●
日没迫り、夕焼けが染める河原。肌寒い秋風がそよぐ中、撃退士たちを待ち構えて佇むペンギン型のサーバント。どうにもシュールな光景ではある。
「これは‥‥本当にペンギンさんにそっくりですわね」
「なんだか、あの外見ですと気が抜けそうになりますね‥‥」
土手を降りながら呟くクリスティーナ アップルトン(
ja9941)に、後ろ髪の一房を指先で弄りつつ鑑夜 翠月(
jb0681)が応じる。
「このペンギンさん、当然、川を泳いできたんです‥‥よね? ペンギンさんって、淡水でも大丈夫なんでしょうか‥‥?」
「鳥類なので、海水淡水の別はなく大丈夫らしいです」
水葉さくら(
ja9860)の問いに生真面目に答えるは、アーマースーツに身を包んだ純白のエリクシア(
jb0749)。
「ペンギンさん、こんな所で暑くはないんでしょうか‥‥」
「いや、あのな、そもそもあいつサーバントだからな?」
さくらの二度目の発言に思わず突っ込みを入れてしまったのはアナスタシア・チェルノボグ(
jb1102)。ロシアの魔法使いの家系なのに現在のジョブは陰陽師、美少女なのに口調はがさつな男言葉、しかも主武器はアサルトライフルによる物理攻撃と、自身が突っ込みどころ満載な彼女をしても放置できない天然ぶり。
そんな軽口を叩き合いながらも、相手が一対一で撃退士を軽々と戦闘不能に追いやった強敵であることを忘れる者などいない。
「速くて堅い相手か、厄介ね。突破口でもあればいいんだけど」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)の言葉は、全員を代弁していた。救援要請に応じて駆けつけたものの、一行は相手の弱点を見出せていない。
素早い上に、攻撃を当てても弾く硬さ。こちらへの攻撃力も高い。一見完璧。
だが、そんな都合のいい話などあるまい。どこかに何か弱点はあるはずなのだ。
「そこのペンギン! あたいが来たからにはもう自由にさせないわ!」
可愛らしい姿にも何ら動じぬ雪室 チルル(
ja0220)が、堂々宣言し。
「最悪、敵の撤退までが作戦の目標ですが、逃がさずここで撃破しましょう」
エリクシアが決意を述べ。
「久遠ヶ原の毒りんご姉妹、クリスティーナ・アップルトンが華麗に登場ですわ」
クリスティーナがいつもの口上を述べつつ光纏、阻霊符を発動。
戦いが始まった。
●
七人はペンギンを三方から囲んで位置取った。正面にさくらとチルル、フローラ。右後方にクリスティーナとアナスタシア、左後方にエリクシアと翠月。それぞれ誤射の恐れがないポジションだ。
「え、えと‥‥た、短足さん、ですぅ〜!」
正面班のさくらがまずは挑発。人を嫌うことなど無縁な彼女の拙い悪口はともかく、スキル自体は効果をきちんと発揮してペンギンが彼女に視線を固定する。
と、瞬時に間合いを詰めて翼で斬りかかってきた!
「速えな!」
アナスタシアが思わずこぼす。事前に話は聞いていても、目の当たりにすると予想を超えてさらに速い。
それでも、心の準備ができているさくらが対応しきれないほどではなかった。リブラシールドを構え、受ける。
「これくらいなら、大丈夫、です」
完璧に防げるわけではなく、わずかながら傷は負う。しかし無視してよいレベル。
「行くわよ!」
正面からチルルが大剣でいの一番に斬り込み、フローラも杖を振るう。
右からも同時に、クリスティーナがキャノンナックルから拳状のアウルを撃ち出し、アナスタシアがアウルの銃弾を連射する。
サーバントはそのすべてをかわしきってみせたが、そこまでは想定の内。
回避した先を狙い、左からエリクシアが突撃銃で狙い、翠月が魔導書を用い呪文を放つ。
だが。
それらも残らず回避されてしまった。
「‥‥凄くすばしっこいですね」
翠月が改めて噛みしめるように言う。
「動きは単調だ、見極めろ、俺たちならやれる!」
自身にも言い聞かせるように、アナスタシアが獅子吼した。
●
「回りくどい手を取るものだな。まだわかっていないということか」
川の対岸、少年が戦闘を眺めながら隣の友人へ話しかける。
「戦闘経験の浅い者が多めだね。だが‥‥」
一方の青年は、楽しげに笑った。
「見る見る動きが良くなっている」
「ゴーストバレット‥‥当たりました!」
数度目の連携、翠月の魔法攻撃がペンギンをついに捉えた。
「魔法攻撃には弱いってわけじゃなさそうね!」
ダメージを受けても装甲が防いだか平然とした様子のペンギンを見て、場合によっては魔法攻撃用の装備に切り替えるつもりだったチルルはフランベルジェを握り直す。
「ならば、愚直に当て続けていくしかないようですね。翠月さんのゴースレバレットも私のストライクショットも切れましたし、ここからはクリステイーナさんたちの班が追撃ということでお願いします」
エリクシアが銃を構える。
「こ、こっちへ来るですぅ!」
さくらがすでに三度目となるタウントを使う。惹きつけつつ敵の弱点を探るが、まだわからない。
そこへ突っ込むサーバント。だが、それまでの翼による斬撃とは違い、それは嘴による突撃!
