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「また一緒ですね、紅葉さん、それに黒井君も」
鍾乳洞を進みながら、袋井 雅人(
jb1469)は紅葉 公(
ja2931)と黒井 明斗(
jb0525)に声をかける。記憶喪失の彼が戦闘任務を通じて交友を結んだ二人だ。戦闘はまだ不慣れだが、顔見知りがいるとそれだけでリラックスできる。
「猪退治以来ですね」
穏和に微笑む公に、雅人は「キリッ」という擬音が似合いそうな顔で応じる。
「あの時はお恥ずかしいところを見せましたが、今回は入念にスキルを充実させたので大丈夫かと思います」
「心強いです。全員で元気に帰りましょう」
明斗が真面目に返し。
「皆さん無事だといいですが‥‥」
公の遭難者を気遣う呟きが、洞窟内で反響したのか意外に大きく響いた。
「事前情報が無いというのは心許ないのう。最悪の事態もありうる」
鍔崎 美薙(
ja0028)が時代がかった口調で答えた。悲観に囚われてはいけないが、楽観に寄りかかってもいけない。
「敵がおるならば、排除できるかどうか見極めねばならんな。撃破できれば上等じゃが、力及ばぬかもしれぬ」
今回は少々経験の浅いメンバーが多い。
「目的は救助じゃ。四名の要救助者がいる以上、我ら自身が倒れすぎては任務を果たせん。一人戦闘不能になった時点で、彼らを抱えて撤退しようと思うがどうかの?」
誰からも異論はなかった。
「四人で行って誰も戻ってこねぇとは、随分厄介な奴が居座ってるようだ。とりあえず情報を集めんと話にならんな」
アッシュ・エイリアス(
jb2704)ら、一行の中では隠密行動に長けるナイトウォーカーの三人が少し先行することにした。
「携帯は便利ですがこんな弱点もあるんですね。この機械もなかなか興味深いですが」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が、洞窟の管理事務所から借りた年代物のごつい無線機を手にして言う。基地局経由の携帯と違いこれなら洞窟内でも通話可能だ。ただしこれも、間に曲がり角をいくつか挟むと途端に通話困難になる。
ゆえに、先行するのは最後の曲がり角の先、距離的にはせいぜい数十メートル。
「なるべくなら、緊急の通信がないことを願いたいな」
待機組として無線機を持つ久井忠志(
ja9301)の言葉に全員が肯いた。
「夜の番人は‥‥必要ないですね」
偵察用にスキルをやりくりしようとした雅人だが、現場の状態を見て暗視スキルを使うのはやめる。右の曲がり角の奥からヘッドライトと思しき光が左の壁へ煌々と射していたのだ。
「ピクリとも動いてないですね」
「照り返しじゃなくて奥からこっちに向いているよな。立ってる、のか? 磔かもしれねぇが」
悪魔として戦闘経験を積んでいるクリフとアッシュがあれこれ推測するが、やはり実際に見ないことにはわからない。
踏み出すアッシュの足が水を感じる。
「耳がいい奴ならここまで来る途中にもうバレてんな」
「阻霊符も使ってますしね」
とは言え、追加で危険要素を増やすこともない。明かりも足音も消し、気配を殺し。
黒一色の服装にジャージに作業服と、風変わりな取り合わせの三人は、静かに洞窟の奥を窺った。
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「石化、ですか」
成果とともに再合流した三人の話を聞き、明斗とともに、美薙も唸る。二人ともまだ石化を癒やせるスキルは会得できていない。
「奥は、三人が横一列で戦えるほどの幅です。女子二人は中央列で奥に深く突き進んだ状態で、男子二人はこちらから見て右の列で奥から逃げてくるような状態で、石になっていました」
「‥‥直線型の範囲魔法攻撃でしょうか。それも、最低でも射程二十メートル」
クリフの整理した情報から公が推測し、アッシュが肯う。
「猛スピードで二連続石化攻撃とかでない限り、天魔や被害者の位置と向きから考えてそう見るのが妥当だろうな。横幅せいぜい二メートル程度っぽいのが、強いて救いと言えば救いかね‥‥想像以上に厄介だ」
「天魔は、牛型が一体でした。今は右の列の一番奥で足を畳んで休んでる感じです。あと、緑色ですね」
「変な牛もあったもんだ」
腕組みした忠志に鋭い目つきで睨まれたように感じ、報告した雅人は少し怯える。忠志にそんなつもりはないのだが。
「左端は空いているんだな? なら俺がそこから奥まで一気に走り込んで囮になろう。その間に救助してくれ」
「なら僕も行きましょう。楯がありますししばらくは持ち堪えられると思います」
「あ、その前に試したいことがあるんです」
忠志と明斗をクリフが制した。
彼の隣には、奥から運んできた、石化したインフィルトレイターの男子。
偵察中、牛が身じろぎもしないのを見てクリフは思った。
こちらがある程度の距離まで近づかなければ、何もしてこないのではないか?
