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(私も下手したらこうなってたんだよね)
自身の一撃で簡単に吹き飛ぶディアボロたちを眺めて、八津華は感慨に耽る。ヴァニタスとディアボロ、あるいは今なお生きる人との差を分けたのは、たぶん些細な運。
かぶりを振り、また雷を放った。
*
「ディアボロ対ヴァニタス?!」
目の前の光景に、松永 聖(
ja4988)は驚きを隠せない。
「見事な無双だな‥‥」
派手な立ち回りに感心するのは桝本 侑吾(
ja8758)。
「八津華嬢に加勢しようと思いますが、いかがですか?」
「どちらも敵に回してはこの窮地を脱せない、ということでしょうか」
オーデン・ソル・キャドー(
jb2706)の提案に夏野 雪(
ja6883)が問う。四人が隠れている瓦礫がまだ無事なのは、奇跡とすら言えた。
「悪魔たちが向かった先には翡翠殿たちがいるはずです。彼らの救援も急ぎたいですしね」
「さっきの話を聞いた限りじゃ、あの三流悪魔がもし悪魔のお嬢さんに成り代わったら、桐生市の生き残りがたちまちみんなディアボロにされそうだしな」
「とりあえずは好戦的な方を相手取るわよっ! 何だか気に食わないしね」
侑吾と聖はすぐ賛同し、黙考して雪も肯いた。
「敵の敵は‥‥どちらであろうと構いませんね。交渉はお任せします」
*
「おーい」
「とうっ!」
「あ」
爆弾を炸裂させた直後の八津華に侑吾が声をかけ、少女の真ん前に翼を生やしたオーデンが現れる。翼はともかく、マスクはまだ微妙に慣れない。
「おおっ、これは偶然ですね、八津華嬢ではありませんか」
「お、お久しぶりです」
「ああ、引かないでくださいよ? おでんマスクは私の愛情表現なのです。そう、おでんへの愛は出汁の旨味の如く深いのですよ」
「お、おでん、好きなんですね」
群がる雑魚を雷で蹴散らすが、面識のあるオーデンや侑吾は識別する。オーデンも封砲で雑魚を退治。
「覚えてるかな、って名前教えたっけ? 桝本侑吾」
大剣を振るいながら、八津華の隣に立った侑吾が名乗った。
「この間の礼もあるし、俺たちも手伝うよ」
「お礼のために赤城山まで来て隠れてたの?」
「いたんだからしかたない。俺たちも仕事なんでね」
「ゆっくりお話したいところですが、別の仲間が悪魔と出くわしそうでしてね。すぐ行きたいものの、お嬢さんを残して行くのも気が引けます。早く終わらせるため、少々お手伝いしたいのですよ」
「微妙に恩着せがましいなあ」
ぼやきながらも、敵対の気配はない。侑吾の合図で、聖と雪も合流した。
「べ、別に助けたくて助けるんじゃないんだからねッ!」
聖が髪をなびかせて走り、闘気解放による素早い動きで回避。空飛ぶ敵には交響珠や鎖鎌で挑む。
八津華は思わず訊ねていた。
「ツンデレさん?」
「デ、デレてなんていないし!」
(何だか‥‥敵って気がしないなあ。普通の小学生って感じ)
もしこの子がピンチの時は庇ってしまいそう、そんな風に聖は考える。
「夏野雪。参ります!」
背に盾を負う雪は、ヴァルキリージャベリンや流星で攻撃しつつ回復もこなす。敵の攻撃は魔具のプロスボレーシールドで防御。
「その背中の盾は使わないの?」
「天魔には効かぬので。しかし一族の誇りゆえ持ち歩いています」
「なるほど。かっこいいですね!」
感嘆した様子の八津華はただの一般人のようで、雪は少し調子が狂う。
(‥‥余裕の違いもあるのでしょうね)
