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マスター:茶務夏
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/04


みんなの思い出



オープニング


 冷たい水の中で枠と布を外すと、にがりで固まった白い物体は、解き放たれたのを喜ぶように水中を踊る。
 高校卒業後二十年以上変わらない、山下穣二の朝の営み。山下豆腐店の跡取り息子として、磨いてきた技を日々誠実に発揮する。
 だがここ数年は、どうにも気が重い。
 彼の作った豆腐をきちんと味わって食う者は、あの日以来たった一人になってしまったのだから。
 頃合を見計らって、声を上げる。
「お嬢、できましたよ」
「うむ、大儀であるぞよ」
 穣二にすぐさま応じ、十歳にも満たない姿の少女が現れる。実年齢はもっと上らしいが。
 白い肌に金髪翠眼。ただしこめかみの辺りから二本の紫の角が禍々しく伸びている。この地を支配する悪魔の軍勢の一員だ。
 この前の長野での戦で上にいた連中が数人くたばり、その穴埋めで昇進したらしく、准男爵とか名乗ってる。もっともどれくらい偉いのかはよくわからない。親分の位は少将だというし、その配下の旅団長とやらが様子を見に来る時には慣れない敬語を使ってるから、少なくともそいつらよりは下なんだろう。
 ともあれ、その准男爵様は、今朝もうまそうに豆腐を食べる。
「ふふん、この柔らかくもまったりした舌触り、たまらんぞよ」
 悪魔は魔界だか何かからエネルギーをもらう。だからこいつらにとって食事とは単なる趣味らしく、ならば毎日飽きもせず食うというのは心底気に入ってくれた証であり、本来なら喜ぶべきことではあるのだろうが。
 ――俺らを殺した奴でもあるわけで、なあ。

 食事を終えた少女悪魔は上品に口を拭うと、穣二に命じた。
「捨てて参れ。今回は豹型二体ぞよ」
 またか、と思いつつ穣二は一応確認する。
「‥‥人里を避けて、ですよね?」
「当然ぞよ。人間とは物覚えが悪いものぞよ」
 悪魔は首を振り、以前と同じことを穣二に教授する。
「人とは簡単に量産のきかない貴重な資源。わらわがいずれ支配し、魂を最後の一滴まで有意義に絞り尽くすための材料。ディアボロごときにむざむざ殺させるなぞ、もったいないにも程があるというものぞよ。ただし、わらわたちが魂を活用できない撃退士は別であるぞよ」
 資源の有効活用と言えば聞こえはいいが、含まれる単語がいちいち物騒だ。
 だが口先ばかりでもないようで、本人に大した戦闘力がないのに彼女が出世できた背景には、この担当地域では極めて効率的に魂を搾取できていることが大きいという。
「でも、もったいないと言ったら、せっかく作ったディアボロを捨てるのはどうなんです? この前は虎型を三体も捨ててましたし」
 前から気になっていたことを訊ねてみる。用無しとばかりに悪魔に捨てられるディアボロたちに、穣二は少し自分の未来を重ねてしまっていた。
「そこはこだわりというやつぞよ。准男爵麾下に弱卒は不要ぞよ」
 悪魔は昨夜改良に成功した新しい豹型について語る。なるほど、今回捨てる予定のプロトタイプよりは確かに強そうだ。自身が力に乏しい反動か、このお嬢はディアボロ制作に関してマニアめいた熱心さがある。
「ま、充分な戦果が望めるようなら手元に戻すにやぶさかではないぞよ。ぬしが近くで見届けるならそれもありぞよ」
 あれ藪蛇? と思うが今さら断るわけにもいかない。
「理解できたなら出発するぞよ。そろそろ大豆の仕入れも必要であろ?」
「‥‥おっしゃる通りです」
 ため息をそっとこぼしつつ、彼女のヴァニタスである穣二は軽トラに向かった。

