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物事の捉え方は、人それぞれである。
「今回は撃墜スコアを増やすのは難しいかな?」
龍崎海(
ja0565)は、半球型の破壊より調査を優先する方針。全体としても、まずはこちらへ寄って来る敵を中心に対処し、半球型破壊は後半戦で余力があればというところ。
「とはいえ、あといくつ壊せば群馬内部へ突入できるようになるのかなぁ」
一個目以降、半球型破壊に何度となく関わっている彼にしてみれば、群馬の認識を阻害する結界はもはやほとんど効いていない。
「目の前に半球型がいるわけですが‥‥結界の綻びを広げるよりも、敵の情報を探り、決戦に備える、群馬もそういう段階に入って来たということでしょうか」
おでんによって人生の変わったはぐれ悪魔、オーデン・ソル・キャドー(
jb2706)は三十メートルほど先の北方、荒れ果てた農地のど真ん中、あぜ道脇の祠に安置されてる半球型を見て呟いた。近くには蛇がとぐろを巻き、祠の屋根には禿鷹が羽を休め、やや離れた周辺にはマンモスと猛牛がうろついている。
「ワうー、次のために‥‥これが大人の戦いってことですワねっ!」
目の前の敵を倒せばOK的な戦い方でやってきた堕天使のミリオール=アステローザ(
jb2746)は、今後に繋ぐための謂わば「見(けん)」な戦いにちょっと戸惑い気味。それでも必要性は理解してるので、しっかり頑張るつもり。
「少しでも情報を持ち帰って、以降における反転攻勢の手掛かりになれれば良いのだけれど、さりとてこういう風に深く立ち入るならば自らの身を保持するのも難しいよね」
やってのければならないからそこは頑張るしかないとは、杉 桜一郎(
jb0811)ももちろん承知しているが。
「身を削って、相手の能力を明らかにするというのは、なかなかやれやれだよ」
「まあ、実験台なら任せてよ。僕は回避試みてもどうせ当たるけど、攻撃受けても死ににくいからね」
黒須 洸太(
ja2475)がにこにこと笑って言う。過去の経験から自分の命の重さを理解できなくなっている彼にとって、ディバインナイトという役割は非常に居心地が良い。
「ぬう、倒すよりも、調べろ、と‥‥まあいいやー、ソシャゲ課金のため、がんばるぞー(´・ω・)」
武人悪魔転じてソシャゲに夢中なはぐれ悪魔、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は、フル充電したスマートフォンをネックストラップでつけ、敵をいつでも撮影できるようにしておく。
「オーデン殿は蛇や象と戦ったことがあるんだよなー、どんな感じだ?」
「蛇は、前回と特に変わったようには見えませんね。幻付与の能力は厄介でしたが、強化されているとすれば‥‥何もないところに幻を作る、或いは、視覚以外の幻まで操り出したらお手上げですね。そうでないことを祈りましょう」
「いろいろな奴らがいるもんだなー」
「象は‥‥毛が生えましたね」
オーデンはマンモスを見てしれっと言う。
「冗談はさておき。あの厄介な鼻が、前回よりも長くなっている気がします」
象の鼻は三メートルほどだったが、あのマンモスは優に五メートルはある。
「単純に範囲攻撃の範囲が広がってると見るべきでしょう」
「吹っ飛ばすんだよなー。探るためには生贄になる必要があるけどなー」
「皆で仲良く吹っ飛ばされることもないでしょう。ある程度、散開しましょうか」
cicero・catfield(
ja6953)は、生物の行動や習性に興味深々だ。ディアボロ観察というところに飛びつきこの依頼を受け、事前に四種のディアボロに関する情報を頭にキッチリ入れて挑む。
「まあ、依頼成功のためには、観察だけじゃいけないけどね」
シセロは小さく呟く。
そして、縁あってサポート役に参加した二人。
「中々大変そうだけどこれが先々への一歩となると良いわよね」
鬼道忍軍の高虎 寧(
ja0416)は、戦場の少し外で気配を殺し待機する。
「うちが居るからには、絶対に人死になんて出さないわよ」
「キマイラの時とは立場が逆だなあ」
もう一人、氷月 はくあ(
ja0811)はテレスコープアイを発動し、遠距離より戦場の様子を観察する。
