●七人の非モテ
先日久遠ヶ原へ転入したばかりの六道 琴音(
jb3515)は、初依頼の仲間たちを見回した。あれ、初? 前段階としての「簡単な戦闘依頼」があったはずだけど‥‥そちらは思い出せない。
「さっきのマルズークってスーツのおじさん、学園長と絡ませたらどうかなあ‥‥ていねい語のきちく攻めに学園長のつよき受け?」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)、腐女子系非モテ。男二人いればすぐカップリングを始める「おクサレ様」として恐れられている。
「非モテじゃろーがボッチじゃろーが何か問題あるかのぅ。要するにわらわに釣り合う輩がおらなんだ、それだけじゃ」
ザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)、ナルシスト系非モテ。今も携帯の待受画面に使った自分の写真(自撮り)を見てうっとりしている。
「モテを襲うサーバントか‥‥なんか他人の気がせんのう」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)、嫉妬系非モテ。しっと団なる組織に属し、リア充に日々挑む闘士。
「斯様なサーバントを作るなど、元同族として情けないでござるよ。頭痛い‥‥。ところで、非モテとは何でござろう?」
鳴海 鏡花(
jb2683)、無自覚系非モテ。言葉の意味がわかってないので自覚すらせずに済んでいる、ある意味幸運な天使。
「どうしてわたしたちが争わなくてはならないのでしょう‥‥リア充へと向ける、この胸に滾る思いは同じはずなのに。そんな両者が相打つ巡り合わせに、涙せずにはいられません。正直、同士として共にリア充殲滅に乗り出したい気持ちすらあるのです。ですがわたしは撃退士。世界を護るため、あなたを自らの手に掛けなければいけないのですね、覚悟を背負い‥‥」
微風(
ja8893)、妄想系非モテ。マルズークの話を聞いて二秒後にはもうこのテンションでした。普段からこの調子なので、誰も寄って来ません。
「ひ、非モテとかおかしなこと言う使徒もおるのだな。この清純派乙女を捕まえて‥‥」
ポーカーフェイスが引きつっている七種 戒(
ja1267)、残念系非モテ。彼女の友人知人の間では、彼女がよく口にする「清純」や「乙女」は、本来とは何か別の単語、「きよずみ」とか「おつおんな」とか、そんなものだと認定されている。
六人とも顔立ちは悪くない、それどころか世間一般の基準で言えば確実に美男美女の部類に入るのに、紛う方なき非モテ。何と言うか、一騎当千の強者揃い。
琴音はそんな錚々たる面々の中にたまたま混ざっていただけかと思っていたのだが。
「非モテの撃退士って‥‥私も、ですか」
思い返せば、普段から周囲の人たちにクスクスと笑われているような。
ちょっとショックを受けつつ、この敵にはおあつらえ向きだとなぜかすぐポジティブに気持ちを切り替え、琴音は一行に作戦を提案した。
●泥仕合の果てに
巨大なハンマーを手に河川敷をうろつくサーバント。行動はともかく、姿自体は普通の青年だ。
そこに琴音は『恋する乙女のキラキラ瞳』で近づいた。サーバントは動きを止める。
「やだ‥‥貴方を見ていると、こんなにも胸が苦しいです」
サーバントの空いた手をそっと握り、自分の胸に当てる。
「ほら、こんなにドキドキしてるんです」
一方、反対側からはザラームが、ハンマーを持つ腕に指で触れ、流し目でちょいと色っぽく。
「素晴らしく大きな『はんまぁ』じゃのぅ。『わいるど』な男は格好よいとわらわは思うぞ?」
「そうです、とっても素敵です」
琴音とザラームはサーバントをちやほやし始めた。
リア充殲滅特化・非モテ回路搭載のサーバント。
だがもし、そのサーバント自身がモテたらどうなるのか? モテオーラとやらを自分から検知すれば、あわよくば自壊、少なくともオーバーヒートくらいするのでは?
モテオーラは、人間だろうが天魔だろうがモテる者が自然と纏う選ばれし者のオーラ、ならば奉仕種族も例外ではないはず!
