●先制の爆発
「まあ、私なら守るべきディアボロ、半球の姿をした爆弾を狭い空間に置きますがね。撃退士が飛び込んで来たら、ドカン、で終わりです。ヤレヤレ、我ながら怖い想像です」
オーデン・ソル・キャドー(
jb2706)の言葉に、半球型ディアボロをいきなり見つけて盛り上がりそうになっていた空気が落ち着きを取り戻す。
幻を付与する蛇と、爆弾を操るハイエナ。単体でも面倒だが、組み合わせがさらに厄介さを増す。
「爆弾を置物に見せかけたら? 敵が偽装して隠れていたら? 想定すべき可能性は実に多いですね」
がんもどきのマスクを装備しつつ紳士的にかぶりを振るはぐれ悪魔に、桝本 侑吾(
ja8758)が応じた。
「また面倒な敵を作ってるなぁ、彼女は」
この近く、群馬県側を統べる悪魔の准男爵。彼女に遭遇し、彼女の作るディアボロと一戦繰り広げた身としては、苦笑するしかない。
「まずは二手に分かれて、でしょうか? 敷地内は少し狭そうですから、固まっていては戦いにくそうです」
「一まとまりだと爆弾に狙われた時も怖いですしね。ここから四人、入口のある北から四人ということでいいんじゃないかと」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)の提案に森林(
ja2378)が肯いた。
(初任務の時、わんはとんでもないミスをして仲間を傷つけてしまった)
オーデンとともに西回りで北へ向かいながら、天海キッカ(
jb5681)は先日の失敗を引きずっていた。
悪魔に惑わされ、操られ、味方を襲い重体にした。そんな自分がまたも相手を惑わすタイプの敵に当たるのはどんな皮肉か。
(あんな思いはもうたくさん‥‥。今回は絶対に、絶対に足手まといにはならないから!)
もし同じことをしてしまったら、撃退士をやめることも考えよう。
そこまでの決意を抱え、少女は歩く。
出発前に入手しておいたホイッスルを握りしめながら。
「‥‥てか、明らかにおかしな物が多いんですけどこの空間」
久瀬 悠人(
jb0684)とソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、東回りに北へ進み、塀の透かしブロック越しに、敷地内の物体を観察していた。白髪老人の人形だの、狸の置物だの、やたらと妙なものが置いてある。
幻に包まれたディアボロあるいは爆弾か、はたまた惑わせるだけの障害物か。
「遠距離から徹底攻撃だな。‥‥あ」
東から三つ目、確か室内に半球型が置いてある部屋。その戸口に、二メートルほどの蛇がいた。静止はせず動き回っている。
「本物かな?」
だとすれば、北組はあれを目指して突っ込み、倒せば一気に楽になるのだが。
「‥‥違うんじゃないかな」
ソフィアは首を振った。
「動きは忙しないのに、移動速度自体は大したことない。あれは、ネズミだと思う」
何が動いているかではなく、どのような動きをどの程度の速度でしているかでそれが何かを判断する。ソフィアのその方針は、蛇の幻を見事に見破っていた。
「ネズミを利用するのは、あちらさんも考えてたか」
「さて、お仕事を始めるとするかねぇ」
南側に残った女天使アサニエル(
jb5431)は、ビニール袋を漁って準備を始める。調達しておいたネズミ忌避剤。煙を焚くこれを部屋に放り込んでネズミどもを走り回らせ、ディアボロの偽装を暴いたりあわよくば混乱させようという策だ。
「ネズミもディアボロだったりしたら、怖いですね」
「なら、ファズラさんの性格的に蛇やハイエナと顔合わせくらいさせそうだけど‥‥」
森林と話しながら、クリフはファズラについて考える。
(俺も元は下級悪魔だったし、准男爵になるのがどれだけ大変かわかるけど)
北からホイッスルの音がした。配置に着いたとの合図。
(‥‥かといってこのまま半球型を放っておくわけにもいかないしね)
クリフはヘルゴートを使い能力を底上げする。
「こういう時、天魔の翼とか欲しいよなぁ」
