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ニンジャ。全裸。硬い。
慌ただしく準備を済ませて転移装置に向かう撃退士たちは、それぞれ色々な要素に食いついた。
「戦車並みの防御力なら、戦車を斬るつもりでやるだけだよ」
神喰 茜(
ja0200)の反応は威風堂々。
「魔法がないってことは本当に初期型かしらね」
フィール・シャンブロウ(
ja5883)は、自室を出る前にちょうど遊んでいたゲームを思い出す。方眼紙でマッピングするあのRPGは各種やり込んでいる。
「俺は裸忍より手裏剣忍派だったな‥‥」
烏田仁(
ja4104)も遊んだ経験あり。
ただ、サーバントの製造者がそれを参考に作ったか定かでない以上、仲間に予断を与えるのもまずいかと思い、二人とも詳細を口にはしなかった。
「スランセさん、もの凄く困っている様子だったなぁ‥‥ほぼ全裸のサーバントじゃ無理もないか」
全裸部分が気になったのははぐれ悪魔のクリフ・ロジャーズ(
jb2560)と、水葉さくら(
ja9860)。
「えと‥‥何かの、健康法、なんでしょうか‥‥私は、真似できそうにないですけれど‥‥あ、でも、お家の中なら大丈夫、でしょうか?」
さくらは様々な武器を持っているが、なぜか今回選んだのは鞭のナインテイル。素肌に食い込むととても痛そうです。
「天使といえば変態だよね」
もう一人のはぐれ悪魔である咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)は尊大に言い捨てるが、実は全裸に対し怯えに近い嫌悪感を抱いていた。
「東洋の神秘ニンジャと戦えるなんてワクワクするな」
勢い込んで参加したラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、その他の情報をまだ認識していなかった模様。
「ニンジャ殺すべし。慈悲は無い。インガオホー」
‥‥なぜかこれだけは言っておかねばならない気がした君田 夢野(
ja0561)だった。
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「うわぁ‥‥変態だ」
現場に到着して実物を眺めれば、出てくる感想は茜の一言に集約された。
一行に背を向けて鉄筋コンクリートの柱に手刀を振り下ろす裸体の男。ただの異常者にしか見えないが、その手刀がコンクリートをごりごり削っているのが恐ろしい。
「【ニンジャ サプライズド ミー】これはひどい。つーか、汚いブツをしまいなさい」
「くそ、俺にそんなちんけなもの見せるな‥‥!」
フィールが呆れ、変態が苦手なラファルは目を点にして浪漫と現実の落差に戦慄した。
「謎技術のモザイクがあるだけマシだけど‥‥」
「あの技術は非常に気になりますね」
工夫や仕掛けといったものに目のないクリフが茜に相槌を打つ。
「モザイクは、薄目で見えるってよく言いますよね」
さくらの言葉に一瞬場が凍った。
「あ、い、いえ、見たいわけでは、ないですよ?」
「とりあえず斬ろう」
断ち切るように言い、茜が先陣を切る。
近寄る際に「剣鬼変生」で自己強化していた彼女は、薙ぎ払いを打ち込んでスタンを狙う!
さすがに詰め寄るとニンジャも茜に向き直り、背後から攻撃とはいかない。それでも回避を許さず、太刀に鍛え直した八岐大蛇が斬り裂くが‥‥。
「うわ、確かに硬い」
ほとんど斬撃の通った手応えがなかった。決まれば二ターン継続で完封勝利もあり得たスタンも、残念ながら効いてない。
「‥‥すごーく鬱陶しいのでまずはアレを何とかしたいな‥‥」
裸体に反応してバーサク気味なラファルや露骨にうろたえている咲ら仲間を見て、クリフは意を決した。ハイドアンドシークで潜行、隣接していた彼は、全裸男の腰にタオルを巻くことに成功すると離脱する。
すると。
ニンジャはなぜか激しい反応を示した。タオルをむしり取って地面に叩きつける。
「え、なんであんなに嫌がるの‥‥?」
再び裸体になると、茜へ反撃を繰り出す!