回避能力が異様に高い。撃退士たちがかわしきれない攻撃を、見たところ一度も受けていない。
肩を並べて戦いつつ、情報収集にと八津華を観察していた侑吾も密かに舌を巻く。
この雑魚は、回避は楽だし当たっても軽傷。しかし生命力は低めながら、撃退士たちが一撃で倒せるほどではない。
だが八津華の範囲攻撃は、命中すれば必ず落とす。ファズラ製ディアボロに近い技と見当はつくが、瞬殺なので特殊効果までは定かでない。
「おでんさん、そこどいて!」
空へ上昇する八津華に雑魚も続く。追おうとしたオーデンが、声をかけられ退避。
反転した少女の口から咆哮が放たれ、六メートルの立方体エリアに入っていた雑魚が跡形もなく消え失せた。
「妙な展開になりましたが、貴女の力量を知っておくのは無駄ではないでしょう」
オーデンも静かに目を凝らす。
*
残り少ない敵を倒しつつ侑吾が言う。
「終わったら、悪魔のお嬢さんのところに行くんだろ? 同行するよ」
「それは無理。全力で飛ぶから」
「では『ここは俺たちに任せて先に行け』といきましょうか。ただその前に」
オーデンは問うた。
「貴女は何かを考えながら戦っているようですね」
「え?」
「敵をどう縊り殺すか悩んでるのですか? それとも戦う理由、とかでしょうか」
「‥‥前者はなし。理由はファズラさんのため、てのは割り切ってるんだけど」
しばし、言葉を切る。
「小さい頃は撃退士に憧れてたのに、私がやってること、桐生市で生き残ってる人からすればどう見ても悪の手先で‥‥ングッ?!」
侑吾は八津華の口に飴玉を放る。口が塞がり目を丸くする少女に言う。
「今やってることは、桐生市の生き残りを守る行為なんじゃないか?」
何ヴァニタスを励ましてるんだと内心で苦笑しつつ。
●
光信機を通じて、悪魔らの会話はこちらの六人も聞いていた。
ゆえに軽トラ急停止後の動きは早く、すぐ飛び出すと軽トラを庇うようにムカデの前に立つ。
「まァ、邪魔な連中は叩き潰すだけよねェ」
機先を制した黒百合(
ja0422)は得物を持ち替え、問答無用でムカデの頭部ごとニスタリヤを散弾で撃った。
「何だてめえら‥‥痛ェ!?」
物理に弱い悪魔にはいきなり痛いダメージ。
「自分はキイ・ローランド(
jb5908)。君は?」
軽トラは仲間に任せ、年若いディバインナイトはムカデの前に立つと悪魔に訊ねた。
「ああン? 撃退士の小僧なんざに名乗る意味があるか!」
「なるほど、無名な悪魔。語る名もないほど下っ端か」
「ッ、ふざけんな!」
タウントこそ無効だったものの、言葉の挑発は簡単に効く。
軽トラの運転席側にはクリフ・ロジャーズ(
jb2560)、助手席側には翡翠 龍斗(
ja7594)が近寄る。
「あー、クリフさんか」
「何簡単に窓開けてるぞよ!?」
「このままだとあの悪魔にいいようにされそうですし、共同戦線を張りませんか?」
穣二に軽く礼をすると、クリフは話を持ち掛ける。
「人間やはぐれと助け合えと?」
「奴らに追われているお前たちは、主に切り捨てられたのではないか? ならば、互いに生き残るため協力するのは悪い話でないはずだ」
渋るファズラに、龍斗も交渉を図る。
「俺たちを、学園を利用しろ。当面は保護という扱いになろうが、反攻作戦が発令されればお前たちは主の元へ無傷で辿り着けるだろう」
話を聞くうち、ファズラから力が抜ける。この金髪朱眼の優男、ファズラを使い魔か何かと勘違いしているらしい。一地域を預かる准男爵が、飼い主に捨てられたペット扱い!
