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マスター:茶務夏
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/08/20


みんなの思い出



オープニング

●強敵の襲来
 夏の夜。寝苦しくて、その撃退士の少女は扇風機しかない寮の部屋を出た。
 外を歩く。時に吹き過ぎる夜風はそれなりに涼しく、彼女の汗ばんだ体を心地よく撫でていく。ポニーテールも軽快にはねる。
 少女は街灯が並ぶ市街地を外れ、山へ通じる森の入り口へ足を延ばす。
 と、そこで見た。
 全体的なシルエットは人馬を融合させたケンタウロスに似た、四足の獣の頭部部分に人の上半身をつなげたような姿。だが個々のパーツは大きく違う。
 人の頭があるべきところには、角もいかめしい犀の頭。その下の胴体は熊。腕は丸太のようなゴリラの腕。馬の四本足と胴体の代わりには、河馬のどっしりした肢体。全体にずんぐりとした、しかし体力と膂力は疑うべくもない、異形のディアボロ。
「‥‥‥‥」
 少女はそのディアボロのことをよく知っていた。だから音を立てぬように注意しつつ、急いでその場を離れて駆け出した。

●習性と作戦
「今夜現れたのは『暴虐の巨王』って二つ名のディアボロだけど、聞いたことある?」
 真夜中に突如作られたディアボロ対策本部。そこへやって来た(あるいは引きずり込まれた)君たちに、ベテラン撃退士であるポニーテールの少女が問うが、それは君たちの知らない名前だった。
「数年前からこの久遠ヶ原で不定期に現れるディアボロでね。渡した資料見ればわかると思うけど、とにかくごつくてタフでパワフル。頭の角も怖いし、腕は力がすごいだけじゃなく器用にその辺の物を拾って武器にするし、もちろん突進力も半端じゃない。狡猾なところもあるから浅知恵で罠にはめようとしても避けられてやられるだけ。下手なヴァニタスや下級悪魔より強いんじゃないかという意見も出るほど強くて、倒せないわ怪我人は毎度のことだわ‥‥最初の頃は、何人か重傷者も出した」
 ただ、と少女は続ける。
「三回勝つと、まるで気が済んだみたいに戦闘をやめて意外なほど素早く逃げてしまう。これは過去の六度で一度も変わらなくて、習性みたいなものじゃないかと考えられる。これを利用して、今回はある作戦を実行してみたい」
 一旦言葉を切ると、君たちに向けて笑いかける。
「あいつと多少は戦い慣れているあたしらベテランが、二回の戦闘で奴のスタミナや生命力を可能な限り削り取った上で、うまいこと負ける。そしてとどめは、あんたらに刺してもらいたい」


リプレイ本文


 そのディアボロは、創造主たる悪魔によってただ一つの本能を植えつけられていた。
 できうる限り長く戦い続けること。
 その本能は、与えられた肉体や能力と相まって、このディアボロの行動を規定した。戦って、戦って、戦ったら、退く。死にそうになる前に逃げる。傷を負ったら回復するまで待つ。死んでしまっては長く戦えないからだ。
 その夜も、ディアボロは二度の戦闘を満喫し、次なる戦場を求めて林の中を進んでいた。
 過去の戦闘とは違う、体力の消耗と傷の多さ。それらに漠然とした不安を覚えつつも、戦いたいという本能を抑えられず。
 行く手のやや開けたエリアには、六人の新手が待ち構えていた。
 このディアボロの不毛な営みを終わらせるために。
 夜は白々と明け始めていた。