未知の強敵を見事討伐してのけた大金星。戦い抜く上で支えの一端となっていたのは、救助要員のサポート役たち。今度は自分が仲間を補佐する番。
「出番がないのが一番ですけれどっ」
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三十メートルほど離れた撃退士たちに気づいたディアボロたちの初手は、静かな一手。マンモスが祠の真ん前に立ち、半球型への射線を完全に塞ぐ。
「よけないならありがたいっすけど」
天羽 伊都(
jb2199)は、後衛からいきなり仕掛ける。スナイパーライフルMX27の射程はV兵器としては破格の四十メートル。移動力の低下を補って余りある性能だ。
アウルの銃弾は確かにマンモスの腹に食い込む。しかしどうも効きは悪い。
「かなり硬いっすね、あれ」
次いで動いたのは、蛇。鎌首をもたげてマンモスを見つめると、銀色の光がマンモスの傷を癒やす。
「癒しの風か」
海がこぼす。幻以外にも何か使ってくるかとは思っていたが、範囲回復とはこれまた面倒な。
そして残る猛牛と禿鷹が南進して来る。蛇とマンモスが半球型の護衛、残りが遊撃という形か。
「さて、行きますワ!」
ミリオールが西側に大きく回り込む。もし自分が石化光線に狙われても仲間を巻き込まないようにしつつ、敢えて牛へ接近戦を挑む腹づもりだ。
「牛は石化光線が長射程なのが厄介ですね」
オーデンは警戒を強めつつ牛と微妙な距離を保ち、禿鷹を狙撃銃ヨルムンガンドで狙い撃つ。続けて前衛を務める洸太も禿鷹に破魔弓で射掛ける。射程の短いルーガや桜一郎は単に移動、海は石化光線に備えて洸太に聖なる刻印を使用した。
「ちょっと遠すぎるな‥‥」
幻に対抗すべく蛇にマーキングを撃っておきたかったシセロだが、三十メートル以上の距離は如何ともしがたく、距離を詰めるしかない。
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次にまず動いた禿鷹が、各人の予定を色々と狂わせた。
撃退士たちへさらに詰め寄って、目の前の一団に向けて放つは霧。
「スリープミストか!」
洸太、海、シセロが対抗しきれず眠りに陥る。すぐに目覚めるだろうが、一手番失わされる。
「この禿鷹放置するとやばそうだなー」
「何かまだ隠し持っていそうにも見えますが‥‥」
「倒しちゃいそうな時は手加減するっすよ」
ルーガが弓の鶺鴒で、オーデンがヨルムンガンドで、伊都がライフルで撃つが、巨大な禿鷹は生命力が増大していて落ちる心配などまだ必要ない。
そこへ猛牛もやって来る。
口を大きく開けて放つ石化光線は、ルーガとオーデンと桜一郎を飲み込みそうに突き抜け、三人は横っ跳びなどで慌てて退避した。
「き、聞いてた話とずいぶん違うぞ? やたら太かった!」
「縦は報告より若干短くなってましたが‥‥横は三倍、高さは二倍というところですか」
「牛はこちらで引き受けられればいいのです、が!」
ミリオールが牛の背後からグラビティ・ゼロで襲う。零距離バンカーが猛牛型を何度も突き刺すが、その外皮は硬く、生命力は高く、意識を逸らせるほどのダメージには至らない。
「この二体だけでいいようにやられる危険性もあるのかな?」
桜一郎が石版で禿鷹に魔法攻撃をしつつも、気弱に呟いた。
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三人が眠りから覚めた直後、またもディアボロたちが機先を制す。
禿鷹は空から洸太に襲い掛かった。「白盾」で威力は軽減させるが、洸太は腕の肉をわずかについばまれる。そして肉を呑み込むと同時、禿鷹の傷が回復していく。
「嫌がらせみたいなことばかりしてくるね、こいつら」
「でも、これで手の内は判明した」
海が十字槍を突き入れる。海の言う通り、禿鷹に隠し玉はもうないようだ。
しかしそこへミリオールを無視した猛牛が横合いから襲い来る。光線の範囲の広がりを見ていなかった海はかわしきれず、運悪く特殊抵抗にも失敗し、石化させられた。
「私のすまほがばっちり録画してくれたので、こいつは倒しちゃっていいと思うぞー(`・ω・)!」
ルーガが飛翔して禿鷹の頭上を抑え、射撃ダメージを積み重ねていく。
ここで、暇を弄ぶようにしていたマンモスが動いた。
牛が離れたのを好機とばかり、氷の散弾がミリオールを襲いその場へ釘付けにする!