シールドを弾き、さくらの腹部へ嘴が突き刺さる。
「水葉さん!!」
「わ、私は、まだ大丈夫です」
翠月が叫ぶが、さくらはきっぱりと言い、嘴を掴もうとすらする。ある意味今は、動きが封じられている好機。だが一手遅く、その手をすり抜けた敵は機敏な動きを取り戻す。
「あーもう! ちょこまかと逃げるんじゃないわ!」
チルルが、フローラが、エリクシアが、翠月が攻める。
俊敏にかわすペンギン。だがその動きはすでに把握されつつあった。
「タン、タタン…タン」
ずっと冷静に動きを見ていたアナスタシアは、指先でリズムを刻む。
「タッタタン…」
あたかも楽譜を読むように。
「Такие сроки!(このタイミング!)」
アウルの銃弾が、ペンギンを撃つ。その軽い身が空中に吹き飛ぶ。
「まだまだ、続きですわ!」
クリスティーナが追撃をかける。空中ではかわしようもなく、コンパクトに振り抜いた拳から発したアウルがペンギンを捉える。
地面に倒れ、しかし簡単に起き上がるペンギンは相も変わらずの無表情。動きにも変化はない。
「当てるには当ててもこの装甲の硬さ‥‥疲れますわね」
「それでも、今は二連続で当てられました。重力無視の無限機動をおこなうような相手でない以上、今後も隙はあります」
エリクシアがクリスティーナの苛立ちを抑えるように冷静に述べる。
「私たちは連携を取って戦っています、この強みを活かせばきっと勝てるはずです」
まだペンギンへのタウントは有効で、傷を押さえているさくらに向かってくる。
盾を構えようとしたさくらを制し、チルルが前に出た。
「交代よ、氷盾!」
フランベルジェを中心に氷結晶の盾が生じる。嘴は貫いてくるが、その勢いは大ダメージには程遠い。
「さて、上手くコントロールできるようにがんばらないとね」
チルルへ攻撃を仕掛けた瞬間を狙い、フローラが襲う。対応力は高く容易にかわされるが、そこは承知の上。敵の回避方向を制限し、続く仲間の攻撃を当てやすくするための攻撃。
「好き勝手に動かさせはしないわよ。後に繋げないとならないからね」
「こちらも参ります」
「はいっ」
エリクシアと翠月がそれに倣う。有効なスキルはもはやなく単なる通常攻撃だが、ペンギンの回避を意図した方向へ導くには充分。
そして待ち構えるのはボクシングのごときファイティングポーズをとるクリスティーナ。
「ジャブを制する者は世界を制しますわ!」
「いや、あんた別にジャブで制するタイプの世界は目指してないよな?!」
アサルトライフルを構えつつもクリスティーナに突っ込みを入れざるを得ないアナスタシア。何となく自分と似た匂いを感じていたのだが、そんな彼女も隙あらばボケる類の人間であるようだ。
「ワン・ツー!」
肘を脇の下から離さぬ心構えでえぐり込む様に連打。そのうち一撃がサーバントをのけぞらせる。
アナスタシアが同時に撃つが、こちらはかわされた。
「動くんじゃねえよ! 弾が外れるだろ!」
●
「びっくりするくらい良く当てる。いい連携だねえ」
「だが、当てるだけでは勝てまいよ」
青年の言葉に少年がむしろ顔をしかめる。「開発者」なのに、彼はサーバントへの思い入れというものがほとんどない。
「こちらは攻めきれず、あちらも倒しきれず。この調子だと引き分けっぽいね」
西に目を向けると、太陽は地平線へ今にもかかりそうになっている。
「もうすぐ時間だ」
すでにタウントは効果が切れ、側面班にも攻撃は向かいつつある。それぞれ前衛に立つクリスティーナがシールドで、エリクシアが急所外しで対応しているが、危険水域に達しつつある。
どうにか陣形を仕切り直した今回は、久しぶりに正面班へ攻撃が来た。
「ここは私が行くわ。って、やっぱりきついわね‥‥!」
嘴の連打が重なり、一行の中では特にタフなチルルもちょっと危ないことになっている。代わりにフローラが前に出て攻撃を受け、乾坤網でダメージを軽減した。
「あたいを本気にさせたわね! もう容赦しないわ!」
なかなか当たらず、それでも先ほど連携の中で一太刀食らわせたチルルだが、当てることを最優先した剣は装甲の硬さを突き抜けるには至らない。
イライラしながらチルルは脚を狙って機動力を削ごうとするものの、ペンギンの短い脚は部位破壊を簡単に許すものではなかった。
「それにしても、弱点は何なのかしら」
さっきチルルに斬りつけられて宙に浮いた時に、フローラは横からの攻撃ではダメージを与えにくいのかもと推測して上から叩きつけてみた。だがダメージとしては大差なかったようだ。
「あ、当たってください〜」
さくらが射程の長い魔法の鞭・ダイヤモンドダストで攻撃するが、当たらない。
翠月が当てられず、エリクシアの銃撃は当たったものの相変わらず軽微なダメージという印象。
背後に位置したアナスタシアが陰陽道の技・吸魂符をアレンジしたルーンヌイ・スヴェートを発動する。
「月光の槍よ‥‥敵を射貫け!」
しかしそれすらも、直撃する寸前でかわされてしまった。
「鳥目と言いますし、暗くなったらあまり見えなくなったりするのかしら‥‥」
自身も攻撃をかわされたクリスティーナが呟く。
と、それに答えるように、ペンギンが動いた。
陽が暮れたら帰りますよ。
そう言わんばかりに。
敵である七人を無視し、背を向け、川へ向かってとことこと、のんびり歩く。
あまりに予想外の行動に、一瞬固まる一同。
だがそれは紛れもない好機。
すぐさま攻撃に転じる七人の中、一番行動が早かったのはさくらだった。
「まだ終わりじゃない、です!」
傷をおして、しかし精緻な鞭の一撃が放たれ、サーバントの背を打つ!