「来たな」
 影野 恭弥(ja0018)が静かに呟いた。
 林を揺るがす、重々しく猛々しい足音。『暴虐の巨王』と呼ばれる強力なディアボロ、極めて巨大な存在が、刻一刻と彼らの待つ地点へ向かいつつある。
 だが、それを恐れる者などいない。
「先輩方はうまくやってくれたみたいだな‥‥久しぶりに純粋に叩けそうな敵だし‥‥楽しませてくれよ」
 樹上から敵を観察していた御暁 零斗(ja0548)が隠しきれない笑みをこぼしつつ銀色の前髪を掻き上げる。「めんどくせぇ」が口癖の常とは違い、昂ぶりを露わにしている。
「ここまでお膳立てされた以上、失敗する訳にはいかないな。強敵だそうだが、必ず倒してみせる」
 一行の中央に立つ梶夜 零紀(ja0728)が決然とした口調で言う。深夜の戦闘になるかもと思い準備したナイトビジョン。それが必要なくなったのは、これまでの二度の戦闘でベテラン撃退士たちがとことん粘り戦闘を長引かせたからだ。
 ここに集った六人にとどめを刺させるために。
「‥‥逃がさないの。‥‥繋げてくれた人の為にも」
 迫りくる敵に向けて左右陣を前に出す、ごく小規模な鶴翼の陣。その側面からの攻撃を担当する橋場 アトリアーナ(ja1403)も、ウォーハンマーを握りしめて言った。
「ま、ここで俺らがしくじったら先輩方に合わせる顔がねぇやな」
 二人に応じて苦笑するは、麻生 遊夜(ja1838)。アトリアーナの逆サイドで、銃や鎖鎌による攻撃および回復や支援を務めることになる。
 一方、零紀の隣に立つファング・クラウド(ja7828)は、零斗と同様、闘争に心を浮き立たせていた。それは今回の敵に対する一種の共感か、あるいは同属嫌悪か。佇む彼の儀礼服が風でたなびく。まるで死地に佇む様に――まるで、死神のように。
「何者かを打ち倒しに来たものは、何者かに打ち倒されねばならないッ!!」
 薄闇の中に姿を見せた三メートルの巨体に向けてファングが叫び、それが戦闘の幕開けとなった。


 異形のディアボロは、小細工もなしに陣形の中へ突撃してくる。
「この盾は、そう簡単に破れはしない」
 それに真っ向から立ちはだかるのは、シールド効果を発動させた零紀のハルバード! 巨体に任せた突進を一歩も引かずに受け止める。
 そして上空から声が響いた。
「さぁ、暴虐!! 楽しい戦いの始まりだぜ!!」
 遁甲の術で身を潜めていた零斗にディアボロは気づいていなかった。零紀によって動きを止められたその一瞬、零斗が仕掛けるには充分すぎる時間。
 跳躍し、全体重を踵にかける。シルバーレガースを装着した足はすでに一つの凶器。踵が脳天に突き刺さり、衝撃でディアボロの意識を曇らせる。
 零斗はそのまま頭を踏み台に跳躍し距離をとる。入れ替わるようにファングが間合いを詰める。
「真ん前から打ち砕け! オレの自慢の拳よォオオオオオッ!!」
 腕に装着したパイルバンカー。それを青い稲妻状のアウルが包み、肘の後ろから撃ち出されたアウルの杭とパイルバンカーの杭が重なり合う!
 熊を模したディアボロの胴体、その分厚い毛皮と肉を貫いて、血と肉を周囲に飛び散らせる。さらにもう一度!
「クラウドさん、一旦引くのさ」
 豪腕でファングを殴りつけようとしたディアボロの顔や肩に銃撃を浴びせて注意を逸らしながら、遊夜が警告した。
 InpactVoltの二連撃はディアボロに軽くはない傷を与えていた。しかしまだ致命傷には遠い。
「一息に仕留める、とはいかないようだな」
 鶴翼陣の一端、ディアボロの死角から主に脚を狙って撃ちつつ、恭弥が言う。
「それしきの敵でしたら、これまで生き延びてもこられなかったでしょうしね」
 マグナムによるやや距離を置いた射撃に切り替えて、ファングが応じた。相手の動きに合わせて鶴翼の陣を維持する。
「でも今の先制パンチは、きっと大きいの」
 ハンマーで腹や腕、脚などを殴りつけながらアトリアーナが言う。ディアボロは殴り、あるいは蹴り飛ばそうとするが、その動きは警戒していたよりも鈍く、アトリアーナの小柄な体はひらりひらりと回避する。そのたびに髪を飾る赤いリボンが揺れた。
 ヒット&アウェイに徹する零斗にとっても、敵の鈍さはありがたい。時に接近して蹴り、時に離れて忍術書による風の刃を放つ。大ぶりなパンチはステップで避け、一度頭の角で襲われた時には角を蹴ってジャンプし、大きく距離を取った。
 そのうち、零斗に対してはディアボロはあまり構わないようになってきた。しつこいが攻撃は軽く、気にするまでもないと考えたのだろう。
(とっておきは残してあるのさ)
 戦いの最中にあって、零斗はかすかに笑みを浮かべる。


