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「情報は命のようなもの。今後のためにも、できるだけ多くの情報を集めなくてはいけませんね」
堕天使であるグレイフィア・フェルネーゼ(
jb6027)の言葉に、はぐれ悪魔の霧谷レイラ(
jb4705)が肯く。
「調査‥‥、初めて、だけど‥‥全力を、尽くす‥‥」
出発前に過去の報告書を確認、相手取る四体のディアボロのスキルは推測している。
「さって、彼女は今度はどんな手を出してきたんだか」
桝本 侑吾(
ja8758)は、准男爵ファズラの制作したハイエナとの交戦経験あり。その他、獅子・白虎・黒豹に類似する敵の過去出没依頼も熟読したが、そこからどれほど強くなっていることか。
「じゃ、何かあったらよろしくな、アランさん」
「嗚呼、お前は心配せず全力を出して来いよ。後輩の面倒を見るのも先輩の勤めだろう?」
同寮同室の後輩である侑吾のサポートに馳せ参じたのはアラン・カートライト(
ja8773)。戦場からは距離を置き、彼らの危機に際しては迅速機敏に行動して救助するのが今回の役回り。
「前に戦ったことのある敵がパワーアップして再登場か。きっと凄く強くなってるだろうし、気を引き締めていかないとね」
「クリフー! 一緒にがんばるぞ!」
虎以外の三体と過去に戦ってきたはぐれ悪魔のクリフ・ロジャーズ(
jb2560)。友人である堕天使のアダム(
jb2614)が、気合を入れつつも柔らかな雰囲気で話しかけ、隣の女性にも声をかける。
「シエロ! きてくれてありがとうな!」
天使の素直な言に、はぐれ悪魔のシエロ=ヴェルガ(
jb2679)が微笑む。クリフの幼なじみである彼女もサポートに参加した。
「スキルをすべて使わせること‥‥ね。まあ安心して。戦闘不能になったら、骨は拾ってあげるから」
「骨以外も拾ってくれると嬉しいかな‥‥」
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「改良型、ですか。‥‥見た目はあまり変わりなさそうですね」
現場の廃校に到着し、遠目に眺めた鳳月 威織(
ja0339)は呟いた。
校庭の北端中央に置かれた朝礼台。その下に半球型が置かれ、上に黒豹、近くに獅子。周囲をハイエナと大柄な白虎がうろついている。撃退士たちとの距離は、最も近い白虎で三十メートルほど。
戦いが好きで戦闘狂な威織だが、本日は調査メインの仕事を真面目にこなす予定。これはこれで結構楽しんでいる様子だ。
「頑張って手札をすべて切らせてみせましょう」
威織と侑吾、そして彼らと同じく囮を務めるアデル・シルフィード(
jb1802)が前衛を務める。
「さて……如何程の力を持っているのか、見定めさせてもらう」
まず動いたのは獅子。半球型を庇うように、朝礼台と撃退士たちの線上に動く。
次いでハイエナが、朝礼台の奥からこちらへ向かう。虎も動き出す。
「獅子と豹が半球型の直衛、虎とハイエナが攻撃、という布陣のようですね」
闇の翼でやや上空から観察するレイラが淡々と述べる。元よりこちらへ来ない敵まで呼ぶつもりはなかった撃退士たちの思惑と、図らずも一致していた。
「今この瞬間だけでなく、後のために‥‥か。大変だけど、頑張りましょう」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)が、レイラとともにハイエナの飛び出しを抑えにかかろうとする。一度に二体以上相手にするのはうまくない。仲間には虎に専念させたい。
が、それより早く敵は仕掛けてきた。
ハイエナが移動を終えるとともに、爆弾が虚空から現れる。八メートルほどの間隔を置いて、斜めに三つ。一番近い侑吾までの距離も八メートルほど。
「まずはこっちの移動を制しようってつもり――」