確認のため、一番手前の被害者に接近し、牛の様子を見たが、反応はない。そこで、彼を担いで曲がり角の先まで引き返してきたのだ。
「一番奥の女子は無理にしても、あと二人までは戦闘開始前に救出できるかもしれません」
その仮説にアッシュが乗った。
「右端が空けば突入もしやすくなるし、戦闘中に救助するのが一人なら割く人出も少なくて済むし戦いやすい。上手くいきゃ大手柄ってもんさ」
そして今、二人は再び角を曲がり洞窟の奥へ向かう。
スキルをフル活用し、敵に悟られぬように。
石化した女子たちのヘッドライトに照らされる牛は、ディアボロかサーバントか。どちらにせよ、かつての自分たちなら歯牙にもかけなかった存在。しかし魔界からのエネルギー供給を失った今、力関係は逆転している。
慎重に歩を進め、アッシュは男子阿修羅の元に辿り着いた。
クリフは牛を注視しながら、女子のインフィルトレイターを目指す。一歩一歩、細心の注意を払い、しかし大胆に。
もう一歩で手が届く、というところで、牛が赤い目を開いた。
クリフは動きを止める。いつでも避難できるように身構える。
‥‥数秒の後、牛は目を閉じた。
ほんの少し逡巡した後、クリフは最後の一歩を踏み出し、石化した少女を抱えて静かに退却した。
「もう少しあたしが練達した癒やし手であれば、回復も試みられたであろうが‥‥今しばしの辛抱を許せ」
美薙たちは救助した三人を洞窟入口まで運び、突き止めた情報を学園へ報告した。
「わかりました。クリアランスを使える人を手配します」
「頼むのじゃ。我らはこれから最後の一人を救ってくる」
スランセとの通話を切ると、着物姿の凛とした美少女は洞窟へ取って返す。
「相変わらず動きはないですね」
残っていた公や明斗は曲がり角からそっと牛を覗いていた。小柄な二人のそんな姿はなかなか微笑ましい。
「あれ、ものぐさ過ぎて捨てられたんじゃないかね?」
アッシュが苦笑する横で、忠志がおもむろに口を開いた。
「だが石化の能力は侮れん‥‥ああ、鍔崎君、撤退条件は変えてもいいのではないか?」
「そうじゃな。我らは三人までは倒れても良しとできるか?」
「敵を抑えるしんがりも要るでしょうし、二人でどうでしょう」
明斗の案でまとまり、七人は救助と牛の撃退に動き出す。
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明斗がアウルの衣を全員に付与し、魔法攻撃への耐性を高める。ヘッドライトも全員が点灯。
「行くか」
まず忠志と明斗が曲がり角を踏み越える。
右端隅に陣取る牛には、包囲によるダメージ上昇が期待しづらい。そこで、忠志が左列を全速力で突っ込んだ後タウントを使用、敵を中央へ引きずり出してせめて三方から攻撃する策が考えられた。
「うおおっ!」
囮である以上、目立たなければ意味がない。美薙の提案も踏まえて、無口な身には不慣れな雄叫びなど上げつつ忠志は洞窟奥へ突き進む。
それは明斗も同じで、足元の水をむしろ盛大に跳ね上げ、盾を構えて前へ。中央の石化少女を範囲攻撃に巻き込むわけにはいかないから右列を。
牛が、赤い目を開く。
忠志と明斗、両者を見て、立ち上がり。
自分と同列にいる明斗へ向けて口を開いた。
石膏色のブレスが洞窟内を通過する!