 しばらく戦闘が続いた後、不意にディアボロは向きを変え、木を背にする遊夜へ突っ込んできた。
「おっと!」
「もう逃げるの!? 大層な二つ名のわりに大したことないの!」
 逃亡を危惧したアトリアーナが挑発すると、ディアボロはその場に止まった。
 もっともそれは、挑発が功を奏したためではないと、誰の目にもわかる。
 成人男性の胴体ほどの太さ、長さにして五メートルはあるその木を無造作に引き抜くと、一転、撃退士たちの元に引き返してきたからだ。
「突破はさせん!」
 零紀がハルバードで挑みかかる。長く太く重くとも、所詮はただの木。戦うために作り出され、アウルの力を込められた武器には及ぶべくもなく、半ばで切り落とされる。
 そして追い打つように、遊夜が二丁拳銃を連射し始めた。
「陣形の再編を!」
 ファングが叫びながら、遊夜に一拍遅れて銃撃を敵の片手に集中させる。遊夜の意図を察した零斗の風の刃や恭弥の銃弾も集中し、潰すにはなお至らないが、木を取り落とさせることには成功した。
 慌てたように残る片手で木を持ち上げ直し、改めて振り回し始めようとするディアボロ。だがそんな隙を逃す撃退士ではない。
「白拳‥‥雪花!」
 アトリアーナの右手からウォーハンマーの先端へアウルの白い輝きが集中していく。
 力強く振りぬかれた武器はディアボロの背中に炸裂し、雪の結晶のごとき輝きが弾けた。ディアボロは全身を硬直させる。麻痺だ。
 それを見て取った遊夜は即座に敵の側面背後に回り込み、鎖鎌で右後脚の拘束を試みていた。
「骨格の構造上こうすれば動き難いはず‥‥あとはどこまで耐えれるか、ってとこだが」
 鎖を絡め、鎌で切断を狙うが、簡単にはいかない。恭弥、ファング、零斗の飛び道具組は左前脚を重点的に襲うが、そちらも依然健在だ。
「一気に畳み掛ける!」
 零紀が斧槍を振るい、右前脚へ叩きつける。これまでにも散々狙われてきて傷だらけの脚なのに、切り裂かれ血が噴いてもまだ切断には程遠い。
「とにかくタフ、とにかく頑丈‥‥単純であるが故の強さか、全く厄介なこった」
 麻痺が解けたらどうなることか、遊夜はふと嫌な想像をしてしまう。そうなった場合に備えての鎖による拘束ではあるのだが、このままだとちょっとした市中引き回しになりかねない。
「梶夜、どいてなの!」
 アトリアーナが、再び白いアウルに包まれたハンマーを振りかぶった。
「この一撃に、全力を注ぐの! 白拳‥‥白刃!!」
 光は一点に集中する。全身のアウルを燃焼させ、爆発のような勢いで振り抜く!
 アトリアーナの手に伝わる、ウォーハンマーの不穏な軋み。かすかな異音。
 だがそれは確かな成果をもたらした。
 ディアボロの右前脚が、膝下で断たれ吹き飛ばされていたのだ。