「どのような反応を示すのであろうな‥‥」
少し離れたところから、固唾を飲んで見守る鏡花。
「拙者は、ああいうのはちょっと‥‥。可愛く、綺麗な女子たちが囲むがよかろう」
(正直言うと‥‥そういうのは恥ずかしいでござる‥‥)
口に出すのとは微妙に違う、鏡花の可憐な心の声。
「そりゃそうでござろう、サーバントが同性好きとは限らんでござるからな」
横でぼーっと見ていた虎綱が口を挟む。
「? 拙者、女でござるよ?」
「何と!?」
凛々しい風貌に男装、久遠ヶ原では珍しくない話だが、彼女の性別も迷子気味だ。
「はぅ、そんなにカオは悪くないのっ‥‥誘い受け、とかが合うかもっ」
サーバントと虎綱を見比べカップリングに勤しむのはエルレーン。性別を聞くまでは、鏡花もその対象でした。
「ああゆうふうに見えて、でも実は愛をもとめてるんだよねぇ‥‥だから愛をおしえたげてよぅ、虎綱くん‥‥げへへ」
ちょっと正視に耐えない表情になりつつ、折を見て彼女もちやほやの輪に加わる。
「はぅはぅ、とってもきゅーとなのっ! もえー! もえー!」
直前に変化の術でグラマー美人に化ける。そして繰り出す奥義!
「うっふん、よかったらぱふぱふしてあげるのぉ」
自分本来の体では決して言えない台詞‥‥いや、悲しくなるのでその辺は考えないようにしよう。
一方、戒は敢えて一歩引く。
「あんなに魅力的な方々がいるんですもの‥‥私なんてよよよ」
清純派乙女オーラを最大限に発揮! か弱い大和撫子風に、ちらちらと視線を送りあっぴーる。
‥‥‥‥‥‥うん、すでに駄目だ。色々と。
ともあれ、各人がサーバントをモテにしようとちやほやしまくる。
だが。
知性で猿に劣るからと言って、野生の獣が猫撫で声の人間に易々と近づくか? 否。
非モテが見知らぬ美人にいきなりちやほやされて気を緩めるか? 否、断じて否!
サーバントは警戒心剥き出しで一行を睨み、身構えを解かない。滅ぼすべきリア充でないことは明らか、しかし不審、というところ。
そして何かを呟き始める。
「む、その者、天界の言葉を話しているでござるが‥‥」
鏡花が耳を澄ませて一同に通訳する。
「雌犬雌犬と繰り返し‥‥罵倒か何かのつもりでござろうか?」
「「「「‥‥‥‥」」」」
●ッチ呼ばわりされた女子四人の表情が固まる。
「ふむ。貴様なら、いや我らならわかるであろうな‥‥」
虎綱がしみじみと呟く。心の伴わぬ賞賛など、いくら積み重なろうとモテには決して至らないのだ。
油断させるどころか警戒させてしまった。このまま戦闘に入るしかないのか。
しかし、その時。
「サーバント様、あなたにしたためた恋文です‥‥!」
微風が、白い封筒を差し出した。封の部分には赤いハートマークの、王道ラブレター。
「まさかこの短時間で!?」
だが、驚く琴音がよく見ると、封筒は端が黒ずみ、折れたり擦り切れたりもしている。
‥‥まるで何日も何十日も持ち歩いていたように。
「これは『汎用決戦型ラブレター』‥‥いつ何時、運命の出会いが待っているかわかりませんから、誰に渡しても通用するよう推敲に推敲を重ね想いを連ねたラブレターを、普段から懐に忍ばせているのですよ」
微風の微笑みに、周囲が凍りついた。
それでも。
一般的な恋愛感情とは絶対違う、しかし何か間違いなく本気ではある感情。それに打たれてサーバントの動きが止まった。
「お覚悟!」
その隙を逃さず、微風は柳一文字を抜き打つ。曲線的な軌道がサーバントのハンマーを持つ腕を襲い、深く傷つける!
