●事前調査
依頼を始めるに辺り、ある事を先に知っておきたかった砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、役員である彼に対して嫌味を込めながら微笑を浮かべつつ質問をしていた。
「キミと同類じゃなくて良かったよ役員さん。 で、父親の情報も聞いておきたいんだけど、無いの? 」
「君みたいなイケメン君とこの私が同類なわけがないじゃないですかぁ〜やだなぁ、アハハ! 父親の情報ですか? 勿論ありますとも」
「そうなの、じゃあさっさと教えて欲しいな」
「えぇ、えぇ。勿論ですとも、分かっております、えぇ」
役員は蛇のような細い瞳でニヤニヤ笑いながら胡散臭く父に関する情報を言う。
「どうやら母親と何らかの確執があったみたいで別れているみたいですねぇ、それのせいかもしれないのですが、少女が母に依存したのもこれが関係しているはずですよっと。ちなみに元父親の方と接触して今回の事を話しても「俺には関係ない」の一点張り、しかも…… 彼の隣には何やら美しい女性の方が寄り添って居たらしいですねぇ? あひゃひゃ! 少女がその事を知ったらさぞや悲しむだろうねぇ! 自分の父が!! 別の女性と浮気をしていた!! なんてねぇ!! アハハハ!! ……まあ、こんな感じのお腹が痛くなるような馬鹿げた情報ですよ、えぇ」
そう締めくくる彼は一瞬だけ、ぞっとするぐらい目を細めて無表情になるが、再び元の胡散臭い営業スマイルに戻った。
「ふぅん、なるほどね」
「あら、微妙に反応が薄いですねぇ? てっきり私と一緒で笑ってくれると思っていましたが?」
「だから言ったでしょ? キミと同類じゃないって」
「そっけないですねー」
砂原と一緒に来ていた神谷春樹(
jb7335)は肩をすくめる役員に「母親の死期は?」っと淡々と言い、役員は即座に答える。
「二週間ぐらい前じゃないですかねぇ? ディアボロになってそこまで日が経って無さそうですし、まだ出来立てですから多分雑魚ですよ雑魚」
●集合
依頼場所である団地の前に、撃退士達六人は集まった。
神谷と砂原は事前に得た情報を皆に伝え、それを神谷があの役員の顔を思い出し、嫌々ながら説明している。
(出来れば戦いたくないけど…多分円満解決とは行かないんだろうな……)
そんな中、桜花(
jb0392)は心の中で二人の言葉を聴きながら、心の中でそう呟き、憂いていた。
彼女はあまりこの依頼に乗り気では無かったが、依頼だからという理由で、無理矢理自分を納得させているからだ。
「録音状態のスマホをポケットの中に入れておきます、もし優姫さんに情状酌量の余地があればこの録音したスマホを証拠にその手助けをするつもりですから」
神谷はそう言うと、スマホの録音機能をオンにして、それをズボンのポケットへと仕舞う。
それから、皆に「それでは作戦を開始しましょう」っと声を掛けた。
●説得
少女の居る部屋への扉前に、砂原、リョウ(
ja0563)、六道 鈴音(
ja4192)、神谷が待機し、窓から突入する別班の砂原、詠代 涼介(
jb5343)が位置に着くのを待つ。
少しすると、別班から到着した旨の連絡を受け、まずは優姫を刺激させないようにリョウがオーラと呼ばれるアウルの力を一時的に増幅させるスキルを使用して、いつ何が起きても大丈夫なように準備してから静かに突入した。
「警察、また来たんだね…… いくら来ても返り討ちにし…… えっ? 君達は、誰?」
「初めまして、かな。俺の名前はリョウだ。君の名前を教えてくれないか。 君と話をしに来たんだ」
優姫は警察ではない彼らを訝しく思いつつ、「そこで止まるんだ、それ以上近づいたら凍らせる」っと近づくリョウに言うと、彼の質問に答えた。
「私の名前は優姫」
「優姫って良い名前だね、付けたのはご両親?」
「そうだよ」
「優しいお姫様か。本当に良い名前だね。でも、そんな良い名前をつけてくれたお母さんが君がそんなことをするのを望んでいると思う?」
「……」
俯いて答えない優姫を見て、桜花は「ねぇ、もしかして自分が望んでこんな事をやっているの?」っと尋ねる。
すると、彼女はその言葉をきっかけに、ポロポロっと涙を落としながら感情的に口を開いた。
「……そうだ ……そ、うだよ ……だって、そうすれば、お母さんを…… お母さんを私の目の前で化物に変えたあの悪魔が! 悪魔が元に戻してやるって言ったから! 人間を沢山食べさせて、用済みになったら失敗作のお母さんを元に戻してやる、あいつはそう言ったんだ!」
彼女がそう激昂しながら答えていた時。
