●撮影終了
「カーット! オーケー。すごい迫力だったよ。最終カットも頑張っていこう!」
撮影シーンOKを告げる監督の声が現場に響き渡り、演者たちはほっと一息つく。
八部衆の撮影はもう終盤。順調に進みわずかなカットを残すのみとなっていた。
「いやー、実戦で鍛えられた方はやっぱり違いますね。最終決戦が肩すかしにならないよう力も入るってもんです!」
今のシーンでもCG不使用であるにもかかわらず、撃退士同士の対決のように本物以上の迫力で悪役を演じきった天風 静流(
ja0373)には主役の青年から賛辞が送られていた。
「いや、君の演技も大したものだよ。私の悪役が上手くやれていたのなら光栄だ」
表情を乱さず、凛とした雰囲気のまま返答する静流。
セットの原型をとどめないほどの状況とは違い、撮影を終えた彼女の雰囲気は撮影前と何ら変わることはない。
「あ、血が‥‥」
「すぐ治るさ。撮影を済ませよう」
唇の血を拭おうとして、演出になるかとそのままにした。
「お疲れさまでした!」
ついに八人全員の出番が完了。残って見物していた面々に、監督が安堵の面持ちで笑いかける。
「最初は少し不安だったんだがな。美男美女揃いだし子供はいるし」
「あら監督さん、お上手ねえ」
青木 凛子(
ja5657)の服装はクイーンに扮した撮影時のままで、全身タイトな黒レザースーツに編み上げロングブーツはピンヒール。鞭を弄ぶ仕草も堂に入っている。
「でもほんと、みんないい男だし可愛いわよね、特にカーディスちゃん」
「ど、どうも‥‥」
彼女に仕える門番役だったカーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、気圧されている。
「色々提案しちゃいましたけど、よかったんでしょうか?」
番長の妹を演じた微風(
ja8893)が、隣の脚本家にそっと問う。
「脚本的にはぐっと良くなりましたよ。四天王さんは典型的な悪役ですからあまり筋立ては複雑にならないんです。今回は、脚本の弄り甲斐がありました」
狂える医者を演じていた藤沢薊(
ja8947)は、監督に賞賛されている。
「その年であんなイカれた演技ができるのは大したもんだなあ」
「‥‥別に、いつも通りだし」
そっぽを向くが、照れて顔は真っ赤だ。
「あたしの役、ありがちだったかな? わかりやすさを狙ったんだけど」
「いいんじゃねェか? どいつもこいつも濃かったら、のっぺりしちまうさ」
小首を傾げる魔女役のソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)に、御巫 螺閃(みこなぎ らせん)役の法水 写楽(
ja0581)がキレ良く返した。
「ああ、天河さん」
男装の少女アマカワを演じていた天河アシュリ(
ja0397)へ、監督が声をかけた。
「都合よければもう少し撮影に参加してくれないか?」
後日、映画はコンペで大賞を受賞。八人は記念上映会とその後の授賞式に招待された。
上映は進み、ついに八人の出番になる。
●塔の下と上
その塔は学園の校舎裏にあった。おどろおどろしく邪悪な塔だ。
空には暗雲が立ち込め雷鳴が轟く。嵐は近い。
「面白くなりそうだ」
だが黒い学ランを着たタフガイは笑顔を浮かべ、棍を携え敵地へ単身乗り込む。
その背後には、雑魚が無数に折り重なって倒れていた。
「行け」
モニターを見ていた番長が、背後の八人に命じた。
「ま、俺ンとこで止めてやるさ」
着崩した和服にブーツ、禍々しい長刀を持つ御巫螺閃が笑んだ。
「あーあ、今日で螺閃とはお別れかぁ。ま、エンバーミングくらいはしてやるよぉ。侵入者ぶち殺した後でねぇ」
血塗れの白衣をまとった狂える医者が、甲高い声で笑う。
「抜かしやがれ。俺に勝つンなら、てめェの小手先芸だって通用しねェだろよ」
二人の口喧嘩など我関せずと、八部衆最強の女はロングコートを羽織る。黒が基調のローブとドレスをまとう魔女も、同様に無視。
