●石嶺宅へ
「では石嶺さんの注文された本をお届けに参りましょう」
雪かき道具と塩を用意したメレク(
jb2528)は、本の入った袋を手にした。
「こんな大雪初めてっす! 配達のついでに、銀世界を歩き回ったり、雪かきを堪能したりしたいっすねえ」
大谷 知夏(
ja0041)は、愛用しているウサギの全身着ぐるみを防寒用に纏い、実に楽しそう。シャベルを手に、準備は万端。
「ここまでくるといっそ清々しいな。確かに店に来たくもなくなるか」
雪風 時雨(
jb1445)は雪景色を眺め、しみじみと呟く。
「しかしこのような些事、我には関係の無い話である、任せられよ」
「え?」
疑問の声を上げた知夏を抱え、スレイプニルを呼ぶとその背に乗る。
「ははははは、直線距離で空を走れば雪なぞ関係ない! メレク殿はご自身の翼を使っていただきたい」
「なるほど」
「えっと、その‥‥」
肯くメレクも知夏も置き去りに、時雨はテンションを上げる。
「雪ごときが我が歩みを止めるなど不可能! 我が家名の如く風となって走り抜ける! むしろ空から余裕を持って楽しませてもらうとしよう!」
高らかに笑い時雨は空を駆けた。
「早いねえ‥‥」
到着した三人を二階の窓から見下ろし、石嶺は呆然としていた。
「で、目的地に来てみればなんぞ埋まっておるわけだが‥‥天魔か何かの嫌がらせであるか? 実に豪快であるな」
「これはまた、聞きしに勝るという奴っすね」
出発前に、知夏は店主経由で彼へ電話し情報を聞いていた。
他ではせいぜい膝丈の積雪が、ここでは家の一階部分をすっぽり埋めている。周囲を背の高い倉庫に囲まれ吹き降ろしの風がきつい。吹き溜まりになってしまったのだろう。
「本はそこから投げてくれればいいよ。代金はネットで払ったしね」
「いやいや、知夏たちは困ってたら手助けするよう言いつかってるっす。雪かきするっすよ」
「家を出られなくては何かと不便でしょう」
知夏とメレクは自らシャベルを振るい、時雨はティアマットを召喚して雪を掘る。メレクは翼で雪の上に上がり、玄関へのルートを重点的に。時々柔らかな部分を踏み抜いて埋もれるが、透過能力で簡単に脱出する。
「食料は買い溜めしてたし、そこまでしてくれなくてもいいんだけどなあ‥‥これを機に分厚い本を読むかと頼んだわけで」
言いながら、石嶺は気まずそうな顔になり奥へ引っ込む。
「備蓄があるとは言え若者がこの災害時に引き篭もるのはいかがなものか‥‥む、逆に言えば備蓄がない家はまずいのではないか?」
時雨は不意に考え始める。独り言は知夏たちの耳にも届く。
「独居老人宅でインフラが切断されていたら? いかん、ミステリーを堪能して怠惰を貪る石嶺殿なんぞに構ってる場合ではない」
少年の思考が暴走し始めたところへ、部屋着から着替えた石嶺が現れた。
「君らに働かせるだけじゃ悪いから俺も――」
「ていうか石嶺殿も若者なら外に出て働くのだ、今すぐ! 本は封印!」
「エエェ(´д`;)ェエエ」
雪に埋もれて外に出られないので本を頼んだら、本など読まずに外に出て雪かきしろと言われた。実に理不尽な超展開。
「店長に伝言しておこう、島内全てを確認するまで今日は帰れぬぞ石嶺殿!」
(止めなきゃやばいっすよね‥‥)
知夏は必死に事態の収拾を考える。時雨に悪気がないとはわかるが、このままではどう考えても和田書店への悪印象。
と、横合いからメレクが指摘した。
「そもそも、この島に一人暮らしのご老人はほとんどいないのではありませんか?」
ここは学園のために作られた人工島。老人がいるとしてもそれは仕事のためで、孤立の不安などはなかろう。
「それに、ここより埋まってる家なんて見なかったっすよ。不安なら帰りに確認するってことでどうっすか?」
知夏が妥協案を示し、どうにか収まった。
「玄関までの道はできたっすけど、雪の壁が不安を誘うっすね」
四人でかかれば作業は順調。だが道の両脇に積み上げた雪はいつ崩れてもおかしくなさそう。
「このお宅、玄関よりこっちへ出っ張ったりしてる部屋はあるっすか?」
ないことを確認し、知夏は雪にコメットを撃ち込む!