砂原と詠代は静かに窓から部屋へ入っていた。
その時、話を聞いていた詠代は「そうか、だが仮に母の為に殺したとして、母は戻ってまでそんな事を望むのか?」っと泣き叫ぶ優姫へ近づくや冷静に言う。
「別に良い、ただ、人間の姿に戻ってくれるだけで…… お母さんはきっと醜い化け物の姿なんて嫌だよ…… 綺麗な人の姿になったらお母さんを殺して自分も死ぬ。その為なら私は何でもする、例えそれが人殺しでも、だから、私はその時まで守って見せる!」
優姫はそう叫ぶと、掌にアウルを込めて悲しげに涙を流しながら警告した。
「お願いだから帰って? 今だけは攻撃をしないから…… 私の話を聞いてくれた君達を出来れば殺したくない……」
「大切な人を守りたいっていう想いは間違ってない。だが、その大切な誰かにさえ優しければ、他の奴らにはどんなに冷酷になっても良いっていう限定的な優しさなのか? 」
詠代の的を射た質問に、彼女はピクっと肩を反応させる。
「あと…よく物語に出てくるお姫様ってのは大体2種類だよな。自分勝手で人を苦しませる姫か、慕われ人を笑顔にする姫か。 一つ聞かせてくれ…お前はどうなりたい? 」
「二つ目になりたい…… なれたらなりたいよ…… だけど、もう私は人を苦しめている、今も、そしてこれからも」
「君はいつからこれを続けている? そして、何時まで続けられると思う? 人を傷つけ殺めるのは辛くて苦しいと。他ならない君が一番知っているだろうに」
「……」
「君は優しい。だが、今の君の優しさは誰にも届かない。君の名に、優しいまま幸せになって欲しいと君のお母さんは願を掛けたのではないか?」
「えっ……?」
「目を覚ませ、優姫。君の幸せを願ってくれた人の為に、君がしなければならない事は我慢する事じゃない。痛みを訴えて助けを求めて手を伸ばす事だ」
「そんな、そんな願いが…… お母さん…… でも、もう…… だめだよ…… だって、私は…… 手に負えない事をしてしまった…… それに、お母さんにも人を……!」
優姫はようやく彼女を思った母の優姫と名付けた意味を今更理解し、両腕で身体を包むように震える。
神谷はそんな彼女を同情するように見つめ「償いきれるとは言わないけど、君には償う義務がある。もし、その気があるなら僕はいくらでも手伝うつもりだよ」っと手を差し伸べた。
「罪を……償う?」
「あぁそうだ、生きていても後悔に押しつぶされるだけかもしれない。だが、その力を償いに使うという選択肢もある。 どの道を進むかを決めるのは母親でもなく俺達でもなく、お前自身だ」
「私自身…… お母さん……」
優姫はフラフラしながらお母さんである肉塊じみた化け物に近づき、そっと抱きついた。
抱きつかれた相手は触手で彼女に触れる。ディアボロ自身の行動は彼女を捕らえて喰らおうと考えて、触手を彼女の体に巻き付かせようとした行動なのだろうが、ディアボロは力が弱く、自力では彼女を捕まえれない。
だが、そんな行動原理を考えなければきっと、他人からは化け物が泣いている優姫を優しく撫でているような光景に見えるだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい。本当は分かっていた…… こんな事をしてもお母さんは喜ばない、自分が苦しいだけだって分かってた! でも、私はお母さんを元に戻す為という自分勝手な理由で、人を何人も殺してしまった。ごめんね、ごめんね…… こんな悪い子でごめんね…… お母さんの気持ちを分かってあげられない最低な娘で……ごめんね」
リョウは優姫に近づきコートを被せて抱きしめてやると、彼女を思う存分泣かせてあげるのだった。
「好きなだけ泣くと良い。もう、我慢する必要は無い」
●母との別れ
「そろそろ倒しちゃうけど良いよね?」
砂原はずっと優姫が説得されて投降するのを待っており、若干退屈していただろうが本心は言わずに比較的人当たりが良さそうに言う。
「大丈夫、もう平気…… 決心は付いたから」
優姫は喉を震わせながらも、強く拳を握りながら前を見据えて答えた。
「汚れ役は私が引き受けます、これ以上お母さんが苦しまないよう、一瞬で片をつけます!」
「勿論僕も手伝うよ、依頼だからね」
「安らかに成仏してください。六道呪炎煉獄!」
彼女が放った六道家に伝わる炎の魔術最大奥義はディアボロに命中し、紅蓮の炎と漆黒の炎が敵の身体を焼き尽くす。
そこで、更に砂原はも炎の球体を出現させて、彼女の攻撃に続いた。
二人の炎がディアボロの身体を焼き尽くし、ディアボロは地獄から這い出る亡者のような呻き声を上げ、ドロドロにその身体がまるで氷を溶かしているかのように炎の熱で溶けていく。