それもまた、装甲を貫くほどではない軽い攻撃。
けれども。
「‥‥あら?」
動きの止まった敵にクリスティーナが不審の声を上げ。
ペンギン型の奉仕種族はその場にくったりと倒れ伏した。
あまりに拍子抜けの幕切れに言葉を失う一行の中、フローラが口を開く。
「もしかして、こいつの弱点って‥‥」
●
「生命力、さすがに低すぎたかな?」
対岸で青年が肩を竦めた。
相手の攻撃が当たってしまえば、防御力が高かろうとダメージは微量ながら蓄積していく。普通のサーバントなら無視できる損傷でも、生命力を低くする代わりに他の能力を高めた今回のサーバントには致命的だった。
「かわせれば良かったんだがあんなに当てられるとはね。少し見込みが甘かった」
少年が別方向からも指摘する。
「まあ、撃退士相手だからこれだけ粘れたとも言えるがな。下級ディアボロには却って倒されやすかろうよ」
「そりゃまたどうして?」
「あの嘴の一突きを、一体がわざと食らいそのまま抱え込む。別の一体がそいつもろとも、装甲を貫けるような渾身の一撃をぶち当てる。それで終わりだ」
「なるほど、となると使いどころが見つからないな。じゃあやっぱり失敗だったということで、また次のを考えないとねえ」
青年は簡単に言ってのけた。
「いや、改良すればそれなりに使えると思うぞ?」
「そういうの、面倒でね。君が作りたいならどうぞご自由に」
「我はその手の才はないのだがな。真似てももっと凡庸なものにしかならない」
ぼやきながら少年は歩き出す。
「あれ、何か用事でも?」
「神器の件だ。メラクにも招集はかかっているだろう?」
メラクと呼ばれた青年はどうでもいいとばかりに首を振る。
「ああ、あれね。僕は行かないよ。そんな暇があるなら次の技術開発だ」
「だろうな。お前を指揮系統に組み込んで喜ぶ奇特な上官もあるまいし、妥当な判断だ」
●
「エネミー、ダウン。クリア、ですね」
サーバントが活動を完全に停止したことを確認し、エリクシアが皆に告げる。
「何はともあれ‥‥皆さん、お疲れさまでした」
翠月が仲間を見回して礼儀正しく一礼。
「どうだ! あたいたちの勝利よ!」
スキルで負傷を自力回復したチルルが、地に突っ伏したペンギンに勝利のポーズをしてみせる。
「‥‥でもなんでこんなのが出たんだろう?」
「そうですね‥‥こんなところに、しかも一体だけ」
チルルと翠月が鏡合わせのように小首を傾げる。
「ゲートなどがあるわけでもありませんし‥‥何の目的だったのでしょう」
周辺を念のために捜索したクリスティーナも疑問を呈す。
「この辺は天魔どちらの勢力圏からも離れてるわ。破壊活動目的でもなかったようだし、強いて推測すれば、撃退士たちとの戦闘が狙いとか? それにしても撃退士を殺すことが目標でもなかったようだし‥‥例えるなら新型機の実戦テスト?」
フローラは首を捻る。
囮として序盤の攻撃を一手に引き受けていたさくらに、アナスタシアが声をかけた。
「さくら、大丈夫か? 早く病院に行こうぜ」
「ご、ご心配おかけしてすみません‥‥」
この期に及んで控えめな少女を支えながら、仲間たちに後を託してアナスタシアは歩き出す。
夕焼けが夕闇に変わりゆく中、今回の戦闘について考える。貢献はできたと自負するが、反省点も多い。
少女はそっと雪だるまの髪飾りに手に当てて。
「お姉ちゃん、もっと強くなるからね‥‥」
誰にも聞こえぬよう、心の中で呟いた。