「石嶺さん、バケツを貸していただけませんか?」
吹き飛び、かき易くなった雪を敷地のさらに隅へ運びつつメレクが問う。
水と塩を混ぜ、通路にかける。これで凍結は予防できるだろう。
「では帰還するか!」
●葛西宅へ
「配達の本、よろしくな駿河さん」
「はい、任せるのですよ焔さん」
天ヶ瀬 焔(
ja0449)と駿河紗雪(
ja7147)は親しい友人だ。本は紗雪が、借りたシャベルなどは焔が持ち、出発する。
「さて、電話じゃなくてメール注文ってことは、風邪で声が出ないとかかな」
途中で焔は栄養ドリンク、スポーツ飲料水、食材等を買う。
「おぉー、病気も考えられるのですね」
紗雪は薬や冷却シート、りんごや苺などを買うことにした。
「他に何か考えられるか?」
問いながら焔は心の準備。紗雪のボケクオリティは想像の斜め上を行く。
「んぅー、朝目が覚めたら身も心も少女になっていて少女漫画を注文したというのはどうでしょう?」
「その発想はなかったな!」
道中、除雪が済んでいない個所では雪かきを。道行く人に感謝されつつ、二人は順調に進む。
「おぉー、焔さん大当たりです」
ドアを開けた葛西は、マスクをしてやたら咳き込み、顔は赤く熱を発して息も絶え絶え。焔が支えて布団に寝かせてやる。
「す、すいません‥‥」
「いや、本屋さんの方でも心配してたからさ。世話を焼かせてもらうよ」
一方紗雪は、雪うさぎを葛西へ手渡した。
「はい、どうぞ。冷たくて、可愛いのです」
「わあ気持ちいい‥‥って、あの‥‥剥き出しで渡されても困るんですが‥‥」
掌ですぐ溶け出して布団が濡れそうになっている。紗雪に悪意はない。
「葛西さん、皿借りるぞ!」
皿に載せられた雪うさぎは、座卓の上にちょこんと収まる。
「雪かきの途中でこっそり作っておいたのですよ。焔さんには、ミニ雪だるまー♪」
「ああ‥‥ありがとな、駿河さん‥‥」
皿に雪だるまも並んだ。
焔は台所を借り卵粥を作る。両親を亡くし施設で育った彼は、昔から人の面倒を見るのは馴れている。元々世話焼きで、たとえ店主に頼まれていなくとも放ってはおけなかったろう。
紗雪は葛西の枕元に。経過を聞くと、昨夜よりはマシらしい。
「大丈夫ですか? 熱下がったですかねー?」
「ちょっ?!」
無造作に、額で検温を試みる。もちろん今熱いことしかわからないが。
葛西の額に冷却シートを貼ったりしつつ話を聞く。
「んぅー、どうして今日は少女漫画を?」
「あー‥‥」
口ごもっていたが、咳き込みながらも話し出す。
「こんな酷い風邪引いたの久しぶりで、情けない話ですけど、このまま死ぬんじゃないかとか考えたんです」
「んぅー、病気の時独りは心細いですよね」
「そう考えたら、あいつが薦めてくれてた漫画読んでなかったな、あれ読んでおかないと後悔するなって思って‥‥」
「あいつとは?」
「お、同じ部活の、遠山っていう、女子で‥‥」
「おぉー」
風邪とは別の理由で顔を赤くした少年を見て、紗雪はふと思い立ち、届けた漫画を袋から出す。
「やはり、風邪は休養が一番です。よく休めるように、本を読んで差し上げますねー」
「ど、どうも‥‥って、漫画を?」
「文字を目で追うのも疲れるのですよ。ちゃんと読みますからね」
少女漫画の読み聞かせ。台所からは料理の匂い。不思議な、けれど穏やかで温かな空間が作り出された。
焔が卵粥を作り終えた時、チャイムが鳴る。
「はい、どちら様?」
来客は長い黒髪の気弱そうな少女。焔の顔を見てうろたえている。
「あ、あの、ここ、葛西駿一郎さんのお部屋‥‥ですよね?」