変態であろうと目は離さず、回避重視。それでもかわしきれず、体捌きでダメージ軽減を図るが、一撃で三分の二は持っていかれた。
「強さは本物ということか‥‥見た目はともかく」
夢野はニヤリと笑う。最近心境の変化を迎えた彼は、たいていのことは飄々と楽しめるようになっていた。
最初の選択はスキル「魔王」。橋や仲間を傷つけさせるよりはと、敵をおびき寄せんとする。
『かわいい坊や いとしき坊や じたばたしても連れ去ってゆくぞ』
坊や呼ばわりされた全裸ニンジャ、その覆面越しの視線が夢野へ向かうのを感じ取れた。
続いて動くはあらかじめ飛んでいた咲。デリンジャーでニンジャを撃つ。
(上空からの角度だと、余計なものが見えにくいからね)
片手で目を覆いはするが、個人的な嫌悪感以外にも高所に陣取った理由はある。敵の尋常でない移動速度や跳躍力が発揮された際に、仲間に指示できないものかと思ってのこと。
似たようなことを考えていた仁は、橋の上から援護を図った。長弓サルンガで上から射撃、もし橋の上に跳躍されそうなら大鎌で攻撃し叩き落とす予定。
アウルの矢が刺さり、しかしあまり効いていないのを見ながら、着流しの上にジャケットを羽織った少年は考える。
「戦車並の装甲にかなりの機動性、その上運次第だが下手をすれば一撃。量産されたら厄介だな」
姿はアレだが。
「覆面オンリーなのが変態度を際立たせてるわね。もう犯罪でしょ‥‥ん? 覆面アリで全裸の恩恵アリ?」
全裸にこだわるニンジャを見て、新たな疑問は湧くものの、フィールの予測は確信に近づく。
「しかし、もっとヴィヴィッドなセリフ回しのニンジャがナウいのかと思ってたら」
ちらりと夢野を見たフィールは、フレイムシュートを射程ギリギリから発射。
「こんな骨董品がまだ残ってたのね」
温度障害による能力低下を狙い、成功!
その横で、静かに狂戦士と化していたのはラファルだ。
変態許すまじ。しかし闇雲に攻撃しても効果は薄いと、狂気に陥ったゆえの冷静さが判断する。
不意に、真理に至る。
要は隠してしまえばいいんだ。
その前段階として、フィールのもたらしたバッドステータスに便乗し、行動開始。事前に「俺式光学迷彩」で身を隠していた彼女はニンジャに接近、氷の夜想曲で眠りに誘う。
眠らせられなかったが、もうそんなの関係ねー。猫の首に鈴をつけるがごとし困難に、狂える少女は滑らかに移行し始めた。
一方、シールドを構えつつ接近したさくらは、タオルを外して再び見るに耐えなくなっていたニンジャに、携帯していたレインコートを着せる。
‥‥半透明のビニール製合羽が裸体を包み、股間のモザイクをさらにぼかした。
「ふぅ‥‥これで、大丈夫です」
ちなみに、購買売りのレインコート解説文に半透明素材等の記述は特にありません。
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次のタイミングで動けたのは夢野。敵の硬さは凄まじいが、とにかく攻めてみるしかなさそうだ。
詰め寄ると、まず股間のモザイクに蹴りを一発入れてみた。
「イヤーッ! ボールブレイカー=ジツ!」
レガースの類を装備していたわけではないのでダメージは入らず、レインコート越しの生柔らかな感触を爪先が覚えただけ。サーバントが平然としているのは、つまり外形的に人間男性を模しているだけで急所ではないということか。
まあ、効果がないのは承知の上。
「やることは何でもやる、それが撃退士よ。ショッギョ・ムッジョ‥‥」
踏み込んだ動きを活かすように、右の打刀『紅月』に、左の掌から発した魔法Esを纏わせ振るい、焼き払う!