「アマカワさん、どうかしました?」
お団子頭に学ラン姿のアマカワの顔色が悪い。銀髪に白い着物、刀も白鞘白柄と、白一色の少女が声をかける。
「いえ、何でも‥‥」
「早く行け」
七人は動き出す。だが一人、首輪を嵌めた執事姿の門番だけは動かない。それを女王が叱った。
「行きなさい。門番がいなくちゃ始まらないわ」
「かしこまりました、お嬢様」
その姿は瞬時に消え去った。
●一階
柱が多く立ち並ぶ部屋の最奥、巨大な門に彫り込まれたケルベロスが周囲を睥睨する。
白手袋に漆黒の大鎌を構えた門番は、柱の陰で気配を殺し、呑気に歩む招かれざる客を待ち構えていた。
「あの先が階段かねえ」
番長などどうでもいい。しかしお嬢様の命令は絶対だ。ならば仮初の門番役も愚直に務めあげるだけ。相手に恨みがなかろうと。
「貴様を通すわけにはいかない」
「うわっ?!」
「闇よ、覆い尽くせ」
現れた門番は無表情な中にも瞳に殺気を込め、大鎌を振るう。視界を奪う霞が敵を覆う。
「くっ」
それしきで倒せるなどと侮ってはいない。柱を高速で飛び移り、手裏剣を四方から投げつける。急所を守っても、手足さえ封じればそこまで。
「よっ、ほっ!」
勘頼りだろうに、すべてを棍で叩き落とされた。予想外だったが、体勢の崩れた今が攻め時!
「黄泉路を辿れ‥‥!」
鎌に纏わる緑の炎。必殺の斬撃は、しかし今度も凌がれる。
返す一撃で首筋を襲う棍。かわしたものの、首輪を掠めた。
お嬢様から頂いた大切な首輪を。
わずかな時間の、だが致命的な動揺。
「ごふっ‥‥」
腹を打たれ、門番は吐血して崩れ落ちた。
「頼みがある‥‥お嬢様の目を覚まして欲しい」
「お嬢様?」
「七階においでだ。番長さえ倒せばきっと‥‥詮ないことを言ったな、気にするな」
力尽きた門番に、タフガイは頭をかく。
「頼みとあれば断れないが、それってお嬢様を先に倒すことに‥‥ま、いいか」
●二階
「こんな形で、会いたくなかった‥‥」
現れた侵入者を見て、アマカワの胸は締めつけられる。いつもは誇らしい学ランが今は枷のように窮屈、手にした小太刀も重い。凛々しい美少年姿は、今は憂愁に沈んでいた。
映画の序盤、アマカワは少女の姿の時にタフガイと会っていた。殺伐とした学園生活に疲れていた彼女を、彼は優しく慰めてくれたのだ。
それはアマカワにとって懐かしい、人の心の温かさだった。
「引き返してくれ‥‥アンタとは戦いたくない」
「そうもいかん。戦いたくないならどいてくれ」
敵意などあるはずもない。通したい。
だが番長の命令は絶対だ。
「うわああっ!」
すれ違いそうになった時、小太刀で襲いかかった。棍の苦手な短い間合い、アマカワ自身の素早さ、不意打ちめいた攻撃。すべてが合致して、相手を一気に追い詰める!
「く‥‥!」
しかしとどめを刺そうとして、彼と目が合った。こんな時にも温かい眼差し。
小太刀が逸れ、反撃の棍がアマカワを打つ。
倒れた衝撃で髪がほどけ、可憐な少女の姿が露わになる。
「君は?!」
驚きの声を聞きつつ、意識は闇に沈んだ。
●三階
魔女は黒いアイシャドウを施した目を細め、艶美に敵を誘う。
「私の番ね‥‥さあ、いらっしゃい」
「素人と戦う趣味はないが」
「武術だけが戦いだとでも?」
呪文を唱えた瞬間、敵の周囲に無数の腕が現れ、拘束。
「何?!」
続いて撃ち出す大量の魔法弾が、動けない敵をボロボロにする。
「前言撤回、強いな‥‥だがいつまでも続きはすまい」
拘束が解けたところで前に出ようとするが、それぐらい計算済み。タイミングを合わせた再度の呪文がまた動きを封じ、遠距離からの魔法弾が炸裂して部屋の空気を震わせる。今回も、実に簡単な勝ちパターン。
「そんなのじゃいつまでたっても良い的よ」
だが、魔女は敵を侮っていた。
「はっ!」
拘束が解け、三度目が発動するまでのほんのわずかな隙を突かれた。高速で飛び出すその速さに、呪文が追いつかない!
