●
「まーたメンドくさいことになってるわねぇ」
クラウディア(
jb7119)がいっそ感心するように言う。前回桐生市へ調査に赴いた時と言い、つくづく変則的な事件に事欠かない。
「流石に、止めないとだね」
呟きつつ、各相手の位置を冷静に判断し始める氷月 はくあ(
ja0811)。
「矜持をなくしたのが彼女ではなく、こちらになるとは‥‥」
雫(
ja1894)は唇を噛む。かつてファズラに伝えた言葉が跳ね返って己を苛む。
「‥‥ろくでもない人間たちもいるものね。先のことを考えるならここで‥‥と言いたいけど、そうするのもまずそうだし」
堕天使のイシュタル(
jb2619)がぽつりと口にする。
「あの撃退庁職員は敵と見なしてよいですね。穣二殿と、麦倉殿とやら、両名の早急な保護が必要でしょう。東に準備してあるはずの車まで連れて行きたいですな」
手早くまとめながらオーデン・ソル・キャドー(
jb2706)は率先して動き出した。
「どなたか撮影をお願いできますか?」
「じゃあ私ね」
知楽 琉命(
jb5410)がスマホを取り出し、クラウディアが手を挙げる。クリフ・ロジャーズ(
jb2560)も自身のスマホの録音機能をオンにする。
「行きましょう」
*
真っ先に動いた穣二は麦倉を背に庇う。続くはオーデン。
「大事な交渉相手に、何をしているのですか? すぐにお止めなさい」
警告を口にしながら、大剣の岸と刀の杉山に躊躇わず封砲!
ディバインナイトには盾で凌がれたが、阿修羅にはかなりの傷を負わせた。
「事前情報と状況証拠よ。恨むなら信頼度ゼロな普段の行いを恨むのね、狂犬ども」
高速召喚の準備を進めつつ撮影しながらクラウディアは相手を挑発する。
(女子供を殺すのが好きなアスヴァンが来るか、悪魔を嫌うダアトか、それとも天界を憎むインフィル? 狙われる心当たりが多すぎて笑えてくるわ)
天界の気を纏う少女は、ひとまず悪魔の翼も広げてみる。
「騎兵隊のお出ましだ。少なくともあんたは助かるよ」
穣二が麦倉に囁いた。
「久遠ヶ原か」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 据え物斬りには飽きてきてたんだ」
「てめえら天使か! 死ね死ね死ね死ね!!」
現場を押さえられ襲われても平然としている職員の中、アサルトライフルを構えた石原が動いた。銃口が捉えたのは、アダム(
jb2614)。
「おれはとっても天使なんだからな! 撃退庁の職員なんてばしばしでおわるんだからな!」
それは狙い通り。身を呈して敵を誘い、穣二や麦倉以外への攻撃の分散を図る。
「死ねやあっ!!!」
ダークショットが襲うが、シールドで身を守る。
「届いた!」
不用意に射程へ踏み込んで来た石原をはくあは逃さない。「螺旋白虹」が放たれる。
命中精度を落とす代わりに実現した神速の三連射は、しかし今回、すべてが吸い込まれるように着弾。
「あぼうぁっ?!」
悲鳴とともに石原を一気に戦闘不能に追いやった。
「阿修羅は死活が厄介よね」
「早く落としておきたいです」
クラウディアに応じ、クリフが敵の群がる中心へ走る。
三人を巻き込んで氷の夜想曲。岸と河本を盾の上から削り、装備の薄かった杉山は何もさせずに気絶させる!