 県境を越え、馴染みになった問屋へ。大豆の代金は、旅団長が前に来た時に軍資金だと置いて行った現ナマがかなりあるので気楽なものだ。県庁所在地付近の銀行やATMから調達したのだとか。
 購入した大豆を荷台に積み、車を走らせながら考える。
「にしても、どこにすっかな‥‥」
 この前の鍾乳洞は、あの牛型の能力に合わせて選んだもの。今回の豹型を活かせる場所ではない。
 一般人がいなくて、撃退士相手に暴れられそうな場所。
「‥‥あ」
 前方に、ちょうどよさそうな建物。
「でも気づかれないよな。外に出られて一般人を襲われたらいけないんだし‥‥」
 車を止めて、しばし考え。
「通報するか」


 栃木県西部の、大型スーパーが撤退した建物にディアボロが二体出たとの通報が入った。
 なぜ「天魔」ではなく「ディアボロ」と判別できるのか、なぜそんなところに通報者は立ち入ったのか等、通報には不審な点が多々あったが、もし本当にディアボロがそこにいて外へ出たりしたら、郊外とは言え惨事は必至。六名の撃退士が向かうことになった。
「わ、本当にいた‥‥」
 かつて様々なテナントが入り、商品や動かせる椅子やテーブルは撤去されたものの、間仕切りなどはあちこちに残る広い平屋。真昼の陽光が南のガラス窓から射し込んで、視界には問題ない。そこをうろつくは二頭の豹。
「まずは敵の能力を調べて‥‥うぎゃああ!!」
 マグナムを構えていた少女が、それ以上言えず、豹から迸る雷に仲間ごと撃たれる。三十メートル近く離れていたのだが。
 多少の電撃ぐらいなら耐えられるはずの撃退士なのに、攻撃された二人は目が虚ろになり動くのも覚束ない。
「直線型の範囲魔法攻撃で、朦朧付与? また面倒な‥‥」
 豹の斜め四方、X字に猛烈に噴き出す雷。位置をずらして再度放たれたそれを、散開してどうにかかわす残り四人。
「魔法ってことは僕の出番あばばばば!」
 もう一体の豹が飛び出し、自身の前後左右、十字に電流を放出した。魔法防御に自信があるが物理防御は心もとない少年が倒れ伏す。遠くにいた青年も横合いからの電流に飲まれて倒れる。意識はあるようだが体を動かせない。
「こっちは物理攻撃かよ!」
「症状的には麻痺かしら」
 六人中四人がいきなりまともに動けなくなってはさすがにきつい。その後も十字とX字、二種類の攻撃に蹂躙されて動けぬ者はいい的だ。
 全滅よりはと、無事な二人は戦闘不能になりかけの四人を引きずり撤退した。

 撃退士たちが消えたのを見て、穣二は隠れていた事務室から現れる。
「弱いっつっても不意を突いて第一陣を倒すことまではできるんだよな。問題は、警戒してる第二陣なんだが」
 穣二は隠れていて強張った身体をほぐしつつ、コンビニで買った新聞を読みながら次の相手を待った。


「第一陣のオペレートがうまくいかないせいで、皆さんにはご迷惑をおかけして申し訳ないんですが」
 オペレーターの堕天使スランセ(jz0152)は恐縮したように君たちへ頭を下げる。
「第二陣として、出撃をお願いします」


リプレイ本文


「‥‥え、えぅ‥‥私の写真、ですかぁ‥‥?」
「はい!」
 月乃宮 恋音(jb1221)に、袋井 雅人(jb1469)は土下座せんばかりの勢いで頼み込んでいた。
 現場へ向かう途中、訳あってコンビニへ寄る恋音に雅人も従い、支給品で獲得したデジカメを手に再度頭を下げる。
「今後のお守りにしたいんです! 一枚、一枚だけでいいので!」
 思い人とともに戦闘依頼に挑むのは初。かつてない緊張が、却って大胆な行動を取らせる。
「‥‥は、はい‥‥私などでよろしければぁ‥‥」
 応じた恋音だが、自己評価がやたら低い彼女には、雅人の真意までは伝わっていない。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 それでもこの一事で雅人の士気は高揚しまくっていた。