怒りは湧かない。ニスタリヤの言に続いてのこの扱い、ただ己の矮小さを痛感させられる。
「ここからは、お願いだ」
だから、声の調子が変わったことに驚いた。
「今を生きるために、手を貸してくれ」
龍斗は頭を下げる。そこには相手を尊重する誠実な意思があった。
「ここで下剋上されたら、あなたも桐生市の人たちもただでは済みません。利害は一致してますし、今だけ手を組みましょう」
クリフも真摯に言う。
「ぶっちゃけると。こんなろくでもない横槍と裏切りで、あなたたちを潰されたくないというのもあるんですけどね」
たぶん、本音。逸らしたファズラの視線は穣二と合った。豆腐屋も首を縦に振る。
「‥‥わらわたちは、車を降りるつもりはない」
今もかけ続けている防護魔法が最大の命綱。それを手放せるほど愚かにはなれない。
「いいですよ。代わりにディアボロを召喚してくれませんか。負担なら無理しなくてもいいですが」
「一体ぐらいは造作もない。‥‥彼奴らの攻撃を引き受けて、かわせるかと思う」
荷台に白虎を出現させた。
「強力な援軍だ。手を出すなよ」
龍斗が仲間に声をかけつつ「静動覇陣」を使う。クリフはヘルゴート。
ファズラはニスタリヤの特徴を伝えた。
「これは言わば悪魔との取引かの?」
鍔崎 美薙(
ja0028)は愉快そうに笑う。ファズラらとは何の因縁もないが、今は最善を目指したい。
白虎が気を惹くように敵を襲う。しかし悪魔は癒しの風で自身とムカデの傷を癒やすと空へ、ムカデにはキイを襲わせた。
無数の肢を蠢かして迫る巨大ムカデが牙を剥く。キイの傷は軽いが、朦朧としてしまう。
「ムカデであれば、毒は当然か」
美薙は龍斗に聖なる刻印。
その傍で紅葉 公(
ja2931)はムカデの頭にライトニング。ファズラによればバッドステータスが効かないらしい。真っ向勝負で、折を見て味方との連携を活かすしかないだろう。
「それにしても、どうしてこういう状況になっているのでしょうか」
侵略しに来て仲間割れとはおかしなものだ。
*
「さっきはよくも!」
ニスタリヤが黒百合に火矢を撃つ。しかし狙いは甘い。
「空蝉使うまでもないわねェ」
「お前という悪夢を断つ」
龍斗はムカデの横合いに回り込むと鬼神一閃。ブロウクンナックルが硬い外殻を打ち砕く。頭部を挟み龍斗と反対側に回ったクリフは魔法攻撃。まだ沈みそうにはない。
「飛べば届かないと思ったァ? 残念でしたァ」
「合わせます!」
空へ向けて黒百合が撃ち、公がタイミングを揃えて翼へ狙い澄ましたライトニング! ニスタリヤは散弾の雨に打たれると同時に、翼に電撃を受けて損傷する。
「まとめて潰せ!」
ムカデが長大な図体で撃退士を押し潰しにかかる。まずは隣接する龍斗。
「龍斗さん!」
しかしクリフのナイトアンセムが彼の身を包み、回避!
ムカデは弧を描くように動き次に黒百合を目指すが、これも空蝉いらず。
「さあ、反撃開始といこうか」
回復したキイがヴォーゲンシールドで攻め、美薙はクリフに刻印。
*
「こっちの方が面倒かしらァ」
大鎌に再度持ち替えた黒百合がムカデに放つは「爛れた愚者の御手」。頭部を貫通した直線の一撃は、尾にも当たって吹き飛ばす!