棍の一突きで全身に痛みが走り、その場に倒れ伏した。
●四階
敵が扉を開けると同時、長刀で襲う。だが棍でいなされ、前転で部屋に飛び込まれた。
「やるねェ」
仕掛けた螺閃は口笛を吹く。
「俺の名は御巫螺閃! 先へ行きたきゃ、俺を倒してからにするんだな!」
派手に見得を切ると、全身を飾る銀細工が音楽的に鳴り響く。
「わかりやすいな、嫌いじゃないぜ!」
「告白は勘弁だ、お前はここで死ぬんだし!」
棍と長刀、長柄の武器が激しく絡み合う。一合、二合、三合、四合!
「死ぬだ殺すだ、お前らは物騒だな。息が詰まらないか?」
足払いをバク転でかわしつつ敵は問う。
「冗談! ここじゃいくらでも戦えるんだ、最高の世界だぜッ! みんな仲良くなんてお花畑とは違うのさ」
「でもお前、番長と戦ったことはないんだろ?」
棍を柄で受けた螺閃の顔が歪む。
「そりゃ、八階のアイツたぁ違うんだ、俺が刃向かっても殺されるのがオチで‥‥」
「一番強い奴らと戦えないって、つまらなくないか?」
「うるせェッ!」
長刀を旋風のごとく振り回す大技。だが、そこには荒さがあった。
棍の先端が狙い澄ましたように螺閃の鳩尾を突き、傾奇者の動きが止まる。
「また喧嘩しようぜ」
倒れて呻く螺閃に言い、敵は去った。
●五階
縛られた幼女が床に転がる。床は埃臭いが、敵に一泡吹かせるにはしかたない。
「助けて、ください‥‥」
「大丈夫か!?」
ヒーロー気取りが助けに来た瞬間、幼女は握ったメスで首を狙う!
「残念〜。失敗しちゃったぁ」
「この塔はバラエティ豊かだな!」
本性を見せた幼子に、紙一重で飛び退いた敵がぼやく。
「螺閃さん、負けちゃったんだぁ。なら、俺がぁ相手だよぉ」
血染めの白衣を着て、右手にメス、左手にピストルを構え、遠近問わずに攻める。幼い容姿にそぐわない、えげつなくも的確な攻撃。狂った笑いが響き渡る。
「番長のところぉ行くよりぃ、実験台のぉ方がぁ楽しいよぉ」
「それは勘弁!」
銃が弾かれ、メスは棍に刺してしまい奪われる。拳で顎先を軽く殴られると、脳が揺れて膝を突いた。
「ガキが背伸びなんかするもんじゃないぞ」
殴り飛ばされないのも諭されるのも、子供扱いの証。
悔しさと恥ずかしさと、よくわからない感情が頂点に達し、睨みつけるのも限界で泣き出した。
「意味わかんなぃ、そんな甘さじゃぁ、番長にはぁ勝てなぃ。負けちゃぇ!!」
●六階
白地に雪柄の小袖に白袴の、銀髪の少女。
彼女はある思いを秘め、侵入者と対峙すると白い刀を抜いた。
「兄の敵は排除します」
「番長の妹か?」
「御神渡(おみわたり)! 北颪!」
下段からの斬り上げと、上段からの斬り下ろし、どちらも機敏にかわされた。やはり見込みはありそうだ。
「初見で回避とは‥‥。ですが我が流派には二段構えもあります。凍て哭き!」
中段平突きからの横薙ぎ。‥‥ちょっと危なかった。事前に言っておいて良かった。
「待て、あんた何で技の解説なんか」
「武器を狙う、垂り雪(しずりゆき)!」
技を繰り返すうちに短時間で見極め、対応する。何という吸収力。
「やはり、貴方こそ‥‥」
感極まって乙女は息を吐く。彼に、託そう。
「奥義です。速度と力のみに注力した抜刀技」
納刀し、無造作なまでの歩法で一息に間合いを詰めた。
「冬帝(とうてい)!」
「兄を‥‥止めてください。虐げられている学園の皆さんを、救ってください」
「喧嘩に助言なんざ不要、と言いたいが‥‥ありがとう」
タフガイが反射的に決めた返し技で倒れた妹。苦しげながらもどこか満足そうな表情だ。
「ただ、同じ流派ですが、兄は私とは別次元に達してます。気を緩めれば即座に首を刎ねられるでしょう‥‥」
●七階
「妹君は甘いのよ‥‥憐憫に心揺らぐから、こんな輩を通す」
革張りの椅子に腰掛け足を組み、女王は敵を待っていた。
「優しさに惑う者など不要! 貴方を倒し、あの御方に相応しいのはわたくしと示して差し上げるわ」
番長の理想に殉じる覚悟の彼女に迷いなどない。髪をなびかせ立ち上がり、長鞭をしならせる!