 目的地である潰れたスーパーの敷地手前で、八人は合流した。
「似たような個体、しかも動き回るのが厄介だけど‥‥」
 グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)は油断せず、しかし微笑む。
「敵情報を第一陣から確認しておきましたしね。電撃だの稲妻だの、面倒そうではありますが」
 長幡 陽悠(jb1350)が相槌を打つ。
(少し、キマイラ打倒の依頼と似てるな)
 鈴代 征治(ja1305)は内心で過去の依頼を思い出す。範囲攻撃を用いる二体の敵も、こちらが立てた作戦も、どこかそれをなぞるよう。情報が事前に得られている点は今回の方が有利だが。
「厄介でも面倒でも、人を傷つけるものを野放しにはできないからね」
 リチャード エドワーズ(ja0951)が陽悠らの会話に加わる。一般人が被害にあった時に後悔しないほど、割り切れるわけがない。撃退士として、騎士として、何より自分自身に悖る。
「うわぅー‥‥中々に強そうなのですワっ!」
 一方、第一陣の撤退や伝え聞いた敵の情報から、多少は強いと判断して少しテンションが上昇しているのは堕天使のミリオール=アステローザ(jb2746)。策を練り強敵に挑む、敵との戦いで経験を積み技を磨く、どちらも久しぶりの楽しい経験だ。
(それにしても‥‥通報者が不審だな)
 はぐれ悪魔のクリフ・ロジャーズ(jb2560)は、事件の発端に疑問を抱く。
 とは言え、今は敵をどうにかしなければ。
 入口に進んだ一行と、中にいる二体の豹型ディアボロの視線が合った。


 前後左右十字に二十メートルほどの物理範囲攻撃をする豹(仮称十字豹)。
 斜め四方X字に三十メートル弱の魔法範囲攻撃をする豹(仮称X字豹)。
 双豹と撃退士たち、両者の距離は三十メートル強。
 撃退士は入口近くに固まっている。縦一列を強いられるほど狭くはないが、それでも横に並べるのは三人ほど。前衛に征治とリチャード。中衛に陽悠とミリオール、クリフ。後衛に恋音と雅人とグラルス。
 突入次第散開する、あるいは一部は裏口へ回るなり天井や壁から透過能力を使うなりする、というなら別の展開となっただろう。
 だが彼らの選択は、初撃を見極め区別をつけ、その後に分断するというもの。まずは撃たせてみるという意識が強かったことは確か。
 ならお望み通り、とばかりに。
 豹たちは入口へ向かってきた。

 まず、撃退士たちから見て右にいた豹が駆けてくる。しかしリチャードたち三人の正面にいるその敵は、十五メートルを超える距離を一息に詰めてきながら、まだ攻撃はしてこない。
「‥‥え、えと、そちらはX字に攻撃してくる豹でしょうかぁ‥‥」
 恋音の指摘に全員が納得する。ならば恋音たちのラインにいる豹が、麻痺効果のある電撃を直線で撃ってくるはず。
 わかりはしたが、その豹より速く効果的な行動を取れる者がいない。
「俺が前に出て塞ぎましょうか?」
「いや、距離と射程から考えて、それでは電撃を食らうのが一人増えるだけです。まずは打ち合わせ通りにお願いします」
 クリフは征治の早口の指示に従い、ハイドアンドシークで気配を殺してするすると右前方へ抜ける。気配の失せたクリフの動きを無視し、左の豹が迫る。
「‥‥え、えぅ‥‥。‥‥やっぱり、怖いですよぉ‥‥」
 戦闘そのものがどうにも怖い恋音が呟いた時、真横にいた雅人が動いた。
「月乃宮さん危ない!」
 可能な限り彼女を守ると決めていた雅人は、恋音を突き飛ばし彼女を射線から外す。代わりに彼自身が射線に入ってしまう。
 直後に豹から放射される電流。
 しかし。
 征治が、陽悠が、そして雅人が、あるいはギリギリであるいは鮮やかに、電流の束を回避してみせた!
「これは、大きいね」
 グラルスが前に出て、今しがた電撃を放ったばかりの敵へ射程に捉えた「ジェット・ヴォーテクス」を撃ち込む。漆黒の風が渦をなして豹を呑み、傷を与えつつ朦朧とさせる。ミリオールが続くが彼女の間合いにはまだ遠い。
「‥‥えぅ、袋井先輩、大丈夫ですかぁ‥‥」
「ええ、ピンピンしてます!」
 雅人は勇躍、進み出ると十字豹に射かけた。アウルの矢が刺さり豹が苛立たしげに唸る。まずは麻痺が厄介なこの豹を倒す方針だ。
「よろしくな‥‥全力で護ってくれ」
 次いで、陽悠が移動しながらストレイシオンを味方全員に防御効果を与えられる位置へ召喚、征治が前に出つつケイオスドレストで防御力を上げ、恋音がライトニングで十字豹を攻め、リチャードが前進した。