「ニンジャ相手だ、こちらも火遁の術とシャレ込んでみようか」
カオスレートを負へ傾けた一撃は、予想よりも大きく敵の身に食い込んだ。
「ん? こいつ、さっき見てたより弱くなってるような‥‥」
考えようとしたところへ、レインコートを脱ぎ捨てたニンジャの反撃!
「先遣隊の報告の通り、首を重点的に狙ってくるというのなら――!」
ゆめの は くびをはねられた!
「グワーッ!」
手刀の狙いは知っていたので、左の脇差『蒼海』で首筋を守る。それでもなお防ぎきれぬ深いダメージを叩き込まれた。もう一撃食らえば重体も見えてくる。
「何か着せる方が、却って防御力が下がるんじゃないか?」
橋上から矢を放ちながら、仁は眼下の仲間に提案した。全裸を保ち続けようとするサーバントの執着は、そうとでも考えなければ説明できない。
「確かに、そうかも‥‥」
同意するクリフだが、敵の命中がやたら高いのも気になるので、ここはナイトアンセムで認識障害を与える。
「硬くなったり、軟らかくなったりするんですね‥‥」
突っ込んだ側が負けそうな発言をしながら、さくらはエメラルドスラッシュで裸体をビシバシと鞭打つ。
「水葉、一当てしたら下がってくれねえか?」
穏やかなのに不穏な響きを込めたラファルの言葉に、さくらは一歩下がり、そのスペースに瞳孔がグルグル渦を巻いていそうな勢いの狂戦士が滑り込む。手にはさらしとサバイバルナイフ。
冷徹な狂気が手元になぜかあったそれらの道具から導き出した結論を、標的に叩き込む。
ラファルは素早く立ち回ると、ニンジャの腰から下腹部にかけて、さらしをぐるぐる巻きにして、局部のモザイク部分を隠した。
「巻くだけだと落ちるよな」
そして背中の巻き終わり部分に、サバイバルナイフをぶっ刺して固定する!
「痛いかもしれないけれどそんなこと知ったこっちゃねー。どうせ死ぬんだし」
「こいつ、何だか上っ面を舐めたみたいなへっぽこ忍者よね」
悶絶しているニンジャに追い打ちをかけるのは、下半身が隠れたことで強気になった咲。翼で真上に位置し、炎熱の鉄槌を振り下ろすと、魔法の炎が防御力の落ちた敵を焼く。
「じゃ、いってみようかな」
茜は刀を構える。拳法を刀法へ応用した独自工夫の徹しが、弱くなった防御を突き抜けて大きなダメージを与えた!
「強制魔装装着大会には参加しないけど‥‥」
ダアトゆえ物理攻撃に強くないフィールは隣接などできないため、距離を詰めスタンエッジによるスタンを狙った。残念ながらそちらは失敗したが。
包囲状態でさくらの鞭が唸り、仁の矢が頭上から降り注ぐ。
ニンジャは今回も全裸に戻りたがるが、さらしと突き刺さったサバイバルナイフを外すのには手間取って、攻撃までする余裕がない。
「汚いもん見せるなつってんだろ!」
しかも直後にラファルが流れるような動きで再びさらしを巻き、ナイフで留める。
「色々な意味で散々やられたお返しだよ」
茜が八岐大蛇を肩に担ぐように構えた。
「首、置いてけ」
無造作な構えから放たれた一撃は、全裸の特殊効果を失っているニンジャを圧倒的破壊力で斬り伏せる!
ニンジャ は くびをはねられた!
