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「バイクの集団って‥‥どこのヤンキーだ!?」
「ただのヤンキーなら、この場合はむしろ喜ばしい生存者だがな」
獅堂 武(
jb0906)の驚く声へ、咲村 氷雅(
jb0731)が冷静に言葉を重ねる。今回の目的である情報収集は終わったが、このまま素直に帰してもらえそうにはない。
バイク群の総数は二十から三十ほどか。バイクには何種類か違いがありそうだが、その上に乗る者はみな一様の体格で同じホッケーマスクをかぶる。一糸乱れぬバイク操作と、何より大地に不規則に散らばる瓦礫を無視した動きが、彼らの非人間性を雄弁に語っていた。
「帰還時を狙ってなのか、単なる遭遇戦なのか、どちらなのでしょうね」
雫(
ja1894)の疑問に答えたのは、バイク乗りの奥から聞こえた女の声。
「あはははは! 獲物みーっけ!! こんな早く出くわすなんて思わなかったわぁ!」
「あれはヴァニタス‥‥でしょうかね」
はぐれ悪魔クリフ・ロジャーズ(
jb2560)の語尾はあやふやになる。久遠ヶ原へ来てから遭遇した他のヴァニタスに比べると、どうにも足りない。魔界の常識で考えても、ヴァニタスは悪魔が力を注いで作る片腕のような存在であり、それがアレというのは‥‥。
「でもディアボロにしては無駄に賢すぎるってところね」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)が応じる横で、はぐれ悪魔のクルティナ・L・ネフィシア(
jb6029)がぽつりと言った。
「‥‥逃げる? ‥‥迎え撃つ?」
「人間がバイクと呼ぶものに酷似しているあのディアボロ、足は速そうですね」
堕天使のグレイフィア・フェルネーゼ(
jb6027)の言う通り、バイク集団は見る見る距離を詰めてくる。闇雲に逃げても追いつかれそうだ。
機動力に長けて数の多い敵。自分たちは敵地で深入りし過ぎてしまったのかもと若干の後悔がよぎる。
「こんなところで死ぬわけにはいきませんよね。勝って、みんなで帰ればいいんです!」
レグルス・グラウシード(
ja8064)の明朗快活な声が、一行を鼓舞する。
「何にせよ、足は鈍らせたいですが」
クリフが阻霊符を発動させると、半径五百メートルにわたって天魔の透過能力が阻害される。
と、バイク集団の大半が瓦礫によって転倒した。最後尾から女の悲鳴も聞こえる。
「‥‥突然の事態には弱そうですね」
数十騎の敵に緊張していたグレイフィアの眼差しが、じっとりしたものに変わる。
「あいつら、ひょっとすると大したことないのか?」
アダム(
jb2614)がきょとんと首を傾げた。
「折角だ、少し清掃ボランティアでもしていくか」
氷雅が何でもないことのように言った。
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手短に打ち合わせを済ませると、九人のうち六人が囮班として前へ出た。残る三人を逃がすためではなく、狙いは足止めによる少々の時間稼ぎ。
「遠距離攻撃に気をつけてねー」
囮班のアダムに居残るクリフが話しかける。堕天使のアダムは白い翼を広げて飛翔すると前進した。
「おれは丈夫だから安心しろ! クリフこそ、けがするんじゃないぞ」
「この翼、嫌いではありますが‥‥」
グレイフィアが広げたのは漆黒の翼。風の烙印を自身へ使用しつつ、敵の目を惹くように前へ。クルティナも闇の翼で飛び、敵に向かって右方向に位置取る。
「なんつーか、小学校の時のサッカーみてえだな」