「君の電撃と僕の疾風、どちらが上か勝負だよ!」
 グラルスが豹に先んじる。十字豹へ再度のジェット・ヴォーテクス。朦朧状態に陥らせ、移動も攻撃も封じる。
 他の攻撃を食らえば回復する朦朧状態。だが回復後即攻撃再開というわけではない。ここで十字豹に一手番浪費させたことは、後から振り返れば大きな功績だった。
 クリフが次に、X字豹へ背後から球を投げる。恋音が調達した防犯用カラーボールで、割れるとオレンジ色の液体が豹を染める。
 二体のよく似た敵の区別はついた。後は分断し、まず十字豹を落としてから、抑えていたX字豹を仕留める。それが事前の計画。
 けれどディアボロが無条件で従う道理もなく。
 X字豹が向かって来た抑え込み役を無視し、高い移動力を活かして十字豹の傍に寄り、攻撃にかかる。同一線上に入らないよう撃退士も意識はしていたが、移動力にも射程にも制限がある以上、常に完璧な位置取りは不可能。
 X字豹が射線に捉えるは、雅人と恋音。
 だが。
「月乃宮さん危ない!!」
 何と敵に背を向けて、雅人はすぐ後ろの恋音を射線の外へ押しやった。
「‥‥ふ、袋井先輩、それは無茶ですよぉ‥‥!」
 恋音の目に、豹が放つ稲妻が映る。
 しかし、これが恋する者の強さなのか。
「なんとぉーっ!!」
 雅人は奇抜なまでの身のこなしで、稲妻を避けてみせた!
「‥‥おぉ‥‥」
 そして振り向きざまに放つは、氷の夜想曲。これが二体ともに効いて眠らせれば!
 ‥‥残念ながら、朦朧状態の十字豹にすらかわされた。
 そこに、ミリオールが別の範囲スキル「滅心波動」をかぶせる。
「地形、空間把握。では、派手に行きますワっ!」
 振動波が二体を襲う。X字豹はこちらも回避するが、十字豹を包み込み幻惑させる。
 恋音のライトニングは今回も十字豹を着実に削る。陽悠はストレイシオンを送還の上再召喚し、防御効果を続けて発揮できるようにした。
「ちょっと離れてもらいます、よ!」
 征治がX字豹を吹き飛ばしにかかるが、その一撃も豹は巧みに避けてみせた。
「だが、こちらはもうすぐ倒せそうだ」
 リチャードの長大なツヴァイハンダーフォースエッジが十字豹を斬り裂く。弱りつつあるのは明らかだ。