その時、黒豹が電撃を放った。十字型のそれが、彼らに最も近い爆弾に当たり誘爆、爆発は連鎖し、三つ目の爆発が侑吾を巻き込んだ。
「侑吾さん!」
「いや、まあ、大丈夫。威力はこの前よりほんのちょい上ってところかな」
「爆弾の数は変わらず、爆発の範囲は一回り広がっているようだな」
「ライオンはびりびりをくらったのにぴんぴんしてるぞ!」
光の翼で上空にいるアダムが報告し、威織が眉を顰める。
「敵味方識別可能ってことですか」
「距離二十メートル、幅二メートル弱は前の報告通り、高さは五メートル以上あるな。それとな、ただの十字とは違ってた。斜め四方にもほんのちょっとだけど発射されてたぞ」
「これはまた‥‥」
「様子を見てるうちに全滅という可能性も、なくはないですね」
クリフにグレイフィアが苦笑する。
「‥‥それでも、獅子と豹は当面移動しない模様です。今のうちに虎とハイエナをどうにかすれば、活路は開けるかと」
レイラの意見はもっともで、一行は勇気を奮い前に出る。
「持久戦になるだろうな」
アデルがフローラとレイラ、グレイフィア、さらには近くにいた侑吾にも堅実防御を付与。リブラシールドに持ち替え前進した。
「さあ、こっちへ来てください」
事前にケイオスドレストで防御を固めた威織が挑発する。しかし虎は不快そうな視線を投げつつも釣られはしない。特殊抵抗はそれなりに高そうだ。
まだ距離はそれなりにあり、各人は自分の間合いを求めて動く。
そんな中、最初にアダムが弓で虎への攻撃を仕掛けた。
「攻撃しちゃうぞ? しちゃうんだぞ?(ちらっちらっ」
と、アウルの矢は虎の身をすり抜ける。気づけば、わずかにずれた場所に虎が移動していた。
「あれが残像か」
「他の連中同様、切り札一つってわけじゃなさそうだなあ」
侑吾も前へ詰めて銃で撃つ。が、これも残像でかわされた。
「以前の報告じゃ連発はできなかったはずだけど‥‥!」
クリフがヘルゴートで強化していた状態から魔法攻撃を仕掛けるものの、これまた回避。
「でも、三度は使えないようね。クリフの攻撃は普通にかわしてる」
シエロは前に出て支援攻撃もする。炸裂符が初めて虎にダメージを与えた。
「しーちゃん」
「ええ」
幼なじみ同士は、ほんの短いやり取りで相手の意図を察した。
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獅子が軽く唸ると、それに合わせたように残る三体が動く。
「今回も、獅子が全体の指揮を執っていると考えられますね」
「以前の報告では、代わりに範囲攻撃には対応しきれなかったようですが‥‥っ!」
後方のレイラに応じていたグレイフィアが黒い翼を広げ急いで上昇する後を、爆風が追った。先ほどと同じ、電撃による誘爆の連鎖。虎をうまく避けて配置した三つの爆弾が、フローラ、侑吾、アデルにダメージを与える。アデルの堅実防御の甲斐あって、フローラと侑吾は比較的ダメージが浅い。
そこへさらに、アデルと威織を襲う虎の咆哮! 空気を歪めるような音の壁が二人を突き抜けんとし、立方体を形作ると霧散する。
「アデルさん、大丈夫ですか?」
運よく回避できた威織が問うと、ディバインナイトは手を振った。
「気絶するほどではない。幸い、スタンにも至っていないからな」
とは言え、二種類の攻撃を立て続けに食らい、気絶寸前ではある。
「無駄遣い、させてもらうわよ」
シエロが炸裂符で仕掛けると、虎は残像で回避。そこへアダムも攻撃を重ね、二つの残像を使いきらせる。
「残像と言い、先ほどの咆哮と言い、面倒な敵ですね」
グレイフィアがソウルサイスで斬りつける。
彼女に向き直った虎の背後から、威織がベンティスカを振り下ろすが、虎は背後に目があるかのごとき滑らかな動きで回避した。
「獅子には心眼という死角を消す能力があると聞きましたが‥‥それを指揮能力によって各個体に伝えているということでしょうか?」