「あっても使う余裕がないってのも、つらいもんさね」
侑吾ら三人が塀を越え、クリフが背に広げた翼で上昇しようとした時。
石灯籠に偽装していた爆弾が爆発した。
●爆発、爆発、幻、爆発
「こいつは、なかなか痛いねえ‥‥」
アサニエルがこぼし、森林がよろめく。クリフ以外の三人は爆発の直撃を食らい、タフで防御力も高い侑吾はまだしも、残る二人は一気に気絶寸前まで追い込まれていた。アサニエルの場合は、カオスレート差の影響力がでかい。
「とりあえず散開しよう」
侑吾が注意を促しつつ、一人で植木鉢の前に立つと剣を振るった。爆弾の威力的に、侑吾はまだ耐えられる。
呆気なく剣は植木鉢を両断した。これは仕掛けがなかったらしい。
アサニエルは東に向かいつつライトヒールを、森林はやや西に進んで「治癒葉」を、それぞれ自分に使用し体力回復。回復手段のある二人がともにこちらへ来たのは、ある意味幸いだったか。
北側からも、建物越し、南側の四人がいた辺りで爆発が起きたのは見えた。爆風を潜り抜けるように上昇したクリフは無事なようだが、他の三人はどうなったのか。
「幻に引っかかって、ちょっとドジった。まあ、倒れるほどじゃないんで、このまま行くよ」
悠人のスマホに、侑吾から連絡が入る。ウマの合う先輩らの状況は気になるが、北側でもすでに行動は開始している。
ソフィアが洗濯機に、オーデンが冷蔵庫に、遠距離から攻撃すると、ともに機械の破片をまき散らし盛大に爆発。キッカが狙った炊飯器は、ただ壊れた。
「爆弾に幻影を付与したのではなく、爆弾を中に仕込んでおいたようですな。蛇目的で不用意に踏み込んでいたら、まず洗濯機がドカン。それをかわしても冷蔵庫がドカン」
戸口の蛇は姿を消している。狙ってこないのを見て、幻が解除されたか。
「幻の数には限度があるってことかな?」
部屋の内部を確認するために進みながら話す。
「ならば、蛇は何に幻を付与しているんでしょう」
「半球型と自分たち、でしょうな。そしてここからは、天海嬢が危惧なさっていたように我々も利用される恐れがある」
キッカの疑問にオーデンが推測を述べる。
「目撃者の話だと、爆弾は一度に三つ、だっけ? 全部爆破できたってことは、当面は安心――」
移動しつつ前方にストレイシオンのエルダーを召喚した悠人の言葉が止まる。
四人のど真ん中に、爆弾がぽとりと落ちた。
*
爆弾は南側にも落ちていた。侑吾と森林の中間地点、アサニエルには少し届かないほどの距離。
「すぐ爆発しないのはあちらさんにも準備がいるってことかな」
ハイエナが準備を終えるか、動き出した撃退士たちの退避が間に合うか。
「目の前に置かれるだけで心臓に良くないですけどね」
「あたしを範囲から外すってのはどんな理由なのかね」
そして上空でいち早く動けるクリフは、どうすべきか迷う。
爆弾に幻影が付与されている場合の対策は、距離を取っての長射程攻撃と決めていた。しかし仲間のど真ん中に爆弾が置かれると、誘爆が怖くて攻撃はできない。
やむなくクリフは近くの物干台を撃つ。ひょっとして幻で偽装された何かかもしれないと考えて。
しかし物干台は、ただ虚しくへし折れるだけだった。
「急いで東へ――」
「いや、東にも一つ設置されていますな。迂闊に動いても、そちらの爆発に巻き込まれる」
「あの距離なら、届くよ!」
ソフィアが雷霆の書で東の爆弾を襲った。三輪車が巻き込まれ、東から二つ目の部屋の扉も吹っ飛ぶ。その部屋がネズミの巣だったのか、いくつもの鳴き声が聞こえてきた。
「さて、間に合うでしょうかね」
「面倒なことするなっての」
ソフィアに続き、オーデンと悠人が移動開始。進みつつ、ドアと壁が壊れた部屋の様子も横目で見るが、特に何もない。
さらにキッカも続こうとして、しかし、微妙に間に合わず。
「エルダー、しっかり護れよ!」
爆発に呑まれそうになったキッカを、蒼い光が包む。微妙に爆破範囲の外にいた、右の角が折れている竜は、防御効果で少女を可能な限り守った。