 ここで十字豹が動く。幻惑させられて狙いはランダムだが、乱戦気味の今、適当に移動して放つ電撃でも複数の撃退士を襲う。
「危ない!」
 しかしその狙いは甘く、雅人も征治もグラルスも回避に成功した。突き抜けた電撃が、入口近くの壁を砕く。
 反撃にグラルスが三たびのジェット・ヴォーテクスを撃つが、今度はかわされてしまう。
 そんな状況下、X字豹が一同の中心へ飛び込む。放射される、魔法の稲妻!
 斜め方向の一致にまで気を配ることは難しく、征治、リチャード、陽悠、恋音が食らう。ストレイシオンの防護結界が功を奏し、リチャードは防壁陣を使ったこともあり、個々のダメージは比較的浅い。しかし恋音以外の三人は朦朧としてしまう。
「これで、どうだ?」
「よくも月乃宮さんを!」
「行きますワぁ!」
 クリフのナイトアンセム、雅人の氷の夜想曲、ミリオールの滅心波動。三つの状態異常範囲スキルが続けざまに二体を包むが、当たったのはダメージのない通常スキルだけ。そして恋音のライトニングも今回は外れてしまう。残る三人は朦朧としたまま攻撃も移動もままならない。
 この時点で、X字豹はいまだ無傷。

「まずは、十字を落としましょう」
 どうにか自力で戦線復帰した征治が提案する。
「X字の‥‥動きも‥‥止めてしまってくれ。私なら‥‥まだまだ耐えられる」
 膝をつき苦しげに、しかし毅然とリチャードが言った。
「俺も‥‥もう一撃くらいはいけます」
 動けず攻められず送還も再召喚もできない陽悠も同意見だ。必然、自分たちが再び撃たれるが、X字豹に動き回られて朦朧状態の仲間が増えるのが一番怖い。
 X字豹に隣接しつつクリフは十字豹を狙う。それも回避される。
 だが、永遠にかわしきれるものではない。
「これならどうだ、弾けろ柘榴の炎!」
 グラルスの「ガーネット・フレアボム」が十字豹に炸裂し。
「これで、終わり!」
 征治のハルバードが振るわれ、電撃を放つ豹をついに倒した。
 彼も詰めることで、ミリオールやグラルスにすでに囲まれていたX字豹の動きは塞がる。ゆえに稲妻の軌跡は前回と同じ。
「ぐっ‥‥!」
 朦朧のせいで防護結界も防壁陣も今回は使えない。二人はしたたかに体力を削られる。特に陽悠はもう一撃食らうとまず間違いなく戦闘不能。
「これはまた‥‥ゾクゾクするのですワぁ」
 滅心波動を撃ちきったミリオールは、防御スキルの「斥的重力」を代わりに活性化、動けぬ二人をフォローできる位置に入る。一体倒したことで天秤は傾くか、いまだ無傷の相手にこのまま押しきられるか、戦闘狂の血が騒ぐ。
「今度こそ!」
 ミリオールの穴を埋め雅人が包囲を再び完成、回避困難な状態にして矢を放つが、またもよけられてしまう。自身の回避はともかく、攻撃は不運なことにほぼ外しまくっていた。
「‥‥え、えぅ‥‥」
 現状唯一フリーに動ける恋音が、豹の的にされている仲間をせめて移動させようとする。しかし対象は二人。
「長幡君を‥‥下げてくれ‥‥」
 リチャードが恋音へ頼んだ。盾たる者としての矜持もあるが、冷静に見比べても陽悠の方が先に倒れそうだ。

「その力、いただくのですワっ!」
 ミリオールが「吸引黒星」で狙う。傷は受けていないが、回避の高い敵に挑むため、命中が高まるこのスキルを選んだ。
 なのに、カオスレートも包囲の不利も物ともせず、今回も軽やかに豹はかわす。
 そして放つ稲妻がリチャードに三度目の打撃を与え、斥的重力の補助を受けてもいよいよ危険な水準に達してきた。
「黒玉の渦よ、すべてを呑み込め!」
 しかしここでグラルスが、切り札である最後のジェット・ヴォーテクスを使用、初のダメージを与える。クリフの十字手裏剣が続き、こちらも大きな傷を負わせた。
「月乃宮さん、お願いします!」
 雅人が包囲を外れてリチャードを射線から移動させる。その場に恋音が収まって撃ち込むライトニングは完璧に豹を捉えた!
 征治も斧槍を巧みに活かして堅実に当てる。

