●準備
「すまふぉを人数分……衝撃対策もすべきかの?」
ヴィルヘルミナ(
jb2952)は依頼を果たすため、面倒くさがりつつ道具の調達を申請しようとしていた。
「僻地でしょう? 基地局はあるのかしら。豪ちゃん先生、詳しい資料ある?」
雀原 麦子(
ja1553)が荷造り中の大文字 豪(jz0164)に話を向けると、大文字はヴィルヘルミナが出しっぱなしの枯葉色の翼に一瞬だけ目をやってから感情を消して返答する。
「すまんが詳しくない。無線なら用意できるが」
「うむ。よろしく頼むぞ」
わざわざ目の前に回り込み、じっと大文字の内心を覗き込む。
教師は少しだけ嫌そうな表情を浮かべ、撃退士達の希望を聞いてから可能な限りそれに沿う機器を申請していった。
●頭筋ズと撮影班
小動物が木々の下で餌を探し、鳥達が枝に捉まり風をやり過ごす。
倍率を下げると小動物も鳥も視界から消えて、潜伏しているサーバントのせいで荒れがちな山の姿が見えてくる。
カメラの向きを変えると、底に急な流れがある谷や古ぼけて良くない雰囲気のある小屋など、様々なものがレンズ越しに見えてくる。
本格的な撮影機材の使い心地を満喫していたネピカ(
jb0614)の行動は、騒がしい呼び出し音で中断させられた。
「準備は出来たか」
教師の問い合わせにネピカはカメラを切り替えることで返答する。
切り立ってはいるが多人数の移動に適している崖、人質人形が配置された小屋の内側と外側など、演習で重要な箇所が次々に大文字の手元にある画面に表示されていく。
「良くやってくれた。2分後に演習を開始する」
ネピカは無言でうなずき、通話を切断する。演習中に学園生に襲われるのは馬鹿馬鹿しいと思い一応演習参加者に挨拶しておこうと移動を開始したとき、急に激しく地上の茂みが揺れた。
「あ」
茂みをかき分けて現れたモヒカンに天使に悪魔がぽかんと間抜け面をさらし、妙なサービス精神を発揮したネピカが撮影を始めてから十数秒後、大文字受け持ちの学園生達は勢いよくアウルを展開し武器を振り上げた。
「ヒャッハー! 目標落として点数ゲットじゃー!」
「赤点回避〜っ」
意外と鋭い斬撃と威力はともかく狙いが甘い銃撃が一斉に襲いかかる。
ネピカは荒鷹のポーズからの急加速で全弾回避しつつ、初っ端から不適切な目標に襲いかかった学園生達を激写するのであった。
●ペナルティ
薄い胸を堂々と張る天使のネピカ。
その胸元には、みんかんじん、と書かれたゼッケンが手縫いで縫い付けられていた。
「センセ、こういう場合はどうなるんだ?」
カルム・カーセス(
ja0429)が促すと、演習場に乱入して説教を続けていた教師はまとめに入る。
「情報の確認を怠ったこと。戦力的に優位であるにも関わらず退路の遮断を怠ったこと。どちらも実戦では致命的なミスだ。お前等の演習は一時中断、第2班の演習を先に済ませる。それまでいつもの筋力トレメニューを3セット済ましておけ」
「せんせー! パンチ1発の精神注入で済ませるのはどうですかっ」
自主的に正座中の天使が元気よく挙手してたずねると、大文字は疲れた顔で己の眉間を揉んだ。
「意味の無い体罰をする趣味はない。とっとと始めろ」
「俺達は配置に戻る。一般参加の連中が動き出したら連絡を入れてくれ」
カルムは手を振りつつ持ち場へ戻っていく。彼の背後では、複数の種族からなる学園生達が妙に良い笑顔で筋トレに励んでいた。
●崖
身体能力にものをいわせて崖を飛び越えようとした撃退士に、足場から伸びた多数の腕が絡みつく。
続こうとした阿修羅は背後からぶつかりかけてぎりぎりで回避はできたが、絡みつかれた撃退士は体勢を完全に崩して崖から落ちていく。