だが、ディアボロは力を振り絞って、六道を触手で貫こうと襲いかかった。
しかし、敵の触手は人間の目で見ても明らかなぐらい遅く、彼女はそれをほんの少し横に身体を動かしてそれを簡単に回避する。
それから再び、彼女は六道呪炎煉獄を唱えて、ディアボロに当てた。
砂原も彼女に続いて、再び炎陣球で敵を燃やす。
ディアボロは彼女と彼によるニ撃目により、断末魔の悲鳴を上げながらべしょっという音を立てて完全に液体状になり、そこからドンドン炭化していった。
二人の撃退士の炎による優姫の母の火葬が終わり、ゆっくりと、六道は呟く。
「討伐、完了しました」
「ごめんね…… ごめんね…… いつか私もそっちに行くから…… それまで、待っててね…… お母さん」
優姫は涙を流しながら懺悔の言葉を呟いたその時。
(もう謝らなくて良いわ、優姫。お母さんは天国から貴女の事を見守って待っている。だから、どうか悲しまないで)
っと、一瞬だけだが脳裏に母の声が聞こえ、返事をして頷くのだった。
「……うん」
●事件解決
砂原は「餌になった人にも『お母さん』はいたんだろうね。 言いなりになること=優しいじゃないんだよ、お姫様。ま、今更何言っても仕方ないから、贖罪して生きていきなよ」っと目は笑っていないが、微笑みながら言う。
「……うん、殺してしまった人達やお母さんの気持ちを絶対に無駄にはしない」
「ふぅん、ところでさ、お父さんはどうしたの?」
「分からない、お母さんがお父さんは遠い所で働きに行ってるから長い間戻ってこれないかもって…… でも、どうして?」
優姫が不思議そうに砂原へ聞こうとした時、神谷が彼女に微笑みながら割り込んだ。
「無許可で勝手にして悪かったけど、少しでも君が裁判での罪を減らす為に今までの事を録音しておいた…… これを証拠に手助けをするよ」
「えっ? …… こんな私に…… あ、ありがとう」
優姫は彼に感謝すると、警察達が彼女を捕まえに走ってくるのを見て、皆の方に顔を向ける。
「皆…… 今日はありがとう…… そろそろ行くね…… 会えたのが君達で良かった。 この日の事、必ず忘れない。いや、忘れたくない…… いつ会えるか分からないけど、どこかで……」
彼女はそう言い終えると、儚げに微笑んだ。
警察官は優姫に拳銃を構えて、彼女に近づく。そして、優姫に敵意が無いと分かると彼女の両手を手荒に取り、素早く手錠を掛けた。
「撃退士達、犯人の逮捕協力に感謝する。これで、死んだ仲間も浮かばれるだろう。ありがとう、本当にありがとう」
彼らは撃退士達に敬礼をして感謝を述べた後、優姫をパトカーの中へと連行して、そのまま車を走らせる。
撃退士達の目の前から徐々に小さくなり、やがて、彼女を乗せたパトカーは彼らの前から消えるのだった。
「忘れたくない……か」
人はどんなに言われたり体験しようとも忘れてしまうことが出来る残酷な生き物だ、きっと彼女はその事を知っているから自分が起こした悲劇を『忘れたくない』と答えたのだろう。
だが、きっとその心配は無い、何故なら例え彼女が忘れようともこの場に居た撃退士達は覚えている。
彼女が起こした悲劇を…… 彼女の母を思った優しさを……
そして、彼女が母の為にしてきた事も記憶に刻まれている事だろう。
●エンド
「依頼達成おっ疲れさーん! 丁度今珈琲淹れたけどの…… うっひゃあ!」
役員が喋る時に、リョウは彼のカウンターにバンっと叩き、珈琲を並々に淹れていたカップを地面に落とす。
リョウは落ちて割れたカップを気にも留めず、怒りで拳を震わせながら彼を睨み、
「何様の心算か知らんが、貴様の物言いは不愉快だ。一個の命とその選択を、蔑み嘲弄する権利などどこにもない。二度と俺の前で賢しらな口を利くな」
っと一言だけ言い捨てて、そのままコートを翻して立ち去った。
「あらら、怒られてしまいました。先程も上からクレームが来ましたし、ショックですねぇ。やれやれ、こんなに愛を持って接しているつもりですが何がいけないんでしょうかねぇ?」
彼は割れたカップの破片を箒で掃いてちりとりで取ると、それをゴミ箱に捨てつつ呟く。
そして、あらかた片付けを終わらせた彼は、新聞を読みながらふふっと笑った。
「あらら優姫ちゃん、やっぱり有罪判決で厳罰を貰っちゃいましたねぇ。神谷君のスマホのおかげで刑はある程度低くはなりましたが…… あれだけ殺しまくって、しかも警察官も殺ってるのだから当然といえば当然ですかねぇ」
役員はそんな事を呟きつつ、優姫の記事部分だけを破ると、それをポケットの中に入れ、いつもの怪しい笑顔で職務に戻るのだった。