「ああ、そうだよ。本人はちょっと寝込んでてね。俺は本屋のバイト」
「え、ええと‥‥? わたし、葛西くんと同じ映像研究部アニメ班の遠山です‥‥珍しくお休みなので、気になって‥‥」
「おぉー、あなたが遠山さんですか」
様子を見に来た紗雪が声を上げた。遠山が彼女を見て驚きつつ後ずさろうとするのを、焔はさりげなく腕を取って引き留める。
「彼のお知り合いならどうぞどうぞ。彼女も俺と同じ本屋のバイトでね」
部屋に上げながら手早く状況を説明する。
「あ、遠山‥‥」
「大丈夫ですか!? 風邪のようですけど、症状は?」
病人を見ると遠山がてきぱき働き出す。
「わたし、アウル覚醒前は病弱で、今は部活で雑用とかも色々してて。看病は天職みたいなものです」
「バカ言ってんなよ、おまえの天職はアニメ作家だろうが」
話し合う遠山と葛西を見て、焔と紗雪は微笑み合った。
「料理を作っておいたけど、まだ一人じゃ食べられなさそうだな。食べさせてもらったらどうだ?」
「な!!」
焚きつけられた葛西が絶句し、遠山が真っ赤になる。
「さ、邪魔者は消えるとしましょうか」
「おぉー、まったくです」
二人は軽やかに退出した。
●星野宅へ
「こんな大雪は久遠ヶ原に来てから初めてさねぇ」
九十九(
ja1149)は重体明けの体をほぐす。雪を見るのは風情があるが、動き辛いし寒いのも好きじゃない。それでも、軽い戦闘もありそうなこの依頼、リハビリには適切だろう。
「三姉妹の末っ子で、姉二人が京都などで戦っていて一人暮らし、ですか」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が呟く横で、目の色素が薄いシィタ・クイーン(
ja5938)は雪用ゴーグルを準備し、星野邸までの道を地図で確認、頭に入れておく。
「近くに天魔が出るというな。後々のためだ、排除しておこう」
(‥‥小さな子供が待ってるなら、なおさらな)
人間同士のテロや天魔に殺された弟妹。きよみぐらいの歳の子には思い入れがある。
出発し、しばらくは何もなく。積もった雪はまだ凍結してないが、足回りは悪くなる。
丘の上の屋敷へ向かう道に入る。道の両脇は雑木の茂み。
「おいでなすったねぇ」
九十九が放つ風が茂みを揺らし、潜んでいた天魔を露わにする。大きめな狸型だ。
歩みを止めた一行を見て、狸はのっそりと姿を見せた。
「‥‥出たか。寒かったところだ。体を動かすにはちょうどいい」
前衛のシィタを襲う狸だが、九十九の矢が紫紺の風に変じ動きを鈍らせる。簡単に回避成功。
クリフの十字手裏剣が突き刺さり、シィタの両刃剣が斬り裂く。牙を剥くが、今度はクリフのナイトミストにかわされ。
「逃がしはしないさね」
九十九の牽制射撃で逃走もままならず、雪をものともせず縮地で間合いを詰めたシィタにあっさり退治された。
「雪にしても、ちょっと遅かったんじゃない?」
高そうな服に身を包む星野きよみは、本を受け取るとやや突っかかるように言った。小等部六年としては小柄だ。
シィタが一歩踏み出す。男物の服に男性的な仕草、ここへ来る前に消したが残っている煙草の匂い。見上げるきよみの表情にちらりと怯えが走る。
「すまない。言い訳をするようだが、野良のディアボロらしきものに遭遇し戦闘になった」
シィタが頭を下げると、少女の表情は一変する。
「大丈夫!? 怪我してない? ライトヒールなら使えるわよ!」
「‥‥優しい子だな」
シィタは身をかがめて視線を合わせると、レザーグローブを外し、きよみの頭をなでた。