敵の動きを見て、フローラとともに進む武は言った。密集状態で撃退士たちに突き進んでくるバイク軍団。フォワードもバックスもなく、ボールと見れば全員で群がる光景を思い出す。
「あ、意外と射程はあるのね」
先頭のディアボロたちが、バイクを操りつつ片手でボウガンを使いフローラと武を射る。しかし狙いは甘く、フローラは回避。当たってしまった武も傷はごく浅い。
「バイクも武装されてるな。電動ノコギリに、あれは火炎放射器と、銛か?」
やや後方から隠密状態で敵を観察する氷雅が仲間に告げる。
一方、囮班の背後では、瓦礫の多い場所まで静かに後退した三人の罠班が作業に勤しむ。
「伏兵はいないですね」
レグルスが生命探知で周辺を確認、三人で瓦礫を動かす。バイク型がスムーズに移動しにくい地形を作るのだ。
雫はワイヤー武器のクラルテを、それら瓦礫の間に張り巡らせていった。小柄な少女の動きは、まず敵に察知されまい。
クリフもパイオンを張りつつ、仲間たちと接触しかけている敵の群れを眺める。
「‥‥この敵ってファズラさんが作り出したディアボロじゃないよね」
今回の敵は、ただ暴れまくる「だけ」に見える。それはファズラらしくない。
「あれがヴァニタスなら、ちょっと話しかけて情報を得ておきたいな」
「さて、こっちに注目しておいてもらいましょうか‥‥Eisexplosion!」
フローラがさらに前へ出ると、敵群の前方、なるべく多くを巻き込めるように技を放つ。炸裂陣を改良した一撃は、冷気と氷片が乱舞するエリアを生み出して、バイク乗りとバイク、都合五組十体を包み込んだ。
「バイク乗りの方が弱い、か? 片方が欠ければ何もできない欠陥品な上に、能力に偏りがあるとはひどい雑魚だな」
被弾の様子を観察していた氷雅が呆れたように言う。
「おら、食らえ!」
フローラの近くに位置した武が、氷晶霊符でダメージを受けた先頭のバイク乗りに追撃すると倒すことができた。転倒したバイクは何もできずにただ転がっている。
「超天使なアダムだぞー!! 悪魔の手下なんて、余裕でたおしちゃうからなー!」
上空からはアダムが大声で挑発。罠班に敵の気が向かないように空を派手に飛び、弓をバシバシ射る。右から回り込むクルティナも魔法書で遠距離から攻める。
二人に攻撃されたバイク乗りはボウガンで反撃しようとするが、届かないのか悔しさをジェスチャーでアピールした。
接近戦主体の装備であるグレイフィアは、今回は距離を縮めるに留まる。
そしてフローラに痛めつけられたバイク乗り四体は、Uターンして逃げ出そうとし、前進しようとする後続と睨み合う形になる。
「ちょっとダメージ入ったくらいで逃げるんですかぁ? 弱虫さんにはお仕置きですよお」
最後尾のペストマスクをかぶった女が指示すると、四体の周囲にいた別のバイク乗りが鉄パイプや銛で攻撃を開始、四体は簡単に倒れる。
「あの督戦隊気取り、アホなのはしゃべり方だけじゃなさそうだな。こちらとしては手負いで逃がす方が嫌だったんだが、向こうで後始末をしてくれるとは――」
「あははぁ、ディアボロが死ぬのって一番好きですよお。タフだからなかなか死にきらなくて、足がピクピクするところなんか、殺虫剤半端に浴びたゴキブリみたい♪」
「ただの殺戮狂か」
聞こえてきた声に、氷雅は思わずこめかみを押さえた。
「しかし、ここは狙い目か。魔剣の乱舞、どこまで耐えられるか見せてもらおう」
観察に徹していた自身も前に踏み込み、敵群中央やや後方に放つは「魔剣流星」! 黄金の刀剣が無数に生み出され、広範囲に渡って荒れ狂い、ディアボロたちを蹂躙する!