「‥‥ここが七階?」
「ええ」
「そ、そうか」
なぜか微妙な表情の敵。その足元に女王は鞭を打つ。
「たくさん苛めてあげるわね」
淫靡なまでにポーズを決め、舌なめずりすると妖艶に微笑んだ。
「ほら! 威勢がいいのは口先だけ? もっと優雅に踊ってみせなさい!」
実力主義の番長の元、伊達に七階にはいない。女王は鞭を駆使し敵を攻める。服を裂き、肉を打つ。
しかし、敵もさるもの。
「あッ!」
棍で鞭を絡め取られ、奪われる。肉迫される。悔しさに唇を噛む。
と。
「お嬢様!」
いつ現れたか、吐血の跡も残る門番が女王の前に立ち庇った。
幼い時に構ってやったら、以後忠義を尽くすようになった。
ただの便利な道具の、はず。
「‥‥!」
女王は門番を押しやると、敵の当て身を食らって倒れた。
「一階のあれ、聞こえてたか」
女王の手当てをしつつ、門番は首輪に触れる。
「この首輪を頂き、私はお嬢様の盾となると誓った。‥‥肝心な時に果たせなかったが」
タフガイは微笑んだ。
「お前らどっちも優しいってことさ」
●八階
「‥‥来たか」
最強の女はロングコートを脱ぎ捨てた。
「素手か?」
「武器は無粋だろう?」
「なるほど」
侵入者は棍を投げる。最上階への階段、その脇の壁に棍が刺さった。
「まあ‥‥何だ。死にたくなければ本気でかかってくるといい」
殴る。蹴る。突く。どれもシンプルな基本技。だが基本とは、鍛え抜けば万能ゆえの基本。個々の一撃すべてが必殺の一撃。
二人の動きは舞踏のようで、しかし隙あらば急所とて狙うそれは紛れもない武闘。風切り音が周囲を満たし、壁や床が砕けていく。汗が滴り、呼気が乱れる。
その息詰まる攻防がどれほど続いたか。
「終われ‥‥!」
追い込んで教科書通りのワンツーを、相手は奇抜な動きで回避した!
本来なら王道に劣る邪道。だが基本に囚われては対応不能な動き。
一瞬の迷いが、勝敗を決めた。
女の体が吹き飛び、塔の壁に叩きつけられた。
「‥‥見事」
「私は番長との因縁は特にない。降りかかる火の粉を払っていたらここにいただけでね」
強敵に、口から血を流しつつ女は語る。
「彼のような強固な意志も、君のような熱い理想もない。それが私の敗因だろうか」
「いや、時の運だろ」
「‥‥ふっ」
感慨をあっさり否定され、思わず苦笑。
「君は、どんな未来をもたらすかな」
壁から棍を抜き階段を昇る姿を見ながら、瞼を閉じた。
●喝采
そして映画は最後の死闘を描き、結末へ。
平和と明るさを取り戻した学園を見て微笑むタフガイの横に、少女が立つ。それは女子の制服に身を包んだアマカワ。
「お前が私を変えてくれたのよ」
はにかむ姿は恋する乙女。二人の影が重なり、エンドマーク。
熱のある拍手に包まれ、主役たちに倣い八人も観客に顔を向ける。
助演賞受賞の二人への声が大きい。だが他の六人への声援も、耳を澄ますまでもなくそれぞれはっきり聞こえてくるのだった。