「ここまで届く?!」
報告にあった着弾距離より微妙に遠い。そして威力も存外高い。カオスレートがあるとは言え、魔法防御には物理防御より自信があるのに。
「まあ、いいですワ‥‥吸引黒星(ブラックホールドレイン)!」
移動したものの、牛はギリギリ射程圏内。黒色の球体がディアボロから生命力を吸い取り、主たるミリオールに還元する。
「禿鷹はここで一気に倒しましょう」
「そうだね」
伊都の声に、禿鷹を興味深そうに見ていたシセロが応じ、銃と弓が空中の敵を立て続けに捉える。
そこへ桜一郎の石版からの攻撃も炸裂し、禿鷹は地面へ墜落した。
「牛も、どうにかせねばなりませんね」
オーデンと洸太が前進するが、それぞれの攻撃は不運にも牛に回避された。
「動きは決して素早くないのですが‥‥」
「まあ、こういうこともあるよね」
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伊都は牛へ狙撃すると移動。移動力制限が地味に影響していて、なかなか近づけない。
それでもシセロや束縛から回復したミリオールが、攻撃がてら包囲網を築きつつある。
と、包囲を厭うように猛牛が動いた。
東から隣接していた洸太に向き直ると、彼を無視するかのような猛突進! 十メートルの距離を、洸太を押し込んだまま突き進み、ようやく止まる。幸い、友のスキルを参考に改良した「白盾」を再び駆使した洸太の傷は浅かった。
「石化からこの突進につなげられるとかなり怖いかな」
自身が石化から回復したばかりの海が、牛を槍で突きながら考察する。
「と同時に、包囲解除の奥の手というわけですな」
オーデンも狙撃しつつ移動するが、今の電車道のような移動でまた距離が開いてしまった。それはルーガも同様。
「ともあれ、これで牛のスキルも全部わかったね」
桜一郎が新たな包囲を始め、洸太が武器を蛍丸に替えて斬りつける。
そんな中、半球型の手前で待機状態だったマンモスが移動を開始する。氷弾が、全快したばかりのミリオールの体力をまた削った。
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ようやく適度な距離に辿り着いた伊都は、装備をツヴァイハンダーに替えて詰め寄り、猛牛を斬る。かなりの手応え。
倒れそうになっていたところへ、海の十字槍がとどめを刺す。海はそこから踵を返して次なる目標へ向かう。
「残るは二体だけど‥‥」
「難敵っすよね」
オーデンは、射線が空いた半球型の狙撃を試みる。しかしそれは蛇に庇われた。
「‥‥意外に硬いですね」
マンモスほどではないが、蛇の防御力も侮れないようだ。
「私、ちょっとマンモスに挑んでみますワ!」
ミリオールが、海を追い抜いてさらに前へ出て、マンモスと蛇の間に進み出る。蛇の隙を突いて半球型を狙うことも視野に入れた行動だ。
「吸引黒星!」
今日三度目のそれがマンモスを捉えるが、象牙に受けられた一撃は、充分な傷を与えられなかった。
「これはなかなか‥‥!」
マンモスが横目で、不愉快そうな眼差しをミリオールにじろりと向ける。
そして敵はマンモスだけではない。
蛇が、ミリオールの腕に牙を突き立てる。ダメージ自体は軽微だが、それは肉体に毒を、魔装に腐敗をもたらす。
「幻と、範囲回復と、多重状態異常‥‥」
「幻はいつ使うんだろう?」
シセロがようやく蛇にマーキングを使った。これで、幻で自身の存在を攪乱しようとしてもわかるはずだが‥‥。
「こらマンモスー、こっちにも敵はいるぞー」