倒しきるには至らない、しかしディアボロに逃走を促すほどには強烈な一撃。
「へー、撃退士って強いんですねえ」
女が他のディアボロを動かして、逃げようとする連中を滅ぼす。火炎放射器が火を吐いて三体の敵を一度に燃やし、射出された銛が弱っていたバイク乗りの腹を貫く。
そして女自身も、掌から光弾を打ち出して一体始末する。射程は長い。
気づけば、バイク乗り型ディアボロは早くも半数を割り込んでいた。
「ひょっとして、俺たちだけで倒せるか?」
小声で呟く武にフローラが応じる。
「どうかしら。散開が始まってるから、この場で範囲攻撃はもう効果的じゃないし」
乗り手を失ったバイク型ディアボロを避け、生き残りは密集をやめつつある。
「‥‥下手に倒し過ぎると‥‥逃げられる‥‥可能性も‥‥」
「最後は一網打尽が望ましいですね」
クルティナとグレイフィアが言葉を交わす。
囮班はしばし遅滞戦闘を展開。
そしてついに、氷雅の懐の光信機が震えた。
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氷雅が眼前の敵に「幻蝶・銀」を使う。
銀の蝶が大量に舞い、打撃とともにディアボロの動きを鈍らせるが、本来それは単体の敵には使わない、複数の敵に用いるのが効率的な技。敵が経験豊富なら、技の知識がなくとも何かしら不審には感じたろう。
だがこのヴァニタス、一般人を追い回す経験はあっても撃退士とは初顔合わせ。
「む、むぐぅ‥‥! 悪魔は案外つよかったか‥‥にげるぞー!」
銀を見た直後、しばらく前にボウガンで射られた傷を今になって押さえ、アダムが撤退を始める。
クルティナが武を、グレイフィアがフローラを抱えて上昇し、元来た道を全力で引き返す。それはいかにも敗走の風情。
「あれれれー? 逃げるなら追いかけますよぉ?」
ヴァニタスは簡単に引っかかり、ディアボロを押し立てて一団となり追走する。ハイドアンドシークを使った氷雅には気づきもしないで横を通り過ぎる。
「‥‥来なさい。貴方達の最後の走りなのですから思う存分走ればいいと思いますよ?」
グレイフィアが冷たく笑った。
上空の天魔たちを追って、ディアボロたちは瓦礫の多いエリアに差しかかる。ずっと発動している阻霊符と、積み上げられたような瓦礫によって、ディアボロたちの進路は制限される。
と、先頭を走っていたバイク乗りの首が飛んだ。
雫が張り巡らせ、寸前に活性化させたクラルテ。視認しづらいそれが首の高さに出現し、手負いのディアボロには致命の一撃となる。
その傍では、クリフのパイオンが他のバイクを転倒させていた。進軍が止まる。
「仕掛けます! 巻き込まれないよう注意を!」
物陰に隠れていたレグルスが叫び、飛び出す。タイミングは万全、念のための声掛けも不要だったほど。
「僕の力よ、邪悪なる者を砕く流星群になれッ!」
コメットが発動、流星の雨がほとんどすべての生き残っていたバイク乗りに降り注ぐ!
「反撃開始だぜ!」
「‥‥ここからはずっと‥‥クルティナたちのターン‥‥」
逃げようとしたバイク乗りを、武が鉄数珠で絡め取る。クルティナがサンダーブレードで麻痺させる。
アダムがフェイルノートで射掛け、グレイフィアもワイヤー武器のアイトラで足止めを図る。
最初三十騎いたバイク乗りディアボロは、ほぼ壊滅寸前まで追い込まれた。
「あはあ、これはよろしくないですねぇ」
ここまで来てようやく自らの不利と危険を悟ったヴァニタスは逃げようとUターンを試みる。
「ひぎぃっ?!」
と、背後から蝶の乱舞に襲われた。
「青森では満足に暴れられなかったが‥‥こっちはこっちで、気が抜けるほどぬるいな」
後を追うようにやって来た氷雅が立ちはだかる。
「重圧ってやつですかあ、でも私には効きませんし、この程度でバイクの動きが鈍ると思ったら――」
「Eissand!」
フローラが、ヴァニタスの乗るバイク型を石化させて動きを完全に封じた。
クリフは少し慌ててヴァニタスに接触する。何か聞き出す前に倒されてしまいそうな勢いだ。