南でも爆発。逃げきれなかった二人は巻き込まれ、再び直撃した侑吾はさすがに放置できない傷となる。
「よっと!」
その一方、森林は爆心地近くにいながらも、奇跡的に回避してみせた。
と、先ほどよりやや東寄り、今度はアサニエルもしっかり範囲に捉える位置へ、新たな爆弾が追加される。
「またですか!」
「こいつはちょいと洒落にならんさね」
北側にも、ソフィアや悠人、エルダーにオーデンを範囲に収めるポイントへ爆弾が落ちる。
その時、クリフは上空から敷地全体を俯瞰していた。
不注意であれば見逃していただろうが、彼は気づく。
屋根の上、西にあった風見鶏の位置が、いつの間にか少し東へ寄っていたことに。
「その風見鶏、たぶん敵です!」
声に応え、仲間が動く。
「上から見てたから、南も北も適切な場所に爆弾を置けたんだ‥‥!」
かなり大きな傷を負ったキッカだが、臆せず走る。一跳びで屋根の上に乗り、魔法書パンデモニウムで攻撃。物体であるはずの風見鶏が奇怪に動いてかわそうとした。
侑吾たち三人も屋根の上へ。しかしまずはダメージの回復優先で、それぞれにスキルを使う。
そして風見鶏らのいた位置へ改めて顔を向けると。
二人のキッカがそこにいた。
●爆発の果てに
だが、備えていた撃退士たちには無意味。
本物のキッカはホイッスルを鳴らしながら攻撃を続ける。
上空のクリフも、音のしないキッカにルキフグスの書で魔法攻撃。すると、着弾の際に音が二重にぶれて聞こえる。
(え? キッカさんには当たってないよな?)
「屋根の上に一体‥‥もう一体と半球型はどこなのかな」
西から三部屋目の扉を破壊しつつ、ソフィアはその部屋と東隣の部屋を確認して進む。
「まさか、あれが本物ってことはないよね?」
最初から変わらず鎮座している半球型。
その部屋の真上に立つ森林は、「共鳴草」をディアボロに撃ち込まんとするがかわされた。
「幻とはつくづく悪趣味ですな」
オーデンが狙撃銃ヨルムンガンドで偽のキッカを撃つ。その攻撃は、不思議な身のよじり方――何かを庇うような動き――をした敵を射抜く。
「はて?」
前に進んでも爆発範囲を抜け出せないのでやむなく西へ戻るオーデンは、小首を傾げた。
「エルダー、頼むぞ」
こちらは東へ向かい爆弾から逃れた悠人は、一度送還したエルダーを屋根の上へ再召喚。賢い相棒に攻撃を託すが、これはよけられる。
そこで動くは偽キッカ。北と南で爆発が生じるが、今回は誰も巻き込まない。そして当人は全力疾走で屋根を走ると、東の端、アパートと塀に囲まれた狭いエリアへ飛び降りる。
「うわ!」
ソフィアの前に、気づけば現れていた蛇とハイエナ。しかし動きを冷静に見極める。
「ネズミ、だね」
南側の爆発に追われ、外へ飛び出してきたのだろう。相手にすることはない。
「‥‥おっと」
屋根の上を東端へ移動した侑吾だが、眼下の光景に動きが止まる。
老人の人形が二つ。その間に爆弾。たぶん人形のどちらかがディアボロで、爆弾を攻撃すれば誘爆に巻き込めそうだが、位置的に侑吾も巻き添えになる。
ならばと、侑吾はスキル・中立者で片方の人形をチェックした。
「やっぱデコイかい」
屋根から南側へ飛び降りたアサニエルは、念のため部屋の中の半球型を破壊する。壊れて幻を失ったそれは、小型テレビだった。
*
「ヴァレッティさん、手前の奴を!」
侑吾の声に応え、北側を回ってきたソフィアが「La Spirale di Petali」を放つ。螺旋を描く花びらは、けれど白髪老人の人形に間一髪で避けられてしまった。
人形は逃げる。タイミングを同じくして爆弾が爆発、そして次の爆弾がソフィアの目の前に置かれる。
爆発を辛うじてかわした侑吾は叫んだ。
「南東隅にいるのはハイエナ! 爆弾に注意!」
一方、屋根の上ではキッカが考える。ハイエナがいるなら、蛇と半球型はどこなのか。
「幻も、相手を見て付与する必要があるのなら‥‥!」
屋根の上、まだ誰も手をつけていない、眼下で起きる爆発を常に免れている存在。
平らな屋根の上を駆け、キッカは魔法攻撃!