「おいおい。この程度、殿がフォローをしとけば簡単に立て直せるぞ。どこ見ている。こっちだこっち」
カルムは魔力弾を放って牽制しつつ向かい側の崖から立ち上がり、谷から要救助者を抱えて上がってきたネピカに手を貸し引っ張り上げる。
「しっかりしろよ。まだ始まったばかりだぜ」
本人としては心からの忠告のつもりだったが、実力以上の自尊心を持つ者達には挑発になってしまったらしい。
第1班の代わりに最初に演習をすることになった者達は、同行者が傷を負うのも気にせず崖を強引に渡り、先に向かうのだった。
●壁
「僕は敵ですからね、加減は要りません」
剣に盾に鎧というディバインナイトとしてはありふれた装備をしたイアン・J・アルビス(
ja0084)は、ここが戦場であることを忘れさせるほど平静な声で話しかける。
「こちらもしませんが」
断じてありふれてはいない闘気がイアンから放たれ、ここまで時間的には順調にやってきた演習第2班は戦う前に敗れ去ろうとしていた。
「けっ。どうせ見かけ倒しだろうがよ」
鼻っ柱の強そうな阿修羅が高速で、しかしイアンの目から見ると単純な動きで仕掛けてくる。
常人では気づいても反応仕切れない速度で拳が放たれる寸前に、イアンがほんの少しだけ押し出した大盾が阿修羅の技を完成前に潰す。
「ちぃっ」
2度、3度と同じことを繰り返してしまい、諦めて普通の蹴りや拳に切り替えたときにはイアンの防御は打撃を返す形に切り替わっていた。
「いつまで手こずっている。人質は確保した。次の目標へ向かうぞ」
窓から出てきた第2班の1人が、一方的にやられている阿修羅に苛立った声をかける。
「うるせぇ、もう少しで…」
「半数やられたらその時点で演習終了なんだよ」
目の前の阿修羅に比べると威力は劣るが、こちらの死角を狙った光弾が避けづらい確度とタイミングで向かって来る。
「油断無しですか。良い判断です」
光弾を余裕をもって防ぎながら、イアンは満足そうに口の端を緩める。人質確保にわずかでも手間取るようなら押しつぶしてやるつもりでいたが、嬉しいことにそうはならなかった。
「行くぞ」
阿修羅は屈辱で表情を歪めたまま、同じ班の撃退士の後を追っていった。
●偽人形
人質人形に打ち込んだアウルの反応を捉え、ミハイル・エッカート(
jb0544)は音を出さずに口笛を吹く。
「外れに気づくのが遅かったな」
大仰に肩をすくめてから、状態異常攻撃と朱書されたボーラを投擲する。
アウルを使った各種攻撃と比べると明らかに遅いそれは、人形に書かれた外れの文字と挑発文面に冷静さを失っていた第2班の1人に巻き付いて動きを封じてしまう。
「ここは大人しく降参して逃げろよ」
顔を赤くして向かって来る阿修羅を避け、ミハエルは木々の合間を縫い距離を保つ。
第2班は既に半数近くが重傷または戦死判定を受けている。ここは屈辱に耐えて撤退に移るのが当然だし、仮に撤退に成功すれば高い評価を受けることもできただろう。
「うるせぇ!」
「君がね」
華のある動きでスーツからスプレー缶を取り出し、不用意に近づいた阿修羅の顔に吹きつける。
「っ」
声も出せずに悶絶してその場にしゃがみ込む阿修羅の前で、ミハイルは改めてスプレー缶を確認する。
「説明書によると人体には無害……らしいな、一応。もう少し考えてから行動しろよ」
ミハイルはあえて止めを刺さず、その場を後にするのだった。
●独学の限界
小屋の背後から忍び寄ってきた黒犬が、アウルをまとった千葉 真一(
ja0070)に足を打ち払われ湿った地面に叩きつけられる。
痛みに耐えて跳ね起きようとはしたものの、真一はサーバントが立ち上がるより早く距離を詰めて止めの一撃を叩き込む。