 動きは封じた、ゴールが見えた。
 なのに見えたはずのゴールはひたすら遠い。
「こりゃ、とんだ化け物だ」
 相変わらず細かい攻撃を繰り返す零斗の笑いもいささか力ない。
 満身創痍と言っていい状態にも関わらず、ディアボロの攻撃はむしろ熾烈さを増していた。そればかりか三本脚ゆえ突進などはできないまでも動きも機敏になり、撃退士たちも負傷し始めている。こちらの攻撃も当たり所を微妙にずらすことで大ダメージを避けられるようになってきている。
 逃走が不可能になったことで、却って闘争本能が解き放たれたのか。いまだ夜明けには至らないのに、撃退士たちはすでに何時間も戦い続けているような疲弊を覚えていた。
 しかし、撃退士たちの心は折れていない。
「散々遊んできたようだが、それも今夜限りだ」
 突進の恐れがなくなってから、零紀はハルバードの射程を活かし、距離を取って攻撃するようにした。槍として突き、斧として斬る。ロシア格闘術システマの教えに忠実に、相手に応じて臨機応変に繰り出されるその攻めは、限界を超越したディアボロにもよく伍している。
「ああ楽しいとても楽しい闘争だよ‥‥考えても見ろよ‥‥こんな血みどろの闘争なかなかない素敵だろ? 闘争、闘争だよッ!!」
 哄笑をあげながら、恐れを知らぬ狂戦士のごとく前へ出るファング。殴られても引かず、パイルバンカーを突き立て返す。
「この瞬間を待っていたんだああああああ!!!」
 三度目のInpactVoltは、胴体をついに貫き通すほどの威力を発揮、ディアボロは苦悶の呻きを上げる。
 と、ファングの体が掴まれて、大木へ向けて投げつけられた。
「危ないの!」
 アトリアーナが機敏にキャッチし、遊夜に託すと今度は自分が前に出る。
「俺がいる間はやらせはせんぜよー?」
 遊夜は応急手当によりファングの傷を癒やす。
「‥‥」
 そんな中、恭弥は黙々と銃を撃ち続ける。
 自身の両目にアウルを集中させ、敵を正確に捉え続け、ただ一点を狙い澄ますように撃ち抜き続ける。
 しばらくして、その行為が実を結んだ。
 ディアボロの右後脚が恭弥の銃撃に耐えきれず崩れ落ちる。左の二本だけで歩けるわけもバランスを保てるわけもなく、『暴虐の巨王』はついに地に倒れ込む。
「今なの!」
「もらった!」
 前衛として近くにいたアトリアーナが左から、アウルで一気に加速した零斗が右から攻めかかる。右腕を地について身を起こしたディアボロは、アトリアーナのハンマーを左腕で防ぎ、頭部を狙う零斗は些細な攻撃と推測し半ば無視しつつ角でのカウンターを試みた。
 だがその判断は賢明ではなかった。
「疾風迅雷の名は伊達じゃねぇのさ‥‥その頭の中身全部ぶちまけろや‥‥巨王さんよ!!」
 加速の勢いそのままに、それまで一度も使われなかった腕のパイルバンカーが力強く突き込まれる。角をへし折った杭は、その頭蓋内部をも蹂躙する。
 そして恭弥と遊夜も動いていた。
 右斜め後方からの恭弥の三連射。
 左斜め後方からの遊夜の三連射。
 命中率を犠牲にした攻撃だが、二人とも動きの止まった相手に外すような素人ではない。
 ディアボロの頭部が砕け散り、ついに戦闘は終わりを告げた。
「おやすみなさい、安らかに」
 遊夜の飄々とした声が、静まり返った林に染み入る。


 朝陽が林に射し込む。夜明けの光の中、活動を停止したディアボロの屍が大地に転がる。陽射しに照らされるそれは、奇妙なオブジェのように見えた。
「ま、かなりの化け物ではあったが‥‥俺たちの」
 そこで零斗は言葉を切り、不敵に笑って言い直す。
「俺の勝因はただ一つ、俺の方がより化け物だったからさ」
「疲れたの‥‥三度目の戦いで、傷を負ってて消耗しててこれって‥‥」
 アトリアーナが地面にぺたんと座り、木の幹にもたれかかった。
「先に戦ってくれた先輩方には感謝を。これでもう、ゲームじみた戦いに付き合う必要はなくなったな」
「後で見舞いにでも行くべきだやな」
 零紀に応じながら、遊夜はファングの手当を続けていた。とは言え応急。全員後で病院には行っておいた方がいいだろう。
「‥‥見舞いの必要は、なさそうだ」
 恭弥の声に、一同は林から市街地へ抜ける方向を見やった。
 そちらからやって来たのは怪我人の集団。松葉杖を突いていたり、ギプスで固めた腕を吊り下げていたり、車椅子だったり、ストレッチャーに寝そべっていたり、お前らおとなしく寝てろと言いたくなるようなご一行。先頭に立っているのはポニーテールの髪型からこの話を持ちかけた先輩とわかるが、ミイラ並みに全身包帯グルグル巻きで、顔すらわからない。
 だが、彼女たち全員の顔が笑みを浮かべていることは、見えなくても簡単に想像できた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 疾風迅雷・御暁 零斗(ja0548)
 無傷のドラゴンスレイヤー・橋場・R・アトリアーナ(ja1403)
重体: −
面白かった!:9人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
疾風迅雷・
御暁 零斗(ja0548)

大学部5年279組 男 鬼道忍軍
不器用な優しさ・
梶夜 零紀(ja0728)

大学部4年11組 男 ルインズブレイド
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
特務大佐・
ファング・CEフィールド(ja7828)

大学部4年2組 男 阿修羅