それを機に、周囲に集まっていた女子が一斉に動く。
「はううーっ! 萌えはせいぎいぃ!!」
エルレーンが「雷遁・腐女子蹴」で襲い掛かる。激しい一撃がサーバントをよろめかせたが、取り巻こうとする腐女子オーラは跳ね除け、麻痺には至らない。
「他人への恨みを武器になど、虚しいコトに気づかぬ貴様はやはりただの木偶よ。木偶にはこのザラームやられてやれんのぅ」
少し離れてザラームがコンポジット・ボウで射掛け、やや引いた琴音が大剣アイトヴァラスで別方向から斬りつけるが、これらは微傷。
「戒、狙撃をお願い!」
「おう!」
琴音に応じ、直前に使っておいた緑火眼からのダークショット。天界勢にとって相性最悪の銃弾が、回避不能な精度で撃ち込まれた!
先ほど雌犬認定された四人の攻撃は絶妙な連携でサーバントを蹂躙する。色々かっこいいこと言いつつも、全員微妙に涙目なのは見ない方向で。
「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて何とやら、という言葉を恩人に教わったでござる。モテぬのは己自身の責任であろう、八つ当たりするでない」
「ぐはっ!」
鏡花が接近して鉄扇を顔面に思いきり叩きつけた。後半の言葉は周囲へも精神的に誘爆しているようだが。
「なんかむかつくから八つ当たり雷電キーック!」
虎綱が雷遁・雷死蹴で攻撃参加。演技のちやほやにも嫉妬できる辺り、さすがだ。
「しっと団が特攻隊長、虎綱・ガーフィールド。この軟弱者に喝を入れさせていただくッ!」
そしてニンジャヒーローで名乗りを上げるが残念、麻痺が効かないほど特殊抵抗の高いサーバントには見向きもされない。
並のサーバントならすでにくたばっているほどの猛攻を食らい、しかしこの個体はまだ戦意旺盛。
事前のマルズーク情報によれば、この敵のスキルは、近接物理攻撃と、自身を中心とした近接範囲魔法攻撃と、遠距離魔法攻撃の三つ。
射程のある者は全員適度に距離を取ったため、範囲攻撃「嫉妬の炎」は使わない。物理攻撃「怒りの鉄槌」を微風に振るおうとするが、斬られた腕が痛むのか断念。
ゆえに、今回は五十メートル以上の射程を誇る遠距離攻撃。
虐げられた野良犬のような目が、一同をぐるりと見渡し、なぜか戒で止まる。
「あ、貴方の愛で焼かれるのならば本望です‥‥」
ダメ元でちやほや再開してみるが、今さら遅い。
目から放たれるビームについた名は、「憎しみで人が殺せたら」。
「私が言いたいわ阿呆がー!!」
シリアスな依頼だったらちょっと不安になるくらいのダメージを受けて吹っ飛んだ。
以後の戦いは色々な意味で凄惨だった。
「私にさからうわるい子はっ! 次の夏の新刊の中でもうお婿さんにいけないカラダにしてやるのぉッ!」
同人作家エルえもん先生、サーバントをネタにするつもりだ! 逆らわなくてもネタにしそうだけどね!
「貴様を倒したら‥‥今年はなんだかモテそうな気がするー!!」
戒が叫び、アウルの銃弾をぶち込む。
「『お前たちも非モテなのになぜ俺を襲う!?』と叫んでいるでござる‥‥拙者らはこやつの同類なのでござろうか」
鏡花が通訳しつつも上空へ逃げ、悲痛な表情で暴れるサーバントの鉄槌を回避。
「貴様ごとき木偶と一緒にするでない! わらわたちは貴様とは違う! ‥‥たぶん」
皆を癒やしながらザラームが吼える。
「世界を護るため愛する人を自らの手に掛けなければいけない‥‥ああ、何という悲劇のヒロイン」
避けられない悲運に涙しながら封砲をぶっ放す微風。さっきから、攻撃自体には一切容赦が見られません。
「何なのこの地獄絵図‥‥」
地面を転がりハンマーをかわした琴音が思わずこぼした。各人の欲望と悲嘆と妄想が入り混じり、ただここにいるだけで正気が削れるようだ。これが撃退士と天魔の戦場‥‥!