「2体目撃破。これで最後かな」
支給された無線機に話しかけると、演習場を上空と各所のカメラから確認しているネピアから肯定の返事が返ってくる。
「やっと来たな。けど」
真一は回れ右に似た単純な動作で背後からの突きをかわし、体勢の崩れた阿修羅を柔道の一本背負いの要領で投げ、致命傷を与えないよう適度に引っ張りつつ地面にぶつける。
「鍛え上げた撃退士だって一人で出来ることには限りがあるってのに」
心技体の練りが甘く、仲間と連携をとろうともしない未熟者に何を言えば良いのか、言うべきことが有りすぎて迷ってしまう。
いずれにせよ、このままでは天魔相手に無駄死にすれば良い方で、おそらく盛大に仲間の足を引っ張ったあげくに自滅してしまうだろう。
「畜……生」
的外れな憎しみを向けてくる阿修羅に対し、真一は静かな目を向ける。
「痛みが取れるまでそうしていろ。指導を真面目に受けたらどうなっていたか、すぐに分かる」
そろそろ、第1班の筋トレが終わる頃だった。
●大文字の愉快な生徒達
ポイントマンの悪魔がカルムの仕掛けた数々の罠を通り抜ける。
カルムのアウル攻撃に対しては、後衛達が個々に威力では劣るものの手数に勝る射撃で牽制し、前衛が最前列で盾になり全員の崖越えを成功させかけた。
が、崖の中程から現れた小柄な悪魔が仕掛けを発動させ、崖の上に隠されていた多数の丸太が開放され、背後から第1班を遅う。
「実戦なら油は煮立ってる上に可燃性にして火を放つ所だぞ?」
少女の顔に悪意に満ちた笑みを浮かべ、聞く者の心を冒す含み笑いをこぼす。
この場に大文字がいたら凄まじい顔つきで睨んできたかもしれない。
が、彼に鍛えられた撃退士達は非常に真っ当だった。
「阻霊符オン!」
「おら死ねぇ!」
言葉は乱暴だが狙いは的確で、崖から追い出されたヴィルヘルミナの頭を抑えるようアウルの弾をばらまく。
そこに崖を飛び越えた後反転した長柄武器使いが高速で横殴りの一撃を繰り出す。
「武器を肩で振り回すな、力は腰に溜めろ。あぁ、童貞坊やに腰を使えといっても無理か」
優雅に翼を揺らして位置をずらし、ヴィルヘルミナは鋭い一撃を回避する。
「どどど童貞ちゃうわ!」
長柄武器使いはいきなり目を回し始めたが、背後からの容赦のないツッコミでなんとか最低限の機能を取り戻す。
「陣形組み直し、回復しながら距離とるっ」
「ひゃ、ひゃっはー、ヒャッハーッ!」
男の目に光が戻り、カルムの牽制をかわしつつ、同級生と連携をとって小屋の方向へ後ろ向きにゆっくりと進んでいく。
「良しいいぞ、頭を使え、周りを見ろ、誰がどう対応すべきか考えろ、出来んなら死ね」
賞賛と共に腹に一撃をくらわせると、不確定名童貞は左右から異種族女性に抱えられて次の目標へ運ばれていった。
●連携
「人質を取り返したいなら、俺を倒していくことだ!」
小屋の前で真一が見得を切ると、天使、悪魔、モヒカンその他は返事もせずに一斉に動いた。
左右からの蹴りと真正面からのハルバード、斜め上方からの銃撃がほとんど同時に真一を襲い、防戦一方に追い込んでいく。
一撃一撃は十数分前に戦った阿修羅に劣るが、防御し難さでは比較にならない。
さらに、これは阿修羅ときとは異なり、真一の撃破を目的としていない。
「良い動きです」
入り口近くに潜んでいたイアンが1人吹き飛ばす。
しかしもう1人が小屋の中に入り込み、手際よく確認して正解の人形を確保し、窓を突き破って本体と合流する。
「ご指導ありがとうございましたっ」
「ましたっす」
十分に距離があることを確認してから元気よく手を挙げて挨拶し、彼等は一切気を抜かずに最終目標に向かっていく。