かわされはしたが、その動きが正体を雄弁に語る。
「アンテナが、蛇です!」
上空のクリフは、すでにダメージをある程度与えている方を優先する。
(それに、さっきの音と、半球型がまだ見つかっていないこと‥‥)
蛇とハイエナの目的が半球型の護衛であり、敷地の外には出せない以上、両者はその守りを考えざるを得ない。幻を纏わせ放置するのは、どこが爆発するかわかったものではないこの戦い方においては危険すぎるだろう。
手にした書から生まれる黒いカードが刃となり、人形にいくつも突き立つ。そこに混じる破砕音。
その瞬間、何も持たぬ人形の手から、半球型だったと思しき物体の破片がこぼれ落ちた。
「半球型、破壊しました!!」
クリフの声に一同の空気が一旦緩み、しかしすぐに意識が切り替わる。
「こいつらも討伐しておきたいな」
屋根から降りた侑吾が、大剣でハイエナに斬りかかる。
「下手に動き回れても厄介だし、掃除しておくか。行くぞランパード!」
悠人が新たに召喚したスレイプニルに乗り、ハイエナとの距離を詰めた。
「きっちりしっかり倒しておきたいねえ」
アサニエルがヴァルキリーナイフを投擲する。
「蛇も嫌いじゃないんですけどね」
屋根の上。重藤の弓にアウルの矢をつがえ、森林は射る。矢が刺さり、痛むかのごとく身をくねらせるアンテナ。
しかし、そこまで。
蛇は本来の姿に戻ると、するすると屋根を滑り降り、たちまち敷地の外へ逃げ去ってしまった。
その後、何人かの攻撃はかわされたものの、最後には悠人の大型双剣「罪の十字架」と「罰の十字架」が斬り伏せて、ハイエナは倒すことができた。
*
「痛いの痛いのなんとやらってね」
「特に痛むところとかないですか?」
アサニエルが癒しの光をかざし、森林が治癒葉を使うと、キッカの傷は全快した。彼ら自身や侑吾の傷も、スキルをやりくりして完全に癒える。
「それにしても、ここまで爆音連発の依頼もなかなかないでしょうな」
オーデンが、アパートだったものを見て首を振る。廃アパートは爆発に次ぐ爆発でボロボロになっていた。
「何はともあれ、お疲れさまでした」
クリフがまとめ、結果を報告した一同は撤収にかかる。
クリフは、西の地を見つめた。
ここまでに壊した半球型は十個。彼らと自分たちを隔てる壁は次第に薄くなっている。
(穣二さんは、外の世界の記憶が戻りつつある今の状況をどう思っているのかな)
獅子戦で会った時の様子を考えると、今さらと思うのかもしれない。
(それでも、存在していたはずのものが消えたままなのはもったいないし、やっぱり少しずつでも取り戻して行きたい‥‥なんて思ってるんだよね)
壁が壊れた後に何が起きるかはまだわからないけれど。
(可笑しいかなぁ)
まだ答えの返らない問いを抱え、はぐれ悪魔は帰路に着いた。