琉命は全力移動で穣二や麦倉と敵との間に入り、傷を負っていた穣二にヒール。
「ありがとうな、助かる」
雫は縮地で穣二たちを南から庇う位置に。
「あいつ等は腐っていても撃退士です。後で難癖をつけられないようにするため、手出しはなさらぬようお願いします」
「元からそのつもりはねえよ。‥‥そのでかい剣、八津華が話していた嬢ちゃんか」
「ファズラにあんな伝言をした以上は、何があっても貴方たちを助けます」
雫は決然として言った。
「彼女は矜持を守り抜いた。なのに私が貴方を見捨てたら、私が彼女に顔向けできません」
イシュタルは河本への距離を詰め、八卦石縛風。
「回復役は率先して叩くのがセオリーというものよね」
「うおおっ! うおっ、うほっ!」
石化するその寸前まで、届かぬとわかっているだろうにハンマーを振り回すこいつが回復役なのか、微妙に疑わしい点はあるが。
「これで半数が戦闘不能です。諦めては?」
「てめえらは殺せなくても、あの一般人殺せば水掛け論に持ち込めるんだ、勝ったつもりになるのは早えよ。蓑田! 荒木! とにかくあいつを狙え!」
岸はクリフをかわして進みつつ、残った鬼道忍軍とダアトへ指示をする。
「ヒャッハー!!」
双剣を構えた蓑田が西側から迫る。琉命が穣二たちを背に盾を構えるが、蓑田が用いるは雷遁・雷死蹴!
「ぐっ!」
直線の電撃が三人を襲う。穣二は麦倉へ届きそうになった攻撃はすべて力づくで防いだが、それでも琉命ともども麻痺に陥ってしまう。
「おら、死ねよ!」
全力移動で北側へ回り込み、大剣を振りかざす岸。
しかしそれを、同じく全力移動で駆けつけたアダムが阻む!
「お前の相手はおれだぞ!」
大剣を受け止めながら、アダムは背後の穣二に話しかける。
「クリフは山下のこと気にしてるんだ。だから守ってやるんだ。べ、べつにファズラのことなんてちっとも気になってないんだからな!」
「お、おお。とにかく、ありがとう」
「悪魔は殺す、ヴァニタスもその仲間も殺す‥‥」
こちらも全力移動で間合いを詰めた荒木。そして南から放つはブラストレイ!
雫が立ちはだかるが、後方への貫通をすべて止めるには至らない。
炎が麦倉を飲み込もうとした寸前、その体がくわえられて猛スピードで振り回され、かろうじて回避に成功した。
「どうにか間に合ったわね」
クラウディアの召喚したストレイシオンが、穣二の東側に立つ。
「はは、牛の次は竜か」
撃退士たちにはよくわからないことを麦倉が呟いた。
クリフは移動して再度氷の夜想曲。岸が落ちて、運良く蓑田は眠らせた。はくあが追撃。
「全力で撃ちます‥‥死なないでくださいね?」
弾丸状のアウルに貫かれ、忍軍はもんどりうって倒れ込んだ。
雫が最後のダアトに近づく。
「お前たちは撃退士なんかじゃない、ただの血に飢えた獣だ!」
冬の夜空を背景に少女のアウルが粉雪のごとく舞い、一撃で荒木は昏倒した。
「意外と呆気なかったわね」
「ですな。まあ、こいつらは闖入者。本番はこの先ですが」
イシュタルにオーデンが同意する。
「命拾いしたわね、狂人ども」
ストレイシオンに麦倉を降ろさせつつ、クラウディアが微笑んだ。
「天使嫌い、か。‥‥わるい天使もいるみたいだけど、そうじゃないやつもいるんだからな‥‥」
「わかり合うって難しいね‥‥」
クリフがアダムの頭を撫でた。
*
「今回はいきなりご迷惑かけてごめんなさいっ! こいつらは撃退庁の職員で‥‥」
頭を下げるはくあに穣二と麦倉は笑う。
「いや、まあ、もし縁のない学生さんが来ても攻撃されるくらいはあるかもと思ってたしな」
「助かったんだから、俺自身は別にいいよ。ただ、山下さんがあんな目に遭わされる謂れはないってことは、出るとこ出て証言するぜ」
今後について麦倉が琉命らと打ち合わせを始める。体の空いた穣二にオーデンが近寄った。話に聞くがんもどきマスクに穣二は少し身構えてしまう。