圧倒的な練度の違いを見せつけられた阿修羅は、地面に膝を突いたまま呆然と目を見開いていた。
「止まった者は死にます。どうやらあなたは」
イアンは軽く息を吐いて言葉を止め、装備の点検を始めた。
●決着
冬の強い風に桃髪の天使が流されていく。
そうしている間も天使は真面目に撮影を続け、演習場に潜む撃退士達に情報を送っていた。
「よしよし。単独行動をしている子はいないわね」
上空からの情報を元に第1班に先回りし、木の上からその動きを直接見て楽しげに微笑む。
「じゃあ、頭筋悪魔役、頑張ってみましょうか」
木の枝から一歩踏み出し危なげなく地面に着地、アウルで刀身が揺らめいて見えるフランベルジェを抜き放ち、闘気を解放して自身の力を強化する。
全てを同時に行ってから、麦子に気付けはしたが反応が遅れた学園生達に突き掛かる。
「天使だと当たると痛いわよっ」
あえて分かり易く後衛を狙ってやる。
特に行動が遅れていた銃使い天使がうにょわと妙な声を上げつつその場に転がり、盾持ちの悪魔が真横から滑り込んで天使をかばう。
「うんうん、その調子よ」
続いて大型剣による第2撃。
盾持ちは鋭さと力を兼ね備えた突きを警戒し、体勢を立て直した第1班前衛が麦子の背後から長柄で殴りかかろうとする。
「ほらもっと警戒しないと」
麦子が選んだのは突きではなくなぎ払い。
盾の悪魔は盾ごしの衝撃で腕が痺れる程度で済んだが、長柄の男は強く腹を打たれてうずくまる。
即座に追撃が繰り出され、しかし麦子の第3撃はもう1人の前衛がカットして長柄の男を逃がす。
「ねーねー、相手1人だしやっちゃわない?」
「加点……赤点脱出」
麦子の襲撃を食い止めた彼等は、ついつい欲を出してしまった。
「あれ、きれーな花びっ」
その数秒後、花弁の形をしたアウルが背後から飛来し、人質人形の間近に到達した瞬間に炸裂する。
小柄な天使が派手に吹き飛ばされかけ、すぐに仲間に抱き留められて重傷判定は免れる。
しかし人質人形が勢いよく地面にぶつかってしまい、ネピカ経由で状況を確認した教師から人質重傷の判定が下る。
「こんなのに引っ掛かるなんて、迂闊じゃないかな?」
麦子とは逆側から姿を現したソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、急速に膨れあがる火球を手にしたまま語りかける。
「前後からの挟撃は基本中の基本……だよっ」
火球がソフィアの手から離れ、第1班に向かって直進する。
「鬼! 妖怪! 大文字!」
泣き言と共に抵抗を計る第1班の中心で炸裂する紅蓮の炎。
素早く距離をとることで直撃を避け、それだけでなく銃で反撃までしてくるが、金色のアウルを展開したソフィアはわずかに後退するだけで攻撃を避けてしまう。
「さあて、果たして逃げきれるかな?」
容赦なく次の火球を用意しながら、逃げないとこの場で演習終了だよと言外に匂わしてあげる。
だが、その忠告は少々遅かった。
ソフィアに気をとられすぎ、麦子の再接近と大きく振り被った大剣に気づかなかったのだ。
「あー、うん、耐え抜くのも訓練になると思うよ?」
再び花開いた紅蓮の中で、参加者は逃走に失敗し全滅した。
●演習終了
「お疲れさん。楽しかったかい?」
戻って来た参加者にカルムが声をかけると、演習参加者達は力なくうなずいた。
それでも最多撃破のソフィアに広範囲攻撃手段についての意見を求めているあたり、気力が尽きてはいないのだろう。
「後はあんたの仕事だ」
苛立ってはいるものの少しは何かを考えている様子の阿修羅に気づき、ミハエルは今回の演習を始めた教師に促す。
大文字は、自らを上回る戦闘力の持ち主に恐れる様子もなく向かっていった。