「ディアボロや大雪の影響であまり外出できてないんじゃないかと思いまして」
「ありがと。あなたたちも食べていって。退治で疲れてるでしょ」
クリフが持って来たチョコタルトを受け取り、きよみは三人をお茶に誘う。
「TRPGとは、どんなものですか?」
クリフが水を向けると、きよみが嬉々として説明を始める。会話とサイコロで演じ、遊ぶゲーム。一人の作者がすべてを決めるのでなく、参加者全員が生み出す物語。知らないシィタにも、彼女の語る楽しげな雰囲気は伝わってくる。
「遊んでみたくなりますね」
「ああ。教えてもらう形でよければ」
「じゃ、やってみるかねぇ」
九十九がサイコロを取り出すときよみの目が輝き、自分のサイコロを両手一杯に持って来る。
「あ、でも‥‥」
「どうしたの?」
クリフにきよみが問う。
「俺は悪魔だけど、一緒にいても大丈夫ですか?」
「何おかしなこと言ってるの? うちのクラスにも天魔はいるし、だいたい同族に逆らってまで私たちを助けてくれる人を、嫌うわけないじゃない!」
*
「楽しかった!」
遊び終えて、ゲームマスターを務めたきよみが満面の笑みを浮かべた。
小さな村が舞台の簡単なシナリオ。でも、村の若者を演じた三人は、ささやかな平和を確かに守ったのだ。
「これは興味深い遊びですね」
「悲惨な結末にならなくてよかったな」
初体験のクリフとシィタが語る感想を嬉しそうに聞き、けれどやがて肩を落とす。
「ん? どうしたさね?」
「友達ともこんな風に遊びたいんだけど、みんな乗り気じゃなくて‥‥」
ああ、とクリフが肯いた。
「俺たちはまず興味を持ったからすんなり遊べましたけど、関心が薄い子だと難しいかもしれませんね」
「部活でもTRPGはできるねぇ。よかったらうちの総司令‥‥もとい部長にも紹介するさねぇ」
「そんなとこあるの!?」
「友達も誘ってみれば、慣れてる人にうまくリードしてもらえそうですね。あと思ったんですけど、PCにNPCをナビとしてつけて、友達がわかりにくそうにしていたらNPCを通してアドバイスをするなんてのはどうですかね?」
「あ、そっか!!」
九十九とクリフの助言に、きよみは驚きつつも喜んだ。
暗くなる前に戻ることにした。
「留守番ができて、偉いな」
「た、大したことじゃないわ。私も撃退士なんだし」
シィタにそっぽを向いたきよみだが、別れ際にそっと言った。
「あなた、お姉ちゃんに雰囲気が似てる。今日は遊んでくれてありがと」
●和田書店で
「今日は皆さんお疲れさまでした。温かいものを準備しておきましたので、お好きなものをどうぞ」
店主が満足げに頭を下げた。
知夏が星の輝きを使うと、書店脇の駐車場が明るくなり、陽が沈む前に作ったかまくらを美しく照らす。その内側にはロウソクの火が柔らかく灯っていた。
「うむ見事なものだ!」
時雨が尊大な口調で褒め称える。
「中に入らないのさね?」
少し離れて煙草を吸うシィタに、九十九が訪ねた。
「‥‥」
亡くした妹たちを思う。自分は、無邪気には楽しみきれない。
「飲むかい? 酒とはいかないけれど」
熱いブラックコーヒー。断りはせず、呷った。
「おぉー、綺麗なのです」
中に入っていた紗雪が外を眺めて感嘆する。隣の焔とともに、甘酒を味わう。
「わたしはお仕事斡旋しただけなんですけど‥‥お誘いありがとうございます」
隅っこでスランセはクリフに頭を下げた。
「いやいや、せっかくですから楽しみましょう」
クリフは眼鏡の位置を直しながら微笑んだ。手にしたココア入りのカップが温かい。
周囲を眺め、メレクは口をほころばせて紅茶を味わった。