上空からルーガが弓を射るが、マンモスの気を惹くには至らない。
そして巨象は、前脚を持ち上げると、ミリオールを踏み潰そうとした。完全に潰されるのを避けるのが精一杯。
「うぐっ!」
ただの大ダメージとは違う、足の骨を折られた感触。
「そろそろやばい、ですワ‥‥」
気絶には至っていないが、限りなくそれに近い状態。そして移動も叶わない。次の一手、蛇に先んじられたら気絶、マンモスに続けて襲われたら重体ぐらいは見えてくる。
しかし。
「動けない相手よりは、僕の方が弄り甲斐もあるんじゃない?」
全力移動でマンモスの鼻先に走ってきた洸太が、挑発するように言った。
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ミリオールの毒と腐敗は回復したが、毒のダメージが一度は入り、気絶の危険性はより高まる。
そして敵と味方の中で今回最初に動いたのはマンモス。
だがその視線は洸太へ向けられ。
長い鼻が高々と振り上げられ。
高速で充分に振り抜かれたそれが、洸太を吹っ飛ばす!
しかし、その進行方向には桜一郎がいた。
「うわっ、ととととと‥‥」
しっかり支えるというわけにはいかず、もつれ合うように地面に転がりすぐには行動できそうにない。それでも、地面に叩きつけられた場合のダメージは避けられた。
ただし洸太の受けたダメージが軽いわけではなく、タフなはずのディバインナイトがノックダウン寸前になっている。マンモスのスキルがすべて明らかになったことだけはありがたいが。
「聞きしに勝る、という奴だね」
マンモスの踏み潰しとフルスイングを目の当たりにした海は、ミリオールをヒールで回復させつつも考えを巡らせる。
散開の初期方針や今しがたの吹き飛ばしなどにより、一行はかなり広いエリアで分断状態に近い。このまま戦っても包囲攻撃などは叶わぬまま、蛇の回復スキルに支えられて一向に倒せないマンモスに、各個撃破されるのは目に見えていた。救援要員もいるし死にはしないだろうが、無意味な負傷や重体を避けるに越したことはない。
「蛇の幻を確認できないのは残念だけど‥‥心残りはそれだけとも言える。半球型破壊と同時に撤退しよう」
「承知しました、ですワ」
ある程度復活したミリオールが蛇から距離を取りつつスキルを切り替える。
「みんな、半球型へ攻撃を!!」
「了解!」
シセロたちが遠距離攻撃をするが、蛇に庇われたりして半球型破壊には至らない。そしてそれらの傷は蛇に回復される。
桜一郎が治癒膏を用い、どうにか洸太も回復した。
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「すっきりはしないですけれど‥‥そろそろ潮時、片付けると致しますワ」
ミリオールの範囲攻撃スキル「深淵女王」。一滴の血とアウルが黒い触腕の群れを生み出し、それが半球型のあるエリアを中心に周囲を蹂躙する! 蛇もこれでは庇いきれず、半球型は粉々に破壊された。
「撤退、撤退!」
寧が影手裏剣・烈で蛇を、はくあがPDW FS80の射撃でマンモスを牽制、一行はそれ以上の怪我を負わされることなく、戦場からの離脱に成功した。
帰還後、各ディアボロに関するレポートを一行は作成する。
仮に何もないところに幻を生むならば蛇はあの局面でも使用してきたはずであり、幻の付与が強化されていると考えるのが妥当と思われる――蛇型に関するレポートの末尾には、オーデンのそんな所見が付け加えられて提出された。