ともあれ、サーバントも一対七ではどうにもならずよろめき始める。
すると虎綱がなぜか武器を捨て素手で殴りかかった!
「貴様のしっと魂を見せてみろッ! 年齢=彼女いない歴更新中の某に勝てると証明してみせろッ!」
いつしか陽は沈み始め、夕陽の河原で両者が相対する。殴られて虎綱が血を吐く。
「はうっ、でも虎綱くんが受けでもいい感じ‥‥これもアリなのっ」
「良い一撃だ‥‥だがこれで終わりでござるッ!」
虎綱の右ストレートがサーバントの顔面を捉え、地に倒れる。
「悲しいのう。立場が違えば肩を並べて戦っていたはずなのに」
もはや動かなくなった友に、虎綱が語りかける。
「それでもわたしは‥‥あなたを愛していました‥‥」
微風のはかない声が、風の中に消えた。
●世界を救い、しかし、何が変わったのだろう?
「あ、非モテだ」
いつの間にか学園へ戻っていた一行は、見知らぬ小等部の生徒に指を差された。彼ら七人は活躍でも強さでも人柄でも成績でも語られず、「第一属性:非モテ」として扱われる。
「非モテ言うな!? それと人のこと指差すんじゃありません!?」
戒が叱るが効果はない。
「非モテ? ふふん、モテとかどうでもいいのっ。萌えられるネタがあれば、それで!」
「ま、それはそれ。今日もリア充撲滅に励むかの!」
エルレーンと虎綱の態度は、まったくもっていつも通り。
それはあるいは、つらい現実に過去ぶちのめされ続けた故のパンチドランカー状態なのかもしれない。
「それにしても、わたしはなぜモテないのでしょう。原因が一向にわからなくて‥‥」
微風の呟きは六人全員がスルー。
「モテるとは、何なのでござろうなあ」
鏡花が重い吐息をつく。
「モテる者たちに被害が及ばぬよう、拙者たちはふざけたサーバントを倒した。なのにこの仕打ちはあんまりではござらぬか?」
本来なら胸の内にしまっているであろう言葉。しかし苦闘の疲れと、直後のこの扱いが、真面目で純真な天使に打撃を与えていた。
「ま、なんじゃ、気にするでないぞ」
ザラームが慰めるが、どうにもうまくない。
「でも、あんまりです」
琴音が目を潤ませる。それは仲間を気遣う涙。
「私たちの働きで平和が守られたことくらい、主張してもいいんじゃないでしょうか?」
「いや、それをすると某たち、ただの非モテから嫌な方向にランクアップしそうでござるぞ」
「非モテ回路だの世界を救っただの、大っぴらに口にした時点で正気を疑われるじゃろうしな」
「ですけど‥‥」
虎綱やザラームの冷静な指摘に食い下がろうとする琴音の肩に、戒が手を置いた。
「見ろよ六道氏」
視線の先には仲睦まじそうなリア充たち。
「みんな、幸せそうじゃないか‥‥あの光景が、報酬であるよ」
その表情は清く純で、まさに乙な女。
「戒‥‥!」
●目が覚めて
気がつくと、戒は寝床の中にいた。
変にリアルだけどあれは夢。認識し、思い返し、ちょう笑顔で拳を握る。
「とりあえず、まるずーくとか言うあのスーツ殴らせろ、話はそれからだ」
穏健派シュトラッサー、とんだとばっちり。
「おい止めろ初夢くらいキャッキャウフフさせろよ‥‥!」
血の涙を流しつつ布団をかぶり、戒はふて寝の二度寝を決め込んだ。
ザラームは携帯電話のアラームで飛び起きた。ひどい寝汗が全身を濡らし、目には涙が滲んでいる。
「すっきりはしたのじゃが‥‥悪夢であったのぅ。ああも悲しい目に遭わぬよう、今年はボッチからの脱出がわらわの抱負じゃな」
独りごちつつ手に取った携帯電話の着信履歴を見れば、家族で埋まっていた。嗚呼。