「赤城山以来、ですね」
「直接お会いするのは二度目でしょうか? そこの眼鏡悪魔に話は何度も聞いてますがね」
紳士的な物言いに穣二が気を緩めたのも束の間。
「がんもどきと厚揚げを、是非、作っていただけませんか? 私、こう見えて、おでんをこよなく愛しているのです! おおっ、ご承諾感謝します! ファズラ嬢を魅了した職人の作る、がんもどき‥‥昆布ダシ? いや、ここはスペシャルにカツオダシという手も。クックックッ‥‥」
前回以上の勢いに圧倒され、軽く肯いたら一気に話が進む。否やはないし、それなりのものは作れると思うが。
「ともかく、あんたたちが来てくれてよかった」
笑いかける穣二に、しかし、クリフの笑みはわずかに硬かった。
●
「一般人の方と、ヴァニタスは‥‥? 謝罪したいのですが」
「学園で準備した車に向かってもらってますよ、もちろん」
「あなたに信が置けるかも、まだ定かではありませんので」
オーデンとイシュタルに返され、連絡を受けて車で駆けつけた小笠原は言葉もない。
「こちらに非がないことはこれが証拠になるかと」
琉命が動画撮影した自身のスマホを突きつける。
「麦倉さんが安全と判断できるなら、撃退庁側に任せてもいいかとわたしは思ったんですが‥‥時間をかけ過ぎて肝心の潜入に失敗しては元も子もありませんよね」
言いながらも、はくあは友好的に接する。穣二へも頭を下げようとしたその姿勢に、今なお地面に転がる六人とはまったく違うものを感じた。
「今回のことは不幸な行き違いだっただけと思います。こちらに撃退庁と争う意思なんてありません」
「‥‥ありがとうございます。こちらも学園と事を構えたくはありません。この者たちや命令を出した者も、査問にはかけられると」
それでもせいぜい「現場の暴走」としてこいつらが捨て駒になり、沢村の失脚までは行かないだろうと思いつつも、小笠原は告げる。彼の好戦的な言動を勇ましいと喜ぶお偉方は、それなりに多い。
「状況によっては助けるより殺す方がよっぽど楽なこともありますよね」
冗談めかし微笑みつつも、はくあは自らのスタンスを告げる。
「でも、わたしは多少危険でも多くを助けたいです‥‥撃退士ですから格好つけたいんです」
撃退庁側へのフォローと職員回収を頼み、小笠原の応諾を得た。
*
「残ってる連中は、俺より少し足が縮こまっちまってるだけなんだ。誰も悪魔の養分になりたいわけじゃない」
数年ぶりの自由を得ながらも、麦倉は懸命にしゃべる。
「だから‥‥学生さん、頼むよ。どうか酷いことにならないよう、うまくやってくれ。無茶な頼みとはわかってるけど」
「全力を尽くします」
雫がきっぱりと肯いた。
「誰かが近づいた気配とかはなかったですよ」
本来は緊急時の人員回収と脱出のために運転手ごと準備されていたバン。夜目で漫画を読んでいた少女は、予想外の展開に驚きつつも、雫たちに説明する。しかし油断はならない。
「エンジンがかかった途端に爆発ってのを見たことがあるから確認しておきましょうか。あなたは降りて、皆は阻霊符切って」
「いやいや! あたしがサーチトラップやりますから」
クラウディアを制して罠を探り、雫たちも不審物などを探すが見つからず。
「その連中が頭おかしくても、さすがにこの車細工する暇まではなかったと‥‥ずっと乗ってたのに怖くなってきちゃった」
エンジンは無事かかる。操縦系統にも問題なし。
「麦倉さんのこと、頼みます」
「任せてください。信頼できる学園生たちがいる詰所まで、安全に送り届けます」
穣二に少女が胸を張り、車を発進させた。
「その後、また戻ってきますね。無血開城の英雄たちを学園へ帰還させるために!」
「もう血は少し流れてるけどね」
遠のく声へ、クラウディアが面白そうに笑った。
満月が皓々と輝き、引き返す道のりは明るい。