特殊抵抗は高めのアストラルヴァンガード。しかしこの時は運が悪く、明斗もまた石化する。
「黒井君!?」
「うろたえるでない!」
雅人を美薙が一喝する。まだ撤退条件に至ったわけでもないのだ。
「予定変更じゃな。クリフ殿、任されてくれるか?」
明斗が石化した今、美薙のライトヒールが唯一の生命線。阿修羅の少女を抱えて一時離脱するつもりだったが、そうもいくまい。
「わかりました」
クリフが中央を全力移動し、少女の元へ。
「じゃあ俺が受け取るさ、バケツリレーって奴かね」
アッシュは美薙や雅人、公とともに少し前へ。
クリフが少女を抱えて離脱、手を広げるアッシュに渡すと彼がひとまずの安全地帯、曲がり角の先へと運ぶ。
「すぐ帰れるようにすっから、ちっと待っててくれや」
救出を見届けた忠志が敵の気を惹く
「その角で、俺を刺してみろ‥‥刺せるものなら、な」
成功し、牛がようやく動き出す。詰め寄って、角で突き刺してきた。
だがその攻撃は防壁陣が阻む。防御に専念したディバインナイトに対してさしたるダメージにはならない。
「これで、気兼ねなく戦えますね」
公が前に進み、召炎霊符をかざす。ちょうど射程ギリギリの位置から放たれた火の玉が、忠志に向き合う牛を側背面から襲った。
「届くか?!」
雅人がファイアワークスを撃ち込む。洞窟の中に多彩な炎の華が咲き、それらはディアボロだけを選んで爆ぜる。
「久井殿、怪我はどうじゃ?」
「まだ余裕だ。今は攻撃を頼む」
二度目の防壁陣で牛を受け止めた忠志は、タウントから切り替えてエメラルドスラッシュを活性化。一手費やすがその価値はあるはず。
しかし、タウントは非活性化した瞬間に効果が切れてしまう。
「こっちにもいるぞ!」
そのタイミングで、さらに接近した雅人がナイトアンセムを仕掛けた。深い闇が牛の周囲にまとわりつく。牛は苛立ったように首を振り立てつつ、攻撃した雅人へ振り返ろうとする。
「袋井さん!」
公が、水たまりに踏み込みわざと音を立てた。そして一瞬こちらへ顔を振り向けた相手の頭部を狙い攻撃! 牛はより不快そうに足を踏み鳴らす。雅人への狙いは逸らせたようだ。
「あたしも行くぞ」
美薙が左列から黄昏珠を構え、戻ってきたクリフも遠距離からラジエルの書を開く。光の矢が突き刺さり、あるいは白いカードが縦横に飛び交い斬りかかった。狙い通りの多方向からの攻略。
「‥‥!」
忠志が緑の光を宿したトライデントで斬り裂く。ダメージの蓄積が効いてきたか、牛がよろめく。
そこへ。
「ご迷惑、おかけしました!」
石化から自力で回復した明斗が詰め寄り、十字槍で渾身の突きを決めた。
「さっさと終わらせるとしようかね」
アッシュも銃を撃ち込むが、それでも牛はまだ倒れない。
これが今の自分の強さ。だが同時に、魔界に依存したものではない、決して借り物ではない自分の力。ならばそれを、改めて積み上げていけばいい。
クリフが、雅人が、攻撃を重ね、公の三発目の炎弾が着弾する。
力尽きたディアボロは、炎に包まれながらその場に崩れ落ちた。
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「これで、全快かの?」
忠志と明斗の傷を美薙がライトヒールで癒やす。
「感謝する」
「ありがとうございます。それと、すみません‥‥」
「何を気にすることがある? 二人が先陣を切り身を張ってくれたからこその勝利じゃ。石化した四人も大きな怪我なく無事に救出できたのだしな」
美薙は肩を落とす明斗を力づけた。明斗は「また心配させちゃうかな」とある少女の顔を思い浮かべて反省しつつも、美薙の励ましをありがたく思う。
「しかし、こいつはここで何をしていたのだろうか‥‥」
忠志の疑問に雅人が反応する。
「何かないか、洞窟探検してみませんか?」
阿修羅の石化少女を出口に運び結果を報告するという明斗は断ったが、他の面々はそれに乗る。
とは言え。
「鍾乳洞に入るのは初めてなんですが、落ち着いて見てみると綺麗なものですね」
物珍しくはあるし、雅人には楽しい思い出になったものの、地元自治体の管理するさほど大きくはない洞窟。人の入れるエリアは隅々まで回ってみたが天魔が着目しそうなものは特に何もない。宝探しなどの期待は残念ながら空振りに終わった。
出口に向かい、射し込む外の光を見て、アッシュは思わず安堵の息を漏らす。自覚していた以上にくたびれていたらしい。
終わってみれば大した被害は出なかったが、それまでのプレッシャーたるやかなりのものだった。狭い洞窟内で、射程の長い直線範囲石化攻撃。敵が好戦的だったら、救助のために近づくこともままならなかったろう。
だからついつい愚痴ってしまった。
「マジで、なんであんなところに出やがった‥‥」
悪魔側の案外他愛ない事情が明らかになるのは、もう少し先の話。