覆面をした首が宙に舞い、戦闘は終わりを告げた。
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「もう終わりかよ。『ラファルの真ニンジャターイム!』といきたかったんだがな」
ちなみにそれは、ニンジャの首にカーマインを巻きつけ背中合わせに持ち上げて敵の自重で絞殺、絞め殺せなくともそのまま首ちょんぱでTHEエンドという技。すごく、えぐいです。
「ああ、一体成型みたいなものなのね」
橋脚の安全を確認した後に首を検分していたフィールはとりあえず納得する。この覆面は外せる装備ではなかったのだ。
「それにしても、作った天使は何? 変態のおっさんゲーマー? 天界はどうなってるのかしら」
仁は橋の上から周辺を見渡していた。
「こんなイロモ‥‥厄介なサーヴァントの作成者なら、近くで見ていてもおかしくないよな」
「あ、レインコート‥‥」
自分が準備しニンジャに着せた魔装を、さくらはためらわずゴミ袋に突っ込んだ。
「『ささやき−いのり−えいしょう−ねんじろ!』とやったら、灰になるのかな。万が一元気になったら怖いからやめておくけど」
死体に黙祷するクリフに、さくらが話しかける。
「このニンジャさんには透過能力でぜひ橋脚のコンクリートに潜って『*いしのなかにいる*』をやっていただきたかったのですが‥‥」
意外と今回の面子にゲーム経験者は多かったらしい。
「いや、阻霊符使わないとけっこう厄介だったと思うよ? 俺でよければ今から‥‥」
「はあい」
「うわっ!」
咲が橋脚から首だけ出した。
「でも“あの”忍者はね、成長が遅いから呪文職で下積みしてから転職しないとお荷物だし、命中はレベル依存だからそこからもっかいレベル上げないと弱いのよ。それに終盤は他の職でも即死武器が手に入るし、素手じゃダメージ自体は弱いし、耐性付きの防具を着ないからほんとは呪文には弱いのよ。そういうとこでバランスとってるの」
同好の士と見て一気呵成に語り出す咲。彼女もまた、本格的にやり込んだゲームプレイヤーだったようだ。
「それを何よ、この勘違いなフ■チン頭巾は。いまどき和マンチだってこんなキャラ作んないわよ、ハンチク」
「なるほどなるほど! 勉強になるねえ」
唐突に、聞き覚えのない陽気な声がした。
「そうか、そういう順番で転職をさせれば強くなるのか。やけに年を取るしレベルは下がるしであれの意味がよくわからなかったんだ」
男は、川の上に浮いていた。
金髪の青年。白い翼。均整の取れた体格。朗らかな笑み。典型的なまでの、天使。
「何者だ? 大方このサーバントの製作者だろうが」
夢野が笑みを消して真剣な顔となり、茜が無言で刀を構える。堕天使ではありえない、強烈すぎる存在感と周囲に放散されるような力。
「ご名答! 僕の名はメラク。ある国の言葉で『好奇心』を意味するよ」
どこか作り物めいた口調で、天使メラクは問いに答えた。
「今回は試作品のテストにご参加いただきありがとう。おかげで貴重なデータが取れたよ。さらにあのゲームの色々な情報まで聞けたから、挨拶しに来たんだ!」
あっけらかんとした態度に、全員が困惑する。
「気が向いたら、次のニンジャはいい装備させて回復魔法と攻撃魔法も会得させとこうかな。その時はまたお付き合いいただけるとありがたいね!」
「‥‥‥‥」
笑いかけられ、実は小心な咲は答えられない。震えを見せないようにするのが精一杯。
「じゃあ、またいずれ!」
旋風のように、天使は川の向こうへ飛び去った。
「傍迷惑なことを‥‥」
クリフはあの天使に対し、苛立ちを覚えた。ああいうのがいるから、学園の堕天使まで変な目で見られるのだ。その辺は悪魔も同様だが。
「まあ、襲ってくるなら斬るだけだよね」
茜の考えはどこまでもシンプルで。
「またも新手のプレイヤーが表舞台に姿を見せて、曲調はどう変化していくのかな」
夢野は不敵に微笑んだ。