ただ、穣二へ話を切り出すクリフの表情は微妙に翳っていた。
「今回の交渉、ファズラさんには話してないんですよね‥‥?」
(くふふ、自分の主を売るなんて。とんだ人形もいたものだわ)
クラウディアは口を挟まず、そっとヴァニタスを観察する。
「あ、ああ」
「となると、穣二さんが手引きをしたとわかったら、ファズラさんはそのことに一番ショックを受けるんじゃないでしょうか?」
穣二ばかりかファズラまで、このはぐれ悪魔は気遣っている。
「ファズラさんは穣二さんを信頼してますし。敵対している側が言うのもなんですが、何の前置きもなくというのは、二人の関係に亀裂が入り何も信じられなくなるのでは‥‥と心配です」
「おれとクリフはなかよしなんだ。なんでもはなすんだぞ」
アダムがぽつりと言って、山下をじっと見つめた。
「ファズラと山下はなかよしじゃ、ないのか‥‥?」
「仲良し‥‥か。主従ってことの方を意識しちまった、とは思う」
あんたらには釈迦に説法かもしれないが、と穣二は話す。
「ヴァニタスは主にエネルギー供給を握られてる。切られてすぐに死ぬわけでもないが、別の悪魔に主になってもらわなければ遠からず死ぬ」
道を進みながら、続ける。
「俺たちがお嬢に交渉を打診して、いきなり二人とも供給断絶になったら、自分らだけが市外へ逃げ延びるのがやっとだったと思う。そこまで行かずに済んだとしても、単独行動をとって学園へ電話するなんて真似はもうできなくなっていたはずだ」
想像は、する。
「それでも敢えてお嬢を信じ降伏を提案、供給を断たれディアボロの大群に二人きりで襲われても凌ぎながら言葉をかけ続けて説得‥‥なんてことをやれば、俺らが主役になれたんだろうが」
何度か八津華と話し合った。どうしてもその一歩は踏み出せなかった。
「だから、あんたたちに来てもらった。対等の立場で彼女と接することができるあんたたちに。最悪の時は俺も八津華も、あんたたちが説得を成功させるまではディアボロからの盾になってみせる」
穣二は足を止め、クリフたちに深々と頭を下げる。
「頼む。生き残ってる人たちを救えるよう、どうか力を貸してくれ。お願いだ」
「‥‥でも最初は、穣二さんが腹を割って話してはどうでしょう」
「そうさせて、もらうよ」
●
小笠原は帰路に就いた。バンの後部座席には、六人の職員が気絶状態で雑に転がる。
車を走らせながら考える。
――罠を疑うのはわかる。が、なぜ確認もせず殺しにかかる?
沢村の人選は最悪すぎた。はくあたちが止めてくれなかったら、どう考えても桐生市の極力平和的な解放は……
「されなくても、構わなかったのか?」
沢村や、彼を勇ましい若武者と可愛がる類の撃退庁上層部、それに撃退庁に声援を送る国民の何割か――彼らが撃退庁にまず求めているのは、打倒天魔だ。
その過程で人間側にどれほど犠牲が出ようと、沢村たちの歩みは止まらない。むしろ「彼らの尊い犠牲を無駄にしてはならない!」と絶叫し、その死者の数を燃料に加え敵への憎悪を煽り、彼らはさらに加速する。
ゆえに。
今回、桐生市が持久戦に突入しても、そのために一万人以上の一般人が全滅したとしても、沢村とそのシンパにとっては、むしろ好都合だったのかも。
「‥‥」
あまりに不快な想像にかぶりを振った時。
「ゲヘヘ、てめえアスヴァンだったよな? 俺たち全員回復してもらおうか」
後部座席から、首筋に刀を突きつけられた。
バックミラーから顔色の悪い杉山が笑う。撃退士なら、この短時間で気絶から回復可能になってもおかしくない。
――拘束しておくべきだった。もしくはいっそ重体になってくれていたら。
今さらの後悔。都合のいい仮定。
「で、桐生市まで引き返せ。大将首で汚名返上だ」
――こいつらの介入前にすべてが終わっていればいいが……難しいか。
小笠原は脅しに屈した。
(続く)