身をくねらせるムカデへ白虎がこれ見よがしに攻撃。そちらへ噛みつきにかかるが、スキル「残像」により完全回避。
「何勝手に動いてやがる!」
空で喚くニスタリヤを、公のライトニングが襲う。反撃の火矢を回避。
スキルの再使用や切り替え。ムカデへ攻撃を重ねるが倒れない。
*
黒百合と龍斗の攻撃が決まり、ムカデの胴がさらに短くなる。ニスタリヤは歯軋りし、地表近くに降りて己と配下を癒やす。
「待ってましたよ」
そこを狙うはクリフのファイアワークス。敵をまとめて焼きにかかる。
「くそったれ!」
悪魔はムカデに、かわしづらそうな相手を襲わせた。公と美薙が胴体の下に潰されて身動きが取れなくなる。キイや白虎が攻撃するがまだムカデは落ちない。
「お嬢、ちっと出ます」
「な?!」
穣二が車から降りると、手の中にバットを出してムカデに詰め寄りぶん殴った。身を震わせると動かなくなる。
「助かりました!」
クリフたちが礼を言いながら二人を救出する。
*
黒百合が悪魔の直下へ移動し射程に収めると、口からアウルを放つ。強烈な威力の「破軍の咆哮」は、手駒を失った悪魔を敗走させるに充分すぎた。
「覚えてやがれ!」
一目散に逃げたいが翼が痛む。回復してからやや上昇。もう一、二発なら食らっても。
そんな思惑は、予想していなかった上空からの一撃に砕かれる。
「いっけえ!!」
全力飛行で合流した八津華。振りかぶった金棒のフルスイングが脳天を直撃し、地表に叩きつけて脱出不能なほどの深い穴を穿つ。
その後は単なる作業だった。
●
「龍斗さま、ご無事で何よりです」
「雪こそ、大きな怪我がなくてよかった」
恋人たちは互いの無事に安堵する。
だが二人の世界に入る前に、龍斗は車の助手席から出ないファズラに提案した。
「学園に来るなら、今回の件を報告し悪い扱いにならないようにする。来なくてもしかたないが‥‥せめて、少しでいい、情報をくれないか?」
「立場もあろうし、今寝返るのは難しいじゃろう」
美薙が口を挟む。
「それでも、そなた等と共闘ができたこと、何よりの成果と思うがの」
美薙の快活な言葉に、准男爵は顔を背けつつも、ぽつりと言った。
「わらわと八津華たちは、県庁への招集には応じん」
自分の問いへの回答と知り、龍斗は頭を下げた。ふと軽トラの文字を見て、さらに話しかける。
「お前豆腐が好きだったりするか?」
「‥‥嫌いではない」
「もし気が変わって学園に来たら、何件か紹介するさ。そちらの親父さんの作るのが好きだというなら強制はしないがね」
「な、何で顔変わってるの‥‥」
「戦闘で汚れましたのでね。紳士のたしなみです」
玉子マスクに替えたオーデンは、がんもどきマスクを弄びながら、穣二とその陰に隠れる八津華に話しかける。
「いつか穣二殿の作ったがんもどきを食べてみたいものですね」
「お、お待ちしてます」
「あの悪魔のお嬢さん絡みは本当に賑やかだ」
やり取りを見て侑吾は苦笑した。
「これからどうします」
クリフがファズラへ窓越しに訊ねた。黙る相手に重ねて問う。
「准男爵ファズラ。あなたも悪魔ならわかっているはずだ。これは何かの間違いではなく、トゥラハウスの故意。あなたは下剋上されても構わないなどと言い捨てる者に、これからも忠義を尽くせますか?」
「非力なわらわを引き立ててくださったのはあの方ぞ。‥‥義理は果たす」
その目はすでに何らかの決意を固めているようだ。
「桐生市は好きですか?」
最後にクリフは訊いた。ファズラがどう思っているか知りたかった。
「うぬは鶏小屋に何かを思うか?」
それを耳に挟んだ聖は気色ばみ、公は沈んだ顔になり、キイはそんなものかと受け流し、黒百合は笑い。
クリフは、なおも見つめ続けて待った。
沈黙の中、ファズラは絞り出すように言った。
「‥‥鶏の鳴き声とでも思わねば、やってられぬ」
それは、とても弱々しい呟き。人を資源と信じて疑わないなら、出るはずのない声音。
准男爵はクリフから顔を背けヴァニタスに呼びかける。
「穣二、八津華、帰るぞよ! まずは飛び地に引き返し、」
ファズラは「大声で」穣二と八津華に以後の行動を語ると去っていった。
*
その夜、桐生市飛び地内にいた大量のディアボロは二手に分かれて動き出した。
一方は、収穫された食材を背負い、桐生市と飛び地に挟まれたみどり市の狭い領域を一気に走り抜け、桐生市に入り込むと飛び地へは帰らない。
前橋市及び伊勢崎市との境界に着いたもう一方は、ただひたすら境界を守った。
まるで、人を悪魔の、悪魔を人の、領域へ攻め込ませぬように。
ディアボロの去った飛び地は、すぐさま適切に対処した撃退士たちが奪還し、領域内にいた大勢の一般人は無事救出された。