移動してアデルに治癒膏を使いつつ、レイラが推測した。
「ますもといっぱい攻撃されてるけど、だいじょうぶか?」
「まあ、まだまだいけるさ」
剣魂で回復しつつ、侑吾は回り込んで虎を囲む。
「調査は済んでいないが、いつでも倒せるように削るべきだろうな」
アデルは虹のリングに武器を替えて虎を攻撃、移動し虎から距離を置く。
最後に前へ出て虎の包囲を維持しつつ、クリフはルキフグスの書で魔法の一撃を決める! しかしまだ半分も削れた様子はない。
「手加減の必要とかはいらなそうだよ、アダム」
「これ、ハイエナを止めないことにはどうしようもないわね」
爆弾の傷をおして、フローラがさらに前へ出た。用いるはEissand(アイス・ザント)! 氷の結晶が砂のごとく舞い包み、ハイエナを石像のように固める。
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すぐ回復するかと危惧されたハイエナだが固まったまま。それを利用しない手はない。
「Eissplitter(アイス・シュプリテァ)!」
懐へ飛び込んでのフローラの攻撃は、氷像と化したハイエナを削る。そこから発した氷の破片が彼女の周囲に飛来して、溶け込むように生命力を回復させる。全快。
虎に向かうにはまだ体力が危ういアデルも石化状態のハイエナへ。物理防御が多少上昇していても魔法攻撃は関係ない。
そして虎は、なおも戦闘意欲旺盛。四方を囲まれ、咆哮で一網打尽にもできない以上、取れる選択肢は一つ。
北側の威織へ、巨体を活かしたぶちかまし! 五メートル以上吹き飛ばされた威織は荒れた花壇に倒れ込む。
「虎は、これで手の内を曝け出しましたかね」
動きを鈍らされつつも立ち上がった威織が言う。他の撃退士にも異論はない。戦場で向かい合う者の感覚的なものとしか言えないが、すべてを明らかにしたという感触がある。
剣魂で自己回復し、威織は再び包囲の輪に。シエロらが再び攻撃を仕掛けて残像を使わせる。
「ここで倒してしまいましょう」
グレイフィアが放つはサンダーブレード! 雷の刃が虎を麻痺させる。そこへ畳み掛ける包囲攻撃が、虎の生命力をザクザクと削っていった。背後が見えようと、包囲攻撃には影響を受ける模様。
「これだけやって倒れないって、タフだなあ‥‥」
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動きを取り戻したハイエナが動く。狙いは隣接していたフローラ。
「くっ!」
牙が肩口の肉を噛み千切る。それを飲み込むと、ハイエナの傷が回復していく。
「私のEissplitterと似たようなスキル‥‥いや、もっと効率良さそうね」
フローラの受けたダメージ自体は、治癒膏一度で全快する軽傷。なのに癒える傷はそれどころではない。(帰還後に判明することだが、南で禿鷹が披露した「ついばみ」と同種の攻撃兼自己回復スキルだった)
そしてハイエナは後退し、獅子や豹と合流する。
次に動いたのは虎。今度は侑吾にぶちかましを仕掛けて包囲を解くが、麻痺は残っていて移動は不能。
虎の様子を見ていた黒豹が動こうとして、獅子に止められる。
その獅子は、ハイエナに視線を向ける。すると金色の風が生じ、ハイエナの傷を治療した。
「癒しの風持ちか‥‥支援型としては妥当なところだが」
「獅子とハイエナの手札はあれで全部オープンっぽいわね。ハイエナは厄介だし倒しておきたいけど‥‥」
フローラはさらに前に出て、再びのEissand。しかしダメージは与えても石化には至らない。
「私は、虎を確実に仕留めておこう」
アデルは侑吾の穴を埋めると、緑の光を宿したウォフ・マナフを振るう。残像を使い果たした虎を斬り裂き、さすがの虎も限界は近い。
「君の力は見させてもらった……もう用はない」
「これにて、終わりです」
