマふぃ!」」
いい話だと思えるのだが、どこはかとなくおもしろさが漂うのは何故だろうと、カマキリ2人をまじまじと眺めながら考える静矢であった。
カメラの前で3人そろって眉間に手を当てて、片膝を立てて座っていた。
「考えるカマキリは結婚へのカウントダウンなの!」
意味不明なことを告げる風禰の案であった。おまけといわんばかりに、琥珀の背後から光りが輝き、3人の輪郭が光によってはっきり映し出される。
「せっかくの記念撮影は豪華に煌びやかに!」
そしてパシャリという音。
「しかしこのポーズで3人でとは……まるでダンス途中に撮影された一コマみたいな光景だな」
ポーズを解いてから放った静矢の言葉で、風禰と琥珀がそろって踊り出す――と言っても踊ると呼ぶより、カマキリの構えで腕を上下に振っているだけなのだが。
元気な2人の背中を軽く押して、料理がセットされたテーブルの椅子に座らせると、琥珀が感嘆の声を漏らした。
「この料理、おいしそうだねぇ」
静矢自身も席についてから3人そろっての、いただきます。まずは静矢が一口。
「ふむ、なかなかに美味しい料理だな」
「いとをかし、なの」
おくゆかしく、しずしずと料理を口に運ぶ風禰だが、その言葉は明らかに適切ではなかった。それに気づいていた静矢ではあるのだが、やはりこれも口を挟むべきではないだろうと、黙って料理を口に運ぶのであった。
コース料理を次々と堪能し、デザートも終わったというところで、風禰がきょとんとしていた。次に運ばれる料理がなさそうな気配を感じ取ると、フォークを手に持ったままテーブルをドンと叩く。
「カマキリをモチーフにしたケーキはないなの?!」
無茶ぶりだ――そう誰もが思ってしまうところだが、デザートが終わった後でつらっと給仕が運んできたのは、カマキリ飴細工のデコレーションが乗ったケーキだった。
これには無茶ぶった風禰と静矢が、まさかという顔をしていたのだが、琥珀だけが得意げな含み笑いを漏らす。
「カマキリ祝いにはカマキリケーキがないとね! 朝からお手伝いしながら、頼んでおいたよ!」
男にドレスを着せるのを手伝ったり、カメラマンをしたりと、このために今日の琥珀は頑張っていた。風禰が感激のあまり席を降りてカマキリダンスを始めると、琥珀ももちろん続く。
「ふふふ……相変わらず2人とも、見ていて飽きないねぇ」
柔らかく笑う、静矢。
ケーキもなくなってしまえば、催しもこれで終了――と、琥珀が大きな音を立てて席を立った。
「さぁーせっかくだから目一杯楽しまなきゃね! 一番の人の言うことを聞くってことで、カマァー!」
気合いをいれて琥珀が走り出そうとしたとき、風禰は被り物を琥珀に被せて出入り口まで全力疾走。言い出しっぺで誰よりも有利だった琥珀が妨害で一拍遅れ、全力疾走。
理解というか、ノリに遅れた静矢も立ち上がると、バージンロードを逆走するのであった――
「楽しかったなの! 結婚はあまりよく分からないけど、カマキリとしてバージンロードを行進できたから、それなりに楽しかったなの!」
「まぁ、まだカマふぃには結婚とかは早かったかねぇ。きさカマもこれから大変だねぇ……まぁ頑張ってくれ」
微笑む静矢が琥珀の方に手を置く。
「さってー、カマふぃの言うことを聞くなの!」
競争の勝者はぐへへと笑い、静矢は「今日の主役だしな」と言い、琥珀も「なんでもどんと!」と、2人とも覚悟は決まっている顔をしていた。
潔い2人を前に風禰は破顔すると、2人の間に飛びこんで腕を組む。
2人の顔を交互に見上げ、そしてこう言った。
「スキップして、帰ろうなの!」
夕陽に伸びる2つのカマキリと人の影。それは何処までも何処までも長く、ずっとくっついているのであった――
【チャリティー】記念ブライダル 終
執筆:楠原 日野