 最後にグラルスの魔法が放たれ、やっと豹は力尽きた。


「お二人は、早く病院へ行きましょう」
「すまない、世話をかける‥‥」
「いや、あそこで身を挺してくれたから、早々に包囲できたんですよ」
「そう言ってもらえると、少しは意味がありましたね‥‥」
 自身の傷は剣魂で回復した征治がリチャードに肩を貸した。陽悠にはグラルス。四人は救急車を手配し、早々に現場を去る。

「うーん、この二匹どうしてこんなところにいたんですかね?」
 デジカメで報告用の資料として死骸の写真を撮りつつ、雅人は恋音にこっそりメモを渡した。そこには「伏兵の気配や視線は感じませんか?」と書いてある。
 もし「感じる」と返って来たら。密かに活性化しておいたファイアワークスを放つ。デジカメで写真も撮ってやろう。
 興奮気味に待つ雅人に、恋音は「特にわかりません」とメモを返した。
 かといって雅人のテンションは下がるわけもなく。
「今回の戦闘を乗り越えられたのは月乃宮さんの美貌のお陰ですね。月乃宮さんは私たちにとって閉月羞花の女神様ですよ。個人的に称号を捧げます」
「‥‥え、えぅ‥‥」
 残っていた四人も帰路に着いた。

「ふう‥‥」
 隠れていた事務室から穣二は抜け出す。
「けっこう粘ったけど‥‥まあ、お嬢の見立てが正しかったか」
「わふー、ここは危ないのですっ。あ、でももう倒したから大丈夫なのですワっ!」
「うえぇっ?!」
 いきなり頭上から声をかけられ、穣二は心臓が止まるかと思った。いや、もう止まってるけど。
 透過能力を使い、天井付近にいた天使と悪魔。どうにも通報者の件が引っかかり戻ってきたクリフと、それに乗ったミリオールだった。
 ミリオールは穣二に気さくに手を振っている。クリフはやや微妙な表情で話しかける。
「んー‥‥もしかして通報者って、あなたですか?」
「隠れてたんですかー? お怪我ないですかー?」
 穣二は必死に考える。最近はぐれ天魔の撃退士も増えたが、その能力は大きく減衰し、ヴァニタスを倒せるほどではないという。
 ならば攻撃を仕掛けて逃げるか? でも相手から攻撃してないのに、そんな騙し討ちのような真似を?
 しばらく悩み、穣二は静かに口を開いた。
「俺は、ヴァニタスですよ。生きてた時の名前は山下穣二」
 そして、ここへ来た事情を洗いざらいぶちまけた。

「わたしが昔戦ったヴァニタスどもとはずいぶん違うのですワぁ」
「俺の知ってる連中ともかなり違いますね」
「基本的に、お嬢の豆腐作りが仕事ですからね。性格は、変に弄って腕が衰えたりしたら困るからほぼ生きてた時のままにしたって言ってました。今回のこれはたまの雑用みたいなもんで」
「お嬢というのは?」
 クリフの問いに、人畜無害にしか見えない中年男性はあっさり答える。
「ファズラって名前です。最近准男爵とやらに昇進したそうで」
「准男爵って、そこそこ大物なのですワぁ!」
 一般人への被害を出したくないというのは、ミリオールには好印象。いずれ侵略するからという理由はいただけないが。
「‥‥根城はどこです?」
 ヴァニタスはなぜかため息をつきつつも、クリフのそんな質問にすら素直に教えてくれた。


「──ですか」
 クリフから受けた報告をスランセが上司に伝えたら、変な顔をされた。
「聞いたことがないですね。そのヴァニタスに騙されたんじゃないかと‥‥」


依頼結果