重ねて放たれる鎌の一撃。グレイフィアが虎に引導を渡した。
アダムたちはハイエナへ向かうが、攻撃はかわされたりもして、回復した分を削れるほどではない。
レイラは治癒膏を使いきりアデルをある程度まで回復、侑吾は二度目の剣魂を使った。
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「豹がまだわからないけど‥‥半球型破壊もそろそろ検討すべきよね」
「フローラさんに賛成です」
獅子が癒しの風でハイエナをさらに回復するのを見てクリフが言う。スキル調査も重要だが、最重要は半球型破壊だ。
「まずは動きを封じてみます」
詰め寄って、ダークハンドで三体の束縛を狙う。
しかし範囲スキルにも獅子らが慌てる素振りはなく三体とも回避、元から動かない半球型だけが影から生じた手に拘束される。
「対策はされてるか‥‥」
ハイエナは近くのフローラを敵と定めたか、再び肉をかじりにかかる。防御を貫くほどではない攻撃だが、それでも無傷とはいかず回復を許した。
「小癪だけど‥‥構っても泥仕合になりそうよね」
フローラはハイエナを放置し、朝礼台を射程に収める位置へ移動。Eissplitterを半球型へ放ったが、飛び降りた豹に庇われた。全快するが、豹は平然としている。
「いずれも、体力は高めだな」
獅子へ虹のリングで攻撃したアデルも、手応えとしては微々たるもの。
「全滅までは高望み、かな」
侑吾はアスカロンで半球型へ斬りかかり、大きな傷をつけた。
他の面々は、移動して間合いを詰める。
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獅子の癒しの風が、豹と半球型を回復させる。範囲は狭いようで、半球型に隣接している侑吾を避けたせいか、獅子自身とハイエナは範囲外。
「自分を回復するついでに俺を回復してくれてもいいんだけどな」
ぼやく侑吾の傍で、クリフが豹に先んじて半球型に魔法攻撃、多少の回復など関係なく完全に破壊した。
「半球型、壊しました!」
「後は豹のスキルを引き出したくはありますが‥‥ハイエナが危険すぎますね」
グレイフィアが麻痺させんと斬りかかるが、ハイエナは巧みにかわす。
直後を狙ってレイラが放つ炸裂符。当たりはしたが、回復を重ねたこともあり撃破は遠そうだ。
「! 来ます!」
豹が移動した。高所からそちらへも気を配っていたレイラが警告して上昇するが、周囲の仲間は間に合わない。
黒豹の斜め四方向へ放たれる長い稲妻が、獅子とハイエナを無視して侑吾とフローラを、前後左右に短く放たれたそれがグレイフィアを、それぞれ打ち据えて朦朧とさせる。
さらにその位置から、黒豹自身は再移動で距離を取る。
「迅雷まで備えているか‥‥!」
近寄って電撃、包囲される前に離脱。どう挑むべきかと一瞬考えたくなるアデルだが、今はそれどころではない。ハイエナの爆弾が朦朧状態の仲間の傍に置かれたら。
「半球型は壊したし、スキルも今ので全部わかったよな?」
アダムが言った。
「依頼目的はすべて達成しましたし、撤退でいいんじゃないかと」
少し戦い足りませんけど、と心の中だけで呟きつつ、威織が提案する。
「そうですね、退きましょう!」
クリフが言うと同時、アランが戦場を駆け抜けた。
侑吾とフローラを両脇に抱え、安全地帯を目指して走る。
「よしよし、頑張ったな桝本。お前の出番は終いだ、お疲れさん」
シエロが行動直後のクリフをフォローしつつ、グレイフィアを抱える。アデルたちが遠距離攻撃で三体を牽制する。
殲滅は叶わなかった。しかし、目の前の敵を倒すことだけが戦いではない。
「今日はそういう日」
威織は笑いながら退却した。
慌ただしくも、一行はそれ以上負傷することもなく、撤退に成功。ディアボロ四体のスキルについてまとめたレポートが提出された。
破壊された半球型、累計十四個。