「見たことない方ですね? あまり有名じゃない悪魔がここを任されたのかな?」
「あなた、はぐれ悪魔ですかぁ? そですねー、ウビストヴォ様って言ってもご存知ないですよね」
挑発を試みたのに、素直に返された。
「知らないですが‥‥あの、どんな方なんですか?」
「人間が想像する、邪悪で残酷な悪魔のイメージそのまんまですねえ。トゥラハウス様とかいう上司にはペコペコしてるから、悪魔の中では全然強くないみたいですけど」
水を向けると意外なまでにペラペラしゃべる。
「私、元は幼稚園の先生だったんですよお。自分で言うのも何ですけど、子供に好かれる優しい先生。なのに気づいたらヴァニタスなんかにされて、生き物殺すのが大好きなんて性癖植えつけられちゃいましたぁ」
「‥‥」
「もう何人殺したのやら自分でも覚えてなくて‥‥たまに人間の時の感覚思い出すと狂いそうになりますけど、でも殺されるまでやめないんだろーなーって自覚もあって」
バイクから降り、包囲が狭まる中で両手を上げて進み出て。
「こんなになっても、やっぱり死にたくないんですよねー」
乗り手のないバイク型に手をかけると、瞬時に引き起こして飛び乗り、急発進! 多少の被弾はものともせず、少し油断していた一行の虚を突き、包囲の薄いポイントを的確に見抜いて脱出する。
「しまっ‥‥」
「追います」
ディアボロの掃討にかかっていた雫が、生き残りの首に大剣を突きつける。
「選びなさい。私にこの場で倒されるか、私を乗せてヴァニタスを追うかを」
ヴァニタスは全速力で逃げる。しかしそれを追うバイクが一台。
「わ、私より速い?!」
バイクの性能に差はない。だが雫はバイクに縮地を用いて差を縮めていく。
ついに追い抜くと、雫は無理矢理方向転換。バイクを正面からぶつけて潰し合わせようとした。
「し、死ねえっ!!」
ヴァニタスが銛を発射する。バイク乗りディアボロの胴体を貫くが、その背後の雫は直前にヴァニタスへ飛び掛かっていた。
荒死による、フランベルジェの六連攻撃!
しかし、ヴァニタスは魔法攻撃で一撃を相殺、バイクを巧みに操ると三撃まで肩代わりさせる。木端微塵になったバイクを突き抜けて、直撃したのは二撃。
銀のダメージなどもあったものの、微妙に届かなかった。
無事に着地し身構えるが、反動ですぐには動けない雫。傷だらけのヴァニタスはそれを無視し、雫の乗ってきたバイクを奪うと這う這うの体で逃げていった。
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雫が迎えに来たグレイフィアとともに引き返すと、バイク乗りを全滅させた一行はバイク型も破壊にかかっていた。
ちまちまバイクにダメージを与えていたクルティナは、おもむろにカプセルを取り出す。
「それは何です?」
珍しい道具に興味津々なクリフが訊ねると、クルティナはカプセルを開ける。バネ仕掛けで開閉する中には阻霊符とワイヤーの網。
「天魔捕獲用のボール‥‥ディアボロ、ゲットだぜ‥‥」
「あー‥‥阻霊符には天魔の縮小効果とかないですし、そもそも撃退士の手を離れた時点で阻霊符は効果を発揮しなくなるんですよね‥‥」
クリフが説明すると、つい最近山から下りてきたはぐれ悪魔の少女はしょぼんと肩を落とす。
「‥‥残念」
「捕獲なんてやめとけ。下手に操縦しようとしたら生命力を吸い取るとかありそうだ」
傍らでバイクを壊しながら氷雅が言う。
「それにしても、思ってた以上に弱かったな」
アダムの言葉に武が乗る。
「人目を恐れてこそこそやってた連中だしな」
「ずっと、安全地帯で一般人を食い物にするだけだったんでしょうね」
「各地で強敵と戦い続けてきた僕たちが負けるわけありません!」
フローラにレグルスが答える。
「みどり市を支配する悪魔ウビストヴォ‥‥群馬奪回の足掛かりにできそうですね」
帰還したクリフらの話を聞きながら報告をまとめるスランセの声音に抑えきれない期待が滲んだ。